機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第42話「地球へ」

 地球連邦政府の声明が終わってから、しばらく誰も口を開かなかった。

 

 ベルーガの会議室では、大型モニターだけがまだ点いたままになっている。会見映像はすでに終わり、画面の下では各報道局の速報が次々と流れていた。

 

 ――地球連邦、ガンダム開発凍結を正式解除。

 

 ――コロニー国家連合、連邦政府声明を精査。

 

 ――月周辺宙域、両軍艦隊に目立った動きなし。

 

 戦争はまだ始まっていない。

 

 それでも、ほんの数時間前までと同じ世界には見えなかった。

 

 ケンはテーブルの上に置いた端末と、正面のニュース画面を何度も見比べていた。

 

 先ほどまで自分達が行っていたLive。

 

 民間輸送船を助けたことも、第206警邏中隊オービットハンズとの戦闘も、すでに切り抜かれ、ニュースや討論番組で繰り返し使われている。

 

 その映像を材料の一つにして、地球連邦は「問題のガンダムは自分達が開発したものではない」と世界へ宣言した。

 

 そして最後には、今まで止めていたというガンダム開発を再開すると発表した。

 

「……消して。」

 

 ノンの声がした。

 

 いつものような強い口調ではなかったが、グレアーは何も言わずに映像を落とした。

 

 モニターが暗くなった途端、会議室の空気がさらに重くなったように感じる。

 

 ノンは俯いたまま、しばらく動かなかった。

 

「ガンダムなんて開発していなかった……。」

 

 やがて、ぽつりと声が落ちる。

 

「条約を守って、開発は凍結していた。」

 

 言葉を重ねるたびに、声の奥へ怒りが滲んでいく。

 

「……よく言えるわよね。」

 

 おやっさんが椅子の背にもたれながら、鼻で笑った。

 

「少なくとも、俺が触ってたモンは夢じゃなかったはずなんだがな。」

 

「そういう話じゃないでしょ。」

 

「分かってるよ。」

 

 おやっさんの顔からも笑いは消えていた。

 

 ケンは黙って二人を見る。

 

 ノン達は、地球連邦側で秘密裏に開発されていたガンダムを持ち出した。

 

 まだ正式な外装もない、XF-Gフレームだけの状態だった機体。

 

 それを人目につかない場所で解体し、戦争の火種になる前に消すつもりだった。

 

 その機体を、イベントリコロニーで偶然見つけてしまったのが自分だ。

 

 噂を聞き。

 

 探しに行き。

 

 ジャンクの外装を取り付け。

 

 そして――世界へ動画を出した。

 

「だったら……。」

 

 ノンが顔を上げた。

 

 その目を見た瞬間、ケンは何かを言い出すつもりだと分かった。

 

「私が話せばいい。」

 

「お嬢。」

 

 グレアーがすぐに反応した。

 

 しかしノンは構わず続ける。

 

「連邦がガンダムを作っていたことを。」

 

「私達がそれを持ち出したことを。」

 

「全部、世界に公表する。」

 

 ケンが目を見開く。

 

「ノン、それって……。」

 

「赤ずきんじゃなくて、本名で出る。」

 

 その言葉に、ジーナが僅かに身を固くした。

 

「お嬢様。」

 

「分かってるわ。」

 

 ノンはジーナを見ず、真っ直ぐグレアーを見ていた。

 

「私がカノン=フーガだって明かす。」

 

「地球連邦高官オルフェウス=フーガの娘だって。」

 

 ケンはその名前を聞きながら、黙っていた。

 

 ノンが地球連邦高官の娘であることも、その父親がガンダム開発に関わっていたと彼女達が考えていることも知っている。

 

 だが、それを本人が世界へ公表するという話は別だった。

 

 今までノンが顔も本名も隠してきたのは、自分だけのためではない。

 

 父親にも迷惑を掛けないためだった。

 

 その線を自分から越えると言っている。

 

「私が直接言えば、連邦の声明は通らない。」

 

 ノンは続けた。

 

「父が秘密裏にガンダム開発に関わっていたという情報を掴んだから、私はベルーガとガンダムを持ち出した。」

 

「戦争の火種になる前に、コロニーで解体しようとしていた。」

 

「それが今のダウト。」

 

 ノンの声が少し強くなる。

 

「そこまで話せば、『我々はガンダムなんて作っていませんでした』なんて言い逃れ出来ないでしょ。」

 

