機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
「坊主、右腕上げろ!」
「はい!」
ケンが操縦桿を動かす。
整備用の固定台に収まったガンダムダウトの右腕が、ゆっくりと持ち上がった。
その周囲では整備員達が慌ただしく動いている。
準決勝を終えたばかりの機体。
装甲には細かな傷が増えていた。
ワイヤーアンカー。
ヒートカトラス。
ナックルガードシールド。
サブマシンガン。
決勝へ向け、一つずつ状態確認が進められている。
「もう一回。」
「はい。」
腕を下ろす。
再び上げる。
おやっさんは端末へ目を落とし、数値を確認した。
「……よし。」
「右腕は問題ねぇ。」
「ワイヤーアンカーは?」
「今見てる。」
「ちゃんと使える?」
「だから今見てるって言ってんだろ!」
「す、すいません……。」
ケンはコックピットの中で小さくなる。
準決勝を終えてから。
少しだけ。
いつもの調子が戻っていた。
完全に吹っ切れたわけではない。
それでも。
自分自身が怖くて何も考えられなかった時よりは、ずっとマシだった。
「……ほんとに、あと一回なんだよね。」
独り言のつもりだった。
『そうだ。』
おやっさんの声が返ってくる。
「あ。」
通信が繋がったままだった。
「決勝って聞くと急に帰りたくなってきた……。」
『ここまで来て何言ってやがる。』
「だって決勝だよ?」
『だからなんだ。』
「一番強い相手が出てくるってことでしょ?」
『当たり前だろ。』
「帰りたい……。」
『坊主。』
「はい。」
『腹括れ。』
「……はい。」
その時だった。
格納庫の奥から、大きな声が響く。
「だからアタシが出るって言ってんだろ!」
ケンが振り返る。
ナーベルとオーガ。
二人が向かい合っていた。
「出ることに反対してるんじゃない。」
オーガが腕を組んだまま言う。
「なら何なんだよ!」
「頭に血が上がってる。」
「上がってねぇ!」
「上がってる。」
「上がってねぇって言ってんだろ!」
「声がでかい。」
「元からだ!」
ケンはコックピットから二人を見る。
ナーベルは予備パイロットとして登録されている。
そして。
決勝で使う機体もある。
ナーベル専用機。
カトラス・C。
二刀のヒートカトラス。
額にはヒートホーン。
ダウトの改修が進められていた裏で、おやっさんが修理と整備を続けていた船長機。
さらに。
バックパックにも手が加えられていた。
機動性。
旋回能力。
共に以前より向上している。
ナーベルの近接戦闘に、より適した状態へと仕上げられていた。
問題は。
機体ではなかった。
「ナーベル。」
オーガが言う。
「先代が死んでから。」
ナーベルの表情が僅かに変わる。
「俺達が何年耐えてきたと思ってる。」
「……。」
「ガタガタになった海賊団を立て直すために。」
「カストロの庇護を受けた。」
ナーベルは黙る。
当時。
支柱だったナーベンを失ったレッドスワン海賊団は、大きく勢力を落としていた。
若いナーベルが跡を継いだものの。
船も。
小惑星の街も。
そこに暮らす仲間達も。
守るだけで精一杯だった。
そんな時。
ドン・カストロが手を差し伸べた。
かつての親友のガキを助ける。
そんな顔をして。
「最初はアタシらだって感謝してた。」
ナーベルが吐き捨てるように言う。
「ああ。」
オーガが頷く。
「だから従った。」
だが。
次第に。
要求は増えていった。
危険な仕事。
割に合わない仕事。
無茶な要求。
断れば。
決まってカストロは言った。
――俺の親友だったナーベンの子供のお前等だから頼んでる。
――誇り高きレッドスワン海賊団の名を継ぐお前等なら出来るだろう。
聞こえのいい言葉。
だが。
実際には。
利用されていた。
搾取されていた。
それでも。
ナーベル達は耐えた。
父が残したレッドスワン号を。
小惑星を。
仲間達を。
守るために。
「でも。」
オーガが続ける。
「俺たちは先代の最後の言葉だけは忘れなかった。」
ナーベルの拳が握られる。
――俺はやってねぇ!
