機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
カストロカップの決勝が終わり、ようやく戦いが終わったことを実感し始めた頃。
格納庫では、ダウトとカトラス・Cの周囲を整備員達が慌ただしく行き交っていた。
ダウトもかなりの損傷を負っていたが、カトラス・Cはそれ以上だった。
肩部は大きく破損し、脚部の一部は装甲ごと吹き飛び、バックパックも損傷している。各部からはまだ煙が上がっており、よくこれで最後まで戦えたものだと、改めて思わされる姿だった。
ナーベルはその機体を見上げながら、しばらく何も言わなかった。
隣にはオーガが立っている。
「……終わったぞ。」
ナーベルが小さく呟いた。
「ああ。」
オーガも、それだけ答えた。
長い言葉は必要なかった。
ナーベンの死。
カストロの裏切り。
その後、レッドスワン海賊団が背負わされ続けてきたもの。
二人で調べ、耐え、いつか必ず父の汚名を晴らすと誓い復讐を決意した相手は、もういない。
その事実だけが、今は静かに二人の間へ落ちていた。
「……変な感じだな。」
「何がだ。」
「もっとこう、スカッとすると思ってた。」
ナーベルはそう言って、懐から煙草を取り出した。
だが、火を点けようとした指が僅かに震えていることに気付き、少しだけ眉を寄せる。
オーガはそれを見ていたが、何も言わなかった。
そこへ。
「ナーベル。」
声を掛けてきたのはケンだった。
その隣にはノンもいる。
「ん?」
ナーベルが振り返る。
ケンは少し言いにくそうにしながらも、口元を緩めた。
「……勝ったね。」
「おう。」
ナーベルも笑う。
「坊やのお陰でな。」
「また坊やに戻ってる……。」
「なんだ、不満か?」
「いや、そういう訳じゃないけど……。」
ケンが苦笑した、その時だった。
レッドスワン号の格納庫へ通信が入った。
『おい。そこの格納庫開けろ。』
聞き覚えのある声。
ナーベルが眉を上げる。
「ザーク?」
格納庫の外へ視線を向けると、グラディウス・ザークが一機のMSを抱えるようにして近付いてきていた。
いや。
その機体を見た瞬間。
その場にいた全員の表情が変わる。
「……サラマンダー。」
ケンが呟いた。
コックピットをカトラス・Cのヒートホーンに貫かれた、黒と黄色の巨体。
機体そのものはほとんど原形を保っている。
ただし胸部。
コックピットのある一点だけは、大きく抉られていた。
『戦利品だ。』
ザークは悪びれもせず言った。
「は?」
ナーベルが間の抜けた声を出す。
『こんな状況だ。賞金なんかもまともに貰えるか分かったもんじゃねぇ。』
グラディウス・ザークが、サラマンダーを格納庫内へ押し込む。
『だったら貰えるもんは貰っときな。』
「ちょ、待てテメェ!」
『じゃあな。』
「おい!」
ナーベルの制止も聞かず、ザークはそのまま離れていった。
格納庫には。
コックピットを貫かれたサラマンダーだけが残された。
「……アイツ。」
ナーベルが呆れたように呟く。
だが。
その視線は、すぐにサラマンダーへ戻った。
黒い装甲。
巨大なヒートクロー。
尾部に折り畳まれたレールガン。
かつて親父が乗っていた機体と、同じ型。
もちろん。
これはナーベンが乗っていた機体ではない。
カストロが奪った、別のサラマンダー。
それでも。
ナーベルはしばらく動かなかった。
やがて。
「ケン、ノン。」
二人を名前で呼ぶ。
「ん?」
「何?」
「コイツ……。」
ナーベルはサラマンダーを見上げたまま言った。
「アタシが貰っていいか?」
少しだけ言葉を探すように間を置く。
