機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
玄関の扉が閉まった直後、家の外を複数の軍靴が通り過ぎていった。
ケンとノンは声を出すことも出来ず、薄暗い玄関先で息を潜める。兵士達はすぐ目の前の通りを確認しているらしく、時折聞こえてくる話し声は思っていた以上に近かった。
「この先も確認するぞ。」
「ああ。来訪者を見かけたら身分証を確認しろ。」
コロニー連合兵の声が扉越しに聞こえるたび、ケンの身体が強張る。
ノンも何も言わず、扉を見つめていた。
やがて足音は家の前を通り過ぎ、少しずつ遠ざかっていく。それでも老婦人はすぐには動かず、しばらく耳を澄ませてから、ようやく小さく息を吐いた。
「……もう大丈夫そうね。」
その言葉を聞いて、ケンもようやく止めていた息を吐き出した。
「た、助かった……。」
「まだ大きな声を出しちゃ駄目よ。」
「あっ……すみません。」
「ふふ。元気なのはいいことだけどね。」
つい先ほどまで追い詰められていた二人とは対照的に、老婦人は驚くほど落ち着いている。
ノンはそんな老婦人を少し警戒するように見つめていたが、やがて深く頭を下げた。
「助けていただいて、ありがとうございます。あのままあそこにいたら、見つかっていたと思います。」
「いいのよ。さあ、こんなところにいつまでも立っていないで。中へいらっしゃい。」
「あ、俺も……本当にありがとうございました!」
ケンも慌てて頭を下げ、ノンと一緒に老婦人の後を追った。
通されたのは、こぢんまりとした居間だった。
決して広くはないものの、室内は綺麗に片付けられており、長く使い込まれた家具や、壁際に並べられた家族写真からは、この家で積み重ねられてきた時間が伝わってくる。
窓際の椅子には、一人の老人が座っていた。
「おいおい。本当に連れてきたのか。」
「仕方ないでしょう。あのままじゃ見つかってたわよ。」
「そりゃそうだが……。」
老人は立ち上がると、突然現れた二人を順番に眺める。
ノン。
そして、ケン。
そこで視線が止まった。
「……なるほど。」
「な、何ですか?」
「街中のモニターに出とる男によく似とる。」
「やっぱり分かってる!」
ケンが思わず大きな声を出し、ノンがすぐに腕を叩いた。
「ケン、声!」
「あっ、ごめん!」
「ははは。まあ、そりゃ分かるわな。」
老人は愉快そうに笑いながら、改めてケンの顔を見る。
オールバックにした髪。
少し細めた目。
そして、先ほどから緊張しっぱなしのせいで、いつも以上に自信のなさそうな表情。
「だが……。」
「え?」
「画面に出とる方が、もうちょっと凛々しく見えるな。」
「また言われた!」
「何がじゃ?」
「今日それ二回目なんです!」
思わず頭を抱えるケンを見て、ノンが吹き出しそうになりながら顔を逸らす。
「ノン、今笑ったよね?」
「笑ってない。」
「絶対笑った!」
「そんなことより座りなさい。」
「誤魔化した!」
先ほどまでの緊張が、ほんの僅かに和らぐ。
老婦人は二人に椅子を勧めると、飲み物を用意するため台所へ向かった。
「そんな、そこまでしてもらわなくても。」
ノンが立ち上がろうとする。
「いいのよ。若い子がそんなに遠慮しなくても。」
「でも……。」
「座ってなさいな。」
「……はい。」
有無を言わせない優しい口調に押され、ノンは素直に腰を下ろした。
「ノンが負けた。」
「うるさい。」
やがて二人の前に温かい飲み物が置かれる。
ケンは両手でカップを包み込んだ。
温かさが指先から伝わってくる。
つい先ほどまで、コロニー連合兵の目を避けながら街を歩いていた。
一度は身分証まで確認され、偽装IDのケイン=オオカワで何とか切り抜けたものの、その後は行く先々に兵士が現れ、最後には逃げ道すらなくなりかけた。
それが今は、知らない家の居間で温かい飲み物を出されている。
