機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
小惑星内部――闇試合会場格納庫。
無数のMSが整然と並ぶ格納庫には、整備員達の怒号と工具の音が絶えず響いていた。
次の試合に向け、各チームが最後の調整を行っている。
その一角。
ガンダムダウトとカトラスも発進用カタパルトへ移動を始めていた。
「推進剤補充完了!」
「ライフル残弾確認!」
「ワイヤーアンカー、作動良し!」
レッドスワン号から同行した整備員達が次々と確認を終えていく。
その中心で、おやっさんは腕を組んだままダウトを見上げていた。
「坊主。」
コックピットへ向かおうとしていたケンが振り返る。
「機体は問題ねぇ。」
「後はお前が信じて動かしてやれ。」
短い言葉だった。
それでもケンは自然と笑みを浮かべる。
「……うん。」
「ありがとう、おやっさん。」
その横ではオーガが静かにノーマルスーツのヘルメットを被る。
「ケン。」
「時間だ。」
「あっ!」
「ごめん!」
慌ててダウトへ駆け寄るケン。
その姿を見送りながら、おやっさんは小さく笑った。
「そう慌てるな、坊主。」
「焦って勝てる相手じゃねぇぞ。」
「わ、分かってる!」
そう返事をしながらも、ケンの足取りは少し早かった。
相手は暗礁宙域でも名の知れた古強者。
ザーク傭兵団。
そう思うだけで自然と鼓動が速くなる。
◇
《ガンダムダウト、起動》
《システムオールグリーン》
モニターが次々と立ち上がる。
左右のマニピュレーター。
バックパック。
新たに装備されたワイヤーアンカー。
全て正常。
「よし……。」
通信が開く。
「ケン。」
オーガだった。
「聞こえる。」
「大丈夫?」
「ああ。」
「作戦は変わらない。」
「了解。」
短いやり取り。
それだけで少し気持ちが落ち着く。
二機はゆっくりとカタパルトへ移動した。
『第二試合出場者、スタンバイ。』
場内アナウンスが響く。
巨大な隔壁が左右へ開いていく。
その向こうには、試合会場となる宇宙空間が広がっていた。
『さぁぁぁぁぁ!!』
実況の声が場内を揺らす。
『カストロカップ二回戦!!』
『今大会最大の注目機体!!』
『ガンダムダウトが再び姿を現したぁぁぁ!!』
観客席から歓声が沸き起こる。
「ガンダムだ!」
「見せろ!」
「今度こそ本気を出せ!」
その一方で。
「どうせハリボテだ!」
「一回戦は運が良かっただけだ!」
「ザークなら勝つ!」
「俺はザークに全部賭けた!」
野次も飛び交う。
「うわぁ……。」
ケンは思わず苦笑した。
「前より増えてる気がする……。」
「気にするな。」
オーガの声が入る。
「敵だけ見ろ。」
「……了解。」
ケンは深く息を吸い、操縦桿を握り直した。
『両チーム、発進!!』
カタパルトが作動する。
「行くぞ。」
「おう!」
ガンダムダウトとカトラスが勢いよく宇宙へ射出された。
その反対側、西ゲート。
二機のグラディウスが静かに姿を現す。
一機は右肩にシールド、左肩にスパイクアーマーを備えたグラディウス・ザーク。
もう一機は右肩にスパイク、左肩にシールドを備えたグラディウス・ウォーリア。
どちらも最新鋭とは程遠い。
塗装は剥げ、装甲には幾重もの補修跡。
しかし、その佇まいには歴戦の重みがあった。
「……あれが。」
ケンは自然と息を呑む。
「ザーク傭兵団。」
『ほぉ。』
通信が開く。
低く落ち着いた男の声だった。
『お前さんがガンダムか。』
ケンは少し驚く。
「通信……?」
