機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第三話 「ノン=レッドフード」

 

 カノン=フーガは幸福な人生を送ってきた。

 

 地球連邦軍高官。

 

 オルフェウス=フーガの娘として生まれ。

 

 何不自由なく育った。

 

 幼い頃から優秀だった。

 

 勉強も運動も人並み以上。

 

 名門大学へ進学し、将来は父のような立派な軍人になる。

 

 それが当たり前だと思っていた。

 

 父は誇りだった。

 

 連邦の英雄。

 

 戦争を終わらせた男達の一人。

 

 優しく。

 

 厳しく。

 

 そして誰よりも娘想いだった。

 

 そんな父を。

 

 カノンは尊敬していた。

 

 だからこそ。

 

 信じたくなかった。

 

「ガンダム?」

 

 ある日。

 

 偶然耳にした噂。

 

 休戦協定締結後も。

 

 連邦軍が秘密裏に新型ガンダムを開発しているという情報だった。

 

 最初は笑った。

 

 そんなはずがないと。

 

 だが。

 

 調べれば調べるほど証拠が出てくる。

 

 隠蔽された予算。

 

 消えた研究資料。

 

 存在しない筈の輸送記録。

 

 嫌な予感しかしなかった。

 

 そして。

 

 カノンは父へ直接問い掛けた。

 

「お父様」

 

「なんだ?」

 

「ガンダムの開発をしているという話を聞いたのだけれど」

 

 一瞬だけ。

 

 オルフェウスの動きが止まった。

 

 だがそれも僅かだった。

 

 すぐに笑う。

 

「誰から聞いたんだ?」

 

「答えて」

 

「くだらない噂だ」

 

「本当に?」

 

「もちろんだ」

 

 そう言って頭を撫でる。

 

 昔から変わらない。

 

 優しい父の笑顔。

 

 だが。

 

 その瞬間。

 

 カノンは確信してしまった。

 

 父は嘘をついている。

 

 ◇

 

「お嬢、本気ですか」

 

 グレアーは頭を抱えた。

 

 三十代後半。

 

 オルフェウスの側近。

 

 そしてカノンが幼い頃から面倒を見てきた男だった。

 

「本気よ」

 

「閣下を疑うんですか」

 

「疑いたくない」

 

 カノンは俯く。

 

「でも確認しなきゃ駄目なの」

 

 グレアーは長い溜息を吐いた。

 

「私は知りませんからね」

 

「ありがとうグレアー」

 

「まだ何もしてません」

 

「でも協力してくれるんでしょ?」

 

 グレアーは顔を背けた。

 

 図星だった。

 

 昔からこうだ。

 

 このお嬢様には甘い。

 

 結局。

 

 数日後。

 

 カノンはグレアーの協力で軍施設へ侵入する。

 

 そして。

 

 見てしまった。

 

 巨大なドック。

 

 最新鋭の戦艦。

 

 ベルーガ。

 

 そして。

 

 人型機動兵器。

 

 未完成のガンダム。

 

「そんな……」

 

 カノンは絶句した。

 

 本当に存在した。

 

 父は戦争の準備をしていた。

 

 休戦協定を破って。

 

 再び戦争を始めようとしている。

 

 その事実が何より辛かった。

 

 涙が出そうになる。

 

 だが。

 

 泣いている場合ではない。

 

 カノンは決意する。

 

 父に戦争を起こさせない。

 

 絶対に。

 

 ◇

 

 それからは早かった。

 

 グレアーを説得。

 

 家庭教師。

 

 使用人。

 

 メイド達。

 

 そしてグレアーの部下達。

 

 皆危険は理解していた。

 

 見つかれば反逆罪。

 

 死刑すらあり得る。

 

 それでも。

 

「お嬢がそう仰るなら」

 

 皆協力してくれた。

 

 ベルーガ奪取計画。

 

 ガンダム奪取計画。

 

 全てが動き出す。

 

 そして。

 

 成功した。

 

 ベルーガは地球圏を脱出。

 

 ガンダムも回収。

 

 誰にも気付かれず宇宙へ出る。

 

 向かう先は。

 

 イベントリー。

 

