『デーモンを殺す者』の帰還 ~SAO・偽伝~ 作:ネイキッド無駄八
自分、kujiratowaさんが書く作品と、このツブテくんの大のファンでありまして、この度我が駄作に参戦のお許しが出たこと、感謝してもしきれません。この場を借りて、お礼申し上げます。
本当に、ありがとうございます。
それでは、本編スタートです。
2023年、3月25日。
浮遊城アインクラッド第一層、遺跡群『リメイン・アンカー』。
1万人のプレイヤーたちを巻き込んだ茅場晶彦によるデスゲーム開始の宣告から、はや4ヶ月ほどが経過しようとしている。
昨年の12月に達成された第一層攻略を皮切りに、最前線でフロア開拓のために戦う戦士たち、通称『攻略組』の働きは実に目覚しく、現在はアインクラッド迷宮区は28層までがその扉を解放されていた。
ほぼ一ヶ月につき7層。
これがゲーム内での死イコール現実世界での死を意味するデスゲームであることを鑑みれば、その勢いたるや破竹の如し。いかに前線で戦い続けるプレイヤーたちが強壮な勇士であるかということを物語っていると言っても過言ではないだろう。
そんな有様であるから、攻略の最前線から離れた下層エリア、特にここ第一層などは人々の活気も喧騒もすっかり寂れつつあった。
今やこのフロアに残っている人間といえばデスゲームについていけなかった落伍者たちばかりであり、第一層はそういった彼らの安息所と相成っていたのである。
人が集う場所である街の様子ですらそうなのだから、街から離れたここ迷宮区などにおいては、
閑古鳥が鳴いているどころの話ではない。
過疎も過疎、プレイヤーの姿など数日に一度見かければいいほうである。
そんな人気のない遺跡を、鼻歌交じりに闊歩する人影がひとつ。
背丈はそう高くない。どころか、子供程度のタッパしか無いむしろ小柄なほう。
目深に被ったフードからは顔が少しだけ覗いており、頬に三本のラインが横に走っているのが窺える。さながら、猫のヒゲのようなフェイスペイントだ。
フード姿のプレイヤーは、人影も敵影もない閑静な遺跡群を行くあてもないのか、ただぶらぶらと歩を進めていた。
散歩でもしているのだろうか。
暢気そうに奏でていた鼻歌を、しかし何故か不意に中断して、フード姿は歩みを止めた。
敵でも見つけたのか、否。
罠でも引っ掛けたのか、否。
ただ単に、前方から接近してくる人影に気づいただけである。
フード姿のプレイヤーが何か言葉を発する前に、先に前方の人影のほうが声をかけてきた。
「よぉ。誰かと思えば、鼠の情報屋じゃないか。元気でやってたか?」
快活な調子で挨拶を投げたのは、精悍な印象を受ける青年プレイヤー。
ハルバードを担いだ170後半ほどの背丈を軽く折り曲げ、気取った仕草で会釈などした男にフード姿の情報屋―――アルゴもまた愉快そうに挨拶を返した。
「相変わらず、アコギに稼がせてもらってるヨ。アンタの方こそどういう風の吹き回しダ? 有名人が、こーんな辺鄙な場所をぶーらぶら。なにやら、特ダネの匂いがプンプンするナ」
「ははっ、商魂たくましくて何よりだ。期待してるとこ悪いが、あいにく金になりそうなネタは持ってないぜ?」
「つーカ、むしろアンタの存在そのものがスクープになりえるんだヨ。そろそろ、オイラと専属契約を結んで情報提供してくれる気にはなったかイ? 『デーモンを殺す者』、ベルモンドさんヨ」
アルゴの商魂丸出しのトークに、へらりと笑みを浮かべて青年―――ベルモンドは応えを返した。
「熱烈なアプローチ、大変嬉しいんだが、オレには『彼女』がいる。浮気はできないな」
そう言って振り返ったベルモンドの後ろには、真っ黒な出で立ちの女性がひとり。
二人の話を聞き、よく分かっていないような曖昧な笑みを浮かべているその女性―――黒の火防女に、アルゴは興味津々を隠そうともせずに歩み寄る。
