機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第五話  「始まる戦争」

 

 ベルーガ会議室。

 

 重苦しい空気が部屋を支配していた。

 

 ケンは椅子に座っていた。

 

 いや。

 

 座らされていたと言った方が正しい。

 

 グレアー。

 

 整備長。

 

 メイド長。

 

 ベルーガの主要クルー達。

 

 全員の視線が集まっている。

 

 逃げ出したかった。

 

 今すぐ。

 

 出来るなら。

 

 会議室の隅で小さくなっていたい。

 

「坊主」

 

 グレアーが口を開く。

 

「まずは見ろ」

 

 そう言うとモニターを起動した。

 

 映像が流れ始める。

 

 ケンは最初何の映像か理解出来なかった。

 

 だが。

 

 すぐに気付く。

 

 先程の戦闘だった。

 

 コロニー内。

 

 ガンダム。

 

 ソリダス隊。

 

 全てが映っている。

 

「……」

 

 ケンの喉が鳴る。

 

 自分が戦った映像だった。

 

 いや。

 

 戦ったというより。

 

 巻き込まれた映像。

 

 そう思いたかった。

 

 だが。

 

 モニターは容赦してくれない。

 

 ガンダムがソリダスへ接触する。

 

 ハッキング。

 

 敵機の制御を奪う。

 

 味方へライフルを向ける。

 

『やめろ!』

 

『撃つな!』

 

『制御が――』

 

 爆発。

 

 ソリダスが吹き飛ぶ。

 

 続いて別の機体。

 

 また爆発。

 

 断末魔。

 

 悲鳴。

 

 通信記録。

 

 全てが鮮明だった。

 

「うっ……」

 

 吐き気が込み上げる。

 

 頭が揺れる。

 

 呼吸が苦しい。

 

 先程までは必死だった。

 

 生き残る事に。

 

 逃げる事に。

 

 だが。

 

 今は違う。

 

 映像として見せられる。

 

 現実として突き付けられる。

 

 自分が殺した。

 

 確かに。

 

 あの中には人がいた。

 

 家族がいた。

 

 友人がいた。

 

 人生があった。

 

 それを。

 

 自分が。

 

「……」

 

 ケンは俯いた。

 

 見ていられなかった。

 

 その瞬間。

 

 ガシッ。

 

 強い力で顎を掴まれる。

 

「え……」

 

 顔を上げさせられる。

 

 目の前にはグレアー。

 

 険しい表情だった。

 

「目を逸らすな」

 

 低い声。

 

 会議室の空気が張り詰める。

 

「お前がやった事だ」

 

 ケンの肩が震える。

 

「しっかり見届けろ」

 

 無理矢理モニターへ向けられる視線。

 

 涙が滲む。

 

 嫌だ。

 

 見たくない。

 

 でも。

 

 目を閉じる事は許されなかった。

 

 グレアーはしばらくケンを見つめる。

 

 そして。

 

 少しだけ表情を緩めた。

 

「泣くな」

 

 静かな声だった。

 

「お前はそんなつもりじゃなかったんだろう」

 

「……」

 

「だがな」

 

 グレアーは続ける。

 

「やっちまった行動には責任が付いて回る」

 

 その言葉は重かった。

 

「どんな理由があろうとな」

 

 そう言って手を離した。

 

 ケンは何も言えなかった。

 

 ただ。

 

 モニターを見る。

 

 流れ続ける映像を。

 

 見続けるしかなかった。

 

 やがて映像が切り替わる。

 

 ニュース番組だった。

 

 見覚えのあるスタジオ。

 

 キャスターが神妙な顔をしている。

 

『先程コロニー国家連合軍より緊急声明が発表されました』

 

 画面が切り替わる。

 

 演台。

 

 軍服姿の男。

 

 鋭い眼光。

 

 歴戦の軍人。

 

 ミャグマール=ゾルボ中将。

 

『コロニーに住む全ての同胞達諸君』

 

 演説が始まる。

 

『今放送された映像を見ただろうか?』

 

 ケンの背筋に冷たいものが走る。

 

『前大戦の傷もまだ癒えぬ時に、あちらから結んだ休戦協定を地球連邦は卑怯にも破った!』

 

 会議室の誰も口を挟まない。

 

 ただ聞いている。

 

『それも前大戦で我らを苦しめ、数多の同胞を屠った悪魔の兵器ガンダムをコロニーに送り込む事によってだ!』

 

 ガンダム。

 

 その単語が重い。

 

『協定により自ら開発を禁止にしたガンダムをだ!』

 

