機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第32話「平和に迫る影」

リボーンコロニーの中央広場では、穏やかな午後の時間が流れていた。

 

 時計塔の周囲には待ち合わせをする人々が集まり、ベンチでは老人達が談笑している。商店街から続く通りを買い物帰りの家族連れが行き交い、少し離れた場所では子供達の笑い声が響いていた。

 

 そんな中、時計塔の下ではグレアー、おやっさん、ジーナ、そして数名のベルーガクルーが、買い込んだ荷物を足元へまとめていた。

 

 食料品や日用品、ベルーガで使う備品に機械部品。

 

 その中でも一際目立っているのが、ジーナの周囲に置かれた大量の買い物袋だった。

 

「……やっぱり多過ぎるだろ。」

 

 おやっさんが改めて袋の山を見ながら呟く。

 

「何度見ても多い。どう考えても買い過ぎだ。」

 

「先ほども申し上げましたが、すべてお嬢様に必要な物でございます。」

 

 ジーナは当然のように答えた。

 

「服も下着も日用品も分かる。だがな、あの髪飾りまで必要品扱いは無理があるだろ。」

 

「必要でございます。」

 

「何に必要なんだよ。」

 

「お嬢様がお使いになります。」

 

「そういうこと聞いてんじゃねぇよ!」

 

 おやっさんの声に、荷物を整理していたクルー達が思わず笑う。

 

 グレアーも端末を操作しながら口元を緩めた。

 

「諦めた方がいいですぜ。お嬢のことになるとメイド長に何言っても無駄でやす。」

 

「グレアー様。」

 

「はい?」

 

「私は必要な物を必要な分だけ購入しただけでございます。」

 

「……その必要な分が、あっしらの想像より随分多かっただけですな。」

 

「その通りでございます。」

 

「肯定すんのかよ。」

 

 おやっさんが呆れたように頭を掻く。

 

 そんなやり取りの最中も、ジーナは何度か時計塔の表示へ目を向けていた。

 

 ケンとノンは取材を終え次第、この場所へ来ることになっている。

 

 約束の時間にはまだ少し余裕があった。

 

「お嬢様はまだでしょうか。」

 

「まだ時間前だぞ。」

 

「存じております。」

 

「だったらそんな何回も時計見なくていいだろ。」

 

「私は確認しているだけでございます。」

 

「五分で何回確認する気だ。」

 

 ジーナは答えず、今度はノン達が来るはずの通りを見る。

 

 おやっさんが深くため息を吐いた。

 

「坊主も一緒なんだから大丈夫だろ。」

 

「……。」

 

「おい、何で黙る。」

 

「ケン様を信用していないわけではございません。」

 

「じゃあ何なんだよ。」

 

「お嬢様の安全に関しましては、あらゆる可能性を考慮しております。」

 

「やっぱり信用してねぇじゃねぇか。」

 

「整備班長。」

 

 ジーナが静かにおやっさんを見る。

 

「何だ。」

 

「お嬢様の安全に、心配し過ぎという言葉はございません。」

 

「へいへい。」

 

 おやっさんが両手を上げる。

 

「俺が悪かったよ。」

 

 その時だった。

 

 広場の周囲に設置されている大型モニターから、短い電子音が鳴った。

 

 広告映像が消え、リボーンコロニー管理局の紋章へと切り替わる。

 

『住民及び来訪者の皆様にお知らせいたします。現在、港湾区において臨時の保安確認を実施しております。これに伴い、一部区域で通行規制が行われる可能性がありますので、係員の指示に従ってください。』

 

 放送が終わる。

 

 広場にいた人々の多くは一度モニターを見上げたものの、すぐにそれぞれの時間へ戻っていった。

 

「何かあったのかね。」

 

「貨物事故じゃない?」

 

「また検査か?」

 

 聞こえてくる会話にも、危機感はない。

 

 だが、グレアーだけは端末を取り出していた。

 

「……。」

 

 港湾情報を開き、入出港状況を確認する。

 

 数秒前まで通常表示だった出航予定に、次々と待機を示す表示が追加されていく。

 

「どうした?」

 

 変化に気付いたおやっさんが覗き込む。

 

「ちょっと妙ですな。」

 

「何がだ。」

 

