機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
86ちゃんTVの画面に、赤いフードを深く被った少女が映し出される。
その隣には、髪を上げ、オレンジのツナギとゴーグルを身に着けたケンケンの姿があった。
『こんにちは。赤ずきんです。』
赤ずきんがいつもの落ち着いた声で挨拶すると、ケンケンが少し大きめに手を振る。
『どうも〜! ケンケンです!』
前回と同じ始まり方。
だが、二人の間に流れる空気は少し違っていた。
『今回は、俺達が行ってきたリボーンコロニーで聞かせてもらった、戦争についての声を紹介したいと思います。』
『リボーンコロニーは、地球連邦にもコロニー国家連合にも属していない中立コロニーです。現在、地球連邦とコロニー国家連合の対立が続いていますが、その中で中立の立場にいる人達が、戦争についてどう考えているのか。私達はそれを聞きに行きました。』
『俺達だけで戦争反対って言ってても、それだけじゃ分からないこともあると思ったんです。だから実際にそこで暮らしてる人達が、今の状況をどう思ってるのか聞いてみようってことで、今回はリボーンに行ってきました。』
そこで二人の姿が消え、リボーンで撮影した映像へと切り替わった。
広い通りを行き交う人々。
買い物袋を抱えて店から出てくる家族。
ベンチに腰掛けて話をしている老人達。
子供の手を引きながら歩く母親の横を、仕事着姿の男が足早に通り過ぎていく。
特別な景色ではない。
だからこそ、そこにある日常がよく分かった。
そんな街の風景に続いて流れたのは、ケン達が戦争について尋ねた住民達の声だった。
『リボーンは中立だから戦争に巻き込まれる事はないから安心だよ。』
男はそう言って、特に不安そうな様子もなく笑う。
別の住民も、少し考えてから答えた。
『戦争? こんな辺境にはコロニー国家連合も連邦も関係ないし、ずっと平和なんじゃないかな。』
映像の中のケンが相槌を打つ。
深刻そうに話す者は少なかった。
戦争になってほしいと思っているわけではない。
ただ、自分達の暮らしにまでそれが及ぶとは考えていないのだ。
やがて映像が変わり、広場を走り回る子供達が映る。
『うちの父ちゃんはコロニー連合のパイロットなんだぜ!』
『嘘つけ! お前の父ちゃん運送屋じゃねぇか!』
『今日はパイロットなんだよ!』
『なんだよそれ!』
笑い声を上げながら、子供達はモビルスーツを操縦しているつもりなのか、腕を前へ伸ばしながら駆け回っていく。
カメラの向こうでケンケンも思わず笑っていた。
戦争。
子供達が口にしたその言葉は、彼らにとってまだ遊びの中にあるものだった。
砲撃もない。
避難警報もない。
誰かを失った悲鳴もない。
リボーンでは、戦争はまだ遠い場所の出来事だった。
しばらくその映像が流れた後、画面は再び赤ずきんとケンケンへ戻った。
先ほどまでとは違い、ケンケンの声から少しだけ明るさが引いている。
『ここまでは、俺達が普通に撮影出来ていた映像です。』
赤ずきんも頷く。
『ですが、この後、コロニー国家連合軍がリボーンへ入りました。』
『俺が国際指名手配されてることもあって、この時点から撮影を続けるのは危ないって判断して、カメラは鞄の中にしまってます。』
ケンケンが苦笑する。
『さすがに兵士の人達が俺を探してる中で、カメラ持って歩いてたら目立つしね。』
『当然でしょ。』
『はい。』
即答され、ケンケンが小さく肩を落とす。
ほんの短いやり取りだったが、すぐに赤ずきんが話を戻した。
『そのため、ここから先は映像がありません。ケンケンがカメラの電源は切ってなかったので音声のみになりますが、私達がその時に見たこと、聞いたことを補足しながらお話しします。』
赤ずきんがそう告げると、画面には赤ずきんとケンケンが映し出された。
『コロニー国家連合軍が到着してから、港では全ての船舶が一時的に出航出来なくなりました。街の中にもコロニー連合兵が入り、ケンケンの捜索が始まりました。』
『街中のモニターにも俺の手配情報が出てました。』
『あれはかなり焦ってたわね。』
『いや、あれは焦るでしょ。』
ケンケンはすぐに言い返したが、笑いには持っていかなかった。
『でも、兵士の人達が来たからって、すぐに何か戦闘が起きたわけじゃありません。俺達も見つかってないし、兵士の人達も街中で暴れたりしてたわけじゃないです。』