『そんなに肩に力を入れるな。』
『戦場じゃ肩肘張ってる奴から死ぬ。』
ケンは苦笑いする。
「いきなり戦う相手にそんな事言われても!」
『はっ。』
短く笑う声が返る。
『違ぇねぇ。』
すると横から勢いのある声が割り込んだ。
『団長!』
『何話してるんですか!』
『目の前にガンダムですよ!』
『俺がぶっ潰します!』
ウォールだった。
ザークは小さく息を吐く。
『ウォール。』
『熱くなるな。』
『いつも通りやれ。』
『へいへい。』
不満そうな返事を返しながら、グラディウス・ウォーリアが一歩前へ出る。
ザークは通信を切る直前、もう一度だけ口を開いた。
『ケン。』
「え?」
『生き残れ。』
『それだけだ。』
通信が切れる。
「なんなんだ、あの人……。」
敵のはずなのに。
敵意だけではない何かを感じた。
『試合開始ぃぃぃぃぃ!!』
開始ブザーが宇宙空間へ鳴り響く。
「ガンダムぅぅぅ!!」
真っ先に飛び出したのはグラディウス・ウォーリアだった。
ヒートホークを振り上げ、一気にダウトへ距離を詰める。
「速っ!」
ケンは咄嗟にスラスターを吹かし、紙一重で回避する。
ヒートホークの刃がダウトの胸部装甲をかすめ、火花が散った。
「危なっ!」
「ケン。」
オーガの声が飛ぶ。
「翻弄しろ。」
「無理に攻めるな。」
「了解!」
ダウトはバックパックの推力を活かし、縦横無尽に宇宙を駆ける。
ウォールは一直線に追い続ける。
その一方で――。
グラディウス・ザークは動かない。
ザークの視線は、ガンダムではなくカトラスへ向けられていた。
「……。」
「やはり狙撃屋か。」
その瞬間。
カトラスのライフルが静かに火を吹いた。
カトラスのライフルが火を吹く。
鋭い一撃がグラディウス・ザークへ向かって走った。
しかし――。
「甘い。」
ザークは機体をわずかに傾けるだけで回避する。
ビームは肩の装甲を掠め、そのまま宇宙へ消えていった。
「避けた!」
ケンは思わず声を上げる。
「ケン。」
オーガの声は落ち着いていた。
「予定通りだ。」
「お前はウォールを引き付けろ。」
「了解!」
その返事と同時に、グラディウス・ウォーリアが再び距離を詰めてくる。
「逃げてばっかじゃ勝てねぇぞ!」
ヒートホークが横薙ぎに振るわれる。
ダウトはスラスターを吹かし、辛うじてかわす。
「くっ!」
速い。
だが、速いだけではない。
無駄がない。
ケンの動きを見てから最短距離で斬り込んでくる。
「やっぱり強い……!」
「ガンダムぉぉぉ!!」
ウォールは追撃の手を緩めない。
ライフルを撃ちながら、一気に間合いを詰める。
その様子を少し離れた場所から見ていたザークが、小さく呟いた。
「若いな……。」
その視線はウォールではなく、ケンへ向けられていた。
「動きは悪くねぇ。」
「だが、迷いが見える。」
次の瞬間。
ザークはカトラスへマシンガンを撃ち込む。
オーガはそれを最小限の動きでかわしながら距離を取る。
「読み合いか……。」
互いに決定打はない。
歴戦同士だからこそ、一発の重みを知っていた。
その頃。
ケンは完全に押されていた。
「くそっ!」
「全然近付けない!」
ウォールは笑う。
「その程度かよガンダム!」
「動画じゃもっと強そうだったじゃねぇか!」
「だったら!」
ケンは操縦桿を強く握る。
「これなら!」
左腕を突き出す。
「アンカー!」
ガシュンッ!!
ワイヤーアンカーが一直線に伸びる。
「そんな物!」
ウォールは避けようと機体を捻る。
しかし。
「しまっ――」
ガキンッ!!
