機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
部屋に流れていた笑い声が、ゆっくりと消えていく。
先ほどまで豪快に笑っていたナーベル=シーマは、酒瓶をテーブルへ静かに置くと、上座の椅子に深く腰掛け直した。
その瞳から笑みは消えている。
船長としての顔だった。
「さて――」
低く落ち着いた声が部屋に響く。
「楽しい話はここまでだ。」
ナーベルはテーブル越しにベルーガの面々を見渡した。
グレアー。
メイド長。
おやっさん。
そして、ノンとケン。
「アンタらが何者で、なんであんなガンダムを連れてるのか。」
一拍置く。
「そろそろ全部聞かせてもらおうじゃねぇか。」
重苦しい沈黙が部屋を包む。
誰も口を開かない。
ケンは膝の上で拳を握り締めていた。
何から話せばいいのか。
いや、話したところで信じてもらえるのか。
そんな迷いが頭の中を巡る。
その時だった。
静かに椅子が引かれる音が響く。
ノンだった。
ゆっくりと立ち上がると、真っ直ぐナーベルを見据える。
その表情からは、いつもの柔らかさは消えていた。
「……私が話すわ。」
部屋の視線が、一斉にノンへ集まる。
ナーベルは何も言わず、続きを促すように顎をしゃくった。
ノンは小さく息を吸う。
「私は、地球連邦の高官の娘よ。」
その一言だけで、部屋の空気が張り詰めた。
グレアーも、おやっさんも、メイド長も知っている話だった。
だが、ナーベル達にとっては初耳だ。
ナーベルは眉一つ動かさず聞いている。
「私の父は……秘密裏にガンダムを開発していた。」
ノンはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「それを知った時、このまま完成すれば休戦協定なんて簡単に壊れると思った。」
彼女の瞳には迷いはない。
「だから私は止めようとした。」
その言葉には強い意志が込められていた。
「グレアー達、志を同じくする仲間を集めて、ベルーガとガンダムを盗み出した。」
グレアーは静かに腕を組んだまま頷く。
「そして、親地球派コロニーでもあるイベントリーコロニーへ運び込んだ。」
部屋の誰も口を挟まない。
「そこで秘密裏にガンダムを破壊して、戦争の火種そのものを消す。」
ノンは自分に言い聞かせるように続ける。
「それが私達の目的だった。」
話し終えると、部屋には静寂だけが残った。
ナーベルは数秒黙ったまま酒瓶を手に取る。
一口だけ酒を飲み、肩をすくめた。
「……だがよ。」
その一言で空気が変わる。
「ガンダムはここにある。」
酒瓶を軽く揺らす。
「しかも動画になって世界中へ広まっちまってる。」
ナーベルは苦笑した。
「こんな辺境でもニュースくらい見れるんだぜ?」
その言葉が、ケンの胸へ突き刺さる。
「それは……俺が――」
ケンは思わず立ち上がりかける。
全部、自分の責任だ。
そう言おうとした。
だが。
「ケン。」
ノンが静かに遮った。
ケンは言葉を飲み込む。
ノンは小さく首を横へ振ると、再びナーベルへ向き直った。
「私が少し目を離している間に……」
その口元に、自嘲気味な笑みが浮かぶ。
「色々あってね。」
肩を小さく落とした。
「何も知らないケンが……ガンダムを組み上げてしまって。」
ケンは俯いたまま動けない。
「しかも、それを動画にして世界へ公開した。」
ノンは苦笑する。
「その後は、追われて、逃げて……今に至る。」
最後の言葉は、小さく消えそうだった。
「……という感じよ。」
一度だけ深く息を吐く。
「ホント、何してんだろう……私。」
その声には、自分自身への呆れと後悔が滲んでいた。
戦争を止めようとして盗み出したガンダム。
それが今では、世界中が知る存在になってしまった。
しかも、それをきっかけに休戦は崩れた。
目的とは真逆の結果。
ノンの胸を締め付けるのは、自責の念だけだった。
部屋の中は静まり返っている。
誰も軽々しく言葉をかけられなかった。
ナーベルは酒瓶を机へ置き、腕を組む。
そして、真っ直ぐノンを見据えた。
「……なるほどな。」
その声に責める色はない。
ただ、事実を整理するような響きだった。
「事情は分かった。」
一拍置く。
「だが、一つだけ分からねぇ。」
ナーベルの鋭い視線がノンを射抜く。
「それで――」
「アンタらは、結局何がしたいんだい?」
部屋の空気が再び張り詰める。
ノンは俯いていた。
膝の横で拳を握り締めている。
戦争は始まってしまった。
自分の目的は失敗した。
何もかも遅かった。
そんな思いが頭をよぎる。
それでも。
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、迷いはなかった。
真っ直ぐナーベルを見据える。
「――戦争を止めたいわ。」
はっきりと言い切った。
「それは、今も変わらない。」
その一言に、部屋の空気が止まる。
ナーベルはしばらくノンを見つめていた。
そして、小さく息を吐く。
「……そうか。」
