機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
大気圏突入を生き延び、どうにか地上へ降り立った二機のMS。
そのうち、ガンダムダウトは傷だらけながらも、まだ辛うじて機体としての形を保っていた。
対して。
スコルのブルーガは、もはやまともな兵器とは呼び難い有様だった。
装甲の大半は赤熱の名残を残したまま黒く焼け焦げ、ところどころ表面が剥離している。関節部には熱で歪んだ跡があり、姿勢制御用の噴射口も何ヶ所か潰れていた。
そして着地時の衝撃で、左脚は完全に折れている。
膝下から不自然な方向へ曲がった脚部が草地へめり込み、機体全体も大きく傾いたまま停止していた。
「……ひでぇな。」
スコルはブルーガを見上げながら、しばらく黙っていた。
それから機体脇の非常用操作部へ手を伸ばし、試しに起動信号を送る。
反応はない。
もう一度。
何も返ってこない。
「……。」
スコルは眉をひそめた。
そして。
「うんともすんとも言わねぇじゃねぇか。」
苛立たしげに、焼け焦げた脚部装甲を蹴る。
鈍い金属音だけが返ってきた。
「完全に鉄屑だな、こりゃ。」
少し離れた場所から、ケンがダウトにもたれながら言う。
「でも生きて降りられたじゃん。」
「あぁ?」
「ダウトが頑張ったから。」
「テメェじゃなくてガンダムかよ。」
「俺もちょっとは頑張ったよ!」
「ちょっとかよ!」
スコルが振り返る。
ケンは笑いながらも、改めてブルーガを見る。
こうして地上で見ると、大気圏突入の苛烈さがよく分かる。
ダウトがアシストモードで姿勢制御し、さらにブルーガのシステムへ接続して二機まとめて制御したからこそ、生きてここまで来られた。
それがなければ。
ブルーガは間違いなく途中で姿勢を崩し、そのまま燃え尽きていただろう。
スコルもそれは分かっている。
「……よくまあ、こんな状態で降りられたもんだ。」
「でしょ?」
「調子乗んな。」
「なんでだよ。」
「テメェが全部やったみたいな顔してんじゃねぇ。」
「いや俺のガンダムだし!」
「ガンダムが凄ぇんだろ!」
「そこ分ける必要ある!?」
草原に二人の声が響く。
そのやり取りが、少し前まで宇宙で敵同士として戦っていた二人のものとは思えない。
だが。
現実はすぐに戻ってきた。
スコルが焼けたブルーガを見上げる。
「こいつがこの有様じゃ、もう動かしようがねぇ。」
「連邦軍に連絡は?」
「無理だな。」
スコルは即答した。
「通信系も死んでる。そもそも母艦は宇宙だ。」
「あ……。」
「この状態で届くわけねぇだろ。」
「そっか。」
「今さら気付いたのかよ。」
「いや、なんとなく。」
「なんとなくで戦争のど真ん中生きてんじゃねぇ。」
「俺だって好きでこうなってるわけじゃないって!」
ケンが抗議する。
その時だった。
ダウト側の通信機から、かすかなノイズが漏れる。
「……ん?」
ケンが顔を上げた。
もう一度。
不安定な音。
そして。
『……坊……聞こ……やすか……』
「グレアー!?」
ケンはすぐにダウトへ駆け寄る。
コックピットまでは上がらず、外部端末から回線を拾う。
「聞こえる! グレアー、聞こえてる!」
ノイズの向こうで、声が少しずつ鮮明になる。
『坊主! 無事でやしたか!』
「無事! 一応!」
『一応って何でやすか!』
「ダウトはボロボロだけど、俺は平気!」
間髪入れず、別の声が割り込んできた。
『ケン!』
「ノン!」
『本当に大丈夫なの!?』
「大丈夫!」
『怪我は?』
「ない!」
『本当に?』
「本当!」