「よっ、”かぼたん”。アンタも元気そうじゃないカ。覚えているかイ、情報屋のアルゴだヨ」
「ああ……鼠の方でしたか。お久しぶりです、いいお天気ですね」
「えッ………」
「………?」
「…いや……アンタに言われると、なんかすごく悲しくなるナ、そのセリフ……」
「え? なぜですか?」
「ああ、気にしないでくれメイデン。大した意味じゃないんだ、大した」
…なァ、あの目って実は見えてんのカ? うるせぇ、見えてんだよきっと心の目か何かで。
などとコソコソとベルモンドとアルゴが言葉を交わすのを、聞こえているのかそうでないのかやはりよく分からない様子で薄く微笑んでいるのみの火防女。
彼女の目元は蝋で固められており、傍目からはどう見ても盲人のそれにしか見えない。
そんな有様で空模様について言及されても、いったいどうやって返したらよいものか。
アインクラッド1の情報通であるところのアルゴにしても、その答えは見いだせそうもなかった。
ため息をひとつ吐いた後、アルゴは気を取り直すかのように話題を切り替えた。
彼女は自分の背後を親指で指し示し、ベルモンドに水を向ける。
「見たところ、ヒマしてるんだロ? せっかくだ、ちょっくらアッチに行ってみなヨ。面白いモンが見れるゼ」
「なに、『面白いモン』? なんかイベントでもやってんのか?」
訝しるベルモンドに、アルゴは違う違うと手をひらひらさせて話を続ける。
「話題の人間が居たのサ。アンタとはちょっとベクトルが違うタイプの、ネ。実を言うと、オイラもそいつを見に来たってワケなんダ。いやぁ、ホントびっくりしたゼ。わざわざ出向いた甲斐があったってもんだヨ」
「ほぉー。情報屋のお前さんが興味を持つってことは、よっぽど大した御仁なんだろうな」
「この情報はロハにしといてやるヨ。まぁ、どうするかはアンタに任せル。どうぞお好きなように、ってナ」
それだけ言うと、話は終わりとばかりにアルゴはスタスタと出口の方角へ歩を進める。
じゃあネー、と軽く手を振って別れの挨拶とし、情報屋は去っていった。
「おう、そんじゃあな! また何か耳寄りな情報があったら頼むぜ!」
「お気をつけて……」
アルゴの後ろ姿を見届けた後、ベルモンドは傍らの火防女へと顔を向けた。
気配を感じたのか面を上げた火防女に、笑みと共にベルモンドは提案をする。
「どうせ当てのない散歩だったんだ。どうだろう、せっかくだからちょっと行ってみないか?」
「そうですね。鼠の方がわざわざ教えてくださったのは、きっと私たちにも見て欲しいからなのだと思います。私は、一向に構いません」
「おっし。なら、決まりだな」
手をひとつ打ち、ベルモンドは破顔して火防女の手を取った。
目が見えない故、素直に彼の手を握り返した彼女を先導する形で、ベルモンドはゆっくりとアルゴが指し示した方角へ歩き始めた。
―――――――――――
『リメイン・アンカー』は、第一層の奥に位置する遺跡型ダンジョンである。
入り組んだ遺跡群は天然の迷路を形成しており、遮蔽物や高低差など地形ギミックには事欠かない造りになっている。
モンスターを上手く誘い込んで挟撃したり、会敵を避けたりする選択肢がプレイヤーにはあるわけだ。
そのアドバンテージと引き換えにと言うべきか、ここに出現するモンスターはそこそこ厄介な手合いが多い。
その一例が、今まさに目の前をのっしのっしと練り歩いている鉱物系モンスター、『ライクアストン』だ。
レンガで形成されたゴーレム、と言えばお分かりいただけるだろうか。持ち前の固いボディで剣を通さず、巨体を活かした打撃とそこらへんに転がっている岩を用いた投石を行う、このエリアでも屈指の強敵である。
