機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第29話「またどこかで」

 

 カストロカップの決勝が終わり、ようやく戦いが終わったことを実感し始めた頃。

 

 格納庫では、ダウトとカトラス・Cの周囲を整備員達が慌ただしく行き交っていた。

 

 ダウトもかなりの損傷を負っていたが、カトラス・Cはそれ以上だった。

 

 肩部は大きく破損し、脚部の一部は装甲ごと吹き飛び、バックパックも損傷している。各部からはまだ煙が上がっており、よくこれで最後まで戦えたものだと、改めて思わされる姿だった。

 

 ナーベルはその機体を見上げながら、しばらく何も言わなかった。

 

 隣にはオーガが立っている。

 

「……終わったぞ。」

 

 ナーベルが小さく呟いた。

 

「ああ。」

 

 オーガも、それだけ答えた。

 

 長い言葉は必要なかった。

 

 ナーベンの死。

 

 カストロの裏切り。

 

 その後、レッドスワン海賊団が背負わされ続けてきたもの。

 

 二人で調べ、耐え、いつか必ず父の汚名を晴らすと誓い復讐を決意した相手は、もういない。

 

 その事実だけが、今は静かに二人の間へ落ちていた。

 

「……変な感じだな。」

 

「何がだ。」

 

「もっとこう、スカッとすると思ってた。」

 

 ナーベルはそう言って、懐から煙草を取り出した。

 

 だが、火を点けようとした指が僅かに震えていることに気付き、少しだけ眉を寄せる。

 

 オーガはそれを見ていたが、何も言わなかった。

 

 そこへ。

 

「ナーベル。」

 

 声を掛けてきたのはケンだった。

 

 その隣にはノンもいる。

 

「ん?」

 

 ナーベルが振り返る。

 

 ケンは少し言いにくそうにしながらも、口元を緩めた。

 

「……勝ったね。」

 

「おう。」

 

 ナーベルも笑う。

 

「坊やのお陰でな。」

 

「また坊やに戻ってる……。」

 

「なんだ、不満か?」

 

「いや、そういう訳じゃないけど……。」

 

 ケンが苦笑した、その時だった。

 

 レッドスワン号の格納庫へ通信が入った。

 

『おい。そこの格納庫開けろ。』

 

 聞き覚えのある声。

 

 ナーベルが眉を上げる。

 

「ザーク?」

 

 格納庫の外へ視線を向けると、グラディウス・ザークが一機のMSを抱えるようにして近付いてきていた。

 

 いや。

 

 その機体を見た瞬間。

 

 その場にいた全員の表情が変わる。

 

「……サラマンダー。」

 

 ケンが呟いた。

 

 コックピットをカトラス・Cのヒートホーンに貫かれた、黒と黄色の巨体。

 

 機体そのものはほとんど原形を保っている。

 

 ただし胸部。

 

 コックピットのある一点だけは、大きく抉られていた。

 

『戦利品だ。』

 

 ザークは悪びれもせず言った。

 

「は?」

 

 ナーベルが間の抜けた声を出す。

 

『こんな状況だ。賞金なんかもまともに貰えるか分かったもんじゃねぇ。』

 

 グラディウス・ザークが、サラマンダーを格納庫内へ押し込む。

 

『だったら貰えるもんは貰っときな。』

 

「ちょ、待てテメェ!」

 

『じゃあな。』

 

「おい!」

 

 ナーベルの制止も聞かず、ザークはそのまま離れていった。

 

 格納庫には。

 

 コックピットを貫かれたサラマンダーだけが残された。

 

「……アイツ。」

 

 ナーベルが呆れたように呟く。

 

 だが。

 

 その視線は、すぐにサラマンダーへ戻った。

 

 黒い装甲。

 

 巨大なヒートクロー。

 

 尾部に折り畳まれたレールガン。

 

 かつて親父が乗っていた機体と、同じ型。

 

 もちろん。

 

 これはナーベンが乗っていた機体ではない。

 

 カストロが奪った、別のサラマンダー。

 

 それでも。

 

 ナーベルはしばらく動かなかった。

 

 やがて。

 

「ケン、ノン。」

 

 二人を名前で呼ぶ。

 

「ん?」

 

「何?」

 

「コイツ……。」

 

 ナーベルはサラマンダーを見上げたまま言った。

 

「アタシが貰っていいか?」

 

 少しだけ言葉を探すように間を置く。

 

「カストロの野郎が乗ってた奴だから、親父が乗ってたのとは別モンなんだけどさ……。」

 

 ノンは一度サラマンダーを見上げた。

 

 そして。

 

 腕を組みながら一歩前へ出る。

 

「貸し一つだからね。」

 

