機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
ベルーガは、レッドスワン海賊団の艦に先導されながら、小惑星帯の奥へと進んでいた。
外から見れば、そこにあるのはただの岩塊だった。
無数の小惑星が漂う宙域。その中でも特別目立つわけではない、表面にクレーターと裂け目を刻んだ、古びた小惑星。
だが、先導していた海賊団の艦がその前で速度を落とすと、岩肌の一部が音もなく動き出した。
まるで岩そのものが口を開けるように、巨大な隔壁がゆっくりと左右に開いていく。
「……開いた?」
ベルーガの艦橋で、ケンが思わず声を漏らした。
ノンも隣で目を細める。
「ただの小惑星じゃなかったってことね」
グレアーは腕を組んだまま、前方のモニターを見ていた。メイド長はいつものように静かに立ち、おやっさんは鼻を鳴らす。
「へぇ……ずいぶん立派な隠れ家じゃねぇか」
ベルーガは大型艦だ。
それがそのまま入れるだけの入口が、小惑星の内部に開いている。その事実だけで、この場所がただの隠れ家ではないことが分かる。
通信が開き、ナーベル=シーマの声が艦橋に響いた。
『ついてきな! 変なとこにぶつけんなよ!』
軽い調子だった。
だが、ベルーガの操舵手たちは慎重に船を進める。
内部へ入ると、そこは巨大な艦船ドックになっていた。
むき出しの岩盤を削り抜き、そこに金属製の足場やクレーン、整備用のアームが組み込まれている。壁面には補修跡が目立ち、あちこちに配線やパイプが走っていた。
荒っぽい。
だが、雑ではない。
長い年月をかけて使い続けられてきた場所なのだと、ケンにも分かった。
ベルーガはゆっくりと指定された位置に停泊した。
艦内に残るクルーたちは、そのままベルーガの整備と留守番に回ることになった。長旅と先ほどの戦闘で、船体のチェックは必要だったし、全員でぞろぞろ出ていくわけにもいかない。
小惑星内部へ向かうのは、ケン、ノン、グレアー、メイド長、おやっさんの五人だけだった。
エアロックを抜け、ドックに降り立つ。
足元に伝わる金属の感触。
空気はわずかに油と鉄の匂いが混じっていた。
そこへ、両手を腰に当てたナーベル=シーマが歩いてくる。
赤毛を揺らし、堂々とした足取りで。
隣には大柄な青年、オーガ=ワーイックが控えていた。ナーベルと同じく十九歳で、レッドスワン海賊団の副官。幼馴染でもあるというその男は、ナーベルとは対照的に口数が少なく、落ち着いた雰囲気をまとっている。
「ようこそ、ベルーガの連中!」
ナーベルはにやりと笑った。
「ここがアタシらの拠点さ!」
その言葉に合わせるように、ドックの奥の隔壁が開いた。
そして、その先を見た瞬間、ベルーガの面々は言葉を失った。
「……街?」
最初に呟いたのはケンだった。
小惑星の中に、街があった。
天井には人工照明が並び、昼のような光を落としている。岩盤を削って作った空間の中に、居住区が広がっていた。金属板を継ぎ合わせた家。小さな店。整備場。通路を走る子供たち。荷物を運ぶ大人たち。誰かが笑い、誰かが怒鳴り、どこかで機械の駆動音が鳴っている。
まるで、小さなコロニーようだった。
そしてこれは確かに街だった。
海賊の拠点という言葉から想像していた、薄暗い倉庫や武器庫とはまるで違う。
人が暮らしている場所だった。
「小惑星の中に……こんなものが……」
ノンも驚きを隠せなかった。
グレアーは周囲を警戒しながらも、感心したように息を吐く。
「思ったより、ずっと生活感があるな」
「そりゃそうさ」
ナーベルは得意気に胸を張った。
「ここがアタシらの拠点さ。うちの海賊団の家族とかも入れて、百人もいねぇが……それなりだろ?」
その言い方には、隠しきれない誇りがあった。
奪う者の顔ではない。
守る者の顔だった。
ケンは街を見回した。
誰もがナーベルを見ると、軽く手を上げたり、声をかけたりする。
「船長、おかえり!」
「また派手にやったのか?」
「ナーベル、あとで補給リスト見ろよ!」
「わ〜ったよ! 後で見てやんよ!」
ナーベルは乱暴に返しながらも、どこか楽しそうだった。
レッドスワン海賊団船長、ナーベル=シーマ。
その肩書きは、ただ戦う荒くれ者のものではないのだと、ケンは少しだけ理解した。
一行は艦船ドックから居住区を通っていく。