経験値の入りは良いのだが、その手強さとあっという間に減耗する武器耐久値が、プレイヤーから相対する気力を奪うのだろう。
前述の特徴に加え、機動力自体は低いため大抵のプレイヤーはこいつを見かけるとスルーするのが通例である。
見れば、件のライクアストンがちょうどこちらに背を向けたところである。
『索敵』スキルを発動させ、石人形の姿を一眸する。
あった。
どうやら今回は『右アキレス腱』のようだ。
頭の中で、これからどう動くかを軽くシュミレートしてみる。
うん、問題は無い。
再度、こちらにはノーマークなのを確認した後、状況を開始する。
物陰から躍り出て、瓦礫を握った右手を後ろに引く。
モーション認識。身体はアシストに任せるまま、照準を己で定め―――
「―――フッ!!」
投剣ソードスキル『シングルシュート』によって射出された瓦礫が、ヒ(・)ビ(・)の(・)入(・)っ(・)た(・)ライクアストンの右アキレス腱に炸裂する。
破砕音と共に、石人形が大きく後ろに仰け反った。狙い通りの当たりだ。
動きを止めることなく、再度足元の瓦礫を拾い上げてソードスキルの立ち上げモーションを作る。
足は止めない。ダッシュの勢いを乗せ、一投目よりも威力の乗った投擲を続けざまに右アキレス腱狙いで射ち出す。
「―――ッ!」
フロントステップからの高威力投剣ソードスキル『アプライト』。
狙いあまたず、ライクアストンの右アキレス腱に瓦礫は衝突。
続く二投により、ヒビは大きく拡散。亀裂が石人形の全身に達した。
『アプライト』の動きを止めず、そのまま右手を左腰の位置まで持っていく。
「――――ッッ!!」
ダメ押しの一撃。左腰のホルスターから抜き放った千枚通し型のピック『サウザンド=オウル』を、右手を返す動きで一息に放つ。
『アプライト』からの連結投擲。
投剣ソードスキル『バックハンド』が、吸い込まれるように石人形に命中。
絶命するその時まで仕手の姿を捉えることのなかったライクアストンは、虚しくガラガラと音を立て崩れ去っていった。
『Congratulation!!』
戦闘終了のリザルトのポップを横目に、『バックハンド』で放ったピックを回収する。
もう何度繰り返したか分からない一連の作業を終え、伸びをして緊張をほぐした投剣使いの頭の中には、ひとつの思考があった。
(………だから、『アレ』はいったいなんなんだ………!?)
伸びをしつつ、こっそりと視界の端に映したのは、柱の影からこちらを窺うひと組の男女。
ひとりは、快活な顔をした青年。
得物なのだろうか、ハルバードを背負ったその青年は、柱からひょっこりと上半身を出すという隠れているというにはいささかお粗末な姿勢を取り、雰囲気だけは隠れる気満々の様子でこちらに視線をじっと向けている。
もうひとりは、真っ黒な出で立ちの女性。
漆黒の衣を身に付け、目元は何やら蝋のような物で黒く目隠しが為されているらしい異様な風体のその女性は、男よりも更に露骨に柱の影から身を乗り出してこちらを眺めている。いや、その塞がった目で眺められているのかどうか定かではないが、とにかくこちらへと視線(?)を送っている。
最初に気づいたのは、半刻ほど前だったろうか。
『索敵』スキルに引っかかるオブジェクトが二体、近づくでもなく離れるでもない微妙な距離を保ってこちらの動きに追従するのを発見した。
すわ、敵がこちらをつけているのかと一瞬焦ったが、今までそんな動きをするモンスターは居なかったし、こんな低階層のダンジョンにそんな高度なAIを備えたエネミーが配備されているワケが無いと、ひとまず警戒だけは怠らないことにしていた。
その内、何回か敵と戦闘に入ったが、相変わらず二つの反応は戦闘に介入するでもなく、ただひたすらにこちらを観察するかのように一定の距離を保つのみだった。
