【てえてえ注意!】ホロライブ怪文書短編集です。 作:夏目陽光
平日の昼下がり。少し薄暗いゲームセンターの最奥に、まるで迷い込んだ妖精のような二人組の姿があった。
姫森ルーナはお気に入りの、フリルがふんだんにあしらわれた清楚なロリィタワンピース。まるでお人形さんのような甘いおめかしスタイルは、薄暗い空間の中で一際可憐に浮き立っている――なんて、隣にいる天音かなたからすれば、見慣れているはずなのにやっぱり「お姫様だなぁ」とどこか気恥ずかしくなるような、そんな圧倒的なおでかけスタイルだった。
対するかなた自身は、動きやすさを重視した機能的なカジュアルジャージ姿。親しみを込めて噂される通りの飾らないスタイルで、フリルとジャージという凸凹な二人が並んで頭を突き合わせているのは、大音量でファンファーレが鳴り響くメダル競馬ゲーム『GIホロホロ優駿倶楽部』の筐体前だった。
「――の、のあぁー……。なんで、ルーナの馬、最後に失速するのら……? おかしいのらぁ。絶対このメダルゲーム、ルーナに意地悪してるのらぁ……」
赤ちゃんのような舌足らずな甘い声。周囲を警戒してボリュームこそ限界まで潜めているが、言葉の輪郭を少し引きずるような、独特のゆったりとしたリズムはそのまま。吐息が多めの、無意識に相手の庇護欲をくすぐる特有の間(ま)をとりながら悔しがるルーナの横顔を見て、かなたは心の中で(あー、また始まった。でもこの拗ねてるとこ可愛いんだよなぁ)なんて場違いな癒やしを感じていた。
かなたは特徴的なハイトーンの笑い声を、喉の奥で「くくくっ……あははっ」と押し殺しながら、手元のメダルを数える。地声のトーンが高いため、ひそひそ声でもどこか抜けるような明るさがあり、彼女のキャラクターの良さが滲み出ていた。
今日は二人きりの完全なオフの日。
数分前、二人のアカウントには、それぞれ時間をずらして写真がアップされたばかりだった。ルーナは「お出かけなのら」とパンケーキの写真を、かなたは「甘いもの食べた!」と別角度からの写真を投稿。
一見、ただの偶然に見える。しかし、熱心な閲覧者たちが狂気的な熱量で画面を拡大すれば、かなたの写真の皿にうっすらとピンク色のフリルが映り込んでおり、ルーナの写真の端にはかなたのジャージの「一筋の白いライン」が1ミリだけ見切れている。
そんな、見る者を悶絶させる超高度な「隠し要素」の仕掛けを終えたばかりの、世界で二人だけの秘密の時間だった。
「ルーナちゃん落ち着いてっ。ほら、今回のレースは長距離だったから……っ、スタミナ配分が難しかったんだよ」
かなたの声は、会話の端々に小さく「っ」が入るような、親しみやすく、ちょっぴり弾むような独特のテンポ。それでいて相手の言葉をしっかりと受け止めてから、一歩引いた優しいリズムで言葉を紡ぐ。だが、ルーナのあの不満げなぷくー顔を間近で見ていると、どうしても調子が狂って、ついつい自分のメダルケースを少し隠すように寄せてしまう。
対するルーナは、その動きを絶対に見逃さない。その言葉を遮るように「ちがうのら!」と不満げな声を乗せる。
「かなたんはズルいのら! さっきからずっとメダル増えてるのら! さてはぁ、そのゴリラ並みの握力で筐体のレバーを脅して、当たりを出させてるのらね!?」
「ちょっと!? 人聞きが悪いこと言わないでよぉ! 声大きいってばぁ!」
語尾を少し伸ばしながら、息の合った掛け合いが続いていく。お互いの喋り方の癖を熟知しているからこそ、意識せずとも綺麗にテンポが噛み合う。焦ってルーナの口元を手で制そうとするかなたの指先は、いつもよりほんの少し優しく、大切に触れるようだ。ジャージの大きなポケットから溢れんばかりのメダルが詰まったケースに対し、ルーナのケースは、お気に入りのフリルの袖口を気にしながら扱っているせいか、底が見えそうなほどスカスカだった。
「むぅ……ルーナも次は絶対に当てるのら。次こそ大穴を当てて、かなたんのメダルを、ぜんぶ毟り取ってやるのら!」
