機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第39話「戦わない理想、戦う理由」

 ガンダムダウトの正面で、コロニー国家連合軍の警邏部隊がゆっくりと散開していく。

 

 先ほどまで民間輸送船を襲っていた賊の三機は、すでに完全に動きを止めていた。その周囲には警邏部隊の一部が向かい、輸送船にも護衛機が付き始めている。

 

 助けるという目的だけなら、もう達成している。

 

 それなのにケンケンの身体から緊張が抜けることはなかった。

 

 正面モニターには、武器を構えたコロニー連合軍の機体が何機も映っている。統一された動きで距離を取りながらダウトを囲み、こちらがどこへ動いても対応出来るように位置を変えていた。

 

『そこのガンダム。機体を停止し、武装を解除して投降しろ。』

 

「待ってください。俺、本当にあなた達と戦うつもりはありません。」

 

『ならば投降しろ。』

 

「それは……出来ません。」

 

 返事をした瞬間、相手側の空気が変わった。

 

 ケンケン自身にも分かっていた。戦いたくないと言いながら投降はしない。それでは相手からすれば、抵抗を続けると言っているのと変わらない。

 

 けれど、ここで捕まるわけにもいかなかった。

 

『……了解した。』

 

 通信越しの兵士の声が低くなる。

 

『各機、対象を確保する。可能な限り機体への損傷は抑えろ。』

 

「え、ちょっ――」

 

 言い終わる前に、一機が加速した。

 

 真正面から突っ込んでくる。

 

 ケンケンは反射的にダウトを横へ振った。だが、その回避方向にはすでに別の一機が回り込み、銃口をこちらへ向けている。

 

「うわっ!」

 

 慌てて機体を捻る。

 

 放たれた弾丸がダウトのすぐ脇を通り抜け、そのまま先ほどまでケンケンがいた場所へ一機目が飛び込んだ。

 

『ケンケン、後ろ!』

 

 赤ずきんの声に、ケンケンは考えるより先に操縦桿を引いた。

 

 ダウトが急上昇する。

 

 その下を捕獲用のワイヤーが掠めていった。

 

「ちょ、ちょっと! 話聞いてって言ってるじゃん!」

 

『こちらは何度も投降を命じている!』

 

「だから、それは出来ないんだって!」

 

『ならば確保する!』

 

「結局そうなるの!?」

 

 叫びながらも、ケンケンの手は休められない。

 

 賊を相手にした時とは、まるで違った。

 

 一機の動きだけを追えばいいわけではない。

 

 正面から追い込む機体がいれば、その逃げ道を塞ぐ機体がいる。回避方向を読んで先に射線を作る者もいれば、距離を詰め過ぎずに後方からこちらの動きを見ている者もいる。

 

 誰か一人を振り切ったと思った瞬間には、もう次が来る。

 

「……全然休ませてくれない。」

 

『正規兵なんだから当然よ。』

 

「分かってるけど!」

 

 また射撃。

 

 避け切れない。

 

 ケンケンはナックルガードシールドを前へ出し、身体を丸めるようにダウトを傾けた。

 

 鈍い衝撃が腕から機体全体へ伝わり、操縦席まで激しく揺さぶられる。

 

「ぐっ……!」

 

『ケンケン!』

 

「大丈夫……!」

 

 シールド表面に損傷警告が出る。

 

 まだ使える。

 

 けれど、同じように何度も受け続ければ持たない。

 

 ケンケンは距離を取ろうとするが、二機が左右へ広がって進路を限定し、その先から一機が迫ってくる。

 

「……やっぱり強い。」

 

 思わず声が漏れた。

 

 カストロカップで経験を積んだ。

 

 以前よりダウトを動かせるようにもなった。

 

 だが、それは相手が何人いようと圧倒出来るようになったという意味ではない。

 

 ましてや相手は、軍として連携することを訓練された兵士達だった。

 

『ケンケン、無理に全部避けようとしないで。』

 

「じゃあどうしたらいい!?」

 

『一機ずつ止めるしかない。』

 

「それ出来たら苦労しないって!」

 

