機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
部屋の中に、重苦しい空気が流れていた。
スクリーンに映し出されていたニュースはすでに消え、壁は元の無機質な姿へ戻っている。
しかし、先ほど見た映像は誰の頭からも離れなかった。
月の裏側で睨み合う両軍の艦隊。
そして、自分たちがその原因となってしまったという現実。
ナーベル=シーマは大きく息を吐くと、酒瓶を手に取った。
ぐいっと一口あおる。
「……まぁ。」
酒瓶を机へ置き、腕を組む。
「補給くらいはしてやる。」
その言葉にノンが顔を上げる。
「約束だからな。」
ナーベルは椅子へ深く腰掛けたまま続けた。
「だがよ。」
真っ直ぐノンを見据える。
「戦争を止めるなんて、一介の海賊にゃ無理だぜ。」
ふんぞり返るように椅子へもたれた。
「アタシらは戦争で生きてきた人間だ。」
「止める側じゃねぇ。」
ノンはゆっくりと立ち上がる。
その瞳には迷いがなかった。
「……分かっています。」
一度だけ息を吸う
。
「私達が始めた事です。」
ナーベルは黙って聞いている。
「だから、私達で止めます。」
その決意だけは揺らがなかった。
数秒の沈黙。
やがてナーベルは小さく笑った。
「決意は固いみてぇだけどよ。」
酒瓶を軽く揺らす。
「どうすんだい?」
ノンは答えられない。
「ワタシらが言えることじゃねぇが。」
ナーベルは部屋の隅へ立て掛けられているケンのダウトを親指で示した。
「一隻の戦艦と。」
今度はケンを見る。
「ゴミみてぇなガンダム一機で。」
酒をもう一口飲む。
「何ができんだい?」
その言葉は容赦がなかった。
誰も反論できない。
ベルーガは一隻だけ。
ダウトもまともな装備すらない。
相手は地球連邦とコロニー連合。
二つの巨大な国家。
あまりにも戦力差がありすぎた。
ノンは唇を噛み締める。
グレアーも腕を組んだまま俯く。
おやっさんは深く息を吐き、メイド長は静かにノンの後ろへ立っていた。
誰も答えを持っていない。
「……ま。」
ナーベルは立ち上がる。
「約束は約束だ。」
酒瓶を肩へ担ぎながら扉へ向かう。
「補給はしてやる。」
扉の前で立ち止まる。
「それまではゆっくりしてけ。」
振り返らずに続けた。
「好きに街を見て回っても構わねぇ。」
そこでようやく振り返る。
「ただし、面倒だけは起こすなよ。」
そう言い残し、部屋を出て行った。
静かに扉が閉まる。
部屋に残ったのはベルーガの五人とオーガだけだった。
オーガはナーベルが出て行った扉を一度見つめる。
そしてベルーガの面々へ向き直った。
「この部屋は自由に使って構わない。」
相変わらず淡々とした口調。
「外出も、こちらへ迷惑を掛けなければ自由だ。」
それだけ言うと、オーガも部屋を出ようと踵を返した。
「あ、あの!」
突然、ケンが声を上げる。
オーガが立ち止まった。
少しだけ首を動かし、振り返る。
「この拠点の街って……撮影とかしていいですか?」
「撮影?」
オーガは珍しく目を丸くした。
まさかそんな質問が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。
「えっと……。」
ケンは慌てて両手を振る。
「あ、ダメならいいんだけど!」
「その……珍しい機械とかいっぱいあるし。」
視線が泳ぐ。
「小惑星の中に街があるなんて初めて見たし……。」
少しずつ声が小さくなる。
その横でノンが呆れたようにため息を吐いた。
「あんた。」
ケンの肩が跳ねる。
「こんな時に、また動画にしようとしてるの?」
ノンの視線が鋭く突き刺さる。
「い、いや!」
ケンは慌てて首を横へ振る。
「記録として残したりとか……。」
「色々……。」
ノンがじっと睨み続ける。
ケンの声はどんどん小さくなっていった。
