機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
地球から宇宙まで、最も多くの人間が利用している動画配信サイト――86ちゃんTV。
誰でも登録すれば、自分だけの“ちゃんネル”を作り、撮影した動画を世界へ向けて配信することが出来る。
日常の記録。
趣味。
ニュース。
企業や著名人による公式配信。
ありとあらゆる映像が集まり、地球と宇宙を結ぶ巨大な動画配信サイトとして、人々の生活に深く根付いていた。
ケンもまた、そんな86ちゃんTVで「ケンケン」と名乗り、自分のちゃんネルを持っていた一人だった。
そして今。
その86ちゃんTVに、新しいちゃんネルが開設された。
赤ずきんちゃんネル。
その最初の一本が、公開された。
『はじめまして。赤ずきんです。』
画面の中央には、赤いパーカーのフードを深く被った少女が座っていた。
顔はほとんど影に隠れ、その表情までは分からない。それでも、普段より僅かに硬い声から、カメラの前に座ることへの緊張は伝わってきた。
『この度は、新しくちゃんネルを開設させていただきました。』
一度言葉を切り、赤ずきんは小さく息を吸う。
『突然ですが、私は戦争に反対します。』
飾り気のない、真っ直ぐな言葉だった。
『でも、どうしたらいいか、まだ分かりません……。』
少しだけ俯いたあと、赤ずきんはもう一度カメラへ顔を向けた。
『なので、このちゃんネルを通して、色々な人の話を聞きたいと思っています。戦争を始めたい人、止めたい人。これから生活が変わるかもしれない人。遠い場所の出来事だと思っている人。色々な人がいると思います。』
『その人達が何を考えているのか、私達自身も知りたいんです。』
そこまで話したところで、画面の端から一人の少年が勢いよく入ってきた。
『どうも〜! ケンケンです!』
赤ずきんとは対照的な、明るく元気な声だった。
『今回から赤ずきんと一緒に、色んな人の話を撮影していきます!』
『いきなり元気ね。』
『赤ずきんが真面目すぎるんだよ。最初からそんな固かったら見る方も緊張するって。』
『真面目な話をするんだから仕方ないでしょ。』
『それはそうだけどさ。』
ケンケンは少しだけ笑った。
けれど、次にカメラへ向き直った時には、その声から僅かに軽さが消えていた。
『何もしなかったら何も変わらないと思うので……まずは、できることから始めます。』
画面が暗転する。
次に映し出されたのは、宇宙を進むベルーガだった。
『私達は今、コロニー国家連合に追われています。』
赤ずきんの声が映像に重なる。
『色々な事情があって、行く場所もなくなりました。』
ベルーガの周囲に広がる景色が変わっていく。
大小様々な小惑星が浮かぶ暗礁宙域。
『そんな私達を助けてくれたのは――なんと、海賊でした。』
『まぁ最初は襲われたんだけどね。』
すかさずケンケンの声が入る。
『そこ今いる?』
『いや、事実だし。』
『話がややこしくなるから。』
『はい。』
映像が切り替わった。
次に映ったのは、赤い髪の少女。
椅子に深く腰掛け、指には煙草を挟み、カメラを向けられても全く物怖じしていない。
『その海賊の船長は、私と同い年の女の子でした。』
『女の子って言い方やめろ。』
『同い年なんだからいいでしょ。』
『海賊の船長捕まえて女の子扱いすんな。』
『じゃあなんて言えばいいのよ。』
『船長でいいだろ。』
『はいはい。』
『なんだその返事。』
ナーベルが眉を寄せたところで映像が切り替わる。
『彼女達が暮らしているのが、この場所です。』
小惑星内部に作られた小さな街が映し出された。
大型艦を収容出来るドック。
その奥に並ぶ生活用の建物。
部品を運ぶ整備員達の横を子供達が走り回り、家族で暮らしている者達の姿もある。
『海賊の拠点と聞いたら、怖い場所を想像する人も多いと思います。私もそうでした。』
『俺も。もっとこう、ドクロとか剣とかいっぱいあると思ってた。』
『偏見がすごい。』
『海賊ってそういうイメージじゃない?』
『知らないわよ。』
軽いやり取りを挟みながら、映像は街で暮らす人々を映していく。