「……は?」

 

「貸し一つ。」

 

 フン、と鼻を鳴らす。

 

 その横でケンが呆れたように笑った。

 

「素直じゃないね……。」

 

「何がよ。」

 

「それに今回、ノンなんにもしてないんじゃ――」

 

「うるさいわね!」

 

「痛っ!」

 

 ノンの拳がケンの肩へ飛ぶ。

 

「まだ最後まで言ってない!」

 

「言わなくても分かるわよ!」

 

「事実確認しようとしただけじゃん!」

 

「余計なお世話!」

 

 二人のじゃれ合いが始まる。

 

 ナーベルは、その騒ぎを横目に見ると。

 

 もう一度だけサラマンダーへ顔を向けた。

 

「……あぁ。」

 

 小さく。

 

「借りとくぜ。」

 

 それだけ呟くと。

 

 しばらく、サラマンダーを見上げ続けていた。

 

 

 

 それから。

 

 レッドスワン号はカストロカップの会場を離れた。

 

 ドン・カストロを失ったファミリーが今後どう動くのかは分からない。

 

 新たなトップに立とうとしていた男も、一度は引いた。

 

 だが。

 

 いつ考えを変えるか分からない以上、長居する理由はなかった。

 

 レッドスワン号は暗礁宙域を抜け、自分達の拠点へと帰還した。

 

 戻った小惑星の街では、大勢の仲間達が船を出迎えた。

 

 大会に参加した者だけではない。

 

 家族。

 

 整備員。

 

 留守を守っていた者達。

 

 誰もが。

 

 自由を勝ち取って戻ってきたナーベル達を待っていた。

 

 そして。

 

 そこから数日が過ぎた。

 

 決勝で傷付いたダウトは、おやっさんと整備員達の手で修理が進められていた。

 

 装甲の補修。

 

 損傷した各部の点検。

 

 ワイヤーアンカーの整備。

 

 闇試合で無茶を重ねた機体は、少しずつ元の状態を取り戻していった。

 

 その間。

 

 ケンとノンは、暗礁宙域で撮影した映像やカストロカップの記録をまとめ。

 

 86ちゃんTVに、新しく作った赤ずきんちゃんネルの最初の動画を公開した。

 

 そしてベルーガの面々もまた、ただ休んでいたわけではない。

 

 グレアーを中心に情報を集め。

 

 次にどこへ向かうべきか。

 

 どのコロニーなら自分達を受け入れる可能性があるのか。

 

 戦争を止めるために、次に何が出来るのか。

 

 少しずつ。

 

 次の行き先を決めていった。

 

 そして。

 

 レッドスワン海賊団の拠点を離れる日が来た。

 

 

 

 ベルーガの乗降口前。

 

 出発の準備を終えたクルー達が、次々と艦内へ荷物を運び込んでいる。

 

 その少し離れた場所では。

 

 グレアーとナーベルが向かい合っていた。

 

「世話になりやしたね。」

 

 グレアーがそう言って、右手を差し出す。

 

 ナーベルは、その手を見たあと。

 

 少しだけ笑った。

 

「お互い様だ。」

 

 自分も右手を差し出し。

 

 二人はしっかりと握手を交わした。

 

「お嬢様。」

 

 メイド長の声に、ノンが振り返る。

 

「そろそろお時間です。」

 

「分かったわ。」

 

 ノンは頷き。

 

 そのままナーベル達を見る。

 

「やっと、うるさいのと離れられて清々するわ。」

 

 ケンが即座に振り向いた。

 

「そんなこと言って寂しいんだろ。」

 

「はぁ!?」

 

「絶対そうじゃん。」

 

「誰がよ!」

 

「だって数日間ずっとナーベルと喋ってたじゃん。」

 

「それとこれとは別でしょ!」

 

「はいはい、寂しいんですね。」

 

「ケン!」

 

「痛い痛い!」

 

 ノンがケンの腕を掴み、ケンが逃げようとする。

 

「最後まで騒がしいな。」

 

 少し離れた場所で。

 

 オーガが呆れたように二人を見ていた。

 

「あ。」

 

 ケンがその声に気付く。

 

 そして。

 

 ノンとのじゃれ合いから、するりと抜け出した。

 

「逃げるな!」

 

「ちょっと待って!」

 

 そのままオーガの前まで行く。

 

「オーガ!」

 

「なんだ。」

 

「色々ありがとう。」

 

 ケンは、改めてオーガを見る。

 

「闇試合でもずっと一緒に戦ってくれたし。戦い方とかも……これから参考にさせてもらうよ。」

 

 オーガは少しだけ黙った。

 

 それから。

 

「あぁ。」

 