 中将の声が響く。

 

『一人の勇気ある配信者によるリークでこの事実が発覚したが』

 

 ケンの身体が固まる。

 

『これは決して許される事ではない!』

 

 画面越しでも伝わる熱量。

 

『これは地球連邦からの宣戦布告である!』

 

 会議室の空気が更に重くなる。

 

『我々コロニー連合軍は断固戦う事を宣言する!』

 

 ケンは動けない。

 

『コロニー国家諸国の同胞達諸君!』

 

『不安に思う事もあるだろう!』

 

『もう二度とコロニーを焼かせる事はない!』

 

『我々は地球に侵攻し、この無益な戦争を早期に終わらせる!』

 

『これはコロニー国家諸国を守る為の戦いだ!』

 

『皆一丸となりこの危機を乗り越えようぞ!』

 

 演説終了。

 

 ニュースへ戻る。

 

『コロニー国家連合軍ミャグマール=ゾルボ中将の演説でした』

 

 コメンテーターが何かを話している。

 

 軍事評論家もいる。

 

 だが。

 

 ケンの耳には入ってこない。

 

 ソリダスの断末魔。

 

 戦争。

 

 ガンダム。

 

 自分の動画。

 

 それら全てが頭の中を回り続けていた。

 

 自分が。

 

 戦争を始めた。

 

 そんな言葉が脳裏から離れない。

 

「艦長よぉ」

 

 整備長の声だった。

 

「ちっと厳し過ぎやしませんかね」

 

 ケンが顔を上げる。

 

 整備長は腕を組んでいた。

 

「ただのガキだ、目回してやがる」

 

 グレアーは答えない。

 

「戦争始めようなんて思ってた訳じゃねぇんだろ?」

 

「……」

 

「違うか坊主」

 

 ケンは唇を噛む。

 

「俺……」

 

 声が震える。

 

「俺はただ……」

 

 言葉が続かない。

 

 登録者を増やしたかった。

 

 バズりたかった。

 

 コハルと話すきっかけが欲しかった。

 

 そんな理由だった。

 

 戦争なんて。

 

 そんなものは一度も考えた事がない。

 

「動画を……」

 

 それしか言えなかった。

 

 整備長は小さく頷く。

 

 グレアーが深く息を吐いた。

 

 そして立ち上がる。

 

 ゆっくりとケンの隣へ歩く。

 

 肩に手を置く。

 

「坊主」

 

 ケンが顔を上げる。

 

「俺達はな」

 

 静かな声だった。

 

「お前一人に全部背負わせるつもりはねぇ」

 

「……え?」

 

 思わず聞き返してしまう。

 

「戦争を始めたのは連邦だ」

 

 グレアーは言う。

 

「止められなかった俺達にも責任がある」

 

 ノンが俯く。

 

「お嬢にもな」

 

「……」

 

「だから」

 

 グレアーは皆を見回した。

 

「これからどうするかだ」

 

 会議室にいる全員を見る。

 

「戦争を止める為に何が出来るか」

 

 そして。

 

 最後にケンを見る。

 

「それを今から考える」

 

 その言葉に。

 

 ケンは初めて少しだけ息を吐く事が出来た。

 

 まだ何も解決していない。

 

 戦争は始まった。

 

 人も死んだ。

 

 だが。

 

 一人で背負う訳ではない。

 

 そう言ってくれる人達がいた。

 

 それだけが。

 

 今のケンを辛うじて支えていた。

 

  会議室に重い空気が流れる。

 

 戦争。

 

 ガンダム。

 

 責任。

 

 話は一旦そこで区切られた。

 

 グレアーがパンッと手を叩く。

 

「よし」

 

 空気を変えるように言った。

 

「辛気臭ぇ話ばっかりしてても仕方ねぇ」

 

 整備長が頷く。

 

「違ぇねぇ」

 

「どうせしばらくは同じ船に乗るんだ」

 

 グレアーはケンを見る。

 

「まずは自己紹介だ」

 

「自己紹介?」

 

 ケンが目を瞬かせる。

 

「そうだ」

 

「いやでも……」

 

「するんだよ」

 

 有無を言わせない口調だった。

 

 ◇

 

「じゃあ俺からだな」

 

 グレアーが立ち上がる。

 

「グレアー=アイズ」

 

「ベルーガ艦長」

 

「元地球連邦軍中佐だ」

 

 ケンは思わず背筋を伸ばした。

 

 中佐。

 

 教科書で見るような階級だ。

 