「カストロの野郎が乗ってた奴だから、親父が乗ってたのとは別モンなんだけどさ……。」
ノンは一度サラマンダーを見上げた。
そして。
腕を組みながら一歩前へ出る。
「貸し一つだからね。」
「……は?」
「貸し一つ。」
フン、と鼻を鳴らす。
その横でケンが呆れたように笑った。
「素直じゃないね……。」
「何がよ。」
「それに今回、ノンなんにもしてないんじゃ――」
「うるさいわね!」
「痛っ!」
ノンの拳がケンの肩へ飛ぶ。
「まだ最後まで言ってない!」
「言わなくても分かるわよ!」
「事実確認しようとしただけじゃん!」
「余計なお世話!」
二人のじゃれ合いが始まる。
ナーベルは、その騒ぎを横目に見ると。
もう一度だけサラマンダーへ顔を向けた。
「……あぁ。」
小さく。
「借りとくぜ。」
それだけ呟くと。
しばらく、サラマンダーを見上げ続けていた。
それから。
レッドスワン号はカストロカップの会場を離れた。
ドン・カストロを失ったファミリーが今後どう動くのかは分からない。
新たなトップに立とうとしていた男も、一度は引いた。
だが。
いつ考えを変えるか分からない以上、長居する理由はなかった。
レッドスワン号は暗礁宙域を抜け、自分達の拠点へと帰還した。
戻った小惑星の街では、大勢の仲間達が船を出迎えた。
大会に参加した者だけではない。
家族。
整備員。
留守を守っていた者達。
誰もが。
自由を勝ち取って戻ってきたナーベル達を待っていた。
そして。
そこから数日が過ぎた。
決勝で傷付いたダウトは、おやっさんと整備員達の手で修理が進められていた。
装甲の補修。
損傷した各部の点検。
ワイヤーアンカーの整備。
闇試合で無茶を重ねた機体は、少しずつ元の状態を取り戻していった。
その間。
ケンとノンは、暗礁宙域で撮影した映像やカストロカップの記録をまとめ。
86ちゃんTVに、新しく作った赤ずきんちゃんネルの最初の動画を公開した。
そしてベルーガの面々もまた、ただ休んでいたわけではない。
グレアーを中心に情報を集め。
次にどこへ向かうべきか。
どのコロニーなら自分達を受け入れる可能性があるのか。
戦争を止めるために、次に何が出来るのか。
少しずつ。
次の行き先を決めていった。
そして。
レッドスワン海賊団の拠点を離れる日が来た。
ベルーガの乗降口前。
出発の準備を終えたクルー達が、次々と艦内へ荷物を運び込んでいる。
その少し離れた場所では。
グレアーとナーベルが向かい合っていた。
「世話になりやしたね。」
グレアーがそう言って、右手を差し出す。
ナーベルは、その手を見たあと。
少しだけ笑った。
「お互い様だ。」
自分も右手を差し出し。
二人はしっかりと握手を交わした。
「お嬢様。」
メイド長の声に、ノンが振り返る。
「そろそろお時間です。」
「分かったわ。」
ノンは頷き。
そのままナーベル達を見る。
「やっと、うるさいのと離れられて清々するわ。」
ケンが即座に振り向いた。
「そんなこと言って寂しいんだろ。」
「はぁ!?」
「絶対そうじゃん。」
「誰がよ!」
「だって数日間ずっとナーベルと喋ってたじゃん。」
「それとこれとは別でしょ!」
「はいはい、寂しいんですね。」
「ケン!」
「痛い痛い!」
ノンがケンの腕を掴み、ケンが逃げようとする。
「最後まで騒がしいな。」
少し離れた場所で。
オーガが呆れたように二人を見ていた。
「あ。」
ケンがその声に気付く。
そして。
ノンとのじゃれ合いから、するりと抜け出した。
「逃げるな!」
「ちょっと待って!」
そのままオーガの前まで行く。
「オーガ!」
「なんだ。」
