【てえてえ注意!】ホロライブ怪文書短編集です。   作:夏目陽光

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Requiem for the Underground

深夜2時。画面の向こう、ゲリラ配信のコメント欄が物理的な音を立てるような速度で流れていく。

始まりは、リスナーが投げた、たった一枚の悪ノリのコメントだった。

『あくしお、最近てぇてぇが足りないからラップバトルで決着つけろ』

 

いつもなら、鼻で笑い飛ばして終わるはずの流れ。画面の隅のシオンが、ふんと小さく鼻を鳴らした。その目が、いつもと違って、あくあの3Dモデルを真っ直ぐ見据えている。冷徹で、ひどく挑発的な光。

それだけで、あくあの奥底にある何かが完全に弾けた。絶対に負けたくない。シオンにだけは、格好悪いところを見せたくない。

 

「……っ(すぅー……)」

 

シオンが深く息を吸い込む音が、静まり返ったマイクを震わせる。

同時にスピーカーから溢れ出たのは、狂気的なオペラ調のビートだ。重厚なストリングスと地鳴りのようなベースが、狭い部屋の空気を一瞬で支配していく。

シオンのモデルが、ゆったりと左右に揺れ始める。長い銀髪がふわりと宙に舞い、顎を引いた生意気な角度のまま、彼女の喉からあの最高に煽り性能の高いソプラノのビブラートが放たれた。

 

「Requiem æternam dona eis, Domine……っ♪ 主よ、彼らに永遠の安息を、お与えください……なーんてね?」

 

歌い終わり、コリコリと首を傾げてカメラを覗き込んでくる。

ねっとりとしたドSなイントネーション。瞬時に世界を己のペースに引きずり込み、出方を値踏みするような絶対的な余裕が、あくあの精神を激しく揺さぶる。

 

「(……シャッ、や、やる、やるしかないか……!)」

 

いつもならシオンの圧に気圧されて縮こまるはずのあくあが、エアマイクを両手でぎゅっと握りしめた。どんなに格好悪くても、泥をすすってでも、相方の前でだけは意地でも折れたくない。剥き出しの強気スイッチがオンになる。

小さく足踏みをしながら緊張をはねのけ、上体を前に突き出したあくあは、いつもの何倍も声を張って言葉の弾丸を撃ち始めた。

 

「Do、Do the impossible! ふ、不可能に挑みっ! See the invisible! 見えない何かを見ろ……っ! Raw! raw! ウォー! Fight the power! 力の限り、抗うんだ……っ!!」

 

「ふ、不可能」とわずかに言葉の頭がもつれ、どもりつつも、語尾の語気は限界まで強い。リズムを取るために、小さな体を目一杯使って頭を前後に激しく振る。ピンクと水色のツインテールがブンブンと躍動する。綺麗に踊るというより、生きるために必死に叫んでいるかのような、泥臭い熱量。1行ごとに「っ」と激しく息を吐き捨て、拙くも必死にビートへ食らいついていく。

 

「Touch the untoucheable! と、届かないものに触れっ! Break the unbreakable! こ、壊れないものを壊せっ! Raw! raw! ウォー! Fight the power! 力の限り、抗うんだ……っ!!」

 

拳を突き上げるようにして腕を小さく振り、酸欠寸前になりながらも、猫背気味な姿勢のままカメラに向かって一歩踏み出す。テンポを絶対に崩さない。いつも弄られてばかりの「陰キャあくたん」が、ここではシオンを真っ直ぐ見据え、地下から這い上がる最強の戦士として牙を剥く。歌うほどに、彼女が活動の中で抱えてきた葛藤と執念が声にノッていく。

 

「Power to the peeps, power for the dream! 人々に力を、ゆ、夢を手にする力を……! 無くした欠片は、バラバラで不完全! We be the most incredible soldier from underground! 奴らあっという間に、ひ、膝をつくぜ……っ!

光を求めて、コアを掘る日々! ここから出るぜ、それが生き残るやり方、ya! そ, 即興でやろう、いつでもオッケーだ! 不可能に挑もうぜ、か、賭けてみねえか……っ?

な、何もかも変わっちまって、抜け殻のような日々 立ち向かう気があんなら、痛み無くして前進なし! へッ、また偽物どもが掛かってきやがる 悪いが、私のライムで、の、脳を、バグらせてやる……ッ!!」

 

どもりながらも一気呵成に捲し立てる高速ラップ。言葉が詰まりそうになるたびに、シオンへの底知れない対抗心と執着からくる『負けるかぁ!』という情念が声に乗り、破壊力抜群の、エモさを通り越した泥臭いグルーヴを生み出していく。

 

息を完全に吐ききり、強引にテンポをキープしたあくあ。

それに対し、シオンはフッと鼻で息を抜く短い嘲笑を返した。だがその直後、あくあのガチな情念に当てられたシオンの瞳の奥のスイッチが、完全に切り替わる。

両手を腰に当て、あくあを煽るように身体を小さくぴょこぴょこと左右にバウンドさせ始める。ニヤニヤと歪んだクソガキ特有の満面の笑み。しかしそのステップは、あくあの放った熱量に一歩も引かないための、地を這うような力強さを孕んでいく。