「……とか。」
沈黙。
オーガは二人を交互に見た。
そして小さく息を吐く。
「揉めるなら、そちらだけでやってくれ。」
その言葉に二人は同時に黙る。
「撮影に関しては構わない。」
ケンの顔が少し明るくなる。
「ただし。」
オーガの目が鋭くなった。
「ここは海賊の拠点だ。」
「場所が特定できるような物は撮るな。」
そしてもう一つ。
「動画もアップするな。」
部屋の空気が少し張る。
「もし投稿したなら。」
オーガは無表情のまま言った。
「地の果てまで追い掛け、始末する。」
あまりにも淡々とした口調だった。
だからこそ冗談には聞こえない。
「は、はい……。」
ケンは青ざめながら何度も頷いた。
オーガはそれ以上何も言わず、静かに部屋を後にした。
扉が閉まる。
再び沈黙だけが残った。
誰も口を開かない。
重い空気。
その沈黙を破ったのは、ケンだった。
「……俺の動画が原因なんですよね。」
ぽつりと漏らしたその言葉に、全員の視線が集まる。
ケンは俯いたままだった。
「俺があんな動画を上げなければ。」
「こんなことには……。」
「貴方だけのせいじゃないわ。」
ノンが静かに言う。
「私が、そもそもあの場所を離れなければ。」
自分を責めるように俯く。
「全部……私の責任でもある。」
二人とも、自分ばかりを責めていた。
その姿を見ていたグレアーは、大きく息を吸う。
そして。
パンッ!
乾いた音が部屋へ響いた。
両手を力強く叩いたのだ。
「お嬢も坊主も。」
いつもの落ち着いた声。
「暗いですぜ。」
ケンとノンが顔を上げる。
「過去には戻れやせん。」
グレアーは二人を見回した。
「これからの事を考えやしょう。」
グレアーの言葉が部屋に響く。
「過去には戻れやせん。」
その一言は、ケンにもノンにも痛いほど伝わった。
どれだけ後悔しても。
どれだけ自分を責めても。
時間だけは巻き戻らない。
部屋には再び静かな空気が流れる。
今度は先ほどまでとは少し違う。
沈み込むような重さではなく、どうすればいいのか答えを探している静けさだった。
「と言ってもよ。」
おやっさんが頭を掻きながら大きく息を吐く。
「俺はMSの装備くらいしか出来んぞ。」
そう言って両手を軽く上げる。
「武器を作るなり、直すなりは出来る。だが戦争を止める方法なんざ分からん。」
苦笑混じりの言葉だった。
メイド長は変わらずノンの後ろへ静かに立っている。
何も言わない。
しかし、その視線だけは主であるノンへ向けられていた。
グレアーは腕を組み、ゆっくりと現状を整理するように話し始める。
「とりあえず連邦にはもう帰れやせん。」
誰も否定しない。
「俺達はもう反逆者です。」
ノンが静かに目を閉じる。
「坊主も指名手配になっちまいやしたし。」
ケンは肩を落とした。
「どうにもならないってのが現状ですね。」
淡々とした口調だからこそ、その現実が重くのしかかる。
「まさに、お手上げね……。」
ノンは額へ手を当て、そのまま椅子にもたれ掛かった。
頭の中では何度も考えている。
戦争を止めたい。
その想いだけは変わらない。
だが、その方法が何一つ思い浮かばない。
部屋にはまた沈黙が流れた。
誰も口を開かない。
時計の針の音すら聞こえてきそうな静けさだった。
「あのさ……。」
不意に、小さな声が響く。
全員が顔を上げた。
ケンだった。
少し言いづらそうに頭を掻きながら、皆の顔を見渡している。
「戦争したくない人って……どれくらいいるのかな?」
一瞬。
全員がぽかんとした。
「そんなの。」
ノンがすぐに答える。
「沢山いるに決まってるでしょ。」
少し強い口調だった。
「戦争したい人間なんていないわよ!」
その勢いにケンは肩をびくっと震わせる。
「うっ……。」
思わず身を縮める。
「だからさ……。」
それでもケンは続けた。
