機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第20話 「迷いと葛藤」

試合終了のアナウンスが流れても、ケンの耳にはほとんど届いていなかった。

 

ガンダムダウトはゆっくりと格納庫へ向かう。

 

操縦桿を握る手は震えたまま。

 

目の前のモニターは映っている。

 

それでも、何を見て操縦していたのか、自分でも分からなかった。

 

「ケン。」

 

通信が入る。

 

オーガだった。

 

「悪くない動きだった。」

 

「次もその調子で頼む。」

 

「……あ。」

 

返事をした。

 

……気がする。

 

自分が何と答えたのか。

 

それすら覚えていなかった。

 

気付けばガンダムダウトは格納庫へ着艦していた。

 

ハッチが開く。

 

梯子を降りる。

 

整備員達が慌ただしく機体へ取り付き、補給と点検を始める。

 

おやっさんが何か声を掛けてくれた気がした。

 

それにも曖昧に頷き、ケンはそのまま控室へ歩いていく。

 

椅子へ腰を下ろした瞬間。

 

「キャハハハハ!!」

 

頭の中へ笑い声が響く。

 

「その顔だ!」

 

「その顔が見たかったんだよぉ!!」

 

「人殺しは気持ちいいぞぉ!!」

 

「違う……。」

 

ケンは頭を抱えた。

 

「違う……。」

 

「俺は……。」

 

少女の笑顔。

 

ニュース映像。

 

シャックスの笑い声。

 

ヒートカトラスがコックピットを貫く感触。

 

全てが何度も頭の中を巡る。

 

「俺……。」

 

「人を……。」

 

「殺した……。」

 

周囲の音は聞こえない。

 

誰が隣を歩いているのかも分からない。

 

ただ、自分の鼓動だけが嫌に大きく聞こえていた。

 

「おい。」

 

返事はない。

 

「おいってば!」

 

それでも反応しないケンを見て、ナーベルは大きくため息を吐く。

 

「ったく。」

 

バシィッ!!

 

「ぶへっ!」

 

乾いた音が控室へ響く。

 

ケンは椅子ごと吹き飛び、そのまま床へ転がった。

 

「テメェ!」

 

「聞いてんのか!」

 

「そんなんウジウジしてっと、ぶっ飛ばすぞ!」

 

腕を組んだナーベルが見下ろしている。

 

涙目のケンが頬を押さえながら見上げた。

 

「ナーベル……。」

 

「もうぶっ飛ばしてる……。」

 

その横でオーガが淡々と呟く。

 

「……。」

 

ナーベルは一瞬だけ固まり、

 

「細けぇこと気にすんな。」

 

と開き直った。

 

控室に小さな笑いが漏れる。

 

だが、ケンだけは笑えなかった。

 

「だって俺……。」

 

「人を……。」

 

「殺した……。」

 

「しかも……。」

 

ケンは震える声で続ける。

 

「あんな風に。」

 

「殺したい訳じゃなかったのに……。」

 

「怒ったら……。」

 

「自分が自分じゃなくなったみたいで……。」

 

「怖いんだ。」

 

「またああなったらって思うと……。」

 

ナーベルは頭を掻いた。

 

「いやいや。」

 

「アイツ、死刑になるような悪党だろ?」

 

「だったら別にいいじゃねぇか。」

 

あまりにもあっさりした返事だった。

 

「そういう事じゃない!」

 

ケンは思わず声を荒げる。

 

「シャックスを殺した事じゃなくて……。」

 

「怒りで訳分かんなくなって……。」

 

「自分でも止められなかった事が怖いんだよ!」

 

「またああなったら……。」

 

「アイツが言ってたみたいに……。」

 

「人を殺すのが楽しくなったらどうしようって……。」

 

ケンは両肩を抱き締め、小さく震えた。

 

ナーベルはしばらく黙っていた。

 

そして短く息を吐く。

 

「……んじゃ。」

 

「キレるなよ。」

 

「無茶言わないでよ!」

 

ケンは思わずツッコむ。

 

「俺だって好きでキレた訳じゃ……。」

 

「分かってる。」

 

ナーベルは肩を竦める。

 

「だから坊やはそんな奴じゃねぇ。」

 

「そんな奴だったら。」

 

「今こうして悩んでねぇよ。」

 

ケンは俯いたまま黙る。

 

ナーベルは壁へ寄り掛かりながら続けた。

 

「でもよ。」

 

「戦争止めるんだろ?」

 

「……うん。」

 

「だったら。」

 

「もっと人が死ぬぜ。」

 

その言葉は重かった。

 

慰めではない。

 

ただの現実だった。

 