 地球に最も近い工業コロニー。

 

 親地球派住民も多く。

 

 連邦への感情も比較的穏やかだ。

 

 そこでガンダムを解体する。

 

 戦争の火種を消す。

 

 それがカノンの計画だった。

 

 ◇

 

 ベルーガはコロニー外周へ待機。

 

 ガンダムフレームだけを貨物船で搬入。

 

 カノンは単独でコロニーへ潜入した。

 

「お嬢、本当に一人で?」

 

 通信越しにグレアーが聞く。

 

「大丈夫よ」

 

「全然大丈夫に聞こえません」

 

「信用ないわね」

 

「昔から無茶しかしませんから」

 

 カノンは笑った。

 

 少しだけ気が楽になる。

 

 貨物船から搬出されたフレームは巨大だった。

 

 しかし装甲はない。

 

 ただの骨組み。

 

 一般人が見てもMSとは気付かないかもしれない。

 

 廃工場へ搬入。

 

 隠蔽完了。

 

「これで終わり」

 

 後は解体するだけ。

 

 そう思っていた。

 

 だから。

 

 油断した。

 

 ◇

 

「身分証をお願いします」

 

 警官だった。

 

 食料を買い出しに出た帰り。

 

 何気ない職務質問。

 

 最初は平静を装った。

 

 偽造IDを渡した。

 

 問題ない。

 

 そう思った。

 

 だが。

 

 警官の顔色が変わる。

 

「少し確認を」

 

 まずい。

 

 本能が告げた。

 

 次の瞬間。

 

 カノンは走っていた。

 

「待て!」

 

 警官の声が響く

 

 

 全力で逃げ続けた。

 

 隠れ潜み、なんと警官をやり過ごした。

 

 

 そしてようやく。

 

 ようやく撒いた。

 

 疲労困憊だった。

 

「最悪……」

 

 赤いパーカーのフードを深く被る。

 

 ボロボロの姿で廃工場へ戻る。

 

 早くガンダムを解体しなければ。

 

 そう思いながら。

 

 そして。

 

 工場の扉を開いた。

 

 その瞬間だった。

 

「……は?」

 

 思考が停止する。

 

 そこにあった。

 

 確かにあった。

 

 XF-Gフレーム。

 

 だが。

 

 知っている姿ではない。

 

 巨大な緑色の肩。

 

 青い胸部。

 

 左右非対称の装甲。

 

 装甲を止めてあるだけの脚。

 

 V字アンテナ。

 

 ツインアイ。

 

 どう見ても。

 

「え?、ガンダムになってる……」

 

 理解不能だった。

 

 しかも。

 

 コックピットハッチは閉じている。

 

 嫌な予感しかしない。

 

 恐る恐る開く。

 

 そして。

 

 見つけた。

 

 知らない男。

 

 オレンジ色のツナギ。

 

 ゴーグル。

 

 PC。

 

 そして。

 

 爆睡。

 

「……え?」

 

 カノンは固まった。

 

 意味が分からない。

 

 本当に分からない。

 

 PC画面を見る。

 

【動画アップロード完了】

 

「は?」

 

 さらに意味が分からない。

 

 男は幸せそうに寝ていた。

 

 すると。

 

 寝言が聞こえる。

 

「どうもぉ……」

 

 カノンの額に青筋が浮かぶ。

 

「ケンケンちゃんネルでぇす……」

 

 沈黙。

 

 数秒。

 

 そして。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 絶叫が廃工場に響き渡った。

 

 その後はソリダスに囲まれ、ガンダムが動く。

 

 そして、燃えるソリダスの残骸を見ながら。

 

 ケンは呆然としていた。

 

 昨日まで工専生だった。

 

 動画を撮っていた。

 

 登録者18人だった。

 

 それが今。

 

 目の前には破壊されたMSが転がっている。

 

 その中には人がいた。

 

 自分が殺した。

 

 そう思った瞬間。

 

 胃の奥から込み上げてくるものを感じた。

 

「なんでこうなった……」

 

 震える声。

 

 誰に向けた訳でもない。

 

 ただ漏れ出た言葉だった。

 