だが、その直後。
船長としての現実を突き付けるように、静かに口を開いた。
「でもよ。」
ナーベルは背もたれへゆっくりともたれ掛かる。
「もう戦争は起きちまってる。」
その一言に、ノンは真っ直ぐナーベルを見返した。
「まだよ。」
迷いのない声だった。
「まだ本当の戦争は始まってない。」
ナーベルは黙って聞いている。
「私は諦めない。」
ノンは拳を握り締めた。
「戦争は、まだ止められる。」
しばらく部屋は静まり返る。
やがてナーベルは小さく息を吐くと、隣に座るオーガへ視線を向けた。
「オーガ。」
短い呼び掛け。
オーガ=ワーイックは無言で立ち上がると、壁際へ歩いていく。
机の上に置かれていたリモコンを手に取ると、ボタンを押した。
低い駆動音と共に正面の壁が淡く光り始める。
やがて一面が巨大なスクリーンへと変わった。
ニュース番組が映し出される。
『続いて、地球連邦とコロニー連合の緊張状態についてです。』
女性キャスターの落ち着いた声が部屋へ響いた。
『コロニー連合は、地球連邦が休戦協定を破り、秘密裏にガンダムを開発していたとして、改めて強く非難しました。』
画面にはコロニー連合の記者会見が映る。
『これに対し地球連邦は、そのような事実は一切存在しないと全面否定。』
映像が切り替わる。
『また、問題となったガンダムが発見された場所はイベントリーコロニーであることから、コロニー連合による自作自演ではないかと反論しています。』
次の映像。
宇宙空間に並ぶ無数の戦艦。
『双方の主張は平行線を辿り、地球連邦軍は演習と称し月軌道へ艦隊を展開。』
反対側にはコロニー連合軍の艦隊。
『これを挑発行為と受け取ったコロニー連合も艦隊を展開しました。』
画面には月が映る。
その裏側を挟むように、二つの艦隊が向かい合っていた。
『現在、両軍は地球から見て月の裏側において睨み合いを続けています。』
『現時点で発砲は確認されていませんが、一触即発の状況が続いています。』
部屋の空気が重くなる。
誰も言葉を発しない。
ニュースはさらに続いた。
『続いて、先日ネット上へ投稿され、大きな波紋を呼んだ映像です。』
スクリーンに切り替わったのは、ケンには見覚えしかない映像だった。
『うわぁ……マジであった……!』
興奮した自分の声。
画面いっぱいに映る、ジャンクパーツを纏ったダウト。
『ガンダム見つけました!』
そこで動画は終わる。
ケンの顔から血の気が引いた。
「うわぁ……。」
思わず漏れた声は震えていた。
キャスターはそのまま読み上げる。
『この映像を投稿した人物と思われる、動画投稿者”ケンケン”ことケン=大神は、ガンダムと共に現在も行方不明となっています。』
ケンの身体が固まる。
『また、イベントリーコロニー内で戦闘行為を行ったと見られ、現在、テロ行為の疑いで国際指名手配されています。』
一瞬。
部屋の時間が止まった。
「…………は?」
ケンは呆然とスクリーンを見つめる。
何か聞き間違えた気がした。
「え?」
もう一度画面を見る。
ニュースキャスターは真面目な顔で原稿を読み続けている。
聞き間違いではない。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」
部屋中にケンの悲鳴が響いた。
「こ、国際指名手配ぇぇぇぇぇっ!!?」
勢いよく立ち上がる。
「テロ!? 俺が!?」
「そんなことしてないって!」
「動画上げただけだよ!?」
「なんでぇぇぇぇぇ!!」
頭を抱え、その場で右往左往するケン。
あまりにも必死な姿に、ナーベルは数秒ぽかんと眺めていた。
そして――。
「ぶっ!」
吹き出した。
「あっはっはっはっはっ!!」
腹を抱えて笑い出す。
「船長……。」
オーガが呆れたように見るが、ナーベルは止まらない。
「あははははっ!」
涙まで浮かべながらケンを指差した。
「おっ、お前!」
笑い過ぎて息を整える。
「お前もこっち側の人間になっちまったな!」
ケンは涙目で振り返る。
「笑い事じゃないですよ!」
「俺、国際指名手配ですよ!?」
「人生終わってるじゃないですか!」
「そう落ち込むなって!」
ナーベルはケンの肩をばんばん叩いた。
「海賊もテロリストも、世間から見りゃ似たようなもんだ!」
「似てません!!」
即座に叫ぶケン。
部屋の空気が少しだけ和らぐ。
ノンも思わず口元を押さえ、小さく笑ってしまった。
さっきまでの重苦しい空気が、ほんの少しだけ軽くなる。
しかし、ナーベルは笑みを残したままスクリーンへ視線を向けた。
そこには今もなお、月の裏側で向かい合う両軍の艦隊が映し出されている。
笑い声はゆっくりと消えていった。
残るのは、張り詰めた現実だけ。
ナーベルは酒瓶を手に取ることもなく、小さく呟いた。
「……笑ってられる時間は、そう長くねぇ。」
その言葉に、誰も返事はできなかった。
月の裏側では、二つの艦隊が今も互いへ砲口を向け合っている。
引き金は、まだ引かれていない。
だが、その距離はあまりにも近かった。