『でも実際に来てみたら、ここには普通に生活している人達がいました。』
一人の整備員が、MS用部品を積んだ台車の横でカメラに向かって話していた。
『海賊って呼ばれてるけど、俺なんかほとんど整備しかしてねぇよ。船や機体が壊れりゃ直す。それが俺の仕事だ。』
次に映った年配の男は、少し困ったように笑った。
『ここにいる全員が、好き好んで海賊やってると思うか? 生きていく場所がここだった。それだけの奴もいる。』
今度は、子供を抱いた女性。
『危ない仕事なのは分かってます。でも、ここには家があります。家族もいます。簡単にどこかへ行けばいいって話じゃないんです。』
整備をする者。
食事を運ぶ者。
子供を叱る者。
仕事を終えて仲間と笑う者。
様々な暮らしが画面を流れていく。
『海賊という名前だけでは分からない生活が、ここにはありました。』
そして赤ずきんは、初めて彼らの名前を口にした。
『彼女達は、レッドスワン海賊団と呼ばれています。』
街の中を歩くナーベル。
整備員から声を掛けられれば足を止め、住民から頼まれれば話を聞く。子供に袖を引かれれば面倒そうな顔をしながらも相手をしている。
『船長の名前は、ナーベル=シーマ。』
『暗礁宙域という過酷な環境の中でも、仲間やここで暮らす人達を守りながら、強く、逞しく生きていました。』
しかし、そこから映像の雰囲気が少し変わる。
古い機体。
何度も修理された装甲。
決して豊かとは言えない設備。
『でも、そんな彼女達に自由はありませんでした。』
『自分達よりも大きな組織の下に置かれ、仕事を押し付けられ、利益を吸い上げられる。断れば、自分達だけじゃなく、ここで暮らしている人達にも危険が及ぶ。』
『そんな立場に置かれていました。』
再びナーベルのインタビュー映像が流れる。
『アタシらは別に正義の味方じゃねぇ。海賊だ。』
煙草の煙を吐きながら、ナーベルはカメラを真っ直ぐ見た。
『でもな。自分達の生き方くらい、自分達で決めたい。』
煙草を灰皿へ押し付ける。
『それだけだ。』
続いて映ったオーガは、いつも通り淡々としていた。
『自由に生きるにも力がいる。ここじゃ特にな。』
画面が暗転した。
次の瞬間、大歓声が響き渡る。
カストロカップの会場。
賭け札を掲げる観客。
出撃を待つ様々なMS。
整備区画を行き交う海賊や傭兵達。
『そして彼女達は、自分達の自由を得るために戦っていました。』
『そのために参加したのが、暗礁宙域で行われているMS同士の闇試合です。』
ここからは、ケンケンが会場で撮影していた映像が続いた。
『なんでこの大会に出るんですか?』
『金だよ。勝ちゃデカい。腕も売れる。』
別の参加者は、整備中の機体を背に答える。
『名を売るためだな。ここで勝てば仕事に困らねぇ。』
『危なくないですか?』
『危ないから金になるんだろ。』
さらに別の男。
『戦争が始まったら、こういう仕事って増えるんですか?』
『そりゃ増えるだろうな。護衛、輸送、戦闘。表じゃ出来ねぇ仕事も増える。』
『じゃあ戦争は始まった方がいい?』
男は少し呆れたように笑った。
『仕事が増えるのと、戦争してほしいのは別だろ。』
そこへ近くにいた別の参加者が割り込む。
『俺はどっちでもいいぜ。金になる方につく。』
『お前みたいなのがいるから話がややこしくなるんだよ。』
『なんだと?』
『ちょ、ちょっと! 喧嘩しないでください!』
慌てて止めに入るケンケンを最後に、映像が切り替わる。
『同じ場所で生きていても、考えていることは一人一人違いました。』
『戦争が始まれば仕事が増えると言う人もいました。始まってほしくないと言う人もいました。どちらでもいいと言う人もいました。』
『だから私達は、これからも色々な立場の人の声を聞いていきたいと思っています。』
そこから映像は、カストロカップ本戦へと移った。
一回戦。
ダウトが敵機の注意を引き、その後方からオーガのカトラスが狙撃用ライフルを撃ち込む。
二回戦。
グラディウス・ザークとグラディウス・ウォーリア。
敵の攻撃を凌ぎながら、ワイヤーアンカーを使って食らいつくダウト。
