機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第40話「白い悪魔の片鱗」

 包囲は、もう逃げ道を探す方が難しいほどに狭まっていた。

 

 民間輸送船の保護と、停止した賊三機の確保に当たっていたコロニー国家連合軍のMSも、そちらの状況が落ち着くにつれて次々とこちらへ回ってくる。最初は数機だったはずのソリダスは、今では十機を超え、ダウトの周囲を大きく取り囲んでいた。

 

 一個中隊規模。

 

 ただ数が多いだけではない。

 

 正面から圧力を掛ける機体、側面へ回り込む機体、少し距離を取って射線を作る機体。誰かが前へ出れば、別の誰かが必ずその隙を埋める。ケンケンが一機へ意識を向けた瞬間には、もう別方向から次の動きが始まっていた。

 

 闇試合で戦った荒くれ者達とも、傭兵達とも違う。

 

 軍として訓練され、軍として動く相手。

 

 それが、これほど厄介だとは思っていなかった。

 

「右……いや、そっちにもいる!」

 

『ケンケン、上から二機!』

 

「分かってる!」

 

 ダウトを急降下させる。

 

 頭上を二機のソリダスが通り抜けた。ところが、その回避先には別の一機がすでに入り込んでいる。

 

「うわっ!」

 

 反射的にナックルガードシールドを前へ出した。

 

 激しい衝撃。

 

 ダウトが押し戻され、ケンケンの身体もシートへ強く叩きつけられる。すぐに機体を捻って離れたものの、今度は遠距離から飛んできた射撃が進路を横切った。

 

「ちょっと待ってって!」

 

『待つわけないでしょ!』

 

 赤ずきんの声が返る。

 

『相手はあなたを捕まえに来てるのよ!』

 

「分かってるけどさ!」

 

 言いながら、ケンケンは右前腕を前方の一機へ向けた。

 

 それだけでソリダスが大きく軌道を変える。

 

『右腕を向けた! ワイヤーに注意!』

 

「もうそれだけで避けるの!?」

 

 それでも撃つ。

 

 ワイヤーアンカーが伸び、逃げようとした機体の腰部装甲へ食い込んだ。

 

『ワイヤーを受けた!』

 

「よし……!」

 

 接続開始。

 

 直接触れた時ほど早くはない。

 

 だからこそ、少しでも長く繋いでいなければならない。

 

 ケンケンは捕らえた機体を視界に置きながら、周囲のソリダスにも注意を向ける。

 

 あと少し。

 

 もう少しだけ繋いでいられれば――。

 

『オービット4を援護!』

 

 その声とともに、一機のソリダスが急加速した。

 

 腰部から近接用のブレードを抜く。

 

 狙っているのはダウトではない。

 

 張り詰めたワイヤーだった。

 

「えっ!?」

 

『ケンケン!』

 

「見えてる!」

 

 ブレードを構えたソリダスが一気に距離を詰める。

 

 このままなら、捕らえた機体を止められるかもしれない。

 

 けれど。

 

 ワイヤーアンカーは一本しかない。

 

 切られれば、それで終わりだ。

 

「くそっ……!」

 

 停止寸前だった接続を諦め、ケンケンは自分からアンカーを解除した。

 

 ワイヤーが右前腕へ巻き戻される。

 

 次の瞬間、ソリダスのブレードがさっきまでワイヤーの張られていた空間を薙いだ。

 

「危なっ……!」

 

『正解よ。あれを失う方がまずいわ。』

 

「でも、もうちょっとだったのに……。」

 

 悔しがる暇もない。

 

 アンカーから解放されたソリダスが隊列へ戻り、別の機体がすぐにその穴を埋める。

 

『全機、ワイヤーを受けても慌てるな! 僚機が切断に入れ!』

 

『了解!』

 

「一回で共有するし……。」

 

 ケンケンは思わず顔を引きつらせた。

 

 一度見せた手は、その場ですぐ対策される。

 

 接触すれば止められると分かっているから、不用意に懐へも入ってこない。

 