「出航許可が止まり始めてやす。」

 

「ナガオカ屋の船はどうなっておりますか?」

 

 ジーナがすぐに尋ねる。

 

「今確認しやす。」

 

 グレアーが偽装会社ナガオカ屋の名義で登録している小型船を呼び出す。

 

 そこにも同じ表示が出ていた。

 

「……駄目ですな。出航待機になってやす。」

 

「俺達だけか?」

 

「いや。今のところ港にいる船は全部です。」

 

 おやっさんの表情が僅かに険しくなる。

 

「中立コロニーの港を丸ごと止めるような保安確認って何だよ。」

 

「そこが分からないんでさぁ。」

 

 グレアーがさらに情報を探ろうとした時、広場の一角で人々がざわめき始めた。

 

「おい、あれ……。」

 

「軍じゃないか?」

 

 視線が港湾区へ続く方向へ集まる。

 

 制服姿の人間が、リボーンの保安員と話しながら市街地へ入ってきていた。

 

 コロニー国家連合軍。

 

 さらに観景窓の向こうでは、港へ降りていく数機のMSも見える。

 

 ソリダスだった。

 

 武器を構えてはいない。

 

 攻撃する様子もない。

 

 それでも、中立コロニーの日常に軍用MSの姿はあまりにも異質だった。

 

「すげぇ! 本物のMSだ!」

 

 近くにいた子供が声を上げる。

 

「ソリダスじゃん! 見に行こうぜ!」

 

「こら、待ちなさい!」

 

 走り出そうとした子供を母親が慌てて捕まえる。

 

「なんで? 別に戦争じゃないだろ?」

 

「そういう問題じゃありません!」

 

 大人達の間にも、少しずつ戸惑いが広がり始めていた。

 

「中立なのに何で国家連合軍が?」

 

「何か事件でもあったのか?」

 

「MSまで持ち込む必要あるのかよ。」

 

 つい先ほどまで戦争を遠いものとして語っていた住民達の目の前に、今は軍隊がいる。

 

 まだ何も起きてはいない。

 

 それでも、その光景を前にして先ほどまでと同じ顔でいられる者は少なかった。

 

「グレアー様。」

 

 ジーナの声が低くなる。

 

「ええ。ちょいと嫌な感じがしてきやしたね。」

 

 グレアーは周囲を確認する。

 

「ここで坊主達を待つのはやめた方がよさそうです。」

 

「では、お嬢様へ連絡を。」

 

「短くお願いします。まだ軍の目的が分かってやせん。」

 

「承知しました。」

 

 ジーナがノンへ発信しようとしたところで、再び街頭モニターが切り替わった。

 

『リボーンコロニー管理局よりお知らせいたします。現在、コロニー国家連合からの要請により、港湾区の出入口を一時封鎖しております。入港中の全船舶は、許可が下りるまで出航を停止してください。』

 

「完全に閉じやがったか。」

 

 おやっさんが顔をしかめる。

 

「ベルーガを呼ぶか?」

 

「駄目です。」

 

 グレアーが即座に否定する。

 

「何のためにベルーガを離れた場所へ待機させてると思ってるんです。ここで近付けりゃ、あっちまで見つかりやす。」

 

「分かってるよ。言ってみただけだ。」

 

 ジーナの端末から呼び出し音が鳴る。

 

 一度。

 

 二度。

 

 そして。

 

『ジーナ?』

 

 ノンの声が聞こえた。

 

「お嬢様。ご無事ですか?」

 

『大丈夫よ。ケンも一緒。』

 

『俺もいるよ。』

 

 後ろからケンの声が入る。

 

 それを聞いたジーナの表情が僅かに緩んだ。

 

「そうですか。」

 

『何かあったの? こっちでも港の放送が流れてるけど。』

 

「国家連合軍が入ってきやした。」

 

 横からグレアーが答える。

 

『国家連合?』

 

「お嬢、坊主。予定変更です。中央広場には来ないでくだせぇ。」

 

『どうして?』

 

「まだ目的が分かりやせん。港も封鎖されてる。軍が市街地へ入り始めてる以上、わざわざ人の多い場所で合流する必要はありやせん。」

 

『分かった。』

 

「今どこです?」

 

『商業区。取材はもう終わったから、そっちに戻ろうとしてたところ。』

 