少しだけ間が空いた。
その沈黙だけで、ノンがどれだけ安心したのかが伝わってきた。
『……そう。』
声がほんの少し柔らかくなる。
『よかった。』
ケンは小さく笑った。
「そっちは?」
『ベルーガは大丈夫。最低限の点検も終わってる。』
グレアーの声が戻る。
『ダウトの識別信号も拾えやした。そっちへ向かいやす。』
「来れるの?」
『今なら問題ありやせん。少し待っててくだせぇ。』
「分かった。」
そこでケンが横を見る。
スコルは腕を組みながら聞いていた。
「あのさ。」
『なんでやす?』
「もう一人いるんだけど。」
『分かってやす。』
グレアーが少し苦笑したような声を出す。
『ブルーガのパイロットでやしょう?』
「うん。」
スコルが外部通信に割って入る。
「生きてるぞ。」
『そいつぁ何よりでやすね。』
「軽いな。」
『重く言った方がいいでやすか?』
「別にいらねぇ。」
今度はノンが口を開く。
『兄さんの部下なんでしょ?』
「あぁ。」
『だったら置いていけないわ。』
「……。」
スコルが少しだけ黙る。
「好きにしろ。」
ぶっきらぼうな返事。
だが。
拒否ではなかった。
◇
しばらくして。
遠くから低い轟音が近付いてきた。
ケンが空を見上げる。
「来た。」
雲の向こう。
ベルーガがゆっくりと姿を現す。
大気圏突入後の艦体には、まだ熱の名残があった。
それでも。
ケンにとっては、いつものベルーガだった。
「ベルーガ!」
思わず手を振る。
横でスコルが呆れたように言う。
「見えてねぇだろ。」
「気分だよ!」
「子供か。」
「スコルさんより若いから子供でいいよ!」
「開き直んな。」
ベルーガは二機の近くへ降下し、慎重に着陸していく。
草が風圧で大きく倒れ、土煙が巻き上がる。
後部ハッチが開く。
整備員達が飛び出してきた。
まずはダウト。
続いて。
もはや自力では一歩も動けないブルーガへ牽引ワイヤーが掛けられる。
スコルはその様子を少し離れて見ていた。
「……。」
ケンが隣へ来る。
「どうしたの?」
「いや。」
スコルはベルーガを見上げる。
「本当に連邦艦なんだな。」
「そうだよ。」
「なのに中にガンダム乗ってて、准将の娘もいて、指名手配犯までいる。」
「言い方。」
「どう考えてもおかしいだろ。」
「まあ……。」
ケンも否定出来なかった。
◇
ベルーガへ収容されたスコルは、すぐに武装解除を受けた。
携帯火器。
予備弾倉。
認証キー。
軍用端末。
残っていた装備を一つずつ預けていく。
「……まあ、そっちからすりゃ当然か。」
「理解が早くて助かりやす。」
グレアーが言う。
「捕虜扱いするつもりはありやせんが、さすがに自由に歩き回ってもらうわけにもいきやせん。」
「監視付きってことか。」
「そうでやす。」
「微妙な立場だな。」
「客人ということで。」
「武器取り上げられて監視付いた客人な。」
「細かいことは気にしないでくだせぇ。」
「気にするだろ普通。」
スコルが肩をすくめた、その時。
ブリッジへノンが入ってくる。
スコルの目が細くなった。
「……アンタがカノン=フーガか。」
ノンの足が止まる。
「そうだけど。」
「隊長をあんだけ振り回しといて、随分呑気なもんだな。」
空気が変わった。
ケンが横を見る。
「スコルさん、それ多分言わない方が――」
「だってそうだろ。」
スコルはノンへ向き直る。
「隊長がどれだけ心配してたと思ってんだ。何も言わずにいなくなって、やっと見つかったと思ったらガンダムと一緒で――」
「あなたに言われる筋合いないわ。」
ノンも引かない。