 こちらが近付こうとすれば散開。

 

 距離を取ろうとすれば包囲を狭める。

 

 カストロカップを経験し、以前よりは多少ダウトを動かせるようになった。それでも正規軍の一個中隊を相手にすれば、その程度の成長など簡単に呑み込まれてしまう。

 

「これ……どうすればいいんだよ……。」

 

 口から漏れた声は、自分でも分かるほど弱かった。

 

 右から一機。

 

 左から二機。

 

 上方にも反応。

 

 後ろへ逃げれば、別のソリダスが待っている。

 

 照準警告がいくつも重なり、どれから見ればいいのか分からなくなってくる。

 

 そんな中。

 

『ガンダム。』

 

 低い声が通信へ割り込んだ。

 

 先ほどから何度か言葉を交わしていた兵士だった。

 

『覚えておけ。』

 

「え?」

 

『我々はコロニー国家連合軍、第206警邏中隊――オービットハンズだ。』

 

 ケンケンが一瞬だけ目を瞬かせる。

 

『この宙域の警邏、救難、航路保全を任されている。賊の相手も、遭難船の救助も、全部俺達の仕事だ。』

 

「……。」

 

『そして今は、お前とガンダムを確保するのも俺達の任務だ。』

 

 その声には、妙な誇張も威圧もなかった。

 

 ただ、自分達が何者なのかを当然のように名乗っている。

 

『オービットハンズ。覚えておけ、ガンダム。』

 

「……覚えます。」

 

 思わず返した。

 

 すると僅かな間のあと、兵士は続けた。

 

『それともう一つ。』

 

 ケンケンは次の攻撃を避けながら耳を傾ける。

 

『お前の理想は、立派なものだ。』

 

「……え?」

 

『戦争をしたくない。誰も殺したくない。話し合えるなら、その方がいい。俺だってそう思う。』

 

 言葉だけ聞けば、味方になってくれたようにも聞こえる。

 

 けれど。

 

 目の前のソリダスは武器を下ろしていない。

 

『だがな。軍というものは、一度動き出すと簡単には止められないぞ。』

 

 ケンケンの顔から、僅かに力が抜けた。

 

『一人の兵士が嫌だと言えば命令が消えるわけじゃない。艦が止まるわけでもない。部隊も、国も、そう簡単には止まらない。』

 

「……。」

 

『今、俺達に下っている命令は、お前とガンダムを確保することだ。』

 

「分かってます。」

 

『なら投降しろ。』

 

「それは無理です。」

 

『だろうな。』

 

 兵士の声に、ごく僅かに苦笑するような響きが混じった。

 

『なら、俺達も止まれん。』

 

 次の瞬間。

 

 オービットハンズが一斉に動いた。

 

『オービット2、正面!』

 

『オービット5、右から回れ!』

 

『オービット8、上を塞げ!』

 

『了解!』

 

 正面から三機。

 

 左右からさらに数機。

 

 残りは少し距離を取りながら、逃げ道を潰すように射線を重ねてくる。

 

「ちょっ……!」

 

『ケンケン、下!』

 

「下もいる!」

 

『じゃあ右!』

 

「右もいるって!」

 

『なら上!』

 

「上もいるよ!」

 

『どこにもいないじゃない!』

 

「だから困ってるんだよ!」

 

 叫びながら、ケンケンは必死にダウトを動かした。

 

 一機の腕をかわす。

 

 そこへ射撃。

 

 急停止。

 

 反対側から別の機体。

 

 シールドで受ける。

 

 衝撃。

 

 押し戻される。

 

 さらに照準警告。

 

「無理だって……!」

 

 呼吸が浅くなる。

 

 心臓が嫌なほど速い。

 

 操縦桿を握る指に力が入り、掌が汗で滑り始める。

 

 また一機が正面から迫った。

 

 逃げる。

 

 その先に二機。

 

「あ……。」

 

 どこへ行けばいい。

 

 ほんの一瞬。

 

 頭の中が真っ白になった。

 

