『デーモンを殺す者』の帰還 ~SAO・偽伝~   作:ネイキッド無駄八

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SAOのアニメ2話を見返したんですが、かなり盛り上がってますよねこれ。
音楽は梶浦さんなんだろうか、めっちゃカッコイイし。
これがSAOだっていうことに目をつぶれば、かなりいい出来のアニメだと思いました。
そんな私は、キリコちゃんの見た目が気に食わなかったので未だにGGOのアニメを見てません。


鉛の軍団

 波乱に次ぐ波乱を迎えた第一層フロアボス攻略戦は、混沌の極みに達しようとしていた。

 

 「らああああああああああああっ!!!!!」

 

 ハルバードを振り翳して走るベルモンドの姿に、恐れは微塵も見られない。

 そうとう肝が太いのか、あるいはただの馬鹿なのか。どちらにせよ、傍目からは無謀な行いにしか見えないことだろう。

 猪突猛進する彼に、ファランクスの槍の一斉掃射が迫る。

 

 「うおおっと、とっ、とっ!」

 

 真正面に飛来した槍を、サイドロールで躱す。

 躱したところに飛んできた槍を、ハルバードであさっての方向へ逸らす。

 遅れて飛んできた同じコースの槍は、ダッシュの軌道をやや左に、ダッキング気味に回避する。

 コボルドロードをあっさりと絶命させたその槍は、当然のことながら威力もスピードも並々ならぬものではあったがベルモンドはそれを軽やかに、あくまで前進する速度は落とさずに最低限の動作で対処していく。

 顔色ひとつ変えずにそれらをやってのける手腕は、見事と言わざるを得ないだろう。

 足元狙いのコースの最後の槍を跳び越え、勢いそのままに大上段でハルバードをファランクス目掛けて叩きつけた。

 

 「どおらっ、せい!!」

 

 ソードスキルの光輝こそ見られないただの斬撃ではあったが、その速度は凄まじく、恐ろしげな風切り音を伴ってファランクスを一挙に両断―――

 

 ガギィン!!

 

 「あーらら?」

 

 ―――できなかった。

 

 「嘘だろ? 盾かった……おかしいな。オレの腕力なら、ファランクスの盾くらい余裕で貫通できるはず……っておい、この状況、まずいっ……!」

 

 会心の一撃も甲斐無く、ダメージを与えることが叶わなかったベルモンドに向け、ファランクスはカウンター気味に幾本もの槍を射出した。

 

 「ベルモンド!!!」

 

 心胆を寒からしめる恐ろしい音と共に大量に射ち出された槍に、槍衾となったコボルドロードの姿が脳裏に浮かんだキリトは思わず声を上げた。

 間合いはほぼゼロ距離。あの状態で繰り出されようものなら、無傷では済まない。どころか、生存すら難しいだろう。絶望的な気分を味わっていたキリトの前に、しかし現実は予想を裏切る体を示していた。

 

 「っ、ふぃ~…… し、死ぬかと思ったぞ……あぶねぇあぶねぇ」

 

 そこに見えたのは、重傷であるどころか、傷一つ負っていないベルモンドが、安堵の息をついて膝をついている様子だった。

 客観的に判断して非常に危うかった先の状況を、彼がどのように切り抜けたかは一目瞭然。

 

 「あいつ、いつの間に盾なんて装備してたんだ……?」

 

 よっこいせ、と立ち上がるベルモンドは先ほどと違い、ハルバードを両手持ちにしていなかった。

 斧槍は右手一本に移され、代わりに彼の左腕にあてがわれていたのは、表面に太陽の意匠が施された鉄製の盾、『北騎士の盾』だった。

 

 「ギリギリ、捌けたか……用心して準備してたのが幸いしたな」

 

 可能な限り後ろに飛び退いて距離を稼ぎ、回避できるものは身をひねって回避、それが叶わなかった槍は右のハルバードで叩き、その動きで生じた隙を左の盾でもってカバー、というのが彼が取った一連のアクションだった。

