機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
リボーンコロニーを離れたベルーガは、再び静かな宇宙を航行していた。
つい数時間前までコロニー連合兵の目を避け、いつ見つかるかと身を縮めていたのが嘘のように、艦内にはいつもの空気が戻りつつある。ナガオカ屋の小型船も無事に収容され、買い込んだ物資も運び込まれた。補給という当初の目的も、予定外の騒ぎこそあったものの一応は果たせている。
ケンもようやく自室へ戻り、椅子に深く腰を沈めていた。
「……疲れたぁ。」
背もたれへ身体を預け、そのまま天井を見上げる。
リボーンへ入った時は、まさかこんなことになるとは思っていなかった。
平和な街を撮影して、住民達に話を聞く。
それだけのはずだった。
ところがコロニー連合軍が現れ、街中に自分の顔が映し出され、挙げ句の果てには偽名のケイン=オオカワで身分確認まで受けることになった。
あの時の兵士の言葉を思い出す。
『こっちの手配犯の方が凛々しい顔をしてる。』
「……やっぱり納得いかない。」
思わず漏れた独り言に、近くにいたノンが怪訝そうな顔を向けた。
「何が?」
「いや、なんでもない。」
「変なの。」
ノンはそれ以上追及せず、テーブルの上に置かれていた端末へ手を伸ばした。
リボーンで撮影したデータを確認するつもりなのだろう。ケンも少し休んだら手伝おうと思っていたのだが、端末を操作していたノンの手が、不意に止まった。
「……ケン。」
「んー?」
「ちょっと来て。」
「今すごく動きたくないんだけど。」
「いいから来なさい。」
いつもと変わらない口調だったが、どこか様子がおかしい。
仕方なく身体を起こしたケンが隣まで行くと、ノンは何も説明せず端末を差し出した。
「何?」
「見れば分かる。」
画面に表示されていたのは、リボーンで撮影した映像ではなかった。
86ちゃんTV。
その中に開設したばかりの赤ずきんちゃんネル。
そして、公開した第一回目の動画だった。
見慣れたサムネイルの下に、再生回数が表示されている。
「…………。」
ケンは何となく数字を眺め、一度画面から目を離した。
そして、すぐにもう一度見る。
「…………。」
今度は顔を近付けた。
「ノン。」
「何?」
「これ……表示おかしくなってない?」
「私もそう思って更新したわ。」
「それで?」
「増えた。」
「増えた!?」
ケンは慌てて端末を奪うように受け取った。
もう一度更新する。
数字が変わった。
見間違いではない。
赤ずきんちゃんネルの第一回配信。
その再生数は、すでに百万人を超えていた。
「ひゃ……。」
声が詰まる。
「百万……?」
「ええ。」
「百万って……百万?」
「他に何があるのよ。」
「だって!」
ケンは思わず立ち上がった。
「百万人だよ!? 俺のケンケンちゃんネルなんて、ガンダムの動画以外は三桁いくかどうかだったんだよ!?」
「知ってる。」
「登録者だってギリ二桁だったのに!」
「それも知ってる。」
「じゃあもっと驚いてよ!」
「驚いてるわよ、私だって。」
そう言いながらもノンは比較的落ち着いている。対するケンは完全に浮き足立ち、端末を持ったまま意味もなく部屋の中を行ったり来たりしていた。
「百万……百万人……。」
「さっきからそれしか言ってないわよ。」
「だって百万人だよ!?」
「分かったから座りなさい。」
言われるまま椅子へ戻り、それでも信じられず画面を更新する。
また増えた。
再生数だけではない。
チャンネル登録者数も、コメント数も、ケン達が眺めている間に次々と数字を変えている。
世界のどこかで、今この瞬間にも誰かが自分達の動画を開いている。
その事実をようやく実感した瞬間、ケンの顔に笑みが広がった。
「……すごい。」
今度の声は、先ほどまでとは違っていた。
騒ぐのを忘れ、ただ画面を見つめる。
「本当に……見てもらえてるんだ。」
ノンも隣から数字を眺めていた。
「みたいね。」
「これだけ見てもらえたら……。」
戦争を止めたい。
まだ本当の戦争は始まっていないからこそ、今なら引き返せる。
そのために始めた動画だった。
百万人もの人間に届いたのなら、自分達がやろうとしていることにも意味があったのではないか。
そんな期待が膨らみかけたところで、ノンが画面の下を指差した。