ありがたい。
けれど。
だからこそ、ケンには一つだけ分からないことがあった。
「あの……。」
「何かしら?」
ケンはカップをテーブルへ置き、老婦人を見る。
「なんで、俺達を助けてくれたんですか?」
部屋が静かになった。
ノンも老婦人を見る。
「俺……指名手配されてるって分かってますよね。」
「ええ。」
「だったら……。」
老婦人は少しだけ目を細めた。
「動画を見たのよ。」
「……動画?」
「あなた達の動画。」
ケンとノンが顔を見合わせる。
「赤ずきんちゃんネル……?」
「ええ。」
老婦人の視線がノンへ移った。
「ということは、あなたが赤ずきんさんかしら?」
「えっ……。」
ノンが僅かに目を見開く。
今は赤いフードを被っていない。
顔も隠していない。
老婦人はそんなノンの顔をまじまじと見つめると、嬉しそうに笑った。
「まあ。顔を隠すのが勿体無いくらいの美人さんじゃない。」
「そ、そんな……。」
思いがけない言葉に、ノンが僅かに頬を赤くして視線を逸らす。
それを見逃すケンではなかった。
「ノン、照れて――」
「ケン。」
「……何でもないです。」
老夫婦が楽しそうに笑う。
だが、老婦人はすぐに穏やかな表情へ戻った。
「海賊の人達のことも、闇試合のことも見たわ。あなたが自分のしたことを話していたのもね。」
「……。」
ケンの顔から笑みが消える。
最初に投稿した「ガンダムを見つけました」という動画。
それが世界に与えた影響。
コロニーから逃げる時に起きた戦闘。
そして、シャックスを殺したこと。
赤ずきんちゃんネルでは、それらを隠さず話した。
「……それでも俺を助けたんですか?」
「ええ。」
老婦人は迷わず頷いた。
「それにね。」
少しだけ間を置く。
「私達には、孫がいたの。」
「お孫さん?」
「とっても元気な女の子だったわ。」
老婦人は立ち上がり、壁際の棚へ向かった。
そこには何枚もの写真が並べられている。
家族で食卓を囲んでいる写真。
老夫婦がどこかへ旅行した時の写真。
そして、その中から一つの写真立てを手に取った。
「よく笑う子でね。少しお転婆だったけど、本当に優しい子だったわ。」
懐かしむように写真を撫でてから、ケン達の前へ置く。
「…………。」
ケンの目が。
その写真に釘付けになった。
老夫婦の間に、一人の少女が立っている。
まだ小学生くらい。
二人に挟まれ、楽しそうに笑っている。
「……え?」
「ケン?」
ノンが横を見る。
ケンは動かない。
写真を見たまま、瞬きすら忘れていた。
「この子……。」
掠れた声が漏れる。
見間違えるはずがなかった。
一年前。
動画配信を始めて間もない頃。
登録者はゼロ。
動画を投稿しても、再生数は十回にも届かなかった。
向いていないのかもしれない。
もうやめた方がいいのかもしれない。
そんな弱音を吐きながら、公園で動画を撮っていた自分に。
『もしかして……ケンケン?』
声を掛けてきた。
振り返ると。
そこに、この少女が立っていた。
『動画見たよ!』
『面白かった!』
突然そんなことを言われて、何を言われたのかすぐには理解出来なかった。
『えっ……。』
『ほんと?』
『うん!』
少女は満面の笑みで頷いた。
『また動画出してね!』
『絶対見るから!』
その夜。
何気なく開いたケンケンちゃんネル。
登録者数。
1人。
何度も画面を見直した。
コメント欄には。
『今日も面白かった!』
『また次も楽しみにしてるね!』
誰も見ていないと思っていた。
それでも、一人だけ。
自分の動画を楽しみにしてくれる人がいた。
動画を上げる度にコメントが届いた。
『今日も面白かった!』
『学校のお友達にも教えたよ!』
『また頑張ってね!』
それを見るのが嬉しくて。
次も撮ろうと思えた。
誰にも見てもらえなくても。
その子が見てくれている。
だから続けられた。