 その時。

 

 いつもの警告音とは違う、短い電子音が響く。

 

 正面モニターの表示が切り替わった。

 

《PILOT VITAL CHECK》

 

《THREAT LEVEL:CRITICAL》

 

 ケンケンの表情が固まる。

 

 次に何が出るのか。

 

 見る前から分かっていた。

 

《ASSIST MODE》

 

「……またか。」

 

 さっきまでの焦った声とは、明らかに違っていた。

 

『ケンケン。』

 

 赤ずきんも、それ以上は何も聞かない。

 

「……うん。」

 

 ベルーガのクルー達は、これを知っている。

 

 ケンが自分で選んで使うものではないことも。

 

 追い詰められれば、ダウトが勝手に始めることも。

 

 そして今はLive配信中。

 

 外へ聞かせる必要のないことまで口に出す気はなかった。

 

 ケンケンは操縦桿を握り直した。

 

 握っても、どこまで意味があるのか分からない。

 

「……頼むから。」

 

 正面のソリダスが加速する。

 

「この人達、殺すなよ。」

 

 直後。

 

 ダウトが動いた。

 

「うわっ!?」

 

 身体が一気にシートへ押し付けられる。

 

 自分で操縦桿を倒した覚えはない。

 

 それまで逃げ場を探していたダウトが、今度は自ら包囲の中心へ飛び込んでいく。

 

『オービット3、前へ!』

 

『挟むぞ!』

 

 三機が同時に接近した。

 

 射撃も重なる。

 

 当たる。

 

 そう見えた。

 

 だが、ダウトは大きく逃げなかった。

 

 最初の弾丸が通る位置から、肩一つ分だけ外れる。

 

 次の射線が重なる前には、ほんの僅かな推進で位置を変えている。

 

 左右から挟み込もうとした二機の間へ入ったかと思えば、次の瞬間には片方の懐へ滑り込んでいた。

 

『なっ――』

 

 右手が胸部装甲へ触れる。

 

《SYSTEM ACCESS》

 

 その瞬間。

 

『オービット3!?』

 

 ソリダスから力が抜けた。

 

 火器。

 

 推進。

 

 機体制御。

 

 戦うために必要なものだけが、まとめて沈黙する。

 

 そして一機目が停止しきる前に、ダウトはもうそこを離れていた。

 

「ちょ、待って!」

 

 ケンケンの声とは無関係に、機体が次の相手へ向かう。

 

『散開しろ!』

 

『接触されるな!』

 

 オービット6が大きく距離を取る。

 

 だが、ダウトは追い掛けない。

 

 代わりに、逃げる先へ先回りする。

 

『なんでそこに――』

 

 左手が肩へ触れる。

 

《SYSTEM ACCESS》

 

『オービット6、機体制御不能!』

 

 二機目。

 

 停止。

 

『全機、距離を取れ!』

 

 それまでケンケンを苦しめ続けていた判断が、次々と飛ぶ。

 

 兵士達の反応は早い。

 

 けれど。

 

 ダウトはさらにその先へ行く。

 

 右前腕からワイヤーアンカーが飛び出した。

 

『ワイヤー!』

 

 狙われたオービット9は、見た瞬間に回避へ入った。

 

 ところがアンカーは、その機体がいた場所ではなく、避けた先へ飛んでいた。

 

『嘘だろ!?』

 

 腰部へ命中。

 

 ワイヤーが張る。

 

『オービット7、援護! 切断しろ!』

 

『了解!』

 

 オービット7が近接用ブレードを抜く。

 

 さっきと同じ対策。

 

 ケン自身なら。

 

 また切られる前にアンカーを解除するしかない。

 

「来る!」

 

 ケンケンが叫んだ。

 

 しかし、今度のダウトは解除しない。

 

 ワイヤーで繋いだオービット9を引きながら、逆にオービット7へ向かって加速した。

 

「え、そっち行くの!?」

 

『こっちへ来る!?』

 

 ブレードが振り下ろされる。

 