「そのまま少し人の少ない場所へ移動してくだせぇ。状況を確認したら、こっちから連絡しやす。」

 

『分かったわ。』

 

 そこで。

 

 またモニターが切り替わった。

 

『続いて、コロニー国家連合より住民及び来訪者の皆様へ、捜査協力を要請します。』

 

 国家連合軍の紋章。

 

 グレアー達が一斉に顔を上げる。

 

『現在、リボーンコロニー内に国際手配中の重要容疑者が潜伏している可能性があることから、対象者の捜索を実施しています。』

 

『……え。』

 

 端末の向こうで、ケンが小さく声を漏らした。

 

 画面が切り替わる。

 

 そこに映し出されたのは、ケン=大神の顔写真だった。

 

『対象者、ケン=大神。動画配信サイト86ちゃんTVにおいて、ケンケンの名で活動していた人物です。』

 

『俺!?』

 

「声が大きい!」

 

 通信の向こうでノンが慌てて止める。

 

 広場では住民達がモニターを見上げ、先ほどとは比べものにならないほど大きなざわめきが広がっていた。

 

「ケンケンって、あのガンダムの?」

 

「ここにいるのか?」

 

「だから軍が来たのかよ。」

 

 グレアーはすぐに端末へ向かって言った。

 

「坊主、聞こえてやすね。」

 

『う、うん。』

 

「どこから情報が漏れたか考えるのは後です。絶対に中央広場へ来ちゃいけやせん。」

 

『分かった。』

 

「お嬢も。」

 

『分かってる。ケンを連れて隠れるわ。』

 

「お願いいたしやす。」

 

 ジーナが端末へ顔を寄せる。

 

「お嬢様。」

 

『何? ジーナ。』

 

「決して無茶はなさらないでください。」

 

『大丈夫よ。』

 

「それから、ケン様。」

 

『はい!』

 

「先ほどのお約束、お忘れではございませんね?」

 

 一瞬。

 

 ケンが黙る。

 

 そしてすぐに意味を理解した。

 

『忘れてないよ。絶対ノンを危険な目に遭わせない。』

 

「お願いいたします。」

 

 横で聞いていたおやっさんが眉を寄せる。

 

「いや、坊主も今思いっきり危険なんだが。」

 

「整備班長。」

 

「何だよ。」

 

「今はお嬢様の安全が最優先でございます。」

 

「坊主の心配もしてやれ!」

 

『おやっさん、ありがとう!』

 

「ほら見ろ! 坊主が泣きそうじゃねぇか!」

 

『泣いてないよ!』

 

『何やってんのよ、こんな時に。』

 

 ノンの呆れた声が入る。

 

 ほんの一瞬だけ、緊張が緩んだ。

 

 だがグレアーはすぐに周囲を確認し、声を落とす。

 

「長話はここまでにしやしょう。お嬢、坊主。目立たないように移動してください。こっちも広場を離れやす。」

 

『了解。』

 

『分かった。』

 

 通信が切れた。

 

 ジーナは端末を握ったまま、ノンの声が消えた画面を数秒見つめる。

 

「メイド長。」

 

「何でしょう。」

 

「お嬢は坊主と一緒です。今は信じやしょう。」

 

 グレアーの言葉に、ジーナは静かに頷いた。

 

「……はい。」

 

 そしてすぐに表情を戻す。

 

「整備班長。荷物を。」

 

「俺が持つのか!?」

 

「お嬢様と合流した際、すぐに動けるようにしておく必要がございます。」

 

「半分はお前が買った荷物だろ!」

 

「必要な物でございます。」

 

「それはもう聞いた!」

 

 そんなやり取りをしながらも、一行は素早く荷物をまとめ、中央広場から離れ始めた。

 

 

 

 一方。

 

 ケンとノンは商業区の裏手へ移動していた。

 

 撮影用のカメラは既に鞄の中。

 

 ノンも赤いフードを脱ぎ、目立たないように上着の中へ押し込んでいる。

 

「これ、かなりまずくない?」

 

「かなりまずいわね。」

 

「即答しないでよ。」

 

「安心させるために嘘ついてほしい?」

 

「それも嫌だけど……。」

 

 ケンは周囲を気にしながら歩く。

 

