Q. 魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
「あのとき教えてって言ってたけど、今でもまだ、気になる?」
最初、何を言われたのか、わからなかった。
あのとき。教えて。——覚えて、いてくれたんだ。あんな、廊下ですれ違うだけの、一言を。
「え……教えて、もらえるの?」
「うん。私も、今ならちゃんと教えられるくらいに、理解したから」
あとで知ったことだけれど、ピリカちゃんはあの頃、師匠から「魔術のことはまだ話すな」と言われていたらしい。説明できない者が話すと、ややこしくなるから、と。
あの困った顔は、意地悪じゃなかった。教えたいのに教えられない、板挟みの顔だった。
——考えすぎじゃ、なかったんだ。
それから、名前を聞かれた。六年間、同じ学年にいて、名前を聞かれたのは初めてだった。ちょっとだけ切なくて、それよりずっと、うれしかった。
⸻
放課後の物置小屋の裏で、ティナの世界はひっくり返った。
風は、創るものじゃなくて、そこにある空気を動かすこと。
掌に乗せられた、小さな綿。
ころ、と転がった綿を見て、「今、動いたよ」と言われた瞬間のことを、ティナは何度でも思い出せる。六年間、びくともしなかった世界が、綿ひとつぶん、動いた音がした。
三度目で、風が起きた。綿がくるくると空へ舞って、自分の髪がふわりと膨らんで——ティナは、たぶん人生でいちばん大きな声を出した。
水は、もっとだった。
空気の中に水が溶けている、なんて信じられなかった。半分疑いながら、掌の点に集めて、五回目——ぷるん、と生まれたさくらんぼほどの水玉を見たとき、涙が出た。
雨の谷の子に、なれた。
⸻
数日後の、実技の授業。
的の前に立ったとき、ティナは、ちょっとだけ迷った。
このまま黙って風を撃てば、「ティナが急にできるようになった」ことになる。六年間の落ちこぼれが、自力で追いついたことに。……そのほうが、家の体面もいいのかもしれない。
ぶわっ、と的が倒れて、教室がざわめいて、「何かしたの?」と囲まれたとき——ティナは、はっきり言った。
「ピ、ピリカちゃんに、教えてもらったの!」
迷いは、一瞬で済んだ。だって、この魔術は、黙って独り占めしていいようなものじゃない。それに——教えてもらったことを隠すのは、あの綿への、裏切りだと思った。
⸻
その晩、家の夕食の席で、ティナは掌に水玉を作ってみせた。
お父様は、フォークを置いたまま、長いこと黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「……レーゲンタールの、水だ」
お母様は、ハンカチを目に当てて、それきり顔を上げなかった。ため息の上手だったお父様は、その日から、ティナの学園の話を、夕食のたびに聞きたがるようになった。
その夜、ティナは自分の部屋で、枕元に小さな水玉を作っては、消した。作っては、消した。——なかなか、眠れなかった。
⸻
それが、少し前までの話。
いまは週末の空き地の教室に毎週通って、教えてほしい子たちの取り次ぎ役も、している。ピリカちゃんは、なんだかいつも忙しそうで——最近は、生徒の数がすごいことになっている。
そして、今日。
昼休みの廊下に、二度目の「ねぇ!」が、飛んできたのだった。
黒毛玉さん、アルミ猫さんより☆9の高評価いただきましたーー!
ありがとうございます(*>∇<)ノ!