機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第11話 「止めたかった戦争」

部屋に流れていた笑い声が、ゆっくりと消えていく。

 

 先ほどまで豪快に笑っていたナーベル=シーマは、酒瓶をテーブルへ静かに置くと、上座の椅子に深く腰掛け直した。

 

 その瞳から笑みは消えている。

 

 船長としての顔だった。

 

「さて――」

 

 低く落ち着いた声が部屋に響く。

 

「楽しい話はここまでだ。」

 

 ナーベルはテーブル越しにベルーガの面々を見渡した。

 

 グレアー。

 

 メイド長。

 

 おやっさん。

 

 そして、ノンとケン。

 

「アンタらが何者で、なんであんなガンダムを連れてるのか。」

 

 一拍置く。

 

「そろそろ全部聞かせてもらおうじゃねぇか。」

 

 重苦しい沈黙が部屋を包む。

 

 誰も口を開かない。

 

 ケンは膝の上で拳を握り締めていた。

 

 何から話せばいいのか。

 

 いや、話したところで信じてもらえるのか。

 

 そんな迷いが頭の中を巡る。

 

 その時だった。

 

 静かに椅子が引かれる音が響く。

 

 ノンだった。

 

 ゆっくりと立ち上がると、真っ直ぐナーベルを見据える。

 

 その表情からは、いつもの柔らかさは消えていた。

 

「……私が話すわ。」

 

 部屋の視線が、一斉にノンへ集まる。

 

 ナーベルは何も言わず、続きを促すように顎をしゃくった。

 

 ノンは小さく息を吸う。

 

「私は、地球連邦の高官の娘よ。」

 

 その一言だけで、部屋の空気が張り詰めた。

 

 グレアーも、おやっさんも、メイド長も知っている話だった。

 

 だが、ナーベル達にとっては初耳だ。

 

 ナーベルは眉一つ動かさず聞いている。

 

「私の父は……秘密裏にガンダムを開発していた。」

 

 ノンはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「それを知った時、このまま完成すれば休戦協定なんて簡単に壊れると思った。」

 

 彼女の瞳には迷いはない。

 

「だから私は止めようとした。」

 

 その言葉には強い意志が込められていた。

 

「グレアー達、志を同じくする仲間を集めて、ベルーガとガンダムを盗み出した。」

 

 グレアーは静かに腕を組んだまま頷く。

 

「そして、親地球派コロニーでもあるイベントリーコロニーへ運び込んだ。」

 

 部屋の誰も口を挟まない。

 

「そこで秘密裏にガンダムを破壊して、戦争の火種そのものを消す。」

 

 ノンは自分に言い聞かせるように続ける。

 

「それが私達の目的だった。」

 

 話し終えると、部屋には静寂だけが残った。

 

 ナーベルは数秒黙ったまま酒瓶を手に取る。

 

 一口だけ酒を飲み、肩をすくめた。

 

「……だがよ。」

 

 その一言で空気が変わる。

 

「ガンダムはここにある。」

 

 酒瓶を軽く揺らす。

 

「しかも動画になって世界中へ広まっちまってる。」

 

 ナーベルは苦笑した。

 

「こんな辺境でもニュースくらい見れるんだぜ?」

 

 その言葉が、ケンの胸へ突き刺さる。

 

「それは……俺が――」

 

 ケンは思わず立ち上がりかける。

 

 全部、自分の責任だ。

 

 そう言おうとした。

 

 だが。

 

「ケン。」

 

 ノンが静かに遮った。

 

 ケンは言葉を飲み込む。

 

 ノンは小さく首を横へ振ると、再びナーベルへ向き直った。

 

「私が少し目を離している間に……」

 

 その口元に、自嘲気味な笑みが浮かぶ。

 

「色々あってね。」

 

 肩を小さく落とした。

 

「何も知らないケンが……ガンダムを組み上げてしまって。」

 

 ケンは俯いたまま動けない。

 

「しかも、それを動画にして世界へ公開した。」

 