 そう言いながらも、方法はそれしかない。

 

 ケンケンは一度大きく後退し、右前腕を正面の一機へ向けた。

 

「……当たって!」

 

 ワイヤーアンカーが射出される。

 

 先頭の機体が避ける。

 

 完全には間に合わなかった。

 

 アンカーの先端が左肩へ食い込み、ワイヤーが宇宙空間で一気に張り詰めた。

 

『ワイヤーを受けた!』

 

「よし……!」

 

 ケンケンは右腕を大きく動かさないようにしながら、ダウトを後方へ流した。

 

 内部ではすでに、ワイヤーを介したアクセスが始まっている。

 

 直接触れた時のように、すぐには終わらない。

 

 接続を切らさず、時間を稼がなければならない。

 

 ところが、コロニー連合軍は先ほどの賊との戦闘を見ている。

 

『二番機、ワイヤーを切れ!』

 

「え?」

 

 右側にいた機体がすぐに銃口を向けた。

 

 狙っているのはダウトではない。

 

 張り詰めたワイヤー。

 

「ちょっと待って!」

 

 射撃。

 

 一発目が外れる。

 

 ケンケンは繋いだまま機体を動かそうとするが、そのせいで相手側の機体に引かれ、姿勢が安定しない。

 

 二発目。

 

 ワイヤーのすぐ近くで火花が散る。

 

「やば……!」

 

 三発目。

 

 鋭い衝撃とともにワイヤーが断ち切られた。

 

「切られた!」

 

 アクセス表示が消える。

 

 アンカーを受けていた機体も、すぐに距離を取った。

 

『全機、あのワイヤーに注意しろ!』

 

『接続されたら即座に切り離せ!』

 

『高圧電流で機体を停止させる装備の可能性がある!』

 

 ケンケンは一瞬だけ目を瞬かせる。

 

「……やっぱり電気だと思ってる。」

 

『そのままにしておきなさい。』

 

「うん。」

 

 赤ずきんも、それ以上は何も言わなかった。

 

 外から見れば、アンカーの接続部分に火花が走った直後に機体が止まる。

 

 高圧電流を流していると思われても不思議ではない。

 

 そして今、その誤解を解いてやる理由はどこにもなかった。

 

 問題なのは、相手が仕組みを勘違いしているかどうかではない。

 

 すでに一度使ったことで、ワイヤーそのものを警戒されてしまったことだった。

 

 ケンケンが右前腕を向けるだけで、相手は大きく距離を取る。

 

「……めちゃくちゃ避けるじゃん。」

 

『当然でしょ。』

 

「そうなんだけどさぁ……。」

 

 言っている間にも、また一機が近付いてくる。

 

 その機体を避けようとした瞬間、反対側から射撃。

 

 さらに後方を塞ぐように別の機体が回り込んでいた。

 

「うわぁっ!」

 

 ダウトが大きく姿勢を崩す。

 

 立て直そうとしたところへ一機が接近し、左腕を掴まれた。

 

『確保した!』

 

「えっ!?」

 

 振りほどこうとする。

 

 だが、そのまま別の一機まで近付いてくる。

 

 両側から押さえられれば終わる。

 

「ちょ、待って!」

 

『ケンケン!』

 

「分かってる!」

 

 ケンケンは右腕を振り抜き、掴んでいる機体の肩を強引に押し返した。

 

 一瞬だけ相手の姿勢が崩れる。

 

 その隙に身体を捻って左腕を抜き、何とか距離を取る。

 

 息が上がっていた。

 

 怖い。

 

 それでも、逃げる方向には常に別の機体がいる。

 

「賊の時と全然違う……。」

 

 正規兵を相手にしているという当たり前の事実が、ようやく実感として身体に染み込んでくる。

 

 それでもケンケンは、腰のサブマシンガンには手を伸ばさなかった。

 

 背部のヒートカトラスにも触れない。

 

 その様子に気付いたのか、コロニー連合兵の一人が通信を開いた。

 

『……お前、なぜ撃たない。』

 

「え?」

 

『武装はあるだろう。こちらはお前を捕獲するために攻撃している。それでも一度も撃ち返していない。』

 