「再生数だけ見て喜ぶのは、まだ早いんじゃない?」
「え?」
「コメント。」
「あ……。」
そうだった。
これだけ再生されているのなら、当然そこには大量の反応が寄せられている。
ケンは少し緊張しながらコメント欄を開いた。
最初に目へ飛び込んできた言葉は、期待していたものとは正反対だった。
『綺麗事。』
そのすぐ下にも続いている。
『海賊になって闇試合とか、結局アングラで危ないヤツらじゃん。』
『戦争の原因になったやつらが戦争反対とかウケる!』
『国際指名手配犯が反戦活動ってギャグ?』
『自分達が何やったのか分かってんのか?』
「…………。」
先ほどまで止まることなく動いていたケンの指が、ぴたりと止まった。
百万回再生。
その数字を見た時は、百万もの人間が自分達の話を聞いてくれたのだと思った。
けれど当然、その全員が自分達の言葉を受け入れてくれたわけではない。
むしろ画面を少し動かしただけで、批判的なコメントはいくらでも見つかった。
「……まあ、そうだよね。」
ケンは困ったように笑ったが、自分でも分かるほど力のない声だった。
「海賊と一緒にいて、闇試合にも出て……俺なんかガンダムで何回も戦ってる。」
それで戦争反対と言ったところで、綺麗事だと思われても仕方がない。
まして最初に世界を騒がせた「ガンダムを見つけました」という動画を投稿したのは、他でもないケン自身だ。
動画の中でも、それを隠してはいない。
だからこそ、
『戦争の原因になったやつが――』
その言葉が、一番胸に刺さった。
ノンは隣から画面を覗き込みながらも、無理に励まそうとはしなかった。
「見るのやめる?」
「……いや。」
ケンは一度だけ手を止めたものの、再び画面を動かし始めた。
「見よう。」
「大丈夫?」
「俺達が自分で出した動画だもん。良いことだけ言ってくれるわけじゃないって分かってたし。」
分かっていた。
ただ、頭で分かっていることと、実際に何百、何千という言葉で突き付けられることは違う。
それでもケンは画面を閉じなかった。
自分達を批判している人達だって、動画を見たからこそ怒っている。
少なくとも、自分達の声が届かなかったわけではない。
そう考えながらコメントを追っていると、不意にケンの指が止まった。
『戦争はしちゃいけない。』
短いコメントだった。
その下には、また批判的な言葉が続いている。
けれど、さらにスクロールすると。
『頑張ってください。応援します。』
もう少し下には、
『俺も戦争は嫌だ。』
『海賊と一緒にいるのは正直どうかと思うけど、戦争を止めたいってところだけは同意する。』
『何が本当なのかまだ分からない。でも戦争になる前に話し合ってほしい。』
ケンはいつの間にか、端末へ顔を近付けていた。
「……ある。」
「ええ。」
「ちゃんとあるよ。」
批判に比べれば少ない。
赤ずきんちゃんネルを全面的に信用している人など、ほとんどいない。
それでも、自分達の動画を見たことで戦争について考えた人がいる。
戦争は嫌だと、自分の言葉で書き込んだ人がいる。
「今は……これだけかもしれないけど。」
ケンはコメント欄から、画面上部の再生数へ視線を移した。
数字はまた増えていた。
「でも、届いてるんだ。」
ノンがケンを見る。
「俺達が言ったこと、ちゃんと世界に届いてる。」
それを口にした瞬間、ケンの中に一年前の記憶が蘇った。
登録者が一人もいなかった頃、自分の動画を見つけてくれた少女。
『もしかして……ケンケン?』
『動画見たよ!』
『面白かった!』
あの夜、チャンネルに表示された登録者数は、たったの一人だった。
それでも嬉しかった。
その一人がコメントをくれるから、次の動画を作ろうと思えた。
そして今は、百万人を超える人間が自分達の動画を見ている。
その大半に否定されたとしても。
その中の誰か一人にでも「戦争はしちゃいけない」と思ってもらえたのなら。
「……最初は一人だったんだよな。」
ケンが呟くと、ノンも意味を察したらしい。
「そうね。」
「だったら、これから増やせばいい。」
「簡単に言うわね。」
「簡単じゃないよ。」
ケンは苦笑しながら首を振った。
「めちゃくちゃ怖いし、さっきのコメントも普通にへこんだし。」
「でしょうね。」
「そこは否定してよ。」
「でも本当でしょ?」