(いい加減、正体が気になるな………よし)
反応に気づいてから三体目のライクアストンと戦う最中、回避行動を取る振りをしてターンをしながら、思い切って反応の方角を確かめてみた。
「「あ………」」
そこには、揃って口を半開きにして驚きの表情を作る男女。
一瞬のターンを終えて視線を切り、石人形に向かっていくと、
「や、やべぇ……気づかれたかと思ったぜ……幸い、戦うのに夢中でこっちには気付かなかったみたいだが……ま、まぁ、ここはオレの華麗な隠形の術が功を奏したってことだな。うん」
「流石、デーモンを殺す方。なんだか目が合ったような気がしましたが、それでも隠れおおせられるとは。ボーレタリアの英雄の名は伊達ではありませんね。敬服します」
「はっはっは!! 照れること言ってくれるじゃないか! よし、メイデン! 大船に乗ったつもりでオレに続くんだ! 今のオレには、隠れんぼの神が憑いているに違いない!」
などと背後でコソコソと、最後の方はもはや隠れる気などまるで無いかのような音量で、男女が言葉を交わすのが耳に入った。
いや、何一つ上手く行ってないけどな、と心の中で突っ込みを入れて黙々と石人形と向き合うこと、小一時間。
未だ二つの気配は消えず、相変わらずこちらを窺い続けているようだった。
(あいつら、いつまでついてくるつもりなんだ……?)
なんでずっとその姿勢なんだ全然隠れられてないんだけど。ていうか、なんでふたり揃って柱の影から上半身だけなんだ、明子おねえちゃんかお前らは、などともう気になりすぎて、投剣使いはそろそろ我慢の限界に達しつつあった。
今日は既にひとり、生身のプレイヤーと久しぶりの会話をしたばかりだ。
つい最近まで人と会話することなど皆無だったというのに、今日に限ってずいぶんと珍しいことだ。
今更、ひとりもふたりも三人も変わりはしないだろう。
意を決して、振り向きざまに声を投げてみることにした。
「いつまでも見てないで、出てきたらどうだ?」
「のわあっ!?」
よほど驚いたのか、派手な音を立てて転倒した後、柱の影から青年が身を起こした。
その顔は驚愕の一色。どうやら、本当にバレていないと思っていたらしい。
「なっ……!? なぜ、看破された!? オレのスニーキングは完璧だったはず……!」
「あー、その、なんというか……ごめん、普通に気づいてしまったんだけども」
「そんなっ!?」
「どうやら、向こうのほうが一枚上手だったようですね。ここは潔く敗北を受け入れましょう、デーモンを殺す方」
「ちっ……隠れんぼの神様に見初められたオレを見つけるとは……どうやらお前は、隠れんぼ名人のようだな! いいだろう。ここは大人しく、負けを認めるとしよう! 誇るがいいさ!!」
「いや……隠れんぼ名人、早速今日鼠の人に欺かれたばかりなんだけど……ていうか、誰と何の勝負をしてるんだよいったい」
「何を言うか! 人間、常に何かと戦って生きているモンだ! ステレオポ○ーも歌ってるだろ、『生きてゆくことが 戦いなんて』って!!」
「デーモンを殺す方、我々がそれを言うと、激しくメタいことになります。ここは、Y○Iの『Tomorrow's way』を引き合いに出すべきところでしょう」
「むしろ『HINOKIO』なんて知ってる奴、今時居ないと思うんだけど……」
やいのやいのと言い募り始めるふたりを前に、やれやれと投剣使いは息を吐いた。
何だか妙なことになってきたぞ。
そう、軽い後悔に駆られながら。
――――――――――――
「ふむ、『ツブテ』か。変わった名前だな。ていうか、珍妙な名前だな。きっとエキセントリックな親御さんをお持ちなんだろう。ともあれ、よろしくな。ツブテ!」