『時間が経つにつれて、住民の方々から捜索について質問する声が出始めました。』
赤ずきんがそこまで説明したところで、ケンケンが記憶を辿るように視線を少し下げた。
『俺達が聞いた中で、こんなやり取りがありました。』
画面はそのまま二人を映している。
映像が残っていないからこそ、ケンケンは聞いた言葉を出来るだけそのまま伝えようとしていた。
『「本当にこのコロニーにいるのか?」』
『「現在、潜伏している可能性があるとして捜索を行っています。」』
『「可能性だろ?」』
『「何時間も探してるのに、何も起きてないじゃないか。」』
その場にいた住民は、兵士へ掴みかかっていたわけでも、怒鳴り散らしていたわけでもない。
ただ、自分達の生活を止めている捜索がいつまで続くのか、その理由を知りたがっていた。
『兵士の人も、怒鳴ったりはしてませんでした。ちゃんと説明してました。』
赤ずきんが頷く。
『その兵士の方は、こう答えていました。』
『「我々が捜索している人物は、ガンダムを使用した戦闘行為に関与した国際指名手配犯です。このコロニー内に潜伏している可能性がある以上、住民の皆様の安全を確認する必要があります。」』
ケンケンはその言葉を聞き終えてから、少しだけ困ったような顔をした。
『……まあ、その国際指名手配犯って俺なんですけど。』
赤ずきんが横を見る。
『茶化すところじゃないでしょ。』
『いや、分かってるよ。』
ケンケンはすぐに表情を戻した。
『俺がこのコロニーにいるかもしれないって情報があったら、そりゃ危ないと思う人もいると思います。俺、実際にダウトで戦ってるし。』
『その住民の方も、兵士の説明そのものを否定したわけではありませんでした。』
赤ずきんが続ける。
『「それは分かってるよ。」』
短い言葉だった。
けれど、その一言に住民側の立場がよく表れていた。
捜索する理由は理解している。
ただ、だからといって、いつまででも生活を止められていいわけではない。
そんな空気が、その場にはあった。
『それから、別の人が話に入ってきました。』
ケンケンの表情が少し変わる。
『これ、俺も聞いた時びっくりしたんですけど。』
『その方は、私達の動画を見ていました。』
赤ずきんが言うと、ケンケンが大きく頷いた。
『リボーンにも赤ずきんちゃんネル見てくれてた人がいたんです。』
そして、その時の会話を一つずつ紹介していく。
『「俺、あいつの動画見たぞ。」』
『「……動画?」』
『「赤ずきんちゃんネルだよ。」』
『「海賊のところにいた奴らだろ?」』
『「ああ。闇試合にも出てた。」』
『「それって本物なのか?」』
『「知らねぇよ。でも、あいつ自分がやったことも喋ってたぞ。」』
ケンケンはそこで一度言葉を止めた。
『俺達の動画を見たからって、みんなが俺達を信用してくれてるわけじゃありません。』
『当然だと思います。』
赤ずきんも続ける。
『実際、その場でも意見は分かれていました。』
ケンケンがまた、聞いた言葉を口にする。
『「戦争を止めたいって言ってた奴だろ?」』
『「そうそう。ガンダムの動画を上げたのも自分だって認めてた。」』
そこへ別の住民が割って入った。
『「でも指名手配犯なんだろ?」』
ケンケンの表情が僅かに固くなる。
『「ガンダムで戦った奴がこの街にいるかもしれないんだぞ。俺は怖いけどな。」』
その言葉を言い終えた後、ケンケンはカメラへ向き直った。
『……これも、俺は当然だと思います。』
自分達の活動を知っている。
動画も見た。
それでも怖い。
そこには何も矛盾していない。
『俺が「戦争を止めたい」って言ったからって、俺がガンダムで戦ったことまで消えるわけじゃないです。俺がこの街にいるかもしれないって聞いて、不安になった人がいたのも当たり前だと思います。』
赤ずきんはその言葉を遮らず、続く住民の言葉を紹介した。
『その時、最初に動画の話をした方がこう答えました。』
『「俺だって怖くないとは言ってない。」』
『「捜索するなとも言ってないさ。でもよ……。」』
そこで会話は一度止まった。
住民達の間でも、何をどう考えるべきなのか簡単にはまとまらない。
それでも男は、兵士へ問い掛けた。
『「あいつは戦争を止めたいって、自分の顔出して言ってたんだろ?」』
ケンケンは黙ったまま聞いている。