 こうして言葉にすればなんということはない、極めて単純な対処ではあるが、しかしそれをあの状況で瞬時に行えたのはなんという僥倖だろうか。

 尤もそれを可能にしたのは決して偶然などではなく、ひとえに彼の持つ類稀な戦闘センス、並びに戦闘経験値によるものではあったのだが。

 

 「さーて、どうしたもんか。ファランクスの盾ごときに阻まれちまうなんてな。オレもなまったか?」

 

 嘯くベルモンドは、手首を回してインパクトの反動を和らげながら、目の前のファランクスを窺う。

 密集陣形を固持し、それまで黒い小山のまま不動であった黒いスライムたちは、今やその方陣を変化させていた。

 前衛として既に配していた何匹かだけに飽き足らず、更に小山からスライムが剥がれ落ち始め、

およそ半数を前面に押し出してベルモンドに対し包囲の構えを取りつつあった。

 

 「ふん。こっちの攻撃が通らないと見るや、立て込めて殺さけむ、ってか。舐められたもんだぜ」

 

 面白くなさそうに吐き捨てながら、ちらと後ろを振り返る。

 その方向に居たのは、彼がファランクスから遠ざけようとしていた冒険者たちだった。

 オストラヴァの誘導のおかげで彼らとファランクスの間の距離にはまだ余裕があり、ベルモンドが引きつけていた甲斐あって今のところ彼らに累が及ぶことはないだろう。

 ただし、あくまでそれは、このままの状況が続けばという前提の上に成り立っている極めて危ういものである。

 

 「正直、ファランクス程度なら余裕だとタカをくくってたんだがなぁ。こりゃあそうもいかない、か?」

 

 予想よりも手ごわいファランクスの前に、ベルモンドは徐々にその余裕を失いつつあった。

 むざむざ負けることはないだろうが、このまま背後の冒険者たちを守り抜いて戦える自信がない。

 それは彼の望むところではなく、故にこの状況に対する認識を彼は改めざるを得なかった。

 

 「悠長に構えてられる場合じゃない、な。よっし!」

 

 柏手一つ。ベルモンドは、己の取るべき行動を定めた。

 

 

 ―――――

 

 「……あの、オストラヴァ、さん? 彼は、ベルモンドはいったい何をしようとしてるの?」

 

 いまだ緊張を緩めずにレイピアを抜き身で下げているアスナは、目の前で繰り広げられている行動に対し、傍らに居る騎士、オストラヴァに疑問をぶつけた。

 それまでファランクス相手に一歩も引かぬ立ち回りを見せていたベルモンドが、なぜかだしぬけに得物であるハルバードを地面に突き立て、盾もどこかに消し去ってしまったのだ。

 突然の戦意喪失、戦闘放棄としか思えないその光景に、オストラヴァは心なしか緊張しているような声音で返答する。

 

 「どうやら、状況はあまり思わしくないようです。やはり、あのファランクスは一筋縄ではいかなかった。ベルモンドは、全力を出すつもりなのでしょう」

 

 「全力? どういうことだ? 武器を手放した、あの状態でか?」

 

 オストラヴァの答えに対し、そりゃないだろうという意を込めてキリトは口を挟んだ。

 苦笑の音を洩らしながら、若き騎士は律儀にその問いに答える。

 

 「ははは… まぁ、それが当然の反応ですね。かくいう私も、初めて見たときは気でも狂ったのかと思いましたよ」

 

 「ということは、あれはふざけてるわけでもなんでもない、ってこと?」

 

 「信じ難いでしょうが、その通りです」

 

 「あんな戦い方があるのか? というより、あそこからいったいどうなるんだ?」

 

 「それは見てのお楽しみ、ご照覧あれ、というところでしょう。ただしさっきも言いましたが、現在の状況は悪いようです。我々も、備えはしておかなければなりません」

 