誰よりも尊敬した父親。
大船長。
その最後の言葉。
だから。
ナーベルとオーガは動いた。
カストロファミリーの内側を探った。
そして。
掴んだ。
ドン・カストロが。
コロニー国家連合の輸送艦襲撃に関わっていた証拠。
さらに。
自分達が長年。
都合よく使われ続けていたという事実。
「証拠を掴んだ時。」
オーガが言う。
「お前はすぐカストロの所へ殴り込みに行こうとした。」
「……覚えてる。」
「止めた。」
「ああ。」
「勝てなかったからだ。」
ナーベルが顔を上げる。
オーガの目は冷静だった。
「俺達には力がなかった。」
「カストロを殺しても、その後にファミリー全部を敵に回せば。」
「船も。」
「街も。」
「仲間も守れない。」
「だから待った。」
ナーベルが低く言う。
「ああ。」
「力を溜めた。」
「いつか。」
「必ず。」
短い沈黙。
「カストロを潰すためにな。」
ナーベルの口元が僅かに上がった。
「だったら。」
モニターへ視線を向ける。
そこには。
決勝へ出場するサラマンダー。
そして。
パイロット名。
ドン・カストロ。
「今だろ。」
オーガもモニターを見る。
「……ああ。」
ナーベルが少し意外そうな顔をした。
「止めねぇのか?」
「何故止める。」
オーガは淡々と答える。
「カストロ本人が出てくる。」
「しかも試合だ。」
「ここで仕留めれば。」
「復讐は果たせる。」
「カストロファミリーは頭を失う。」
「俺達も支配から抜けられる。」
ナーベルの目が鋭くなる。
「これ以上ない好機だ。」
「だろ?」
「ああ。」
ただし。
オーガは指を一本立てた。
「だからこそ。」
「絶対にしくじるな。」
「……。」
「怒りに任せて突っ込んで。」
「返り討ちに遭うのが一番馬鹿らしい。」
ナーベルの眉が吊り上がる。
「誰が返り討ちに遭うって?」
「そういうところだ。」
「オーガ!」
ケンが思わず口を挟む。
「でもオーガの言ってることは分かる。」
「坊やまで何なんだ!」
「だってナーベル、絶対カストロ見たら突っ込むじゃん。」
「突っ込まねぇ!」
オーガが即座に言う。
「嘘だな。」
「なんでお前が即答すんだよ!」
「長い付き合いだからだ。」
「ちくしょう!」
ケンは少しだけ笑った。
張り詰めていた空気が。
僅かに緩む。
だが。
ナーベルの目から。
怒りが消えたわけではない。
むしろ。
はっきりしていた。
ずっと待ち続けた相手が。
ついに。
手の届く場所へ現れた。
「オーガ。」
「ああ。」
「ここで終わらせる。」
ナーベルが言う。
「親父を嵌めたことも。」
「アタシらを散々使い潰そうとしたことも。」
「全部。」
拳を握る。
「カストロに返してやる。」
オーガは短く頷いた。
「そのために。」
「生きて帰れ。」
ナーベルが笑う。
「当然だ。」
「坊主!」
突然。
おやっさんの声が飛んできた。
「はい!」
「終わったぞ!」
ケンが前を見る。
おやっさんが親指を立てる。
「ワイヤーアンカー問題なし。」
「ヒートカトラス二本とも使える。」
「サブマシンガンも異常なし。」
「ナックルガードシールドもそのまま出せる。」
ガンダムダウトを見上げ。
「決勝。」
「行けるぞ。」
「……。」
ケンもダウトを見る。
ここまで。
本当に色々あった。
最初は。
廃工場で見つけただけだった。
ジャンクを貼り付けて。
ガンダムだと言って。
動画を撮っただけだった。
それが。
今は。
暗礁宙域最大級の闇試合。
その決勝。
「……なんでこうなったんだろ。」
『今さらか。』
「いや、たまに考えないと俺も追いつかないというか……。」
『いいから降りろ。最終確認するぞ。』
「はい……。」
――――――――――
モニタールーム。
大型画面へ。
決勝戦の出場者情報が表示されていた。
ノン。
グレアー。
メイド長。
三人が画面を見つめている。
「オーガじゃない。」
ノンが出場者名を見る。
ケン=大神。
ナーベル=シーマ。
グレアーが頷いた。
「船長さんが出るようですねぇ。」
「……大丈夫なの?」
「事情が事情でやすからね。」
グレアーも画面を見る。
「腕は確かなんでしょうが。」
少し間を置く。
