機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
リボーンコロニーを離れたベルーガは、次の目的地を探しながら辺境宙域を航行していた。
宇宙を行き交う民間船にとって、海賊やマフィア、賊の存在は決して珍しいものではない。地球連邦やコロニー国家連合の軍が警邏を行っている主要航路や、それぞれに属するコロニーの周辺であれば比較的安全ではあるものの、広大な宇宙の全てへ目を行き届かせることなど出来るはずもなかった。
とりわけ小惑星やデブリが密集する暗礁宙域は、そうした連中が軍の監視を逃れ、拠点を築くには都合がいい。
だが、そこに拠点があるからといって、活動範囲まで暗礁宙域の中だけに収まるわけではない。
縄張りを持つ海賊もいれば、獲物を求めて遠くの航路まで出ていく者もいる。暗礁宙域とは無関係の犯罪組織だって、宇宙のあちこちに存在している。
そして今、地球連邦とコロニー国家連合の緊張が高まりつつある。
まだ本当の戦争は始まっていないとはいえ、そんな不安定な空気に乗じようとする者が出てきても不思議ではなかった。
ベルーガのブリッジに救難信号を知らせる警告音が響いたのは、そんな航行の最中だった。
「……通信でやす。」
端末へ向かっていたグレアーの表情が変わる。
ちょうど次の目的地について話を聞きに来ていたケンも、すぐにそちらを振り向いた。
「何かあったの?」
「救難信号みたいでやすね。」
グレアーが回線を開く。
途端に、激しいノイズに混じって切羽詰まった男の声がブリッジへ飛び込んできた。
『――こちら民間輸送船アクアリーベ!、応答してくれ!』
雑音の奥から、何かが船体を打つような鈍い音が聞こえる。
『所属不明のモビルスーツ三機に襲われている! 積荷を要求されているが、こちらに護衛はいない! 誰か聞こえていたら――』
その先は大きなノイズに掻き消された。
グレアーが素早く発信地点を割り出し、中央モニターへ表示する。
現在のベルーガから、それほど離れてはいなかった。
「……近いね。」
「ええ。ダウトなら先に着ける距離でやす。」
その言葉を聞いたケンは、すぐには返事をしなかった。
昨日、赤ずきんちゃんネルのコメント欄で読んだ言葉が頭に浮かぶ。
最近、航路が不安定になっている。
輸送船を襲う賊がいる。
戦争が始まったら、もっと酷くなるかもしれない。
あの時は画面の中の文字だった。
今は違う。
すぐ近くで、実際に誰かが助けを求めている。
「……ダウトなら。」
ケンが小さく呟く。
グレアーが横目を向ける。
「助けられるかな。」
声には、まだ迷いが残っていた。
カストロカップを戦い抜いたからといって、自分が急に一人前のパイロットになったわけではない。
何度も追い詰められた。
アシストモードに助けられた。
オーガがいなければ、勝てなかった戦いがほとんどだ。
戦闘が慣れた訳でも、怖くなくなったわけでもない。
それでも、救難信号を聞いてしまった以上、知らないふりをして通り過ぎることは出来そうになかった。
「……俺、行きたい。」
今度は少しだけはっきりと言った。
「ちゃんと助けられるかは分かんないけど……ダウトなら何か出来るかもしれない。」
グレアーはそんなケンを少し見た後、前方へ向き直った。
「なら、行ってきやさいな。」
「いいの?」
「人助けするって奴を止める理由もありやせん。」
ただし、とグレアーは続ける。
「自分まで助けてもらう側になったら話になりやせんぜ。」
「……うん。」
「ベルーガは救難信号の方向へ進路変更しやす。坊主は準備を。」
「分かった!」
ケンはブリッジを飛び出した。
その背中を見送りながら、グレアーは周囲のクルーへ指示を飛ばす。