 そこまで言って、オストラヴァは自身の得物である黄金の剣を握り締めた。

 

 「本当の戦いは、ここからです」

 

 

 ――――――

 

 「よっ、と」

 

 ハルバードを地面に突き立て、北騎士の楯をしまったベルモンドは、まず両腕を交差させるような構えを取った。

 光と共にその手に握られたのは、二振りの曲剣。

 SAOにも同形の武器が存在するそれらは、ファルシオンと呼称される武器だった。

 ベルモンドは二振りのファルシオンもまた、ハルバードと同じく地面へと突き立てた。

 

 「ほっ、と」

 

 続けて出現したのは、大振りの直剣。俗に言う、直大剣と呼ばれる武器だった。

 クレイモアと呼称されるそれも、ベルモンドは地面へと突き立てる。

 

 「はっ、ほっ、と」

 

 武器の現出は止まらず、続けざまに取り出されたのは二振りの斧。

 左手にはちょうど攻略組の中ではエギルが携えるそれに近い両刃の斧、バトルアクスが。

 右手にはそれとはいささか様相が異なった不気味な片刃の斧、ギロチンアクスが、それぞれ握られていた。

 やはりそれらも、地面に次々と突き立てられる。

 

 「こいつも、ついでにこいつも」

 

 さらに二本の槍、ショートスピアとウイングド・スピアが取り出され、

 

 「こいつも、おっとこいつもか?」

 

 ロングソードが、ブロードソードが取り出され、

 

 「最後に、こいつもだ!」

 

 最初に突き立てたのと同形の斧槍、ハルバードを最後に勢いよく突き立てベルモンドの動きはようやく止まった。

 

 「完成、っと。うーむ、我ながら壮観よのぉ。絶景かな、絶景かな!」

 

 さながらその有様は、物々しい剣山だった。

 あるいは、林立する剣の林。

 あるいは、見渡す限り武器が突き立つ戦禍の戦場か。

 武器が乱立するその中心で、ベルモンドは不敵に哂った。

 

 「名づけて、『偽剣・嵐の祭祀場』、ってか? ……ねぇな。後でもっとイカスやつを考えよう。もっとも? そいつはファランクス、てめぇを欠片も残さず切り刻んでから、だがな」

 

 じりじりと包囲の輪を狭めつつあるファランクスを前に、ベルモンドは力を溜めるように身を撓めた。そして数瞬、瞑目するように目を伏せて呟く。

 

 「そんなに焦れんなよ。安心しな、すぐ終わる。すぐに、な………」

 

 次の瞬間、勢いよく面を上げたベルモンドの顔は、歯を剥いて獰猛な笑みを浮かべるさながら獣の如き形相だった。

 獣は、高らかに吼えた。

 

 

 「………(みしるし)……頂戴……!!」

 

 

 

 ―――――――

 

 

 「えっ………!?」

 

 今、アスナの目の前で繰り広げられている光景は、このエリアに入って以降何度も目にした尋常ならざる事象の中でもとりわけ凄まじい、言ってしまえば、現実離れした光景だった。

 

 掻き消えた。

 

 そう表現するのが適切かどうか定かではないが、しかし、そうとしか言い様がない。

 戦いの趨勢を注視していたアスナの視界から、突然ベルモンドが消え失せたのだ。

 転移結晶によるワープでもなければ、プレイヤーのライフが0になったことによる霧散でもない。

 

 「隠蔽(ハインド)スキル……!?」

 

 身隠しの類のスキルも存在するということは、情報屋が配布していたブックにも記載されておりアスナもその存在は知っていた。

 実際に発動しているところは目にしたことが無かったが、これほど見事に姿が消えるものなのかと、アスナは大いに驚愕していた。

 

 「いや、違う…… あれは、隠蔽スキルじゃない」

 

 しかし、アスナの横から否定の意を示す声が発せられた。

 振り返ると、そこには目を細め、瞬きの間すら惜しむように戦場の様子を必死に観察するキリトの姿があった。

 