 ケンケンは答えながらも、左右からの動きを警戒していた。

 

「戦いたくないからです。」

 

『だったら投降しろ!』

 

「それは出来ないんです!」

 

『都合が良すぎるだろう!』

 

「それは俺も分かってます!」

 

『分かっていて抵抗するのか!』

 

「捕まるわけにはいかないんだよ!」

 

 思わず強い声が出る。

 

 けれどすぐに、ケンケンは言い直した。

 

「……でも、あなた達を倒したいわけでもない。」

 

『なら何をしに出てきた!』

 

「人助けです!」

 

 ケンケンが輸送船へ視線を向ける。

 

「あの船を助けたかっただけです!」

 

 そこへ、まるで言葉を証明するように輸送船側から通信が割り込んだ。

 

『待ってくれ!』

 

 警邏部隊の動きがわずかに鈍る。

 

『そのガンダムは俺達を襲ってない!』

 

 救難信号を送っていた男の声だった。

 

『俺達を襲ってたのは、今あんた達が確保してる三機だ! ガンダムは後から来て、あいつらを止めてくれた!』

 

 ケンケンがモニターを見る。

 

「……。」

 

『俺達はそいつに助けてもらったんだ!』

 

 警邏艦からの返答は、少し間を置いてからだった。

 

『証言は確認する。』

 

 感情を抑えた、落ち着いた声。

 

『救助行為についても記録する。だが、ガンダムダウトと搭乗者ケン=大神が国際指名手配対象であることに変わりはない。』

 

『でも――!』

 

『民間船を救助したことと、指名手配対象を確保することは別だ。』

 

 その言葉を聞いた瞬間、ケンケンはリボーンを思い出していた。

 

 あの時のコロニー連合兵も同じだった。

 

 動画で何を主張しているかと、指名手配されている事実は別。

 

 今度は、人を助けたという事実と、指名手配されていることが別だと言われている。

 

「……そっか。」

 

『ケンケン?』

 

「いや……。」

 

 赤ずきんに答えながら、ケンケンは小さく息を吐く。

 

「やっぱり、いいこと一回したくらいじゃ何も変わんないんだなって。」

 

『そんな簡単に全部変わるとは思ってなかったでしょ。』

 

「うん。」

 

『だったら続けるしかない。』

 

 ケンケンはほんの少しだけ笑った。

 

「……そうだね。」

 

 その直後、また一機が接近してくる。

 

 ケンケンは回避しようとしたが、今度は後ろへ下がれない。別の二機がすでに退路を塞いでいる。

 

「くっ……!」

 

 仕方なく前へ出た。

 

 すれ違いざまに相手の腕へ触れる。

 

 ほんの一瞬。

 

 それだけで十分だった。

 

《SYSTEM ACCESS》

 

 ワイヤーとは違う。

 

 直接接触した瞬間、機体情報が一気に流れ込んでくる。

 

 ケンケンは相手を壊すのではなく、必要な部分だけを止めた。

 

 火器管制。

 

 推進系。

 

 姿勢制御。

 

『なっ――』

 

 敵機の動きが途端に鈍る。

 

「ごめんなさい!」

 

『機体が……!?』

 

 その場に漂い始めた機体から離れ、ケンケンはすぐに次の攻撃を避けた。

 

『三番機、応答しろ!』

 

『動かない! 機体制御が効かない!』

 

『ガンダムに接触された直後だ!』

 

『全機、ワイヤーだけじゃない! 直接触れられるな!』

 

「……そっちもバレた。」

 

『あれだけ分かりやすく止めたらね。』

 

「他にどうしろっていうの!」

 

 それでも、一機止めたことで包囲に僅かな穴が出来る。

 

 ケンケンはそこへ向かおうとした。

 

 だが、警邏部隊はすぐに別の機体を回して穴を埋めた。

 

「早っ!」

 

『逃がすな!』

 

 再び包囲が狭まる。

 

 今度は無理に接触しようとせず、一定距離を保ちながら射撃で動きを限定してきた。

 