 その直前。

 

 ダウトはワイヤーを利用して軌道を変えた。

 

 刃が空を切る。

 

 そのままオービット7の懐へ。

 

 左手でブレードを持つ腕を押さえ、右手が肩へ触れる。

 

《SYSTEM ACCESS》

 

『しまっ――』

 

『オービット7停止!』

 

 三機目。

 

 その間もワイヤー接続は切れていない。

 

 ほんの少し遅れて、オービット9も動きを失った。

 

『オービット9も停止!』

 

『四機やられたぞ!』

 

『隊形を組み直せ!』

 

 残るソリダスが大きく散開する。

 

 今度は接近戦を諦めた。

 

『近付くな! 射撃で止めろ!』

 

 一斉射撃。

 

 四方から火線が走る。

 

 それでも。

 

 ダウトは当たらない。

 

 派手に宙返りするわけでも、無茶な加速で振り切るわけでもない。

 

 必要な分だけ動く。

 

 銃口がこちらへ向いた瞬間には、その先にいない。

 

 一機が照準を変えると、今度は別の味方が射線へ入り込む位置へ移動する。

 

『撃てない!』

 

『オービット5が射線に入る!』

 

『位置を変えろ!』

 

 部隊が動く。

 

 その前にダウトが動く。

 

 常に一手早い。

 

 いや。

 

 二手も三手も先を見ているようだった。

 

「……。」

 

 ケンケンは、ただモニターを見ていた。

 

 自分の手は操縦桿を握っている。

 

 けれど。

 

 操縦している感覚がほとんどない。

 

 次にどこへ向かうのかも、動き始めるまで分からない。

 

 一機の射撃をかわす。

 

 その反動で別の一機へ。

 

 触れる。

 

 停止。

 

 すぐ次。

 

 腕を掴む。

 

 停止。

 

 その機体を押し流す勢いで向きを変える。

 

 さらに一機。

 

《SYSTEM ACCESS》

 

『オービット2停止!』

 

『オービット5も制御不能!』

 

『オービット10、後退しろ!』

 

 通信が次々と重なる。

 

 数分前まで。

 

 十数機でガンダム一機を追い詰めていた部隊。

 

 今は。

 

 ガンダムが次にどの機体へ向かうのかを、兵士達の方が恐れている。

 

「俺……。」

 

 ケンケンの声が掠れた。

 

「何にもしてない……。」

 

『ケンケン。』

 

 赤ずきんが名前を呼ぶ。

 

「分かってる。」

 

 勝っている。

 

 圧倒している。

 

 なのに。

 

 ケンケンの顔からは、さっきまでとは違う意味で余裕が消えていった。

 

 見覚えがある。

 

 ずっと前。

 

 まだこのガンダムが何なのかも分からず、まともに動かすことすら出来なかった頃。

 

 自分の意思を無視して動いたダウト。

 

 追ってきたソリダスを、凄まじい速さで次々と倒していった。

 

 それだけではなかった。

 

 自分には何が起きているのか分からないまま。

 

 敵の機体そのものが壊れていった。

 

 自壊するように停止していった。

 

 あの時。

 

 ケンは何も出来なかった。

 

 中で見ているしかなかった。

 

「……もういいよ。」

 

 ダウトがまた次の機体へ向く。

 

「逃げられるだろ。」

 

 返事はない。

 

 残っているソリダスは、まだ武装している。

 

 まだこちらを捕獲しようとしている。

 

 ダウトにとっては、それだけで十分なのだろう。

 

「待って。」

 

 加速。

 

 接触。

 

 停止。

 

「もういいって。」

 

 次。

 

「この人達、敵じゃないんだよ!」

 

 ワイヤーアンカーが伸びる。

 

『オービット11、ワイヤーだ!』

 

『オービット12、切断援護!』

 

 オービット12がブレードを抜く。

 

 だが。

 

 もう同じ手は通じない。

 

 ダウトはワイヤーで捕らえた機体を大きく引き寄せながら、自らオービット12の間合いへ飛び込んだ。

 