 大型モニターには、今も自分の手配情報が表示されている。

 

 しかもケン=大神としてだけではない。

 

 ケンケンとして活動していた時の映像まで使われていた。

 

「これじゃ顔そのままだと無理だよ。」

 

「だから変えなさい。」

 

「顔を!?」

 

「髪型くらい変えられるでしょ。」

 

「あ、そっちね。」

 

 ケンは辺りを確認してから、近くの店のガラスを鏡代わりにする。

 

 髪を手で撫でつけ、普段とは逆に後ろへ流した。

 

「……どう?」

 

 ノンがじっと見る。

 

「まだケン。」

 

「そりゃ俺だからね!」

 

「目。」

 

「目?」

 

「細くして。」

 

「こう?」

 

 ケンが両目を細める。

 

 ノンは数秒黙った。

 

「……何その顔。」

 

「ノンがやれって言ったんじゃん!」

 

「もう少し自然に出来ないの?」

 

「無茶言わないでよ!」

 

「声。」

 

「ごめん。」

 

 ノンは改めてケンを見る。

 

 オールバック。

 

 妙に細めた目。

 

 少し猫背にして、普段以上に自信なさそうな表情を作っている。

 

「……まあ、さっきよりはマシね。」

 

「なんか納得いかない。」

 

「捕まるよりいいでしょ。」

 

「それはそうだけど。」

 

 二人は再び歩き出す。

 

 なるべく軍人がいない道を選んでいたが、市街地へ入ってくる兵士の数は徐々に増えていた。

 

 角を曲がれば兵士。

 

 大通りへ出れば身分確認。

 

 だからといって、露骨に避け続ければ逆に怪しまれる。

 

 そして。

 

 ついに避けられない場所に出た。

 

「……ノン。」

 

「見えてる。」

 

 通路の先。

 

 国家連合兵とリボーンの保安員が簡易的な確認場所を作っていた。

 

 大規模な検問ではない。

 

 来訪者らしい者を選んで、身分証を確認しているだけだ。

 

 引き返そうにも、すぐ後ろから人が歩いてくる。

 

 ここで急に方向を変えれば不自然だった。

 

「どうする?」

 

「普通に通る。」

 

「普通に!?」

 

「私達にはナガオカ屋のIDがあるでしょ。」

 

「偽物だけど!」

 

「大声で言わない!」

 

 ノンが小声で怒鳴る。

 

 ケンは慌てて口を閉じた。

 

「大丈夫。名前と顔さえ照合されなければ通れる。」

 

「されるための身分証確認じゃないの?」

 

「ケン。」

 

「はい。」

 

「自信なさそうな顔して。」

 

「それは得意。」

 

「……そこは少し自信持ちなさいよ。」

 

 二人は人の流れに合わせて進んでいく。

 

 ケンの心臓が早鐘を打つ。

 

 そして案の定。

 

「そこの二人。」

 

「……!」

 

「身分証をお願いします。」

 

 兵士に呼び止められた。

 

「は、はい。」

 

 ノンが先に偽装IDを提示する。

 

 兵士は内容を確認し、顔を見る。

 

 特に問題はない。

 

 返却。

 

 次。

 

「君も。」

 

「は、はいぃ。」

 

「そんな緊張しなくていい。」

 

 ケンは震えそうになる手でIDを差し出した。

 

 そこに記載されている名前は。

 

 ケイン=オオカワ。

 

 ナガオカ屋の従業員。

 

 そして貼られている写真は、紛れもなくケン本人ではあるのだが。

 

 何故か今より少し髪が寝ていて、目元にも覇気がなく、全体的に微妙に冴えない。

 

 兵士が写真を見る。

 

 ケンを見る。

 

 写真を見る。

 

 もう一度ケンを見る。

 

「……。」

 

「……。」

 

 ケンは必死に目を細める。

 

「……君。」

 

「はい!?」

 

「顔。」

 

 心臓が跳ね上がった。

 

「か、顔が何か……?」

 

「少し違わないか?」

 

「えっ。」

 

 ノンも横で僅かに身体を強張らせる。

 

 兵士はもう一度IDを見る。

 

 そして近くのモニター。

 

 そこには。

 

 国際指名手配犯、ケン=大神の顔。

 

