妄想したくなってしまった。

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第1話

大学の卒業式を間近に控えたとある休日、私は目覚ましより先に目を覚ました。

カーテンの隙間から差し込む日差しが妙に眩しい。

昨夜は、数年間続けてきた配信活動の卒業配信だった。

枕元のスマホを手に取ると、通知欄には配信に関するメッセージがまだ並んでいた。

 

『お疲れ様でした』

『楽しかったです』

『これからも応援してます』

『新生活頑張ってください』

 

ベッドに寝転がったままそれを眺める。

高校生だった私が、もう大学を卒業する。

動画投稿、配信、イベント、コラボ。

毎日のどこかに当たり前みたいに配信があった。

昨日で終わったはずなのに、まだ夜になったら配信の準備をしそうな気がする。

未練がないわけじゃない。でも後悔もなかった。

やりたいことはやったし、見たい景色も見た。

 

「終わったなあ」

 

ぽつりと呟いてから時刻を確認する。待ち合わせまではまだ余裕がある。

起き上がって顔を洗い、クローゼットを開く。

適当でいい。

ただ昼飯を食べるだけなんだから。

そう思いながら何着か見比べている時点で、全然適当じゃない気もした。

 

「……まあ、これでいいか」

 

結局、少しだけ気に入っている服を選んだ。

理由は考えないことにする。

 

 

 

待ち合わせ場所のカフェは駅から少し離れた場所にある。

昼時でも騒がしくなりすぎない店で、天気の良い日はテラス席が気持ちいい。

私が着いた時には、待ち合わせ相手はもう来ていた。

 

「おっ」

 

手を上げる内海に軽く手を振り返す。

 

「悪い、待った?」

「五分くらい」

「待ってるじゃん」

「時間前だからセーフ」

「何その理論」

 

向かいの席に腰を下ろす。

高校の頃から、会えばだいたいこんな感じだ。

 

「卒業判定おめでとう」

 

不意に言われて顔を上げる。

 

「ありがと」

「いや、本当に。なんか感慨深いな」

「内海君も二年前に卒業したでしょ」

「したけどさ」

「おじさんみたいなこと言うよね」

「誰がおじさんだ」

 

ちょうど店員が注文を取りに来たので、二人でランチセットを頼む。

店員が離れてしばらくすると、先に飲み物が運ばれてきた。

私はアイスコーヒーを受け取り、ストローで氷をかき混ぜる。

カラン、と小さな音が鳴った。

それを一口飲んでから、私はテーブルに肘をついた。

 

「でさ、卒業配信」

「ああ」

 

その一言で話題を察したらしい。

 

「アーカイブ、結構回ってる」

「らしいな」

「奈美子とも昨日話したんだけどさ。やりきったねって」

「そっか」

 

内海は一度頷いた。

それから少し間を置いて、「お疲れ様、野村」と言った。

思わずアイスコーヒーに目を落とした。

 

「更新なくなるのは寂しいけどな」

「ついに終わったよ」

「学生時代ほぼ全部使ったもんな」

「それな」

「俺も結構巻き込まれたし」

「被害者面してる」

「被害者だろ」

「そんなに?」

「休日呼び出し十七回」

「数えてんの?」

「機材運び十一回」

「怖い怖い」

「企画相談二十三回」

「ストーカーじゃん」

「誰のせいだと思ってる」

 

思わず吹き出す。

内海もつられたように笑った。

 

「でも来てたじゃん」

「まあな」

「呼んだら」

「まあ」

「断らなかったじゃん」

 

一瞬だけ返事が止まる。

分かりやすい。

私は先ほどきたアイスコーヒーを一口飲んだ。

 

「優しいよね、内海君」

「そういうわけじゃない」

「じゃあ何」

「友達だからだろ」

 

当たり前みたいに言う。

私は手持ちぶさたで指をいじった。

 

「お待たせいたしました」

 

タイミングよく、注文したパスタとサンドイッチが届いた。

内海は「お、うまそう」とあからさまにホッとした顔でフォークを持つ。私はサンドイッチを一口かじった。

 

「友達、ねえ」

 

わざと聞こえるように言うと、内海が分かりやすくピクッと肩を揺らす。

昔はネクタイもまともに結べないと愚痴っていたくせに、今じゃそれなりに社会人っぽい。

 

「何だよ、人の顔じっと見て」

「ちょっとは大人になったなと思って」

「これでも後輩の指導とかやってるからな」

「へえ、ナメられてそう」

「ナメられてないわ。……多分」

「自信ないじゃん」

 

内海がむっとした顔をする。

私はアイスコーヒーのグラスに手をかけ、視線を内海に戻した。

 

「そうそう」

「ん?」

「配信やってる間ってさ」

「うん」

「彼氏作らないようにしてたんだよね」

「……へえ」

「何その反応」

「いや」

「変な噂立てたくなかったし」

「まあ」

「応援してくれてる人に余計なこと考えさせたくなかったし」

「それは分かる」

「だから恋愛は後回し」

「なるほど」

「でも、それも昨日で終わり」

「え?」

「これからは別に、誰と付き合おうが私の自由なんだよねー」

「まあ……そうだな。まあ、野村ならすぐ良い出会いがあるんじゃないか?これからでさ……」

 

他人事みたいに言う。

けれど内海はパスタを巻こうとして、何度も麺を落としていた。

そしてさっきから一度も目が合わない。

 

「あ、そ、そういえばさ! ここランチ限定でサービスデザートがついてるらしいんだけど――」

 

「内海君」

「……はい」

 

話を逸らそうとするのを低い声で遮る。

私はさらに縮こまった内海の前に身を乗り出した。

 

「そういうの、もういいから。私さ、内海君のこと――」

「再来週の金曜の夜っ!!」

 

ガタッ、と大きな音がして、内海が勢いよく立ち上がった。

テラス席に声が響き渡る。周りの客が一斉にこちらを振り返った。

内海は両手を前に突き出して固まっている。顔も耳も真っ赤だった。

 

「レストラン予約してるんだ! その時に俺から話すから! だから今は、待って、ください…」

 

私は完全にフリーズした。

ああ、そういうことか。

あの内海が、あんな声を出した。

私は椅子の背もたれに体を預け、わざと呆れた顔をしてみせた。

 

「……再来週とか長すぎ。来週くらいにしとけよー」

 

ぶっきらぼうに悪態をつく。

それを聞いた内海はゆっくりと椅子に座り直した。

 

「来週は早すぎるだろ……。こっちだって心の準備とか、プランがあるんだから……」

 

まだ顔を真っ赤にしたまま、冷めたパスタをちびちび口に運び始める。

 

「はいはい。楽しみにしててあげる」

 

私はアイスコーヒーを飲みながら、目線を逸らした。

結局、その後のランチの味はよく覚えていない。

駅の改札前で別れる時、内海はバツが悪そうに頭を掻いた。

 

「じゃあ……また、再来週」

「遅刻したら怒るからね」

「しないよ。じゃあな、新社会人がんばれよ」

「内海君もね。ナメられないように」

 

別れた後電車に乗り込み、窓側の席に座った。

そしてスマホカレンダーの二週間後の予定を開く。

少し考えてから、印を付けた。

窓ガラスに映る自分の口元は、どうにも締まりがなかった。

 

 


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