機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

34 / 35
第34話「届き始めた声」

家を出る頃には、窓の外から聞こえてくる声は先ほどよりも明らかに増えていた。

 

 コロニー連合兵が住宅区まで入り込み、行き交う人々に身分証の提示を求めている。今のところ何か事件が起きたわけでも、ケンが発見されたわけでもない。それでも港は封鎖されたままで、街のあちこちでは予定を狂わされた住民達が足を止め始めていた。

 

「そろそろいいじゃろ。」

 

 おじいさんは窓から外の様子を確認すると、壁に掛けてあった上着を羽織った。

 

「港まで送ってやる。」

 

「え?」

 

 ケンはてっきり、歩いて通用口まで向かうものだと思っていた。

 

「送るって……車で?」

 

「当たり前じゃ。ここから港まで歩いたら、わしの腰が先に駄目になるわい。」

 

「いや、でも……。」

 

 ケンは窓の外へ目を向ける。

 

 コロニー連合兵がいる。

 

 街中には検問もある。

 

 そんな中を車で堂々と走るというのは、さすがに危険ではないのか。

 

「車の方が目立たない?」

 

「逆じゃ。」

 

 おじいさんは呆れたように答えた。

 

「この辺りじゃ車で港へ向かう人間なんぞ珍しくもない。こんな時に若い二人がこそこそ歩き回っとる方が怪しいわ。」

 

「……なるほど。」

 

「それに、わしが使っていた港の通用口は車両用じゃ。昔は毎日のようにそこから入っとった。」

 

「それなら、その方が良さそうね。」

 

 ノンが納得したように頷く。

 

「ほら、ノンもこう言ってるし。」

 

「お前さんは黙って後ろに隠れとれ。」

 

「俺だけ扱い違わない!?」

 

「街中に顔を晒されとるのはお前さんじゃろ。」

 

「……はい。」

 

 反論出来なかった。

 

 老婦人はそんな三人を見て小さく笑うと、ケンとノンを玄関まで見送った。

 

「気を付けてね。」

 

「はい。本当にありがとうございました。」

 

 ノンが深く頭を下げる。

 

 ケンも続こうとして、ふと居間の方を振り返った。

 

 テーブルの上には、あの少女の写真が置かれている。

 

 笑っていた。

 

 一年前、公園で声を掛けてくれた時と同じ笑顔で。

 

「……おばあさん。」

 

「なあに?」

 

「俺……動画、続けます。」

 

 老婦人は少し驚いたようにケンを見つめた後、優しく微笑んだ。

 

「ええ。」

 

「まだ何が出来るか分からないけど……ちゃんと続けます。」

 

「楽しみにしてるわ。」

 

「……はい!」

 

 今度こそ二人は家を出た。

 

 おじいさんの車は、家の脇に停められていた古い小型車だった。長年使われているのか、外装のあちこちに細かな傷があり、助手席には作業用の手袋や工具が無造作に置かれている。

 

「ほれ。後ろに乗れ。」

 

「お邪魔します。」

 

「ケン、奥。」

 

「なんで?」

 

「顔。」

 

「分かってるよ!」

 

 ケンが先に後部座席の奥へ入り、その横にノンが座る。

 

 おじいさんは運転席へ乗り込むと、何事もなかったかのように車を発進させた。

 

 住宅区の道路へ出る。

 

 ケンは座席へ深く身体を沈めながら、窓の外を窺った。

 

「……普通に走るんだ。」

 

「車なんだから道路を走るに決まっとるじゃろ。」

 

「そうじゃなくて!」

 

「変な動きをする方が目立つと言ったじゃろうが。」

 

 おじいさんの言う通りだった。

 

 街にはまだ普通の生活が残っている。

 

 買い物袋を抱えて歩く人。

 

 店の前で状況を話している人。

 

 動かない配送車の横で端末を確認する運転手。

 

 ただ、その中にコロニー連合兵の姿が混じっている。

 

 それだけで、昨日までなら何でもなかった光景が違って見えた。

 

 車が商業区へ近付くにつれて、人だかりが増えていく。

 

「……何かあったのかな。」

 

 ケンが身を低くしたまま窓の外を見る。

 

 道路脇では、数人の住民がコロニー連合兵と話していた。

 

 怒鳴り合いというほどではない。

 

 だが、住民達の表情には明らかな苛立ちが見える。

 

「本当にこのコロニーにいるのか?」

 