 僅かに口元を緩める。

 

「お前らと出会えて、本当によかった。」

 

「……。」

 

「これからも達者でな。」

 

 そう言って。

 

 オーガが拳を前へ突き出す。

 

 ケンは一瞬それを見ると。

 

 笑った。

 

「うん!」

 

 自分も拳を出す。

 

 コツン。

 

 二人の拳が軽くぶつかった。

 

 そこへ。

 

「おい坊や!」

 

 ナーベルの声。

 

 振り返る。

 

「本当にありがとうよ!」

 

 ナーベルが満面の笑みを浮かべていた。

 

「お前らのお陰で、アタシらは自由だ!」

 

 そう叫ぶと。

 

 何かをケンへ向かって放り投げる。

 

「うわっ!」

 

 慌てて受け取る。

 

 手の中に収まったのは、小型の機械だった。

 

 通信機。

 

 いや。

 

 何か違う。

 

 中央には。

 

 ドクロマークの付いた、大きなボタン。

 

「……これは?」

 

「特別な発信機だ。」

 

 ナーベルが胸を張る。

 

「ピンチの時は使え!」

 

 ニッと笑った。

 

「アタシらが駆けつけてやる!」

 

「え?」

 

 ケンは手の中の発信機を見る。

 

 そして、ナーベルを見た。

 

「ホントにどこにいても?」

 

「宇宙にいりゃな。」

 

 ナーベルは笑いながら答える。

 

「色々中継して届くようになってるぜ。」

 

「すご……。」

 

「ま〜。」

 

 ナーベルは肩を竦めた。

 

「押すような状況にならねぇことを祈ってるぜ。」

 

「……うん。」

 

 ケンは発信機を握る。

 

 そして。

 

 大切そうにポケットへしまった。

 

「ありがとう、ナーベル。」

 

「おう。」

 

 ナーベルは短く答えた。

 

 そして。

 

 少しだけ周囲を見回す。

 

 何か言おうとして。

 

 やめた。

 

「……湿っぽいのは苦手だ。」

 

 そう言うと。

 

 ケン達へ背を向ける。

 

「さっさと行きな!」

 

 片手を上げる。

 

「お互い生きてたら、またどっかでな!」

 

 そのまま。

 

 ナーベルは歩き始めた。

 

「……ナーベル。」

 

 ケンが、その背中を見る。

 

 隣へオーガが立つ。

 

「うちの船長は恥ずかしがり屋でな。」

 

 淡々と言う。

 

「お前らの今後を祈らせてもらう。」

 

 そして。

 

 オーガも背を向ける。

 

「じゃあな、ケン。」

 

「……うん。」

 

「またね、オーガ。」

 

 ノンも声を掛ける。

 

 オーガは片手を上げるだけで答え。

 

 ナーベルの後を追っていった。

 

「さて。」

 

 グレアーがベルーガを見る。

 

「出発しますかね。」

 

 そう言って。

 

 先に艦内へ乗り込んでいく。

 

 メイド長。

 

 おやっさん。

 

 ベルーガのクルー達。

 

 次々と、その後へ続く。

 

「行くわよ、ケン。」

 

「うん。」

 

 ノンもベルーガへ向かう。

 

 ケンも後を追おうとして。

 

 ふと。

 

 足を止めた。

 

 振り返る。

 

 小惑星の中に作られた。

 

 小さな街。

 

 初めてここへ来た時。

 

 海賊の本拠地へ連れて来られた。

 

 何が起きるのかも分からず。

 

 不安しかなかった場所。

 

 けれど。

 

 今は違う。

 

 ナーベル。

 

 オーガ。

 

 ここで暮らしている人達。

 

 一緒に戦った仲間達。

 

 自分達を助けてくれた人達がいる場所。

 

 ケンは。

 

 少しだけ笑った。

 

「……またね。」

 

 誰に聞かせるでもなく。

 

 そう呟く。

 

 そして。

 

 ベルーガへ乗り込んだ。

 

 しばらくして。

 

 大型艦ベルーガのエンジンが始動する。

 

 ドック内に低い振動が響き、ゆっくりと船体が浮かび上がった。

 

「ベルーガ、出航しやす!」

 

 グレアーの声。

 

 ベルーガは小惑星内部のドックを離れ。

 

 暗礁宙域へ。

 

 そして。

 

 その先へ。

 

 ゆっくりと進み始める。

 

 ケン達を助け。

 

 戦い。

 

 共に笑った。

 

 レッドスワン海賊団の拠点が。

 

 少しずつ。

 

 遠ざかっていく。

 

 ベルーガは。

 

 次の目的地へ向かって。

 

 海賊達の街を後にした。

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