アンカーはグラディウス・ウォーリアの頭部へ突き刺さった。
「今だ!」
ダウトのモニターへ文字が流れる。
《接触確認》
《電子回線接続》
《侵入開始》
ケンは息を呑む。
「頼む……!」
《制御信号送信》
《出力上昇》
バチバチッ!!
グラディウス・ウォーリアの頭部から火花が散る。
「なんだ!?」
ウォールは叫ぶ。
「モニターが!」
「映らねぇ!」
次の瞬間。
ドンッ!!
頭部が内側から吹き飛んだ。
破片が宇宙へ飛び散る。
『おぉーーっと!!』
実況が絶叫する。
『グラディウス・ウォーリア頭部損傷!!』
『メインカメラ喪失だぁぁぁ!!』
「ウォール!」
ザークが通信を飛ばす。
「生きてます!」
「でも前が……!」
補助モニターだけではまともに戦えない。
その隙を。
オーガは見逃さなかった。
「そこだ。」
ライフルが閃く。
一発目。
右肩関節。
爆散。
二発目。
左脚スラスター。
爆散。
三発目。
バックパック。
推進ノズルが弾け飛ぶ。
グラディウス・ウォーリアは姿勢を保てず、そのまま宇宙を漂い始めた。
『戦闘不能ぉぉぉ!!』
『グラディウス・ウォーリア戦闘続行不能!!』
『コックピットは無事!!』
『レギュレーションにより試合続行不可!!』
ウォールは悔しそうに拳を叩く。
「くそぉぉぉ!!」
「団長!」
「すみません!」
ザークは短く答えた。
「気にするな。」
「生きてるな。」
「はい!」
「なら十分だ。」
ケンは思わず呟く。
「コックピットを……。」
「外した?」
オーガの狙撃は、最初からパイロットを殺すためではなかった。
戦闘不能にするためだけの射撃。
そこに一切の迷いはなかった。
「さて。」
ザークがヒートホークを構える。
「ここからだな。」
グラディウス・ザークがゆっくり前へ出る。
二対一。
それでも一歩も引かない。
「来る!」
ケンは身構えた。
「ケン。」
オーガが短く告げる。
「前へ出るな。」
「援護だけでいい。」
「わかった!」
二機は左右へ展開する。
ザークは二人を交互に見据え、小さく笑った。
「なるほど。」
「いい連携だ。」
「お前さん達……。」
「まだ未熟だが、悪くねぇ。」
そう言うと、グラディウス・ザークはマシンガンを構え、一気に距離を詰めてきた。
宇宙空間に、新たな火花が散る。
歴戦の傭兵と、ガンダムダウト。
本当の勝負は、ここから始まろうとしていた。
「なるほど。」
ザークはヒートホークを構えたまま小さく笑う。
「いい連携だ。」
「お前達……まだ未熟だが悪くねぇ。」
そう言うと、グラディウス・ザークが一気に加速した。
「来る!」
ケンがダウトを前へ出そうとした、その瞬間。
「ケン。」
オーガの声が飛ぶ。
「前へ出るな。」
「援護だけでいい。」
「わかった!」
ダウトは大きく左へ旋回し、サブマシンガンを連射する。
乾いた銃声が宇宙へ響く。
狙いは命中ではない。
ザークの意識を自分へ向けること。
「ほぉ。」
ザークはマシンガンで弾幕を張り返しながら、ダウトへ機首を向けた。
「小僧。」
突然通信が開く。
「え?」
「囮ってのはな。」
「逃げ回るだけじゃ務まらねぇ。」
「相手に『追いたい』と思わせて初めて囮になる。」
そう言うとグラディウス・ザークは一気にダウトとの距離を詰める。
「うわっ!」
ケンは慌てて機体をロールさせる。
ヒートホークがダウトの左肩を掠め、火花が散った。
「危なっ!」
「目で追うな。」
ザークは落ち着いた声で続ける。
「身体で飛べ。」
「そんなこと言われても!」
ケンは必死に操縦桿を握る。
「できるかよ!」
「はっ。」
ザークは笑った。
「最初はみんなそう言う。」
その瞬間。
「ケン。」
オーガの声が響く。
「今だ。」
「!」
ケンは大きく機体を反転させる。
ダウトがザークの真正面へ躍り出た。
「ワイヤーアンカー!」
ガシュッ!!