「現在、潜伏している可能性があるとして捜索を行っています。」

 

「可能性だろ?」

 

「何時間も探してるのに、何も起きてないじゃないか。」

 

 兵士も感情的にはならず、住民達へ説明を続けている。

 

「我々が捜索している人物は、ガンダムを使用した戦闘行為に関与した国際指名手配犯です。このコロニー内に潜伏している可能性がある以上、住民の皆様の安全を確認する必要があります。」

 

「それは分かってるよ。」

 

「だから最初は皆、協力してただろ?」

 

「でも、いつまで港まで止めておくつもりなんだ?」

 

「万が一、対象者によってこのコロニーの安全が脅かされるようなことがあれば、取り返しがつきません。ご理解ください。」

 

 兵士の言っていることも間違ってはいない。

 

 ケンは何も言えず、座席の陰へ少し身体を沈めた。

 

 彼らが探しているのは、自分なのだ。

 

 国際指名手配犯。

 

 コロニー内で戦闘を行い、ガンダムと共に逃亡した人間。

 

 事情を知らない住民からすれば、怖がられて当然だった。

 

 その時だった。

 

「俺、あいつの動画見たぞ。」

 

 一人の男が口を挟んだ。

 

「……動画?」

 

「赤ずきんちゃんネルだよ。」

 

 ケンが顔を上げる。

 

 ノンも反応した。

 

「海賊のところにいた奴らだろ?」

 

「ああ。闇試合にも出てた。」

 

「それって本物なのか?」

 

「知らねぇよ。でも、あいつ自分がやったことも喋ってたぞ。」

 

 周囲の住民達も、その話に耳を傾け始める。

 

「戦争を止めたいって言ってた奴だろ?」

 

「そうそう。ガンダムの動画を上げたのも自分だって認めてた。」

 

「でも指名手配犯なんだろ?」

 

 別の住民が不安そうに口を挟む。

 

「ガンダムで戦った奴がこの街にいるかもしれないんだぞ。俺は怖いけどな。」

 

「俺だって怖くないとは言ってない。」

 

 最初の男が答える。

 

「捜索するなとも言ってないさ。でもよ……。」

 

 男はコロニー連合兵を見る。

 

「あいつは戦争を止めたいって、自分の顔出して言ってたんだろ?」

 

「…………。」

 

「そんな奴を必死になって捕まえて……アンタ達は戦争がしたいのか?」

 

 周囲がざわついた。

 

 兵士の表情が僅かに険しくなる。

 

 だが、声を荒らげることはなかった。

 

「違います。」

 

 はっきりと答えた。

 

「我々も戦争を望んでいるわけではありません。」

 

「なら――」

 

「しかし、彼が戦闘行為に関与した国際指名手配犯であることと、動画で何を主張しているかは別の問題です。」

 

 男が黙る。

 

「我々の任務は対象者を確保し、事実を確認することです。そして、このコロニーの住民の安全を守ることでもあります。」

 

 兵士の言葉に、今度は別の住民が頷いた。

 

「まあ……それはそうだよな。」

 

「何か起きてからじゃ遅いしな。」

 

 それでも、全員が納得したわけではない。

 

「だったら、いつまで封鎖するのか説明してくれよ。」

 

「本当にここにいるって確認出来たのか?」

 

「捜索するのはいい。でも、俺達はここで生活してるんだ。」

 

「そうだ。俺達は連邦ともコロニー国家連合とも戦いたくないんだよ。」

 

「普通に暮らしたいだけなんだ。」

 

 車は、その横をゆっくりと通り過ぎていく。

 

 誰も。

 

 後部座席に、今まさに話題になっている本人がいるとは気付かない。

 

「……見てくれてる。」

 

 ケンが小さく呟いた。

 

「え?」

 

 ノンが横を見る。

 

「俺達の動画。」

 

 ケンは遠ざかっていく人だかりを見つめていた。

 

「ちゃんと見てくれてる人……いたんだ。」

 

「……そうね。」

 

 ノンも同じ方向を見る。

 

「少なくとも、何も届いてなかったわけじゃないみたい。」

 

「うん……。」

 

 ほんの少し前。

 

 一人の少女の写真を見た。

 

 登録者が一人もいなかった頃、自分の動画を見つけてくれた最初の一人。

 

 あの頃は、その一人だけでも嬉しかった。

 

 そして今。

 

 自分達の動画を見た誰かが、戦争について口にしている。

 

