Q. 魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第76話 開店準備

「これは、投資だ」

 

 契約書を前に、フレデリックは念を押すように言った。

 

「ベルフォード家として、有望な事業に出資する。それだけのことだ。情で動いているわけではない」

 

「は、はい。ありがとうございます、お父様」

 

 王都の大通りに面した、一等地の店舗。その借り受けの保証と、改装の費用。ピリカの貯えだけでは到底届かない額を、フレデリックが出資という形で支えてくれることになった。

 

「返済の条件は、書面の通りだ。利息も取る。商売とは、そういうものだ」

 

「はい」

 

「ただし——」

 

 そのとき、お茶を運んできたミランダが、にこにこと割り込んだ。

 

「あなた、ピリカが店を持たせるつもりで、毎晩あの図面を眺めては、にこにこして——」

 

「ミランダ」

 

「『一等地でなければ娘に恥をかかせる』って、物件を3回も見に行って——」

 

「ミランダ……これは、投資だ」

 

「ふふふ。ええ、ええ、投資ですとも。それ"も"嘘じゃないわよね」

 

 ピリカは、笑いをこらえるのに必死だった。

 

 (お、お父様……)

 

 

 それからの二ヶ月は、決めることの連続だった。

 

 最初に決めたのは、棚だった。

 

 借り受けた店舗は、もともと旧い薬問屋だったらしい。壁は煤け、床石のいくつかは割れていたが、左右の壁一面を覆う木製の棚だけは、しっかりと残っていた。天井近くまでそびえる重厚な造りで、上段にはアーチ型のガラス扉がはめ込まれている。

 

「この棚は、かなり古いですね」

 

 ローザが、指先で木目をなぞりながら言った。

 

「お嬢様のお店は、新しい魔術道具を売る、革新的なお店です。棚も新しいものに入れ替えた方がよろしいかと」

 

 ピリカは、棚の前にしゃがんで、じっと見た。煤けて、くすんで、金具は錆びている。でも——木そのものは、温かい色をしていた。飴色の、深い色。指で触れると、すべすべしている。百年分の手が触れてきた跡だった。

 

「……ローザ。これ、このまま磨き直して使うとか、できないかな」

 

「磨き直し、ですか」

 

「うん。すごくいい色をした木だから、できれば残しておきたいなって。——あとね、今最新のものを入れたら、十年後には古く見えちゃうかもしれない。でもこの棚は、もう百年経ってるでしょう? 年月の分の風格はあっても、古くは見えないと思うの」

 

 ローザが、少し目を見開いた。それから、もう一度、棚の木目に指を這わせた。

 

「……確かに。磨けば、今の職人には出せない艶が出るかもしれません。費用も、新調するよりずっと抑えられます」

 

「じゃあ、決まりだね。この棚、残そう」

 

「かしこまりました」

 

 ローザが、かすかに笑った。

 

 職人ギルドに頼んで、棚を磨き直した。金具を真鍮に付け替えた。ガラス扉を入れ直した。——手を入れるたびに、古い木が、少しずつ蘇っていく。修道院の書庫のような、どこか厳かな気配が、にじみ出てきた。

 

 ピリカの直感は、正しかった。新しい魔術道具が、古い木の棚に並ぶと——不思議な説得力が生まれた。まるで、ずっと昔からここにあったかのような。

 

 

 次に決めたのは、床だった。

 

 割れた石を剥がしてみたら、下から、模様が出てきた。白と灰の石をひし形に組んだ、モザイク模様。薬問屋時代の、元の床だった。

 

「お嬢様。これは——」

 

 ローザが、珍しく声を上げた。しゃがみ込んで、埃を払って、石の表面を確かめている。

 

「上に重ね張りしてあっただけです。元の石は、ほぼ無事かと」

 

「きれい……。ローザ、これ使えない?」

 

「割れた箇所を補修すれば。ただ、磨きには日数がかかります。三日は見ていただきたい」

 

 ピリカは、しゃがんだまま、モザイクの模様をじっと見ていた。白と灰が、規則正しく、でもどこか柔らかく組み合わさっている。

 

「この模様、棚の飴色とすごく合うと思うんだよね。木の温かさと、石の冷たさと。——うん、やろう。この床で行こう」

 

「かしこまりました。職人の手配は、本日中に」

 

 三日間、職人を張り付かせて、石を一枚一枚磨き直した。仕上がった床は、驚くほど綺麗だった。白と灰の幾何学模様が、光を受けて柔らかく輝いている。

 

 

 棚に何を並べるかも、ひとつひとつ、考えた。

 

 ピリカは、空っぽの棚の前で腕を組んで、しばらく唸っていた。

 

「……上の段に、シャンプーの瓶を並べたい。琥珀色のやつ。光が当たると、すごく綺麗に見えるから」

 

「お客様の目線より高い位置に美しい瓶を置くと、店の格が上がります。よい判断です」

 

「で、その隣にバラの香油の小瓶。シャンプーの研究のときに、香りの抽出はもう確立できてるから、商品として出せると思うの」

 

「シャンプーと香油で、バラの香りの品揃えが広がりますね。——深い緑のガラス瓶に金のラベルで仕上げれば、琥珀色のシャンプーと並んだとき、色の緩急が出ますが、いかがでしょう」

 

「いいね、それで行こう」

 

