機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
「……あれは。」
ナーベルは大型モニターを見上げたまま動かなかった。
「親父が乗ってた機体だ。」
ケンも画面へ視線を戻す。
黒を基調とした装甲。
各所に入った黄色の差し色。
巨大な両腕。
五本の指すべてが鋭い爪となったヒートクロー。
竜を思わせる頭部。
そして、背後に折り畳まれた尾のようなユニット。
画面には機体名が表示されている。
サラマンダー。
「親父さんの……?」
「正確には同型機だ。」
答えたのはオーガだった。
「サラマンダーは一機だけじゃない。」
「じゃあ、あれは別の……。」
「ああ。」
ナーベルが短く答える。
いつもの勢いがない。
ケンはそんなナーベルの横顔を見た。
「……前に親父さんが罪を着せられたって言ってたよね。」
「言ったな。」
「もしかして……あの機体が関係してるの?」
ナーベルはしばらく黙っていた。
やがて近くの椅子へ腰を下ろす。
煙草を一本取り出し、火を点けた。
「……関係してるなんてもんじゃねぇよ。」
煙を吐く。
「全部の始まりだ。」
ケンは黙って続きを待った。
「親父とカストロはな。」
ナーベルが口を開く。
「昔は親友だった。」
「え?」
思わず聞き返した。
今のレッドスワン海賊団とカストロファミリーの関係からは、まったく想像出来なかった。
「親父は海賊。」
「カストロはマフィア。」
「進む道は違っても、困った時は助け合おうって酒まで飲み交わした仲だったらしい。」
先に名を上げたのはドン・カストロだった。
まだカストロファミリーが新興勢力だった頃。
当時、暗礁宙域最大の勢力を誇っていたマフィア。
その下部組織のシマを奪い取ったことで、カストロの名は一気に広がった。
当然。
上の組織が黙っているはずもない。
報復。
カストロファミリーは瞬く間に追い詰められた。
「そこを助けたのが親父だ。」
ナーベルが言う。
「まだ誰も名前なんか知らなかった頃のレッドスワン海賊団でな。」
「親父達がカストロに加勢して、攻めてきた連中を潰した。」
残ったシマをカストロファミリーが引き継ぎ。
その勢力は一気に拡大。
やがて。
暗礁宙域最大のマフィアへと成長した。
「じゃあ……。」
ケンが呟く。
「今のカストロファミリーがあるのって……。」
「親父が助けたのも大きいだろうな。」
ナーベルは煙草を指で挟んだ。
「その頃は、それで良かったんだろ。」
「親友が成功して。」
「自分はその親友を助けた。」
「……でもな。」
ナーベルの声が少し低くなる。
その後。
今度はレッドスワン海賊団が力を付け始めた。
ナーベン=シーマの名が広がる。
仲間が増える。
仕事も増える。
そして。
サラマンダー。
コロニー国家連合が極秘開発していた対ガンダム用試作MS。
連合側は機体の実戦データを欲しがっていた。
しかし、極秘兵器を正規部隊で大々的に試すことは出来ない。
そこでナーベンと秘密裏に取引を行った。
サラマンダーを提供する代わりに。
ナーベンは実戦で得たデータを渡す。
当然。
表には出せない取引だった。
そして。
サラマンダーを得たレッドスワンは、さらに名を上げていった。
「カストロは最初、自分の方が上だった。」
オーガが静かに言う。
「だから余裕もあったんだろう。」
「だが、親父の名が大きくなるにつれて変わった。」
ナーベルが鼻で笑う。
「親友が自分に追いついてくるのが怖くなったんだろ。」
「それで……。」
ケンがモニターのサラマンダーを見る。
「嫉妬した?」
「たぶんな。」
ナーベルは答えた。
「不安だったのかもしれねぇ。」
「自分の場所を取られるって。」
「親父にはそんな気なかったと思うけどな。」
ナーベルは煙草を灰皿へ押し付ける。
「でもカストロには、そう見えなくなった。」
やがて。
カストロはサラマンダーの存在を知る。