「……出来やすよ。」

 

 グレアーの返事は静かだった。

 

 ノンの表情が止まる。

 

「何ですって?」

 

「言い逃れは出来やす。」

 

 グレアーは椅子から立つと、暗くなっていたモニターを再び点けた。

 

 今度はニュースではない。

 

 地球連邦政府の組織図と、いくつかの官職名が表示される。

 

「お嬢が今、世界に向けて名乗り出たとしやしょう。」

 

「『父オルフェウス=フーガは、秘密裏にガンダムを開発していた』。」

 

「『自分はそれを知り、機体とベルーガを持ち出した』。」

 

 グレアーはそこで振り返った。

 

「連邦政府が認める必要が、どこにありやす?」

 

 ノンは答えなかった。

 

「『政府は把握していなかった』。」

 

 グレアーは淡々と続ける。

 

「『オルフェウス=フーガ准将個人が独断で進めていた計画だった』。」

 

「そう発表すればいいだけでやす。」

 

「そんな……。」

 

 ケンが思わず声を漏らした。

 

「そんなこと出来るの?」

 

「出来るか出来ないかじゃありやせん。」

 

 グレアーはケンを見る。

 

「そう言われた時、こちらにそれを否定するだけの材料があるか、って話でやす。」

 

 ケンの口が閉じる。

 

「ですが、私達は――」

 

 ジーナが何か言おうとしたが、グレアーは小さく首を振った。

 

「我々が知っているというだけじゃ弱い。」

 

「我々自身がベルーガとガンダムを持ち出した当事者でやす。」

 

「連邦から見れば、都合のいい証言をしている逃亡者、と扱うことも出来る。」

 

 ノンの目が険しくなる。

 

「じゃあ父一人に全部押し付けるっていうの?」

 

「可能性はあるでやしょう。」

 

「父は……!」

 

 声を荒らげかけたノンが、途中で言葉を止めた。

 

 グレアーの表情も僅かに曇る。

 

 長年、オルフェウスの副官として働いてきた男だった。

 

「御父上は、連邦内でも発言力のある方でやす。」

 

 グレアーの声が少しだけ低くなる。

 

「だからこそ、一度『独断だった』という形にされれば、影響は小さく済みやせん。」

 

「……。」

 

「お嬢が御父上を助けるつもりで話したことが、逆に父上を追い詰めることだってあり得る。」

 

 ノンは拳を握った。

 

「でも……。」

 

「それでも連邦の嘘を、そのままにしておけっていうの?」

 

「違いやす。」

 

 今度はグレアーもすぐに答えなかった。

 

 一度視線を落とし、それから別の画面を呼び出す。

 

 地球と月。

 

 その間を囲むように、複数の艦隊配置が表示された。

 

 月周辺に集結している、地球連邦軍とコロニー国家連合軍。

 

 少し離れているとはいえ、互いに相手を意識していることは配置だけでも分かる。

 

「もう一つありやす。」

 

 グレアーが言った。

 

「お嬢が公表しようとしている話が、本当なら。」

 

「……本当よ。」

 

「ええ。」

 

 ノンの強い返答を受け止めるように、グレアーは頷いた。

 

「だからこそ危ない。」

 

 ケンが画面を見る。

 

 しばらく考えてから、ようやく気付いた。

 

「……コロニー国家連合?」

 

「そうでやす。」

 

 グレアーは月周辺の艦隊を指した。

 

「今、コロニー国家連合が地球連邦を警戒している最大の理由の一つが、ガンダムでやす。」

 

「そこへ、お嬢が出ていく。」

 

「地球連邦高官の娘が、『連邦は本当に条約を破ってガンダムを開発していた』と証言する。」

 

 部屋の空気が変わった。

 

「コロニー国家連合の強硬派からすりゃ、こんなに都合のいい話はありやせん。」

 

「……攻撃する理由にされる。」

 

 ノンが呟いた。

 

「そうでやす。」

 

 グレアーは即答した。

 

「『我々の警戒は正しかった』。」

 

「『地球連邦は秘密裏に軍備を進め、我々を欺いていた』。」

 

「そう主張すれば、今月周辺にいる艦隊を前へ出す理由に出来やす。」

 

 ノンの目が揺れる。

 

「でも、私は戦争を始めたいわけじゃ――」

 

「分かってやす。」

 