「救難信号発信地点へ進路変更! 周辺に他の艦艇反応がないかも確認しやす!」
ベルーガが緩やかに船首を巡らせ、推進器の出力を上げていった。
格納庫では、すでにガンダムダウトの出撃準備が始まっていた。
整備員達が機体の周囲を走り回り、おやっさんが足元から各部の確認を指示している。
「右前腕のアンカー系統!」
「正常です!」
「推進系もう一回見とけ! 今回は救助だ、途中で止まるなんて洒落にならねぇぞ!」
そこへケンが駆け込んでくる。
「おやっさん!」
「来たな、坊主。」
振り返ったおやっさんは、ケンの顔を見るなり余計なことは聞かなかった。
「出るんだな?」
「……うん。」
「ならさっさと乗れ。」
ケンは頷き、ダウトへ向かって走り出す。
その途中で、ふと足が止まった。
見上げた先にいるのは、ガンダムダウト。
自分が見つけた機体。
動画のネタにするためにジャンクパーツを取り付け、ガンダムを見つけたと世界へ発信してしまったもの。
あの一本の動画が大きく広まり、地球連邦とコロニー国家連合の対立をさらに悪化させた。
その後もダウトに乗り、何度も戦った。
「……。」
「どうした?」
おやっさんに呼ばれ、ケンは我に返った。
「いや……。」
何となくダウトの右腕へ視線が向く。
右前腕に収められたワイヤーアンカー。
敵を引き寄せることも出来る便利な装備だ。
対象の機体へ接続し、時間は掛かるがハッキングを仕掛けることも出来る。
使い方次第では、相手を殺さずに止められる。
ケンはそれを見ながら、ぼそりと呟いた。
「……このダウトでさ。」
「あ?」
「いいことも出来るかな。」
おやっさんは眉を寄せた。
「何だそりゃ。」
「いや……俺がこれ見つけて、動画上げたことから色々おかしくなったじゃん。」
上手く言葉に出来ず、ケンは頭を掻く。
「だからって、それをなかったことには出来ないけど……。」
一度ダウトを見上げる。
「これで誰かを助けられたら……ちょっとは違うのかなって。」
ずいぶん単純な考えだと、自分でも思う。
けれど、おやっさんは笑わなかった。
「それ決めんのはガンダムじゃねぇだろ。」
「え?」
「乗ってるお前だ。」
それだけ言うと、おやっさんは機体の整備へ視線を戻した。
「お前さんが助けたいなら助けてこい。」
「……うん。」
ケンが再び梯子へ手を掛ける。
だが数段上ったところで、また止まった。
「……あ。」
「今度はなんだ!」
「カメラ!」
「は?」
突然飛び出した言葉に、おやっさんが露骨に嫌そうな顔をする。
ケンは慌てて端末を取り出した。
「ちょっと待って!」
「待てる状況じゃねぇだろ!」
「分かってる! すぐだから!」
そのままノンへ通信を繋ぐ。
「ノン!」
『何? もう出るんじゃないの?』
「出る! 出るんだけどさ!」
息を整える暇もなく、ケンは続けた。
「今からLive配信出来ないかな。」
通信の向こうに、一瞬の沈黙が流れた。
『……Live?』
「うん。」
『今からモビルスーツで救助に行くのよね?』
「だからなんだよ。」
『意味分からないんだけど。』
「いや、俺も今思いついたんだけどさ……。」
そう前置きしてから、ケンは少しだけ声を落とした。
「俺達、今まで動画で色々言ってきたじゃん。」
『ええ。』
「戦争を止めたいとか、俺がやったこととか。」
ダウトを見上げる。
「でも今回、実際に助けを求めてる人がいる。」
「だったら、俺がこのガンダムをどう使うのか……そのまま見てもらってもいいんじゃないかなって。」
編集して、あとから都合のいいところだけ見せるのではない。
最初から最後まで。
自分が何をしようとしているのかを、そのまま見てもらう。
『……あなた、操縦しながら配信まで出来るの?』