 ノンは苦笑する。

 

「その後は、追われて、逃げて……今に至る。」

 

 最後の言葉は、小さく消えそうだった。

 

「……という感じよ。」

 

 一度だけ深く息を吐く。

 

「ホント、何してんだろう……私。」

 

 その声には、自分自身への呆れと後悔が滲んでいた。

 

 戦争を止めようとして盗み出したガンダム。

 

 それが今では、世界中が知る存在になってしまった。

 

 しかも、それをきっかけに休戦は崩れた。

 

 目的とは真逆の結果。

 

 ノンの胸を締め付けるのは、自責の念だけだった。

 

 部屋の中は静まり返っている。

 

 誰も軽々しく言葉をかけられなかった。

 

 ナーベルは酒瓶を机へ置き、腕を組む。

 

 そして、真っ直ぐノンを見据えた。

 

「……なるほどな。」

 

 その声に責める色はない。

 

 ただ、事実を整理するような響きだった。

 

「事情は分かった。」

 

 一拍置く。

 

「だが、一つだけ分からねぇ。」

 

 ナーベルの鋭い視線がノンを射抜く。

 

「それで――」

 

「アンタらは、結局何がしたいんだい?」

 

 部屋の空気が再び張り詰める。

 

 ノンは俯いていた。

 

 膝の横で拳を握り締めている。

 

 戦争は始まってしまった。

 

 自分の目的は失敗した。

 

 何もかも遅かった。

 

 そんな思いが頭をよぎる。

 

 それでも。

 

 ゆっくりと顔を上げる。

 

 その瞳には、迷いはなかった。

 

 真っ直ぐナーベルを見据える。

 

「――戦争を止めたいわ。」

 

 はっきりと言い切った。

 

「それは、今も変わらない。」

 

 その一言に、部屋の空気が止まる。

 

 ナーベルはしばらくノンを見つめていた。

 

 そして、小さく息を吐く。

 

「……そうか。」

 

 だが、その直後。

 

 船長としての現実を突き付けるように、静かに口を開いた。

 

「でもよ。」

 

 ナーベルは背もたれへゆっくりともたれ掛かる。

 

「もう戦争は起きちまってる。」

 

 その一言に、ノンは真っ直ぐナーベルを見返した。

 

「まだよ。」

 

 迷いのない声だった。

 

「まだ本当の戦争は始まってない。」

 

 ナーベルは黙って聞いている。

 

「私は諦めない。」

 

 ノンは拳を握り締めた。

 

「戦争は、まだ止められる。」

 

 しばらく部屋は静まり返る。

 

 やがてナーベルは小さく息を吐くと、隣に座るオーガへ視線を向けた。

 

「オーガ。」

 

 短い呼び掛け。

 

 オーガ=ワーイックは無言で立ち上がると、壁際へ歩いていく。

 

 机の上に置かれていたリモコンを手に取ると、ボタンを押した。

 

 低い駆動音と共に正面の壁が淡く光り始める。

 

 やがて一面が巨大なスクリーンへと変わった。

 

 ニュース番組が映し出される。

 

『続いて、地球連邦とコロニー連合の緊張状態についてです。』

 

 女性キャスターの落ち着いた声が部屋へ響いた。

 

『コロニー連合は、地球連邦が休戦協定を破り、秘密裏にガンダムを開発していたとして、改めて強く非難しました。』

 

 画面にはコロニー連合の記者会見が映る。

 

『これに対し地球連邦は、そのような事実は一切存在しないと全面否定。』

 

 映像が切り替わる。

 

『また、問題となったガンダムが発見された場所はイベントリーコロニーであることから、コロニー連合による自作自演ではないかと反論しています。』

 

 次の映像。

 

 宇宙空間に並ぶ無数の戦艦。

 

『双方の主張は平行線を辿り、地球連邦軍は演習と称し月軌道へ艦隊を展開。』

 

 反対側にはコロニー連合軍の艦隊。

 

