機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
カノン=フーガは幸福な人生を送ってきた。
地球連邦軍高官。
オルフェウス=フーガの娘として生まれ。
何不自由なく育った。
幼い頃から優秀だった。
勉強も運動も人並み以上。
名門大学へ進学し、将来は父のような立派な軍人になる。
それが当たり前だと思っていた。
父は誇りだった。
連邦の英雄。
戦争を終わらせた男達の一人。
優しく。
厳しく。
そして誰よりも娘想いだった。
そんな父を。
カノンは尊敬していた。
だからこそ。
信じたくなかった。
「ガンダム?」
ある日。
偶然耳にした噂。
休戦協定締結後も。
連邦軍が秘密裏に新型ガンダムを開発しているという情報だった。
最初は笑った。
そんなはずがないと。
だが。
調べれば調べるほど証拠が出てくる。
隠蔽された予算。
消えた研究資料。
存在しない筈の輸送記録。
嫌な予感しかしなかった。
そして。
カノンは父へ直接問い掛けた。
「お父様」
「なんだ?」
「ガンダムの開発をしているという話を聞いたのだけれど」
一瞬だけ。
オルフェウスの動きが止まった。
だがそれも僅かだった。
すぐに笑う。
「誰から聞いたんだ?」
「答えて」
「くだらない噂だ」
「本当に?」
「もちろんだ」
そう言って頭を撫でる。
昔から変わらない。
優しい父の笑顔。
だが。
その瞬間。
カノンは確信してしまった。
父は嘘をついている。
◇
「お嬢、本気ですか」
グレアーは頭を抱えた。
三十代後半。
オルフェウスの側近。
そしてカノンが幼い頃から面倒を見てきた男だった。
「本気よ」
「閣下を疑うんですか」
「疑いたくない」
カノンは俯く。
「でも確認しなきゃ駄目なの」
グレアーは長い溜息を吐いた。
「私は知りませんからね」
「ありがとうグレアー」
「まだ何もしてません」
「でも協力してくれるんでしょ?」
グレアーは顔を背けた。
図星だった。
昔からこうだ。
このお嬢様には甘い。
結局。
数日後。
カノンはグレアーの協力で軍施設へ侵入する。
そして。
見てしまった。
巨大なドック。
最新鋭の戦艦。
ベルーガ。
そして。
人型機動兵器。
未完成のガンダム。
「そんな……」
カノンは絶句した。
本当に存在した。
父は戦争の準備をしていた。
休戦協定を破って。
再び戦争を始めようとしている。
その事実が何より辛かった。
涙が出そうになる。
だが。
泣いている場合ではない。
カノンは決意する。
父に戦争を起こさせない。
絶対に。
◇
それからは早かった。
グレアーを説得。
家庭教師。
使用人。
メイド達。
そしてグレアーの部下達。
皆危険は理解していた。
見つかれば反逆罪。
死刑すらあり得る。
それでも。
「お嬢がそう仰るなら」
皆協力してくれた。
ベルーガ奪取計画。
ガンダム奪取計画。
全てが動き出す。
そして。
成功した。
ベルーガは地球圏を脱出。
ガンダムも回収。
誰にも気付かれず宇宙へ出る。
向かう先は。
イベントリー。
地球に最も近い工業コロニー。
親地球派住民も多く。
連邦への感情も比較的穏やかだ。
そこでガンダムを解体する。
戦争の火種を消す。
それがカノンの計画だった。
◇
ベルーガはコロニー外周へ待機。
ガンダムフレームだけを貨物船で搬入。
カノンは単独でコロニーへ潜入した。
「お嬢、本当に一人で?」
通信越しにグレアーが聞く。
「大丈夫よ」
「全然大丈夫に聞こえません」
「信用ないわね」
「昔から無茶しかしませんから」
カノンは笑った。
少しだけ気が楽になる。
貨物船から搬出されたフレームは巨大だった。
しかし装甲はない。
ただの骨組み。
一般人が見てもMSとは気付かないかもしれない。
廃工場へ搬入。
隠蔽完了。
「これで終わり」
後は解体するだけ。
そう思っていた。
だから。
油断した。
◇
「身分証をお願いします」
警官だった。
食料を買い出しに出た帰り。
何気ない職務質問。
最初は平静を装った。
偽造IDを渡した。
問題ない。
そう思った。
だが。
警官の顔色が変わる。
「少し確認を」
まずい。
本能が告げた。
次の瞬間。
カノンは走っていた。
「待て!」
警官の声が響く
全力で逃げ続けた。
隠れ潜み、なんと警官をやり過ごした。
そしてようやく。
ようやく撒いた。
疲労困憊だった。
「最悪……」
赤いパーカーのフードを深く被る。
ボロボロの姿で廃工場へ戻る。
早くガンダムを解体しなければ。
そう思いながら。
そして。
工場の扉を開いた。
その瞬間だった。
「……は?」