けれど。
ある日を境に、コメントが来なくなった。
忙しいのかな。
飽きてしまったのかな。
そんなことを考えていた翌日。
何気なく流れていたニュース。
『連続殺人事件の続報です。』
『連続殺人犯シャックスによる二十八人目の被害者が確認されました。』
画面に映し出された写真。
被害者は十歳。
そして。
護送されながら笑っていた男。
『キャハハハハハ!!』
「……この子は……。」
ケンの声が震える。
今、目の前にある写真の中では。
少女はあの日と同じように笑っていた。
「俺の……。」
目の奥が熱くなる。
「俺の一番最初の登録者の子なんだ……。」
「ケン……。」
ノンが息を呑む。
ケンの頬を、一筋の涙が伝った。
「この子が……初めてだったんだ。」
堪えようとしても、声が震える。
「俺の動画……誰も見てなくて。登録者だって一人もいなくて……俺、もうやめようかなって思ってて……。」
それでも。
「この子が面白かったって言ってくれて……次も見るって言ってくれて……。」
ケンは写真から目を離せなかった。
「その日の夜に……登録者が一人になってて……。」
また涙が落ちる。
「それから、ずっとコメントくれてたんだ……。」
「……そう。」
老婦人は静かに頷いた。
「あの子、あなたの動画が好きだったもの。」
「……え?」
「私達に会いに来てくれた時もよく教えてくれたわ。」
老婦人の表情に、懐かしさが滲む。
「『ケンケンがまた動画出したよ』ってね。学校のお友達にも教えてたみたい。」
「本当に……?」
「ええ。」
その横で、老人も頷いた。
「わしらにも何度も見せてきたし、動画が上がる度に連絡してきてたぞ。」
「……。」
「ただな。」
老人が少し困ったように頭を掻く。
「機械の話ばっかりで、わしには何が面白いのかさっぱり分からんかった。」
「おじいさん。」
老婦人が呆れたように見る。
「いや、本当のことじゃろ。」
涙を流していたケンが、思わず小さく笑った。
「……俺も今見ると、何が面白かったんだろって思います。」
「本人が言うな。」
「だって再生数十回もいってなかったし……。」
ほんの一瞬。
部屋に柔らかな笑いが生まれる。
けれど、老婦人の目にも少しずつ涙が滲んでいた。
「でもね。」
老婦人は写真を見つめる。
「あの子は楽しそうに見てたわ。」
「……。」
「だから、あの子がいなくなってからも、私達は時々あなたの動画を見てたの。」
ケンが顔を上げる。
「俺の……?」
「孫が見つけた人だからね。」
老婦人は微笑む。
「それで、今回の動画も見たのよ。突然ガンダムだの指名手配だの海賊だの……本当にびっくりしたわ。」
「……すみません。」
「だから、どうしてあなたが謝るのよ。」
「いや……なんか……。」
ケンは上手く答えられない。
老婦人はそんなケンをしばらく見つめてから、静かに続けた。
「動画を見て、あなたが何をしたのかも聞いたわ。」
「……。」
「あの殺人鬼のことも。」
ケンの表情が強張る。
あの笑い声が、再び頭の奥で蘇った。
「俺……。」
写真の少女を見る。
「俺、あいつを殺しました。」
「ええ。」
「自分の感情に任せて。」
「みんなは殺人鬼だったんだから気にするなって……。」
言葉が続かない。
「俺……あれがよかったのか、今でも分からなくて……。」
その時だった。
老人がゆっくりと立ち上がった。
ケンの前まで歩いてくると、俯いたまま握り締めていたケンの手を、その両手で包み込む。
「……ありがとう。」
「え?」
思いもしなかった言葉に、ケンが顔を上げた。
老人の目にも涙が浮かんでいる。
「孫の仇を取ってくれて、ありがとう。」
「……。」
「あの男が捕まった時、わしらは安心した。もう誰も、あいつに殺されることはないとな。」
だが。
シャックスは脱獄した。
