機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
闇試合会場――参加者控室。
部屋の中には海賊、傭兵、マフィアに雇われた戦士達が思い思いの時間を過ごしていた。
機体の最終確認をする者。
酒を飲む者。
目を閉じて精神を研ぎ澄ませる者。
談笑している者もいれば、獲物を睨む猛獣のように周囲を警戒している者もいる。
誰もが、この場所で生き残ることだけを考えていた。
そんな殺伐とした空気の中――。
「どうも〜!ケンケンです!」
場違いなほど明るい声が控室に響き渡る。
オレンジ色のツナギにゴーグル。
カメラを片手に笑顔を浮かべたケンは、完全に”配信者ケンケン”へ切り替わっていた。
「今日はなんと!暗礁宙域最大級の闇試合会場へ潜入しております!」
「いやぁ〜緊張しますね!」
カメラへ笑顔を向けながら歩き回るケン。
その姿に、周囲の参加者達は怪訝そうな視線を向ける。
「せっかくだし、色々聞いてみよう!」
ケンは近くで腕を組んでいた大柄な男へ近付いた。
「すみませーん!」
「少しだけお話いいですか?」
「今日の意気込みなんかを――」
男はゆっくりとケンを見る。
傷だらけの顔。
鋭い眼光。
「……誰だ、お前。」
「動画配信を――」
「動画ぁ?」
男の眉がぴくりと動いた。
「試合前に何ふざけた事してやがる。」
ガシッ。
「あだっ!」
胸ぐらを掴まれる。
「ちょ、ちょっと!」
「話聞くだけなんだけど!」
「知るか。」
拳を振り上げた、その時だった。
「試合前だ。」
低い声が間へ割って入る。
オーガだった。
男はオーガへ視線を移す。
「揉めるな。」
「……チッ。」
男は舌打ちするとケンを放り投げた。
「命拾いしたな。」
「いってて……。」
尻餅をつきながら立ち上がるケン。
オーガは呆れたように息を吐く。
「ケン、これだけは言っておく。」
「少しは相手を見ろ。」
「だってインタビューくらい――」
「相手は一般人じゃない。」
「悪党だ。」
「……。」
ケンは苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「確かに。」
「場所考えなきゃダメだった。」
オーガは短く頷く。
「分かればいい。」
その時だった。
会場中へ試合開始を告げるブザーが鳴り響く。
『これより第一試合を開始します。』
参加者達が一斉に大型モニターへ目を向けた。
ケンも自然と画面を見る。
実況のテンションの高い声が会場へ響く。
『さぁーー!!』
『暗礁宙域最大の祭典!』
『カストロカップ!』
『記念すべき第一試合だぁぁぁ!!』
東西ゲートから二機ずつMSが姿を現す。
開始のシグナル。
四機が一斉に動いた。
試合は一分も掛からなかった。
片方のチームが連携で一機を撃破。
残った一機も集中攻撃を受け、大破する。
勝敗は決した。
ケンが安堵した、その瞬間だった。
勝者の一機が動きを止めた敵機へ近付く。
「え?」
ライフルを構える。
「ま、待って。」
光が走る。
コックピットが撃ち抜かれた。
爆発。
『決まったぁぁぁ!!』
『試合終了ぉぉぉぉぉ!!』
実況は興奮気味に叫ぶ。
観客席から歓声が沸き起こる。
「やれぇぇぇ!!」
「殺せぇぇ!!」
「ナイスだ!」
「賭け勝ったぞ!」
「ギャハハハ!」
誰一人、それを咎める者はいない。
ケンだけが言葉を失っていた。
「……。」
「マジで。」
「殺すんだ……。」
これが闇試合。
これが、この世界の常識。
改めて現実を突き付けられた気がした。
その肩をオーガが軽く叩く。
「次は俺達だ。」
「……。」
ケンは静かに頷いた。
「一回戦の相手は?」
オーガは資料へ目を落とす。
「聞いた事もない荒くれ者だ。」
「名もない連中。」
「ガンダムを見せる程の相手じゃない。」
ケンが首を傾げる。
「どういう事?」
「俺が片付ける。」
「坊主は目立つだけでいい。」
「ガンダムの性能は温存する。」
ケンは心底ほっとした。
「よかったぁ……。」
「俺、あんまり戦わなくていいんだ。」
オーガは小さく頷いた。
「ああ。」
その時。
控室の扉が開く。
「レッドスワン海賊団。」
大会スタッフだった。
「出場機について通達があります。」
ナーベルが立ち上がる。
「ちょうどいい。」
「俺様がガンダムと交代して出る。」
スタッフは首を横へ振った。
「認められません。」
「スポンサーであるカストロファミリーより通達です。」
「ガンダムダウトは本大会最大の目玉。」
「出場機変更は禁止されています。」
「リザーブへの変更も認められません。」
「拒否した場合は失格となります。」
感情のない口調だった。