アンカーが射出される。
ザークは咄嗟に機体を捻る。
しかし避けきれない。
アンカーが右腕へ絡み付いた。
「なるほど……。」
ザークは感心したように呟く。
「それがお前さんの切り札か。」
《接触確認》
《電子回線接続》
ケンはモニターを見つめる。
「ショートだけでいい……!」
《制御信号送信》
バチィッ!!
グラディウス・ザークの右腕から火花が散る。
マシンガンが一瞬だけ沈黙する。
「今だ。」
オーガはその一瞬を逃さなかった。
狙撃用ライフルが低い発射音を響かせる。
一発目。
右肩関節。
装甲が弾け飛ぶ。
二発目。
左脚スラスター。
推進剤が噴き出した。
三発目。
バックパック右側のノズル。
爆発。
グラディウス・ザークは大きく体勢を崩す。
それでもザークは機体を立て直した。
右腕は使えない。
ならばと左手一本でヒートホークを握る。
「まだ終わっちゃいねぇ。」
「団長……。」
戦闘不能となったウォールがモニター越しに息を呑む。
「最後まで付き合ってもらうぜ。」
グラディウス・ザークが最後の突撃を仕掛ける。
一直線。
迷いのない一撃。
「ケン!」
「下がれ!」
オーガの指示に従い、ダウトは即座に後退する。
ザークの狙いは最初からカトラスだった。
ヒートホークが振り下ろされる。
しかし。
ガキィン!!
カトラスは最小限の動きでそれを受け流す。
「今だ!」
オーガが叫ぶ。
「おう!」
ケンはダウトを加速させる。
ナックルガードシールドを前へ突き出し、そのまま体当たりを仕掛けた。
ドォンッ!!
衝撃が宇宙空間へ響く。
推進力を失っていたグラディウス・ザークは、その一撃で大きく弾き飛ばされた。
姿勢を立て直そうとスラスターを吹かす。
だが、反応しない。
右肩は破損。
左脚スラスターも沈黙。
バックパックも半壊。
静かに宇宙を漂うだけだった。
長い沈黙。
やがてザークはヒートホークを手放した。
「……参った。」
その声は不思議と清々しかった。
「降参だ。」
『勝者ぁぁぁぁぁ!!』
『レッドスワン海賊団!!』
『ガンダムダウト! カトラス組!!』
実況の絶叫と同時に、会場は歓声とブーイングに包まれる。
「何やってんだザーク!」
「まだ戦えただろ!」
「金返せ!」
野次が飛ぶ中、ザークは苦笑した。
「好きに言っとけ。」
「命あっての物種だ。」
「傭兵は、生きて帰って次の仕事を受ける。」
「それで飯を食う商売だ。」
「死んじまえば、それで終いだからな。」
曳航艇が近付き、グラディウス・ザークをゆっくりと回収していく。
その途中、ザークは最後にダウトへ通信を開いた。
「小僧。」
「……はい。」
「今日は負けたが、悪くなかった。」
「だが、お前さんはまだ戦いを知らねぇ。」
ケンは静かに耳を傾ける。
「焦る必要はねぇ。」
「自分の戦いを見つけな。」
「そいつが見つかった時、お前さんはもっと強くなる。」
通信はそこで途切れた。
曳航艇に牽引されるグラディウス・ザークとグラディウス・ウォーリアは、静かに試合会場を後にしていく。
その背中を見送りながら、ケンは小さく呟いた。
「自分の……戦いか。」
暗礁宙域で長く生き抜いた古強者の言葉は、勝敗以上に深く、ケンの胸へ刻まれたのだった。