ナーベンが急速に名を上げた理由。
その一つが。
あの機体だということも。
そして。
コロニー国家連合が別のサラマンダーを輸送するという情報を掴んだ。
「……それさえあれば。」
ケンが小さく呟く。
ナーベルがケンを見る。
「ああ。」
「たぶん、そう思ったんだろうな。」
カストロファミリーは輸送艦を襲撃した。
サラマンダーを奪った。
そして。
その罪を。
ナーベン=シーマへ被せた。
「でも親父さんのサラマンダーは……連合から貰ったんでしょ?」
「そうだ。」
「だったら連合が違うって言えば――」
「言えねぇんだよ。」
ナーベルが遮った。
「自分達が海賊に極秘試作機渡して、実戦データ集めてましたなんてな。」
「……。」
ケンは言葉を失った。
「だから黙った。」
オーガが続ける。
「先代が何を訴えても、取引そのものが公には存在しない。」
「残ったのは、サラマンダーを持っている海賊がいるという事実だけだった。」
輸送艦襲撃。
試作機強奪。
その容疑は。
ナーベンへ向けられた。
レッドスワンは追われた。
ナーベンは無実を訴え続けた。
それでも。
追撃は止まらなかった。
そして。
最後には。
捕縛部隊によって包囲された。
「親父はレッドスワン号を逃がすために、一人でサラマンダーに乗って残った。」
ナーベルの声が少しだけ震えた。
「最後まで言ってた。」
「輸送艦なんか襲ってねぇって。」
「この機体はお前らから渡されたもんだって。」
「……。」
「誰も聞かなかった。」
そして。
ナーベン=シーマは。
包囲する部隊を引き付け。
レッドスワン号を逃がし。
そのまま集中攻撃を受けて死亡した。
格納庫に機械音だけが響く。
ケンはモニターを見つめた。
黒と黄色のサラマンダー。
カストロファミリーの決勝機。
「それからカストロは?」
「さらにデカくなった。」
ナーベルが吐き捨てる。
「邪魔になるかもしれなかった親父はいなくなった。」
「サラマンダーまで手に入れた。」
「今の地位を盤石にしたってわけだ。」
ケンは眉を寄せた。
「でも……それって証拠は?」
「ねぇよ。」
ナーベルは即答した。
「ずっとな。」
「だからアタシらだって、親父がハメられたとは思ってても全部は証明出来なかった。」
オーガが画面を見る。
「だが。」
「今になって、カストロ側からサラマンダーが出てきた。」
ケンもそれを見る。
それだけで全てが証明出来るわけではない。
だが。
あまりにも。
出来過ぎている。
「……じゃあ、あれが。」
「カストロが輸送艦から奪ったサラマンダーかもしれない。」
「ああ。」
ナーベルは立ち上がった。
そして。
モニターを睨み付ける。
「やっと出てきやがった。」
その声を聞いて。
ケンはナーベルを見る。
怒っている。
当然だ。
父親を陥れ。
死へ追いやったかもしれない男。
そして。
その事件に繋がる機体が。
今。
目の前にある。
「オーガ。」
「なんだ。」
「決勝。」
ナーベルが振り返る。
「アタシが出る。」
ケンが目を丸くした。
「え?」
オーガは驚かなかった。
しばらく黙ってナーベルを見る。
「……予備登録はされている。」
「ああ。」
「だから出られる。」
「ああ。」
「だが。」
オーガの声が低くなる。
「今のお前を出すかどうかは別だ。」
ナーベルの眉が吊り上がった。
「なんだと?」
「頭に血が上がっている。」
「上がってねぇ!」
「上がってる。」
「上がってねぇって言ってんだろ!」
「声がでかい。」
「元からだ!」
ケンが思わず口を挟む。
「それはそうだけど……。」
「坊や!」
「なんで俺に怒るの!?」
一瞬だけ。
いつものナーベルに戻る。
だが。
ケンは笑えなかった。
今のナーベルを見ていると。
少しだけ。
胸の奥がざわついた。
怒りで。
周囲が見えなくなる。
自分が何をしているのかさえ分からなくなる。
ついさっき。
自分自身が経験したばかりだった。
