【てえてえ注意!】ホロライブ怪文書短編集です。 作:夏目陽光
「……はぁ、はぁ……っ。な、なんで我がこんな朝早くから、わざわざ外に出なきゃいけないんだよ……!」
午前8時30分。秘密結社holoXのアジト。その重々しい扉を蹴破るようにして飛び出してきたのは、総帥ラプラス・ダークネスであった。ついさっきまでTwitchでゲーム配信をしていた彼女の頭は、徹夜の疲労と強烈な空腹で完全にバグっている。
「くっそ、ルイの奴……『朝ご飯はちゃんと食べなきゃダメですよ、総帥』とか言って、アジトの冷蔵庫ロックしやがって……! ふ、ふん、別にいいし! 我には最強の味方があるからな!」
大きすぎるカラスの羽をパタパタと苛立たしげに羽ばたかせ、紫の長髪を振り乱しながら、ラプラスは目標の場所へと突き進む。目指すはマクドナルド。目的はただ一つ、彼女がこよなく愛する最強のメニュー「チキンクリスプ(マックチキン)」を喰らうことだ。
「はぁ……はぁ……、着いたぞ……! 刮目せよ、これが世界を統べる総帥の威風堂々たる足取りだ!」
自動ドアが開きて冷房の効いた店内に転がり込む。3D配信で見せるような、やたらと大袈裟に手足をバタつかせる落ち着きのない動きでカウンターへと直進した。カウンターの向こうには、いかにも優しそうなベテランの女性店員が立っている。
「は、はふぅ……。おい人間! 我の至高なる注文を聞くが良い! マックチキンをよこせ! あと、コカ・コーラだ! 我の渇いた喉を潤す、漆黒の炭酸水をな!」
言い切って、ふんぞり返る。しかし、店員はまったく動じず、まるで迷子の子犬を見るような慈愛に満ちた目で膝を少し折って目線を合わせてきた。「はーい、おはようございます! 朝早くからおつかい、とってもえらいわね〜!」(……へ?)ラプラスの思考が一瞬フリーズする。
「でもね、ごめんねお嬢ちゃん? 朝の時間は『朝マック』のメニューになっちゃうから、そのマックチキンは10時30分からじゃないと作れないのよ〜。代わりに、マフィンの中にサクサクのチキンが入った『チキンクリスプマフィン』ならあるんだけど、そっちにする? お味はほとんど一緒だよ!」
(ムッ!!!)ラプラスの脳内で、何かが激しく弾けた。(なんだこの人間!? 僕を幼児扱いしやがって! 僕、世界を統べる秘密結社holoXの総帥、ラプラス・ダークネスだぞ!? おつかいなわけないだろ! 自分で食べるんだよ! しかもチキンクリスプがない!? ふざけるな、僕はあのバンズとチキンの完璧な調律を求めて……!)内心の独白で一気に「僕」が溢れ出し、ガチ焦りで顔を真っ赤にするラプラス。しかし、ここでガチ泣き混じりにキレたら本当にただの『駄々をこねるガキ』になってしまう。総帥としてのプライドが、ギリギリのところで踏みとどまらせた。
「……ッ、はぁ!? ナ、ナメるなよ人間! 我はチキンクリスプマフィンなんて、マフィンの存在くらい最初から知ってたし! 別にそれ、代わりに頼んでやってもいいけど!?」
ラプラスは腕を組み、ぷいっと顔をそらしながら、限界オタク特有の早口と生意気なクソガキ口調でまくしたてた。息が荒い。
「ふ、ふん! 我の寛大な心に感謝するんだな! じゃあその、ちきんくりすぷまふぃんと、コーラ! コーラはサイズ一番でかいやつにしろよ! 子ども扱いしたら許さないからな! つ、通信制限かかったスマホくらい使えない人間だな、まじで!!」
「はーい、チキンクリスプマフィンのセットね! お姉さん、コーラ多めに入れちゃうね〜」
店員はラプラスのクソガキ全開の態度を元気な反抗期のごっこ遊びと脳内変換したのか、さらに笑みを深めて対応する。
「う、うるさい! お姉さんとか言うな! 我の方が偉いんだからな!……ほら、これで足りるだろっ」