「そういう声を集めて動画にしたら……。」
部屋の全員がケンを見る。
「戦争、止められないかな?」
静まり返る部屋。
「はぁ?」
ノンが眉をひそめる。
「また動画?」
呆れたような声だった。
ケンは慌てて両手を振る。
「いや、違うって!」
「お嬢。」
グレアーが静かにノンを制した。
「坊主、続けてください。」
ノンは不満そうな顔をしながらも黙る。
ケンは少し安心したように息を吐いた。
「今まで俺の動画なんて。」
苦笑する。
「登録者もほとんどいなかったし、再生数も二桁とか三桁ばっかりだったんだ。」
誰にも見向きもされなかった動画。
それでも投稿を続けていた。
「でも。」
ケンは顔を上げる。
「今回の動画は世界中に広がった。」
その言葉に全員が黙る。
「だったらさ。」
ケンはゆっくりと言葉を選ぶ。
「ガンダムを使って、戦争反対の動画を上げれば……。」
自分でも突拍子もない考えだと思っている。
それでも口は止まらなかった。
「もっと広がるんじゃないかなって。」
グレアーは腕を組んだ。
難しい顔で考え込んでいる。
「軍じゃなく、市民の反対なら……。」
ぽつりと呟く。
「確かに効果はあるかもしれやせんね……。」
ノンも驚いたようにグレアーを見る。
「本気で言ってるの?」
「可能性の話です。」
グレアーは冷静だった。
「両軍とも世論は無視できやせん。」
その言葉に部屋の空気が少し変わる。
「しかし。」
今度はおやっさんが腕を組む。
「この前みたいにMSが出てきたらどうすんだ?」
もっともな疑問だった。
戦争反対を訴えようとしても、敵が襲ってくれば戦わなければならない。
ケンは少し考え込む。
「簡単じゃないけど……。」
ゆっくりと口を開く。
「ダウトのハッキング機能で止めるとか……?」
おやっさんが眉を上げる。
「ダウトなら戦闘ログも残ってるし。」
ケンは続けた。
「コックピット映像も録画されてる。」
「戦ってる兵士がどんな顔で戦ってるのか。」
「その映像も使えば……。」
言い終える頃には、自信があるというより不安そうな表情になっていた。
「どうかなって……。」
おやっさんは数秒ケンを見つめていた。
そして、にやりと笑う。
「ほぅ。」
立ち上がると、ケンの肩を力強く叩いた。
「坊主にしては大胆な思い付きじゃねぇか。」
「い、痛っ!」
よろけるケン。
その姿に、少しだけ笑みがこぼれる。
グレアーは静かに頷いた。
「どっちにしろ、今の状況じゃどうにもなりやせん。」
その言葉に全員が頷く。
「ですが。」
グレアーの目に、わずかな光が宿る。
「戦争反対を訴え続ければ。」
「支援してくれる人も現れるかもしれやせん。」
そしてノンを見る。
「お嬢。」
一呼吸置く。
「やってみやせんか?」
ノンはしばらく何も言わなかった。
ケンを見る。
不安そうにこちらを見返す少年。
戦争を始めたきっかけを作ってしまった少年。
それでも今、自分なりに答えを見つけようとしている。
ノンはゆっくりと顔を上げた。
「……ケンの意見って。」
ケンが身構える。
「正直、不安しかないけど。」
「えぇっ。」
思わず情けない声が漏れる。
「それしかなさそうね。」
ノンは小さく笑った。
その表情には、先ほどまでの暗さはなかった。
「不安ってなんだよ……。」
ケンは頬を膨らませる。
その様子を見て、おやっさんが吹き出す。
グレアーも静かに笑い、メイド長の口元もわずかに緩んだ。
重苦しかった部屋に、久しぶりに小さな笑い声が響く。
戦争を止める方法なんて、まだ誰にも分からない。
成功する保証もない。
それでも――。
初めて彼らは、自分たちが進むべき道を見つけた気がしていた。
ガンダムで戦争を終わらせるのではない。
ガンダムを通して、人々へ想いを届ける。
その小さな答えが、彼らの新たな一歩となろうとしていた。