「悪党が一人減って、少しだけ平和に近付いた。」

 

「そのくらいに思っとけ。」

 

ナーベルは笑いながらケンの肩を軽く叩く。

 

「別に気にするなとは言わねぇ。」

 

「忘れろとも言わねぇ。」

 

「ここはそういう場所だ。」

 

「今までも。」

 

「これからも。」

 

「俺たちはそうやって生き残ってきた。」

 

控室が静まり返る。

 

ケンはゆっくりと顔を上げた。

 

ナーベル。

 

オーガ。

 

二人とも人を殺したことがある。

 

世間から見れば悪党なのかもしれない。

 

それでも。

 

その覚悟と重さを背負って生きている。

 

その強さを、ケンは今日初めて知った。

 

そして、自分にはまだその覚悟が足りないことも。

 

控室には重苦しい空気が流れていた。

 

ナーベルは煙草を一本取り出すと、乱暴に口へ咥える。

 

ライターで火を点け、大きく煙を吐き出した。

 

「チッ……。」

 

短く舌打ちし、灰皿へ灰を落とす。

 

ケンは俯いたまま椅子へ座り込んでいた。

 

両手を見つめたまま、一言も発しない。

 

頭の中では何度も同じ光景が繰り返される。

 

シャックスの笑い声。

 

ヒートカトラスがコックピットを貫いた感触。

 

そして、自分の怒鳴り声。

 

「……。」

 

オーガは静かに端末を開いた。

 

画面を確認すると、小さく息を吐く。

 

「次の相手が決まった。」

 

ナーベルが煙草を咥えたまま視線を向ける。

 

「誰だ?」

 

「カストロファミリー直属戦闘部隊。」

 

「イレズ。」

 

「ダトゥ。」

 

その名前を聞いたナーベルは驚く様子もなく煙を吐き出した。

 

「……まぁ。」

 

「ここまで来りゃ、そうなるわな。」

 

「優勝候補筆頭。」

 

オーガも静かに頷く。

 

「決勝へ行くなら避けては通れない。」

 

端末を操作すると、二機のMSのデータが映し出された。

 

「イレズ。」

 

「搭乗機はソリダス。」

 

「シャックスの機体と同系列だが、あちらは盗難機を独自改造したものだった。」

 

「こちらはカストロファミリーが運用する現行仕様の最新鋭機。」

 

「機動力、反応速度、出力、全てが一段上だ。」

 

画面が切り替わる。

 

重厚なシルエットの機体が映し出される。

 

「ダトゥ。」

 

「搭乗機はフォートレス。」

 

「ソリダスをベースに重装甲・重火力仕様へ改修した機体だ。」

 

「高い防御力と制圧射撃能力を持つ。」

 

「前衛のイレズと後衛のダトゥ。」

 

「互いの弱点を補い合う完成された編成だ。」

 

ナーベルは煙草を指で挟みながら苦笑した。

 

「ったく。」

 

「相変わらず嫌な組み合わせだな。」

 

「ああ。」

 

オーガは短く返す。

 

「正直、カトラスでは分が悪い。」

 

「旧式のグラディウス改造機では、性能差は否めない。」

 

一拍置いて、静かに続ける。

 

「勝敗はガンダムダウト次第だ。」

 

その言葉にも、ケンは反応しなかった。

 

端末を見ることもない。

 

ただ俯き、自分の両手だけを見つめている。

 

その手で、人を殺した。

 

その事実だけが、頭の中を支配していた。

 

ナーベルはそんなケンを横目で見た。

 

何か言おうとして、結局何も言わない。

 

煙草を一口吸うと、静かに紫煙を吐き出した。

 

控室は再び静寂に包まれる。

 

答えを出せないまま、時間だけが過ぎていった。

 

『レッドスワン海賊団。』

 

『準決勝出場者は格納庫へ集合してください。』

 

運営の無機質なアナウンスが控室へ響く。

 

オーガはゆっくりと立ち上がった。

 

「……時間だ。」

 

ケンはゆっくりと顔を上げる。

 

まだ答えは出ていない。

 

それでも立ち止まることは許されない。

 

重い足取りのまま、オーガの後を追って控室を後にした。

 

二人の足音だけが、人気のない通路へ響いていた。

 

しばらく沈黙が続く。

 

その静寂を破ったのはオーガだった。

 

「……大丈夫か。」

 

突然の問い掛け。

 

ケンは少し考え、力なく首を横へ振る。

 

「正直……。」

 

「わからない。」

 

「でも。」

 

「やる事はやる。」

 

「今は……それしか出来ない。」

 

そう答えるのが精一杯だった。

 

オーガは黙って頷く。

 

それ以上は何も聞かない。

 