ジャラジャラと小銭をトレイに叩きつけるように置き、レジの横へ移動した。はぁはぁと荒い息を吐きながら、内心ではまだ(ムッ!!!)とした感情が渦残っている。数分後、渡された袋をひったくるように受け取ると、ラプラスは店内の端の席に陣取った。現れたのは、イングリッシュマフィンに挟まれたチキンパティ。
「……ふん。まぁ、匂いは悪くないな」
ガブッ、と大きめの口で豪快に齧り付く。
「……っ!! ん、んん〜〜〜っ!? う、うめええええええ!!! 何これ最強!! 徹夜明けの脳にブチ刺さる味すぎる!!」
もはや食レポなんて高尚なものは存在しない。ただの限界オタクがジャンクフードを貪るだけの空間がそこにあった。美味すぎてIQが3くらいになったラプラスは、ちぎっては投げの勢いでマフィンを口に押し込んでいく。
「はふ、はふぅ……っ、んむ」
勢いよく貪り食ったせいで、黄色みがかったマヨネーズソースが口の横にべっとりと付いてしまった。それに気づいた瞬間、ラプラスは小さく「あ……」と声を漏らし、それまでのガツガツしたクソガキ特有の動きをピタッと止めた。ふと、カメラの前で歌う時や、たまに雑談でオタクの人生相談に乗る時のような、妙に落ち着いた「お姉さん」の空気がその場の空間にふわりと混ざる。長くて綺麗な睫毛をアンニュイに伏せ、細い指先で口元を隠すようにした。初期衣装の象徴である、あの巨大で重々しい拘束具の大きな手──そこから不意にスルリと、まるで脱皮するように抜け出た彼女自身の「本物の素手」が、白く華奢なラインを描いて露わになる。袖口の隙間から覗く、驚くほど細く柔らかな手首、そして小さくどこか艶っぽい本物の指先。そのギャップだけで人間の脳を破壊しかねない破壊力を秘めた本物の手が、紫の髪をすっと耳にかけながら、妖艶さと気怠さが同居した薄い唇へと伸びる。
そこからピンク色の舌先を「ぺろり……」としなやかに伸ばした。口元についたマヨネーズを、まるで計算されたファンサのように、艶っぽく滑らかな動きで綺麗に舐めとってみせたのだ。その瞬間だけは、拘束具の厳めしさと内側の圧倒的な少女の儚さが混ざり合った、驚くほど端麗で大人びたholoXの美しき総帥の姿そのものだった。──が、次の瞬間には。
すぐに本物の手をブカブカの拘束具の奥へと引っ込め、いつもの、顔を真っ赤にして威嚇するクソガキ総帥へと急降下で戻っていった。幼児扱いされた怒りも、食べ物の魅力の前には一瞬で霧散した。そして、氷が溶けて薄まる前に、大本命のコーラへ手を伸ばす。ストローを突き刺し、「ズズズッ!」と勢いよくすすり上げた。強烈な炭酸が喉を直撃する。
「ぷはぁーーっ! かーっ! やっぱりマックのコーラは炭酸が強くて最高だな! 炭酸が抜ける前に一気飲みするに限るわ!」
誰も見ていない店内の片隅で、口の周りをテカテカにさせた総帥は、小さな足をぶらぶらと揺らしながら、実にご機嫌に「朝マック」を支配するのだった。──と、その時。カサカサ、と机の上に置いたスマホが震えた。画面を見ると、非情な通知が表示されている。
『鷹嶺ルイ:総帥? もしかして今、マックにいます? 配信切り忘れててGPSとマックの環境音全部乗ってますよ。あとでアジトの作戦会議室に来てくださいね(笑顔の絵文字)』
「……あ」ラプラスの動きがピタッと止まる。口の周りにマヨネーズをつけたまま、ストローを咥えた状態で完全に硬直した。
(や、やばいやばいやばい!! ルイ姉ガチギレじゃん!! 配信切り忘れた!? 僕のバカ!! 戻ったら絶対にお説教コースだこれ、終わったあああああ!!)「……は、はふぅ……」さっきまでの全能感はどこへやら、ラプラスはブルブルと震えながら、残りのコーラを涙目で「ズズズ……」とすするのだった。