試合後には、ザークの言葉が流れる。
『命あっての物種だ。傭兵は生きて帰って次の仕事を受ける。』
映像はさらに進んだ。
準決勝。
そして決勝。
ソリダスエースAC。
サラマンダー。
傷付いていくダウト。
半壊していくカトラス・C。
追い詰められながらも、二機は何度も立ち向かっていく。
ただし、ダウトのワイヤーアンカーが敵機へ接続した後や、サラマンダーへ直接触れた瞬間には編集が入っていた。
何が起きたのかは分からない。
次の映像では、サラマンダーはすでに動きを止めている。
『ナーベル!!』
ケンの叫び。
半壊したカトラス・Cの残されたバーニアへ火が灯り、一直線にサラマンダーへ向かって加速する。
額のヒートホーンが。
サラマンダーのコックピットへ突き刺さった。
『勝者――レッドスワン海賊団!!』
会場を揺らす歓声。
だが、映像はそこで終わらない。
カストロファミリーのMSに包囲されたダウトとカトラス・C。
そこへ割って入るグラディウス・ザーク。
その後ろから、海賊、傭兵、賞金稼ぎ達が次々と姿を現す。
『ドン・カストロとサラマンダーのいねぇお前等で、俺達全員とやり合えんのかい?』
睨み合う両陣営。
やがてカストロファミリーが武器を下ろし、一本の道が開かれる。
『勝者らしく堂々と凱旋しな!』
その道を。
ボロボロのダウトと、半壊したカトラス・Cが進んでいった。
映像はそこで静かに暗転した。
『この大会で、彼女達は自分達の自由を勝ち取りました。』
赤ずきんの声だけが流れる。
『私達がしたかったのは、助けてもらった人達が、自分達の生き方を自分達で選べるようになるための手助けです。』
数秒後。
再び、赤ずきんとケンケンが並んで画面に映し出された。
『色々あって、私達もその闇試合に参加することになってしまいました。』
赤ずきんが一度言葉を止める。
『戦争を止めるなんて言っておきながら、いきなり海賊と一緒になって、MSで闇試合までしてるじゃないかって思う人もいると思います。』
横に座っていたケンケンが、少し気まずそうに頷く。
『……まぁ、俺も説明だけ聞いたらそう思う。』
『でしょ?』
『はい。』
赤ずきんは改めてカメラへ向き直った。
『でも、勘違いしないでください。私達は海賊になったわけではありません。闇試合に出ることが、私達の目的だったわけでもありません。』
『私達がこれからやりたいことは、最初から変わっていません。』
その声に力が入る。
『本当に、戦争を止めたいと思っています。』
その言葉を聞いたケンケンは、しばらく何も言わなかった。
先ほどまで時折見せていた明るい笑顔もない。
膝の上で握っていた手を見つめたあと、ゆっくりと顔を上げる。
『……その前に。』
赤ずきんがケンケンを見る。
『俺から、言っておきたいことがあります。』
声は低かった。
配信で見せるケンケンの陽気な調子とは違う。
『俺は、この闇試合の中で……連続殺人犯のシャックスという男を殺してしまいました。』
赤ずきんは何も言わない。
ケンケンもカメラから目を逸らさなかった。
『周りからは、犯罪者なんだから気にするなって言われました。』
『シャックスは、たくさんの人を殺していた人です。』
一度、喉を鳴らす。
『俺はイベントリコロニーに住んでいました。』
『その時に知り合った子が……シャックスの犠牲者でした。』
僅かに声が震える。
『それを思い出して。』
『俺は頭に血が上がって……。』
『自分で、あいつを殺しました。』
言葉が止まる。
しばらくして、ケンケンはゆっくりと続けた。
『それだけじゃありません。』
『イベントリコロニーを脱出した時にも、俺はダウトに乗っていました。』
『あの時は……俺の意思だけで動かしていたわけじゃなかった。ダウトが勝手に動いたところもあります。』
『でも。』
『俺が乗っていた機体が、兵士の方が乗っていたMSを落としています。』
ケンケンは一度目を閉じた。
『その人達にも、家族がいたかもしれない。』
『帰る場所があったかもしれない。』
『俺には……何も分かりません。』
しばらく沈黙が続く。
『許されることじゃないと思っています。』