思考が停止する。
そこにあった。
確かにあった。
XF-Gフレーム。
だが。
知っている姿ではない。
巨大な緑色の肩。
青い胸部。
左右非対称の装甲。
装甲を止めてあるだけの脚。
V字アンテナ。
ツインアイ。
どう見ても。
「え?、ガンダムになってる……」
理解不能だった。
しかも。
コックピットハッチは閉じている。
嫌な予感しかしない。
恐る恐る開く。
そして。
見つけた。
知らない男。
オレンジ色のツナギ。
ゴーグル。
PC。
そして。
爆睡。
「……え?」
カノンは固まった。
意味が分からない。
本当に分からない。
PC画面を見る。
【動画アップロード完了】
「は?」
さらに意味が分からない。
男は幸せそうに寝ていた。
すると。
寝言が聞こえる。
「どうもぉ……」
カノンの額に青筋が浮かぶ。
「ケンケンちゃんネルでぇす……」
沈黙。
数秒。
そして。
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
絶叫が廃工場に響き渡った。
その後はソリダスに囲まれ、ガンダムが動く。
そして、燃えるソリダスの残骸を見ながら。
ケンは呆然としていた。
昨日まで工専生だった。
動画を撮っていた。
登録者18人だった。
それが今。
目の前には破壊されたMSが転がっている。
その中には人がいた。
自分が殺した。
そう思った瞬間。
胃の奥から込み上げてくるものを感じた。
「なんでこうなった……」
震える声。
誰に向けた訳でもない。
ただ漏れ出た言葉だった。
「こっちのセリフよ!」
即座に返ってくる。
赤いパーカーの少女だった。
ケンは肩を震わせる。
「私がどれだけ苦労したと思ってるのよ!」
「ご、ごめん……」
「謝られても困る!」
少女は頭を抱えた。
しばらくそのまま考え込む。
ケンは恐る恐る口を開いた。
「これから……俺たちどうなるんだ?」
不安だった。
戦争。
ガンダム。
軍隊。
全部現実感がない。
なのに。
人だけは死んでいる。
それだけは現実だった。
少女は答えない。
モニターに映るガンダムを見つめている。
「この機体がコロニー連合に渡っても駄目……」
独り言のように呟く。
「地球へ戻しても駄目……」
さらに考える。
「危険過ぎる……」
「おい!」
ケンが声を張り上げる。
「どうするんだよ!?」
「うるさいわね!」
少女が振り返る。
「今考えてるの!」
「ご、ごめん……」
ケンは即座に謝った。
正直怖かった。
ソリダス12機を倒したガンダムより怖い。
少女は大きく息を吐いた。
そして決意したように顔を上げる。
「決めた」
「え?」
「このままコロニーを出るわ」
「出る?」
「私達の船まで戻る」
少女はケンを指差した。
「付き合ってもらうわよ」
「へ?」
「あなたしかこのガンダム動かせないんだから」
ビシッ。
勢いよく指を突き付けられる。
ケンは反射的に背筋を伸ばした。
「え、あ、はい」
「よろしい」
少女が頷く。
ケンは恐る恐る操縦桿へ手を伸ばした。
先程まではアシストモードが勝手に動かしていた。
だが今は違う。
ゆっくりと前へ倒す。
ガンダムが一歩進む。
地面が揺れる。
「おお……」
思わず声が漏れた。
もう一歩。
また一歩。
ぎこちないが動く。
少女が目を丸くした。
「あんた普通にMS動かせるの?」
「一応」
ケンは頭を掻く。
「工専のMS科だから」
「工専?」
「操縦実習くらいはやるぞ」
もちろん軍人レベルではない。
だが歩行や姿勢制御くらいなら出来る。
少女は少し驚いた顔をした。
「へぇ……」
そして小さく頷く。
「ま、いいわ」
「いいのかよ」
「コロニー出るまではよろしく」
「あぁ……はい」
ケンは頷く。
さっきまで怒鳴り散らしていたのに。
急に普通に話し始めた。
女の子ってよく分からない。
「そういえば」
少女が言う。
「あんた名前は?」
「え?」
「一応聞いとく」
少女はニヤリと笑った。
「ケンケンじゃないんでしょ?」
「うっ」
痛い所を突かれた。
「あれは配信名で……」
「やっぱり」
「本名はケン」
少し恥ずかしい。
「ケン=大神」
「そう」
少女は頷いた。
「私はカ……」
そこまで言って止まる。
カノン。
そう名乗りかけた。
だが。
偽造IDを思い出す。
地球を出る前。
グレアーが渡してくれた身分証。
『間違えて本名言わないように、似た名前にしときましたぜ』
そう笑っていた。
カノンは自分の赤いパーカーを見る。
そして鼻を鳴らした。
「私はノン」
「ノン?」
「ノン=レッドフードよ」
それが。
少女が初めてケンに名乗った名前だった。