機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ナーベルの雄叫びが、静まり返った決勝会場を震わせた。
ほんの数秒前まで圧倒的な力を見せていたサラマンダーは、カトラス・Cのヒートホーンにコックピットを貫かれたまま完全に沈黙している。誰もが目の前で起きたことを理解しきれず、実況席さえ声を失っていた。
やがて、状況確認を終えた実況が震える声を絞り出す。
『サ、サラマンダー……戦闘継続不能! ドン・カストロ、応答ありません!』
会場中にざわめきが広がっていく。
そして、その声が次の言葉を告げた瞬間、止まっていた時間が一気に動き出した。
『勝者――レッドスワン海賊団!!』
歓声が爆発した。
賭け札を握り締めて叫ぶ者、信じられないと頭を抱える者、ただ目の前の大番狂わせに興奮して声を張り上げる者。暗礁宙域最大級の闇試合、その決勝会場が一瞬で熱狂に包まれる。
ケンはコックピットの中で、その音を遠くに聞きながら呆然としていた。
「……勝った。」
自分で口にしても、まだ実感が追いつかない。
「本当に……勝ったんだ。」
視線の先では、ナーベルがカトラス・Cをゆっくりと後退させていた。赤熱したヒートホーンがサラマンダーのコックピットから引き抜かれ、焼けた装甲の隙間から僅かな火花が散る。
サラマンダーはその場に残ったまま、もう動かなかった。
『……終わった。』
ナーベルが小さく呟く。
さっきまでの雄叫びとはまるで違う、拍子抜けするほど静かな声だった。
「ナーベル……。」
『ああ。』
少しの間を置いて、ナーベルは息を吐いた。
『終わったよ、坊や。』
「……うん。」
ケンもようやく口元を緩める。
だが、その直後だった。
カトラス・Cの機体が突然ガクンと沈み、警告表示が一斉に点灯する。
『うおっ!?』
「ナーベル!?」
『……あー。』
推進出力低下。姿勢制御異常。各部損傷。
決勝の間、無理を重ね続けた機体が限界を訴えていた。
『やっぱ壊れてんな。』
「やっぱじゃないよ! ボロボロだよ!」
『勝ったんだからいいだろ!』
「よくないよ! さっきまでそれで戦ってたんだよ!?」
『うるせぇ坊や!』
いつもの調子で返してくるナーベルに、ケンは少しだけ安心した。
復讐を終えたからといって、急に別人になったわけではない。
本当に終わった。
ようやく、そう思えた。
――その時だった。
『……素晴らしい。』
聞き覚えのない男の声が、突然全体通信へ割り込んできた。
ケンとナーベルの表情が同時に変わる。
会場を包んでいた歓声も、通信に気付いた者から徐々に小さくなっていった。
『いや、実に素晴らしい。』
「……誰?」
ケンが周囲を見回す。
通信回線の表示には、カストロファミリーの識別信号が出ていた。
ナーベルは何も答えず、露骨に嫌そうな顔をする。
『ドン・カストロを始末してくれたことには礼を言おう。』
その言葉に、再び会場がざわついた。
『これで、私がカストロファミリーを率いることになる。』
「……は?」
ケンの口から間の抜けた声が漏れる。
ナーベルは小さく舌打ちした。
男の声には、前ボスを失った悲しみなど欠片もなかった。むしろ、ずっと待ち望んでいた機会がようやく巡ってきたとでも言いたげな響きがある。
『長かった。あの男の下で随分と待たされたからね。』
そして、一度言葉を区切ると、男は穏やかな調子のまま続けた。
『君達には感謝しているよ。』
ケンは僅かに眉を上げる。
このまま独立を認めて終わるのか。
そう思ったのは、一瞬だけだった。
『しかし――天下のカストロファミリー、その元ボスが海賊風情に討たれたとなれば、非常に外聞が悪い。』
ナーベルの目つきが変わる。
『特に、これから私が作るカストロファミリーには必要のない話だ。』
嫌な予感が、ケンの背中を走った。
「……まさか。」
ナーベルも周囲へ視線を巡らせ、すぐに状況を察した。
会場周辺の小惑星の陰や整備区画の外縁から、一機、また一機とカストロファミリーのMSが姿を現す。