道幅は広くない。むき出しのパイプが頭上を走り、壁には古い標識や手書きの案内が貼られている。家の前では洗濯物のような布が吊るされ、小さな屋台のような店からは温かい匂いが漂っていた。
ノンはそれを見ながら、複雑な表情をしていた。
戦争。
逃亡。
それらの言葉の先に、こういう暮らしがあるとは思っていなかったのだろう。
ケンも同じだった。
ガンダムダウトを見つけてから、彼の周囲はずっと戦いの連続だった。逃げて、隠れて、戦って、また逃げる。そんな日々の中で、ここにいる人々は生活していた。
小惑星の中で。
海賊団の拠点で。
それでも、笑いながら。
「こっちだ」
ナーベルが先導する。
やがて、一行は街の中央へ出た。
そこには、ひときわ大きな建物があった。
周囲の住居や店とは違い、無機質で重厚な外観をしている。岩盤に食い込むように建てられたその建物は、小惑星内の街を見守る中心のようにそこにあった。
「ここがアタシらの家さ!」
ナーベルは当然のように言った。
「家……?」
ケンが見上げる。
大きい。
家というより、管理施設か司令部のように見えた。
すると、横にいたオーガが静かに口を開いた。
「ここでは、小惑星内の重力、空気循環や照明の管理をしている。居住区全体の生命維持に関わる設備も、この建物で見ている」
低い声だった。
無駄がなく、淡々としている。
「代々、船長がここに住み、管理してきた」
「代々って……」
ノンがナーベルを見る。
ナーベルは鼻を鳴らした。
「アタシが今の船長だからな。ここはアタシの家ってわけだ」
その言葉は軽い。
けれど、背負っているものは軽くない。
小惑星の中にある百人にも満たない街。
その空気も、光も、水も、暮らしも。
船長であるナーベルが守っている。
ケンは、少しだけナーベルを見る目が変わった。
建物の扉が開く。
外観は無機質だった。
だが、中に入った瞬間、印象はまるで変わった。
「……うわ」
ノンが小さく声を漏らす。
中は、散らかっていた。
廊下の脇には機械のパーツが積まれ、工具箱が開きっぱなしになっている。配線の束、外された装甲板、小型端末、用途の分からない部品。壁際には古いモニターや制御盤らしきものもあり、床には何かの設計図のような紙まで転がっていた。
生活感がある、という言葉では足りない。
完全に物で埋まっている。
「ワリィな、ちっとばかし散らかってるが気にすんな!」
ナーベルは悪びれもせず、ずかずかと奥へ進んでいく。
ノンは足元の部品を避けながら、引きつった笑みを浮かべた。
「これが……ちょっと?」
完全に引いていた。
一方で、ケンは違った。
目が泳いでいた。
いや、正確には、あちこちに落ちているパーツや機械へ視線が吸い寄せられていた。
「あれ……旧式の制御ユニット? いや、でも端子が違う……こっちは推進系の補助部品っぽいけど、なんで居住区の管理施設に……」
ぶつぶつと呟きながら、そわそわしている。
触りたい。
拾って見たい。
分解したい。
そんな感情が顔に出ていた。
ノンはその様子を横目で見て、呆れた。
「ケン、勝手に触らないでよ」
「さ、触らないって!」
言いながら、ケンの手は少し伸びかけていた。
メイド長が静かにその手首を見た。
それだけで、ケンはすぐに手を引っ込める。
おやっさんは部屋の散らかり具合を見て、苦笑した。
「こりゃあ、整備士の部屋と大差ねぇな」
「褒め言葉として受け取っとくぜ!」
ナーベルが振り向きもせずに答える。
廊下を抜け、一行は大きな部屋に入った。
中央には大きなテーブルが置かれていた。
その周りにはソファーや椅子がばらばらに並べられている。統一感はない。だが、不思議と居心地は悪くなさそうだった。
部屋の奥、上座には大きな椅子があった。
ナーベルはそこへ向かうと、迷いなくドカッと腰を下ろした。
まるで、そこに座るのが当然だと言わんばかりに。
「ま〜適当に座ってくれ!」
ナーベルの声に促され、ベルーガ一行はそれぞれ席についた。
グレアーは入口が見える位置に座り、メイド長は静かにその近くへ立つ。ノンは少し警戒しながらソファーに腰を下ろし、ケンはテーブルの端にそっと座った。おやっさんは近くの椅子を引き、どっかりと座る。
オーガはナーベルの近くに立っていたが、ナーベルが顎で示すと、無言で隣の椅子に腰を下ろした。
ナーベルはどこからか瓶を掴むと、栓を抜き、そのまま酒をあおった。
「いや〜、さっきはいい戦いだったぜ!」
そして、ケンを見た。
「え?」
