機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
ベルーガ格納庫。
ダウトの前には、海賊達から運び込まれたMS用の装甲や武器が山のように積まれていた。
「おぉ……!」
ケンが思わず目を輝かせる。
「すげぇ……これ全部使っていいのか!」
おやっさんも腕を組みながら満足そうに頷いた。
「さすが海賊だ。」
「連邦製、コロニー製、メーカー不明まで何でもある。」
「これなら選び放題だ。」
ケンは一つ一つのパーツを手に取り、興奮気味に眺めていく。
「この肩装甲、推力付きだ!」
「こっちの脚部なんか宇宙用じゃん!」
「ライフルも種類が全然違う!」
少年のようにはしゃぐケンを見て、おやっさんは苦笑する。
「だから言ったろ。」
「整備屋にとっちゃ宝の山だ。」
近くの作業台へ紙を広げると、おやっさんは迷いなく鉛筆を走らせ始めた。
あっという間にダウトの正面図、側面図が描き上がる。
「ここをこの装甲にして……。」
「推進剤タンクは後ろへ。」
「姿勢制御スラスターも追加。」
次々と書き込まれていく設計図。
ケンも横から覗き込む。
「どうだ?」
「何か気付いた事あるか?」
ケンは少し考え込む。
ダウト。
XF-Gフレーム。
ハッキング。
頭の中で今までの戦闘を思い返す。
「……あ。」
「どうした?」
「ダウトって。」
「接触した時にハッキングしてる節があるんだよね。」
「だったらさ。」
ケンは設計図の腕を指差した。
「ワイヤーアンカーを改良して。」
「離れた場所からでも接触できるように出来ないかな?」
「直接掴まなくても。」
「ワイヤーが当たればハッキング出来るかもしれない。」
おやっさんの手が止まる。
「……なるほど。」
ニヤリと笑う。
「いいじゃねぇか。」
鉛筆が再び走る。
腕部から射出されるワイヤーアンカー。
巻き取り機構。
接触端子。
「採用だ。」
「後は実際に組んで試してみねぇとな。」
おやっさんは肩を鳴らしながら立ち上がる。
「よし。」
「始めるぞ。」
ケンも立ち上がる。
「俺も──」
「坊主。」
おやっさんが言葉を遮った。
顎で格納庫の入口を示す。
そこには。
ダウトを見上げながら静かに立つノンの姿があった。
「お前には他にやる事があるだろ。」
「……。」
「あ。」
ケンは頭を掻いた。
「動画。」
「そういうこった。」
おやっさんは笑う。
「こっちは任せろ。」
「はい!」
ケンは軽く頭を下げる。
「お願いします!」
そう言ってノンの元へ駆けていった。
「待たせた!」
ノンは腕を組みながら睨む。
「遅い。」
「ご、ごめん。」
「整備の話になると時間を忘れるんだから。」
ケンは苦笑いする。
その様子を、おやっさんはまるで保護者のような優しい目で見送っていた。
「行ってこい。」
二人はベルーガを降り、海賊達の街へ歩き出す。
小惑星内部に造られた街。
酒場。
市場。
整備工場。
子ども達が走り回り、露店では威勢のいい声が飛び交う。
海賊の拠点とは思えないほど活気に満ちていた。
「すごい……。」
ノンが辺りを見回す。
「こんな場所があるなんて。」
「俺もびっくりしてる。」
二人は店主や住民へ話を聞きながら歩いていく。
その途中だった。
「あ!」
ケンが立ち止まる。
「どうしたの?」
「ちょっとベルーガ戻ってくる!」
「え?」
返事も待たず走り去る。
数分後。
「お待たせー!」
戻ってきたケンを見て。
ノンは思わず固まった。
オレンジ色のツナギ。
首にはタオル。
頭にはゴーグル。
さっきまでの気弱そうな少年はどこにもいない。
「よーし!」
「撮っていこう!」
明るく笑う姿に、街の人達まで足を止める。
「あの……誰?さっきまでいた子だよね?」
ノンが呆れたように答える。
「ケンケンよ。」
「動画撮る時はこうなるの。」