「うん、なんか当たり前のように呼んでるけど、俺もその名前で呼ばれたのは今日が初めてだ。ついでに言うと、俺の名前ですら無いからな、そのツブテっていうのは。で、そちらの……」
「わたしは、ただの火防女です。かつては楔の神殿で灯りの番をしていました。大した者ではありませんが、どうかよろしくお願いします。礫(つぶて)の方」
「いや、だから……」
「そうだぞメイデン。礫の方、なんてまどろっこしい呼び方じゃ距離なんて縮まりっこない。親しみを込めて、ツブテと呼ぶべきだ。なっ、ツブテ!」
話聞けよ、と思いつつもとりあえず笑みを浮かべ、投剣使い―――ツブテは、よろしくと二人へ向けて会釈をする。
なにせ、いくら今日に入って二組目だとは言っても、NPCではない生身のプレイヤーと会話するのは本当に久しぶりだ。
ちゃんと笑えているだろうかと些かの不安を覚えつつも、黙っていても埒が開かないので、こちらから口火を切ることにした。
「で、あんたたち……ベルモンドに、火防女さん? いったい俺に、何の用かな」
「おい、なんでオレだけ呼び捨てなんだよ。……まぁ、別にいいかそれは。いやなに、さしたる目的があったわけじゃない。たまたま、そこで知り合いと会ってな。あっちに面白い奴がいるから見物したらどうか、と言われたんだ。で、さっきまで暖かく見守ってたのさ」
「知り合い、っていうと……もしかして、鼠のアルゴのことか?」
「なんだ、知ってたのか。じゃあ話は速いな。とにかく、彼女の大変珍しい無償の情報にあずかった結果、たしかに面白いものが見れたってわけだ。礼を言うぜ」
歯を見せて笑う青年―――ベルモンドの様子に、どうしたものかと反応に困ってしまう。
別にこっちは、取り立てて面白いことをしているつもりは無い。
ただ単に、多くのプレイヤーがそうするように剣を振るわず、『投剣』―――剣を投げて用いているだけ。
ある者は臆病者の戦い方と呼び、ある者は費用対効果に合わない金欠ビルドだと言い、ある者はうっかり狙いが外れたらPKされそうでパーティを組むなど有り得ないと吐き捨てる、ただそれだけの、しがない投剣使いだ。
傍目から見れば滑稽に映っているのかもしれないが、これでも一生懸命やっているのだ。
デスゲームと化し、明日をも知れない剣の世界で、それなりに頑張って生きているのだ。
こうして対面で向かい合っている彼、ベルモンドの様子からは悪意の色は見えないが、腹の底ではいったい何を考えているのだろう。
ひとりで居るのが長かったせいで、軽く人間不信を患ってしまったのかもしれない。
その笑顔を、どこか素直に信じられない自分が居た。
緩んだ顔を少しだけ真面目なものに変えて、ベルモンドは問いかける。
「聞いてもいいか。何故、投剣にこだわる?」
「……こだわってる、か」
生憎と、そんなに大袈裟なもんじゃない。
そんなに、カッコいいもんじゃあない。
初めは、ただ剣を振るうのとは違う、変わった立ち回りに惹かれた。
はじまりの街を飛び出し、そこに居た猪を的にひたすらナイフを投げ続けた。
身体をカタパルトに。
腕を発条に。
全身で引き絞り、ナイフを射ち出す。
その感覚が、ただただ純粋に楽しかった。
『ゲームであっても、遊びではない』
変わったのは、他のプレイヤーたちでもなければ俺自身でもない。
ゲームの難易度が、ルールが、変わってしまっただけだ。
デスゲームと化した世界では、遊びの余地はない。
効率性や合理性などまるで皆無な投剣使いは、自然、ソロにならざるを得なかった。
まともに剣を振るおうと、考えたこともあった。
しかし、アインクラッドに降り立ってからの数時間の間に身体に刻み込まれた投剣の感覚と、死のゲームとなった世界で敵と鼻面突き合わせて剣劇を交わすことに対する恐れの感覚が、それを許さなかった。