『「そんな奴を必死になって捕まえて……アンタ達は戦争がしたいのか?」』
その場がざわついたことを、二人ともよく覚えていた。
問い掛けられた兵士の表情が少し険しくなったことも。
けれど、兵士は声を荒らげなかった。
『「違います。」』
赤ずきんが、はっきりとその言葉を伝える。
『「我々も戦争を望んでいるわけではありません。」』
ケンケンは視線を下げることなく、その続きに耳を傾ける。
『「なら――」』
『「しかし、彼が戦闘行為に関与した国際指名手配犯であることと、動画で何を主張しているかは別の問題です。」』
そこで一度、赤ずきんが言葉を止めた。
そして最後まで伝える。
『「我々の任務は対象者を確保し、事実を確認することです。そして、このコロニーの住民の安全を守ることでもあります。」』
しばらく二人は話さなかった。
動画を見ている人達にも、その言葉を一度そのまま受け止めてもらいたいと考えていた。
やがて赤ずきんが静かに口を開く。
『このやり取りは、私達にとってもすごく印象に残っています。』
『うん。』
ケンは短く頷いた。
『住民の人達は、戦争になってほしいって言ってたわけじゃない。』
『兵士の方も、戦争を望んでいないとはっきり言っていました。』
『俺達も、戦争を止めたいと思ってます。』
そこでケンケンは少し考え込むように視線を落とす。
『……じゃあ、なんで今、地球連邦とコロニー国家連合は戦争になりそうなくらい対立してるんだろうって。』
赤ずきんはすぐに答えなかった。
簡単に答えを出せることではない。
『私達にも、その答えはまだ分かりません。』
『でも、だから聞いていきたいんです。』
ケンケンが続ける。
️
『色んな人の話を。』
そして、そこから少し空気が変わった。
ケンケンは膝の上で手を組み直し、先ほどまでよりゆっくりとカメラを見た。
『それと……。』
声が少し低くなる。
『リボーンのみなさんに、ちゃんと謝りたいです。』
隣のノンは口を挟まなかった。
ケンケンは一度息を吸ってから、頭を下げる。
『俺がリボーンに行ってしまったせいで、あんなことになって……本当に申し訳ありませんでした。』
港が止まった。
兵士達が街に入り、自分を探すための捜索が行われた。
その間、住民達は普段通りの生活を送ることが出来なかった。
ケン自身が兵士を呼んだわけではない。
混乱させるつもりで訪れたわけでもない。
それでも、自分がそこにいたことで起きたことなのは事実だった。
顔を上げたケンケンは、言い訳するように目を逸らさず、そのまま話を続ける。
『でも、取材っていうか……リボーンのみなさんの声を聞きたくて行ったってことだけは、信じてください。』
上手い言葉を選ぼうとするほど、余計に嘘っぽくなってしまう気がした。
だからケンケンは、少し言葉に詰まりながらも自分が考えていたことをそのまま話した。
『俺達が戦争反対って言うだけじゃなくて、普通に暮らしてる人達が戦争をどう思ってるのか知りたかったんです。』
『戦争ってどんなことなのか、みんなに考えてもらいたくて……。』
『リボーンで何かをするつもりってのは、本当にありませんでした。』
そこだけは、どうしても伝えたかった。
しかし、それで結果までなかったことには出来ない。
『それでも混乱を招いてしまったことは変わりません。リボーンの市民のみなさん、本当にごめんなさい。』
もう一度頭を下げる。
それからケンケンは少し迷うように唇を結んだ後、もう一つの相手へ言葉を向けた。
『それから……コロニー連合の兵士のみなさんも、本当にごめんなさい。』
ノンが僅かに横を見る。
ケンケンはその視線に気付いていたが、話を止めなかった。
『俺達からしたら捕まりたくないから逃げました。でも、兵士のみなさんも仕事で俺を探してたんだと思います。さっき紹介した兵士の人も、リボーンの人達を守るためだって言ってました。』
実際に追われている身だからこそ、簡単に「分かります」と言える話でもなかった。
もしまた出会えば、ケンは捕まりたくないから逃げるだろう。
それでも、彼らが戦争をしたいから自分を追っていたのだと決めつけるのは違う。
『だから俺は、あの兵士の人達を悪者みたいに言うつもりはありません。』
そこまで話したところで、赤ずきんが静かに言葉を引き取る。
『リボーンへ行って、私達が見たことがあります。』