だから。
他人事には思えなかった。
「……ナーベル。」
「なんだよ。」
ケンは少し迷った。
上手い言葉なんて出てこない。
「俺が言える立場じゃないけど……。」
「怒ってる時って。」
「自分では分かってるつもりでも……分かんなくなる時あるから。」
ナーベルが黙る。
「俺も……そうだったし。」
それ以上は言わなかった。
誰の名前も出さない。
何があったのか。
ナーベルもオーガも知っている。
ナーベルはしばらくケンを見た。
「……坊や。」
「うん。」
「アタシは大丈夫だ。」
「それ一番大丈夫じゃない人が言うやつじゃない?」
「うるせぇ!」
「ほら!」
「坊やとアタシは違う!」
「そこじゃないでしょ!」
オーガが額を押さえる。
「……話が進まん。」
「オーガがアタシを信用しねぇからだろ!」
「信用してるから止めてる。」
ナーベルが口を閉じた。
オーガは続ける。
「お前は船長だ。」
「百人近い人間を背負っている。」
「この大会へ来た理由を忘れるな。」
「……。」
レッドスワン海賊団の自由。
カストロファミリーからの独立。
それこそが。
ここまで勝ち進んできた理由だった。
ナーベルはモニターを見上げる。
しばらく。
何も言わなかった。
「……忘れてねぇよ。」
やがて。
小さく答える。
「親父の仇がどうとか。」
「カストロをぶん殴りてぇとか。」
「そういうの全部ひっくるめても。」
拳を握る。
「アタシはレッドスワンの船長だ。」
ケンはその横顔を見る。
「勝つ。」
ナーベルが言った。
「決勝に勝って。」
「アタシらは自由になる。」
そして。
再びサラマンダーを見る。
「そのついでに。」
口元を吊り上げた。
「親父の借りも返してやる。」
「ついでなんだ……。」
「大事なのは順番だろ?」
「いや、まぁ……そうだけど。」
少しだけ。
ケンの肩から力が抜ける。
怒りが消えたわけではない。
ナーベルの目を見れば分かる。
それでも。
怒りだけで決勝へ向かっているわけではない。
少なくとも。
今は。
「オーガ。」
ナーベルが言う。
「アタシを出せ。」
オーガはしばらく考えた。
「……ダウトは外せない。」
「当然だ。」
二人の視線が。
ケンへ向く。
「え?」
「坊やは決勝も出ろ。」
「いや、俺には拒否権ないの?」
「あると思ってたのか?」
「一応聞いただけ!」
オーガは無視して続ける。
「なら交代するのは俺になる。」
ケンの表情が変わる。
「オーガが……?」
「ああ。」
「ナーベルは予備登録されている。」
「俺と交代すれば問題ない。」
ナーベルが腕を組む。
「決まりだな。」
「まだ決めたとは言ってない。」
「今言っただろ。」
「仕組みを説明しただけだ。」
「面倒くせぇな!」
「お前が面倒にしている。」
また始まった。
ケンは二人を見ながら。
小さく息を吐いた。
その時。
格納庫の奥から声が飛んでくる。
「坊主!」
おやっさんだった。
「いつまで喋ってやがる!」
「ダウトの確認するぞ!」
「あっ!」
ケンが振り返る。
準決勝を終えたガンダムダウト。
その周囲では。
整備員達が既に慌ただしく動いていた。
決勝まで時間はない。
相手は。
サラマンダー。
そして。
カストロファミリー。
「行ってこい。」
オーガが言う。
「うん。」
ケンはダウトへ向かおうとして。
一度だけ足を止めた。
振り返る。
ナーベルは。
まだサラマンダーを見ていた。
父親を奪った過去。
ずっと背負ってきた汚名。
それが。
決勝という形で。
目の前へ現れた。
でも。
それはナーベルの戦いだ。
ケンには。
ケンのやることがある。
ダウトを見上げる。
ここまで来た。
あと一試合。
レッドスワンの自由を懸けた。
最後の戦い。
「……決勝か。」
ケンは小さく呟いた。
怖くないと言えば。
嘘になる。
それでも。
足は止めなかった。
おやっさん達の待つ。
ガンダムダウトへ向かって歩き出した。