「かなり真っ直ぐな方ですから。」
ノンが即答した。
「でしょうね。」
メイド長は二人の会話には入らず。
静かにノンの横に立っていた。
「お嬢様。」
「何?」
「間もなく出撃のようです。」
「……うん。」
ノンは再び画面を見る。
決勝相手。
一人目。
アダマン。
カストロファミリー専属傭兵。
搭乗機。
ソリダスエースAC。
黒を基調とした細身の機体。
緑の差し色。
両手にライフルを装備した高機動射撃特化型。
そして。
もう一人。
ドン・カストロ。
搭乗機。
サラマンダー。
黒い装甲。
黄色の差し色。
巨大なヒートクロー。
尾部へ折り畳まれたレールガン。
ノンが僅かに目を見開く。
「……本人が出るの?」
「そうらしいですな。」
グレアーの表情も険しい。
「主催者自ら決勝へ。」
「随分と本気でやす。」
ノンは何も答えなかった。
画面に映る。
ガンダムダウトを見つめる。
――――――――――
格納庫。
『レッドスワン海賊団。』
『決勝戦出場者は発進準備を開始してください。』
アナウンスが流れる。
「……来た。」
ケンはヘルメットを被った。
少し離れた場所では。
ナーベルがカトラス・Cへ向かっている。
整備を終えた船長機。
バックパックには、おやっさんによる改修が加えられている。
オーガがナーベルの前へ立つ。
「ナーベル。」
「なんだ。」
「狙うのはカストロだ。」
「ああ。」
「だが。」
「何度も言うな。」
ナーベルがニヤリと笑う。
「分かってる。」
「確実に仕留める。」
オーガは少しだけナーベルを見つめた。
そして。
「……行ってこい。」
「ああ。」
ナーベルとオーガが拳を突き合わせ、カトラス・Cへ乗り込む。
ケンもダウトへ。
ハッチが閉じる。
システム起動。
モニターが次々と点灯する。
ケンは深く息を吸った。
吐く。
「よし……。」
操縦桿を握る。
発進ゲート。
二機が並ぶ。
ガンダムダウト。
カトラス・C。
『坊や。』
通信。
ナーベルだった。
「何?」
『アタシについて来い。』
「……。」
『なんだよ。』
「カストロ見た瞬間に一人で突っ込まない?」
『突っ込まねぇって言ってんだろ!』
「ほんとに?」
『しつこい!』
「だってオーガが――」
『あの野郎……!』
その時。
ゲートの向こうから。
巨大な歓声が響いた。
二人の会話が止まる。
『さぁぁぁぁぁ!!』
実況の声。
『ついにこの時がやって参りました!!』
『カストロカップ――決勝戦!!』
歓声。
怒号。
賭け札を握り締める観客達。
『誰が予想したでしょうか!!』
『謎のガンダムを引っ提げ!!』
『数々の強豪を打ち破り!!』
『遂に決勝へ上り詰めた大穴!!』
『レッドスワン海賊団!!』
東側ゲート。
開放。
『ガンダムダウト!!』
『そして決勝戦では船長自らが参戦!!』
『ナーベル=シーマ!!』
『カトラス・C!!』
「行くぞ坊や!」
「うん!」
二機が飛び出す。
宇宙空間。
小惑星。
巨大モニター。
観客席。
無数の歓声。
そして。
西側ゲート。
『対するはぁぁぁ!!』
歓声がさらに大きくなる。
『暗礁宙域を支配する巨大組織!!』
『カストロファミリー!!』
一機目。
黒と緑。
細身の機体が高速で飛び出した。
ソリダスエースAC。
両手にはライフル。
『カストロファミリー専属傭兵!!』
『アダマン!!』
「……あれか。」
ケンが呟く。
見るだけでも分かる。
速い。
そして。
無駄がない。
続いて。
二機目。
ゆっくりと。
姿を現す。
黒。
黄色。
巨大な両腕。
五本のヒートクロー。
尾部ユニット。
サラマンダー。
『そしてぇぇぇぇ!!』
実況の声が最大になる。
『まさかの本人参戦!!』
『カストロファミリーの頂点!!』
『ドン・カストロォォォ!!』
ナーベルが。
サラマンダーを見つめる。
「……。」
一瞬。
何も言わなかった。
その機体の向こうにいる男。
父を陥れ。
自分達を支配し。
利用し続けてきた男。
「カストロ……。」
低い声。
ケンが横を見る。
「ナーベル。」
『分かってる。』
「まだ何も言ってないよ。」
『言いたいことは分かる。』
「ならいいけど……。」
