幽鬼は目覚めると、アパートの自室にいた。そこにはなぜか金子と玉藻がいた。わけがわからないこの歪な世界、幽鬼はこの世界でどう生きていくのか、他の二人は幽鬼をどう思うか、幽鬼にもわからない。だが、幽鬼はこの世界で生きている。この身朽ち果てるそのときまで、死亡遊戯で飯を食う。

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 六畳一間の部屋で、幽鬼(ユウキ)は目を覚ました。

 

 

 

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 毎度おなじみの見慣れた天井だった。

 

 しみの位置、数、形、全てが幽鬼(ユウキ)の部屋のしみと一致しているため、ここは幽鬼(ユウキ)の部屋で間違いなかった。半年前の幽鬼(ユウキ)であれば、ここで落胆するところだっただろう。重い腰を上げ、左隣に視線をやる。

 

 布団が丁寧に畳まれていた。Zの文字のように、三つ折りに畳まれていた。

 

 この布団は、金子(キンコ)のものである。彼女は幽鬼(ユウキ)に習い、散歩をしていると言っていた。なので、今は散歩中なのだろう。

 

 反対を見る。

 

 布団にくるまる、美少女が眠っていた。

 

 玉藻(タマモ)である。すーすーと寝息を立てて、気持ち良さそうに眠っていた。かわいいなぁ、と幽鬼(ユウキ)は思った。もういっそ、布団に潜り込んで口づけでもなんでもしてやろうかと考えたが、流石にやめた。

 

 こめかみをカリカリと掻きながら、携帯を探す。枕の下だったり、玉藻(タマモ)のほうにいってないかと、起こさないように漁った。

 

 少し時間がかかった。幽鬼(ユウキ)の足のほうにあった。なんでここにあんだよ、と思いながら、携帯を取る。

 

 〈7∶02〉と表示されていた。

 

「まだ七時か」

 

 〈19∶02〉ではないため、夜ではなく、朝を意味した。

 

 幽鬼(ユウキ)にとって、朝は珍しかった。

 

 この特殊すぎる職業柄なため、基本的には夜型の人間であった。生活リズムが狂いに狂いまくっており、夕方に起きて朝になる前に寝る。そんな暮らしだった。

 

 ただ、ゲーム中にいたっては違った。ゲーム中だけは、朝でも夜でも起きていられる幽鬼(ユウキ)である。こんなんでも殺人ゲームのエキスパートであるため、そこのメリハリはしっかりしているつもりであった。しかし、ゲーム外に関しては例外であった。

 

 窓を見ようとする。

 

 うっ、となり目を閉じ、腕を前にやった。

 

 そう、幽鬼(ユウキ)にとって相反するもの、朝の日差しである。

 

 自室で見るのは、下手をすれば一年も見ていないのではないか、そう思えるくらい、幽鬼(ユウキ)は朝を忘れていた。

 

 カーテンが付いていないため、幽鬼(ユウキ)はダイレクトに日差しを浴びてしまった。幽鬼(ユウキ)はヴァンパイアではないため、灰化したりはしないが、あまり慣れてないものではあった。

 

 あまり起きておく意味もないので、枕に頭を下ろす。玉藻(タマモ)のほうに寝返る。面と面が向かい合い、玉藻(タマモ)の顔が視界に映る。まじまじと見た。

 

 過去最大級の美少女だなと幽鬼(ユウキ)は思った。

 

 美しすぎて、見る者に警戒心を抱かせる美貌である。例えるなら、突如空からふわっと降りてきた美人すぎる謎の女の子とか、人の皮を被って夜道を徘徊する化け物の変化前とか、そんな警戒心を抱いてしまう美しさがあった。

 

 そんな美貌をもつ彼女が、幽鬼(ユウキ)の横ですやすや眠っている。その事実に、少し興奮しそうになった。が、しっかり自制して、目を閉じた。

 

 

 

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 金子(キンコ)は目を覚ました。

 