「色々ありがとう。」
ケンは、改めてオーガを見る。
「闇試合でもずっと一緒に戦ってくれたし。戦い方とかも……これから参考にさせてもらうよ。」
オーガは少しだけ黙った。
それから。
「あぁ。」
僅かに口元を緩める。
「お前らと出会えて、本当によかった。」
「……。」
「これからも達者でな。」
そう言って。
オーガが拳を前へ突き出す。
ケンは一瞬それを見ると。
笑った。
「うん!」
自分も拳を出す。
コツン。
二人の拳が軽くぶつかった。
そこへ。
「おい坊や!」
ナーベルの声。
振り返る。
「本当にありがとうよ!」
ナーベルが満面の笑みを浮かべていた。
「お前らのお陰で、アタシらは自由だ!」
そう叫ぶと。
何かをケンへ向かって放り投げる。
「うわっ!」
慌てて受け取る。
手の中に収まったのは、小型の機械だった。
通信機。
いや。
何か違う。
中央には。
ドクロマークの付いた、大きなボタン。
「……これは?」
「特別な発信機だ。」
ナーベルが胸を張る。
「ピンチの時は使え!」
ニッと笑った。
「アタシらが駆けつけてやる!」
「え?」
ケンは手の中の発信機を見る。
そして、ナーベルを見た。
「ホントにどこにいても?」
「宇宙にいりゃな。」
ナーベルは笑いながら答える。
「色々中継して届くようになってるぜ。」
「すご……。」
「ま〜。」
ナーベルは肩を竦めた。
「押すような状況にならねぇことを祈ってるぜ。」
「……うん。」
ケンは発信機を握る。
そして。
大切そうにポケットへしまった。
「ありがとう、ナーベル。」
「おう。」
ナーベルは短く答えた。
そして。
少しだけ周囲を見回す。
何か言おうとして。
やめた。
「……湿っぽいのは苦手だ。」
そう言うと。
ケン達へ背を向ける。
「さっさと行きな!」
片手を上げる。
「お互い生きてたら、またどっかでな!」
そのまま。
ナーベルは歩き始めた。
「……ナーベル。」
ケンが、その背中を見る。
隣へオーガが立つ。
「うちの船長は恥ずかしがり屋でな。」
淡々と言う。
「お前らの今後を祈らせてもらう。」
そして。
オーガも背を向ける。
「じゃあな、ケン。」
「……うん。」
「またね、オーガ。」
ノンも声を掛ける。
オーガは片手を上げるだけで答え。
ナーベルの後を追っていった。
「さて。」
グレアーがベルーガを見る。
「出発しますかね。」
そう言って。
先に艦内へ乗り込んでいく。
メイド長。
おやっさん。
ベルーガのクルー達。
次々と、その後へ続く。
「行くわよ、ケン。」
「うん。」
ノンもベルーガへ向かう。
ケンも後を追おうとして。
ふと。
足を止めた。
振り返る。
小惑星の中に作られた。
小さな街。
初めてここへ来た時。
海賊の本拠地へ連れて来られた。
何が起きるのかも分からず。
不安しかなかった場所。
けれど。
今は違う。
ナーベル。
オーガ。
ここで暮らしている人達。
一緒に戦った仲間達。
自分達を助けてくれた人達がいる場所。
ケンは。
少しだけ笑った。
「……またね。」
誰に聞かせるでもなく。
そう呟く。
そして。
ベルーガへ乗り込んだ。
しばらくして。
大型艦ベルーガのエンジンが始動する。
ドック内に低い振動が響き、ゆっくりと船体が浮かび上がった。
「ベルーガ、出航しやす!」
グレアーの声。
ベルーガは小惑星内部のドックを離れ。
暗礁宙域へ。
そして。
その先へ。
ゆっくりと進み始める。
ケン達を助け。
戦い。
共に笑った。
レッドスワン海賊団の拠点が。
少しずつ。
遠ざかっていく。
ベルーガは。
次の目的地へ向かって。
海賊達の街を後にした。