「ニュースで知った時は信じられんかった。どうしてあんな男を外へ出したんだ。どうして逃がしたんだと、政府にも腹が立った。」
老人の手に、僅かに力が入る。
「また誰かが、あいつに殺されるかもしれん。わしらの孫と同じような子が出るかもしれん。」
「……。」
「それを、お前さんが止めてくれた。」
「でも……。」
「分かっとる。」
老人はケンの言葉を否定するのではなく、静かに受け止めた。
「お前さんは、自分がどんな人間であれ、人を殺したことに苦しんどるんじゃろ。」
「……はい。」
「なら、それをわしらが『正しかった』と言って終わらせることは出来ん。」
ケンが老人を見る。
「わしらが感謝しても、お前さんが背負うものまで消えるわけじゃない。それをどう受け止めて生きていくかは、お前さん自身が決めることじゃ。」
「……。」
「ただな。」
老人は涙を浮かべながら、穏やかに笑った。
「わしらが、ありがとうと言うことまで止めんでくれ。」
ケンの目から。
また涙が溢れた。
「……はい。」
声が掠れる。
「……ありがとう……ございます……。」
許されたわけではない。
シャックスを殺したことが正しかったと証明されたわけでもない。
自分が何をしたのか。
それをどう背負うのか。
答えはまだ出ていない。
それでも。
ずっと心の中に残り続けていた少女が、自分の動画を本当に楽しみにしてくれていたこと。
そして、その家族が今、自分の手を握ってくれていること。
その事実だけは。
ケンの胸の奥に、静かに届いていた。
ノンは何も言わなかった。
今は下手に慰めるよりも、ケン自身がその言葉を受け止める時間が必要なのだと分かっていた。
ただ隣に座り、泣いているケンを見守っていた。
それからしばらくして。
ようやくケンが落ち着いた頃、ノンは窓の外を確認してから端末を取り出した。
「ケン。」
「……うん。」
「グレアー達に連絡しましょう。向こうも心配してる。」
「あ……そうだね。」
ケンは目元を拭うと、一度大きく息を吐いてから通信を繋いだ。
数秒も経たずに応答がある。
『坊主!』
「グレアー。」
『無事だったんですかい!』
普段より明らかに大きな声だった。
『さっきから連絡がねぇから、どうなったかと思ってやしたぜ!』
「ごめん。コロニー連合兵が近くにいたから、通信しない方がいいと思って。」
『それで正解です。今どこにいるんです?』
「住宅区の家の中。この家のおじいさんとおばあさんに助けてもらって、匿ってもらってる。」
通信の向こうで、グレアーが安堵したように息を吐く。
『そうですか……。そいつぁ良かった。』
その直後。
『お嬢様!』
聞き慣れた声が割り込んできた。
「ジーナ。」
『ご無事ですか? お怪我はございませんか?』
「大丈夫よ。何ともないわ。」
『本当にどこにも?』
「本当に大丈夫。」
『ですが――』
「ジーナ。」
『……はい。』
「私は大丈夫だから。」
ノンの落ち着いた声に、ジーナは少しだけ間を置いた。
『……承知いたしました。』
『坊主は?』
今度はおやっさんの声が聞こえる。
「俺も大丈夫だよ、おやっさん。」
『そうか。よく見つからずに済んだな。』
「途中でID確認されたけど。」
『何!?』
「ケイン=オオカワで通った。」
少し沈黙。
『……あの写真でか?』
「その反応何!?」
『いや、あれお前より微妙に冴えねぇ顔してただろ。』
「やっぱりそうなんだ!?」
『俺が作ったわけじゃねぇぞ!』
「誰が作ったのあれ!」
『知らねぇよ!』
「整備班長。」
ジーナの冷静な声が二人のやり取りを遮った。
『今はそのような話をしている場合ではございません。』
『分かってるよ!』
ノンが呆れたように額を押さえる。
「こんな時まで何やってるのよ……。」
けれど。
ケンは少しだけ笑っていた。
さっきまで泣いていた顔に、その笑みが戻ったことを確認してから、ノンが端末を受け取る。