こうして、単身ダンジョンに赴いては、その日の空腹を満たし寝床を確保するだけのコルを稼ぐため、ひとり孤独にモンスターへ向かって礫と投げナイフを投じ続ける寂しい投剣使いが生まれた。
惰性と、恐怖。それに、孤独。
それが、その日暮らしの投剣使いの真実だった。
「ふぅーん……なるほど、な」
「だから言ったろ。そんなに大それたことじゃないって。笑ってくれていいよ」
おどけて笑おうとしたが、上手くいかなかったかもしれない。
乾いた、笑いのような音が中途半端に口から洩れただけだった。
そんな俺に、ベルモンドはひとつ頷いた後、ぐいっと身体を近づけてきた。
「ツブテ。ちょっと手ェ出せ」
「えっ? 手?」
そうだ、と首肯するベルモンドの勢いに圧され、何が何だか分からないままに右手を差し出す。
すると彼は、同じく右手を差し出してこちらの右手をがっしりと握り締め、座談用のテーブルとして使っていた石台へと肘を下ろした。
テーブルを挟んで、こちらと真っ向から対峙するベルモンドの姿。
今更ながら、彼がこれから何をしようとしているのかがやっと理解できた。
最後にやったのはいつだったろう。もう思い出せないほど前だということは確かだ。
でも、なぜ今、このタイミングでなんだろう。
疑問する間もなく、彼は傍らの真っ黒な火防女に声を掛けた。
「メイデン、ジャッジを頼む。公正にお願いするぜ」
「分かりました。では両者、準備はよろしいですか?」
「ちょ、ちょっと待て! あんた、その目でちゃんと審判とか出来るのか!? ていうか、なんでまた唐突に腕相撲!?」
「おら、構えろよ。問答無用、待ったは無しだ。いざ、尋常に……」
「あ、こら……!」
はじめ、と火防女がのんびりと告げると同時、慌てて右腕に力を込めた。
自分でもあまり自信のない筋力ステータスのあらん限りを振り絞り、全力で右腕を叩きつける動作を取る。
しかし、
「うおお……! ぜんぜん……ビクとも、しない……!」
自分とは鍛え方がまるで違う肉体の持ち主であるベルモンド相手に、こちらの右腕はピクリとも左に傾けることが出来ない。
全霊のこちらとは対照的に、相手方は別段力を込めているわけでも無さそうである。始まる前と全く変わらない飄々とした面のまま、彼は徐々に徐々にこちらの右腕を押し返し始めた。
「ふ……ぬ……ぬ………ぬ…!!」
「よっ……と……そら、勝負アリだ」
必死の抵抗も虚しく、実にしめやかに卓上の戦の勝敗は決した。
筋肉を酷使した右腕を労わるようにマッサージするこちらに、ベルモンドはニヤリと笑い顔を作る。
「まぁ、まずはオレの一勝だ。次、なんか適当な石でもそこらへんで拾ってくれ」
そう言いざま、足元から拳より大きめの石を拾い上げて、お前もだと促すようなジェスチャーを送ってくる。
彼より少し小さめの、握りやすそうな石を見繕って顔を上げると、彼は10メートルほど先に屹立している、二本の石柱を指し示す。
「オレは右の。お前は左のだ。じゃあ、最初はオレな」
構えを作り、ベルモンドはおおきく振りかぶって剛速球で石を投じた。
「おおおらああっ!」
気合と共に放たれた石の速度は凄まじく、コースも正確に右の石柱へとクリーンヒットした。
乾いた破砕音を残して石は粉々に変じ、右の石柱はその表面に浅いクレーターを作る。
「次、お前だぞ」
ベルモンドの促す声に、ひとつ息を吐いて一歩を前に踏み出す。
すぐには投擲の構えに入らず、まずは石柱の表面を観察する。
目当てのものはわりと簡単に見つかった。
石柱の真芯から、少し左斜め下にずれた場所。
狙いを定め、ソードスキルのモーションを起こす。
呼吸を落ち着かせ、タイミングを計り―――
「―――フッ!!」
『シングルシュート』の光輝を纏った石礫が、吸い込まれるように狙いの箇所に命中。