赤いフードの奥から、ノンは穏やかな声で続けた。
『最初に話を聞いた時、多くの方は戦争を自分達から遠いものとして考えていました。』
『中立だから大丈夫。』
『ここには地球連邦もコロニー国家連合も関係ない。』
『そう考えていた方がたくさんいました。』
そこで一度、リボーンの街並みが画面に戻る。
買い物をしていた人々。
笑っていた子供達。
ベンチで話していた老人達。
そこにあったのは、誰もが守りたいと思うような普通の日常だった。
『私は、その考えが間違っているとは思いません。』
赤ずきんの声が映像に重なる。
『本当なら、戦争が始まるかもしれないからと怯えながら暮らす必要なんてないはずです。普通に仕事をして、家族と暮らして、好きなことをして生きていける方がいいに決まっています。』
そして画面は再び二人へ戻る。
『でも、まだ本当の戦争が始まっていないリボーンでも、あの日はいつもと違うことが起きました。』
軍が来た。
港が止まった。
住民と兵士が向き合い、それぞれの立場から言葉を交わした。
その原因の一つに自分達がいたことも、二人は隠さない。
だからこそ、ノンはそこから無理に答えを出そうとはしなかった。
『もし、本当に戦争が始まったらどうなるのか。』
問いだけを置く。
ケンケンも横でその言葉を聞きながら、少し時間を置いてから口を開いた。
『俺達にも分かりません。』
正直な答えだった。
『でも、分からないからこそ、色んな人の話を聞いていきたいです。』
リボーンの住民のように、戦争は遠いものだと思っている人。
怖いと思っている人。
自分達を信用出来ないと思っている人。
そして、戦争になっても仕方がないと考えている人もいるかもしれない。
『俺達と同じ考えの人だけの話を聞こうとは思ってません。』
ケンケンがそう言うと、赤ずきんも頷く。
『私達に賛成してくれる方だけを集めても、意味はないと思います。』
『戦争になっても仕方ないって思ってる人がいるなら、その人がなんでそう思うのかも聞きたい。』
『その人の話を聞かずに、私達の考えだけを押し付けても何も変わらないと思うからです。』
ケンケンは少し息を吐いた。
第一回の動画を公開した時とは、少しだけ違う。
あの時は、自分達がどう思っているのかを世界へ伝えることで精一杯だった。
けれど今は、その向こうから返ってくる声があることを知っている。
『俺達は、これからも戦争を止めるために色々な所へ行くと思います。』
ケンは改めてカメラを見据えた。
『暖かく迎えてくれとは言いません。』
それは簡単に口に出来るお願いではなかった。
ケン達を危険だと考える人もいる。
信用出来ないと思う人もいる。
今回のように、自分達が訪れたことで混乱が起きる可能性だってある。
『俺達を怖いと思う人もいると思います。来ないでほしいって思う人もいると思います。それも分かってます。』
それでも、ケンの声はそこで止まらなかった。
『でも、戦争をしたくない人がたくさんいるってことを信じて、俺達はこれからも活動していきたいです。』
ノンが横から続ける。
『その声を聞いて、届けるために。』
『うん。』
ケンが頷く。
『俺達が戦争を止められるなんて、今はまだ言えません。』
以前なら勢いで口にしていたかもしれない言葉を、今のケンは簡単には言わなかった。
『でも、何もしなかったら本当にそのまま始まっちゃうかもしれない。だったら、出来ることはやりたいです。』
赤ずきんは赤いフードの下から真っ直ぐカメラを見る。
『まだ、本当の戦争は始まっていません。』
『だから。』
ケンケンも続けた。
『まだ引き返せると思います。』
二人の言葉に合わせるように、最後にもう一度リボーンの街が映し出される。
何気なく買い物をする人。
通りを走り回る子供。
笑いながら話す住民達。
あの日、そこに確かにあった平和な日常。
『あなたは、戦争についてどう思いますか?』
赤ずきんの問い掛けが、その映像に重なる。
『自分には関係ないと思いますか?』
『怖いと思いますか?』
『仕方ないと思いますか?』
『それとも、止めたいと思いますか?』
答えを決めつける言葉は続かなかった。
ケン達が欲しいのは、同じ答えではない。
まず、それぞれが考えること。
その声を聞くこと。
そして、まだ始まっていない戦争を始めない方法を探すことだった。
映像が二人へ戻る。
