機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
「動きが……変わった?」
イレズが僅かに目を細める。
ガンダムダウトは、つい先程までとはまるで違う軌道を描いていた。
イレズのソリダスが振るった刃を紙一重でかわす。
そのまま機体を捻り。
加速。
ソリダスの横を一気に抜けた。
「うわっ……!」
コックピットの中で、ケンの身体がシートへ押し付けられる。
目の前には、次々と青いラインが表示されていた。
《敵機行動予測》
《回避経路補正》
《姿勢制御補助》
《推進出力調整》
次。
その次。
さらにその次。
イレズがどう動くのか。
どこへ逃げればいいのか。
ダウトが次々と示してくる。
「また……。」
ケンは操縦桿を握り締めた。
「また助けてくれてるのか……。」
考える暇もない。
ソリダスが急旋回。
再びダウトへ迫る。
「逃がすか!」
斬撃。
だが。
ダウトはそれより僅かに早く後退した。
刃先が胸部装甲の目の前を通過する。
「……!」
イレズが舌打ちする。
続けて踏み込む。
右。
左。
上。
軌道を変えながら繰り出される連続攻撃。
それでも。
当たらない。
ダウトは寸前で避け続ける。
いや。
避けているだけではなかった。
一撃をかわす度に、少しずつソリダスの側面へ回り込んでいく。
「チッ……!」
イレズが距離を取ろうとした。
その瞬間。
《攻撃可能》
表示が変わった。
「え?」
ダウトの左腕が上がる。
ワイヤーアンカー。
「――っ!」
ケンは咄嗟にトリガーを引いた。
アンカーが射出される。
イレズは反応した。
ソリダスが機体を捻る。
アンカーは肩を掠めるだけに終わった。
「危な……。」
ケンが息を吐く。
直後。
ソリダスがアンカーのワイヤーを掴んだ。
「捕まえたぞ!」
「えっ!?」
強烈な力で引かれる。
ダウトの身体がソリダスへ引き寄せられた。
「うわあああっ!」
イレズが刃を構える。
正面から引き寄せ。
そのまま斬る。
だが。
モニターへ再び青い軌道が走った。
《推奨機動》
「こっち!?」
ケンは迷う暇もなくペダルを踏み込んだ。
ダウトのバックパックが噴射。
引かれる力を利用し、逆に一気に加速する。
「なに!?」
ソリダスの頭上を飛び越える。
ワイヤーが機体へ絡み付く。
そのまま背後。
「今なら!」
ケンはワイヤーアンカーの接続を切らなかった。
接触。
通信経路が開く。
モニターに文字が流れる。
《SYSTEM ACCESS》
《解析開始》
「入った!」
イレズのソリダスのモニターが一瞬乱れた。
「何をした!?」
「止まって!」
ケンは叫ぶ。
《推進制御》
《右腕駆動》
《兵装制御》
次々と項目が表示される。
その瞬間。
ケンの脳裏に。
止まったソリダス。
切り落とされた腕。
頭部。
そして。
ヒートカトラスを突き刺した感触。
『人殺しは気持ちいいぞぉ!!』
「――っ!」
手が震えた。
呼吸が止まる。
シャックスの笑い声が蘇る。
「ケン!」
オーガの声。
ケンはハッとする。
「そっちはどうした!」
「……!」
目の前を見る。
イレズのソリダスはまだ動いている。
ハッキングされた右腕が震えながら止まり。
スラスターの一部が不規則に噴射していた。
それでもイレズは残った左腕でワイヤーを切ろうとしている。
「まだ動く……!」
ケンは背部へ手を伸ばす。
残った一本のヒートカトラスを抜いた。
その刃が赤熱する。
一瞬。
また。
シャックスのコックピットが重なった。
「……違う。」
小さく呟く。
「今回は……。」
操縦桿を握る。
「止めればいい。」
ダウトが踏み込んだ。
イレズが左腕を振るう。
その腕を。
ヒートカトラスが斬り飛ばした。
「ぐっ!」
さらにダウトが蹴りを叩き込む。
ソリダスが大きく後退。
ワイヤーは繋がったまま。
ケンは画面を見る。
「スラスターも……止まれ!」
《推進システム 停止》
ソリダスの各部スラスターが消える。
機体が宇宙空間へ漂い始める。
「なっ……!」
イレズが操縦桿を動かす。
反応しない。
武器もない。
推進もない。
右腕も左腕も失った。
戦闘継続は不可能だった。
『イレズ機、戦闘不能!!』
実況が叫ぶ。
『まさかぁぁぁ!!』