「いいよ、じゃあ次のレースで勝負ね。もしルーナが勝ったら、わたしのメダル半分あげる」
「本当のら!? ……言ったのらね!?」
ふとした瞬間にこぼれた、カメラの前での「僕」ではないオフの「わたし」という一人称と、親密な「ルーナ」という呼び捨て。一転してルーナが「間」を詰め、少し声を低くして言い寄る。子ども扱いしないその対等な響きに、ルーナの瞳がキランと輝き、かなたはドクンと胸が跳ねるのを感じていた。
次のレースは、大舞台の「ホロホロ記念・G1」。出走馬のリストが画面に映し出されると、二人の少女の表情が一気に真剣なものへと変わる。
「お、一番人気は『ソーランマツリ』かぁ。手堅いのはこれだけど、倍率は低いなぁ……」
「かなたん、見てのら! 4番の馬の名前、『お菓子の王国』なのら! これはもう、ルーナが賭けるしかない、運命の馬なのら!」
一語一語を区切るように、確信に満ちた喋り方へと変わるルーナ。画面に表示された4番馬『お菓子の王国』のオッズは、なんと50倍の大穴だった。
「ええっ!? ルーナ、それ単勝でいくの!? 流石に無謀だって、最近の戦績もボロボロだよ?」
「うるさいのら! ルーナの直感が、この子は走るって言ってるのら! えい、えい、えーい!」
声を荒らげるのではなく、可愛らしい破裂音を響かせるようなリズムで、ルーナは手持ちの残り少ないメダルを4番に全て注ぎ込んだ。その手つきは、おめかしした私服の可憐さとは裏腹に、鍵盤の上で複雑な旋律を奏でるときのような、妙に洗練された美しい指の動きだった。かなたはその指先に見惚れそうになるのを慌てて振り払い、ハラハラしながらも1番人気と3番人気のワイドを安全にベットした。
『まもなく、レースが発走します!』
筐体から低めのボリュームでアナウンスが流れ、画面内のゲートが一斉に開いた。
実況の電子音声が響く中、馬たちが一斉に走り出す。
「スタートは普通なのら……! いけいけー、お菓子の王国、ルーナのために走るのら……!」
「あ、わたしの賭けた馬がいい位置にいる。そのまま、そのままインコースをキープして!」
レースは中盤。ルーナの『お菓子の王国』は、集団の最後尾をのんびりと追走していた。画面を見つめる二人の横顔が、筐体の放つ淡い光に照らされてきらきらと輝く。かなたはふと、その光に透けるルーナの睫毛の長さにドキリとして、慌てて視線を画面に戻した。
ルーナは画面から目を離さないまま、自分の手元を探り、持参したマイボトルからストローで大好きなココアをちゅう、と一口啜った。甘いエネルギーを補給して、さらに画面への視線を鋭くする。
「のあぁー……! 何サボってるのら! お菓子をあげるから早く走るのらー!」
「ほらぁ、言わんこっちゃない。やっぱり大穴は厳しいって――って、え!? ちょっと待って、第4コーナーで急に上がってきた!?」
最終コーナーを回った瞬間、『お菓子の王国』の脚色が一変した。
内を突いて、凄まじいスピードで他の馬をごぼう抜きにしていく。その光景はまるで、普段はおっとりドレスを着こなしているルーナが、難解なアクションゲームのコントローラーを握った途端、急に天才的な判断力を見せて周囲を驚かせる瞬間のようだった。
「きたのらぁ……! いけー! そのまま突き抜けるのら!」
「うそ、速っ!? わたしの馬、粘って! 差されちゃう!」
最後の直線。画面の中の2頭が激しく競り合う。
二人は身バレも忘れて筐体に身を乗り出し、声を押し殺しながらも熱く拳を握りしめた。かなたの声は驚きでさらに高いオクターブへと跳ね上がり、ルーナの幼気な声と重なり合う。フリルとジャージという、まったく正反対の肩がぴったりと、少し強めに、激しくぶつかり合う。そのお互いの熱量に、息が止まりそうになるほど胸が熱くなった。
そして、2頭が同時にゴール板を駆け抜けた。
画面がスローモーションになり、写真判定のアニメーションが流れる。一瞬の静寂の後、1着の欄に点灯したのは――『4』の数字だった。