『今回はここまでです。赤ずきんでした。』
赤ずきんが軽く頭を下げる。
『ケンケンでした!』
ケンケンも手を上げる。
だが、いつもの勢いで終わらせる直前、ほんの一瞬だけ言葉を足した。
『……戦争が始まる前に、止めましょう。』
赤ずきんが隣で小さく頷く。
『ええ。』
そこで動画は終わった。
撮影終了を示すランプが消えた瞬間、ケンは椅子に深く身体を預け、長く息を吐いた。
「……疲れたぁ。」
張り詰めていたものが一気に抜けたのか、ゴーグルの奥で目を閉じる。
ノンはそんなケンを横目で見ながら、撮影したばかりの映像を確認し始めた。
「何よ。さっきまで格好つけてたくせに。」
「格好つけてないって……。」
「最後の『戦争が始まる前に、止めましょう』は?」
「いや、あれは……思ったから言っただけだよ。」
「ふーん。」
「なんだよ、その反応。」
ケンが身体を起こしてノンを見ると、フードの下で口元が少しだけ笑っていた。
「別に。」
「絶対なんか思ってるだろ。」
「いいんじゃない?」
「何が?」
「あなたらしくて。」
「……それ褒めてる?」
「さあ。」
「そこは褒めろよ!」
ケンの声が部屋に響く。
けれど、その騒がしさも長くは続かなかった。
ノンが映像を止めたからだ。
「ケン。」
「ん?」
「公開する前に、もう一度全部確認しましょう。」
その声に、ケンもすぐに表情を戻した。
今回の動画は、自分達のことだけを話しているわけではない。
リボーンの住民達が話してくれたこと。
コロニー連合兵が答えた言葉。
それぞれの立場を、自分達の都合のいいように変えてしまっていないか。
誰かを悪者にするような編集になっていないか。
二人は最初から最後まで、もう一度確認していった。
ケンが自分の謝罪を聞き返している時だけは、なんとも居心地が悪そうに身体を揺らしていたが、それでも飛ばそうとはしなかった。
やがて最後まで再生し終える。
「……どう?」
ケンが聞く。
ノンはすぐには答えず、少し考えてから口を開いた。
「いいと思う。」
「本当に?」
「住民の人達の言葉も、兵士の人の言葉も入ってる。」
「うん。」
「私達に都合のいい話だけにはなってないと思う。」
その言葉を聞いて、ケンはようやく少しだけ肩の力を抜いた。
動画を公開すれば、また色々なことを言われるだろう。
自分達の謝罪を偽善だと笑う者もいるかもしれない。
兵士の言葉を入れたことを批判する者もいれば、逆に自分達が被害者ぶっていると考える者もいるかもしれない。
それでも、あのリボーンで聞いた声を、自分達の中だけに置いておくつもりはなかった。
「……じゃあ。」
ケンが公開画面を開く。
その手が、ほんの少しだけ止まった。
第一回の動画に付いた膨大なコメントが頭を過ぎったのだろう。
「怖い?」
ノンに聞かれ、ケンは少し考えてから苦笑した。
「……ちょっと。」
前なら強がったかもしれない。
だが今は、その必要もない気がした。
「でも、出す。」
ケンは画面を見たまま続ける。
「俺達が何言われるかより、リボーンの人達が話してくれたことを届けたいから。」
「ええ。」
ノンの返事を聞き、ケンは公開ボタンを押した。
赤ずきんちゃんネル、二本目の動画。
中立だから戦争とは無関係だと思っていた人々の声。
国際指名手配犯を探さなければならなかった兵士の言葉。
そのどちらも戦争を望んでいるわけではないという、あの日リボーンで実際に交わされた会話。
それらが一つの動画となって、86ちゃんTVを通して世界へ送り出されていく。
ケンは画面に表示された公開完了の文字を見つめながら、すぐに再生数を確認しようとはしなかった。
数字がどこまで伸びるのかは分からない。
何人が最後まで見てくれるのかも分からない。
けれど、今はもう知っている。
画面の向こうにいるのは、ただの再生数ではない。
一人ひとりが何かを考え、時には反発し、時には賛同し、自分の言葉を返してくる。
最初の動画は、すでにリボーンにまで届いていた。
ならば今回の声も、また別の誰かへ届くかもしれない。
戦争を望んでいない市民の声が。
戦争を望んでいない兵士の声が。
そして、戦争を止めたいと願う自分達の声が。
まだ本当の戦争が始まっていない世界のどこかで、誰かに考えるきっかけを与えるかもしれない。
その可能性を信じながら、ケンとノンは二本目の動画が送り出されていく画面を見つめていた。