「あるだろ。」
「ない。」
「俺は隊長の部下だぞ。」
「だから?」
「だから――」
一歩。
スコルが距離を詰めた。
次の瞬間だった。
「ぐっ!?」
世界が反転した。
気付いた時には、スコルの腕は背中側へ捻り上げられ、床へ押さえ付けられていた。
「な、なんだ!?」
背後。
ジーナ。
表情一つ変えず、スコルを完全に制圧している。
「お嬢様への無礼はお控えください。」
「ちょ、待て! なんでメイドがこんな強ぇんだよ!」
「メイドの嗜みです。」
「どんな嗜みだ!」
ケンが思わず声を上げる。
「メイド長、それ普通のメイドの範囲なの!?」
「必要な範囲です。」
「必要!?」
グレアーが苦笑する。
「スコルさん。」
「なんだよ!」
「メイド長に喧嘩売るのはおすすめしやせんよ。」
「先に言え!」
「聞かれやせんでしたから。」
「クソッ……。」
スコルは身体を起こそうとする。
動かない。
「……マジで強ぇ。」
ようやくジーナが手を離す。
「失礼致しました。」
「失礼の威力じゃねぇだろ……。」
「ただし。」
ジーナが静かに見下ろす。
「次はございません。」
「……はい。」
ケンが目を丸くした。
「めっちゃ素直になった。」
「うるせぇ。」
◇
少しして。
スコルはブリッジの一角に座っていた。
近くにはジーナ。
それだけで、さっきまでより明らかに大人しい。
ただ。
疑問だけは消えていなかった。
むしろ。
目の前のものを一つずつ見れば見るほど、矛盾が増えていく。
「……連邦軍人と。」
グレアーを見る。
「偉いさんの娘。」
ノンを見る。
「連邦艦の中にガンダム。」
そして。
「政府が発表した内容、出鱈目じゃねぇか?」
ブリッジが静かになる。
スコルはそのまま続けた。
「で。」
少し身を乗り出す。
「おたくらが何してんのかは、説明してくれんのか?」
グレアーがノンを見る。
「そちら次第でやすね。」
「俺次第?」
「聞いた後、どうするかって意味でやす。」
スコルが眉をひそめる。
「なんだそりゃ。」
「説明してもいいわ。」
ノンが口を開く。
「それで決めなさい。」
「……。」
スコルは少し黙った。
「分かった。」
ノンは一度息を整えた。
「私は以前、父が秘密裏にガンダムを開発しているという情報を掴んだの。」
スコルの眉が跳ねる。
「オルフェウス准将が?」
「そう。」
「……マジかよ。」
「少なくとも、私はそう知った。」
グレアーは何も言わない。
表情も崩さない。
ノンは続けた。
「ガンダムが存在すれば、また戦争の火種になると思った。」
「だから?」
「消そうとしたの。」
「……は?」
「戦争が始まる前に。」
スコルの顔から、少しずつ余裕がなくなる。
「グレアー達と一緒にベルーガを持ち出して、開発途中だったガンダムのフレームも奪った。」
「待て待て。」
スコルが片手を上げる。
「さらっと言ってるけど、それ普通に軍事資産の強奪だろ。」
「分かってる。」
「分かってやったのかよ。」
「戦争になるよりマシだと思った。」
スコルは頭を抱えた。
「続き、聞く?」
「ここまで来たら聞くしかねぇだろ……。」
「イベントリコロニーで、人目につかないようにフレームを破壊するつもりだった。」
「だった?」
ノンがケンを見る。
スコルもつられて視線を向けた。
ケンが気まずそうに笑う。
「……俺が見つけました。」
「は?」
「フレーム。」
「……。」
「それで。」
声が少し小さくなる。
「ジャンクの外装付けて。」
「……。」
「ガンダム見つけましたって動画にしました。」
数秒。
スコルは完全に固まった。