急に話を振られたケンは、肩を跳ねさせた。
「お前だよ、お前。あのガンダムもどきに乗ってたボウヤ」
「えっ?お、俺ですか?」
「他に誰がいるんだよ」
ナーベルは楽しそうに笑い、また瓶を口に運ぶ。
ケンは視線を泳がせた。
「いや……必死だっただけです」
声は小さかった。
先ほどまでMSを動かし、ナーベルと渡り合っていた人間とは思えないほど、頼りない返事だった。
ナーベルは目を丸くした後、にやりと口角を上げる。
「あんな動きするクセに、意外とおとなしいんだな、ボウヤ」
その言い方は完全に揶揄っていた。
ケンの眉がぴくりと動く。
ノンは横で「あ」と小さく反応した。
ケンは基本的に気弱だ。
だが、妙なところで引っかかることがある。
「いや……ボウヤって……」
ケンはぼそぼそと言った。
ナーベルが片眉を上げる。
「あ?」
「そっちの方が、年下じゃないですか……?」
最後の方は尻すぼみに声が小さくなっていった。
だが、確かに言った。
部屋の空気が一瞬止まった。
ナーベルは瓶を口元で止める。
「はぁ?」
低い声だった。
ケンの背筋が伸びる。
ナーベルは椅子に座ったまま、じろりとケンを睨んだ。
「アタシは十九だぜ!」
「じゅ……十九?」
ケンの顔が固まる。
ノンも瞬きをした。
ナーベルは酒瓶を軽く振りながら、さらに続ける。
「そっちはまだガッコとか行ってる歳だろ?」
「が、学校は……まあ……」
ケンは言葉に詰まる。
その様子を見て、ナーベルは勝ち誇ったように笑った。
「ほら見ろ。ボウヤじゃねぇか」
「な、年上だったのか……」
ケンは地味にショックを受けていた。
自分より年下だと思っていた相手が、堂々と酒を飲み、海賊団の船長として街を背負っている。
その事実が、何か妙な方向から心に刺さった。
隣でノンも呆然としている。
「え? 同い年なの?」
ノンの声には、驚きと困惑が混じっていた。
ナーベルはそれを聞き逃さなかった。
「お、なんだ? アンタも十九か?」
ノンは少し気まずそうに視線を逸らす。
「……まあ」
「へぇ! じゃあタメじゃねぇか!」
ナーベルは嬉しそうに笑った。
ノンは複雑な顔をした。
同じ十九歳。
片方は地球連邦高官の娘として生まれ、今は偽名を使って逃げている。
片方は小惑星の街を背負う海賊団の船長。
同じ年齢でも、歩いてきた道があまりにも違う。
その違いが、ノンには少し眩しくも、少し重くも感じられた。
すると、ナーベルが親指で隣のオーガを指した。
「ちなみにオーガも十九でタメだ!」
全員の視線がオーガに集まる。
大柄で、落ち着いていて、寡黙で、どう見ても同年代には見えない青年。
オーガ=ワーイックは、黙って頷いた。
ただそれだけだった。
「えぇ〜!!」
ケンとノンの声が重なった。
おやっさんまで少し目を丸くしている。
グレアーもわずかに眉を動かした。
メイド長だけは、表情を変えなかった。
ナーベルはその反応が面白くて仕方ないのか、腹を抱えて笑った。
「あっはっはっは! なんだその顔! オーガ、また老けて見られてんぞ!」
オーガは静かに答える。
「慣れている」
「慣れるなよ!」
ナーベルが笑う。
そのやり取りは、船長と副官というより、昔から一緒にいる幼馴染のそれだった。
ケンはその空気を見て、少しだけ肩の力を抜いた。
海賊。
怖い相手。
戦う相手。
そう思っていた。
だが、ここには街があり、家族がいて、船長がいて、副官がいて、笑い声がある。
レッドスワン海賊団。
それは、ケンが想像していた海賊とは少し違っていた。
ナーベルは笑い終えると、瓶をテーブルに置いた。
そして、改めてケンたちを見た。
さっきまでのからかうような顔とは違う。
船長の顔だった。
「さて」
その一言で、部屋の空気が少し変わる。
オーガも姿勢を正した。
グレアーがわずかに身構える。
ノンも息を呑んだ。
ナーベル=シーマは、上座の大きな椅子に座ったまま、まっすぐケンたちを見据えた。
「楽しい話はここまでだ」
テーブルの上に置かれた酒瓶が、小さく揺れる。
「アンタらが何者で、なんであんなガンダムもどきを連れてるのか」
ナーベルの目が、ケンを射抜く。
「そろそろ聞かせてもらおうじゃねぇか」
ケンは息を呑んだ。
ノンは膝の上で拳を握った。
小惑星の中に作られた小さな街。
その中心にある、船長の家。
そこで、ベルーガの一行とレッドスワン海賊団の本当の話し合いが始まろうとしていた。