機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第22話「父の汚名」

 

 

「……あれは。」

 

ナーベルは大型モニターを見上げたまま動かなかった。

 

「親父が乗ってた機体だ。」

 

ケンも画面へ視線を戻す。

 

黒を基調とした装甲。

 

各所に入った黄色の差し色。

 

巨大な両腕。

 

五本の指すべてが鋭い爪となったヒートクロー。

 

竜を思わせる頭部。

 

そして、背後に折り畳まれた尾のようなユニット。

 

画面には機体名が表示されている。

 

サラマンダー。

 

「親父さんの……?」

 

「正確には同型機だ。」

 

答えたのはオーガだった。

 

「サラマンダーは一機だけじゃない。」

 

「じゃあ、あれは別の……。」

 

「ああ。」

 

ナーベルが短く答える。

 

いつもの勢いがない。

 

ケンはそんなナーベルの横顔を見た。

 

「……前に親父さんが罪を着せられたって言ってたよね。」

 

「言ったな。」

 

「もしかして……あの機体が関係してるの?」

 

ナーベルはしばらく黙っていた。

 

やがて近くの椅子へ腰を下ろす。

 

煙草を一本取り出し、火を点けた。

 

「……関係してるなんてもんじゃねぇよ。」

 

煙を吐く。

 

「全部の始まりだ。」

 

ケンは黙って続きを待った。

 

「親父とカストロはな。」

 

ナーベルが口を開く。

 

「昔は親友だった。」

 

「え?」

 

思わず聞き返した。

 

今のレッドスワン海賊団とカストロファミリーの関係からは、まったく想像出来なかった。

 

「親父は海賊。」

 

「カストロはマフィア。」

 

「進む道は違っても、困った時は助け合おうって酒まで飲み交わした仲だったらしい。」

 

先に名を上げたのはドン・カストロだった。

 

まだカストロファミリーが新興勢力だった頃。

 

当時、暗礁宙域最大の勢力を誇っていたマフィア。

 

その下部組織のシマを奪い取ったことで、カストロの名は一気に広がった。

 

当然。

 

上の組織が黙っているはずもない。

 

報復。

 

カストロファミリーは瞬く間に追い詰められた。

 

「そこを助けたのが親父だ。」

 

ナーベルが言う。

 

「まだ誰も名前なんか知らなかった頃のレッドスワン海賊団でな。」

 

「親父達がカストロに加勢して、攻めてきた連中を潰した。」

 

残ったシマをカストロファミリーが引き継ぎ。

 

その勢力は一気に拡大。

 

やがて。

 

暗礁宙域最大のマフィアへと成長した。

 

「じゃあ……。」

 

ケンが呟く。

 

「今のカストロファミリーがあるのって……。」

 

「親父が助けたのも大きいだろうな。」

 

ナーベルは煙草を指で挟んだ。

 

「その頃は、それで良かったんだろ。」

 

「親友が成功して。」

 

「自分はその親友を助けた。」

 

「……でもな。」

 

ナーベルの声が少し低くなる。

 

その後。

 

今度はレッドスワン海賊団が力を付け始めた。

 

ナーベン=シーマの名が広がる。

 

仲間が増える。

 

仕事も増える。

 

そして。

 

サラマンダー。

 

コロニー国家連合が極秘開発していた対ガンダム用試作MS。

 

連合側は機体の実戦データを欲しがっていた。

 

しかし、極秘兵器を正規部隊で大々的に試すことは出来ない。

 

そこでナーベンと秘密裏に取引を行った。

 

サラマンダーを提供する代わりに。

 

ナーベンは実戦で得たデータを渡す。

 

当然。

 

表には出せない取引だった。

 

そして。

 

サラマンダーを得たレッドスワンは、さらに名を上げていった。

 

「カストロは最初、自分の方が上だった。」

 

オーガが静かに言う。

 

「だから余裕もあったんだろう。」

 

「だが、親父の名が大きくなるにつれて変わった。」

 

ナーベルが鼻で笑う。

 

「親友が自分に追いついてくるのが怖くなったんだろ。」

 

「それで……。」

 

ケンがモニターのサラマンダーを見る。

 

「嫉妬した?」

 

「たぶんな。」

 

ナーベルは答えた。

 

「不安だったのかもしれねぇ。」

 

「自分の場所を取られるって。」

 

「親父にはそんな気なかったと思うけどな。」

 

ナーベルは煙草を灰皿へ押し付ける。

 

「でもカストロには、そう見えなくなった。」

 

やがて。

 

カストロはサラマンダーの存在を知る。

 

ナーベンが急速に名を上げた理由。

 

その一つが。

 

あの機体だということも。

 

そして。

 

コロニー国家連合が別のサラマンダーを輸送するという情報を掴んだ。

 

