機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
ガンダムは工業区画を走っていた。
背後では炎が上がっている。
ソリダス中隊の残骸。
自分が壊した機体達。
見たくない。
思い出したくない。
だが現実は容赦なく追いかけてくる。
「前見なさい!」
ノンの怒鳴り声。
ケンは慌てて正面を向く。
次の瞬間。
ビームが目の前を横切った。
「うわっ!?」
ガンダムが反射的に身を捻る。
爆発。
道路が吹き飛ぶ。
「まだ来るのかよ!?」
モニターには赤い光点。
三機。
ソリダス隊だった。
今度は数こそ少ないが明らかに練度が違う。
さっきの中隊みたいに無茶な突撃はしてこない。
一定距離を保ちながら追跡している。
「嫌な感じだな……」
「何が?」
「この動き」
ケンはレーダーを見る。
「距離を取ってる」
「それがどうしたの?」
「さっきみたいに触らせないつもりだ」
ノンが驚いた顔をする。
「分かるの?」
「多分さっきの戦闘の情報が共有されてる……ソリダスは広域データリンクがあるって授業で習った……」
ケンは早口で説明する。
「実戦なんてやる予定はなかったけど」
モニターのソリダスを見る。
「教科書通りなら相手の隊長は頭良いぞ」
その瞬間。
左右から二機のソリダスが飛び出した。
「来た!」
挟撃。
ライフルが火を吹く。
ガンダムが跳ぶ。
ビームが背後の倉庫を貫いた。
鉄骨が崩れる。
火花が散る。
「うわあああ!」
「叫ぶ暇あるなら動かして!」
「動かしてる!」
さらに一機。
上空から降下。
ライフルではなくワイヤーランチャー。
「まずい!」
ケンが叫ぶ。
「絡め取る気だ!」
「分かるなら避けなさい!」
「言われなくても!」
ガンダムが急旋回。
ワイヤーが空を切る。
そのままソリダスへ突撃。
しかし。
相手も読んでいた。
距離を取る。
「逃げた!」
「なんで追わないのよ!」
「無理!」
ケンがモニターを叩く。
「このガンダム重いんだよ!」
ノンが目を丸くした。
「は?」
「見れば分かるだろ!」
肩を指差す。
「ジャンクの塊だぞこれ!」
「誰のせいよ!」
「俺のせいだよ!」
ノンが頭を抱える。
その時だった。
【敵機接触可能】
【侵入開始を推奨】
「勝手にやるなよ?」
【了解】
「絶対了解してないだろお前」
次の瞬間。
ガンダムが急加速した。
「うおぉぉぉ!?」
ケンの意思じゃない。
アシストモード。
ソリダスへ一直線。
隊長機が後退する。
『距離を取れ!』
『接触を許すな!』
「ほら警戒されてる!」
ケンが叫ぶ。
「皆知ってるじゃねぇか!」
だが。
ガンダムは止まらない。
踏み込む。
さらに加速。
ソリダスがライフルを向ける。
発砲。
ガンダムが避ける。
また発砲。
避ける。
まるで未来が見えているようだった。
「なんなんだよこの機体……」
ケンが呟く。
そして。
ついに。
腕が届いた。
ソリダスの肩を掴む。
【侵入開始】
【電子戦接続】
『なっ!?』
ソリダスが硬直する。
その瞬間。
機体が急旋回した。
ライフルが味方機へ向く。
『やめろ!なぜこちらにライフルを構える?』
『ロックオン!?ま、待て、撃つな!』
発砲。
ビームが直撃。
一機爆散。
続いてもう一機。
爆発。
火球が夜空を染める。
「やめろ!!」
ケンが叫ぶ。
「もういいだろ!」
【敵戦力残存】
「そういう意味じゃねぇ!」
ガンダムは聞かない。
ただ最適解を実行する。
それだけだった。
残った隊長機が後退する。
『化け物め……!』
撤退。
工業区画の向こうへ消えていく。
静寂。
ようやく追撃が途切れた。
「終わった……」
ケンが息を吐く。
ノンはモニターを見つめていた。
「終わってない」
「え?」
「次が来る」
即答だった。
「さっきの中隊もそう」
「……」
「ここまでやられて警備部隊は諦めないわよ」
その言葉に。
ケンも反論出来なかった。
実際。
また追撃が来るだろう。
それまでに出来るだけ早くコロニーを出なければならない。
「港へ向かいましょう」
ノンが言った。
だが。
「いや」
ケンは首を振った。
「そっちじゃない」