 ケン達の言葉をそのまま信じたわけではない。

 

 味方になったわけでもない。

 

 怖いと言う人だっている。

 

 それでも。

 

 考えてくれている。

 

「……すごいな。」

 

「何が?」

 

「動画って。」

 

 ケンは少しだけ笑った。

 

「俺、ずっと再生数とか登録者とか気にしてたけど……見た人が何を考えるかまでは、あんまり考えてなかったかも。」

 

「今更?」

 

「そこはもうちょっと感動してよ!」

 

「今更だけど、大事なことに気付いたんじゃない?」

 

「……そういう言い方されると何も言えない。」

 

 おじいさんが運転席から笑った。

 

「何人が見たかより、一人が何を思ったか、か。」

 

「……はい。」

 

「なら、孫の一回も無駄じゃなかったな。」

 

 ケンは一瞬言葉を失い。

 

「……はい。」

 

 今度は、しっかりと答えた。

 

 

 

 やがて車は港湾区へ近付いた。

 

 正面へ続く大通りには検問が設けられており、何台もの車が停められている。

 

「おじいさん。」

 

「分かっとる。」

 

 そのまま検問へ向かうのかと思った瞬間、おじいさんは手前の交差路を曲がった。

 

「こっちじゃ。」

 

 倉庫や整備施設の並ぶ細い道路へ入っていく。

 

 人通りは一気に少なくなった。

 

「昔はな、港の職員がこの辺りから出入りしとった。」

 

 車は古い施設の裏手を抜ける。

 

 やがて前方に、一般の出入口より遥かに小さなゲートが見えてきた。

 

「ここ。」

 

「これが通用口?」

 

「ああ。」

 

 おじいさんは慣れた手つきで車を寄せた。

 

 現在ではほとんど使われていないのか、ゲート脇の管理室にも人影はない。

 

「閉鎖されてないの?」

 

「完全に閉めると、設備管理の連中が困るからな。今でも保守用に残っとるはずじゃ。」

 

 老人が端末を操作すると、少し間を置いてゲートが開いた。

 

「開いた……。」

 

「わしを誰だと思っとる。」

 

「元港の人。」

 

「その通りじゃ。」

 

「普通だ……。」

 

「何を期待しとったんじゃ。」

 

「いや、なんかもっとこう……秘密の脱出通路みたいなのを。」

 

「ただの従業員用通用口じゃ。」

 

「ですよね。」

 

 ノンが呆れたようにケンを見る。

 

「遊びに来てるんじゃないのよ。」

 

「分かってるって。」

 

 車はゲートを抜け、港湾区の業務エリアへ入った。

 

 ここまで来れば、ナガオカ屋の小型船までは遠くない。

 

 

 

 一方。

 

 グレアー達もまた、住民達の流れに紛れて港へ向かっていた。

 

「さっきより人が増えたな。」

 

 おやっさんが周囲を見回す。

 

「そりゃそうでやしょう。出航出来ねぇ船が増え続けてるんですから。」

 

 グレアーは端末で状況を確認しながら歩いている。

 

 その後ろをジーナと数人のベルーガクルーが続いていた。

 

 全員、ナガオカ屋の身分証を持っている。

 

 ケンのように顔が大々的に手配されているわけでもない。

 

 普通に振る舞っている限り、今のところ彼らを止める理由はなかった。

 

「しかし、このまま封鎖が続くと厄介だぞ。」

 

「へい。」

 

 グレアーもそれは分かっている。

 

 船まで戻れたとしても、港そのものが閉鎖されていれば出航出来ない。

 

 強引に突破すれば、その瞬間にナガオカ屋の偽装は終わる。

 

 そして何より、ベルーガを近付けるわけにはいかない。

 

「まずは船へ戻りやしょう。」

 

 グレアーは周囲を見ながら歩き続ける。

 

「坊主達と合流してからです。」

 

「グレアー様。」

 

 ジーナが呼び掛ける。

 

「お嬢様達は。」

 

「まだ連絡はありやせんが、あのじいさんが港まで案内してくれてるはずです。」

 

「……そうですか。」

 

 ジーナはそれ以上何も言わなかった。

 

 ただ歩く速度が僅かに上がった。

 

「メイド長、速ぇぞ。」

 

「通常通りでございます。」

 

「いや、速ぇって。」

 

 

 

 それからしばらくして。

 

 ナガオカ屋の小型船が停泊する区画へ、一台の古い車が入ってきた。

 