格納庫が見えてきたところで、オーガが足を止めた。

 

「ケン。」

 

「ん?」

 

「後二つだ。」

 

準決勝。

 

そして決勝。

 

「そこまででいい。」

 

「頼む。」

 

そう言って、オーガは深く頭を下げた。

 

「え……。」

 

ケンは思わず目を見開く。

 

「や、やめてよ。」

 

「頭なんて下げないで。」

 

「こんな状態で……ごめん。」

 

「でも。」

 

「やるだけはやるから。」

 

力なく笑う。

 

オーガは短く頷いた。

 

「十分だ。」

 

二人はそれぞれの機体へ向かう。

 

ガンダムダウト。

 

カトラス。

 

整備を終えた二機が静かに待っていた。

 

「坊主。」

 

格納庫の奥から、おやっさんが声を掛ける。

 

「ダウトは万全だ。」

 

「俺達に出来る事ぁ全部やった。」

 

「後は任せた。」

 

ケンは振り返る。

 

小さく頭を下げた。

 

「ありがとう。」

 

それだけ言うと、ダウトへ乗り込む。

 

カトラスへ乗り込むオーガも通信を開く。

 

「準備完了。」

 

「ダウト、出る。」

 

二機はカタパルトへ移動を始めた。

 

一方その頃。

 

レッドスワン号、モニター室。

 

「始まりやすね。」

 

グレアーが腕を組みながら呟く。

 

ノンはモニターから目を離せなかった。

 

「ケン……。」

 

その小さな呟きに、メイド長が静かに口を開く。

 

「お嬢様。」

 

「間もなく試合が始まります。」

 

「……ええ。」

 

ノンは短く頷く。

 

それでも握り締めた拳は震えたままだった。

 

『さぁぁぁぁぁ!!』

 

実況の声が会場を揺らす。

 

『準決勝!!』

 

『第一試合!!』

 

『ここまで勝ち残ったレッドスワン海賊団!!』

 

歓声が沸く。

 

しかし、その歓声はすぐに別の歓声へ飲み込まれた。

 

『対するは!!』

 

『優勝候補筆頭!!』

 

『カストロファミリー直属戦闘部隊!!』

 

『イレズ!!』

 

『ダトゥ!!』

 

観客席から割れんばかりの歓声。

 

『ここまで全試合圧倒!!』

 

『圧倒的暴力で勝ち上がってきた実力者!!』

 

『賭け倍率は九対一!!』

 

『レッドスワン海賊団は大穴!!』

 

『果たして番狂わせは起こるのかぁぁぁ!!』

 

西ゲート。

 

最新鋭MSソリダス。

 

その隣には、重装甲・重火力型フォートレス。

 

二機は悠然と姿を現した。

 

「来るぞ。」

 

オーガが静かに呟く。

 

『試合開始ぃぃぃ!!』

 

開始と同時。

 

フォートレスの全身から弾幕が放たれた。

 

「うわっ!」

 

ケンは必死に機体を捻る。

 

爆発。

 

爆煙。

 

視界が埋まる。

 

その中から黒い影が飛び出した。

 

「速っ!」

 

イレズのソリダスだった。

 

ヒートカトラスを抜き迎え撃つ。

 

ガキィィン!!

 

火花が散る。

 

重い。

 

速い。

 

隙がない。

 

「くっ……!」

 

押し返される。

 

「ケン!」

 

オーガは狙撃用ライフルを構える。

 

しかし。

 

「チッ!」

 

フォートレスの猛烈な制圧射撃が進路を塞ぐ。

 

援護できない。

 

「こっちも手一杯だ!」

 

ケンは必死に踏み止まる。

 

しかし。

 

ガキィン!!

 

ヒートカトラスが弾き飛ばされた。

 

「しまっ……!」

 

武器が宇宙空間を舞う。

 

イレズは一切の迷いなく踏み込む。

 

「終わりだ。」

 

ヒートブレードがダウトのコックピットへ一直線に突き出された。

 

その瞬間。

 

コックピット内へ赤い警告が表示される。

 

《WARNING》

 

《パイロット生命反応 危険域》

 

《危険度レベル4》

 

《アシストモード 権限拡張》

 

《回避支援強化》

 

《敵機行動予測 更新》

 

《最適回避ルート表示》

 

青いラインがモニター一面へ走った。

 

「……またこれか!」

 

ケンは反射的に操縦桿を切る。

 

ガンダムダウトは青いラインをなぞるように機体を捻り、紙一重でヒートブレードを回避した。

 

「……!」

 

イレズの目が僅かに細められる。

 

「動きが……変わった?」




イレズとダトゥ


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