 さっきまでより戦いづらい。

 

 ケンケンの武器を一つずつ見て、その場で対策を変えている。

 

「……これ、まずいかも。」

 

『今頃?』

 

「今かなり本気で思ってる!」

 

 ナックルガードシールドへまた弾丸が当たる。

 

 損傷表示が増えた。

 

『ケンケン、シールドがもうかなり削られてる。』

 

「分かってる。」

 

『このまま同じこと続けたら持たないわよ。』

 

「でも撃ったら……。」

 

 その先は言わなかった。

 

 赤ずきんも返さない。

 

 二人とも分かっている。

 

 ここでサブマシンガンやヒートカトラスを使えば、状況は少し楽になるかもしれない。

 

 けれど、それをした瞬間、ケンケンが最初に言った「戦いたくない」はただの言葉になってしまう。

 

 その時、追撃していた兵士から通信が入った。

 

『……お前は戦争を止めたいと言っていたな。』

 

「はい。」

 

『本気なのか。』

 

「本気です。」

 

『なら一つ聞く。』

 

 声には、さっきまでとは違うものが混じっていた。

 

 怒りだけではない。

 

 長い間、内側に積み重なってきたものを押さえながら話しているような声だった。

 

『地球が、俺達コロニー側に何をしてきたか知っているのか?』

 

 ケンケンの表情が止まる。

 

「……え。」

 

『地球連邦がどんな扱いをしてきたかだ。』

 

 別の兵士も通信へ加わる。

 

『資源は寄越せ。だがこちらの要求は後回し。地球側に都合のいい条件を何度押し付けられたと思っている。』

 

 最初の兵士が続ける。

 

『過去の戦争ではコロニーも焼かれた。』

 

『家族を失った人間が何人いると思っている。』

 

 ケンケンは答えられなかった。

 

 知らないわけではない。

 

 昔、大きな戦争があったことくらいは知っている。

 

 地球とコロニーの間に深い対立があることも、今までの出来事の中で何度も聞いてきた。

 

 けれど、目の前の兵士がそれをどんな気持ちで語っているのかまでは考えたことがなかった。

 

「……分かりません。」

 

『何?』

 

「そこまで……知らないです。」

 

 通信の向こうが一瞬静かになる。

 

『知らない?』

 

「俺が生まれる前のことだし……全部知ってるわけじゃない。」

 

『ふざけるな!』

 

 怒声が返ってきた。

 

『知らなければ関係ないと言うのか!?』

 

「違う!」

 

 ケンケンも反射的に言い返した。

 

「そんなことどうでもいいなんて言ってない!」

 

『なら何だ!』

 

「でも、それをやったの俺じゃないだろ!」

 

 言った直後、自分でも少し強すぎたと思った。

 

 けれど、一度出た言葉は戻らない。

 

「俺が生まれる前に起きたことで、なんで今の俺達まで戦わなきゃいけないんですか!」

 

『世代が変われば無かったことになるとでも思っているのか!』

 

「ならないよ!」

 

 今度は迷わなかった。

 

「そんなこと言ってない!」

 

 ケンケンは射撃を避けながら、必死に言葉を繋ぐ。

 

「でも、昔殺されたからって、今度は俺達が殺し合うの?」

 

『……。』

 

「そこで誰か死んだら、その家族がまた恨むんでしょ?」

 

「その人達の子供が大人になって、また戦って……。」

 

 息が切れる。

 

 操縦に必死になりながら、頭の中にある疑問をそのまま吐き出していく。

 

「それ、いつ終わるんですか?」

 

 すぐには返事が来なかった。

 

 代わりに、別の兵士が低い声で口を開く。

 

『……俺の祖父は、昔の戦争で死んだ。』

 

 ケンケンの動きが僅かに鈍った。

 

『父親は祖父の顔を知らない。写真でしか見たことがない。』

 

「……。」

 

『お前にとっては、生まれる前の昔話かもしれない。』

 

 兵士の声はもう怒鳴っていなかった。

 

『でも俺の家族にとっては、そこで終わってない。』

 

 その言葉の方が、先ほどの怒声より重く響いた。

 