走っていた小さな亀裂は、石礫の衝撃により大きく拡散。
負荷を支えられなくなった石柱は、ひびの入った真芯から横に真っ二つに崩壊した。
背後からは、ぱちぱちぱちと拍手の音が聞こえた。
「お見事、です」
手を叩いて褒める火防女の言葉に、気恥ずかしいようなむず痒い感覚が走るのを感じる。
拍手こそしていなかったが、ベルモンドもまた満足そうに頷いている。
「とまあ、こんな感じか。一勝一敗、勝負はお預け、だな」
事此処に至っても彼が何をしたかったのかさっぱり掴めずにいたこちらに、ベルモンドは真っ直ぐに視線を合わせて述べる。
「あんたは自分のことをしがない投剣使いと言ったが、それは謙遜が過ぎるとオレは思うぜ。なんせ、この『デーモンを殺す者』から、あろうことか引き分けを奪ったんだからな。オレの故郷の連中が聞いたら、きっと腰を抜かすぞ」
「……それは違うだろ。最後の的当ては、実力勝負じゃない。あんたは素の一投だったけど、俺はソードスキルを使ったんだから」
反論するこちらに、有無を言わさぬ口調で彼は続ける。
「オレは、『投剣』ソードスキルなんて使えねぇ。そのソードスキルは、お前にしか使えないだろ。オレは、オレの持てる全力をかけて、お前と勝負に臨んだまでだ」
「……でも、俺の他にも『投剣』を取ってる奴は……」
「よしんば居たとするだろう。だとしても、そいつにはお前と同じ真似が出来ると思うか?」
「…………」
「オレは、そんな奴は他に居ないと思うね。つまり、このアインクラッドにおいて、あの石柱をお前と同じ方法であそこまで破壊できる奴は、誰ひとりとして居ない。オンリーワンにして、ナンバーワンってわけだ。どうだ、ちょっとは自分が誇らしく思えてきただろ?」
そこまで言って、ベルモンドは背を向けて歩き出す。方向は、第二層への出口のほうだ。
火防女の手を取り、首だけこちらへ向けて、もう一度彼はニカッと笑みを浮かべた。
「あんたは、その日暮らしの投剣使いなんかじゃない。その技で、きっとこの世界を切り開いていける。もっと自信を持て。お前はスゴイ奴だ、オレが保証する」
「……ずいぶん、言ってくれるじゃないか。どうしてそんなに偉そうなんだ?」
「オレは偉いんだよ。何しろ、世界を救った英雄なんだからな。じゃ、オレはそろそろ行くぞ。もうじき夕飯の時間だ。早く帰らないと食堂が店じまいしちまうぜ」
「礫の方。どうかご健勝で、お達者で。あなたが、世界の寄る辺となりますように……」
またなー。
そう言い残し、快活な青年と真っ黒な火防女は慌ただしく去っていった。
空を見上げてみると、たしかに日差しも傾いてきており、腹もちょうどいい具合に減ってきている。
途中から数えるのを止めてしまっていたが、もうノルマ分は十分稼げているだろう。
今日はもう潮時だ。引き上げることにしよう。
伸びをした後、彼らとは逆の出口へと足を向けた。
「俺は、その日暮らしの投剣使いなんかじゃない、か………」
口に出して呟くと、悪くない響きだと少しだけ思った。
今日会った人間たちのことが、頭を次々とよぎっていく。
鼠の情報屋、デーモンを殺す者、黒の火防女。
またどこかで会えればいいなと願いながら、投剣使いは『リメイン・アンカー』を後にした。
はい。以上、投剣使いツブテのお話でした。
作者の筆力のせいで、なんだかコレジャナイ感が出まくっておりますが、それはひとえに私めの技量の至らなかったせい故です。
ごめんよツブテくん。
彼は今後も、ことあるごとに作品に登場していく予定です。今から楽しみでなりません。
さて次回ですが、登場するのはもうひとりのオリキャラである『戦乙女』です。これは自分のオリジナルなのですが、果たして上手くキャラが立ってくれるかどうか、今から心配です。
ではまた次回。