『坊や。』
「何?」
『アイツはアタシが殺る。』
ケンの表情が変わる。
「……うん。」
ナーベルの声には。
怒りがあった。
だが。
それだけではない。
長い時間。
耐え続け。
待ち続けた末に。
ようやく訪れた機会。
『両チーム!!』
実況。
『準備はよろしいかぁぁぁ!!』
ケンは正面を見る。
アダマン。
ソリダスエースAC。
その奥。
サラマンダー。
ドン・カストロ。
「……。」
怖い。
当然だ。
でも。
ここまで来た。
『決勝戦!!』
一瞬の静寂。
『開始ぃぃぃぃ!!』
直後。
ソリダスエースACが加速した。
「速っ!」
アダマンが一気に距離を詰める。
右手のライフル。
発砲。
ケンは咄嗟にダウトを傾けた。
弾丸が肩の横を通り抜ける。
次。
左手。
「うわっ!」
ナックルガードシールドを構える。
着弾。
衝撃。
「ぐっ!」
アダマンは止まらない。
移動。
射撃。
さらに移動。
また射撃。
「ちょ、ちょっと待って!」
ケンは必死に操縦桿を動かす。
サブマシンガンを構える。
撃つ。
だが。
ソリダスエースACは射線を外した。
「当たらない!」
目の前に。
青いラインは出ない。
行動予測も表示されない。
アシストモードは。
発動していない。
「クッ早いな……!」
再び銃撃。
「うわっ!」
ダウトを横へ振る。
一方。
ナーベルも動いた。
「カストロォォォ!!」
カトラス・C。
加速。
新しくなったバックパックが噴射する。
サラマンダーへ向かって一気に距離を詰める。
「やっぱり突っ込んでるじゃん!」
『今はいいんだよ!』
「さっきと言ってること違う!」
『うるせぇ坊や!』
二刀のヒートカトラス。
抜刀。
斬撃。
サラマンダーの巨大な腕が上がる。
五本のヒートクロー。
激突。
火花が散る。
「ぐっ……!」
ナーベルが歯を食いしばる。
「重てぇ……!」
サラマンダーが押し込む。
だが。
カトラス・Cも以前とは違う。
バックパック噴射。
押される勢いを利用し。
一気に横へ。
旋回。
サラマンダーの側面へ回り込む。
「そこだ!」
もう一本のヒートカトラスを振るう。
サラマンダーが腕を引く。
ヒートクローで受け止める。
再び火花。
「チッ!」
ナーベルが距離を取る。
その瞬間。
サラマンダーの尾が動いた。
折り畳まれていたユニットが展開。
三角錐状の砲身。
「!」
レールガン。
ナーベルは即座にスラスターを吹かす。
カトラス・Cが機体を捻る。
閃光。
弾丸がすぐ横を抜け。
背後のデブリを砕いた。
「……相変わらず洒落にならねぇな。」
ナーベルの額に汗が浮かぶ。
父が乗っていた機体。
その力を。
今。
敵として向けられている。
だが。
視線は逸らさない。
「カストロ!」
再び加速。
「親父を嵌めたのはテメェだろ!」
サラマンダーのカストロは答えない。
ヒートクロー。
ナーベルがヒートカトラスで受ける。
「輸送艦を襲ったのも!」
火花。
「アタシらを今まで利用してたのも!」
押し返す。
「全部!」
カトラス・Cが旋回。
「テメェなんだろ!」
それでも。
返事はない。
「答えろやぁ!」
一方。
ケンは。
アダマンの銃撃を必死にかわしていた。
右。
左。
上。
下。
「なんなんだよコイツ!」
サブマシンガン。
発射。
アダマンは既に別の位置へ。
また撃ってくる。
「機体が速いだけじゃない……!」
距離の取り方。
射撃のタイミング。
移動。
全てが上手い。
「ヤバい……!」
警告音。
「え?」
ソリダスエースAC。
既にダウトの正面。
両手のライフル。
「しまっ――!」
発砲。
ケンは操縦桿を強く切る。
ダウトが横へ跳ぶ。
一発。
バックパックを掠めた。
「うわあっ!」
機体が揺れる。
「くそっ……!」
ケンは機体を立て直す。
前を見る。
アダマン。
そして。
離れた場所では。
ナーベルとカストロ。
カトラス・Cとサラマンダー。
二つの戦いが。
同時に始まっていた。
レッドスワン海賊団。
長年の支配から抜けるための戦い。
そして。
ナーベルとオーガが待ち続けた。
復讐の好機。
その全てを懸けた決勝戦は。
まだ。
始まったばかりだった。