「そこは……無理かも。」
『でしょうね。』
「即答!?」
『私が配信管理する。』
「え?」
『あなたは操縦だけして。こっちで赤ずきんちゃんネルから配信を始めるわ。』
「ほんと!?」
『ただし条件。』
「はい。」
『配信を気にして危ないことはしない。』
「うん。」
『無理に喋ろうともしない。』
「はい。」
『それから、ダウトの内部情報は映さないようにして。』
「それは絶対!」
話を横で聞いていたおやっさんが、大きく息を吐いた。
「簡易カメラなら付けてやる。三分だ。」
「三分で出来るの!?」
「誰だと思ってやがる。」
「おやっさん!」
「褒めてねぇで乗る準備しろ!」
整備員が持ってきた小型カメラを、コックピット内部へ急いで固定する。
映すのはケンの上半身と、機体の外部映像の一部だけ。
操縦系統や機体内部の詳細な表示がそのまま配信に流れないよう、接続先も限定した。
準備が終わる頃には、ベルーガも救難信号の発信地点へかなり近付いていた。
ケンが操縦席へ座り、ハッチが閉じる。
「ノン、聞こえる?」
『聞こえてる。』
「カメラは?」
『こっちでも確認出来てる。』
ケンは小さく息を吐いた。
「……じゃあ。」
『始めるわよ。』
「うん。」
ここまでは、ケンとノン。
だが。
配信開始を示す赤いランプが灯った瞬間から、二人は赤ずきんちゃんネルの二人になった。
86ちゃんTV。
赤ずきんちゃんネルに、突然Live配信の表示が現れる。
最初に聞こえてきたのは、姿の映っていない少女の声だった。
『こんにちは。赤ずきんです。』
落ち着いた声は普段と変わらない。
『今回は予定していた配信ではありません。急遽、Live配信を行っています。』
画面が切り替わる。
そこに映ったのは、ガンダムダウトのコックピットへ座るケンケンだった。
オレンジ色のツナギを模したパイロットスーツ。
ノーマルスーツのヘルメットはいつものゴーグルをかけているようなバイザー状になっていて目元は隠れている。
いつもの動画とは少し雰囲気が異なる。
けれど、表情には明らかな緊張があった。
『それじゃあケンケン。今の状況を説明して。』
「う、うん。」
カメラを見た途端、さっきまでとはまた別の緊張が押し寄せる。
「ど、どうも。ケンケンです。」
普段なら勢いよく「どうも〜!」と始めるところだった。
けれど今は、無理に明るくする余裕がなかった。
「えっと……急にLive始めちゃってすみません。」
一度視線を落とし、何を言うべきか考える。
「俺がこのガンダムを見つけてしまったことが原因で、今、地球連邦とコロニー国家連合が戦争になりそうになってます。」
その言葉はもう、何度も口にしてきた。
「俺が動画を上げたことも、その原因の一つです。」
自分がやったことを消すことは出来ない。
だからこそ。
「でも……。」
ケンケンは周囲を見回した。
「このガンダムを、悪いことだけじゃなくて……いいことにも使えたらって思ってます。」
少しだけ照れくさそうに口元を歪める。
「なんか子供みたいな言い方だけど。」
『あなたらしくていいんじゃない?』
赤ずきんの声が入る。
「それ褒めてる?」
『今は続けて。』
「はい。」
いつもの調子が一瞬だけ戻った。
けれど、ケンケンはすぐに真面目な表情へ戻る。
「今、この近くで民間の輸送船から救難信号が出ています。」
「モビルスーツ三機に襲われてるみたいです。」
少し言葉を止める。
本当に助けられるだろうか。
自分が行って、もっと悪いことにならないだろうか。
不安はまだ消えていない。
「俺、まだダウトをそんなに上手く動かせるわけじゃないし……戦うのも普通に怖いです。」
それでも。
「でも、助けを求めてる人がいるから。」
