機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
工業高等専門学校。
コロニー国家連合に所属するこの辺境コロニーにも、そんな名前の学校が存在する。
もっとも、そこで学ぶ生徒達の姿は世間一般の学生が思い浮かべる青春とは程遠い。
工作機械。
電子基板。
MS工学。
溶接。
フレーム構造学。
そんな言葉が飛び交う教室で、少年達は機械と向き合う。
機械が好きだから。
MSが好きだから。
それだけの理由で集まったような連中ばかりだった。
そしてその中の一人。
窓際の席で頬杖をつきながら講義を聞き流している少年がいた。
ケン=大神。
十八歳。
工専五年生。
将来の夢も特になければ、やりたい仕事も決まっていない。
ただ機械が好きで、MSが好きだった。
だから工専を選んだ。
それだけだった。
「――以上がソリダス系フレームの特徴だ」
教壇の教師が説明を続ける。
ケンはぼんやりと窓の外を見る。
今日も代わり映えのしない一日だった。
朝起きて学校へ来て。
授業を受けて。
帰って。
動画を撮る。
そんな日々の繰り返し。
特別仲の良い友人がいる訳でもない。
恋人がいる訳でもない。
成績も上位ではない。
下位でもない。
何もかもが中途半端だった。
講義終了のベルが鳴る。
生徒達が席を立ち始めた。
そんな中。
教室の空気が少しだけ華やぐ。
「じゃあねー!」
明るい声。
振り向けば一人の少女が笑顔を浮かべていた。
コハル=モナミ。
この工専のアイドル。
金色の髪。
整った顔立ち。
モデルか女優でも通用しそうな容姿。
だが見た目に反して機械知識は本物だった。
MS工学でも上位。
実習成績も優秀。
職人気質な変人だらけの工専において、なぜか全員から好かれている。
まるで天使のような少女だった。
「大神君、バイバイね~」
コハルが手を振る。
「あ、ああ」
ケンも小さく手を振り返す。
「今日も配信するから見てねー☆」
「見る見る」
「大神君も動画やってるんでしょ?」
「登録者十八人だけどな」
「十八人もいるじゃん!」
コハルは満面の笑みを浮かべる。
そのまま友人達に囲まれながら教室を出ていった。
ケンはため息を吐く。
登録者十八人。
ちなみに最新動画の再生数は二十三回。
その内半分くらいは自分だ。
「十八人もいるじゃん、か……」
人気配信者モナコ。
登録者七十八万人。
その正体がコハル=モナミだという事を知っている人間は少ない。
当然ケンも知っている。
だから動画を始めた。
共通の話題があれば仲良くなれるかもしれない。
そんな下心からだった。
結果は惨敗だったが。
ケンは鞄を肩に掛け、教室を後にした。
今日も特に何も変わらない一日が終わる。
そう思っていた。
この時までは。
◇
帰宅したケンは制服を脱ぎ捨てた。
代わりに取り出したのは鮮やかなオレンジ色のツナギ。
そして作業用ゴーグル。
前髪をかき上げる。
ゴーグルを装着する。
鏡の前に立つ。
「どうもー!」
声を張る。
「どうもー!ケンケンです!」
もう一度。
「どうもー!ケンケンちゃんネルです!」
よし。
悪くない。
学校のケン=大神ではない。
ここからはケンケンだ。
カメラを起動する。
撮影開始。
「どうもー!ケンケンちゃんネルです!今日はジャンクパーツを使った簡単なスラスター補修を――」
録画終了。
編集。
投稿。
再生数。
二桁。
いつもの事だった。
だが。
ケンは嫌いではなかった。
動画の中だけは少しだけ明るい自分になれたからだ。
それだけで続ける理由としては十分だった。
翌日。
工専。
いつも通りの授業。
いつも通りの昼休み。
そんな中。
「なぁ聞いたか?」
クラスメートの声が聞こえた。
「ガンダムがこのコロニーに持ち込まれたらしいぜ」
一瞬の沈黙。
そして。
爆笑。
「は?」
「地球のガンダム?」
「なんでこんな辺境にあるんだよ」
「絶対ガセだろ」
教室は笑いに包まれる。
ガンダム。
地球とコロニーの戦争を終わらせた伝説の兵器。
地球連邦の象徴。
コロニー国家連合にとっては悪魔そのもの。
そして。
それを打ち倒した英雄。
ヴァニタス=スペクター。
少年達の憧れだった。
だが。
ケンだけは違った。
彼はガンダムが好きだった。
皆が憧れる英雄ではなく。
皆が恐れる悪役に憧れる子供のように。
ガンダムに興味を抱いていた。
「どうせガセだろ」
「だよな」
話題は終わる。
だが。
ケンの頭からは離れなかった。
放課後。
彼は真っ先に家へ帰った。
オレンジのツナギ。
ゴーグル。
撮影機材。
地図。
全部準備する。
そしてカメラを回した。
「どうもー!ケンケンちゃんネルです!」
ニヤリと笑う。
「今日は噂のガンダムを探しに行きたいと思いまーす!」
こうして。
少年の人生を変える一日が始まった。
目星を付けた場所は全部で三ヶ所。
その中でも最も怪しいのは、港湾区画近くにある廃工場だった。
既に使われなくなって十年以上。
立入禁止区域。
誰も近寄らない。
「隠すならこういう所だよなぁ」
スクーターに跨りながらケンは呟いた。
もちろん本気でガンダムがあるとは思っていない。
どうせガセネタだ。
だが動画のネタにはなる。
それだけで十分だった。
工場地帯を抜け、港湾区画へ入る。
やがて巨大な建物が見えてきた。
崩れかけた外壁。