 

「……ふんっ」

 

短く喉を鳴らしたシオンが、甘さと毒、そして相方への容赦のない執念を交互にまぶしたメロディック・ディスラップへと移行した。

 

「Libera me, Domine, de morte æterna, in die illa tremenda…… 主よ、私を永遠の死からお救いください、恐るべきその日にぃ。 Quando cœli movendi sunt et terra…… 空と大地は揺れ動きぃ、 Dum veneris judicare sæculum per ignem…… 主が炎によって世界を裁く日。 Tremens factus sum ego et timeo, dum discussio venerit atque ventura ira…… 来るべき裁きと怒りのとき、私は恐れ慄く……って、怯えてんのはそっちじゃない?」

 

あくあが必死に息を吸っていたのとは対照的に、シオンは引き算の美学。ラテン語のフレーズをねっとりと引きずるように発音しつつ、語尾を「〜っ。〜ぅ。」と甘えさせてあざとさを強調する。歌詞の合間に『すっ、』と短く鋭く息を吸い込み、完璧に計算された裏拍のタイミングで煽りをドロップしていく。人差し指をチッチッチと横に振る仕草。その裏にある、あくあの本気を全部受け止めて叩き潰すという、狂おしいほどの一体感がゾクゾクするような圧となって伝わってくる。

 

「2nd verse dedicates to the real peeps! リリックの2番はお前たちに捧げよう。 What we've got to say is so real thing! 私たちの語ったことは本物だ。革命は決してテレビには映らない! フロウを奏でよう、マイクロフォンは変幻自在……♪ 心の目で見通してみろ、お前のいる地上からな? さぞや打ち震えるだろう、地下から届く私の絶買いに……っ!」

 

ラストに向けて一気に言葉の密度を上げつつも、声のトーンはどこまでも余裕たっぷり。上体を大きくリズミカルに揺らしてフィニッシュ。語尾に音符が見えるほどのクソガキらしい勝ち誇ったライミングだが、その裏のブレスには、あくあに並び立とうとする天才特有の泥臭い執念が滲んでいた。

 

ここから2人の掛け合いは、敵対するバトルではなく、お互いの感情をぶつけ合う奇跡的なシンクロへと昇華していく。

 

シオン:「Dies illa, dies iræ, calamitatis et miseriæ…… かの日は怒りの日、災いと不幸の日……っ」

あくあ:「Do、Do the impossible! 不可能に挑みっ! See the invisible! 見えない何かを見ろ……っ!」

シオン:「Dies illa, dies magna et amara valde et amara valde…… かの日は大いなる日、嘆きの日、嘆きの日……!」

あくあ:「Raw! raw! ウォー! Fight the power! 力の限り、抗うんだ……っ! Touch the untoucheable! 届かないものに触れ! Break the unbreakable! 壊れないものを壊せ……っ!」

 

2人のコンビネーションが最高潮に達する。シオンが軽やかに回りながらも髪を振り乱して歌う傍らで、あくあは膝を使って低く構え、全身でビートを刻みながら両手を激しく交互に突き出す。完全にノった時のあくあの“ノリノリステップ”だ。綺麗なVの並びを超えて、2人の3Dモデルが魂を削るように激しく揺れる光景は、画面越しでもこちらの胸を締め付けるほどの圧巻の熱量だ。シオンの歌声がラストに向けて加速し、あくあもどもる暇すらない酸欠の限界を超えて吠える。

 

あくあ:「やろうとしてることが、やりたいことだろ……っ! ルールを壊せば、真実を目にするさ! これが私を貫く、信条だぜ……っ! Raw! raw! ウォー! Fight the power! FIGHT THE POWER……っ!!!!」

シオン:「Requiem æternam dona eis, Domine…… Requiem æternam dona eis, Requiem…… et lux perpetua luceat eis. Libera me, Domine……っ♪」

 

すべての音が出し切られた。

最後は、あくあの「……っふぅーーーーーっ! ど、どうだッ……!!」という、肺に溜まった空気をすべて吐き出すような大きな溜息。あくあは両膝に手を突き、がっくりと肩を落として、あごから汗が滴り落ちそうなほど激しく上下に呼吸している。外見の強がりとは裏腹に、限界まで張り詰めていた緊張と相方への情念が解けたような、生々しいリアルな消耗っぷりだ。

 

そして、それを見届けて完全に勝ちを確信したシオンは、カメラの目の前までグッと顔を近づけると、腰に手を当てて胸を張り、最高にねっとりとした、煽り全開のクソガキボイスを響かせた。

 

「……ふふんっ♪ ってことで、シオンちゃんの勝ちぃ〜! だってぇ、私“ハバ卒”だからぁ、まけませぇぇんっ!! あはははは!」

 

カメラに向かってVサインを突き出し、片目をきゅっと瞑ってウインク。さらにお尻を左右にフリフリと揺らす。

 