 「それって、どういう意味?」

 

 「言葉通りだ。あれは、システムスキルじゃない。今、この目で見ていても、とても信じられないけどな……」

 

 たしかに、忽然とベルモンドが消え失せた目の前の状況を見れば誰もがそう思いたくなるのは必定だろう。事実、後ろに退っていた攻略組の戦士たちの目にも、それはそのように写っていた。

 

 ――実にSAOの全プレイヤーの中でも、トップクラスの反射神経を持っているキリトを除いては。

 

 キリトの目は、その反射神経をもってしても辛うじてというレベルだが、確かに事の顛末を捉えていた。

 

 「速く、動いているだけだ。そう、ただ速く……!」

 

 前傾の姿勢を取っていたベルモンドは、まず左にブロードソードを、右にはバトルアクスを握り、右斜め前方に猛烈なスピードでロケットスタートを切ったのだった。

 そう、突然の消失の正体は単純な、しかし異常な―――

 

 「速力……!!」

 

 

 キリトはその異常な機動の理由に、なんとなくだが見当をつけていた。

 おそらくそれは、武器を手放したことによる重量の低減。

 地面に突き立てられた大量の武器に、キリトは目をやる。

 あれほど大量の武器をイベントリに格納していたのだとすれば、彼は今まで相当な重量を背負ったまま立ち回っていたことになる。

 それだけの荷物を背負ったままであの動きをしていたなら、はたしてそれを下ろした時、どれほどの速力を得られるというのか。

 それが今現在、目の前で繰り広げられている光景に対する答えだろう。

 

 「そら、ひとつ……!」

 

 唐突に声が聞こえたと同時、崩れ落ちる一体のファランクスの背後から、ブロードソードを突き出したベルモンドの姿が垣間見えた。

 かと思えば、瞬く間にその姿は見えなくなる。

 鉄の軌跡を曳いた突風が、ファランクスの群れの中を縦横無尽に駆け回る。

 

 「ふたつ……!」

 

 右のバトルアクスを旋回させ、真芯からファランクスを豪快に輪切りにする。

 

 「みっつ……!」

 

 旋回する動きは止まらず、勢いもそのままにバトルアクスをブーメランさながらに投げ飛ばす。

 一撃で倒せるほどではなかったものの大きく体勢を崩した遠方の一体を尻目に、背後に居たもう一体にブロードソードを深く突き立て、刺さったブロードソードもそのままに再びダッシュ。

 

 「よっつ! いつつ!」

 

 再び垣間見えたその姿には、いつの間に握られたのか左にウィングド・スピアが、右にはギロチンアクスがあった。

 左手一本でウィングド・スピアを突き出し、背後からあさっての方向を向いていた一体を串刺しにした後、左斜め後ろから迫り来るファランクスの槍をサイドロールで回避。

 反転と同時に回転の勢いを乗せたギロチンアクスを横殴りに叩きつけ、槍を突き出した一体を撃破。左右から突き出された槍の合間を縫うようにして、ウィングド・スピアが刺さったままの一体へ向けてショートダッシュ。

 

 「ヒャッハァ!!」

 

 ショートダッシュを助走に、()()()()ウィングド・スピアを踏み台に、一息に串刺しの一体の上へとジャンプ。

 落下の勢いも合わせた兜割り気味のギロチンアクスを打ち下ろし、串刺しの一体も絶命させた。

 

 

 

 さらに、その速力の上昇に一役買っているであろうもうひとつの要素も、キリトは見抜いていた。

 

 「そのための、無手……!!」

 

 彼は、徒に剣の林を作ったのではなかったのだ。

 速力を得るために武装を下ろした彼は、移動の妨げになる要素を可能な限り排除するために、武器は極力手には装備せず、振るっては捨て、振るっては捨てを繰り返していたのだ。

 己の得物ですらデッドウェイトと見なすその思考に、キリトは空恐ろしいものを感じた。

 

 (あいつは、恐怖を覚えないのか…?)