「……。」
「どうせなら素材も集めちゃった方がいいかなってさ!」
ケンはもう周囲の視線など気にしていなかった。
完全に配信者の顔だった。
「こんにちはー!」
「ちょっとお話聞かせてもらってもいいですかー?」
気さくに声を掛けていく。
最初に捕まえたのは酒場帰りらしい男だった。
「戦争が始まったらどう思います?」
男は笑う。
「そりゃ稼ぎ時だ!」
「武器も物資も高く売れる!」
「海賊なんざ戦争があってなんぼだ!」
次は買い物帰りの老婆。
「戦争?」
「こんな辺境じゃあんまり関係ないんじゃないかい?」
「ニュースで騒いでるだけさ。」
整備士。
商人。
子ども。
返ってくる答えは人それぞれだった。
ノンは小声で尋ねる。
「……こんなの使えるの?」
ケンはカメラを止めながら笑う。
「分かんない。」
「でもさ。」
「生の声を届けるのが大事だろ?」
「まずは色々話を聞いていこう!」
「動画配信は一日にしてならず!だ!」
その笑顔は、普段ベルーガで見せるものとはまるで違っていた。
ノンは思わず笑ってしまう。
「本当に別人ね。」
「みんなそう言う。」
ケンは照れ笑いしながら再びカメラを回す。
二人はその後もしばらく街を歩き、人々へ話を聞き続けた。
海賊。
商人。
家族。
子ども。
それぞれが、それぞれの生活を送っている。
戦争という言葉一つでも、受け止め方はこんなにも違う。
ケンもノンも、自分達が今までいた世界とは違う現実を目の当たりにしていた。
「よぉ、お二人さん。」
聞き覚えのある声。
振り返ると、ナーベルが片手を上げて立っていた。
「どうだい。」
「俺達の街は。」
ノンは少し興奮気味に答える。
「知らなかったことばかり。」
「すごく刺激的だったわ。」
ケンもカメラを下ろす。
「動画にしても問題ないよな?」
「場所とか特定されそうなのは撮ってないと思うけど。」
「アップする前にはちゃんと見せるからさ。」
ナーベルは頷きかけ──
ふと首を傾げた。
「……ん?」
「坊や。」
「ずいぶん雰囲気違うな。」
「ケンケンよ。」
ノンが苦笑する。
「動画を撮る時はこうなるの。」
「はぁ?」
ナーベルは目を丸くした。
「変わりすぎだろ。」
「二重人格かぁ?」
「みんなそう言うわ……。」
ケンは苦笑いを浮かべる。
ナーベルとノンは呆れたように顔を見合わせた。
しかし。
ナーベルの表情がふっと真剣なものへ変わる。
「……まあいい。」
「お前らに話があんだけどさ。」
「ちょっと時間、いいか?」
ケンとノンは顔を見合わせ、小さく頷いた。
ナーベルを引き連れて、ケン達はベルーガへ戻ってきた。
格納庫では既に作業が始まっており、金属を叩く音や溶接の火花が絶え間なく飛び交っている。
「悪ぃな。」
ナーベルが格納庫を一瞥する。
「おやっさんにも話を聞いてもらいてぇところだが……。」
「今は無理ですね。」
グレアーもダウトへ目を向けた。
「改修を始めた以上、手を止める訳にはいきません。」
「新入ぃ! そこ邪魔だ! その装甲持って来い!」
格納庫の奥から、おやっさんの怒鳴り声が響く。
「は、はい!」
ケンが思わず返事をする。
「お前じゃねぇ!」
「そっちのうちの整備員だ!」
格納庫に笑いが起こる。
ナーベルも肩を竦めた。
「元気そうで何よりだ。」
「話はブリッジでしよう。」
⸻
ベルーガ・ブリッジ。
グレアー、メイド長、ケン、ノン。
そして向かい側にはナーベルとオーガが腰を下ろしていた。
普段なら冗談の一つでも飛ばすナーベルだったが、今日は違う。
静かだった。
腕を組み、一度深く息を吐く。
「……まずは謝っとく。」
「ガンダムを見つけた時から、坊や達を利用するつもりだった。」
ケンとノンは顔を見合わせる。
ナーベルは構わず続けた。
「決闘を挑んだのも。」
「補給を受け入れたのも。」