「あれです。」

 

 ノンが窓の外を指差す。

 

「ナガオカ屋。」

 

「……改めて見ると変な名前だよね。」

 

「今それ言う?」

 

「だって、なんでナガオカ屋なの?」

 

「知らないわよ!」

 

 おじいさんは何のことか分からないまま車を停めた。

 

「着いたぞ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 ノンが先に降りる。

 

 続いてケンも周囲を確認しながら車を降りた。

 

「おじいさん。」

 

「何じゃ?」

 

「ここまで本当にありがとうございました。」

 

 ケンは深く頭を下げる。

 

「おじいさんとおばあさんがいなかったら、俺達……。」

 

「礼はもう聞いた。」

 

「でも。」

 

「なら、生きて帰れ。」

 

 ケンが顔を上げる。

 

「ベルーガとかいう船にな。」

 

「……はい。」

 

「それから。」

 

 おじいさんは少し笑う。

 

「動画、続けるんじゃろ?」

 

「はい。」

 

「なら、わしらも見てやる。」

 

「え?」

 

「孫が最初に見つけた奴が、これから何をするのかくらいは見届けんとな。」

 

 ケンは何も言えなくなった。

 

 それでも、今度は泣かなかった。

 

 笑って。

 

「……ありがとうございます。」

 

 頭を下げた。

 

「今度はもうちょっと、おじいさんにも分かる動画作ります。」

 

「機械の話を減らしてくれ。」

 

「そこ!?」

 

「冗談じゃ。」

 

「絶対ちょっと本気でしょ!」

 

 おじいさんが笑う。

 

 ノンも小さく笑ってから、改めて頭を下げた。

 

「おばあさんにも、ありがとうございましたって伝えてください。」

 

「ああ。」

 

「あと……。」

 

 ノンは一瞬だけ言葉を探し。

 

「お孫さんのことを話してくださって、ありがとうございました。」

 

 老人は穏やかに頷いた。

 

「行ってこい。」

 

「はい。」

 

 二人は小型船へ向かった。

 

 

 

 船内へ入った瞬間。

 

「お嬢様!」

 

「ジーナ。」

 

 待っていたジーナが真っ先にノンの元へ駆け寄った。

 

「お怪我は?」

 

「大丈夫よ。」

 

「本当に?」

 

「本当に大丈夫。」

 

 ジーナはノンの姿を上から下まで確認し、ようやく僅かに肩の力を抜いた。

 

 そして。

 

「ケン様。」

 

「はい!」

 

 ケンが胸を張る。

 

「ちゃんと守ったよ!」

 

「……ありがとうございます。」

 

「おお……。」

 

 ケンが目を丸くする。

 

「何で驚かれるのでしょうか。」

 

「いや、もっと『当然です』とか言われるかと。」

 

「ケン様。」

 

「はい、すみません。」

 

「よく戻ったな、坊主。」

 

「おやっさん!」

 

 おやっさんの顔を見た瞬間、ケンの表情が緩む。

 

「なんだ、泣くのか?」

 

「泣かないよ!」

 

「さっき泣いた顔してるぞ。」

 

「なんで分かるの!?」

 

「見りゃ分かる。」

 

「色々あったんだよ!」

 

「そりゃ良かった。」

 

「聞く気ないでしょ!」

 

「無事なら後で聞いてやる。」

 

 グレアーも二人の姿を確認し、安堵したように息を吐いた。

 

「これで全員揃いやしたね。」

 

「じゃあ出よう!」

 

「駄目です。」

 

「早い!」

 

「当たり前でやす。」

 

 グレアーは港の状況を表示した端末をケン達へ見せる。

 

「まだ出航停止は解除されてやせん。」

 

「でも全員戻ったんだよ?」

 

「だからこそです。」

 

 グレアーはケンを見る。

 

「ここまで誰にもナガオカ屋が疑われずに来たんです。今ここで勝手に飛び出したら、自分から怪しいと言ってるようなモンですぜ。」

 

「……確かに。」

 

「今は待ちやす。」

 

「でも、いつまで?」

 

「それを決めるのは、あっしらじゃありやせん。」

 

 グレアーは港の外へ視線を向けた。

 

「リボーンとコロニー連合です。」

 

 

 

 時間が過ぎるにつれ、港周辺の混乱はさらに大きくなっていた。

 

 ただし、それは暴動ではない。

 

 住民達も、コロニー連合兵も、互いに武器を向けているわけではなかった。

 