 振り下ろされたブレードを最小限の動きでかわす。

 

 腕を掴む。

 

《SYSTEM ACCESS》

 

『オービット12停止!』

 

 続いて。

 

『オービット11も制御不能!』

 

「止めるだけでいいから……!」

 

 ケンケンの声が震え始める。

 

「壊すなよ。」

 

 さらに一機。

 

「殺すなよ……。」

 

 一機。

 

 また一機。

 

 爆発はない。

 

 装甲を切り裂くこともない。

 

 コックピットを狙うこともない。

 

 ただ、戦うために必要な機能だけを奪われ、ソリダス達が次々と宇宙空間へ沈黙していく。

 

 それが逆に不気味だった。

 

『……残存機、応答!』

 

『オービット1、生存!』

 

『こちらオービット4!』

 

 動ける機体は、もう僅かしか残っていなかった。

 

 そのうち一機。

 

 先ほどケンケンと話していた兵士が、再び通信を開く。

 

『……とんでもないな。』

 

 その声からは、もう先ほどまでの余裕が消えていた。

 

「もうやめてください!」

 

『出来ん。』

 

「これ以上やったって――」

 

『出来んと言っている!』

 

 短い言葉だった。

 

『俺達はオービットハンズだ。』

 

 ソリダスが武器を構える。

 

『救難信号を受ければ駆けつける。賊がいれば捕まえる。命令があれば遂行する。』

 

「……。」

 

『それが俺達の仕事だ。』

 

 ケンケンは何も言えなかった。

 

『最後までやる。』

 

「……そんな。」

 

『来い、ガンダム。』

 

「俺は行きたくないんだけど!」

 

 ダウトが加速した。

 

「ほらもう!」

 

 兵士が撃つ。

 

 一発。

 

 ダウトが僅かに身体をずらす。

 

 二発目。

 

 軌道を変える。

 

 三発目を撃つ頃には、距離がほとんど消えていた。

 

『……速いな。』

 

 ソリダスが近接用ブレードを抜く。

 

 振り下ろす。

 

 ダウトは上体を僅かに沈めただけでかわした。

 

 そのまま右手が胸部へ触れる。

 

《SYSTEM ACCESS》

 

『……。』

 

 機体から力が抜ける。

 

 通信だけが残る。

 

『これが……。』

 

 兵士はしばらく何も言わなかった。

 

 そして。

 

『これが、ガンダムか。』

 

 ケンケンは答えられなかった。

 

 周囲を見る。

 

 あちこちに、動きを失ったソリダスが漂っている。

 

 一機も爆発していない。

 

 一人も殺していない。

 

 それでも。

 

 一個中隊規模。

 

 第11警邏中隊オービットハンズのMS部隊が、たった一機のガンダムによってほぼ完全に戦闘能力を奪われていた。

 

 ほんの少し前まで。

 

 ケン自身では、逃げるだけでも精一杯だった相手。

 

 それが。

 

 この状態になった途端。

 

 何も出来なくなった。

 

「……そりゃ。」

 

 さっき兵士に言われた言葉が、頭の中に蘇る。

ガンダムは英雄でも希望でもない。

コロニー側にとっては、恐怖の象徴。

 今なら。

 

 ほんの少しだけ分かる気がした。

 

「怖いよな……。」

 

 他人事のようには言えなかった。

 

 自分だって怖い。

 

 自分が乗っているのに。

 

 自分が操縦しているはずなのに。

 

 自分では止められない。

 

「……もういいから。」

 

 周囲に動けるMSはほとんど残っていない。

 

 それでもケンケンは安心出来なかった。

 

 まだ警邏艦がいる。

 

 もし。

 

 ダウトがあの艦まで脅威と判断したら。

 

「頼むから。」

 

 操縦桿を握る手に、自然と力が入る。

 

「もう終わって。」

 

 数秒。

 

 その僅かな時間が、異様に長く感じられた。

 

 やがて。

 

《THREAT LEVEL:LOW》

 