「では下段はいかがなさいますか? 同じように、ドライヤーと魔導ケトルを詰めて——」

 

「ううん。下の段は、ぎゅうぎゅうに並べたくないの」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「ドライヤーを、間隔を空けて置きたいの。お客様が、棚からひょいって手に取って、そのまま試せるように」

 

 ローザの手が、一瞬、止まった。

 

「……お客様に、直接触らせるのですか?」

 

「うん。だって、新しいものでしょう? 見たことのない道具を、棚に並べてるだけじゃ、何がいいのかわからないと思うの。実際に手に持って、風を当ててみて——あ、これ欲しい、って思ってもらわないと」

 

 ローザは、しばらく黙っていた。

 

 魔道具屋で、客が商品に直接触れる。——そんな店は、聞いたことがない。魔道具は精密なものだ。普通は、店主が取り出して、説明して、客は眺めるだけ。それが常識だった。

 

「……壊される心配は?」

 

「試作品をお渡ししたとき、落として壊しちゃった方がいたの。それで、製品版は落としても平気なように作り直してあるんだ。だから大丈夫」

 

 ピリカが、さらっと言った。壊れたという声を、ちゃんと次に活かしている。作った本人にしか言えない自信だった。

 

「お試しいただいたあと、お買い上げは奥の新品をお渡しする形にすれば、棚のものが傷んでも問題ありません。——では、棚の横に鏡を添えましょうか。風を当てながら、ご自分の髪をご覧いただけます」

 

「あ、鏡! それいいね。試して、気に入ったら、新品を包んでお渡しする。——うん、それがいい」

 

 ローザが、小さく息をついた。——呆れたのではない。感心したのだ。この子は、私が知らない発想をする。侯爵家の応接室では、絶対に学べなかったものを、どこかで拾ってきている。

 

 

 さらに、ピリカの口から、もうひとつ。

 

「ねえローザ。魔導ケトルなんだけど——お店の奥で、お客様が実際に使って紅茶を淹れられるようにするのって、どうかな」

 

「お客様が、ご自身で?」

 

「うん。お湯が一瞬で沸くでしょう。それを目の前で体験してもらえたら、説明するより早いかなって」

 

 ローザは、今度は即座に首を横に振った。

 

「お気持ちはわかりますが——熱湯を扱いますので、事故の可能性がございます。また、お一人お一人が試されると、時間もかかります。お客様をお待たせすることになりかねません」

 

「あ……そっか。そうだよね」

 

「ですが——」

 

 ローザが、少し考えて、言った。

 

「毎日、時間を決めて、私が魔導ケトルでお茶を淹れるところをお見せする、というのはいかがでしょう。実演でしたら、安全に管理できます」

 

「——いいね! それ採用!」

 

 ピリカが、ぱっと顔を輝かせた。

 

「お客様に来てもらうための理由にもなるし、紅茶を飲みながらゆっくり商品を見てもらえるし——ローザ、天才じゃない?」

 

「お嬢様の発想があってこそです」

 

 ローザは淡々と返したが——その目は、笑っていた。

 

 

 店の中央には、大きなテーブルがあった。これも薬問屋時代の置き土産だ。蔦の彫刻が脚に絡んだ、古めかしいデザインのもの。最初はただの古い台にしか見えなかったが、棚と一緒に磨き直してもらったら——

 

「……こんなに立派なテーブルになるとは思わなかった」

 

「私も驚きました。棚と同じ木ですね。揃えたように見えます」

 

 ピリカは、磨き上がったテーブルの天板を、手のひらで撫でた。飴色の艶が、棚とぴたりと合っている。

 

「ここ、最初は季節の花とか、商品の見本を置こうと思ってたんだけど——ローザ、このテーブルの大きさなら、ケトルの実演もできそうじゃない?」

 

「ええ、十分な広さです。花を飾りつつ、実演のときはお茶の道具を並べましょう」

 

 奥のカウンターは、フレデリックが手配してくれた職人の手で、新しく作った。木目の美しいもので、背面に三段の棚を備えている。

 

「カウンターの上は、シンプルにしよう。天秤と、お釣り用の木箱だけ」

 

「レジのような大仰なものは、この店には似合いませんから。——よい判断です、お嬢様」

 

 ここで包んで、ここでお代をいただく。それだけの、シンプルな場所。

 

 台座に刻む紋章は、すべて統一した。灯火と円。ピリカ・ピリーラの印。

 

 

 そうやって、ひとつずつ、ひとつずつ。

 

 壁の色。カーテンの生地。値札の書式。包み紙の紙質。——ローザが選択肢を並べて、ピリカが決める。迷ったら相談して、また決める。その繰り返しで、二ヶ月が過ぎた。

 

「お嬢様。看板が届きました」

 

 開店前夜。

 

 職人ギルドから届いた看板が、店の正面に掲げられた。

 

 深い色の板に、彫り込まれた紋章——小さな灯火と、それを囲むシンプルな円。その下に、店の名前。

 

 『ピリカ・ピリーラ』

 

 夕暮れの光の中で、ピリカはそれを、しばらくただ、見上げていた。

 




ピリカ・ピリーラの一階の店舗は世界最古の薬局「サンタ・マリア・ノヴェッラ」をイメージしています。
ぜひググってみてみてください!

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レイ・ブラドル・ドラニスさん、マッコウゴジラさんより高評価いただきましたー!!
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