「拠点へ連れて来たのも。」
「全部打算だ。」
「ガンダムダウトが欲しかった。」
静かな空気が流れる。
ナーベルは視線を窓の外へ向けた。
暗礁宙域。
無数の岩石が漂う危険な宙域。
「この辺り一帯にはな。」
「海賊やマフィアが集まってる。」
「表じゃ絶対に語られねぇ世界だ。」
「そこで定期的に開かれてる。」
「闇試合。」
ケンが思わず聞き返す。
「闇試合……?」
「あぁ。」
オーガが初めて口を開いた。
「海賊。」
「傭兵。」
「マフィア。」
「腕に覚えのある連中がMSで戦う。」
「賭けの対象にもなっている。」
ナーベルは頷く。
「優勝者には莫大な賞金。」
「それ以外にも、勝者の望みを一つ叶えるってのが慣例になってる。」
ノンが眉をひそめる。
「そんな大会に、あなた達も?」
「もちろん出る。」
ナーベルは即答した。
「理由があるからな。」
少しだけ目を伏せる。
「レッドスワン海賊団。」
「元々は親父。」
「ナーベン=シーマが立ち上げた海賊団だった。」
その名前を聞き、オーガは静かに目を閉じた。
「親父はこの暗礁宙域じゃ知らねぇ奴がいねぇくらいの大海賊だった。」
「筋を通す海賊でな。」
「敵も多かったが、それ以上に慕う奴も多かった。」
懐かしむように笑う。
しかし、その笑みはすぐ消えた。
「ある日。」
「コロニー連合の輸送船が襲われた。」
「その犯人に仕立て上げられた。」
ブリッジが静まり返る。
「親父は最後まで。」
『俺はやってねぇ。』
そう言い続けた。
「だけど。」
「聞き入れられる事はなかった。」
「公開処刑。」
「それで終わりだ。」
ノンは息を呑む。
ナーベルは感情を押し殺すように続けた。
「残ったレッドスワン号と。」
「この小惑星の拠点。」
「それを俺が継いだ。」
「だが現実は甘くねぇ。」
「親父がいたからまとまってた海賊団だ。」
「親父がいなくなった途端。」
「仲間は離れ。」
「仕事は無くなり。」
「廃業寸前まで追い込まれた。」
「そこへ現れたのが。」
ナーベルは皮肉っぽく笑った。
「カストロファミリー。」
「ボス。」
「ドン・カストロ。」
「親父の親友を名乗ってな。」
オーガが拳を握る。
「資金。」
「仕事。」
「武器。」
「全部用意してくれた。」
「そのお陰で今のレッドスワン海賊団がある。」
「……だが。」
ナーベルの声が低くなる。
「俺とオーガで調べた。」
「親父を売ったのは。」
「ドン・カストロだった。」
「証拠も掴んでる。」
ケン達は誰も言葉を挟まない。
「復讐したかった。」
「今すぐにでも首を獲ってやりたかった。」
「でも出来ねぇ。」
「今の俺達は。」
ナーベルは自嘲するように笑う。
「カストロファミリーに上納金を納めてる。」
「ただの下部組織の海賊だ。」
「この街で暮らす連中も。」
「家族も。」
「俺一人の感情で危険に晒す訳にはいかねぇ。」
長い沈黙。
そしてナーベルはケンを真っ直ぐ見据えた。
「そんな時だった。」
「ドン・カストロが言った。」
『闇試合で優勝したら。』
『レッドスワン海賊団を独立させてやる。』
「もちろん信用なんざしてねぇ。」
「だが。」
「今の俺達には、その話に乗るしか道がなかった。」
ナーベルは拳を握る。
「優勝する。」
「そして自由になる。」
「そのために戦力が欲しかった。」
ケンへ視線を向ける。
「そこで。」
「ガンダムダウトに出会った。」
「決闘で戦って。」
「性能も見た。」
「正直。」
「勝てると思った。」
「だから坊や達を拠点へ呼んだ。」
「全部。」
「打算だ。」
ナーベルはゆっくり立ち上がる。
そして深く頭を下げた。
「だから。」
「協力してくれ。」
「俺達を。」
「自由にしてくれねぇか。」
ナーベルの瞳は、静かに、しかし確かな決意を宿して燃えていた。
ブリッジには重い沈黙だけが流れていた。