「チッ……。」
ナーベルは舌打ちする。
「好き勝手言いやがる。」
スタッフは一礼すると、そのまま部屋を後にした。
「えぇ……。」
ケンは露骨に肩を落とす。
「やっぱり俺なの……。」
オーガはケンの肩へ手を置いた。
「諦めろ。」
「運営の意向には従う。」
「だが。」
「ガンダムの性能を見せる必要はない。」
「え?」
「どうすんの?」
オーガは小さく笑った。
「相手は大した事ない。」
「いいかケン。」
「試合が始まったら適当に動け。」
「防御だけ考えろ。」
「敵はガンダムしか見ない。」
「その隙を俺が片付ける。」
ケンは少し考えた後、小さく頷いた。
「……分かった。」
「とりあえずやってみる。」
オーガはケンの返事を背中で聞きながら控室を出る。
ケンも慌ててその後を追った。
「ケッ。」
ナーベルは腕を組んだまま鼻を鳴らす。
「精々頑張ってきやがれ。」
◇
格納庫。
ダウトとカトラスは発進準備を終え、カタパルトへ運ばれていく。
ケンとオーガは格納庫脇の装備ラックの前へ立つ。
壁には少し汚れたノーマルスーツが二着掛けられていた。
「これ毎回着るの?」
慣れない手つきで袖を通しながらケンがぼやく。
「動きづらいし暑いし……。」
オーガは無言でスーツのロックを確認する。
「宇宙だ。」
「穴が空けば終わる。」
短い一言だった。
「……だよね。」
ケンは苦笑いしながらヘルメットを受け取る。
透明なバイザー越しに見える自分の顔は、やはりどこか頼りない。
ヘルメットを被る。
「うわっ。」
「声が響く。」
《生命維持システム、正常》
《気密確認、完了》
機械音声が耳元で流れる。
「おぉ……。」
少しだけ感心したように呟くケン。
オーガは既に準備を終えていた。
「行くぞ。」
「あ、待って!」
慌ててヘルメットのロックを閉めるケン。
二人はそのままダウトとカトラスへ乗り込んだ。
カタパルトデッキ。
ガンダムダウトとカトラスがカタパルトへ運ばれていく。
移動中のケンは、周囲の格納庫を興味深そうに見回していた。
「あっ。」
「オーガ見て。」
「あのMS、腕が四本ある。」
「こっちはタンクみたいだ。」
「色んな機体があるなぁ。」
ダウトの首までキョロキョロと左右へ動く。
それを見たオーガは通信を開いた。
「ケン。」
「そろそろ出番だ。」
「気を引き締めろ。」
「りょ、了解!」
ケンは慌てて前を向く。
声は少し上擦っていた。
待機ランプが赤から青へ変わる。
『第二試合出場者、スタンバイ。』
『東西ゲート、開放。』
「出るぞ。」
「お、おう!」
二機のMSが勢いよく宇宙へ射出された。
『さぁぁぁぁぁぁ!!』
実況の絶叫が会場中へ響く。
『カストロカップ第二試合!!』
『遂に登場!!』
『今宇宙中で話題沸騰!!』
『連邦の秘密兵器とも噂される!!』
『ガンダムダウトだぁぁぁぁぁぁ!!』
会場が大歓声に包まれる。
「おぉぉぉ!!」
「あれがガンダム!」
「動画の奴だ!」
「今日はあれを見に来たんだ!」
一方で反対側からは野次も飛ぶ。
「偽物の偽物かぁ!?、どうせガワだけだ!」
「動画なんて編集できる!」
「動画でも言ってたろハリボテだろ!」
「ガンダムなんて名前負けだ!」
「相手に全部賭けた!」
「ガンダムが負けりゃ大儲けだぜ!」
ブックメーカー達も慌ただしく倍率を書き換えていく。
『さぁ観客の予想も真っ二つ!!』
『本物のガンダムか!!』
『それとも動画だけのハリボテかぁぁぁ!!』
『その答えが今!!明らかになるぅぅぅ!!』
一方、観戦モニター室では――。
「始まりやしたね。」
グレアーが腕を組みながらモニターを見つめる。
「坊主も随分と注目の的ですな。」
ノンは小さく息を呑む。
「大丈夫よね……。」
「きっと、大丈夫。」
その後ろでメイド長は静かに主人であるノンの後ろへ控えていた。
試合開始。
ガンダムダウトがバックパックのバーニアを吹かし、一気に前へ飛び出す。
「あのバカ!」
「突っ込み過ぎよ!」
ノンが思わず立ち上がる。
しかし。
それはオーガの狙い通りだった。
ガンダムへ視線を奪われた二機の敵MSは左右から挟み込むように接近する。
「そこだ……。」
カトラスが静かにライフルを構えた。
引き金を引く。
二条の光。
二機同時。
コックピットを正確に撃ち抜く。
爆発。
沈黙。
『しゅ、終了ぉぉぉぉぉぉぉーーーーっ!!』
実況が絶叫した。
「なんだ今の!?」
「ガンダム何もしてねぇ!」
「違う!」
「あのカトラスだ!」
「狙撃が見えなかったぞ!」
一瞬にして終わった試合に、会場全体がどよめいていた。
ケンは呆然とモニターを見つめていた。
「終わった……の?」
敵を引き付けろ。