「……それさえあれば。」

 

ケンが小さく呟く。

 

ナーベルがケンを見る。

 

「ああ。」

 

「たぶん、そう思ったんだろうな。」

 

カストロファミリーは輸送艦を襲撃した。

 

サラマンダーを奪った。

 

そして。

 

その罪を。

 

ナーベン=シーマへ被せた。

 

「でも親父さんのサラマンダーは……連合から貰ったんでしょ?」

 

「そうだ。」

 

「だったら連合が違うって言えば――」

 

「言えねぇんだよ。」

 

ナーベルが遮った。

 

「自分達が海賊に極秘試作機渡して、実戦データ集めてましたなんてな。」

 

「……。」

 

ケンは言葉を失った。

 

「だから黙った。」

 

オーガが続ける。

 

「先代が何を訴えても、取引そのものが公には存在しない。」

 

「残ったのは、サラマンダーを持っている海賊がいるという事実だけだった。」

 

輸送艦襲撃。

 

試作機強奪。

 

その容疑は。

 

ナーベンへ向けられた。

 

レッドスワンは追われた。

 

ナーベンは無実を訴え続けた。

 

それでも。

 

追撃は止まらなかった。

 

そして。

 

最後には。

 

捕縛部隊によって包囲された。

 

「親父はレッドスワン号を逃がすために、一人でサラマンダーに乗って残った。」

 

ナーベルの声が少しだけ震えた。

 

「最後まで言ってた。」

 

「輸送艦なんか襲ってねぇって。」

 

「この機体はお前らから渡されたもんだって。」

 

「……。」

 

「誰も聞かなかった。」

 

そして。

 

ナーベン=シーマは。

 

包囲する部隊を引き付け。

 

レッドスワン号を逃がし。

 

そのまま集中攻撃を受けて死亡した。

 

格納庫に機械音だけが響く。

 

ケンはモニターを見つめた。

 

黒と黄色のサラマンダー。

 

カストロファミリーの決勝機。

 

「それからカストロは?」

 

「さらにデカくなった。」

 

ナーベルが吐き捨てる。

 

「邪魔になるかもしれなかった親父はいなくなった。」

 

「サラマンダーまで手に入れた。」

 

「今の地位を盤石にしたってわけだ。」

 

ケンは眉を寄せた。

 

「でも……それって証拠は?」

 

「ねぇよ。」

 

ナーベルは即答した。

 

「ずっとな。」

 

「だからアタシらだって、親父がハメられたとは思ってても全部は証明出来なかった。」

 

オーガが画面を見る。

 

「だが。」

 

「今になって、カストロ側からサラマンダーが出てきた。」

 

ケンもそれを見る。

 

それだけで全てが証明出来るわけではない。

 

だが。

 

あまりにも。

 

出来過ぎている。

 

「……じゃあ、あれが。」

 

「カストロが輸送艦から奪ったサラマンダーかもしれない。」

 

「ああ。」

 

ナーベルは立ち上がった。

 

そして。

 

モニターを睨み付ける。

 

「やっと出てきやがった。」

 

その声を聞いて。

 

ケンはナーベルを見る。

 

怒っている。

 

当然だ。

 

父親を陥れ。

 

死へ追いやったかもしれない男。

 

そして。

 

その事件に繋がる機体が。

 

今。

 

目の前にある。

 

「オーガ。」

 

「なんだ。」

 

「決勝。」

 

ナーベルが振り返る。

 

「アタシが出る。」

 

ケンが目を丸くした。

 

「え?」

 

オーガは驚かなかった。

 

しばらく黙ってナーベルを見る。

 

「……予備登録はされている。」

 

「ああ。」

 

「だから出られる。」

 

「ああ。」

 

「だが。」

 

オーガの声が低くなる。

 

「今のお前を出すかどうかは別だ。」

 

ナーベルの眉が吊り上がった。

 

「なんだと?」

 

「頭に血が上がっている。」

 

「上がってねぇ!」

 

「上がってる。」

 

「上がってねぇって言ってんだろ!」

 

「声がでかい。」

 

「元からだ!」

 

ケンが思わず口を挟む。

 

「それはそうだけど……。」

 

「坊や!」

 

「なんで俺に怒るの!?」

 

一瞬だけ。

 

いつものナーベルに戻る。

 

だが。

 

ケンは笑えなかった。

 

今のナーベルを見ていると。

 

少しだけ。

 

胸の奥がざわついた。

 

怒りで。

 

周囲が見えなくなる。

 

自分が何をしているのかさえ分からなくなる。

 

ついさっき。

 

自分自身が経験したばかりだった。

 

だから。

 

他人事には思えなかった。

 

「……ナーベル。」

 

「なんだよ。」

 

ケンは少し迷った。

 