 グレアーの声が、少しだけ柔らかくなった。

 

「だから止めてるんでやす。」

 

 その言葉に、ノンは何も返さなかった。

 

 グレアーもすぐには続けない。

 

 しばらくしてから、静かに言った。

 

「真実だからって、出せば必ず良い方向へ動くとは限りやせん。」

 

「今みたいな状況じゃ、真実そのものが武器になりやす。」

 

 ケンの胸に、その言葉が妙に重く残った。

 

 真実。

 

 嘘。

 

 全部を偽ったわけではない。

 

 本当のことの中から、自分に都合のいい部分だけを見せる。

 

 それだけでも、見る側に伝わる意味は変わってしまう。

 

 自分の最初の動画だってそうだった。

 

 フレームを見つけたのは本当。

 

 そこへ自分で外装を付けた。

 

 その肝心な部分を伏せて、「ガンダムを見つけました」と動画にした。

 

 そして世界は、自分が思ってもいなかった意味をそこへ付けた。

 

「……本当のこと言っても、駄目な時あるんだな。」

 

 ケンが呟く。

 

「駄目なんじゃねぇ。」

 

 おやっさんが腕を組んだまま言った。

 

「言う相手と、言う時と、出し方の問題だ。」

 

「……難しいなぁ。」

 

「簡単なら、こんなことになってねぇよ。」

 

 返す言葉もなかった。

 

 ノンは俯いたまま、自分の手を見つめている。

 

 自分の名前。

 

 父の名前。

 

 自分達が持ち出したガンダム。

 

 全部、自分の知っていることだ。

 

 それなのに、それを今公表することすら出来ない。

 

「……悔しい。」

 

 小さな声だった。

 

「自分のことなのに。」

 

 ジーナが心配そうにノンを見る。

 

 グレアーも、その言葉にはすぐ返さなかった。

 

「お嬢。」

 

 少しだけ間を置いてから、静かに呼ぶ。

 

「黙ってろって言ってるわけじゃありやせん。」

 

 ノンが顔を上げる。

 

「暴くなら、逃げ道を残さない形で暴くべきでやす。」

 

「向こうが誰か一人に責任を被せることも出来ない。」

 

「どちらかの軍が、自分達に都合よく利用することも出来ない。」

 

 グレアーはそこで言葉を止めた。

 

「そのくらいの材料を揃えてからでも遅くはありやせん。」

 

「……。」

 

 ノンは長く息を吐いた。

 

「分かった。」

 

 納得したというより、今は飲み込んだ。

 

 そんな返事だった。

 

「今は言わない。」

 

 グレアーの肩から、ほんの僅かに力が抜ける。

 

 ケンはそのやり取りを見ながら、ふとモニターに映る地球へ目を向けた。

 

「だったらさ。」

 

「何?」

 

 ノンが見る。

 

「地球に行かない?」

 

 今度は全員の視線がケンへ集まった。

 

「……地球?」

 

「うん。」

 

 自分で言い出しておきながら、少し緊張する。

 

 ケンはモニターの中の青い球体を指した。

 

「今まで、コロニーの人達の話は結構聞いたじゃん。」

 

「リボーンの人達もそうだし。」

 

「この前はオービットハンズの人達とも直接話した。」

 

 コロニー国家連合の人間にとって、ガンダムがどう見えているのか。

 

 昔の戦争を、今も終わっていないものとして捉えている人達がいること。

 

 軍人だからといって、全員が戦争を望んでいるわけではないこと。

 

 少しずつではあるが、以前より見えるものは増えた。

 

「でも俺、地球側の人のこと全然知らないんだよね。」

 

 ケンは続ける。

 

「ニュースで見るくらいで。」

 

「地球の人がコロニー国家連合のことどう思ってるのかも、ガンダムのことどう思ってるのかも。」

 

「連邦政府があんな声明出したけど、地球に住んでる人達も同じように考えてるのか、それも分かんない。」

 

 ノンは黙って聞いていた。

 

「だったら、直接聞いてみたい。」

 

 ケンは少し照れたように笑う。

 

「俺、地球行ったことないし。」

 

「最後の一言が本音じゃないでしょうね。」

 

「いや、それも結構大きいけど。」

 

「ケン。」

 

「ちゃんと取材もするって!」

 

 少しだけノンの表情が緩んだ。

 

 それでも、すぐに視線は地球へ戻る。

 

