機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
レッドスワン海賊団の本拠地。
ナーベルから借り受けた部屋では、それぞれが自分の役目を果たしていた。
壁際のテーブルには星図や航路図、各コロニーの情報が映し出された端末が並び、部屋の空気は静かでありながら張り詰めている。
「……ここもか。」
グレアーは画面を指でなぞりながら呟いた。
「反戦を掲げるコロニーは思ったより多い。ただ、どこも表立っては動けない。」
隣ではメイド長も別の資料を確認していた。
「こちらは中立を宣言しているコロニーです。規模は小さいですが、軍の監視が比較的緩く、民間船の出入りもあります。」
「補給や情報交換には使えそうね。」
ノンが画面を覗き込む。
「ええ。」
メイド長は静かに頷いた。
「ですが、どこも情勢は不安定です。私達を受け入れる保証はありません。」
「保証なんて最初から期待してねぇさ。」
グレアーは椅子にもたれた。
「今は一つでも選択肢を増やす。それだけで十分だ。」
ノンは真剣な表情で資料を見つめる。
戦争を止める。
そう決めた以上、進まなければならない。
だが、何から始めればいいのか。
答えを探す時間は、決して無駄ではなかった。
その一方。
部屋の隅ではケンが一人、端末を睨み続けていた。
「……。」
画面に映るのは、自分のチャンネル。
『ケンケンちゃんネル』
登録者数。
再生回数。
コメント。
どれも見慣れた数字だった。
「はぁ……。」
思わずため息が漏れる。
「どうしたの?」
ノンが後ろから声を掛けた。
ケンは慌てて画面を閉じる。
「いや……。」
「さっきさ、俺が『動画で戦争を止めよう』なんて言ったじゃん。」
「ああ。」
「でもさ。」
ケンは苦笑した。
「冷静になって考えたら、俺の動画なんて誰も見ねぇんだよな。」
ノンは首を傾げる。
「そうなの?」
「そうなの。」
ケンは情けなさそうに笑う。
「今まで登録者なんて二桁ギリギリ。」
「動画も三桁再生いけば『おっ、今日ちょっと伸びた』って喜ぶくらい。」
「『ガンダム見つけました!』からなんだよ。」
「あれから急に何千何百万回も見られて。」
「今でこそ登録者も増えたけど、それ以外の動画は、いつもの俺。」
ノンは履歴画面を見つめた。
そこには先日まで決して人気とは言えない数字が並んでいる。
ケンは頭を掻いた。
「だからさ……。」
「俺一人じゃ駄目かもしれない。」
少し言いづらそうに視線を逸らす。
「……ノン。」
「一つ頼みがある。」
「何?」
「動画に出てくれないか。」
一瞬、部屋の空気が止まった。
「……私が?」
「うん。」
ケンは頷く。
「やっぱり、写り映えする子が出てる動画の方が批判も少ないし見られる回数も多いんだよ……単純に。」
「顔出しとか嫌なら、その赤いパーカーあるだろ?」
ノンは自分の袖を見る。
「フードを被ったままなら顔も分かりにくいし。」
「赤ずきんみたいで印象にも残る。」
「動画ってさ、内容も大事だけど、まず見てもらわなきゃ始まらないんだ。」
ノンは黙ったままケンを見つめる。
ケンは慌てて手を振った。
「あ、いや!」
「別に利用したいとかじゃなくて!」
「その……。」
言葉が詰まる。
「……違う。」
自分でそう呟いた。
「違うんだ。」
「昨日までは、動画なんてバズればいいって思ってた。」
「でも今は違う。」
ケンは真っ直ぐノンを見る。
「見てもらわなきゃ。」
「戦争を止められない。」
「だから……。」
「力を貸してほしい。」
部屋が静まり返る。
グレアーもメイド長も、自然と手を止めて二人を見ていた。
ノンは俯く。
自分の手を見つめる。
赤いパーカー。
この服を着て、ベルーガへ盗み出した日を思い出す。
あの日、自分は決断した。
あのフレームを。
ベルーガを。
連邦から持ち出すと。
あれが正しかったのか。
今でも答えは分からない。
けれど。
静かに口を開く。
「……私が。」
ケンが顔を上げる。
「私が、あのガンダムを持ち出さなければ。」
「こんなことにはならなかったのかもしれない。」
誰かを責める口調ではなかった。
自分自身へ向けた、小さな懺悔だった。
「ノン……。」
「もちろん。」
ノンは首を横に振る。
「戦争の原因が、それだけじゃないことくらい分かってる。」
「でも。」
「きっかけの一つになったのは事実。」
部屋に沈黙が流れる。
ノンはゆっくりと顔を上げた。
その瞳には迷いはなかった。
「だから。」
「私も、この戦争を止めるためにやるわ。」
ケンの目が大きく見開かれる。
「本当に?」
「ええ。」
ノンは小さく微笑んだ。
「顔は隠すけどね……事情があるの。」
「でも。」
「あなたと一緒に動画を作る。」
ケンは思わず笑顔になった。
「ありがとう。」
「一人じゃ無理だと思ってた。」
「二人なら。」