「こっちのセリフよ!」

 

 即座に返ってくる。

 

 赤いパーカーの少女だった。

 

 ケンは肩を震わせる。

 

「私がどれだけ苦労したと思ってるのよ!」

 

「ご、ごめん……」

 

「謝られても困る!」

 

 少女は頭を抱えた。

 

 しばらくそのまま考え込む。

 

 ケンは恐る恐る口を開いた。

 

「これから……俺たちどうなるんだ?」

 

 不安だった。

 

 戦争。

 

 ガンダム。

 

 軍隊。

 

 全部現実感がない。

 

 なのに。

 

 人だけは死んでいる。

 

 それだけは現実だった。

 

 少女は答えない。

 

 モニターに映るガンダムを見つめている。

 

「この機体がコロニー連合に渡っても駄目……」

 

 独り言のように呟く。

 

「地球へ戻しても駄目……」

 

 さらに考える。

 

「危険過ぎる……」

 

「おい!」

 

 ケンが声を張り上げる。

 

「どうするんだよ!?」

 

「うるさいわね!」

 

 少女が振り返る。

 

「今考えてるの!」

 

「ご、ごめん……」

 

 ケンは即座に謝った。

 

 正直怖かった。

 

 ソリダス12機を倒したガンダムより怖い。

 

 少女は大きく息を吐いた。

 

 そして決意したように顔を上げる。

 

「決めた」

 

「え?」

 

「このままコロニーを出るわ」

 

「出る?」

 

「私達の船まで戻る」

 

 少女はケンを指差した。

 

「付き合ってもらうわよ」

 

「へ?」

 

「あなたしかこのガンダム動かせないんだから」

 

 ビシッ。

 

 勢いよく指を突き付けられる。

 

 ケンは反射的に背筋を伸ばした。

 

「え、あ、はい」

 

「よろしい」

 

 少女が頷く。

 

 ケンは恐る恐る操縦桿へ手を伸ばした。

 

 先程まではアシストモードが勝手に動かしていた。

 

 だが今は違う。

 

 ゆっくりと前へ倒す。

 

 ガンダムが一歩進む。

 

 地面が揺れる。

 

「おお……」

 

 思わず声が漏れた。

 

 もう一歩。

 

 また一歩。

 

 ぎこちないが動く。

 

 少女が目を丸くした。

 

「あんた普通にMS動かせるの?」

 

「一応」

 

 ケンは頭を掻く。

 

「工専のMS科だから」

 

「工専?」

 

「操縦実習くらいはやるぞ」

 

 もちろん軍人レベルではない。

 

 だが歩行や姿勢制御くらいなら出来る。

 

 少女は少し驚いた顔をした。

 

「へぇ……」

 

 そして小さく頷く。

 

「ま、いいわ」

 

「いいのかよ」

 

「コロニー出るまではよろしく」

 

「あぁ……はい」

 

 ケンは頷く。

 

 さっきまで怒鳴り散らしていたのに。

 

 急に普通に話し始めた。

 

 女の子ってよく分からない。

 

「そういえば」

 

 少女が言う。

 

「あんた名前は?」

 

「え?」

 

「一応聞いとく」

 

 少女はニヤリと笑った。

 

「ケンケンじゃないんでしょ?」

 

「うっ」

 

 痛い所を突かれた。

 

「あれは配信名で……」

 

「やっぱり」

 

「本名はケン」

 

 少し恥ずかしい。

 

「ケン=大神」

 

「そう」

 

 少女は頷いた。

 

「私はカ……」

 

 そこまで言って止まる。

 

 カノン。

 

 そう名乗りかけた。

 

 だが。

 

 偽造IDを思い出す。

 

 地球を出る前。

 

 グレアーが渡してくれた身分証。

 

『間違えて本名言わないように、似た名前にしときましたぜ』

 

 そう笑っていた。

 

 カノンは自分の赤いパーカーを見る。

 

 そして鼻を鳴らした。

 

「私はノン」

 

「ノン?」

 

「ノン=レッドフードよ」

 

 それが。

 

 少女が初めてケンに名乗った名前だった。




ノン=レッドフード

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