 

 浮かんだ考えを、しかしすぐにキリトは打ち消した。

 本当に速力の上昇を追究するならば、無手になることよりも効果的な手段が他にあるのだ。

 すなわちそれは、装備している鎧の解除。

 しかしそれをしてしまえば、被弾した場合のリスクが高すぎる。おそらく、一撃でHPを全損するだろう。それを彼がしていないのは、彼が単なるバーサーカーなのではなく、あくまでも合理的に、あくまでも計算ずくで動いているということを示唆していた。

 

 

 

 「まだまだぁ!!」

 

 ショートスピアで抉った一体を蹴り飛ばし、ロングソードを逆手で大上段から振り下ろして突き刺し、そのまま肩口からタックル。

 吹き飛んだ一体の背後から飛来した槍を上体を逸らして回避し、背後にいたもう一体に突き刺させ同士討ちを誘発させる。

 

 「えーっと……もう数えるのやめた! なんかたくさんとかそのくらい!!」

 

 担ぎ上げたクレイモアを旗振りでもするかのように豪快に振り回し、まとめて三体をぶった斬る。

 突き出された二本の槍を、一方は横っ飛びに回避、避けきれないもう一方はクレイモアの刃を盾がわりに防ぎ、槍の仕手である二匹へ向けて猛然とダッシュ。

 そのまますれ違いざまに二体を横薙ぎに一閃。その勢いでクレイモアを投げ捨て――

 

 「おらおらおらおらおらおらおらァ!!」

 

 鉄風一過。両の手に握ったファルシオンを縦横無尽に振り回し、一直線に駆け抜けたその跡には、累々とファランクスの死体が積み重なるのみだった。

 

 「おまけにもういっちょう!! 遠慮せずに取っとけやぁ!!!!」

 

 とどめとばかりに、ベルモンドは暴れに暴れまくった。

 ロングソードで刺し、ブロードソードで切り倒し、ショートスピアで貫き、ウィングド・スピアで滅多突き、バトルアクスで薙ぎ倒し、ギロチンアクスでぶっ断ち、ファルシオンで切り刻み―――――

 

 正しく、人外。

 吹き荒れた鉄の突風は災禍の具現、殺戮演戯の鳥獣戯画。

 圧倒的な光景に、その場に居合わせた誰もが呆気に取られるのみだった。

 なんという力。なんという暴威。

 なんという、デーモンじみた所業。

 

 しかし、どんな嵐にも終わりは訪れる。

 

 「ぜっ、はぁ………ぜぇ………はぁ…… さ、さすがにしんどくなってきたな……」

 

 無茶な駆動にも限界が来たのだろう。

 ここに来てようやくと言うべきか、ベルモンドは息を大いに荒げて、その場に急停止した。

 疲労困憊を隠す余裕もないのか、一歩も動かない彼の周囲には―――

 

 「……なんだよ。まだ、結構居るじゃねぇか」

 

 鉄の旋風による燼滅を免れたファランクスたちが、槍を一斉に射出していた。

 

 「あーあ……マズったな、こりゃ」

 

 スタミナが底をついていたベルモンドには、頭や心臓などの最急所を避ける程度の回避行動しか取れなかった。

 

 

 

 ドスッ、ドズドズドズッ

 

 

 

 鎧がひしゃげ、肉が抉られる嫌な音が鳴り響く。

 幾本もの槍に貫かれ、ベルモンドはそのまま後方へと吹き飛ばされて地面へと叩きつけられた。

 

 「あー……クソッ………ってーぞ……畜生……」

 

 ぼやくように一声呟くと、ベルモンドはそのまま動かなくなってしまった。

 

 

 

 