『優勝候補筆頭の一角!』
『イレズが落ちたぁぁぁぁ!!』
観客席が揺れた。
歓声。
怒号。
悲鳴。
賭け札を握り締めて叫ぶ者達。
だが。
ケンにはほとんど聞こえていなかった。
漂うソリダスを見る。
爆発していない。
コックピットも残っている。
「……。」
ケンはゆっくり息を吐いた。
「止められた……。」
その頃。
モニタールーム。
ノンが大きく息を吐いた。
「……よかった。」
隣でグレアーが画面を見つめる。
「坊主。」
口元が僅かに緩んだ。
「戻ってきやしたね。」
ノンは答えなかった。
ただ、画面の中のダウトを見続ける。
その横でメイド長はノンの表情を静かに見ていた。
「お嬢様。」
「……何?」
「少し、お顔の色が戻られました。」
ノンは一瞬だけメイド長を見る。
「そっち?」
「はい。」
「私はお嬢様のお側におりますので。」
「……そう。」
ノンは再びモニターへ視線を戻した。
だが。
試合はまだ終わっていない。
「ケン!」
オーガの声。
ダウトが振り向く。
その先。
無数の弾丸が飛び交っていた。
フォートレス。
ダトゥの重装MSが猛烈な射撃を続けている。
その火線の中を。
カトラスが飛ぶ。
紙一重。
右へ。
左へ。
オーガは巧みに弾幕をかわしている。
だが。
近付けない。
「クソ……。」
オーガが狙撃用ライフルを構える。
発射。
弾丸がフォートレスの肩装甲へ命中。
火花が散る。
だが。
止まらない。
「硬い……。」
ダトゥが笑う。
「旧式でよく粘る。」
フォートレスの砲口がカトラスへ向く。
再び一斉射撃。
オーガは急上昇。
弾丸が脚部装甲を掠める。
「オーガ!」
「来るな!」
即座に返事が飛んだ。
「正面から入ればお前でも蜂の巣だ。」
「でも!」
「待て。」
オーガは機体を旋回させる。
フォートレスの周囲を大きく回る。
射撃。
回避。
射撃。
また回避。
ダトゥの注意が完全にカトラスへ向いていた。
「逃げ回るだけか!」
フォートレスが旋回する。
重い機体。
火力は高い。
装甲も厚い。
だが。
動きはソリダスほど速くない。
オーガの目が細くなる。
「ケン。」
「う、うん!」
「俺が右肩を開ける。」
「え?」
「そこへアンカーを撃ち込め。」
ケンがフォートレスを見る。
右肩。
大型武装と装甲に覆われた部分。
「出来るの?」
「出来るかじゃない。」
狙撃用ライフルを構える。
「やれ。」
「またそれ!?」
反射的に言い返した。
その瞬間。
ケン自身が目を見開いた。
オーガが僅かに笑う。
「そのくらい言えるなら大丈夫だ。」
「今それ言う!?」
「行くぞ。」
カトラスが急加速した。
「チッ!」
ダトゥが狙いを変える。
弾幕がカトラスへ集中する。
オーガは避けない。
最小限。
必要な分だけ動く。
一発。
二発。
装甲へ被弾する。
それでも前へ出る。
「オーガ!」
「まだだ!」
カトラスの狙撃用ライフルが火を噴いた。
一発。
フォートレス右肩の砲塔基部へ命中。
二発目。
同じ場所。
装甲がひしゃげる。
三発目。
「開け!」
爆発。
右肩の装甲が吹き飛んだ。
「今だ!ケン!」
「はい!」
ダウトが飛び込む。
フォートレスの砲口がこちらへ向く。
《敵射線予測》
青いライン。
ケンはそれを追う。
右。
下。
急上昇。
弾幕の隙間を縫う。
「なんだその動きは!」
ダトゥが砲撃を重ねる。
「当たってたまるか!」
ケンが叫ぶ。
ワイヤーアンカーを構える。
剥き出しになった右肩。
狙う。
「行けぇ!」
射出。
アンカーが装甲の隙間へ食い込んだ。
《SYSTEM ACCESS》
「繋がった!」
大量の情報が流れ込む。
フォートレスの火器管制。
推進制御。
姿勢制御。
「全部じゃなくていい!」
ケンは迷わなかった。
「撃てなくすれば!」
《火器管制システム 干渉》
フォートレスの砲口が震える。
「なに!?」
ダトゥがトリガーを引く。
反応しない。
「撃てん!?」
オーガが動いた。
「十分だ。」
狙撃用ライフル。
一発。
フォートレスのメインスラスター。
爆発。
二発。
左脚推進器。
破壊。
三発。
残っていた大型火器。
砲身が根元から吹き飛ぶ。
フォートレスの巨体が傾く。
「この……!」
ダトゥが機体を動かそうとする。
だが。