 右横の二人を見る。まだ寝ていた。

 

 金子(キンコ)は充電中だった自分のスマホをひっぱり、ふぉんというケータイの音とともに、画面を見る。

 

 〈6∶12〉と出た。

 

 朝の六時である。

 

 いつもと同じように、布団を畳み、洗面台へ向かう。

 

 身支度を整えるため、鏡の前へ立った。半袖半ズボンの金子(キンコ)が、そこにいた。部屋着である。この部屋に初めて招かれたとき、最初に着替えた服だった。動きやすく快適なため、今や金子(キンコ)の普段着となっている。

 

 ジャージに着替え、金色の髪をツインテールにし、外に出た。

 

 幽鬼(ユウキ)と同じ日課、散歩である。暇なときや、心にわだかまりができたとき、あの人は散歩をする。そのため、金子(キンコ)も真似し始めたというわけであった。

 

 幽鬼(ユウキ)と違い、金子(キンコ)は朝型であるため、金子(キンコ)は早朝に散歩をする。父と暮らしていたときから、金子(キンコ)は早起きが得意であった。

 

 その辺をふらふら散歩するついで、すぐそこのコンビニに入った。入店音が鳴った。いらっしゃいませの声が聞こえ、ぺこりと頭を下げた。品物を一通り見る。

 

 アイスを三本買った。六百六十円。がま口の財布をひねり、五百円玉、百円玉、百円玉を置いた。四十円を財布に入れ、ズボンからナイロン袋を取り出し、アイスを入れた。ありがとうございました、と店員が言ってきたので「いえ」とまた小さくお辞儀し、入店音が再び鳴った。

 

 今度は目的の場所へと向かった。アパートへ帰るのではない。

 

 橋に差し掛かる。ナイロン袋が突風に揺れ、飛ばないよう両手で必死に抑える。

 

 学校へ向かう学生たちがちょろちょろ現れ始めたころ、目的の場所にたどり着く。

 

 金子(キンコ)の家が〈あった〉場所である。

 

 今やなにもない更地と化していた。

 

 胸に手を置く。

 

「⋯⋯⋯」

 

 静かに、父のことを思い出していた。

 

 この家がなぜ跡形もなく消えたのか、父の身になにが起こったのか、金子(キンコ)はなんとなく知っていた。幽鬼(ユウキ)もなにかを知っているようだったが、なにも聞かなかった。知ってもろくなことはないと、金子(キンコ)は察知していたからである。

 

 金子(キンコ)は父に憧れていた。金子(キンコ)のためにせっせこ働く父の背中、子供ながらも金子(キンコ)はずっと見ていた。金子(キンコ)は父のようになりたいと思っていた。それは今も同じであった。

 

 胸から手を下ろす。金子(キンコ)は携帯で時間を確認するため、ズボンのポケットからケータイを取り出した。

 

 〈7∶34〉

 

 朝の七時半、

 金子(キンコ)が起きてから一時間以上が経過していた。

 

 

 

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 玉藻(タマモ)は目を覚ました。

 

 自分の足辺りをがさがさ漁り、硬いなにかを手で取る。スマホだった。

 

 〈8∶08〉

 

 八時と画面に写っていた。

 

 スマホを置き、むにゃ、と左に寝返る。幽鬼(ユウキ)の顔が近くにあった。少しびっくりした玉藻(タマモ)だったが、すぐに冷静さを取り戻す。幽鬼(ユウキ)は寝ているためである。

 

 この人は、玉藻(タマモ)の師匠である。とあるゲームにて、玉藻(タマモ)は集団のプレイヤーに追い詰められていた。絶体絶命のとき、彼女はやってきたのだ。

 

 十秒もかからず、集団を倒してしまった。そんな幽鬼(ユウキ)玉藻(タマモ)は惚れた。去っていく幽鬼(ユウキ)を追って玉藻(タマモ)は全力で走った。弟子になりたいと玉藻(タマモ)は必死に懇願した。