 ケンケンは何も返せなかった。

 

 知らなかった。

 

 それが本当だった。

 

「……ごめんなさい。」

 

『謝れば終わる話じゃない。』

 

「分かってます。」

 

 それでも、今は他に言える言葉がなかった。

 

 すると最初の兵士が、今度はガンダムダウトそのものへ話を向けた。

 

『それに、お前が乗っているその機体だ。』

 

「……ダウト?」

 

『ガンダムだ!』

 

 声が再び強くなる。

 

『お前はガンダムが、コロニー側にとって何なのか分かって乗っているのか!?』

 

 ケンケンが黙る。

 

『過去の戦争でガンダムが何人のコロニー市民を殺したと思っている!』

 

『あれは地球側の英雄かもしれない。だが俺達にとっては違う!』

 

『ガンダムは、人を殺した兵器だ。』

 

『恐怖の象徴なんだよ!』

 

 ケンケンの喉が詰まった。

 

 Live配信を始めた時、自分は言った。

 

 このガンダムを、いいことにも使いたい。

 

 自分なりに前へ進むための言葉だった。

 

 けれど、同じガンダムを見て、そんなふうに受け取る人間がいる。

 

 それすら知らなかった。

 

「……知らなかった。」

 

『またそれか!』

 

 すぐに怒声が返る。

 

『何も知らずにガンダムへ乗って、戦争を止めるだと!?』

 

「知らなかったよ!」

 

 ケンケンも思わず叫び返した。

 

「だから今、聞いてるんだよ!」

 

『何?』

 

「俺、本当に知らなかった!」

 

 操縦桿を強く握る。

 

「あなた達がガンダムをそんな目で見てることも。」

 

「地球とコロニー国家連合がここまで揉めてる理由も、全部知ってるわけじゃない!」

 

『だったら口を出すな!』

 

「それじゃ、ずっと知らないままじゃん!」

 

 ケンケンの声がさらに強くなる。

 

「知らないから聞くんだよ!」

 

『……。』

 

「俺達の世代まで戦わなきゃいけない理由があるなら、教えてよ!」

 

 それは相手を言い負かすための言葉ではなかった。

 

 本当に分からないから聞いている。

 

 そして目の前の兵士達は、ケンケンが今まで会ってきた誰よりも、その理由を自分の言葉で持っている人間だった。

 

 攻撃は止まらない。

 

 それでもケンケンは通信を切らなかった。

 

「俺は知らない。」

 

「だから教えてほしいんです。」

 

 一瞬の沈黙。

 

 その後、兵士が吐き捨てるように言った。

 

『……理想論だ。』

 

「かもしれません。」

 

『何も知らないからそんなことが言える。』

 

「そうかもしれない。」

 

『なら――』

 

「でも!」

 

 ケンケンは言葉を重ねる。

 

「あなた達は戦争したいんですか?」

 

 返答は早かった。

 

『したいわけがあるか!』

 

 迷いのない即答だった。

 

 ケンケンの目が僅かに見開かれる。

 

 リボーンでも同じ言葉を聞いた。

 

 あの街に来たコロニー連合兵も言っていた。

 

 我々も戦争を望んでいるわけではない。

 

 今、目の前で自分を捕らえようとしている兵士まで同じことを言う。

 

「じゃあ……。」

 

『だが、それとこれとは別だ。』

 

 兵士の声は冷静だった。

 

『俺達は軍人だ。』

 

『命令が下れば従う。』

 

『自分が納得しているかどうかで任務を選ぶことは出来ない。』

 

 別の兵士も続ける。

 

『今の命令は、お前とガンダムダウトを確保することだ。』

 

『輸送船を助けたことは報告する。』

 

『お前がここで何を話したかも報告する。』

 

『だが、それでも命令は遂行する。』

 

 ケンケンは何も言えなくなった。

 

 筋は通っている。

 

 だからこそ困る。

 

「……でも。」

 

『何だ。』

 

「それが、俺は怖いんです。」

 

 兵士達が黙る。

 

「あなた達は戦争したくないって言った。」

 