 戦場を、静寂が支配する。

 それまで獅子奮迅の活躍をしていたベルモンドが倒れたことに、攻略組のプレイヤーたちの間には大きな戦慄が走っていた。

 当然だろう。彼が倒れた以上、死の軍隊に抗し得る者はもう居ないのだから。

 自らの邪魔をする者が排除されたファランクスは、現れた時と同じように、ゆっくりと前進を開始した。

 一旦は晴らされたはずの死の恐怖が、再び冒険者たちに迫り来る。

 

 詰んだな。

 そう洩らしたのは誰だったろう。

 

 終わったな。

 そう口走ったのは誰だったろう。

 

 負けかよ。

 そう吐き捨てたのは誰だったろう。

 

 

 

 死にたくない。

 

 そう呟いたのは、はたして誰だっただろう。

 

 

 

 見るも無残な姿を晒したまま倒れ臥すベルモンドに、冥土の土産とばかりにファランクスは槍の穂先を一斉に翳した。

 例え戦えなかろうが動かなかろうが、その身を、原型を留めている以上、死の軍隊に容赦は無い。

 噎せ返るような殺意の集合に曝されていてもなお、ベルモンドはその指一本すら動かさず、狙いを定めた槍群が鈍い反射光を放った。

 無情なる殺意の殺到が、死体を貪る鴉のように降り注いだ。

 

 その瞬間。

 

 

 

 「「はぁあああああああああああっっ!!!!」」

 

 

 

 駆け抜けたのは、ふたつの剣閃。

 

 ひとつは、黒の閃き。

 片手直剣『アニールブレード』を振るい、迫り来る槍を叩き斬った。

 

 ひとつは、白の閃き。

 レイピアの鋭い切り返しで、飛来した槍の軌道を美しく流し切った。

 

 共に闘志を漲らせた眼差しで、ふた振りの剣はファランクスを前に一歩も退かぬ勇気を示した。

 

 

 「人間を………」

 

 「舐めないで………!」

 

 

 横たわるベルモンドの前に、キリトとアスナが立ち塞がったのだ。

 

 串刺しを妨害されたファランクスは新たな敵性対象に向け、槍の斉射を開始した。

 

 「ハアッ!!」

 

 その目には、もはや恐れなど欠片も見られない。

 ソードスキル『ホリゾンタル』、続けての『バーチカル』でもって、キリトはベルモンドに勝るとも劣らない力強さを見せつけファランクスの槍を次々に迎撃する。

 

 「せいっ!!」

 

 アスナの瞳にも、化物になど屈してなるものかという固い意思の光が宿っていた。

 敏捷性を極限まで発揮したステップで槍を軽快に回避し、カウンター気味に狙い澄ました細剣スキル『リニアー』で、レイピアでありながらファランクスの大振りで凶悪な槍を逸らし受け流す。

 八面六臂で乱れ舞う二人は、後ろは振り向かず剣撃の手も緩めずに、背後に向かって声を叫ぶ。

 

 

 

 

 「「スイッチ!!!!」」

 

 

 

 

 

 「了解しました!!」

 

 応えて駆けるは、黄金の剣を携えた騎士。

 奮戦するキリトとアスナの間を突っ切り、オストラヴァはファランクス目掛けて突貫を仕掛けた。

 

 「シッ!!!」

 

 鋭い掛け声と共に振るわれたのは、左への薙ぎ払い、返す刀での右への切り返し、そこから大きく踏み込んでの直突きという三連撃のコンビネーション。

 速度と威力、どれを取っても一級品の練達の技は、しかしファランクスが掲げた盾によってあっさりと阻まれた。

 ところが、

 

 「それで、防いだつもりですか?」

 

 オストラヴァの斬撃を盾で受けたファランクスは次の瞬間、盾の奥でその身体を弾け散らせた。

 見れば、二条の斬痕と貫きの穴がぽっかりと、その残骸には刻まれている。

 

 「………………!」

 

 声なき黒いスライムたちは心なしかオストラヴァを恐れるように、じりっと距離を置いた。

 瀟洒な黄金の盾『ルーンシールド』を油断なく構え、オストラヴァは笑みの色を含んだ音を甲冑の中から洩らす。

 