「やったああああああ!!! のらああままああ!!!」
思わず小さな悲鳴のような歓声を上げ、ルーナがフリルのスカートをふわりと揺らしながら、ピョコピョコと嬉しそうですこし不器用なステップを踏んで飛び跳ねた。かなたはその姿に、悔しさよりも先に「あぁ、可愛いなぁ」という強烈な敗北感(と愛おしさ)を抱いてしまっていた。
その直後、筐体の払い出し口から「ジャラジャラジャラジャラ!!!」と、ものすごい勢いで眩しいメダルが溢れ出てくる。
「嘘でしょ……本当に来ちゃった……。ルーナちゃんの直感、恐るべし……」
呆然と立ち尽くすかなたの前に、ルーナがすかさず立ちはだかった。
フリルの袖を揺らしながら、小さな両手を腰に当てて、思いきり胸を張る。最高に可愛らしくて憎めない「誇らしげな笑顔」そのものの表情に、かなたはもう完全にノックアウト寸前だった。
「ふふん! 見たかのら、かなたん! これがルーナの『天才の引き』なのら! かなたんの、ケチケチした賭け方とは、格が違うのらね!」
「う、うぐっ……確かに見事な大穴だったけど……!」
「かなたんはいつも笑いながらルーナを子ども扱いするのらけど、勝負の世界ではルーナがお姉さんなのら! ほら、メダルを数えるのら! 早く、早くぅ!」
わざと一言ずつの間をたっぷりとり、言葉のドスを効かせるようにドヤるルーナ。椅子の上で小さくお尻を振るようにピョコピョコと弾みながら、上から目線でかなたを急かす。さらに、小さな人差し指をかなたの鼻先に突きつけて見せた。
かなたは降参と言わんばかりに、あらかじめ用意していたスマートフォンを構え、画面いっぱいにドヤ顔を決めるルーナにレンズを向けた。レンズの向こうで、ルーナはさらに顎を引いてフリルを翻し、完璧なモデルポーズを作る。そのあまりの可愛さに、かなたの手元は少しだけ震えていた。
「今日のルーナは『大富豪ルーナ姫』なのら! かなたんは約束通りメダルを半分、いや、貢ぎ物として全部差し出してもいいのらよ? ざまぁカンカンなのらー! ぷぷぷーっ!」
小悪魔のように舌を出して笑うルーナ。完全にマウントを取られてタジタジのかなたは、がっくりと肩を落しながらも、そのあまりにも愛らしい勝ち誇りっぷりに、いつもの優しい眼差しを隠せなくなっていた。
「はいはい、参りました。わたしの負け。はい、約束の半分ね……って、全額はあげないからね!?」
「ちぇー、ケチたんのら。でもこれで、ルーナは大富豪なのらね! かなたん、重いからこのメダル、全部持って運ぶのら!」
勝ち誇ったルーナは、お洋服が汚れるのをおねだりの理由にして、当然のようにかなたにメダルケースを差し出した。かなたは苦笑しながら、常人離れした力強さで二万枚近くはある重いケースを軽々と両手に抱え上げる。そのとき、少しだけ指先が触れ合って、お互いちょっとだけ照れくさそうに視線を外した。なんだかそれすらも、彼女たちらしい愛おしい時間に思えた。
「ねぇ、かなたん。このメダル、今日だけじゃ使い切れないのら」
「そうだね。じゃあ、メダルバンクに預けて、また二人で来ようよ」
「うん! 約束なのら! 次もルーナが勝って、かなたんを泣かせてあげるのらね!」
夕方のチャイムが遠くで鳴り響く中、二人は大荷物になったメダルケースを抱え、次の「二人だけのダービー」を楽しみにしながら、ゲーセンの自動ドアをくぐった。
その日の夜、かなたのタイムラインには「今日は大敗しました(泣)死ぬほど煽られたので次は絶対勝つ!」という悔しげな一言が投稿された。そこには、フリル袖をアピールしながらカメラに向かって人差し指を立ててドヤるルーナの、少しぶれた、けれど二人の仲の良さがこれ以上ないほど詰まった写真が添えられていた。
それを見た熱狂的なファンたちが「このフリル袖は……」「居場所がわかった」「尊すぎる……」と大騒ぎを始めるのは、それからわずか数分後のことだった。