上手い言葉なんて出てこない。

 

「俺が言える立場じゃないけど……。」

 

「怒ってる時って。」

 

「自分では分かってるつもりでも……分かんなくなる時あるから。」

 

ナーベルが黙る。

 

「俺も……そうだったし。」

 

それ以上は言わなかった。

 

誰の名前も出さない。

 

何があったのか。

 

ナーベルもオーガも知っている。

 

ナーベルはしばらくケンを見た。

 

「……坊や。」

 

「うん。」

 

「アタシは大丈夫だ。」

 

「それ一番大丈夫じゃない人が言うやつじゃない?」

 

「うるせぇ!」

 

「ほら!」

 

「坊やとアタシは違う!」

 

「そこじゃないでしょ!」

 

オーガが額を押さえる。

 

「……話が進まん。」

 

「オーガがアタシを信用しねぇからだろ!」

 

「信用してるから止めてる。」

 

ナーベルが口を閉じた。

 

オーガは続ける。

 

「お前は船長だ。」

 

「百人近い人間を背負っている。」

 

「この大会へ来た理由を忘れるな。」

 

「……。」

 

レッドスワン海賊団の自由。

 

カストロファミリーからの独立。

 

それこそが。

 

ここまで勝ち進んできた理由だった。

 

ナーベルはモニターを見上げる。

 

しばらく。

 

何も言わなかった。

 

「……忘れてねぇよ。」

 

やがて。

 

小さく答える。

 

「親父の仇がどうとか。」

 

「カストロをぶん殴りてぇとか。」

 

「そういうの全部ひっくるめても。」

 

拳を握る。

 

「アタシはレッドスワンの船長だ。」

 

ケンはその横顔を見る。

 

「勝つ。」

 

ナーベルが言った。

 

「決勝に勝って。」

 

「アタシらは自由になる。」

 

そして。

 

再びサラマンダーを見る。

 

「そのついでに。」

 

口元を吊り上げた。

 

「親父の借りも返してやる。」

 

「ついでなんだ……。」

 

「大事なのは順番だろ?」

 

「いや、まぁ……そうだけど。」

 

少しだけ。

 

ケンの肩から力が抜ける。

 

怒りが消えたわけではない。

 

ナーベルの目を見れば分かる。

 

それでも。

 

怒りだけで決勝へ向かっているわけではない。

 

少なくとも。

 

今は。

 

「オーガ。」

 

ナーベルが言う。

 

「アタシを出せ。」

 

オーガはしばらく考えた。

 

「……ダウトは外せない。」

 

「当然だ。」

 

二人の視線が。

 

ケンへ向く。

 

「え?」

 

「坊やは決勝も出ろ。」

 

「いや、俺には拒否権ないの?」

 

「あると思ってたのか?」

 

「一応聞いただけ!」

 

オーガは無視して続ける。

 

「なら交代するのは俺になる。」

 

ケンの表情が変わる。

 

「オーガが……?」

 

「ああ。」

 

「ナーベルは予備登録されている。」

 

「俺と交代すれば問題ない。」

 

ナーベルが腕を組む。

 

「決まりだな。」

 

「まだ決めたとは言ってない。」

 

「今言っただろ。」

 

「仕組みを説明しただけだ。」

 

「面倒くせぇな!」

 

「お前が面倒にしている。」

 

また始まった。

 

ケンは二人を見ながら。

 

小さく息を吐いた。

 

その時。

 

格納庫の奥から声が飛んでくる。

 

「坊主!」

 

おやっさんだった。

 

「いつまで喋ってやがる!」

 

「ダウトの確認するぞ!」

 

「あっ!」

 

ケンが振り返る。

 

準決勝を終えたガンダムダウト。

 

その周囲では。

 

整備員達が既に慌ただしく動いていた。

 

決勝まで時間はない。

 

相手は。

 

サラマンダー。

 

そして。

 

カストロファミリー。

 

「行ってこい。」

 

オーガが言う。

 

「うん。」

 

ケンはダウトへ向かおうとして。

 

一度だけ足を止めた。

 

振り返る。

 

ナーベルは。

 

まだサラマンダーを見ていた。

 

父親を奪った過去。

 

ずっと背負ってきた汚名。

 

それが。

 

決勝という形で。

 

目の前へ現れた。

 

でも。

 

それはナーベルの戦いだ。

 

ケンには。

 

ケンのやることがある。

 

ダウトを見上げる。

 

ここまで来た。

 

あと一試合。

 

レッドスワンの自由を懸けた。

 

最後の戦い。

 

「……決勝か。」

 

ケンは小さく呟いた。

 

怖くないと言えば。

 

嘘になる。

 

それでも。

 

足は止めなかった。

 

おやっさん達の待つ。

 

ガンダムダウトへ向かって歩き出した。

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