 問題になっているのは、どこまで捜索を続けるのか。

 

 そして、そのためにどこまでリボーンの日常を止めるのか。

 

 やがて港内のモニターにも、リボーン自治政府からの通達が流れ始めた。

 

『リボーン自治政府は、コロニー国家連合軍による国際指名手配犯の捜索について、引き続き必要な協力を行います。』

 

 ケン達は船内でモニターを見つめる。

 

『一方、現時点において対象者の所在を示す確実な情報は確認されておりません。長時間にわたる全港湾の出航停止は、市民生活および物流に大きな影響を及ぼしています。』

 

 ノンが小さく息を吐く。

 

『よって自治政府は、コロニー国家連合軍に対し、捜索を継続しつつ、全船舶に対する一律の出航停止措置を解除するよう要請しています。』

 

「……どうなるんだろ。」

 

 ケンが呟く。

 

「分からないわ。」

 

 ノンも画面から目を離さない。

 

 コロニー国家連合軍側も、すぐに要求を受け入れたわけではなかった。

 

 彼らにも理由がある。

 

 ガンダムを所有している可能性のある国際指名手配犯が、このコロニーに潜伏しているかもしれない。

 

 万が一、本当に事件が起きれば。

 

 その時に「住民から不満が出たから捜索を緩めました」では済まされない。

 

 だが同時に。

 

 ケン本人を発見したという情報はない。

 

 戦闘も起きていない。

 

 ナガオカ屋を含め、特定の船が逃亡に関与している証拠もない。

 

 時間だけが過ぎていた。

 

 そしてここは、コロニー国家連合の領土ではない。

 

 中立コロニー、リボーンだった。

 

 

 

「……動きがありやした。」

 

 しばらくして、端末を確認していたグレアーが顔を上げた。

 

「え?」

 

「港湾局から通達です。」

 

 直後。

 

 船内にもアナウンスが流れる。

 

『港湾局より、現在停泊中の全船舶へ通達します。』

 

 全員が息を呑む。

 

『コロニー国家連合軍との協議により、現在実施されている全船舶への一律出航停止措置を解除します。』

 

「やった!」

 

「ケン!」

 

「あっ。」

 

 ノンに睨まれ、ケンは慌てて口を押さえた。

 

 アナウンスは続く。

 

『なお、港湾区域内における警戒および身分確認は継続されます。出航を希望する船舶は、港湾管制の指示に従ってください。』

 

「全面的に捜索をやめたわけじゃないんだね。」

 

「当然でやしょう。」

 

 グレアーはすぐに出航手続きを始める。

 

「連中も仕事です。坊主が見つかってない以上、捜索そのものをやめる理由はありやせん。」

 

「じゃあ大丈夫なの?」

 

「大丈夫にするんです。」

 

「どうやって?」

 

 グレアーがケンを見る。

 

「普通に出る。」

 

「……普通に?」

 

「そのためのナガオカ屋でやしょうが。」

 

 港の出航停止が解除されたことで、待たされていた船が次々と動き始める。

 

 貨物船。

 

 輸送船。

 

 小型の民間艇。

 

 何時間も足止めされていた船が、管制の指示に従って順番に港を離れていく。

 

 ナガオカ屋も、その中の一隻だった。

 

『ナガオカ屋、出航待機位置へ移動してください。』

 

「了解でやす。」

 

 船がゆっくりと動き出す。

 

 ケンは窓から港を見る。

 

 コロニー連合兵がいる。

 

 検問も続いている。

 

 その横を。

 

 自分達の船が、ごく普通に進んでいく。

 

「……これ、本当に大丈夫?」

 

「坊主。」

 

「何?」

 

「黙って座っててくだせぇ。」

 

「それだけ!?」

 

「今のお前さんに出来る一番役に立つ仕事です。」

 

「ひどくない!?」

 

「ケン、静かに。」

 

「ノンまで!」

 

 それでも。

 

 誰もナガオカ屋を止めない。

 

 やがて管制から通信が入る。

 

『ナガオカ屋。航路クリア。出航を許可します。』

 

 船内が一瞬だけ静まり返った。

 

 グレアーが通信を返す。

 

「ナガオカ屋、了解でやす。」

 

 小型船が動き出した。

 

 前方には何隻もの民間船。

 

 後方からも別の貨物船が続いている。

 

 急加速はしない。

 

 逃げない。

 

 いつもの仕事を終えて帰る民間船のように。

 

