機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
「ナーベル!」
ケンの叫びにも、カトラス・Cは速度を緩めなかった。
損傷した機体から火花を散らしながら、サラマンダーへ一直線に突っ込んでいく。
「カストロォォォォ!!」
右手に握ったヒートカトラスを振り上げ、ナーベルは迷うことなく間合いへ踏み込んだ。
対するサラマンダーは、逃げようともしない。
迫る刃を巨大な右腕で受け止めると、五本のヒートクローがヒートカトラスを挟み込む。
「っ……!」
力任せに押し込もうとするナーベルだったが、出力そのものが違う。
カトラス・Cの右腕が徐々に押し返される。
それでもナーベルは引こうとはしなかった。
「テメェだけは……!」
左手に残るもう一本のヒートカトラスを振り抜く。
サラマンダーは僅かに上体を捻ってそれをかわし、その勢いのまま左腕を横薙ぎに振るった。
「――!」
巨大な爪がカトラス・Cの左肩を捉える。
装甲が一気に引き裂かれ、肩口から破片が飛び散った。
「ぐあっ!」
衝撃で機体が大きく傾く。
左腕の出力表示が赤く染まり、握られていたヒートカトラスが手を離れて宇宙へ流れていった。
それでもナーベルは止まらない。
右腕一本で機体を立て直すと、すぐさまサラマンダーへ向き直る。
「まだだ!」
「ナーベル、一回離れて!」
追い付いたダウトからケンが叫ぶ。
だが、ナーベルは聞く耳を持たなかった。
「邪魔すんな坊や!」
「邪魔じゃないって!」
「コイツはアタシが殺す!」
カトラス・Cが再び加速する。
サラマンダーへ接近し、残ったヒートカトラスを叩き込む。
一撃。
二撃。
三撃。
怒りに任せた連撃を、サラマンダーは両腕のヒートクローだけで捌いていく。
刃が装甲を浅く掠め、僅かな火花を散らすことはあっても、決定打にはならない。
それどころか、ナーベルが前へ出れば出るほど、サラマンダーには狙う場所が増えていく。
「ナーベル、右!」
「分かってる!」
そう答えながらも反応が遅れた。
サラマンダーの右腕がカトラス・Cの脇腹を薙ぐ。
装甲板が吹き飛び、内部フレームが露出した。
「ぐっ……!」
続けざまに尾部ユニットが展開する。
短い尾の先端が開き、レールガンがカトラス・Cへ向けられた。
「まずいよ!」
ケンが叫ぶ。
ナーベルも気付いた。
慌ててスラスターを吹かす。
閃光。
直撃だけは避けた。
だが、砲弾はカトラス・Cの右脚外側を掠め、脚部スラスターごと装甲を吹き飛ばした。
「うおっ!?」
機体が激しく回転する。
警告音がコックピットを埋め尽くした。
右脚部推進器、停止。
左腕、出力低下。
姿勢制御、不安定。
バックパックの片側にも異常表示が浮かんでいる。
もはや、まともに戦える状態ではなかった。
それでも。
ナーベルは操縦桿を握り直す。
「まだだ……まだ動く。」
「ナーベル!」
「ウルセェ!まだ動くだろうが!」
残ったスラスターが噴き上がった。
再びサラマンダーへ向かおうとするカトラス・Cを見て、ケンの胸に嫌な感覚が走る。
分かる。
今のナーベルには。
壊れた機体も。
自分の身体も。
何も見えていない。
見えているのは。
カストロだけだ。
あの時。
自分もそうだった。
「無理だよ!もうやめて!」
「うるせぇ!」
「違う!」
ケンは思わず怒鳴り返した。
「復讐をやめろって言ってるんじゃない!」
ナーベルが僅かに目を動かす。
「カストロを倒したいんでしょ!」
「だったらちゃんと勝ってよ!」
「……!」
「そんな死にに行くみたいな戦い方してたら、何のためにここまで来たんだよ!」
「坊やに何が――」
「分かるよ!」
ケンの声が遮った。
一瞬。
自分の手が。
シャックスの機体へヒートカトラスを突き立てた感触が蘇る。
けれど。
今は。
その記憶に飲まれない。
「俺も周りが見えなくなったから分かるんだよ!」
「頭に血が上がってる時って、自分じゃ分かってるつもりでも……本当に何も見えてないんだ!」
ナーベルは答えない。
だが。
それでもカトラス・Cは止まらなかった。
「……もう!」
ケンが右腕を上げる。
「言っても止まらないなら!」
ワイヤーアンカー。
射出。
「なっ!?」
金属音と共にアンカーがカトラス・Cの背部装甲へ食い込んだ。
ワイヤーが張る。
「坊や! テメェ何しやがる!」
「止まってくれないからだよ!」
「外せ!」
「嫌だ!」
《接続確認》
《対象機体解析開始》
ダウトのモニターへ見慣れた表示が浮かぶ。
だが。
相手は敵ではない。
カトラス・C。
味方の機体。
ケン自身。
何が起きるのか分かっていなかった。
その間にもサラマンダーは動く。
カストロは二機が繋がったのを見ると、迷わず距離を詰めてきた。