火器は使えない。
推進器も潰された。
『ダトゥ機、戦闘継続不能!!』
一瞬の静寂。
そして。
『決まったぁぁぁぁぁ!!』
実況が絶叫した。
『大番狂わせ!!』
『優勝候補筆頭!!』
『カストロファミリー直属戦闘部隊を破ったのは――!!』
『レッドスワン海賊団だぁぁぁぁぁ!!』
会場が爆発したような歓声に包まれる。
「嘘だろ!」
「九倍だぞ!」
「レッドスワンに賭けた奴いるのか!?」
「ガンダムだ!」
「やっぱりガンダムじゃねぇか!」
無数の声。
ケンは呆然と聞いていた。
目の前。
戦闘不能になった二機。
ソリダス。
フォートレス。
どちらも爆発していない。
「……。」
自分の手を見る。
まだ少し震えている。
でも。
さっきとは違った。
「ケン。」
通信。
オーガだった。
「終わったぞ。」
「……うん。」
「戻る。」
「うん。」
ダウトがゆっくりと旋回する。
その時。
ケンはもう一度だけイレズのソリダスを見た。
そして。
小さく呟く。
「……これでいい。」
――――――――――
会場格納庫。
ダウトが着艦する。
機体固定。
ハッチが開く。
ケンはゆっくりと梯子を降りた。
「坊主!」
おやっさんが駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「あ……うん。」
「機体じゃねぇ!」
「お前だ!」
「あ……。」
ケンは少しだけ困った顔をする。
「たぶん……大丈夫。」
「たぶんじゃ分からん。」
そう言いながらも、おやっさんはそれ以上聞かなかった。
すぐに整備員達へ振り返る。
「ダウトのチェック急げ!」
「決勝まで時間がねぇぞ!」
「ワイヤー系統最優先!」
整備員達が一斉に動き始める。
隣ではカトラスも固定されていた。
ハッチが開き。
オーガが降りてくる。
「お疲れ。」
ケンが言った。
「ああ。」
短い返事。
その時。
「おいおいおい!」
聞き慣れた声。
格納庫の奥。
先に移動してきていたナーベルが、大股で歩いてくる。
「やったじゃねぇか坊や!」
「優勝候補だぞ!」
「九対一だぞ!」
「九倍だぞ!」
「なんで倍率二回言うの……。」
「大事だろ!」
「何が?」
ナーベルが豪快に笑う。
ケンも。
ほんの少しだけ笑った。
それを見たオーガが何も言わず視線を逸らす。
ナーベルもすぐには何も言わなかった。
やがて。
「……ま。」
頭を掻く。
「少しはマシな顔になったじゃねぇか。」
ケンは自分の頬に触れる。
「そう?」
「さっきまで死人みてぇだった。」
「言い方……。」
「生きてんだからいいだろ。」
「それもそうだけど……。」
ケンはそこで言葉を止めた。
シャックス。
まだ消えてはいない。
あの感触も。
笑い声も。
忘れられるとは思えない。
それでも。
今は。
さっきより呼吸が出来た。
その時だった。
格納庫内へアナウンスが流れる。
『準決勝全試合が終了しました。』
『決勝戦進出チームが確定しました。』
ナーベルの表情が変わる。
オーガもモニターへ視線を向けた。
ケンも顔を上げる。
「決勝……。」
『決勝戦――』
大型モニターが切り替わる。
『レッドスワン海賊団。』
歓声。
そして。
『対戦相手は――』
映像が変わった。
一機。
黒を基調とした高機動型MS。
ソリダスをさらに戦闘用へ研ぎ澄ましたような機体。
その隣。
ゆっくりと。
もう一機が映し出された。
黒。
黄色。
巨大な両腕。
五本の指。
鋭い爪。
竜を思わせる頭部。
そして。
背部から伸びる短い尾。
ナーベルの顔から。
一瞬で血の気が引いた。
「……。」
オーガも言葉を失う。
ケンが二人を見る。
「ナーベル?」
返事がない。
「どうしたの?」
ナーベルはモニターから目を離さなかった。
拳が震えている。
「……なんでだ。」
「え?」
「なんで……。」
掠れた声。
いつもの勢いはない。
「なんであれが……ここにある。」
ケンは再びモニターを見る。
黒と黄色の機体。
見たことのないMS。
「知ってるの?」
長い沈黙。
ナーベルがゆっくり口を開いた。
「……あれは。」
拳を強く握り締める。
「色は違うが親父が乗ってた機体だ。」
モニターの中。
黒い機体のバイザーが光る。
その名が表示された。
サラマンダー。