 父がいる場所。

 

 自分が生まれた側。

 

 そして今、世界に向かって嘘を発表した政府のある場所。

 

「……行く意味はあると思う。」

 

 ノンが静かに言った。

 

「私も、今の地球を見たい。」

 

 ケンが顔を上げる。

 

「政府の声明だけじゃなくて。」

 

「そこで暮らしてる人達が、今どう思ってるのか。」

 

「それに……。」

 

 ほんの少しだけ迷ってから、

 

「私達が知ってることが、本当に全部なのかも確かめたい。」

 

 そう付け加えた。

 

 グレアーは何も言わなかった。

 

 地球の表示を見つめたまま、ほんの僅かに目を細める。

 

「問題は、どう行くかだな。」

 

 おやっさんが現実的な話へ戻した。

 

 グレアーもすぐに端末へ手を伸ばし、月周辺を含む航路図へ切り替える。

 

「今の状況で月方面を抜けるのは論外でやす。」

 

 地図上には、両軍の艦隊が広く展開している。

 

「まだ撃ち合っちゃいやせんが、互いに睨み合ってる真ん中を、指名手配犯とガンダムを乗せたベルーガで通るなんて冗談にもならんでやす。」

 

「俺でもそれは嫌だな……。」

 

「坊主がまともなこと言ってやす。」

 

「俺ってそんな扱い?」

 

「普段の行動を振り返ってから聞いてくだせぇ。」

 

 グレアーは月から大きく離れた宙域へ別の線を引いた。

 

「迂回しやす。」

 

「地球外縁から入る。」

 

「民間航路そのものは、まだ完全には止まってやせん。」

 

「戦争は始まってやせんからね。」

 

 ノンが地図を見る。

 

「でも連邦軍の警戒は?」

 

「当然強くなってやす。」

 

 グレアーは即答する。

 

「地球へ近付けば、連邦軍の監視網から完全に逃げるのは難しい。」

 

「ベルーガは大型艦でやすし、こっちには坊主とダウトもいる。」

 

「見つかれば止められる可能性は高いでやしょう。」

 

 ケンの顔が引きつる。

 

「やっぱ危ないじゃん。」

 

「安全に行けるなんて誰も言ってやせん。」

 

「帰れなくなったりは?」

 

 ノンの問いに、おやっさんが答えた。

 

「そこは心配すんな。」

 

 テーブルの上へベルーガの簡易図面を呼び出し、艦後部を指す。

 

「この艦にはハイパーブースターがある。」

 

「地球へ降りた後でも、ベルーガ単独で宇宙へ戻れる。」

 

「おお……。」

 

 ケンが思わず身を乗り出す。

 

「ベルーガって大気圏突入も出来るんだ。」

 

「当たり前だ。」

 

「大型艦すげぇ……。」

 

「今さら何言ってんだお前。」

 

 そこでケンがふと、別のことに気付いた。

 

「じゃあダウトは?」

 

 おやっさんの表情が変わる。

 

「……何がだ。」

 

「大気圏突入。」

 

「ベルーガが出来るなら、ダウトも出来たりする?」

 

 何気なく聞いたつもりだった。

 

 だが、おやっさんはすぐには答えなかった。

 

 その反応を見て、ケンの笑顔が少しずつ消える。

 

「……出来ないの?」

 

「本来なら出来る。」

 

「じゃあ出来るんじゃん。」

 

「だから最後まで聞け。」

 

 おやっさんは少し面倒そうに頭を掻いた。

 

「元々のGDM-03は、大気圏突入まで想定された機体だ。」

 

「XF-Gフレーム自体も、それに耐えられるよう設計されてる。」

 

「ほら!」

 

「お前のダウトが元のGDM-03のままならな。」

 

「あ。」

 

 ようやくケンも言いたいことに気付いた。

 

 おやっさんは椅子から立つと、会議室の壁にダウトの現在の機体図を出した。

 

 今では左右のバランスも整い、最初にケンが組み上げた頃とは比べものにならないほどMSらしい姿になっている。

 

 それでも。

 

 中身と外側は、別の出自を持っている。

 

「コイツのフレームは本物だ。」

 

 おやっさんが言う。

 

「だが外装は違う。」

 

「最初はお前がジャンク屋から集めたパーツをくっ付けた。」

 