「は?」
「港は駄目だ」
「なんでよ」
「もう封鎖されてる」
ケンは地図を表示する。
「俺ならそうする」
「……」
「連合軍も馬鹿じゃない」
ノンは地図を見る。
確かに。
ガンダムが宇宙へ逃げるなら港が最有力だ。
当然真っ先に封鎖する。
「じゃあどうするの?」
ケンは少し考えた。
そして。
ある場所を指差す。
「ここ」
「ゴミ集積所?」
「そう」
ノンの顔が引き攣る。
「正気?」
「大真面目」
ケンは頷いた。
「このコロニーのゴミ処理は外部排出式」
「知ってるわ」
「なら話は早い」
ケンが笑う。
「俺達もゴミになる」
「は?」
「この機体見ろよ」
肩を叩く。
緑色の巨大装甲。
フレームが露出している脚。
テープだらけ。
ボルトだらけ。
「どう見てもジャンクだろ」
「ガンダムよ」
「今はゴミだ」
「ガンダムよ」
「ゴミだ」
「ガンダム!」
二人はしばらく睨み合った。
そして。
先に折れたのはノンだった。
「……続けて」
「ありがとう」
ケンは笑う。
「ゴミ排出口からスクラップに紛れて外へ出る」
「そんな事出来るの?」
「出来る」
ケンは自信満々だった。
「俺このコロニー育ちだから」
ガンダムが方向を変える。
目指すはゴミ集積区画。
巨大な廃棄施設。
工業コロニーならではの場所だった。
◇
数十分後。
二人は目的地へ到着する。
目の前には巨大なスクラップの山。
MSの腕。
装甲。
壊れた推進器。
ありとあらゆる廃棄物。
「うわぁ……」
ノンが引く。
「臭そう」
「宇宙だから臭わないぞ」
「そういう問題じゃない」
ケンは苦笑した。
その時。
警報が鳴る。
「来た!」
レーダー。
再びソリダス。
今度は五機。
「しつこい!」
ノンが叫ぶ。
「だから急ぐ!」
ケンはガンダムをスクラップの山へ潜り込ませる。
巨大なジャンクの塊。
その中へ。
ガンダムは姿を消した。
直後。
排出警告。
巨大ハッチが開く。
宇宙が見えた。
「行くぞ!」
「本当に!?」
「多分!」
「多分!?」
スクラップの雪崩。
吸い込まれる様な感覚。
ガンダムごと宇宙へ放り出される。
そして。
静寂。
無音。
宇宙だった。
スクラップの海を漂うガンダム。
スクラップの山と共に宇宙へ放り出されたガンダムは、姿勢制御スラスターを噴かしながら漂っていた。
その先。
巨大な白い艦影が見える。
流線型の艦首。
丸みを帯びた白い装甲。
軍艦でありながらどこか生物的なフォルム。
まるで白イルカだ。
「あれよ」
ノンがモニターを見ながら言う。
「あれがベルーガ」
「へぇ……」
ケンは思わず見入ってしまう。
工専の教材やニュース映像で軍艦を見ることはあった。
だが実物を見るのは初めてだった。
しかもこんな距離で。
「綺麗だな」
「でしょ?」
ノンが少しだけ嬉しそうに笑う。
その時。
通信アラートが鳴った。
モニターに回線接続の表示。
ノンが素早く通信を開く。
映し出されたのは壮年の男だった。
短く刈り込んだ白髪。
日に焼けた顔。
歴戦の軍人という雰囲気がある。
『お嬢!』
男の声が響く。
『ご無事で何よりですぜ!』
「グレアー!」
ノンが安堵したように息を吐く。
「ごめんなさい、結局ダメだったわ」
『心配したんですぜ、とりあえず無事でなによりですぜ』
男は苦笑した。
『連絡も取れないまま警察に追われてるなんて聞かされてみなさい』
「仕方なかったの!」
『でしょうな』
グレアーは頷く。
そして。
ふと眉をひそめた。
『ところでお嬢』
「なに?」
『なんでガンダムが起動してるんです?』
沈黙。
ノンが目を逸らした。
『なんでパイロット登録されてるんです?』
「……」
『なんでジャンク装甲付いてるんです?』
「……」
『なんでです?』
ノンが咳払いをした。
「説明すると長いの」
『長くても聞きます』
即答だった。
ノンが露骨に嫌そうな顔をする。
するとグレアーの視線がケンへ向いた。
『そちらの坊主は?』
ケンがビクッと肩を震わせる。
「あ……」
人見知りが発動した。
「えっと……」
『お嬢?』
「私も今日会った」
『は?』
「今日会ったの」
『初対面って事ですかい?』
「そうよ初対面」