そう言われた通り前へ出ただけだった。
気付けば試合は終わっていた。
「ケン。」
通信が入る。
オーガだった。
「帰投する。」
「あ、うん!」
「了解!」
ダウトとカトラスはそのままスラスターを噴かし、ドックへと帰還していく。
ケン達には聞こえなかった。
しかし、その頃――。
観客席は大騒ぎとなっていた。
「よっしゃぁぁぁ!!」
「当たった!!」
「ガンダムに賭けて正解だったぜ!」
「今日は酒だぁ!!」
大金を手にした観客達は歓喜し、札束やチップを宙へ放り投げる。
それとは対照的に――。
「ふざけんな!!」
「ガンダム何もしてねぇじゃねぇか!!」
「俺の金返せ!!」
「カトラスが全部持っていきやがった!」
「インチキだろ!」
「八百長じゃねぇのか!?」
野次と怒号が飛び交う。
さらに別の場所では、
「いや……。」
「あのガンダム、本物だ。」
「バックパック見ただろ。」
「動画の時と違ってた。」
「改修してきやがった。」
「違う違う。」
「どうせガワだけだ。」
「動画映えするように外装だけ変えたんだろ。」
「本物ならあんな逃げ回る必要ねぇ。」
「ガンダムなんて名前負けだ。」
「次は負ける。」
観客達の評価は真っ二つだった。
『さぁ皆さん!!』
実況も興奮気味に叫ぶ。
『ガンダムダウト!!』
『期待されたその力はまだ見せておりません!!』
『しかし勝利した事実は変わらない!!』
『このまま勝ち進むのか!!』
『それとも次で化けの皮が剥がれるのかぁぁぁ!!』
熱狂は冷める事なく続いていく。
◇
その後も試合は滞りなく進行していった。
歓声。
怒号。
爆発。
そして敗北。
勝った者は歓喜し。
負けた者は宇宙の塵となる。
誰一人、その死を悼む者はいない。
それが、この闇試合の日常だった。
やがて。
『一回戦、全試合終了!!』
『続きまして二回戦を開始します!!』
会場にアナウンスが流れた。
◇
控室へ戻ったケンは、ノーマルスーツのヘルメットを外すと、大きく息を吐いた。
「はぁぁ……。」
「生きて帰ってこれた……。」
まだ心臓が速く脈打っている。
オーガは無言でノーマルスーツの胸元を緩めながら、テーブルへ置かれた対戦資料へ目を向けた。
コンコン。
控室の扉が叩かれる。
「レッドスワン海賊団。」
「二回戦の対戦カードです。」
スタッフは端末を机へ置くと、それだけ告げて部屋を後にした。
オーガは端末を手に取る。
「……。」
「次の相手は。」
ケンも隣から覗き込む。
そこに表示されていたのは二機のグラディウス。
グラディウス・ザーク
グラディウス・ウォーリア
所属。
ザーク傭兵団
「ザーク傭兵団?」
聞き覚えのない名前だった。
オーガは静かに説明する。
「暗礁宙域でも最古参にあたる傭兵団。」
「長年この宙域で戦い続けてきた古強者だ。」
「乗っているのは年季の入ったグラディウス。」
「何度も修理を重ねながら乗り続けている。」
「機体性能より、経験で戦う相手だ。」
ケンは思わず資料を見つめる。
傷だらけの装甲。
継ぎ接ぎの補修跡。
それでも長年使い込まれた機体には、新品にはない迫力があった。
「……強い?」
「ああ。」
オーガは短く頷く。
「特に団長のザーク。」
「手強い。」
その一言で十分だった。
ケンの表情が曇る。
「いきなり強敵じゃん……。」
しかしオーガは落ち着いたままだった。
「大丈夫だ。」
「なんとかなる。」
「二回戦も同じ要領でいく。」
「え?」
「それで大丈夫なの?」
ケンの不安そうな声にも、オーガの表情は変わらない。
「手強いのは団長のザークだけだ。」
「ケン。」
「お前はダウトの機動力で相手を翻弄しろ。」
「無理に攻撃する必要はない。」
「俺が仕留める。」
「なるほど……。」
ケンは少し安心したように頷く。
するとオーガはさらに続けた。
「もし使うなら。」
「アンカーだけだ。」
「ハッキング?」
「ああ。」
「アンカーから侵入しろ。」
「電流でショートしたように見せかける。」
「能力を悟られるな。」
ケンは何度も頷いた。
「なるほど!」
「そうすればハッキングって気付かれにくいのか!」
「ああ。」
「切り札は最後まで隠す。」
その時だった。
コンコン。
再び控室の扉が叩かれる。
「レッドスワン海賊団。」
「第二試合の準備をお願いします。」
スタッフの事務的な声が響く。
オーガは静かに立ち上がる。
「行くぞ。」
「ああ!」
ケンも勢いよく立ち上がる。
二人はもう一度ノーマルスーツの装備を確認すると、ヘルメットを被り、それぞれの機体が待つ格納庫へ向かって歩き出した。
次なる相手は、暗礁宙域最古参の傭兵団――ザーク傭兵団。
一回戦とは違う、本当の戦いが始まろうとしていた。