「グレアー。それで、こっちなんだけど。」
『へい。』
「港まで戻れるかもしれない。」
『本当ですかい?』
ノンは老人を見る。
老人は頷き、ノンの持つ端末へ少し近付いた。
「わしは昔、港で働いとってな。」
『港で?』
「ああ。今は一般の通路を軍が見張っとるんじゃろ?」
『そうです。』
「従業員が使っとった通用口がある。今も完全に塞がれとらんのなら、そこから港湾区へ入れるはずじゃ。」
グレアーが少し考える。
『ナガオカ屋の船がある場所までは行けそうですかい?』
「港の中へさえ入れれば、そう遠くはない。昔とは多少変わっとるだろうが、わしが案内すれば何とかなるじゃろ。」
『そいつぁ助かりやす。坊主達を匿っていただいたうえに、そこまでしてもらって……ありがとうございます。』
「礼なら、こいつらが無事に逃げてから聞くわい。」
老人の言葉に、グレアーが小さく笑った。
『へい。そうさせてもらいやす。』
「そっちはどうなの?」
ケンが端末へ顔を寄せる。
「港まで戻れそう?」
『それなんですがね。こっちも少し状況が変わってきやした。』
「変わった?」
その時。
通信の向こうから、複数の怒鳴り声が聞こえてきた。
『いつまで封鎖してるんだ!』
『こっちは仕事にならないんだぞ!』
『ここはコロニー国家連合の領土じゃない!』
『リボーンは中立コロニーだぞ!』
「……何?」
ノンが眉を寄せる。
『住民達が怒り始めてやす。』
グレアーの声の後ろで、抗議の声は途切れるどころか徐々に増えていた。
『最初は皆、指名手配犯の捜索なら仕方ねぇって感じだったんですがね。何時間も港を閉鎖されて、あちこちで身分証を確認されて、仕事まで止められりゃ話は別です。』
突然現れた軍隊。
止められた物流。
出航出来ない民間船。
通路で繰り返される身分確認。
そして、ここはコロニー国家連合の支配するコロニーではない。
独立した中立コロニー、リボーンだ。
『自治政府からも抗議が入ってるみたいですな。軍も住民への対応に人手を取られ始めてやす。』
「じゃあ、グレアー達も動ける?」
『ええ。あっしらは坊主みたいに顔を大々的に晒されてるわけじゃありやせんし、ナガオカ屋のIDもまだ生きてる。人の流れに紛れれば港までは戻れそうです。』
グレアーは一度言葉を切り。
『ナガオカ屋の船で合流しやしょう。』
ケンとノンが顔を見合わせる。
「分かった。」
「私達はおじいさんの通用口から向かうわ。」
『それがいいですな。無理に表へ出る必要はありやせん。あっしらも頃合いを見て港へ向かいます。』
『お嬢様。』
「何? ジーナ。」
『船でお待ちしております。どうか、それまでお気を付けください。』
「うん。ジーナ達もね。」
『承知いたしました。』
そして。
『坊主!』
「今度は何、おやっさん。」
『せっかく助けてもらったんだ。今度こそ下手打つんじゃねぇぞ!』
「分かってるって!」
『そのじいさんとばあさんにもちゃんと礼言っとけよ!』
「もう言ったよ!」
『ならいい!』
通信が切れる。
静かになった端末を下ろし、ケンは改めて老夫婦へ向き直った。
「本当に……ありがとうございます。」
「だから、まだ早いと言っとるじゃろ。」
老人はそう言って立ち上がると、窓のカーテンを僅かに開けて外を確認した。
通りの向こうをコロニー連合兵が歩いている。
しかし、そのさらに先からは住民達の抗議する声が聞こえていた。
「今すぐ動くより、もう少し様子を見た方がいい。」
「待つんですか?」
「ああ。軍人の目が住民の方へ向いとる今の方が、さっきよりはマシじゃ。もう少し人の流れが増えれば、通用口まで行きやすくなる。」
老婦人も窓の外を見る。
「みんな、だんだん怒ってきたみたいね。」
「……さっきまで、あんなに平和だったのに。」
ケンが呟く。
つい先ほど取材したばかりだった。
リボーンは中立だから大丈夫。