《ASSIST MODE:STANDBY》

 

 表示が切り替わった。

 

 同時に、操縦桿へ自分の手が戻ってきたような感覚がある。

 

「……。」

 

 恐る恐る右へ倒す。

 

 ダウトが右へ動いた。

 

 少し戻す。

 

 止まる。

 

 今度は。

 

 自分の操作だ。

 

「……戻った。」

 

『ケンケン。』

 

「うん。」

 

『大丈夫?』

 

「……たぶん。」

 

『たぶんって何よ。』

 

「いや……。」

 

 ケンケンは、周囲に漂うソリダス達を見回した。

 

「だってさ……。」

 

 そこから先を言いかけて、口を閉じる。

 

 Live配信は、まだ続いている。

 

 ダウトの中で何が起きたのか。

 

 わざわざ外へ説明するつもりはない。

 

『ケンケン。警邏艦はまだ動いてるわ。』

 

「あ。」

 

『ぼーっとしてる場合じゃない。離脱して。』

 

「そうだった!」

 

 ほとんど同時に、警邏艦から通信が飛んでくる。

 

『ガンダム! その場から離れるな!』

 

「ごめんなさい、それは無理です!」

 

『機体を停止しろ!』

 

「それも無理です!」

 

 ケンケンはダウトを反転させた。

 

 今度こそ。

 

 自分の意思でスラスターを吹かす。

 

 少し離れた場所には、助けた輸送船。

 

 その周囲には確保された賊三機。

 

 そして。

 

 動けなくなったオービットハンズのソリダス達が残されている。

 

『追撃隊を――』

 

 警邏艦の命令が途中で止まる。

 

『艦長。』

 

『……どうした。』

 

『出せるMSがありません。』

 

 僅かな沈黙。

 

 ケンケンも思わず振り返った。

 

「……本当に全部止まってる。」

 

『今さら確認するの?』

 

「いや、分かってたけど……。」

 

 画面越しに見ると、余計に現実感がなかった。

 

 さっきまで自分を追い詰めていた部隊。

 

 今は一機も追ってこない。

 

 追ってこないのではない。

 

 追えない。

 

 その違いが、妙に重く感じられた。

 

 ダウトはそのまま警邏艦から距離を取り続ける。

 

 Live配信は切れていない。

 

 ケンケンは何度かカメラへ視線を向けたが、何を言えばいいのか分からなかった。

 

 勝った。

 

 そんな言葉は浮かばない。

 

 やがて、ぽつりと呟く。

 

「……赤ずきん。」

 

『何?』

 

「さっきさ。」

 

 一度だけ言葉を選ぶ。

 

「ガンダムが怖いって言われたじゃん。」

 

『ええ。』

 

「俺……あの時は、ちゃんと分かってなかったかも。」

 

 赤ずきんは急かさなかった。

 

「でも。」

 

 ケンケンは小さく息を吐く。

 

「今なら、ちょっと分かる。」

 

 それだけだった。

 

 それ以上は話さない。

 

 なぜダウトの動きが突然変わったのか。

 

 何が起きていたのか。

 

 その答えまで世界へ晒すつもりはなかった。

 

 けれど。

 

 Liveを見ていた者達にとっては、それだけでも十分だった。

 

 ほんの少し前まで。

 

 第206警邏中隊オービットハンズのソリダスに追い詰められ、逃げるだけで精一杯だったガンダム。

 

 その動きが。

 

 ある瞬間を境に変わった。

 

 そしてそこから先。

 

 一機も撃墜せず、一人も殺さず。

 

 それでも。

 

 正規軍一個中隊を、ほとんど一方的に戦闘不能へ追い込んだ。

 

 白い悪魔。

 

 かつてコロニー側の人々が、ガンダムという兵器へ抱いた恐怖。

 

 ケンケンは、その意味をまだすべて知っているわけではない。

 

 だがこの日。

 

 ガンダムダウトは、その片鱗だけを。

 

 Live配信を通して、世界へ見せてしまった。

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