『これを挑発行為と受け取ったコロニー連合も艦隊を展開しました。』

 

 画面には月が映る。

 

 その裏側を挟むように、二つの艦隊が向かい合っていた。

 

『現在、両軍は地球から見て月の裏側において睨み合いを続けています。』

 

『現時点で発砲は確認されていませんが、一触即発の状況が続いています。』

 

 部屋の空気が重くなる。

 

 誰も言葉を発しない。

 

 ニュースはさらに続いた。

 

『続いて、先日ネット上へ投稿され、大きな波紋を呼んだ映像です。』

 

 スクリーンに切り替わったのは、ケンには見覚えしかない映像だった。

 

『うわぁ……マジであった……!』

 

 興奮した自分の声。

 

 画面いっぱいに映る、ジャンクパーツを纏ったダウト。

 

『ガンダム見つけました!』

 

 そこで動画は終わる。

 

 ケンの顔から血の気が引いた。

 

「うわぁ……。」

 

 思わず漏れた声は震えていた。

 

 キャスターはそのまま読み上げる。

 

『この映像を投稿した人物と思われる、動画投稿者”ケンケン”ことケン=大神は、ガンダムと共に現在も行方不明となっています。』

 

 ケンの身体が固まる。

 

『また、イベントリーコロニー内で戦闘行為を行ったと見られ、現在、テロ行為の疑いで国際指名手配されています。』

 

 一瞬。

 

 部屋の時間が止まった。

 

「…………は?」

 

 ケンは呆然とスクリーンを見つめる。

 

 何か聞き間違えた気がした。

 

「え?」

 

 もう一度画面を見る。

 

 ニュースキャスターは真面目な顔で原稿を読み続けている。

 

 聞き間違いではない。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」

 

 部屋中にケンの悲鳴が響いた。

 

「こ、国際指名手配ぇぇぇぇぇっ!!?」

 

 勢いよく立ち上がる。

 

「テロ!? 俺が!?」

 

「そんなことしてないって!」

 

「動画上げただけだよ!?」

 

「なんでぇぇぇぇぇ!!」

 

 頭を抱え、その場で右往左往するケン。

 

 あまりにも必死な姿に、ナーベルは数秒ぽかんと眺めていた。

 

 そして――。

 

「ぶっ!」

 

 吹き出した。

 

「あっはっはっはっはっ!!」

 

 腹を抱えて笑い出す。

 

「船長……。」

 

 オーガが呆れたように見るが、ナーベルは止まらない。

 

「あははははっ!」

 

 涙まで浮かべながらケンを指差した。

 

「おっ、お前!」

 

 笑い過ぎて息を整える。

 

「お前もこっち側の人間になっちまったな!」

 

 ケンは涙目で振り返る。

 

「笑い事じゃないですよ!」

 

「俺、国際指名手配ですよ!?」

 

「人生終わってるじゃないですか!」

 

「そう落ち込むなって!」

 

 ナーベルはケンの肩をばんばん叩いた。

 

「海賊もテロリストも、世間から見りゃ似たようなもんだ!」

 

「似てません!!」

 

 即座に叫ぶケン。

 

 部屋の空気が少しだけ和らぐ。

 

 ノンも思わず口元を押さえ、小さく笑ってしまった。

 

 さっきまでの重苦しい空気が、ほんの少しだけ軽くなる。

 

 しかし、ナーベルは笑みを残したままスクリーンへ視線を向けた。

 

 そこには今もなお、月の裏側で向かい合う両軍の艦隊が映し出されている。

 

 笑い声はゆっくりと消えていった。

 

 残るのは、張り詰めた現実だけ。

 

 ナーベルは酒瓶を手に取ることもなく、小さく呟いた。

 

「……笑ってられる時間は、そう長くねぇ。」

 

 その言葉に、誰も返事はできなかった。

 

 月の裏側では、二つの艦隊が今も互いへ砲口を向け合っている。

 

 引き金は、まだ引かれていない。

 

 だが、その距離はあまりにも近かった。

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