その数は増え続け、やがてダウトとカトラス・Cを囲うように展開すると、一斉に武器を構えた。
ライフル。
マシンガン。
重火器。
無数の銃口が二機へ向けられる。
『君達には感謝している。』
男の声は、どこまでも落ち着いていた。
『だからこそ――ここで消えてくれ。』
「ええええええ!?」
ケンの叫びが思わず通信へ乗る。
「勝ったじゃん! 今勝ったよね!? 優勝したよね!?」
だが、ナーベルは答えなかった。
周囲の敵機と自分達の状態を素早く確認している。
ダウトも無傷ではない。
何よりカトラス・Cは半壊状態で、肩や胸部、脚部、バックパックの各所から煙を上げ、まともに動かすだけでも限界に近い。
正面から戦って勝てる状況ではなかった。
「……チッ。」
ナーベルが小さく舌打ちする。
「ナーベル……。」
『坊や。』
いつもの呼び方だった。
だが。
少しだけ間が空いた。
『……いや。』
ケンが顔を上げる。
『ケン。』
「……。」
初めてだった。
ナーベルが、坊やではなく。
自分の名前を呼んだ。
『巻き込んじまって悪かったな。』
「……ナーベル?」
『アタシらの事情に、ここまで付き合わせちまった。』
カトラス・Cがゆっくりと前へ出る。
推進器は不安定に火を吐き、機体の各所から煙が上がっている。それでもナーベルは、ダウトを庇うように前へ立とうとしていた。
「ナーベル!」
『もう少しだけ付き合ってくれ。』
ナーベルは操縦桿を握り直した。
機体は限界でも、その目に宿った闘志だけは消えていない。
ケンは周囲を見回した。
敵は多い。
自分達はボロボロ。
勝てるかと聞かれれば、考えるまでもない。
それでも。
ここまで来た。
ケンは一度目を閉じて大きく息を吸うと、もう一度操縦桿を握り直した。
「……うん。」
ダウトが前へ出て、カトラス・Cの横へ並ぶ。
「ここまで来たんだから、最後まで付き合うよ。」
ナーベルは僅かに笑った。
『悪ぃな。』
周囲のカストロファミリーのMSが、一斉に武器を構え直す。
空気が張り詰める。
ケンも照準表示へ目を向けた。
次に動いた瞬間。
撃たれる。
誰もがそう思った。
その時だった。
『往生際が悪いんじゃねぇか?』
「……え?」
突然入ってきた通信に、ケンが目を瞬かせる。
ナーベルも僅かに眉を上げた。
『いつまで、みっともねぇ真似続ける気だ。』
声の主を探すより早く。
一発の銃声。
次の瞬間、カストロファミリーのMS一機の頭部が吹き飛び、爆発が走った。
『何だ!?』
新しいボスの声が荒れる。
さらに一発。
別の機体が持っていた武器ごと右腕を撃ち抜かれ、破片を撒き散らしながら後退した。
会場中がどよめく。
そして。
小惑星の陰から一機のMSがゆっくりと姿を現した。
古びた無骨な機体。
見覚えがある。
「……ザーク?」
ケンが目を見開く。
グラディウス・ザーク。
そのコックピットから、低い笑い声が聞こえた。
『みっともねぇぜ、カストロファミリー!』
「テメェ……。」
ナーベルも驚いたように目を細める。
だが。
現れたのはザーク一人ではなかった。
その後方。
一機。
また一機。
さらにその向こうからも。
ザーク傭兵団を先頭に、様々な機体が次々と姿を見せ始める。
海賊。
傭兵。
賞金稼ぎ。
機体も装備も統一されていない。
それぞれが好き勝手に生きてきた、暗礁宙域の荒くれ者達。
だが今だけは。
全員の武器が。
同じ方向へ向けられていた。
カストロファミリー。
『何のつもりだ!』
No.2の男が怒鳴る。
ザークは、グラディウス・ザークのライフルを肩に担ぎながら笑った。
『別に何するつもりもねぇよ。』
少し間を置く。
『ただな。』
後ろに並んだ荒くれ者達を示すように、機体を僅かに傾ける。
『ドン・カストロとサラマンダーのいねぇお前等で――俺達全員とやり合えんのかい?』
空気が変わった。
カストロファミリーと。
暗礁宙域の荒くれ者達。
両者のMSが互いに武器を構え、完全な睨み合いになる。
ケンは左右を見回しながら呟いた。
「……何これ。」
ナーベルは少しだけ笑う。
「暗礁宙域の連中だよ。」
『ナーベル。』
ザークが呼ぶ。