「その後、俺達が何度も手を入れちゃいるが、本来GDM-03に付くはずだった装甲じゃねぇ。」

 

「……そんなに違う?」

 

「宇宙で戦えることと、大気圏突入に耐えられることは別だ。」

 

 おやっさんの声から軽さが消えた。

 

「突入時は、外側がとんでもねぇ熱に晒される。」

 

「装甲材だけじゃない。接合部も、姿勢も、熱の逃がし方も関係する。」

 

 ケンは機体図を見つめる。

 

「フレームが耐えても?」

 

「外側が先に駄目になる可能性はある。」

 

「装甲が剥がれるだけで済む保証もねぇ。」

 

 そこで、おやっさんはケンを見た。

 

「本来のガンダムなら出来る。」

 

「だが、今のお前のダウトで出来るかは分からん。」

 

「やってみなきゃ分からない、ってこと?」

 

「そういう時に試してみようとするな。」

 

「まだ何も言ってないよ!」

 

「顔に書いてある。」

 

「書いてない!」

 

 おやっさんはケンの反論を無視する。

 

「地球へ降りる時、ダウトを出すことがあったとしても、必ず突入前にベルーガへ戻れ。」

 

「単機で降りようなんて考えるな。」

 

「分かったよ。」

 

「本当に分かったか?」

 

「分かったって!」

 

「お前の『分かった』は信用出来ん。」

 

「ひどくない!?」

 

 横でノンが小さく頷いた。

 

「私もそう思う。」

 

「なんでノンまで!?」

 

「今まで何回無茶したと思ってるの。」

 

「好きでしてるわけじゃないんだけどなぁ……。」

 

 ケンが肩を落とす。

 

 そのやり取りに、おやっさんが鼻で笑い、ジーナの表情もほんの少しだけ和らいだ。

 

 重かった会議室の空気が、ようやく少し緩む。

 

 グレアーはそんな一同を横目で見ながら、地球への航路を確定させていった。

 

「月周辺は避ける。」

 

「出来る限り軍の警戒が薄い外縁から地球へ接近。」

 

「そこから降下コースへ入りやす。」

 

 ノンが頷く。

 

「それで行きましょう。」

 

「決まりでやすね。」

 

 ケンは再びモニターの中の地球へ目を向けた。

 

 映像では何度も見たことがある。

 

 学校でも習った。

 

 ニュースにも毎日のように映る。

 

 けれど、自分がそこへ行くと決まった途端、今までとはまるで違うものに見えた。

 

 海。

 

 雲。

 

 大陸。

 

 どこにもコロニーの壁がない。

 

 その向こう側に、地球で暮らす人達がいる。

 

 自分達のLiveを見た人も。

 

 コロニー国家連合を怖がっている人も。

 

 ガンダムを英雄だと思っている人もいるかもしれない。

 

 そして。

 

 その人達が何を考えているのか、ケンはまだ何も知らない。

 

「……地球かぁ。」

 

 無意識に声が漏れた。

 

 ノンが隣から見る。

 

「そんなに楽しみ?」

 

「楽しみっていうか……変な感じ。」

 

「何が?」

 

「今まで地球って、画面の中にある場所だったから。」

 

 ケンは少し考え、青い星を指差す。

 

「そこに本当に自分が立つって、まだ想像出来ない。」

 

 ノンは一瞬だけ意外そうな顔をした。

 

 すぐに小さく笑う。

 

「立てるといいわね。」

 

「何その言い方。」

 

「地球の重力、甘く見ない方がいいわよ。」

 

「え?」

 

「行けば分かる。」

 

「またそれ!?」

 

 ノンはそれ以上教えなかった。

 

 ケンが文句を言っている間にも、ベルーガの進路は少しずつ変わり始めていた。

 

 月から離れ。

 

 両軍の艦隊が睨み合う宙域を避け。

 

 青い星へ向かって。

 

 ケンは、まだ知らなかった。

 

 本物の重力がどんなものなのか。

 

 本物の空がどれほど広いのか。

 

 そして、その地球へ辿り着くまでが、決して簡単な道ではないということも。

 

 ただ今は。

 

 遠くに浮かぶ地球を見ながら、一つだけはっきりと思っていた。

 

 今度は、自分の目で見たい。

 

 そこにいる人達の声を、自分の耳で聞きたい。

 

 ベルーガはゆっくりと艦首を巡らせ、地球へ向けて進み始めた。

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