「リボーンにいた兵士の人達も、戦争したくないって言ってた。」

 

「俺達も戦争を止めたいと思ってる。」

 

 一度息を吸う。

 

「なのに、命令が出たら戦うんですよね。」

 

『……。』

 

「今だってそうじゃないですか。」

 

 ケンケンは周囲を見た。

 

 銃口。

 

 包囲。

 

 傷付いたナックルガードシールド。

 

「俺はあなた達を撃ちたくない。」

 

「あなた達だって、俺を殺したいから来たわけじゃない。」

 

「でも今、こうなってる。」

 

 その言葉に返事はなかった。

 

「……俺、分かんないです。」

 

 ケンケンの声が少し弱くなる。

 

「どうしたら戦争を止められるのかも。」

 

「地球とコロニー国家連合が、どうしたら納得出来るのかも。」

 

 それでも、そこで終わらなかった。

 

「でも、みんな戦いたくないって言ってるのに、戦争になるのはおかしいって思う。」

 

『世界はそんな単純じゃない!』

 

「分かってるよ!」

 

 即座に返した。

 

「だから聞いてるんです!」

 

 また一機が接近する。

 

 ケンケンはシールドを前へ出し、攻撃を受け流した。

 

 衝撃に歯を食いしばる。

 

 シールドの損傷警告がさらに増える。

 

『ケンケン、このままじゃ――』

 

「分かってる!」

 

 赤ずきんの声にも焦りが混じっている。

 

 警邏部隊はすでにダウトの動きをかなり理解していた。

 

 ワイヤーへ不用意に近付かない。

 

 直接触れられる距離にも入らない。

 

 複数機で射線を作り、少しずつ逃げ道を潰していく。

 

 しかも、さっき一機を停止させても、それで命令を諦めることはなかった。

 

 軍として動いている。

 

 その現実が、そのままケンケンを追い詰めていく。

 

『包囲を狭めろ。』

 

『了解。』

 

「……まずい。」

 

『かなりまずいわ。』

 

「どうしよう……。」

 

『考えて。』

 

「考えてる!」

 

 正面。

 

 左右。

 

 さらに背後には警邏艦。

 

 逃げ道はほとんど残されていない。

 

『ガンダム!』

 

 兵士から通信が入る。

 

『これ以上は逃げられない!』

 

『機体を停止しろ!』

 

 ケンケンは返事をしなかった。

 

 サブマシンガンを使えばいい。

 

 ヒートカトラスを抜けばいい。

 

 そうすれば、少なくとも今よりは相手を近付けなく出来るかもしれない。

 

 でも。

 

 その瞬間、さっきまで話していたことが全部嘘になる気がした。

 

「……まだ。」

 

『何?』

 

 ケンケンが顔を上げる。

 

「まだ、話し終わってない。」

 

『ケンケン……。』

 

「俺、もっと聞きたい。」

 

 正面の機体が銃口を向ける。

 

 ケンケンは損傷したナックルガードシールドを構えた。

 

「あなた達が、なんで戦うのか。」

 

「昔のことを、どう思ってるのか。」

 

「なんで命令なら戦わなきゃいけないのか。」

 

 兵士達は包囲を解かない。

 

「俺が知らないこと……まだいっぱいあるから。」

 

 コロニー連合軍の兵士達は戦争を望んでいない。

 

 それでも、過去を忘れることも出来ない。

 

 軍人である以上、命令を無視することも出来ない。

 

 ケンケンは戦いたくない。

 

 けれど、捕まるわけにもいかない。

 

 どちらかが簡単に正しいと言える状況ではなかった。

 

「だから……。」

 

 ケンケンは操縦桿を強く握った。

 

「もう少しだけ、話してください。」

 

 その言葉にも、警邏部隊の銃口は下がらない。

 

 ガンダムダウトも武器を抜かない。

 

 互いに戦争を望んでいないと言いながら、それでも戦闘は終わらなかった。

 

 理想だけでは止められない現実と。

 

 戦う理由だけでは消えない疑問。

 

 その両方を抱えたまま、Live配信は今も世界へ流れ続けていた。

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