巨大なヒートクローが振り下ろされる。
「来る!」
ケンはダウトを横へ振った。
ワイヤーが強く引かれ、それに引っ張られるようにカトラス・Cも軌道を変える。
灼熱した爪が二機の間を切り裂いていった。
「うおっ!?」
「危なっ……!」
「今のアタシの操作じゃねぇぞ!」
「今のは俺!」
「じゃあ勝手に引っ張んな!」
「避けなかったナーベルが悪いでしょ!」
「なんだと坊や!」
言い合っている場合ではない。
サラマンダーがもう一度踏み込んでくる。
《対象機体解析 継続》
《制御系統 アクセス》
ケンは表示を見る。
「まだ……!」
アンカー越しだからなのか。
アダマンの時と同じ。
直接触れた時より。
明らかに時間がかかる。
その間も、サラマンダーの攻撃は止まらない。
右からヒートクロー。
ケンが回避。
左からもう一撃。
今度はカトラス・Cが無理矢理機体を捻って避ける。
そして。
尾部レールガンが二機へ向いた。
「ナーベル!」
「見えてる!」
ナーベルが操縦桿を切る。
だが。
損傷したカトラス・Cの反応が遅い。
間に合わない。
ケンが息を呑んだ瞬間。
モニターの表示が切り替わった。
《制御系統 接続》
《外部機体制御 確立》
《アシストモード》
《接続機体 制御補助開始》
「……え?」
次の瞬間。
カトラス・Cが。
ナーベルの操作より先に動いた。
「なっ!?」
機体が大きく身を翻す。
レールガン。
発射。
閃光がカトラス・Cのすぐ横を通り抜ける。
ナーベルは思わず操縦桿を見る。
「今の……なんだ!?」
「俺に聞かないでよ!」
「お前の機体だろうが!」
「俺だって全部知ってるわけじゃないんだよ!」
カトラス・Cが再び動く。
サラマンダーのヒートクローが迫るより一瞬早く、一歩後ろへ。
爪が目前を掠めた。
その瞬間。
ナーベルの視界が開ける。
サラマンダーの両腕。
尾部レールガン。
ダウトの位置。
自分と相手との距離。
全てが。
さっきまでとは比べものにならないほど。
はっきり見えた。
「……。」
ナーベルが黙る。
もし。
あのまま突っ込んでいたら。
今の一撃を。
正面から受けていた。
「……チッ。」
小さく舌打ちする。
「坊や。」
「何?」
「腹立つな、これ。」
「俺に言われても……。」
「でも。」
ナーベルは操縦桿を握り直した。
今度は。
力任せではない。
「使えるもんは使わせてもらう。」
ケンの目が少しだけ大きくなる。
「……戻った?」
「誰がだ。」
「いや、絶対戻った。」
「うるせぇ坊や!」
その返事を聞いて。
ケンは少しだけ笑った。
そして。
サラマンダーを見る。
「来る!」
「分かってる!」
二人の声が重なった。
サラマンダーが真正面から突進する。
カトラス・Cが右へ。
ダウトが左へ。
ワイヤーが二機の間で弧を描きながら張る。
カストロが一瞬。
狙う相手を迷った。
そこへ。
「今!」
ケンがサブマシンガンを撃つ。
サラマンダーが右腕を上げ、装甲で弾丸を受ける。
その死角へ。
ナーベルが滑り込んだ。
「おらぁ!」
残ったヒートカトラス。
横薙ぎ。
刃がサラマンダーの脇腹を掠める。
火花。
カストロが振り向こうとした時には、カトラス・Cはもう離れている。
反対側。
ダウト。
ヒートカトラス。
「こっち!」
サラマンダーが腕を振る。
ケンは青い予測ラインに従いながら機体を沈ませ、クローの下を抜けた。
そこへ。
ナーベル。
「もらった!」
斬撃。
カストロが反対の腕で受け止める。
なら。
ケン。
サブマシンガン。
連射。
一方を防げば。
もう一方が来る。
それまで二機を力任せに押し返していたサラマンダーが、初めて後ろへ下がった。
『何だ……!』
カストロの声が苛立つ。
『さっきまでとは動きが違うぞ!』
「知るか!」
ナーベルが笑う。
「アタシだってよく分かってねぇ!」
「俺も!」
「坊やは黙って戦え!」
「理不尽!」
尾部レールガン。
展開。
ナーベルへ向く。
だが。
もう。
ナーベルはカストロだけを見ていない。
「坊や!」
「うん!」
レールガンが発射される直前。
カトラス・Cが射線から外れる。
同時にダウトが前へ出て。
サラマンダーの注意を引く。
カストロがダウトへ右腕を振るえば、その背後へナーベルが回り込む。
ヒートカトラス。
サラマンダーが振り返る。
今度はダウト。
ワイヤーで繋がれたまま2機が互いの動きを利用し、互いの隙を埋める。
半壊したカトラス・C。
決して万全ではない。
それでも。
さっきまでとは。
別の機体のように食らいついていた。
ケンは、その姿を見た。
ナーベルはもう、焦っていない。
サラマンダーを見る。
自分を見る。
相手の動きを読み。
攻撃を避け。