ケンケンは正面を向いた。
「今からガンダムダウトで、助けに行きます。」
通信の向こうから赤ずきんの声が返る。
『ケンケン。』
「うん。」
『無茶しないで。』
「分かってるよ。」
『本当に?』
「……出来るだけ。」
『そこは「はい」でいいのよ。』
「だって出来ない約束するのも……。」
『Liveで今それ言う?』
「あ。」
自分達が配信中だったことを思い出し、ケンケンがカメラを見る。
「……えっと。」
『もう遅いわ。』
「ごめんなさい。」
少しだけ空気が和らぐ。
けれど赤ずきんの次の言葉は、いつもより柔らかかった。
『ちゃんと帰ってきて。』
ケンケンは僅かに目を瞬かせる。
「……うん。」
操縦桿を握る。
「ケンケン、ガンダムダウト行ってきます。」
ガンダムダウトがカタパルトから射出された。
艦外へ飛び出した機体が推進器を噴かし、救難信号の発信地点へ向けて加速していく。
その姿も、コックピット内のケンケンも、すべてがリアルタイムで86ちゃんTVへ流れ始めた。
救難信号へ近付くにつれ、ケンケンの意識は配信から離れていった。
レーダー。
速度。
接近方向。
そして、前方に見えてくる輸送船。
『ケンケン。』
「ん?」
『配信は私が見てる。あなたは操縦に集中して。』
「……うん。頼む、赤ずきん。」
『任せて。』
やがて外部カメラが輸送船を捉えた。
中型の民間船。
船体にはすでにいくつもの弾痕が刻まれ、後部からは細い煙が漏れている。
その周囲には三機のモビルスーツ。
闇試合で見慣れた旧式の量産機グラディウスを寄せ集めて改造したような機体ばかりで、装備にも統一感がない。
「……いた。」
声が変わる。
画面の向こうにいる視聴者へ話しかけていたケンケンではなく、ダウトを操縦するケンへと意識が切り替わっていく。
その直後、一機の賊が輸送船へライフルを向けた。
「っ!」
考えるより先に操縦桿を倒した。
ダウトが一気に加速する。
接近するガンダムに賊側も気付いた。
『なんだこいつ!?』
『ガンダム!?』
輸送船へ向いていた銃口がこちらへ変わる。
発砲。
「うわっ!」
ダウトが慌てて機体を捻る。
弾丸がすぐ横を通り抜けた。
「い、いきなり撃たないでよ!」
『撃ってくる相手に言っても仕方ないでしょ!』
「分かってる!」
もう一発。
今度はさっきより早く反応出来た。
怖い。
でも、相手の動きがまったく見えないわけではない。
以前なら何が起きているのか分からないまま逃げ回っていた場面でも、今はどうにか相手の銃口と輸送船の位置を同時に見ることが出来ている。
「……まず一機。」
右前腕を敵へ向ける。
射出。
内蔵されたワイヤーアンカーが勢いよく飛び出し、賊の右腕へ食い込んだ。
『なんだ!?』
ケンケンはすぐにワイヤーを巻き取り、敵機を輸送船から引き剥がす。
同時にダウト内部では、アンカーを介したアクセスが始まっていた。
直接触れた時ほど速くはない。
繋いでいる間、こちらも動きを制限される。
だからこそケンケンは、何とか接続を保ったまま敵の射線を避け続けなければならなかった。
『ケンケン、左!』
「えっ――うわぁ!」
二機目からの射撃。
ダウトが大きく身体を傾ける。
それでも右腕から伸びたワイヤーだけは切らない。
「まだ……?」
アクセスは続いている。
敵も必死にワイヤーを外そうと機体を振るが、その度にケンケンも姿勢を崩される。
「ちょ、暴れないで!」
『離しやがれ!』
「だったら輸送船襲わないでよ!」
その瞬間。
アンカーが食い込んだ部分で、青白い火花が走った。
『なっ!?』
賊の機体が大きく震える。
ライフルを握っていた腕から力が抜け、推進器の光も弱くなった。
『電流か!?』
『ワイヤーから電気流しやがったのか!?』