『だけど。』
ケンケンは拳を握った。
『謝らせてください。』
『必死だった。』
『何が起きてるのか分かってなかった。』
『俺が殺されそうだった。』
『相手が犯罪者だった。』
『機体が勝手に動いた。』
『……色々な言い訳が浮かびます。』
一つ一つ、自分自身へ言い聞かせるように口にする。
『でも。』
『どんな言葉を並べても、俺が殺した人達や、その人達を大切に思っていた人達に許してもらえないかもしれないことも分かっています。』
『それでも。』
『謝らせてください。』
ケンケンは椅子から立ち上がった。
そして。
カメラへ向かって。
深く。
頭を下げた。
『本当に……ごめんなさい。』
赤ずきんは黙ったまま、その姿を見ていた。
ケンケンはすぐには頭を上げなかった。
『俺の軽はずみな行動で、こんなことになっているのも理解しています。』
『あんな動画を上げなければ、今とは違っていたかもしれない。』
『だから。』
『全部なかったことには出来ないけど。』
『せめて、これから。』
『これ以上犠牲になる人を、一人でも減らせるように行動していきます。』
もう一度。
『本当に……ごめんなさい。』
長い間、頭を下げたあと。
ようやくケンケンは身体を起こした。
目元には、先ほどまでの明るさはない。
それでも。
カメラから逃げることはしなかった。
隣の赤ずきんが、静かに話し始める。
『今、地球連邦とコロニー国家連合の対立は深まっています。』
『でも、まだ本当の戦争は始まっていません。』
『まだ、引き返せます。』
ケンケンも、その言葉を黙って聞いている。
『だから私達は、始まってから止めるんじゃなくて、始まる前に止めたいと思っています。』
『そのために、これから色々な場所へ行って、色々な人の声を聞いていきます。』
『地球で暮らしている人。コロニーで暮らしている人。そのどちらにも属していない人。』
『戦争に反対している人も。戦争をした方がいいと思っている人も。』
『どうしてそう思うのかを聞いて、それをこのちゃんネルで伝えていきたいと思っています。』
赤ずきんは少しだけ身体を前へ傾ける。
『戦争を止めるなんて言って、いきなり海賊と一緒になって闇試合に参加してしまった私達ですが。』
『それでも。』
『本当に、戦争を止めたいと思っています。』
そして。
『私達と同じように思っている方がいたら、ぜひ、ご協力をお願いします。』
ケンケンもカメラを見た。
『俺達だけじゃ、出来ることなんて本当に少ないと思います。』
『だから。』
『話を聞かせてください。』
『この動画を見て、考えてください。』
『もし同じ気持ちなら、その声を広げてください。』
赤ずきんが静かに頷く。
そして最後に。
それまでで一番はっきりとした声で告げた。
『戦争は、してはいけません。』
ケンケンも、今度は笑わなかった。
『……うん。』
一度だけ頷く。
『俺も、そう思います。』
少しの沈黙が流れた。
やがてケンケンは、小さく息を吐く。
『……じゃあ。』
赤ずきんが横を見る。
『締める?』
『うん。』
先ほどまでとは違い、無理に明るく振る舞うことはしなかった。
それでも。
ほんの少しだけ。
いつものケンケンらしい表情を取り戻す。
『86ちゃんTV、新ちゃんネル。』
『赤ずきんちゃんネル。』
『これから……よろしくお願いします。』
赤ずきんも小さく頭を下げた。
『よろしくお願いします。』
そこで映像は暗転した。
画面の端から、緑色の丸いマスコットがころころと転がってくる。
中央で小さく跳ねると、その下に見慣れたロゴが浮かび上がった。
86ちゃんTV
続いて表示された、新しく作られたちゃんネル。
赤ずきんちゃんネル
その下には、公開されたばかりの最初の一本が並んでいる。
再生回数は。
まだ――ゼロ。
かつて。
ケンが軽い気持ちで投稿した一本の動画は、世界を大きく動かした。
望んでもいなかった方向へ。
そして今。
ケンはもう一度。
同じ場所から。
同じ動画という手段を使って。
今度こそ。
これ以上誰かが死なないために。
戦争を始めさせないために。
自分の言葉を、世界へ送り出した。