戦争が始まったとしても、ここには関係ない。
連邦もコロニー国家連合も、こんな場所まで来ることはない。
住民達はそう話していた。
けれど。
まだ本当の戦争は始まってすらいない。
それなのに軍が来ただけで、いつもの暮らしは簡単に乱れ始めていた。
「このコロニーの人達は、平和に慣れとる。」
老人が静かに言った。
「それ自体は悪いことじゃない。」
「……。」
「だがな。平和が当たり前だと思っとるからこそ、自分達の暮らしをよその軍隊に勝手に止められるのは我慢ならんのじゃろ。」
その言葉を聞きながら、ケンはもう一度テーブルへ目を向けた。
写真の中。
少女が笑っている。
自分の動画を見つけてくれた。
登録者が一人もいなかった頃の自分に、「面白かった」と言ってくれた。
次も見ると約束してくれた。
そして、本当に毎回見てくれていた。
もう二度と、その子からコメントが届くことはない。
それでも。
あの一人がいたから。
ケンケンは動画を続けることが出来た。
そして今。
自分はもう一度、動画を使って何かを伝えようとしている。
「……おじいさん。」
「何じゃ?」
「俺達、絶対にここから出ます。」
「そうしてもらわんと困る。」
老人は振り返り、笑った。
「わしの家から指名手配犯が捕まったなんて話になったら、近所で何言われるか分からんからな。」
「そっち!?」
「冗談じゃ。」
「今の絶対ちょっと本気だったでしょ!」
老婦人がくすくすと笑う。
「あなた、準備は?」
「ああ。もう少ししたら行く。」
老人は上着を手に取った。
「通用口まで案内してやろう。」
「おじいさんも一緒に行くんですか?」
「当たり前じゃ。昔の従業員用通路なんぞ、口で説明したところで迷うだけじゃぞ。」
「でも危なくないですか?」
ノンが心配そうに尋ねる。
「わしはこのコロニーで何十年も暮らしとるただの爺さんじゃ。」
老人は肩を竦める。
「お前さん達よりよっぽど怪しまれん。」
「それは……確かに。」
「ノン!?」
「事実でしょ。」
「俺だって今はケイン=オオカワなんだけど!」
「手配犯より冴えない方?」
「それもうやめて!」
老夫婦がまた笑った。
ケンも、今度は一緒になって笑った。
そしてその笑いが収まった後。
老婦人はテーブルの写真をそっと手に取った。
「きっとあの子も、喜んでるわ。」
ケンが老婦人を見る。
「……そうかな。」
「ええ。」
老婦人は写真の中の孫娘へ微笑みかける。
「だって、あの子が最初に見つけたケンケンさんが、こんなところまで来たんですもの。」
「……。」
ケンは少しだけ照れたように俯いた。
「とんでもないところまで来ちゃいましたけどね。」
「本当ね。」
「そこは否定してほしかったな……。」
けれど。
その顔にはもう、先ほどまでの涙だけではないものが浮かんでいた。
答えが出たわけではない。
シャックスを殺したことも。
自分の動画が世界を騒がせたことも。
何一つ消えてはいない。
それでも。
自分の動画を最初に見つけてくれた一人の少女がいた。
その少女が楽しみにしてくれたから、ケンは動画を続けた。
なら。
今度も。
見てくれる誰かがいる限り。
伝え続けよう。
まだ本当の戦争は始まっていない。
まだ引き返せるのだと。
窓の外では、リボーンの住民達の声が少しずつ大きくなっていた。
そしてケン達にもまた。
この家を出て、ベルーガへ帰るための道が見え始めていた。
好きなキャラクター
-
ケン=大神
-
ノン=レッドフード
-
グレアー=アイズ
-
ヤスシ=ロックブック(おやっさん)
-
ジーナ=メイガス(メイド長)
-
ナーベル=シーマ
-
オーガ=ワーイック
-
ザーク
-
ドン・カストロ
-
切り裂きシャックス
-
ジャンク屋の親父
-
ケンケンちゃんネルに最初に登録した少女
-
ベルーガのクルー一同
-
今後のキャラに期待
-
作者NageT