動きを止めたグラディウスを見た残り二機が慌てて距離を取る。
「……あ。」
ケンケンが一瞬だけ目を瞬かせた。
もちろん違う。
実際にはダウトがアンカーを経由して機体制御へ侵入し、火器と推進系統を止めている。
けれど、外から見ればワイヤーを伝って電流が流れ、その直後に機体がショートして停止したようにしか見えない。
『ケンケン?』
赤ずきんの声。
「……なんでもない。」
余計な説明はしない。
相手が勝手にそう思ってくれるなら、そのままでいい。
ケンケンは停止した一機からアンカーを解除し、すぐに二機目へ向き直った。
その間にも、Live配信は続いている。
視聴者が見ているのは格好よく戦うエースパイロットではない。
攻撃が来れば声を上げ。
必死になって避け。
それでも輸送船との間から退かずに戦っている、いつものケンケンだった。
二機目が接近し、ライフルを撃つ。
ケンケンはナックルガードシールドで辛うじて軌道を逸らし、そのまま距離を詰めた。
「近い方が……!」
相手の腕を掴む。
《SYSTEM ACCESS》
こちらは速い。
直接接触した瞬間、先ほどとは比べ物にならない速さで機体情報が流れ込んでくる。
ケンケンは必要な部分だけを選んだ。
火器。
推進。
姿勢制御。
全部壊す必要はない。
「止まって!」
敵機から力が抜ける。
『な、なんだ!?』
ライフルが沈黙し、推進器も止まった。
ケンケンは機体を突き放し、すぐに最後の一機へ目を向ける。
仲間二機が立て続けに動きを止めたことで、最後の賊は明らかに動揺していた。
『くそっ……!』
機体を反転させる。
「逃げる……?」
一瞬だけ、追わなくてもいいのではないかという考えが浮かぶ。
輸送船は助かった。
このまま逃げてくれるなら、もう戦わなくても済む。
けれど。
もし、この賊がまた別の輸送船を襲ったら。
今度は自分達のように間に合う誰かがいないかもしれない。
「……ダメだ。」
『ケンケン?』
「ここで逃がしたら、また誰か襲うかもしれない。」
言いながらも、声には少し迷いが残っている。
それでもダウトを加速させた。
「止める!」
逃走する機体へ右前腕を向ける。
ワイヤーアンカー射出。
だが、相手も先ほどの光景を見ていた。
『それに当たるかよ!』
急旋回。
アンカーが外れる。
「うわ、避けた!」
『当たり前でしょ。向こうも見てたのよ。』
「そうだった!」
もう一度距離を詰める。
敵は逃げながら後方へ射撃してくる。
ケンケンは左右へ機体を振り、ぎこちないながらも何とか追い続けた。
「逃げながら撃たないでよ!」
『追ってくんな!』
「逃げるから追ってるんだよ!」
『会話になってないわよ!』
赤ずきんの突っ込みが入る。
ケンケンはそれに返す余裕もなく、敵が次の射撃へ移る瞬間だけを見ていた。
銃口がこちらへ向く。
そのために機体の動きが僅かに鈍った。
「今!」
右前腕から二度目のアンカーが放たれる。
今度は敵機の脚部へ食い込んだ。
『しまっ――!』
「捕まえた!」
逃げようと推進器を吹かす賊と、引き止めるダウト。
ワイヤーが強く張り詰める。
ケンケンは操縦桿へしがみつくように身体を支えながら、接続を維持した。
「これ……結構きつい!」
『切らさないでよ、ケンケン!』
「分かってる!」
また時間が掛かる。
敵はワイヤーを切ろうと銃口を向ける。
ケンケンも機体を振り、射線から逃れながら必死に接続を維持する。
やがて再びアンカーの接続部分に火花が走った。
『また電流か!?』
推進器が止まる。
続いて火器管制も沈黙した。
逃げようとしていた最後の一機が、その場で力を失ったように漂い始める。
「……止まった?」
『三機とも動きが止まってるわ。』
「ほんと?」
