私作者の持論のお話。
何処かで聞いたことのあるようなお話かもしれませんが

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ゲマトリア
子供の可能性


神秘とは何でしょうか。

 

この問いは、キヴォトスの根幹に関わるものでありながら、未だ完全な解明には至っておりません。

 

私もまた、神秘という現象を様々な角度から観測し、研究を続けております。しかしながら、観測を重ねるたびに新たな謎が生まれ、その本質は霧の向こうへと遠ざかっていくばかりです。

 

ですが、私は近年ひとつの仮説に辿り着きました。

それは、神秘とは「可能性」そのものである、という仮説です。

 

まず前提として、生徒という存在は極めて特異です。

彼女たちはそれぞれ異なる個性を持ち、異なる人生を歩み、異なる選択を積み重ねております。

 

当然ながら、その選択によって未来は変化します。

 

ある生徒が友人と出会う未来。

 

出会わない未来。

 

ある生徒が笑顔で日々を過ごす未来。

 

あるいは何らかの悲劇に見舞われる未来。

 

世界には無数の分岐が存在しております。

しかし我々が観測できるのは、その中のたったひとつに過ぎません。

 

私は神秘とは、その「観測されなかった未来」までも内包する力ではないかと考えております。

 

言い換えれば、生徒が持つ神秘とは、その生徒が持つ可能性の総量そのものなのです。

 

この仮説を前提とした場合、興味深い現象が見えてまいります。

それは、一部の生徒において極めて多くの姿が観測されているという事実です。

 

水着姿。

 

正月衣装。

 

体操服。

 

ドレス。

 

あるいは別の立場や役割を担った姿。

 

一般的には単なる衣装違いとして扱われるそれらですが、果たして本当にそうでしょうか。

私はそうは考えておりません。

 

むしろそれらは、生徒が持つ可能性の断片が観測された結果ではないでしょうか。

 

夏を迎えた未来。

 

祝祭に参加した未来。

 

普段とは異なる環境で過ごした未来。

 

それらは全て別々の可能性であり、本来ならば観測されなかったかもしれない世界の一端です。

 

そして、そのような姿が多く観測される生徒ほど、より多くの可能性を内包していると解釈できます。

 

つまり神秘の大きさとは、可能性の分岐数そのものを示しているのではないか。

 

これが私の第二の仮説です。

 

では、神秘が反転した場合はどうでしょうか。

 

神秘の反転。

 

あるいは恐怖。

 

近年では「テラー」と呼称されることもあります。

 

従来の研究では、これは神秘の暴走、もしくは変質であると考えられております。

 

しかし、神秘を可能性と定義した場合、全く異なる結論へ辿り着きます。

 

反転した神秘とは、「本来存在しない可能性」である。

 

私はそう考えております。

 

未来には選択があります。

 

選ばれた未来もあれば、選ばれなかった未来もあります。

 

ですが、選ばれなかった未来であっても、それは依然として可能性の範疇に存在しております。

 

しかし世の中には、可能性ですらない未来があります。

 

決して辿り着けない結末。

 

存在してはならない結果。

 

世界そのものが拒絶する未来。

 

本来の法則の上では成立しないはずの運命。

それらは可能性ではなく、可能性の外側にあるものです。

 

もしそのような存在が現実へ侵入したならば、神秘は反転するのではないでしょうか。

我々が恐怖と呼ぶ現象は、絶望そのものではありません。

 

それは「あり得ないはずの未来」が現実を侵食する現象です。

 

本来ならば決して存在しないはずの結末。

 

決して辿ることのないはずの自分。

 

決して選ばれないはずの運命。

 

それらが無理やり現実へ押し込まれた結果として生じる歪み。

それこそが反転した神秘の正体ではないかと私は考えております。

 

そして最後に、ヘイローについてです。

 

生徒の頭上に浮かぶ光輪。

それは神秘の象徴であり、生徒を生徒たらしめる証でもあります。

 

ですが神秘が可能性であるならば、ヘイローとは何なのでしょうか。

私はヘイローを「可能性を固定する観測装置」であると考えております。

 

無数に存在する未来。

 

無数に存在する選択。

 

無数に存在する可能性。

それらを一つの存在として束ね、現在という形に固定しているもの。

 

それがヘイローなのではないでしょうか。

 

故に神秘が揺らげばヘイローも歪む。

 

故に反転した可能性はヘイローを蝕む。

 

全ては一つの理論として繋がります。

 

もちろん、これはあくまでも仮説です。

 

証明には程遠く、反証される可能性も十分に存在しております。

ですが神秘の研究とは、元より確実な答えを求める学問ではありません。

 

観測し、推測し、そして考察する。

その果てに真実の断片を拾い上げる営みです。

 

もし私の仮説が正しいのであれば、生徒たちとは単なる個人ではありません。

彼女たちは無数の未来を抱えた存在であり、その神秘とは未来そのものの重なりなのです。

 

そして我々が見ている彼女たちは、その膨大な可能性の海から偶然観測された、ほんの一つの姿に過ぎないのでしょう。

 

――さて。

 

次に観測される彼女たちは、一体どの可能性の姿なのでしょうか?





神秘=可能性、未来。
神秘の量=可能性の分岐の数、可能性の総量。
衣装違いの姿が多い生徒=可能性の分岐の数や総量が多い。
恐怖または反転=本来は辿ることの出来ない未来、可能性の外側。
また、選ばれなかった「IF」とも言える。
ヘイローの消失=可能性を辿ることの出来ない状態。
例:就寝、死亡、消失、大人になること。

このように作者は考えています。
またホシノがキヴォトスで一番多いとされているのですが衣装はあんまりない。
これについてはまだ観測されていないのではと考えています(ゴリ押し)

物語として続いて欲しい?

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