「……本当だけど。」
少しだけ笑ってから、ケンはもう一度コメント欄を見る。
批判の声は消えていない。
これからもっと増えるかもしれない。
けれど、その中に混じった「戦争はしちゃいけない」という言葉も、もう見失わなかった。
今は小さくても、声は確実に世界へ届いている。
ならば、ここで立ち止まっている場合ではない。
「……あ。」
突然ケンが声を上げた。
「何?」
「こうしちゃいられない!」
勢いよく立ち上がったケンを見て、ノンが僅かに身を引く。
「今度は何よ。」
「リボーン!」
「……リボーン?」
「今回のことだよ! 俺達、撮影しに行ったんだから!」
百万人以上が第一回の動画を見ている。
その中で少なくても、戦争について考え始めた人がいる。
なら、今度はリボーンで自分達が見たものを届けなければならない。
「急いで今回の動画作ろう!」
「今から?」
「今だからだよ!」
ケンは撮影データの入った端末を探し始める。
「みんなが赤ずきんちゃんネルを見てくれてるうちに、リボーンで何があったのか伝えなきゃ!」
ノンもすぐに意図を理解した。
「……そうね。」
先ほどまで二人の前に並んでいたのは、自分達に向けられた世界の声だった。
今度は、自分達がリボーンで聞いてきた声を世界へ返す番になる。
二人は撮影データを持って、モニターのある部屋へ移動した。
保存されていた映像を時系列に並べると、最初に映し出されたのは、つい先ほどまで自分達が歩いていたリボーンの街だった。
穏やかな商業区を人々が行き交い、子供達が笑いながら駆け抜けていく。軍の姿などどこにもなく、カメラへ向かって話す住民の表情にも緊張はない。
『リボーンは中立だから戦争に巻き込まれる事はないから安心だよ。』
ケンとノンは、何も言わずにその言葉を聞いた。
撮影していた時には、ただ平和なコロニーの住民らしい答えだと思っていた。
けれど、その後に起きたことを知った今では、同じ言葉の聞こえ方がまるで違う。
映像が切り替わる。
『うちの父ちゃんはコロニー連合のパイロットなんだぜ!』
『嘘つけ! お前の父ちゃん運送屋じゃねぇか!』
戦争ごっこをしていた子供達が、画面の中を走り抜けていく。
ケンは思わず口元を緩めた。
「この時は、本当に何もなかったんだよね。」
「ええ。私達も普通に取材してた。」
「……そのすぐ後にあんなことになるなんてなぁ。」
さらに映像を進める。
そこから先は、カメラを鞄に隠しながら撮影していた為、空ばかり写っていたり、画面が揺れたり暗転したりで映像は見れたものではなかったが、街の雰囲気そのものが変わっていた雰囲気は伝わる物が時たま写っていた。
港へ入ってきたコロニー国家連合軍。
警戒のため配置されるMS。
足を止めてそれを見上げる住民達。
出航を止められた船。
街中で身分確認を行うコロニー連合兵。
そして、時間が経つにつれて聞こえ始めた住民達の声。
『本当にこのコロニーにいるのか?』
『現在、潜伏している可能性があるため捜索を行っています。』
『可能性なんだろ? 何も起きてないじゃないか。』
『万が一、対象者によってこのコロニーの安全が脅かされれば、取り返しがつきません。』
ケンはそこで映像を止めた。
「……ここ、大事だよね。」
「住民の方だけ?」
「ううん。」
ケンは首を振った。
「コロニー連合側も。」
ノンが少し意外そうに見る。
「俺達からしたら追いかけてくる怖い人達だけど、向こうは向こうでリボーンの人達を守るためだって言ってた。」
「そうね。」
「だから、そこを切って『軍が勝手に平和なコロニーを封鎖しました』みたいにしたら駄目だと思う。」
ノンは少しだけ考えた後、頷いた。
「住民が何を言ったのか。コロニー連合兵がどう答えたのか。両方入れましょう。」
「うん。」
ケンは再び映像を動かした。
住民の中には軍の捜索を理解する者もいた。
指名手配犯が本当に潜伏しているなら怖いと口にした者もいる。
その一方で、何時間経っても何も起きず、ケン本人がいるという確証もないまま港の封鎖が続くことに疑問を持つ人達もいた。
そして。
『俺、あいつらの動画見たぞ。』
二人の動きが同時に止まった。
『赤ずきんちゃんネルだろ?』
ケンがノンを見る。
ノンも画面を見たまま、僅かに目を見開いていた。
あの時、おじいさんの車の中から聞いた言葉だ。