錆びた鉄骨。
割れた窓。
完全な廃墟だった。
スクーターを停める。
荷台からドローンを取り出した。
カメラを取り付ける。
追尾モード起動。
「どうもー!ケンケンちゃんネルです!」
いつもの笑顔。
いつものテンション。
「噂のガンダムを探しに来ましたー!」
誰もいない廃工場の前で一人盛り上がる。
ドローンだけが静かにその姿を撮影していた。
「さぁ~ここにガンダムはあるのでしょうか!」
勿体つける。
まだ視聴者なんていない。
それでも全力だった。
ケンは端末を取り出した。
工場のロックシステムへ接続。
数秒。
ロック解除。
重い扉がゆっくりと開く。
「やべーなこれ完全に犯罪だ……」
苦笑する。
「後で編集で消そ」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
そして工場の中へ足を踏み入れる。
薄暗い空間。
埃。
錆びた機械。
放置されたコンテナ。
何もない。
そう思った。
だが。
「……ん?」
奥だった。
工場の最奥。
巨大な影がある。
人型。
壁にもたれかかるように座っている。
ケンは息を呑んだ。
「マジ?」
ゆっくり近付く。
「なんかあるんだけど……」
冷や汗が流れる。
ドローンも静かにその姿を映していた。
近付く。
さらに近付く。
それは確かにMSだった。
しかし見たことがない。
連合軍のソリダスではない。
連邦のブルーガ系でもない。
教科書に載っていたどの機体とも違う。
人間の骨格を思わせる異様なフレーム。
剥き出しの内部構造。
二つの眼を思わせる頭部。
「なんだこれ……」
思わず呟く。
「ガンダム……か?」
誰に聞くでもなく。
フレームだけの状態。
装甲もない。
武装もない。
だが。
なぜだろう。
教科書で見たガンダムの写真を思い出した。
似ている。
異常なほど似ている。
ケンは頭を掻いた。
そして。
数秒後。
勢いよく手を叩いた。
「これガンダムにしたらバズるんじゃね?」
恐怖より先に出た感想だった。
◇
「おっちゃーん!」
ケンのバイト先でもある、ジャンク屋の扉が勢いよく開く。
「俺のお宝使う時が来た!」
「うるせぇなオイ!」
店主が顔をしかめる。
「おぉ〜遂にあのガラクタ処分する気になったか」
「ガラクタじゃねぇ!」
ケンは叫ぶ。
「MSのパーツだ!」
「同じだろ」
「違う!」
店主は呆れたように笑った。
「で?」
「トラック貸してくれ」
「は?」
「組むんだの」
「何を?」
「俺だけのガンダム」
沈黙。
店主は腹を抱えて笑い出した。
「お前とうとう頭やられたか」
「度肝抜いてやるから見てろよ」
ケンは真顔だった。
店主はしばらく笑った後。
トラックの鍵を放り投げる。
「壊すなよ」
「サンキュー!」
ケンは荷台へ飛び乗った。
長年集めていたジャンクパーツ。
壊れた装甲。
捨てられた武装。
謎の部品。
全部積み込む。
「待ってろよ~!」
ニヤニヤしながらトラックを走らせた。
◇
作業は夜まで続いた。
いや。
深夜になっても終わらなかった。
装甲を付ける。
削る。
外す。
また付ける。
テープで固定。
ボルトで固定。
色なんて気にしない。
形が合えばそれでいい。
気付けば額から汗が流れていた。
そして。
胸部装甲を取り付けようとした時だった。
「ん?」
フレームの刻印を見つける。
そこには小さく文字が刻まれていた。
XF-G FRAME
「XF-Gフレーム?」
聞いたことがない。
だが今はどうでもいい。
「あと少し……!」
作業を続ける。
そして。
夜明け前。
ついに完成した。
左右非対称の装甲。
露出したフレーム。
剥き出しのボルト。
テープで固定された部分。
そして。
V字アンテナ。
二つの眼。
「どう見てもガンダムだろ!」
ケンは満足そうに笑った。
◇
撮影開始。
演技開始。
そして。
「みなさん!」
大袈裟に扉を開く。
「ガンダムです!」
迫真の演技。
「このコロニーにガンダムがありました!」
自分で作った物を指差す。
「伝説のガンダムです!」
カメラを回す。
コックピットへ乗り込む。
内部を映す。
動画は完璧だった。
少なくともケンはそう思った。
編集終了。
空は明るくなっていた。
「ふぁぁぁ……」
大きな欠伸。
動画投稿ボタンを押す。
アップロード開始。
5%
10%
15%
ケンはコックピットシートへ身体を預けた。
「今日は学校サボるかなぁ……」
目が閉じる。
意識が遠のく。
そして。
寝言のように呟いた。
「どうもぉ……ケンケンちゃんネルですぅ……」
完全に眠りへ落ちる。
その瞬間。
コックピットのディスプレイが起動した。
淡い光が闇を照らす。
【コックピット内への長時間滞在を確認】
【生体情報取得開始】
【登録処理実行】
眠るケンは気付かない。
ディスプレイの文字が次々と切り替わる。
【登録名を入力してください】
数秒。
沈黙。
そして。
【音声情報取得】
【ケンケン】
【登録しますか?】
【YES】
誰も触れていない端末が独りでに答える。
【登録完了】
【パイロット名】
【ケンケン】
夜明けの薄暗い廃工場。
コックピットのディスプレイだけが静かに輝いていた。
その光が眠る少年の顔を照らしている。
【GUNDAM SYSTEM 起動待機】
【ようこそ、ケンケン】
誰も聞くことのない歓迎の言葉だけが、静かに表示されていた。