 再び目の前のケン。

 

 ケンは猫背のまま、糸のように目を細めている。

 

「……。」

 

「……。」

 

「似てるな。」

 

「……え。」

 

「この指名手配犯に。」

 

 ケンの顔から血の気が引く。

 

 ノンも何も言わない。

 

 兵士はしばらく見比べ。

 

 やがて首を傾げた。

 

「……いや。」

 

 もう一度ケンを見る。

 

「違うな。」

 

「……え?」

 

「こっちの手配犯の方が凛々しい顔をしてる。」

 

「…………。」

 

 兵士はIDをケンへ返す。

 

「君も若いんだから、もう少しシャキッとしろ! そんな自信なさそうな顔してどうする!」

 

「は、はい……。」

 

「よし。行っていい。」

 

「ありがとうございます……。」

 

 二人は歩き出した。

 

 早過ぎず。

 

 遅過ぎず。

 

 普通に。

 

 兵士から十分に離れ。

 

 角を曲がったところで。

 

「……ノン。」

 

「何。」

 

「俺、今すっごい複雑。」

 

「助かったんだからいいじゃない。」

 

「指名手配されてる俺より、ケイン=オオカワの俺の方が冴えないって言われた。」

 

「実際そういう写真だったでしょ。」

 

「誰が作ったんだよこれ……。」

 

「ナーベル達でしょ。」

 

「絶対わざとだよ!」

 

「結果的に助かったじゃない。」

 

「それが余計に悔しい!」

 

 思わず声を上げかけ、二人で慌てて口を閉じる。

 

 だが。

 

 笑っていられたのはそこまでだった。

 

 さらに進んだ先には、別の兵士達がいた。

 

「また?」

 

 ノンが足を止める。

 

「さすがに何回もID見せるのはまずいよ。」

 

「戻るわよ。」

 

 二人は自然に道を変える。

 

 しかし、先ほど通れた場所にも新たな兵士が入り始めていた。

 

 大通りは避ける。

 

 商業区の裏道へ入る。

 

 そこにも軍人の姿が見えれば、さらに別の道へ。

 

 兵士達は二人を追っているわけではない。

 

 誰もまだケンを発見していない。

 

 それでも、捜索範囲が広がるにつれて、二人が自由に動ける場所だけが少しずつ削られていった。

 

「……こっちも駄目。」

 

 物陰から通りを確認したノンが戻ってくる。

 

「さっきまで誰もいなかったのに。」

 

「捜索範囲を広げてるんだ。」

 

 ケンは周囲を見回した。

 

「じゃあ向こうは?」

 

「住宅区ね。」

 

「人も少なそうだし、そっち行こう。」

 

 二人は商業区を離れ、住宅が立ち並ぶ区画へ入った。

 

 先ほどまでの賑やかさが嘘のように静かになる。

 

 だが。

 

 その静けさが、今は逆に怖かった。

 

 人が少ない。

 

 つまり、兵士と出会えば紛れる相手もいない。

 

「ノン。」

 

「何?」

 

「さっきのインタビューさ。」

 

「今?」

 

「ちょっとだけ。」

 

 ケンは歩きながら、住宅の間から遠くに見えるソリダスへ視線を向ける。

 

「みんな、中立だから大丈夫って言ってたよね。」

 

「……ええ。」

 

「まだ戦争だって始まってないのに、軍が来ただけでこんなに街の雰囲気変わるんだな。」

 

 銃声はない。

 

 爆発もない。

 

 誰も戦っていない。

 

 それでも、つい先ほどまで普通に買い物をし、笑いながら歩いていた住民達は、今では軍人の姿を気にしながら行き交っている。

 

「俺がいるからなんだけどさ……。」

 

「ケン。」

 

「分かってる。今は考え込まない。」

 

「ならいいわ。」

 

 ノンが先を確認する。

 

「まずここから出ること。それから考えましょう。」

 

「うん。」

 

 二人はさらに住宅区の奥へ進んだ。

 

 だが。

 

 その先から兵士達の話し声が聞こえてきた。

 

「この区画も確認するぞ。」

 

「ああ。来訪者を中心に身分証を確認しろ。」

 

 ノンが即座にケンを壁際へ引き寄せる。

 

「戻る。」

 