グレアーが黙った。
数秒後。
深く息を吐く。
『とりあえず帰還してください』
「うん」
『あとお嬢』
「なに?」
『覚悟しておいてください』
「……」
『全員怒ってます』
通信が切れた。
「怒ってるって」
ケンが言う。
「そりゃ怒るでしょ」
ノンは諦めたように肩を落とした。
「私も怒られる」
「俺も?」
「むしろあんたが本命」
「えぇ……」
ケンの顔が引きつった。
◇
ベルーガ後部格納庫。
大型ハッチが開く。
ガンダムは誘導灯に従いゆっくりと内部へ進入した。
広い。
とにかく広い。
整備クレーン。
補給設備。
格納スペース。
軍艦というより移動基地に近い。
「すげぇ……」
「キョロキョロしない」
「いやでも……」
「田舎者みたいよ」
「俺工専生だし」
「意味分かんない」
ガンダムが着艦する。
固定アームが伸びる。
機体を拘束。
各部ロック。
ようやく停止した。
「終わった……」
ケンが大きく息を吐く。
すると。
ノンが振り返った。
「終わってない」
「だよな」
「これから」
「だよなぁ……」
ケンは頭を抱えた。
コックピットハッチが開く。
先にノンが飛び降りる。
その瞬間だった。
「お嬢!」
「ご無事で!」
「よかった!」
待機していたクルー達が一斉に駆け寄る。
心から安心した顔だった。
「心配かけたわね」
「本当ですぜ」
グレアーが苦笑する。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
そのやり取りを見ながら。
ケンは少し羨ましく思った。
自分にはああいう人達はいない。
そして。
ゆっくりとハシゴを降りる。
全員の視線が集まった。
空気が変わる。
さっきまでの温かさが消えた。
誰も笑っていない。
「あ……どうも」
ケンは小さく頭を下げた。
沈黙。
重い。
とてつもなく重い。
整備員達が顔を見合わせる。
クルー達も警戒を解かない。
メイド達でさえ困惑していた。
「誰だ?」
「一般人か?」
「なんでガンダムから出てきた?」
そんな声が聞こえる。
ケンは縮こまった。
ノンがため息を吐く。
「説明するわ」
「是非お願いします」
グレアーの声は穏やかだった。
だが目が笑っていない。
完全に軍人の顔だった。
「会議室を使いましょう」
◇
数十分後。
ベルーガ会議室。
グレアー。
副長。
整備長。
クルー代表。
メイド長。
そしてノン。
全員が揃っていた。
ケンだけが場違いだった。
居心地が悪い。
逃げたい。
「ではお嬢」
グレアーが口を開く。
「説明を」
ノンは大きく息を吐いた。
「まずガンダムを廃工場へ運び込んだわ」
全員頷く。
「その後食料調達に外に出て警官に職質されたの」
頷く。
「偽造IDだってバレて逃げたわ」
「え?あの偽造IDダメだったんですかい?」
ノンの言葉に困惑し頭を抱えるグレアー。
そんなグレアーを無視してノンは話を続ける。
「そしてなんとか警官を撒いて廃工場に戻ったわ」
頷く。
「そしたら彼がいて……」
ノンがケンを指差した。
沈黙。
全員がケンを見る。
ケンも困った顔をする。
「いや……」
言い訳したかった。
でも出来ない。
「いました……」
グレアーが頭を抱えた。
「なんで?」
「ガンダムが持ち込まれたって噂があって探してたらたまたま見つけて、これガンダムにして動画にしたらバズりそうだったので……」
さらに沈黙。
「それで…ジャンク装甲付けました」
誰も喋らない。
「でもって動画撮りました」
空気が凍る。
「ガンダム見つけましたって投稿しました」
整備長が顔を覆った。
メイド長が天井を見上げる。
グレアーだけが静かだった。
「坊主」
「はい」
「自分が何をしたか分かってるか?」
ケンは答えられなかった。
人を殺した。
それは分かる。
でも。
それ以上の事はまだ実感がない。
グレアーはそんなケンを見つめる。
「悪人じゃないのは分かる」
静かな声だった。
「だが結果だけ見れば、お前さんが戦争再開の引き金を引いた」
ケンの心臓が重くなる。
「忘れるな」
「……はい」
小さな返事。
それしか出来なかった。
ベルーガの会議室には重い沈黙だけが残っていた。