『ええ。』
「……よかったぁ。」
緊張が一気に抜け、ケンケンの身体が操縦席へ沈み込む。
しかしすぐに思い出したように輸送船へ通信を繋いだ。
「聞こえますか!?」
数秒後。
『……あぁ聞こえている……こちらこちら民間輸送船アクアリーベ、救援に感謝する。』
先ほど救難信号を送っていた男の声だった。
「大丈夫ですか!? 怪我人とか!」
『二人負傷してる。ただ、命に別状はない。船も動かせる。』
「よかった……。」
本当に安堵した声が漏れる。
その時初めて、ケンケンはカメラがまだ回っていることを思い出した。
「……あ。」
『Live中よ。』
「やっぱり?」
『ずっと。』
「……俺、変なこと言ってなかった?」
『それは後で考えなさい。』
「怖いんだけど!」
輸送船側の通信に、僅かな笑い声が混じった。
『あんたは……本当にケン=大神なのか?』
「え?」
『そのガンダム……動画に出てた奴だろ。』
ケンケンの表情が少しだけ固くなる。
自分は国際指名手配されている。
助けたからといって、相手が好意的だとは限らない。
「……はい。」
正直に答える。
「そうです。」
短い沈黙。
その後。
『助けてくれたんだよな。』
ケンケンが目を瞬かせた。
『俺達を。』
「……うん。」
自然と頬が緩む。
「助けに来ました。」
『ありがとう……先程も伝えたが救援感謝する。』
その言葉は、思っていたよりずっと重かった。
『本当に助かったよ。』
ケンケンは何と返せばいいのか分からず、少しだけ俯いた。
「……ありがとうございます?。」
『なんであんたが礼言うんだ?』
「いや……なんか。」
自分でも分からない。
けれど嬉しかった。
ガンダムダウトで戦った。
人を殺さなかった。
三機とも止めた。
そして、一隻の輸送船を守ることが出来た。
「……出来たんだ。」
『何がだ?』
輸送船の男が聞き返す。
ケンケンは少し恥ずかしそうに笑った。
「ガンダムでも、いいこと出来たんだなって。」
通信の向こうで少し間が空く。
『そりゃ……使い方次第じゃないのか?』
ほとんど、おやっさんと同じ答えだった。
「……だよね。」
ケンケンは笑う。
赤ずきんの声も続いた。
『ケンケン。』
「なに?」
『喜ぶのは帰ってから。』
「え?」
『新しい反応が来てる。』
その声で、ケンケンの表情が引き締まる。
レーダーの端に複数の光点が現れていた。
一隻の艦艇。
その周囲には複数のモビルスーツ。
「……また賊?」
『違う。識別が出たわ。』
表示された情報を見て、ケンケンの目が止まる。
「コロニー国家連合軍……。」
ケートス級軍用艦を中心とした警邏部隊だった。
おそらくダウトと同じく、民間輸送船の救難信号を受けてこちらへ向かっていたのだろう。
正規軍が巡回しているからこそ、コロニー国家連合の主要航路や所属コロニー周辺では、こうした賊の被害が比較的少なく抑えられている。
そして今。
その本来なら頼もしい存在が、ケンケン達の前へ現れた。
「あ……。」
ケンケンの顔が少し明るくなる。
「ちょうどいいじゃん。」
『何が?』
「止めた賊も渡せるし、輸送船の人達も軍に任せられる。」
そこまで言って。
赤ずきんが黙った。
「……赤ずきん?」
『ケンケン。』
「何?」
『あなた、自分が国際指名手配されてるの忘れてない?』
数秒。
「…………あ。」
『忘れてたのね。』
「ちょっとだけ。」
『どうやったらちょっとだけ忘れられるのよ。』
「だって人助け出来たから、なんかもう大丈夫な感じが……。」
『そんなわけないでしょ。』
「ですよね……。」
そして、それはコロニー国家連合軍側も同じだった。
警邏艦のブリッジでは、救難信号を発していた輸送船と、その周囲に漂う三機のモビルスーツが次々と確認されていた。
