ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~ 作:哲学の階のロッカー
イヴァンの呼びかけで全員が配置につく。
ねじれたロウゲツの正面、最も距離が離れた場所にイヴァンとさとり。そこから斜め前に少し行った先にこいしと妖夢が、フランとレミリアはロウゲツに一番近い位置の左右に陣取る。
「さて、じゃあこれでいいでしょう」
そしてパチュリーが手に持った本から1枚のページを指す。するとそのページから漏れだした光がイヴァンの身体に宿る。イヴァンは身体をよじりながら、光が宿った身体を見渡した。
「多少だけど身体を頑強にする魔法よ。とはいえ、あんな斬撃まともに喰らったら一撃だと思うけど……」
「分かってる。だがちょっと気が楽だ、それだけで十分だ」
「イヴァン、覚悟はいいわね?」
「あぁ。大丈夫」
さとりが
「……やっぱりな」
徐々に近づいていくイヴァンの頬に冷や汗が垂れる。出来るだけ心を落ち着かせようとしているが、深層心理というのはその場限りの意思によってどうこうすることは出来ない。簡単な呼吸や決意では限界がある。
そう限界がある、という"意識"がある限り、そこがどこか気になってしまう。それが―――"恐怖心"を生む。
いきなり斬りかかられた際の対処。もし近づけたとしてどうすればいいのか。何が正解なのか。不安を全て拭い去ることは出来ない。出来るのは、あくまでも不安に蓋をすること。見ないようにすること。少しでも……遠ざかること。
だがイヴァンは近づいていく。不安の源泉へ。そうなればもうそれを抑え続けることは出来ない。
これは今まで遠く離れ過ぎたツケだ。もう退避は許されない。例え―――見えない刃に切り刻まれることになったとしても、自分の友人の下へ駆けつけなくては。
ロウゲツを元に戻さなくては。それが自分に出来るのか? 近づけば近づくだけ、伝えなくてはいけない言葉が重く感じていく。心に負荷を与えてくる。そうして、不安は心より滲み出る。
「―――イヴァン!!」
「ッ!」
その心中をずっと見ていたさとりが叫ぶ。同時にこの部屋の中で二人が動く―――イヴァンとロウゲツ、両者がそれぞれ。脚の強化施術を全開にして跳ぶような一歩を刻むイヴァンに対し、ロウゲツはやはり空っぽの鞘に、見えない刃に手をかけ、居合の姿勢を取る。推測はしていたが―――ここに来て、イヴァンはねじれの見えない刃を完全に理解する。
すなわちあの見えない刃は"対象の恐怖心"なのだ。対人関係における恐怖心は、突き放す態度として現れる。その態度はしばしば相手を傷つける。イヴァンとロウゲツもまたそのように傷付き合ってきた。イヴァンはロウゲツに隠し事をし、それを隠す為にロウゲツを突き放したことで、ロウゲツが傷ついて来たように。
ねじれたロウゲツは、そんな相手の恐怖心による突き放す態度を見えない刃として認識してきた。彼は近づいてくる者の恐怖心を感じ取っていたのだ。フランと戦っていたイヴァンは追い詰められたことで内心ではかなりの恐怖を抱いていた。それを感じ取ったが故に、天井へと最も強大な一撃を放ってのけた。抱いた恐怖心が大きければ大きいほど、そこから抽出する見えない刃もまた巨大に、そして長大になっていく。故に遠くまで届く。
ロウゲツは―――
だから一番恐怖心を抱いていたイヴァンに、最も遠くから、そして敏感に反応した。ロウゲツを元に戻せるのかについての不安、ロウゲツをねじれさせたことへの後悔などを、当然のように最も含んでいたのだから。その次の妖夢はロウゲツと立ち会ったことがあるが故だろう。実力を知っているからこそ、一筋縄ではいかないことを理解していた。その不安すらロウゲツにとっては距離を置きたいものに違いない。