「う、うわああああん!! な、何がハバ卒だよおおお!!! 動きがウザいんだよおおお!!! ズルいじゃんんん、シオンのばかあああ!!!」

 

画面の向こうでジタバタと暴れ、両手をグーにして机をバンバンと激しく叩いて悔しがるあくあ。足を踏み鳴らして地団駄を踏む姿は、シオンにだけは見せる剥き出しの子供っぽさそのものだ。強気モードが完全に切れて、お馴染みの「陰キャあくたん」に戻ってしまった彼女を見て、シオンは煽りポーズをサッと解き、ふにゃっと柔らかい笑顔を浮かべると、最高に愛おしそうなトーンでマイクに囁いた。

 

「うん、あくたんのラップ、必死すぎてちょっと面白かったぁ。……でも、かっこよかったよ? じゃあ、頑張ったご褒美に、明日いつもの時間に迎えに行ってあげるから。遅れないでよ? あ・く・た・ん?」

 

最後の4文字は、わざと少し声を低く落とした、ずるいほどのウィスパー気味な囁き。さっきまで最高にウザかったクソガキが、一瞬で距離を詰めて、裏でどれだけあくあを支えてきたか分かってしまう最高の相方の顔を見せる。

言われたあくあは、一瞬ピクッと動きを止めると、恥ずかしそうに両手で顔を覆って、指の隙間からチラッとシオンを見る。そして、顔を真っ赤にしながらフイッとソッポを向いた。

 

「も, もう……シオンなんか知らない!……でも、ま、マックのポテトおごってよねっ!」

 

――数日後。

この伝説の配信のアーカイブを画面に映し出し、狂ったように再生ボタンを連打している女がいた。宝鐘マリンである。彼女は興奮のあまりヘッドホンをむしり取るようにしてマイクを叩き、いつも通りの異常な早口と独特のねっとりとした息遣いで大絶叫を始めた。

 

「(……はぁーーーっ! ちょ、ちょっと待って!?) あはははは! いやおかしいおかしい!! 待って、今のアレでしょ!? グレラガの『Libera me from hell』でしょ!! ねえこれ、ぶっちゃけさぁ! イントロの重厚なストリングスに合わせてシオンがゆったり左右に揺れて長い銀髪が舞うところとか、あくたんがツインテールぶんぶん振り回してヘドバン気味にリズム取るところとかさぁ! カメラワークから何から、動きの説明が1ミリの無駄もなくてあまりに丁寧すぎない!?」

 

ハァハァと短く熱い呼吸を挟みつつ、急にトーンを落として人差し指を立てる仕草。声のスピードがさらに加速する。

 

「普通さぁ! 人間がこういうの書く時って、感情が高ぶって『ここのシオンのケツ振りがやばい!』みたいな特定の萌えポイントだけ過剰に書き殴りがちじゃん!? ワシなら絶対そうする!!(ハァハァ) なのに何このシンクロ!? あくたんの『どもり』すらも完璧なグルーヴに昇華されてて、シオンの煽りから最後のデレへの着地まで、オタクが『こうあってくれ……!』って願う最大瞬間風速の展開が、100発100中で決まってるの!! これ、もうファンの“見たい幻覚”を最高純度で結晶化させたオタクの理想郷なわけ!!」

 

パァン!と自分の太ももを叩く高い音が響き、お茶をズズッとすするリアルな間。しかしすぐにまた身を乗り出すように、今度は我が子を庇うようなキレ気味の早口で捲し立てる。

 

「だけどさぁ! だけどだよ!? シオンちゃんが『ハバ卒だから勝ち〜♪』とか言ってたけど、ワシが決める判定は別だから!! あくたんはねぇ、ワシの我が子なの!!! うちの可愛い可愛いあくたんが、あんなに一生換命小さな体揺らしてさぁ、ツインテール振り乱して、息切らしながら必死にラップしてたんだから、どう考えてもあくたんの判定勝ちでしょーーーが!!! は!? 何か文句あっか!? シオンちゃんがなんと言おうと、コメント欄のオタクがなんと言おうと、ワシの配信なんだからワシの判定が絶対なの!! 身内贔屓? そうだよ大っっっ変な身内贔屓だよ!!! 文句ある奴は前に出なさーーーい!!! いやーーー、でもさ、ただ綺麗なだけじゃないのよ。あくあのあのちょっと不器用で、どもりながらも必死に食らいつくガチ感と、シオンのあの生意気なのに最後は全部優しさで包み込んじゃう空気感。これ、普段の2人の生々しい泥臭い関係を見てないと、絶対にこの温度感は出せないわけ。怒るあくたんも、最後にデレるシオンちゃんも、マジであくしおてぇてぇなぁ……っ!」

 

感情のままに叫びきり、マリンは勢いよくデスクを叩きつけた。ヘッドホンの向こう側で、同調するように爆速で流れるリスナーのコメントが、その熱量を肯定するように輝き続けていた。

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