 ただ静かに。

 

 ナガオカ屋はリボーンコロニーを離れていった。

 

 

 

 十分な距離を取ってから、小型船は進路を変更した。

 

 その先。

 

 周囲の監視から隠れるように待機していた大型艦が見えてくる。

 

「ベルーガ……!」

 

 ケンが窓へ駆け寄った。

 

 見慣れた船体。

 

 ようやく帰ってきた。

 

「やっと戻れた……。」

 

「まだ船に乗り移ってないでしょ。」

 

「ノンはこういう時まで細かいなぁ!」

 

「最後まで油断するなって言ってるの。」

 

「はいはい。」

 

「はいは一回。」

 

「はい。」

 

 おやっさんが笑い、グレアーも肩を竦める。

 

 ジーナだけはノンの無事を確認出来たことに満足したのか、静かにそのやり取りを見ていた。

 

 やがてナガオカ屋の小型船がベルーガへ収容される。

 

 完全にハッチが閉じたところで。

 

 ようやく。

 

 全員が息を吐いた。

 

 

 

 ベルーガは静かにリボーンから離れていく。

 

 ケンは窓越しに、遠ざかっていくコロニーを見つめていた。

 

 壊れてはいない。

 

 爆発もしていない。

 

 戦闘も起きなかった。

 

 外から見れば、来た時と何も変わらない。

 

 平和なコロニー。

 

 リボーン。

 

 けれど。

 

 あの街で暮らす人達は今日、自分達には関係ないと思っていたものを目の前で見た。

 

 軍隊が街に入り。

 

 港が止まり。

 

 いつもの生活が少しだけ崩れた。

 

 まだ、本当の戦争は始まっていないのに。

 

「……ノン。」

 

「何?」

 

「俺達の動画さ。」

 

 ケンは遠ざかるリボーンを見つめたまま言った。

 

「ちゃんと届いてたね。」

 

「……ええ。」

 

「おじいさんとおばあさんも見てくれてた。」

 

 そして。

 

「街の人も見てた。」

 

「そうね。」

 

「別に、俺達を信じてくれたわけじゃないけど。」

 

「それでいいんじゃない?」

 

 ケンがノンを見る。

 

「私達の言うことを全部信じてほしくて動画を始めたわけじゃないでしょ。」

 

「……うん。」

 

「戦争のことを考えてほしい。」

 

「うん。」

 

「どうしたら止められるのか、一緒に考えてくれる人を増やしたい。」

 

 ノンは窓の向こうへ目を向ける。

 

「今日、少なくとも何人かは考えてくれた。」

 

「……そっか。」

 

 ケンも再びリボーンを見る。

 

 一年前。

 

 登録者は一人もいなかった。

 

 誰にも見てもらえないと思っていた動画を、一人の少女が見つけてくれた。

 

 その一人がいたから。

 

 ケンは動画を続けられた。

 

 そして今。

 

 赤ずきんちゃんネルを見た誰かが、自分の言葉で戦争について話し始めている。

 

 まだ小さな声だった。

 

 世界を変えたわけでもない。

 

 地球連邦とコロニー国家連合の対立は、何も解決していない。

 

 それでも。

 

 何も届いていないわけではなかった。

 

「……続けよう。」

 

「当たり前でしょ。」

 

「今度はもっと色んな人に話を聞こう。」

 

「ええ。」

 

「それで、もっと色んな人に見てもらって――」

 

 ケンは一度言葉を止めた。

 

 そして、遠ざかるリボーンを見ながら笑った。

 

「戦争が始まる前に、止めよう。」

 

 ノンも小さく頷いた。

 

「ええ。」

 

 まだ本当の戦争は始まっていない。

 

 だから。

 

 まだ引き返せる。

 

 たった一人から始まったケンの動画は。

 

 今。

 

 少しずつ。

 

 別の誰かへ、その声を届け始めていた。

好きなキャラクター

  • ケン=大神
  • ノン=レッドフード
  • グレアー=アイズ
  • ヤスシ=ロックブック(おやっさん)
  • ジーナ=メイガス(メイド長)
  • ナーベル=シーマ
  • オーガ=ワーイック
  • ザーク
  • ドン・カストロ
  • 切り裂きシャックス
  • ジャンク屋の親父
  • ケンケンちゃんネルに最初に登録した少女
  • ベルーガのクルー一同
  • 今後のキャラに期待
  • 作者NageT
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。