最も近づけたレミリアとフランは、そう言った類が本当に薄かったのだろう。負ける気はない、人外特有の傲岸不遜な態度。この状況でセンチな気持ちがほとんどなかった二人が特効レベルに噛み合った結果だったのだ。ロウゲツに対して
ここまで分かればどうとでもなる。意識的に気持ちを落ち着けることで、出来るだけ近づけることも。そして―――どのタイミングでロウゲツが動き出すのかも。そう、心を読める
想起『不可視の刃渡り』
さとりがロウゲツの心を読んで得たトラウマと性質から、新たな弾幕の形を編み出す。無数の赤と青の光弾に隠された、高速の斬撃状の衝撃派がイヴァンとロウゲツの間に割り込む。
『―――!』
構わずに抜き放たれる居合。だが今度はガキィンッ!! と刃と刃がぶつかり合う音が響いた。如何に見えなくても、それが対象の恐怖心から抽出された特殊な刃であったとしても、振る瞬間、
『―――』
「妖夢! こいし!」
「うん!」
「分かっています!」
だがそれでも、ただ一度弾いただけで稼げる時間は僅かだ。実際にロウゲツはまた既に居合の構えに戻ってしまっている。だからこそのこの配置だ。さとりの号令にこいしと妖夢が動く。こいしはイヴァンの背後へと。妖夢はイヴァンの前に割って入る。
ガァン!! 再び剣と剣がぶつかり合う音。
「はあぁぁぁぁ!!」
「―――!」
まるで鍔迫り合いのように、見えない長大な剣と妖夢の楼観剣が真向からぶつかる。妖夢が意気を込めて、見えない刃を押しのけることでイヴァンの道が開ける。
「今です!」
「うん。行って、イヴァン」
こいしがイヴァンの背を押す。同時に僅かだけ能力を発動する。
「……行ってくる」
駆ける速度が増す。ヂェーヴィチとして培ってきた早く到達する為の速力を全開にして。彼我の距離があと数歩というところまで詰まる。だが―――ここに来てロウゲツはイヴァンへの攻撃を止めていた。
こいしの能力。"無意識を操る程度の能力"、それにより相手の無意識を操ることで、相手に意識的に気づかれなくなる。これを利用して、こいしはイヴァンが抱いていた恐怖心をロウゲツから隠してのける。ロウゲツは気づけない。近づいてくるイヴァンに。この能力で他者を気づかれなくするようにしたことはあまりなかったから、長くは続かないだろうが―――それでもイヴァンにとっては十分すぎるほどの時間、何の心配もなく真っすぐ向かっていくことが出来た。
「着いた!」
『―――!?』
ズザザと踏ん張って、ロウゲツの眼前へと滑り込む。その瞬間、こいしの能力の能力も解ける。ねじれたロウゲツが無言のまま驚愕する。それはそうだろう。ねじれてまで遠ざけたかった
「こんの!!」
『―――!』
イヴァンもまた、この状況でやってくることは分かっていた。
だが―――
「なっ!?」
イヴァンの想像以上の速度の鞘での切り上げが、持っていた
『飛剣』。先ほどまでのねじれたロウゲツの剣はただただ反射的に向かってくる攻撃を最短で叩き落すものばかりだったが―――ここに来て、イヴァンが一番よく知るロウゲツの剣技が飛び出してきた。無論、来るとは思っていた。そして分かっていれば自分でも防御することが出来るとイヴァンは踏んでいたのだが―――
イヴァンも今では2級フィクサーだが、ロウゲツは更に上の等級へとなった凄腕のフィクサーだ。自分が思っていた以上にロウゲツは強くなっていたことを、ここで武器をかち合わせたことでようやくイヴァンは理解した。
そして次の手も分かっている。『速剣』。身体ごと前のめりに加速しつつ、刃の加速をも加えた突きだ。それが武器を弾かれて無防備になったイヴァンへと躊躇いなく繰り出される。
「やっば―――!」
「ちょっと、その為の私達でしょうが!」