「救難対象の輸送船を確認!」
「船体に損傷あり。ただし航行能力は残っています!」
「周囲のMS三機は?」
「全機停止状態です。」
艦長は報告を聞きながら前方の映像を見る。
その中心に、一機だけ明らかに異質な機体がいた。
「……あれは。」
別のオペレーターが機体照合を開始する。
数秒後。
空気が変わった。
「艦長!」
「どうした。」
「照合一致!」
モニターに国際指名手配情報が表示される。
「ガンダムです!」
「搭乗者、ケン=大神……国際指名手配中のケン=大神です。」
艦長の表情が険しくなる。
「国際指名手配対象……。」
「はい。」
「輸送船の保護を最優先。停止している三機は賊の可能性が高い。確保して事情を確認しろ!」
「了解!」
艦長は少しだけ間を置いた。
救難現場。
停止している賊。
無事な輸送船。
そしてその中央にいる、指名手配されたガンダム。
まだ状況の全ては分からない。
だからこそ、正規軍として見逃すわけにもいかなかった。
「総員第一種戦闘配置!MS隊を発信させろ!」
「はっ!」
「可能な限り機体を損傷させるな。」
艦長は正面モニターから目を離さない。
「件のガンダムを捕獲する。」
警邏部隊のソリダスが発進し、散開する。
一部は輸送船へ。
一部は停止している賊へ。
そして残る数機が、ダウトへと近付いていった。
その光景は、ダウトの外部カメラを通してLive配信にもそのまま流れている。
「……やっぱり、こっち来るよね。」
ケンケンが不安そうに呟く。
『来るでしょうね。』
「どうしよう。」
『まず話して。』
「……うん。」
『さっき言ったでしょ。色んな人の声を聞きたいって。』
ケンケンはその言葉に少しだけ目を見開いた。
「……そうだった。」
近付いてくるのは、賊ではない。
人を助けるために救難信号へ応じてきた正規軍だ。
リボーンで聞いたコロニー連合兵の言葉が蘇る。
我々も戦争を望んでいるわけではありません。
我々の任務は対象者を確保し、事実を確認することです。
そして、このコロニーの住民の安全を守ることでもあります。
「……話せるかな。」
『やってみないと分からないわ……でも無理はしないで。』
「そうだね。」
警邏部隊から通信が入る。
『所属不明のMSに告ぐ。』
低く、警戒した男の声だった。
『こちらはコロニー国家連合軍206警邏部隊である。』
ケンケンは無意識に背筋を伸ばす。
「は、はい。」
『機体を停止しろ。』
目の前にいる警邏機が武器を構える。
『武装を解除し、直ちに投降せよ。』
「……。」
分かっていた。
それでも実際に銃口を向けられると、喉が渇く。
手にも自然と力が入る。
戦いたくない。
撃たれたくない。
でも、投降するわけにもいかない。
『ケンケン。』
赤ずきんの声が耳へ届く。
ケンケンは一度深く息を吸った。
そして、警邏機へ向けて通信を返す。
「待ってください。」
少し震えた声。
「俺、戦うつもりはありません。」
『ならば投降しろ。』
「それは……出来ません。」
『投降する意思はないか……では命令に従い捕獲する。』
警邏機の銃口が、真っ直ぐダウトへ向けられる。
ケンケンは反射的に操縦桿を握り直した。
右前腕にはワイヤーアンカー。
背中にはヒートカトラス。
腰にはサブマシンガン。
戦うためのものはいくらでもある。
それでも、ケンケンは武器へ手を伸ばさなかった。
「お願いです。」
正面にいるコロニー連合兵へ。
そして今、このLive配信を見ている人達へ。
「話を聞いてください。」
ガンダムダウトとコロニー国家連合軍。
互いに武装したモビルスーツが宇宙で向き合う。
その光景を、世界のどこかにいる多くの人間がリアルタイムで見ていた。