【てえてえ注意!】ホロライブ怪文書短編集です。 作:夏目陽光
深夜2時15分。テレビの消えた静まり返ったリビングに、遠くの換気扇の音がかすかに響いている。
「んえーーーー……っ。……あちー。まーじで、今日の手札(ゲーム)は熱すぎたわァ……」
浴室から上がってきた轟はじめは、大きく背伸びをして、少し鼻にかかった「ん」の音から始まる独特の低音を響かせた。まだ湯気を立てている濡れた髪をタオルでガシガシと雑に拭きながら、気だるげな足取りでキッチンへと向かう。
パッキンが離れる鈍い音を立てて冷凍庫を開け、お気に入りのカップアイスを取り出した。ペリッ、とプラスチックの蓋を乱暴に剥がす小気味よい音が静かな部屋に響く。
スプーンを深く突き立て、大きめの一口をガツッと無造作に口に放り込んだ。
「……ん。……んん〜〜〜。生き返るわぁあ……」
口いっぱいに広がる冷たさに、喉の奥を鳴らすようなハスキーな鼻声が漏れる。本人はただガツガツと貪っているだけなのだが、ふくよかな唇の隙間からこぼれる吐息や、冷たさに細められた目元には、深夜特有の無防備な色気が自然と滲み出ていた。
はじめがその心地よい冷たさを噛み締め、すぐさま次のひと口をすくおうとした、その時だった。
ソファのクッションがぎしっと大きく沈み、衣類が擦れる音が勢いよくリビングに弾けた。
奏がカハッと短く息を吸い込み、限界まで目を見開いている。ソファで微睡んでいたはずの彼女の目は完全に据わっており、はじめの右手にあるカップアイスに1秒でロックオンしていた。
はじめは思わずビクッと肩を揺らし、スプーンを止めた。
「……おぉ、うおっ。……びっくりした……何、起きてたん?」
驚きで一瞬だけ上擦ったはじめの声に、奏はキンと鼓膜に響くような限界の高音で詰め寄る。
「ちょっと待ちはじめ先輩ッ! 風呂上がりにカップアイス食べてる! ずるいぃい!!」
感情がブチ上がった瞬間の、あのハイトーンでちょっとやかましくも愛らしい叫び声。
勢いよく跳ね起きたせいで、奏のゆるめのパジャマの襟元は片方の肩まで大きくはだけていた。お風呂上がりの熱を帯びた白い首筋に、ハーフアップからこぼれた金髪の毛先が汗でピタリと張り付いている。
本人は1ミリも色気など自覚しておらず、ただアイスへの執念だけで動いている。だからこそ、その無防備すぎる姿に、はじめのほうが一瞬目のやり場に困って視線を泳がせた。
「ずるいって何だよぉ。自分でお金払って買ってきたやつだぞ」
はじめはあきれたように、ふっと鼻から短く息を抜いて笑い、視線をアイスへと戻す。
「ずるいものはずるいですーっ!」
ここからの奏は完全にノンストップ、BPM180の超早口だ。文字通り一息で、まくしたてるように言葉を叩きつけていく。
「奏だって配信で! あんなに頭使って! 糖分欲してるのにっ! はじめ先輩だけそんな冷たくて美味しそうなもの、ひとりで食べて……! あ、ずるい! 今また口に運ぼうとしたぁあ!!」
パジャマの裾から細い足首を覗かせ、絨毯の上でじたばたと足を踏み鳴らす奏。そんな格好で暴れるなよ、と内心で思いつつ、はじめはまたアイスを口に放り込んだ。少しこもったハスキーボイスで返す。
「いやぁ……俺のアイスなんだから、いつ食べても自由だろォ……。つーか、大きな声出すな、近所迷惑」
「ぶーー! 自由ですけどずるいですー! 奏の目を見ながら食べてください、ほらー!」
唇を震わせて抗議しながら、ぷくーっと絵に描いたように頬を膨らませる。その幼児退行したかのようなわがままっぷりがあまりにも分かりやすくて、はじめは数秒の沈黙の後、耐えかねて吹き出してしまった。
「……っ、ははっ! っつーか、お前……顔、すご。分かりやすすぎだろぉ」
「笑いごとじゃないですぅ……」
奏はちょっと鼻をすすりながら、おねだりモードの甘えた声に変調した。はだけた胸元もそのままに、じーっとはじめの顔を下から覗き込んでくる。
