機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
動画撮影をある程度終えたケンは、新たに改修されたガンダムダウトの習熟訓練へ取り掛かっていた。
新しい装甲。
左右の重量バランス。
追加されたワイヤーアンカー。
どれもこれまでのダウトとは感覚が違う。
本来なら実際に宇宙へ出て何度も機体を動かしたかった。
しかし――。
「駄目だ。」
オーガは即座に首を横へ振った。
「え?」
「どうして?」
「ここは暗礁宙域だ……。」
オーガは静かに答える。
「どこで誰が見ているか分からん……。」
「闇試合の参加者かもしれない……。」
「機体を見られるだけならまだいい。」
「試合前に妨害される可能性もある……。」
ケンは思わず息を呑んだ。
「そんな事まで……。」
「ここはそういう場所だ……。」
結局、実機での訓練は断念。
ベルーガ内に設置されたシミュレーターと、格納庫内での基礎動作確認だけが許された。
⸻
「アンカー射出!」
ワイヤーが飛ぶ。
標的へ命中。
「よし!」
次の瞬間、模擬敵機に引っ張られダウトの姿勢が崩れる。
『被弾』
モニターが赤く染まった。
「またぁ!?」
オーガは腕を組んだまま言う。
「欲を出すな……。」
「当てたら終わりじゃない。」
「そこからが始まりだ……。」
「分かってるんだけどさぁ……。」
何度繰り返しても思うようにはいかなかった。
左右のバランスが改善されたダウトは確かに動かしやすい。
しかし、それだけ以前との感覚が違う。
機体は良くなった。
だが、自分が追い付いていない。
シミュレーターを降りたケンは深くため息をついた。
「こんなんで大丈夫かな……。」
その言葉に、近くで見ていたナーベルが豪快に笑う。
「ガハハハ!」
「大丈夫じゃなくても、なんとかするしかねぇ!」
「そんな精神論……。」
「闇試合に万全な奴なんざ一人もいねぇ!」
ナーベルはケンの肩を叩く。
「坊やは坊やに出来る事をやれ!」
「後は俺達が何とかする!」
「分かった分かった!」
ケンは苦笑しながら肩を押さえる。
「叩かないでよ!」
「細けぇ事気にすんな!」
「じゃあ俺は野暮用がある。」
「オーガ。」
「後は頼んだ。」
「ああ……。」
ナーベルは手を振ると、そのまま格納庫を出て行った。
⸻
その背中が見えなくなってから。
ケンはふと思っていた事を口にする。
「そういえばさ。」
「闇試合って俺とオーガが出るんだよね?」
「ああ……。」
「俺、てっきりナーベルが出ると思ってた。」
オーガは少しだけ考えるように沈黙した。
そして短く答えた。
「アイツは……。」
「船長は真っ直ぐ突っ込むから、いいカモなんだ……。」
「…………。」
「…………。」
その一言だけだった。
だが。
決闘でカトラスを一直線に突っ込ませてきたナーベルの姿を思い出したケンは、
「……あぁ。」
と、小さく頷くしかなかった。
ノンも。
グレアーも。
格納庫で聞いていた整備員達まで。
誰一人反論しない。
ただ静かに頷くだけだった。
「……。」
「……。」
「みんな納得するんだ……。」
ケンが苦笑すると、ノンも苦笑いを浮かべる。
「でも。」
「よく納得したわね。」
「あの人、自分でやらないと気が済まないタイプでしょう?」
オーガは表情一つ変えない。
「大将はどんと構えてろ……。」
「そう伝えた。」
「今はそれでいい気になっている……。」
「余計な事は言うな。」
「今はそれが一番勝率が高い。」
ケンとノンは顔を見合わせる。
「……。」
「……。」
そして同時に引き攣った笑みを浮かべた。
「長年の付き合いってすごいね……。」
「えぇ……。」
オーガは何も答えない。
ただ腕を組んだまま、静かにダウトを見上げていた。
そしてまた訓練が始まる。
オーガとの連携。
作戦の確認。
本来であれば実戦形式で機体を動かしたかったが、暗礁宙域ではどこで誰が見ているか分からない。
闇試合参加者による偵察や妨害の可能性も考えられたため、実機での訓練は最小限に抑えられ、ベルーガ内のシミュレーターを中心とした訓練が続けられた。
その中でオーガと役割を詰め、ダウトとカトラスの連携を何度も確認する。
万全とは言えない。