「……おい。」
「はい。」
「それが、今の騒ぎの始まり?」
「……だいたい。」
「だいたいじゃねぇ!」
スコルが頭を抱える。
「おいおい、マジかよ……。」
「だから俺もなんでこうなったのか……。」
「一兵士が関わる案件じゃねぇぞ……。」
理解が追いつかない。
准将の娘。
准将の副官。
極秘開発されたガンダム。
軍艦強奪。
そして。
そのガンダムを偶然見つけ、動画にした少年。
世界が戦争寸前まで傾いた理由の一端が、今目の前で繋がってしまった。
スコルは両手で顔を覆う。
「……頭痛ぇ。」
「俺も最初そうだった。」
「テメェは原因側だろ!」
「そうなんだけど!」
ノンがスコルを見る。
「ここまで聞いて、どう思う?」
「どうって……。」
「私達は戦争を止めるために、これからも活動するわ。」
声は真っ直ぐだった。
「あなたはどうするの? スコル。」
スコルの表情が止まる。
「……。」
すぐには答えられない。
これまで軍人として信じてきたもの。
政府の発表。
目の前で聞かされた話。
何が正しいのか。
今この瞬間に決められるほど、簡単な話ではない。
「……ワリィ。」
ようやく口を開く。
「少し考えさせてくれ。」
ノンは黙って聞く。
「正直、分からねぇよ。」
スコルは俯く。
「お前らの話が全部本当なのかも、今すぐには判断出来ねぇ。」
「うん。」
「でも。」
顔を上げる。
「とりあえず、暴れたり、勝手に連絡したりはしねぇ。」
そう言って立ち上がる。
腰へ手を伸ばし、まだ身につけていた個人装備を外していく。
予備端末。
認証キー。
その他の携行品。
一つずつ。
テーブルへ置く。
「考える時間をくれ。」
グレアーが少しだけ目を細めた。
「分かりやした。」
ノンも頷く。
「それでいいわ。」
スコルは大きく息を吐いた。
そして。
「……ワリィんだけど。」
「何?」
「着替えねぇか?」
ノンが目を瞬く。
「着替え?」
「さすがにこのノーマルスーツ、もう脱ぎてぇ。」
宇宙での戦闘。
そのまま大気圏突入。
地上への緊急着陸。
全部このまま。
「汗だくだし、熱いし、もう限界だ。」
グレアーが笑った。
「一応ここも連邦艦なんで、制服なら沢山ありやすよ。」
「マジか。」
「メイド長。」
ジーナが静かに振り向く。
「スコルさんを案内お願い出来やすか?」
「承りました。」
ジーナがスコルを見る。
「こちらです。」
スコルの身体が一瞬だけ固まった。
さっき自分を一瞬で床へ伏せた相手。
「……あぁ。」
立ち上がる。
「よろしくお願いします。」
ケンが吹き出した。
「急に敬語。」
「うるせぇ。」
ジーナが振り返る。
「何か?」
スコルは即座に姿勢を正した。
「いえ。何でもありません。」
ケンがさらに笑う。
「めちゃくちゃ怖がってるじゃん。」
「後で覚えてろよ、クソガキ。」
「スコルさん怖ーい。」
「テメェ……。」
「スコル様。」
ジーナが静かに呼ぶ。
「はい。」
「こちらです。」
「はい。」
完全に大人しくなったスコルが、ジーナの後についてブリッジを出ていく。
ケンはその背中を見送りながら、思わず笑った。
「……面白い人だな。」
「あなたと相性いいんじゃない?」
ノンが言う。
「えぇ?」
「似た者同士。」
「どこが!?」
ベルーガのブリッジに、少しだけ穏やかな空気が戻る。
ただ。
テーブルの上には、スコルが自ら置いた装備が残っていた。
彼がこれから何を選ぶのか。
まだ誰にも分からない。
それでも。
少なくとも今。
地球へ降りたベルーガには。
一人の連邦兵が、自分の意思で武器を置いて乗っていた