高速の突きが横合いからの光剣の切り落としに阻まれる。すぐ横で待機していたフランのレーヴァテインが間一髪で間に合った。だがまだ終わってはいない。加速さえ残っていれば次の攻撃へと問題なく映ることが出来る。
「そのコンボは私も見たわよ!」
『閃撃』。全ての加速を乗せた十字の切り払いに、タイミングドンピシャでレミリアが紫の巨大槍を投擲する。加速による規格外の速度は閃撃単体でも合わせることは極めて難しいが、それを難なくやってのけるレミリアの実力にイヴァンは一瞬戦慄した。
それでもまだ終わっていない。このコンボには
『―――!!』
『コントラタック』。加速した刺突を急所へと無慈悲にねじ込む、ロウゲツの中で最速最強の突き技。だがだからこそ……イヴァンには攻撃がどこに来るのか、見なくても分かっていた。
『―――!?』
喉元に突きつけられかけた鞘の一撃を、イヴァンは右手で掴み取っていた。普通ならそんなことは出来ない。だが、咄嗟だった。
それは正解だった。イヴァンの手に巻きついた―――自身の心がねじれかけて生まれた謎の木の根が、素手で刃と化した鞘を掴んだイヴァンの手を守っていた。それだけではない。なんとそこから木の根が急に伸びだし、ロウゲツの鞘へと巻きついていく。鞘を……封じていく。
「うおおおおぉぉ!!」
イヴァンは叫び、ぐいっと手に掴んだ鞘を思いっきり引っ張る。イヴァンのこの木の根には、"封じる性質"があった。ずっと自分の本心を封じてきたが故に生まれた、ねじれた心の具現化。それがロウゲツの鞘の動きをも封じている。それがイヴァンにはなんとなく分かっていた。だからこそこの木の根の動きを何も心配せず、やるべきことだけを見据えることが出来ていた。
『―――……!』
力の儘、イヴァンはロウゲツから鞘を取り上げる。ロウゲツがよろよろと取り上げられた鞘に手を伸ばす。髪の毛に隠れて表情はやはり何も見えないが、イヴァンにはそれが拠り所を奪われたただの子供のようにさえ映った。
そして……もしかしたら元のロウゲツもこのような柔い、幼い、そして弱い心の内をずっと抱えていたのだろうか、とも。いや、きっとそうだ。だからこそ彼はねじれたのだ。自分の心をねじれをも拠り所にしなければ、きっと立っていられなかったのだ。そしてロウゲツをそうしたのは、やはり自分なのだということも。
だから、これで終わりにしなければ。
「見ろ、ロウゲツ」
イヴァンはロウゲツから取り上げた鞘をひっくり返して、振って見せた。何も落ちてはこない。見えない刃は……この鞘には入っていない。
「
『―――』
「お前は恐怖を抱いている
そうだ。だから―――やはりロウゲツは何も悪くない。あの時、ロウゲツは自分を裏切り者だと言ったが、そんな言葉を引き出したのも……自分の態度のせいだったはずだから。イヴァンはまずそれを伝えるべきだと思った。
「いつだって刃を振るっていたのは……俺だ……! お前はそれを嫌っただけだ。だから今度は振るわれる前に、自分で振るおうとしたんじゃないか?」
『―――』
「でも……それでもだ」
イヴァンはロウゲツの胸元を掴む。伸びに伸びた前髪の隙間から、ロウゲツの目が微か見える。ねじれたせいなのか、潰れてしまったはずの左目がそこにあった。金色の義眼に取り換える前の、スタンダードな黒目の生身の目が、不安そうに揺れていた。
「思い出してくれ!! お前が握るべき剣はこれじゃない!!」
『―――!?』
ガン!! と音がしそうなほど強烈な頭突き。正面の0距離で見つめ合う。覚悟を決めたイヴァンの目線と、不安なままのロウゲツの目線が交差する。
そして、イヴァンは全てを話し出す。本当はあの時、自分に何があったのかを。
理不尽なトラブルとそのつまらない結末と。それに至ってしまった自分の未熟のことを。