 二人は来た道を引き返した。

 

 しかし。

 

 反対側からも別の兵士達が歩いてくる。

 

「……。」

 

 ノンが足を止める。

 

「まずくない?」

 

「静かに。」

 

 二人は細い脇道へ入る。

 

 住宅と住宅の間を抜け、別の通りへ出ようとする。

 

 だが、その先にも軍服が見えた。

 

 追われているわけではない。

 

 見つかったわけでもない。

 

 ただ、どちらへ進んでも国家連合兵がいる。

 

 ケンとノンはさらに細い路地へ入り込んだ。

 

「……行き止まり。」

 

 ケンが呟く。

 

 目の前には住宅の塀。

 

 左右にも抜けられそうな道はない。

 

「戻るしかないわ。」

 

 ノンが振り返る。

 

 その時。

 

 路地の入口の向こうから、兵士達の声が聞こえた。

 

「こっちも確認する。」

 

「了解。」

 

 まだ姿は見えていない。

 

 だが、近付いてくる。

 

 ケンは周囲を見回した。

 

「隠れるところ……。」

 

「ない。」

 

「どうする?」

 

「……。」

 

 ノンも答えられない。

 

 路地を戻れば兵士と鉢合わせする。

 

 ここにいれば、いずれ見つかる。

 

 ケンは鞄を握り締めた。

 

 ナガオカ屋のIDで一度は誤魔化せた。

 

 だが、こんな場所で二人揃って見つかれば、今度は詳しく調べられる可能性が高い。

 

 兵士達の足音が近付いてくる。

 

「ノン……。」

 

「分かってる。」

 

 ノンが周囲を見回す。

 

 その時だった。

 

「あなた達。」

 

「……!」

 

 二人が振り向く。

 

 路地に面した一軒の家。

 

 その玄関が僅かに開いていた。

 

 中から顔を覗かせていたのは、一人の老婦人だった。

 

 ケンは思わず目を見開く。

 

 どこかで見たような気がした。

 

 だが今は、思い出している余裕などない。

 

 老婦人は二人の後ろへ視線を向ける。

 

 兵士達の声が近付いている。

 

「早く。」

 

 小さな声だった。

 

「え?」

 

「見つかりたくないんでしょう?」

 

 ケンとノンが顔を見合わせる。

 

 何故。

 

 どうして自分達を。

 

 疑問はいくつも浮かんだ。

 

 ノンは一瞬だけ警戒するように老婦人を見たが。

 

「この先も見回りがいるわよ。」

 

 老婦人はそう言って、玄関をもう少し開いた。

 

「さあ、早く入りなさい。」

 

 足音がさらに近付く。

 

 ノンが決断した。

 

「ケン。」

 

「う、うん。」

 

 二人は素早く玄関へ駆け込み。

 

 老婦人が静かに扉を閉めた。

 

 ほんの数秒後。

 

 家の外を、複数の軍靴の音が通り過ぎていく。

 

 ケンは息を殺したまま、扉を見つめる。

 

 やがて。

 

 足音は遠ざかっていった。

 

 誰にも見つかっていない。

 

 国家連合軍はまだ、ケン=大神がこの家の中にいることを知らない。

 

 ケンはようやく小さく息を吐き、目の前の老婦人を見る。

 

「あ、あの……。」

 

 何故、自分達を助けたのか。

 

 そう尋ねようとした。

 

 しかし老婦人は穏やかに笑うだけだった。

 

「話は中でしましょう。」

 

 そう言って、二人を家の奥へ招き入れる。

 

 平和なリボーンコロニーの中で、少しずつ狭められていったケンとノンの逃げ道。

 

 その最後に開いたのは。

 

 見ず知らずの老婦人の家の扉だった。

好きなキャラクター

  • ケン=大神
  • ノン=レッドフード
  • グレアー=アイズ
  • ヤスシ=ロックブック(おやっさん)
  • ジーナ=メイガス(メイド長)
  • ナーベル=シーマ
  • オーガ=ワーイック
  • ザーク
  • ドン・カストロ
  • 切り裂きシャックス
  • ジャンク屋の親父
  • ケンケンちゃんネルに最初に登録した少女
  • ベルーガのクルー一同
  • 今後のキャラに期待
  • 作者NageT
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