『あいつは戦争を止めたいって動画で言ってたぞ。』
『そんな奴を必死になって捕まえて……アンタ達は戦争がしたいのか?』
それに対し、コロニー連合兵もはっきり否定している。
『違います。我々も戦争を望んでいるわけではありません。』
そして、自分達の任務は国際指名手配犯を確保し、リボーンの安全を守ることだと説明した。
ケンは、その一連の映像を最後まで見てから再生を止めた。
「これ……入れたい。」
「私も。」
今度はノンも迷わなかった。
「第一回の動画を見た人が、もう自分の言葉で話してくれてる。」
「うん。」
先ほどコメント欄で見つけた、小さな肯定の声。
そしてリボーンで実際に聞いた、赤ずきんちゃんネルについて語る住民の声。
別々の出来事だったものが、今になって一本の線で繋がった気がした。
「俺達が戦争を止められるかなんて、まだ全然分からない。」
ケンは停止した映像を見つめながら言った。
「でも、見た人が戦争について考えてくれるなら……動画を続ける意味はあるよね。」
「だから続けるんでしょ?」
「うん。」
ケンは頷き、次の映像へ手を伸ばしかけたところで止まった。
ここから先には、自分達がコロニー連合兵の目を避けながら移動した記録も含まれている。
さらにその後には、老夫婦に助けてもらったこともある。
「おじいさんとおばあさんのことは出さない方がいいよね。」
「当然よ。」
「だよね。」
ケンも迷わず、その部分を使用候補から外した。
「俺達を助けたって分かったら、二人に迷惑がかかるかもしれない。」
「それに、今回伝えたいのは私達がどう逃げたかじゃない。」
「リボーンで何が起きたか。」
「ええ。」
二人はもう一度、最初の映像へ戻した。
平和な街。
戦争を遠い出来事として話す住民達。
戦争ごっこをする子供達。
そこへ突然現れた軍。
安全のために捜索を続けようとするコロニー連合側と、時間が経つにつれて自分達の日常が止まっていることに戸惑い始める住民達。
そして、その中から出てきた「戦争はしたくない」という声。
まだ本当の戦争は始まっていない。
それでも、その影はすでに人々の日常へ入り込み始めている。
「……これを動画にしよう。」
ケンの言葉に、ノンが頷いた。
「今度は私達が話すだけじゃなくて、リボーンの人達の声を見てもらいましょう。」
「うん。」
ケンは編集用の画面を開き、撮影した映像を一つずつ並べ始めた。
第一回の動画を公開した時、自分達の言葉がどこまで届くのかなど分からなかった。
返ってきた反応の多くは厳しく、これから先も簡単に信じてもらえるとは思えない。
それでも百万人を超える人が動画を開き、その中には「戦争はしちゃいけない」と書き込んだ人がいた。リボーンでは、自分達の動画を見た住民が、軍を前にして戦争について問い掛けていた。
それだけで十分だとは思わない。
けれど、何も始まっていないわけでもなかった。
「よし。」
ケンは最初の映像を編集画面へ移す。
「作ろう、ノン。」
「ええ。」
誰にも見られなかった動画から始まったケンケンちゃんネル。
最初に届いた相手は、たった一人の少女だった。
そして今。
赤ずきんちゃんネルから発した声には、世界から様々な声が返り始めている。
賛同だけではない。
批判も、疑いも、怒りもある。
それら全てを受け止めた上で、ケンとノンは次に伝えるべきものを選び始めた。
自分達の声だけではなく。
戦争が始まる前の世界で、そこで暮らす人々が上げた声を。
好きなキャラクター
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ケン=大神
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ノン=レッドフード
-
グレアー=アイズ
-
ヤスシ=ロックブック(おやっさん)
-
ジーナ=メイガス(メイド長)
-
ナーベル=シーマ
-
オーガ=ワーイック
-
ザーク
-
ドン・カストロ
-
切り裂きシャックス
-
ジャンク屋の親父
-
ケンケンちゃんネルに最初に登録した少女
-
ベルーガのクルー一同
-
今後のキャラに期待
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作者NageT