それでも時間だけは容赦なく過ぎていった。
そして――。
闇試合当日。
ベルーガの格納庫では、整備員達が慌ただしく荷物を運び出していた。
ダウトの予備装甲。
交換用パーツ。
整備工具。
修理資材。
それらは次々と隣に停泊するレッドスワン号へ積み込まれていく。
「よし、そのコンテナもだ!」
おやっさんの声が響く。
「慎重に運べ! それ予備ジェネレーターだ!」
整備員達が慌ただしく動き回る中、ケンは不思議そうに首を傾げた。
「あれ?ベルーガで行かないの?」
ナーベルは笑いながら答える。
「今日は俺達が主役だからな。」
「レッドスワン海賊団として参加する。」
「だから船もレッドスワン号だ。」
「ベルーガはここで留守番だ。」
ケンは納得したように頷いた。
「なるほど。」
やがて荷物の積み込みが終わる。
乗り込むのは、
ケン。
オーガ。
ナーベル。
ノン。
グレアー。
メイド長。
そして、おやっさんと整備員達。
ベルーガは小惑星拠点に残され、静かに停泊したまま彼らを見送った。
⸻
数時間後。
レッドスワン号は暗礁宙域のさらに奥へと到着する。
巨大な岩塊をくり抜いて造られた、小惑星拠点。
その周囲には数え切れないほどの艦艇が停泊していた。
海賊船。
傭兵部隊の輸送艦。
武装商船。
見るからに裏社会の人間達が集まっている。
「すご……。」
ケンは窓越しに呟いた。
「こんなに集まるんだ……。」
ナーベルがニヤリと笑う。
「年に一度のお祭りだからな。」
「裏社会じゃ有名なんだよ。」
レッドスワン号は指定されたドックへ着艦した。
⸻
格納庫ではダウトとカトラスが降ろされる。
おやっさんは整備員達へ指示を飛ばす。
「すぐ整備ブースを設営しろ!」
「試合が終われば戻ってくるぞ!」
「いつでも修理出来るようにしとけ!」
「了解!」
整備員達は工具箱を抱え、格納庫内へ散っていった。
一方、ノン、グレアー、メイド長は艦橋のモニタールームへ向かう。
大型モニターには試合会場の映像が映し出され始めていた。
「ここから観戦出来るんですね。」
ノンが呟く。
「ああ。」
グレアーは短く答える。
「坊主達の戦いはここで確認します。」
メイド長も静かに頷いた。
「お嬢様、お席へどうぞ。」
⸻
一方、ケン達は受付会場へ向かう。
そこには既に数多くの参加者が集まっていた。
受付の係員が事務的に説明を始める。
「暗礁宙域闇試合タッグトーナメントへようこそ。」
「本大会は二対二によるトーナメント方式。」
「試合は宇宙空間に設置された戦闘区域で行われます。」
「参加チームは東ゲート、西ゲートより同時出撃してください。」
「機体が損傷した場合は、次戦までに修理、もしくは予備機への乗り換えを認めます。」
「リザーブパイロットは一名まで登録可能です。」
ナーベルが前へ出る。
「リザーブは俺だ。」
受付係は頷き、端末へ入力した。
「確認しました。」
説明はさらに続く。
「なお、本大会に反則はありません。」
ケンは首を傾げる。
「反則なし?」
受付係は淡々と言い放った。
「殺害。」
「奇襲。」
「不意打ち。」
「武装制限なし。」
「降伏も自由。」
「すべて認められています。」
「生き残った者が勝者です。」
「…………え?」
ケンの顔色が一瞬で青ざめた。
「えっ?」
「ちょ、ちょっと待って。」
「殺していいの!?」
受付係は無表情のまま答えた。
「はい。」
「死人が出ることも珍しくありません。」
「…………。」
ケンはゆっくりと後ろを向く。
「俺、帰る。」
そう言って歩き出した瞬間――
ガシッ。
「いだだだだ!」
首根っこを掴まれた。
オーガだった。
「どこへ行く……。」
「いやいやいや!」
「聞いてないって!」
「殺し合いじゃん!」
「逃げる!」
「間に合わん……。」
オーガはそのままケンを引きずって受付へ戻す。
「やだーーー!!」
「帰るーーー!!」
周囲の参加者達は呆れたように眺めていた。
受付係だけは事務的に言う。
「受付を続けます。」
ナーベルは腹を抱えて笑う。
「ガハハハハ!」
「坊や、今さら何ビビってんだ!」
「笑い事じゃないって!!」
こうして半ば強引に受付を済ませたケン達は、試合開始まで待機所へ案内されるのだった。