 「やはり、思ったとおり。『ルーンソード』の斬撃なら、その盾を貫くことができるようですね……!」

 

 オストラヴァが翳した黄金の剣が、鈍い黒光のファランクスたちの中にあって美しくその刀身を照り映えさせる。

 

 「フッ!」

 

 再び振り抜かれた金の剣閃が二体のスライムを盾の上から打ち据えると、やはり盾の防御も虚しく二体は黒き飛沫を散らせて崩れた。

 どういう仕掛けがあるのやら、オストラヴァの振るうルーンソードはファランクスの盾をまるで意に介さぬ摩訶不思議な、まるで魔法の如き切れ味を持つようだ。

 続けてまた一体を撃破し、オストラヴァは伏したままのベルモンドへと声を投げる。

 

 「しっかりしてください! これしきのことで倒れるあなたではないでしょう!」

 

 その声には今までの落ち着き払った余裕がなく、無様な戦友を叱咤する響きがあった。

 彼より離れ、最前線で槍の嵐を前に戦い続けるキリトとアスナも叫ぶ。

 

 「あれだけ威勢良くタンカ切ったんだ! やるなら最後までやってくれ!!」

 

 「お願い…! 立ち上がって……!!」

 

 ベルモンドが死の軍隊の半数以上を単身で壊滅させたものの、状況は依然として厳しいと言わざるを得ない。

 残党のファランクスたちが繰り出す激しい槍撃の前に、キリトとアスナは綱渡りのような防戦を一方的に強いられており、現状を維持するので精一杯だった。

 頼みの綱はファランクスの盾を貫通可能なオストラヴァだが、リーチ自体は長剣の部類に入るルーンソード一本では、群がる多数の黒スライムたちを一斉に相手にすることは不可能だ。

 キリトとアスナが二人でタグ取りをして彼の攻撃のチャンスを必死で作っているものの徐々にそれも通用しなくなってきており、次第にオストラヴァもルーンシールドでの防御に行動を割く回数が増えつつあった。

 

 「このままではジリ貧です……! 弱りました……ッ!?」

 

 槍の連打を受けきること叶わずに、オストラヴァはルーンシールドを跳ね上げられた。

 不覚、と盾を引き戻そうとすが今からではその猶予がない。

 直撃を覚悟したオストラヴァだったが、しかし着弾の衝撃が訪れることはなかった。

 

 「オオオラアアアアッ!!」

 

 猛々しい気合と共に振るわれた緑の豪風が、オストラヴァに向けて射ち出された槍を吹き飛ばしたのだ。

 両手斧ソードスキル『ワールウインド』を振り抜いたスキンヘッドの巨漢戦士、エギルは頼もしげな様でオストラヴァに吠える。

 

 「俺たちも支えるぜ! 踏ん張れ!」

 

 その台詞に呼応するかのように、勇ましい掛け声が戦場に次々と響く。

 エギルに率いられた恐れを知らぬ攻略組プレイヤーの一団が、死の軍団に果敢に挑みかかっていったのだ。

 盾持ちのプレイヤーは槍を引き受けるガード役に徹し、両手剣や斧持ちの攻撃力が高い戦士が側面や背後に回ってファランクスを叩く。

 キリトやアスナほどの動きではないが、彼らもディアベル仕込みの見事な連携術でファランクス相手に必死に食い下がり続ける。彼らのリーダーが築こうとした絆は、確かに皆の中に息づいていたのだ。

 ここに、この戦場に集う全ての戦士たちが共闘して、ファランクス相手に立ち向かっていた。

 生を求める人間たちが死の軍隊を退けようと戦うその姿は、何にも勝って尊く気高い。

 もしこの剣の世界を創った何者かが居るとして、この光景を目にしたならば歓喜に震えたに違いないだろう。それほどまでに、その光景は壮絶なまでに凄絶な、生の輝きを放っていた。