確実に次へ繋げている。
「……。」
もう、大丈夫だ。
ケンの→手がワイヤーアンカーの操作系へ伸びる。
接続解除。
ワイヤーが外れた。
「なっ!?」
ナーベルが反応する。
「坊や!?」
同時に。
ダウトが飛び出した。
《アシストモード 継続》
青いラインが。
ケンの視界を埋める。
サラマンダーの右腕。
左腕。
尾部レールガン。
その全ての動き。
その全ての射線。
そして。
その隙間。
敵へ続く。
一本の道。
「……行ける。」
ケンが操縦桿を押し込んだ。
ガンダムダウトが急加速。
『何を――』
カストロが気付く。
サラマンダーの右腕。
ヒートクローが振り下ろされる。
ケンは機体を沈ませる。
爪が頭上を通り抜けた。
すぐに左腕の横薙ぎ。
ダウトは身体を捻り、装甲を僅かに掠めさせながらも前へ出る。
火花が散る。
「まだ!」
尾部ユニットが展開した。
レールガンの照準がダウトに狙いを定める。
だが、もう近過ぎる。
ケンはさらに踏み込んだ。
レールガンの砲身が追う。
間に合わない。
「届けぇぇぇ!!」
ダウトの右腕が伸びる。
そしてサラマンダーの腕を掴んだ。
《SYSTEM ACCESS》
モニターが切り替わる。
《対象機体認識》
《制御系統侵入》
ワイヤー越しではない。
直接。
触れている。
反応は。
一瞬だった。
《機体制御 掌握》
《駆動系統 停止》
《推進系統 停止》
《火器管制 停止》
サラマンダーの全身から。
力が消えた。
灼熱していたヒートクローが消灯し。
展開していた尾部レールガンも、その位置で止まる。
背部スラスターの噴射も。
完全に途絶えた。
『……な。』
カストロが操縦桿を動かすも反応しない。
『なんだ……?』
もう一度強く引くが動かない。
ペダルを踏み込むも何も起きない。
コックピットのモニターが一つまた一つ暗くなっていく。
『おい……。』
カストロの声に。
初めて明確な焦りが滲んだ。
『動け……!』
操縦桿を何度も動かす。
『動け!』
返事はない。
『何をした!?』
暗闇が広がる。
『動けぇ! サラマンダー!!』
ケンは、静かにサラマンダーからダウトを離した。
振り返るその先には、半壊したカトラス・C。
ケンは迷わず叫んだ。
「ナーベル!!」
その声に。
呼応するように。
カトラス・Cのバーニアへ。
火が灯る。
一つ。
二つ。
残された推進器が次々と点火し、傷だらけの船長機を照らした。
「うおおおおおおお!!」
ナーベルが操縦桿を絞る。
カトラス・Cが一直線急加速する
サラマンダーの元へ。
警告音が鳴り響く。
損傷したバックパック。
破損した脚部。
限界を超えた推進器が。
火を吐く。
それでも。
ナーベルは緩めない。
『な……!?』
電源の落ちたコックピットの中で。
カストロがようやく正面を見る。
暗くなったモニターの向こう。
こちらへ。
一直線に迫ってくる。
半壊したカトラス・C。
『なっ――』
なぜ。
サラマンダーは動かない。
何をされた。
どうして。
自分が。
追い詰められている。
カストロの理解は。
何一つ。
追いつかない。
そんなことは。
ナーベルには関係なかった。
操縦桿を。
さらに絞る。
カトラス・Cが加速する。
その額のヒートホーンが赤熱する。
「カストロォォォォォ!!」
サラマンダーに迫る。
ナーベルの雄叫びが機体に勢いをつける。
次の瞬間。
カトラス・Cのヒートホーンがサラマンダーのコックピットへ。
深々と突き刺さった。
『――』
通信。
途絶。
勢いのまま。
二機の巨体が宇宙空間を僅かに流れていく。
だが。
サラマンダーは。
もう。
動かなかった。
暗礁宙域の権力を欲しいままにし、自らの地位を守るためなら親友すら陥れ、その子であるナーベル達を利用しながら暴虐の限りを尽くしてきた男。
ドン・カストロ。
その最期は。
自分の身に何が起きたのかさえ理解出来ないまま。
あまりにも呆気なく訪れた。
サラマンダーは機能停止。
そのコックピットを。
半壊したカトラス・Cのヒートホーンが貫いている。
結果は誰の目にも明らかだった。
けれど。
その直前までダウトとカトラス・Cの二機を相手に圧倒的な力を見せていたサラマンダーが、なぜ突然動きを止めたのか。
誰にも。
理解出来ない。
実況の声が消えた。
観客達の怒号も。
賭けに沸いていた歓声も。
何も聞こえない。
暗礁宙域最大級の闇試合。
その決勝会場が。
ほんの一瞬。
音を失った。
静寂の中心。
サラマンダーへ突き刺さったままの。
半壊したカトラス・C。
そして。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ナーベルの雄叫びだけが。
全てを打ち破るように。
暗礁宙域へ響き渡った。