「奏の口はもう, アイスを迎え入れる準備ができて……」
「ったく……わかった、わかったから」
距離の近さに少しドギマギしたはじめは、奏の言葉を遮るように、めんどくさそうに、でも少し掠れた優しいトーンで言った。そして再び冷凍庫を開け、もう一つのカップを引っ張り出す。
「……ほら」
ぴた、と奏の動きが止まり、小さく息をのんだ。
「今日、昼間に買い出し行ったときぃ……『奏の分のイチゴのやつ』。ちゃんと買っといた。……ほら、これ。お前の」
1秒の静寂。次の瞬間、彼女の声のボリュームメーターが振り切れた。
「えーーっっ!? はじめ先輩、神ですか!? 大好きっっっ!!」
弾けるような笑顔を見せる奏に、はじめは照れくさそうに視線をそらし、わざと声を低く濁らせた。
「はいはい、現金だなぁ……。ほら、スプーン」
カチャカチャと音を立ててスプーンを受け取った奏は、先ほどまでの怒りはどこへやら、嬉しそうにフンフンと独特の鼻歌を歌いながら蓋を開け、「いただきまーす!」と限界まで声を弾ませる。
ズッシリと深くソファに腰掛けるはじめの隣に、奏が並んで座った。嬉しさが抑えきれないのか、少し落ち着きなくお尻をズリズリと動かし、細い足をパタパタさせている。その小さな子供のような無邪気さに、はじめはどこかホッとしたような息を吐いた。
「ん〜〜〜〜〜〜! おいし〜〜〜い!! 染みます、これは五臓六腑に染み渡りまーーす!」
「大げさだなぁ……お前。でも、配信の後のアイスって……なんでこんなに美味いんだろうなァ」
はじめがふっと口角を上げて、柔らかく笑う。
「それはっ! 奏と、はじめ先輩がぁ、今日もいーーっぱい頑張ったからですよっ!」
ドヤ顔が声に出るようなキメ顔トーンで言い切り、ふへへ、と嬉しそうに喉の奥で笑う奏。
すると奏は、手元のアイスをふた口ほど続けて口に運んだあと、ふと思いついたように「ん!」と体をこちらに寄せた。パジャマ越しに、お風呂上がりの温かい熱がはじめの二の腕に直接伝わってくる。
「……っつ、おい、狭いだろ」
はじめが少し身を引こうとするのもお構いなしに、奏は「いいじゃないですかぁ」と甘えるように不敵な笑みを浮かべ、確信犯的に肩をコトッとくっつけてきた。甘えたがりの後輩全開の距離感で、はじめの肩に自分の肩をぴったりと預け、体重をほんの少し預けてくる。
「こうしてると、なんか落ち着くんですよ。はじめ先輩、あったかいですし」
そう言って、肩をくっつけたまま嬉しそうにまたイチゴのアイスをすくう奏。はじめはスプーンを口に咥えたまま、すぐ隣にある金髪の頭をちらりと見て、少しだけ間を置いた。あきれ半分、照れ半分で視線を自分のアイスに落とし、ぽつりと言った。
「……ふん。……ま、そうかもな」
動かずにそのまま肩を並べたまま、スプーンがカップの底をカチ、カチとこする小さな音がふたつ重なる。奏のころころと変わるにぎやかで愛らしい高音と、はじめのマイペースでちょっとハスキーな低音が、深夜の贅沢な時間の中に、心地よい一つのリズムとなって溶け合っていった。
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翌日の午後。スマホの通知音で目を覚ましたはじめが画面を開くと、SNSに1件のポストがタイムラインに流れてきた。
音乃瀬奏 絵文字(ピアノ、輝き) @OtonoseKanade
昨日、配信のあとに食べたイチゴのカップアイス、世界でいちばん美味しかったですーー!!絵文字(よだれ顔、苺)
やっぱり頑張ったあとの糖分は最高ですねっ絵文字(輝き)
#奏の音
「……誰に買ってもらったかも書けよな、ったく」
はじめはベッドの中で小さく呟き、ふっと口元を緩めながら、そのポストに「いいね」を押しにいった。深夜のあの、肩に伝わってきた温かくて心地よい重みを、ほんの少しだけ思い出しながら。