 

 「ベルモンド! 早く起きてください! あなたが寝ている暇なんてありません!」

 

 ルーンシールドで槍をパリィし、反撃の突きを見舞ったオストラヴァが叫ぶ。

 

 「さっさと立て! 任せろって言っただろ! 言ったことには責任くらい持て!!」

 

 片手剣突進系ソードスキル『レイジスパイク』を叩き込み、ファランクスを吹き飛ばしたキリトが叫ぶ。

 

 「あなたに頼る他ないのは悔しいけど、今はそれしかないの……! お願い……!」

 

 滑り込むように槍を躱し、すれ違いざまに『リニアー』でファランクスを穿ったアスナが叫ぶ。

 

 

 「くそっ、誰かポーション回せ! 回復させるんだ!」

 

 「そんな余裕が有るように見えとんのかワレ! こっちだって限界や!」

 

 「ベルモンドとやら! 無理を言っているのは承知だが、頼む! 立ってくれ!!」

 

 ファランクスと切り結ぶキバオウが、両手斧を振り回すエギルが叫ぶ。

 

 「立て……!」

 

 「立ってくれ……!!」

 

 「立てよ……!!」

 

 「立ちやがれ……!!」

 

 攻略組のプレイヤーたちが叫ぶ。

 バラバラだった戦士たちの心は、再びひとつに重なる。

 皆が自分の戦いを必死に戦い抜きながら、願う思いはただひとつ。

 

 救世主の帰還を。英雄の再起を。圧倒的で暴力的な、デーモンじみた魂の復活を。

 

 

 

 

 「「「「「「立ち上がれ!!!!!!!!!!」」」」」」

 

 

 

 「聞こえないのですか!! あなたを呼ぶこの声が!! 答えないというのですか!!命の限りを燃やして戦う、戦士たちのいさおしに!! それでもあなたは、ボーレタリアを救った英雄ですか!!」

 

 余裕も気品も、全てをかなぐり捨てたオストラヴァが声の限りに叫ぶ。

 

 「起きなさい!! ベルモンド!! デーモンを殺す者よ!!」

 

 叫びはやがて、悲痛なまでの祈りを孕んだ怒号へと変わった。

 

 

 

 

 

 

 「とっとと起きろ!! ベルモンド=ヴァラルファクス!!!」 

 

 

 

 

 

 衝撃が、走り抜けた。

 

 

 

 地を揺るがす重爆の痕に、黒き軍隊は千々に瓦解した。

 ファランクスを鎧袖一触したのは、青く尾を曳き燃え盛る炎の赤を纏った、灼熱鋼の突撃槍。

 

 片手剣突進系ソードスキル、『レイジスパイク』の残光だった。

 

 目を見開くプレイヤーたちと慄き後退る死の軍隊。

 その総勢の中心で、衝撃の主は静かに残心の構えを解いた。

 

 左の肩に担ぐは長槍の穂先に斧の刃を取り付けた斧槍、ハルバード。

 システムアシストの残光を帯びてほの青く光るは、右腕一本で打ち出したもう一対のハルバード。

 身につけたプレートメイルはあちこちが破損し、半ば鎧の機能を果たせていない有様。

 それでもその立ち姿は毅然と。闘志は厳然と。魂は燦然と。

 

 

 

 

 「うっせーぞ、オストラヴァ。んなデケェ声出さなくても、ちゃんと聞こえてるぜ」

 

 

 

 ハルバードの(きっさき)をファランクスへと翳し、ベルモンドは傲然と言い放った。

 

 

 

 「覚悟はいいか、デーモン? ケリ、つけさせてもらうぜ」

 

 

 

 

 

 

 




今回のセルフツッコミ。

いやファランクス何匹いんだよ!
あと、ファランクスの槍ってパリィできんのかよ!

次回、第一層攻略戦完結です。ではまた。
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