 

 幽鬼(ユウキ)から試練を与えられたのち、玉藻(タマモ)はその課題をがんばって、がんばって、がんばって、がんばって、達成させた。

 

 今の玉藻(タマモ)は、幽鬼(ユウキ)の弟子であった。

 

 玉藻(タマモ)は自分が嫌いだった。いつから嫌いだったかはわからない。小学生のとき、ピアノの先生にさんざんいじめられ、中学生のとき、人間関係でへまをしたり、そんな下手っぴな自分に心底嫌気が差していた。生きているだけで苦しかった。幾度頭を押さえて蹲りたくなったか、何度手首に刃物を構えては下ろさなかったか、玉藻(タマモ)は覚えていなかった。

 

 そんな玉藻(タマモ)を、幽鬼(ユウキ)が救ってくれた。どんどん自分が削れて、幽鬼(ユウキ)が埋めてくれる。嫌いな自分は、もういなかった。

 

 そんな幽鬼(ユウキ)は心地よさそうに、すやすやと眠っていた。そんな寝顔を見ていると、玉藻(タマモ)のなかで悪戯心が芽生えた。初めて幽鬼(ユウキ)の部屋に泊まったときのことである。この人は玉藻(タマモ)にひどい意地悪をしてきた。同じ布団に入るはまだしも、突然抱きしめてきたのだ。流石ベテランプレイヤーというべきか、力がとにかく強く、暴れる玉藻(タマモ)ごときでは解くことができなかった。結局あの夜はそのまま眠った。

 

 そんなことをされてきた玉藻(タマモ)である故、バチは当たらないだろうと、布団を仰ぎ、なかに潜り込んだ。

 

 玉藻(タマモ)幽鬼(ユウキ)の顔に近づく。儚くて、本当に幽霊みたいだな、と玉藻(タマモ)は思った。突然隣に越してきた田舎少女のような、はたまた天才科学者に創られた未来のアンドロイドのような、そんなミステリアスな雰囲気をまとっていた。

 

 だが、そんなことはお構いなし。仕返しだと言わんばかりに、えぇいと、幽鬼(ユウキ)の額に自身の顔をわしゃわしゃ擦りつけてやった。

 

 幽鬼(ユウキ)の目がばちんと開く。

 

 玉藻(タマモ)がいた。

 

 「 !?!? 」

 

 彼女のほおが、幽鬼(ユウキ)のほおを擦っていた。驚きのあまり、幽鬼(ユウキ)は足をじたばたさせた。寝起きだからか、十分な睡眠をとれていないからか、顔を擦る玉藻(タマモ)に腰を抜かしたのか、理由はわからないが、腕に十分な力が入らなかった。

 

 「抵抗しても無駄ですよ」とでも言いたげな顔を玉藻(タマモ)はしていた。玉藻(タマモ)が初めて幽鬼(ユウキ)の部屋に泊まったとき、幽鬼(ユウキ)はこれと同じようなことを玉藻(タマモ)にした。今、幽鬼(ユウキ)はそれをやり返されていた。

 

 してやられた、と幽鬼(ユウキ)は思った。足をばたばた動かす。玉藻(タマモ)の腕に抱かれ、満足に動くこともできない。自分が抱きつくのは好きな幽鬼(ユウキ)であるが、無理矢理抱きつかれるのはあまり好きではなかった。

 

 すると、がちゃ、と扉のほうから音がした。

 

 二人の時間が止まった。扉が開いた音である。

 

 幽鬼(ユウキ)玉藻(タマモ)は、ゆっくりと、音のしたほうに向いた。

 

 金子(キンコ)がいた。

 

 右手には、重力のままに沈むナイロン袋を提げていた。

 

 同じ布団に入り、密着し、ほおをくっつける二人の姿を、金子は目撃した。

 

 金子(キンコ)が、眉を細めて言った。

 

「なにやってるんですか」

 

 

 

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