「少しは届くかもしれない。」
そのやり取りを見つめながら、おやっさんは腕を組む。
視線の先にあるのは、ケンではない。
ベルーガの格納庫で眠るガンダムダウトだった。
XF-Gフレームの上に、ケンが拾い集めたジャンクパーツを取り付けただけの装甲。
あれでここまで生き残ったこと自体が奇跡と言っていい。
だが──。
(この先も、あのままってわけにはいかねぇ。)
整備士としての経験が告げていた。
本当の戦場へ踏み込めば、今のダウトでは限界が来る。
強化が必要だ。
それも、一刻も早く。
そう決意した、その時。
コンコン、ノックがしたと思ったら扉勢いよく開けられた。
「入るぜ!。」
返事を待たず、ナーベルが扉を開ける。
後ろには腕を組んだオーガが続いていた。
オーガは無言で端末をテーブルへ置く。
「頼まれていた補給品だ。」
グレアーが端末を受け取り、内容を確認する。
「食料、飲料水、医療品……生活用品も一通り揃っています。」
メイド長も画面を覗き込み、小さく頷いた。
「これだけあれば、しばらくは問題ありません。」
ナーベルは腕を組み、鼻を鳴らす。
「勘違いすんなよ。」
「情けで渡してる訳じゃねぇ。」
「決闘で負けたのはアタシだ。」
「約束は守る。」
「海賊にも矜持ってもんがあるからな。」
その言葉にグレアーは静かに頭を下げた。
「感謝します。」
部屋に一瞬静寂が訪れる。
その空気を破るように、おやっさんが口を開いた。
「ナーベル。」
「あ?」
「もう一つ頼みがある。」
ナーベルの表情が少しだけ引き締まる。
「ダウト用のMSパーツを譲ってくれ。」
「装甲でも武器でもいい。」
ナーベルは即座に首を横へ振った。
「断る。」
「こっちも戦力に余裕はねぇ。」
「MSのパーツは命綱だ。」
「そう簡単に手放せるもんじゃねぇよ。」
予想していた返答だった。
おやっさんは黙って頷き、少しだけ考え込む。
そして顔を上げた。
「……なら。」
「ブルーガ一機出すってのはどうだ?。」
部屋の空気が止まる。
「えっ?」
ケンが思わず声を漏らす。
「ちょっと待ってください!」
ノンが立ち上がった。
「ブルーガはベルーガの貴重な戦力です!」
「勝手に交換の話を進めないでください!」
「お嬢。」
グレアーが静かに呼ぶ。
ノンはグレアーを見る。
「ですが……!」
「お気持ちは分かります。」
「ですが、おやっさんにも考えがあっての提案でしょう。」
「最後まで聞きましょう。」
ノンは納得いかない表情で、ゆっくりと腰を下ろした。
ナーベルは腕を組んだまま、おやっさんを見る。
「理由を聞こうか。」
おやっさんはダウトへ視線を向けた。
「あの機体は、坊主がジャンクをかき集めて形にした機体だ。」
「今まではそれでよかった。」
「だが、これからは違う。」
「戦場は宇宙になる。」
「必要なのは地球性MSの装甲じゃねぇ。」
「宇宙戦を想定したMSのパーツや装甲と武装だ。」
「ブルーガ一機を失ってでも、その方が坊主の生存率は上がる。」
誰も口を挟まない。
おやっさんはゆっくりとナーベルへ向き直る。
「頼む。」
そして床へ膝をついた。
「お、おやっさん!」
ケンが慌てて駆け寄る。
しかし、おやっさんは頭を上げない。
「俺ぁ整備屋だ。」
「機体を整備して。」
「乗る奴を、生きて帰らせる。」
拳を握り締める。
「ダウトのフレームは本物だ。」
「だが、今の外装は戦争を戦うためのもんじゃねぇ。」
「坊主の夢を形にしただけだ。」
声に力が宿る。
「このまま送り出すなんざ……。」
「整備員の矜持ってもんが許さねぇ!!」
部屋に、その叫びが響き渡る。
ケンは静かにダウトの事を頭に思い浮かべる。
確かにそうだった。
あれは自分が想像したガンダムを形にしただけ。
本当に戦うためのMSではない。
ケンは、おやっさんの隣へ歩いた。
そして同じように膝をつき、頭を下げる。
「お願いします。」
「俺……。」
「この戦争を止めたい。」
「そのために、ダウトをもっと強くしたい。」
「力を貸してください。」
長い沈黙が流れる。
ナーベルは二人を見つめたまま腕を組み直した。
「……チッ。」
小さく舌打ちすると、ゆっくり口を開く。
「ブルーガ一機か。」
「交換条件としては悪くねぇ。」
ノンが息を呑む。
「だが。」
ナーベルは、おやっさんを真っ直ぐ見据えた。
「そこまで腹くくってんなら、こっちも中途半端な仕事はしねぇ。」
「装甲も武器も好きなだけ持っていけ。」
「その代わり、連邦製のMSはいただいてくぜ。」
おやっさんは深く頭を下げた。
「ありがとう。」
ナーベルは肩をすくめる。
「礼はいらねぇ。」
「これは取引だ。」
「海賊は損な商売はしねぇからな。」
その言葉を聞き、おやっさんはようやく安堵の息を吐いた。
これでダウトは、ようやく本当の意味で戦場へ送り出せる機体へと生まれ変わる。
その確信が、おやっさんの胸にはあった。