『随分派手にやったな。』
「負けたくせに偉そうだな。」
『ハッ。』
ザークは楽しそうに笑った。
『命あっての物種だ。』
「……。」
その言葉に、ケンが僅かに目を見開く。
前にも聞いた。
ザークと戦った時。
最後に彼が残した言葉。
No.2の男から返事はない。
ザークは余裕のある声で続ける。
『どうすんだい? ボスになった途端にファミリー潰した伝説でも作るか?』
沈黙。
カストロファミリー側のMSは動かない。
だが。
向こうも分かっている。
ここで撃てば。
戦争になる。
そして。
ドン・カストロとサラマンダーを同時に失った直後の自分達が、この場に集まった荒くれ者全てを相手にすれば。
どうなるか。
長い沈黙の末。
男の声が聞こえた。
『……退け。』
それでも動かない部下達へ。
苛立った声が飛ぶ。
『聞こえなかったか! 退け!』
一機。
カストロファミリーのMSが武器を下ろす。
それに続いて。
また一機。
そして。
二機を包囲していた陣形が、ゆっくりと崩れていった。
荒くれ者達も武器を下ろし、左右へ機体を分けていく。
その間に。
一本の道が出来る。
ザークがダウトへ機体を向けた。
『ガンダムの小僧!』
「は、はい!」
『ナーベル!』
「なんだよ!」
『どうやら行っていいらしいぜ。』
「テメェが言うな。」
ナーベルが鼻で笑う。
ザークも構わず笑った。
『勝者らしく堂々と凱旋しな!』
「……。」
ケンは開けられた道を見る。
左右には海賊や傭兵、賞金稼ぎ達。
そのさらに外には、悔しげにこちらを見ているカストロファミリーのMS。
どう見ても。
安心して通れる雰囲気ではない。
「……ねぇナーベル。」
『なんだ坊や。』
「これ、本当に撃たれないよね?」
『知らねぇよ。』
「知らないの!?」
『アタシに聞くな!』
「怖いんだけど!」
『アタシだって怖ぇよ!』
「だったらもうちょっと慎重に――」
『いいから行くぞ!』
「えええ……。」
ダウトが恐る恐る前へ進み始める。
その横では、半壊したカトラス・Cも煙を上げながらゆっくりと続いた。
二機が荒くれ者達の間へ入った瞬間。
あちこちから声が飛んでくる。
「やるじゃねぇか!」
「ナーベル!」
「ガンダム!」
「大穴がやりやがった!」
「カストロ倒しやがったぞ!」
口笛。
笑い声。
歓声。
誰も撃たない。
むしろ。
道を作った荒くれ者達は。
二機を送り出すように。
騒いでいた。
ケンは戸惑いながら周囲を見る。
少なくとも。
今だけは。
この連中は敵ではない。
隣を見る。
ナーベルは何も言わず。
ただ前を向いていた。
半壊したカトラス・C。
装甲は剥がれ。
煙も上がっている。
それでも。
どこか胸を張るように。
ゆっくりと進んでいく。
やがて。
二機は格納庫へ戻った。
誘導に従い機体を固定し。
エンジンを停止する。
それまで鳴り続けていた機械音が。
一つずつ。
消えていった。
ケンは、しばらくシートから動けなかった。
戦闘音も。
警告音も。
実況も。
もう聞こえない。
壁の向こうから僅かな歓声が届いているだけ。
「……。」
ヘルメットへ手をかける。
ゆっくり外す。
汗で濡れた髪が額へ張り付いていた。
「……はぁぁぁぁ……。」
肺の中に溜まっていたものを全部吐き出すように、大きく息を吐いた。
背中がシートへ沈む。
手を見る。
震えている。
戦っていた時は気付かなかった。
今になって。
一気に。
怖さが押し寄せてくる。
何度も死ぬと思った。
本当に。
何度も。
その時。
隣のカトラス・Cのハッチが開いた。
ナーベルが姿を現す。
彼女もヘルメットを外すと、深く息を吐いた。
ケンもダウトから降りる。
梯子を下り。
格納庫の床へ足をつける。
そこで。
ようやく。
ナーベルと目が合った。
どちらも。
すぐには何も言わない。
ただ。
しばらく。
互いの顔を見ていた。
やがて。
ナーベルの口元が緩む。
「……勝ったな。」
ケンも。
少しだけ笑った。
「……うん。」
その言葉を口にした瞬間。
ようやく。
胸の奥まで。
実感が落ちてきた。
長かった闇試合が。
本当に。
終わった。