「オルフェウス閣下の部下だった」

 

 グレアーは笑う。

 

「今は反逆者だがな」

 

 誰も否定しない。

 

「お嬢のやろうとしてる事に賭けた」

 

 グレアーは腕を組む。

 

「それだけだ」

 

 短い自己紹介だった。

 

 だが十分だった。

 

 この男がベルーガの中心なのだと分かる。

 

 ◇

 

 次に立ち上がったのは大柄な男だった。

 

「ヤスシ=ロックブック」

 

「整備長だ」

 

 ケンの目が少し輝く。

 

 整備長。

 

 MS科の学生としては憧れの職業だった。

 

「みんなおやっさんって呼んでる」

 

「おやっさんでいいぞ」

 

 そう言って笑う。

 

「前大戦じゃガンダムの整備もやってた」

 

「え?」

 

 ケンが思わず声を上げる。

 

「本物の?」

 

「本物だ」

 

 おやっさんはニヤリと笑う。

 

「お前さんが動画に上げた奴より本物だぞ」

 

 会議室に小さな笑いが起きる。

 

 ケンは居心地悪そうに頭を掻いた。

 

 ◇

 

 次に立ち上がったのはメイド服の女性だった。

 

 背筋は真っ直ぐ。

 

 姿勢も完璧。

 

 隙がない。

 

「ジーナ=メイガス」

 

 静かな声だった。

 

「ベルーガ通信士兼メイド長です」

 

「兼任なんですか?」

 

 思わず聞いてしまう。

 

 全員がケンを見る。

 

 まずい事を言っただろうか。

 

「当然です」

 

 メイド長は即答した。

 

「メイドですので」

 

「はぁ……」

 

 意味が分からなかった。

 

「お嬢様が生まれた時からお世話しております」

 

 その言葉にノンが少しだけ居心地悪そうな顔をする。

 

「今後もお嬢様以外のお世話をするつもりはありません」

 

「はい」

 

 ケンは即答した。

 

 この人には逆らわない方がいい。

 

 本能がそう告げていた。

 

 ◇

 

 その後も。

 

 航海士。

 

 操舵手。

 

 整備班。

 

 ベルーガのクルー達が順番に名乗っていく。

 

 皆共通している事があった。

 

 誰もが地球を捨てた人間だった。

 

 家族も。

 

 地位も。

 

 未来も。

 

 全てを捨ててここにいる。

 

 その事実がケンには重かった。

 

 そして。

 

 最後に。

 

 赤いパーカーの少女が立ち上がる。

 

 会議室が静かになる。

 

 全員の視線が集まる。

 

 少女は胸を張った。

 

「私は前にも言ったけど」

 

 一度言葉を区切る。

 

「ノン」

 

 そして。

 

「ノン=レッドフードよ」

 

 堂々と名乗った。

 

 一瞬。

 

 会議室が静まり返る。

 

 ベルーガのクルー達も驚いていた。

 

 カノン=フーガ。

 

 その名前を使わない意味を全員理解していたからだ。

 

 地球連邦高官オルフェウス=フーガの娘。

 

 その事実は危険過ぎる。

 

 ノンとグレアーの目が合う。

 

 数秒。

 

 沈黙。

 

 そしてグレアーが笑った。

 

「そういう事ですかい」

 

 ノンは何も言わない。

 

 ただ頷く。

 

 グレアーは立ち上がる。

 

「このノン=レッドフードことお嬢が」

 

 全員を見回す。

 

「ベルーガの実質的なリーダーだ」

 

 そして。

 

 ケンを見る。

 

「よく覚えとけよ小僧」

 

 ポンッと肩を叩く。

 

「次はお前だ」

 

「え、俺?」

 

 全員の視線。

 

 再び集まる。

 

 ケンは慌てて立ち上がった。

 

「えっと……」

 

 緊張する。

 

 喉が渇く。

 

「ケン=大神です」

 

 頭を下げる。

 

「イベントリー工専のMS科に通ってました」

 

 過去形になってしまった。

 

 もう戻れない気がしたからだ。

 

「動画配信とかやってました」

 

 気まずい空気。

 

 誰も何も言わない。

 

「その……」

 

 ケンは俯く。

 

「そのせいで」

 

 言葉が重い。

 

「こんな事になってしまって」

 

 全員を見る。

 

 ベルーガの人達を見る。

 

 ノンを見る。

 

「すみませんでした」

 

 深く頭を下げた。

 

 会議室は静まり返っていた。

 

 誰もすぐには答えなかった。




グレアー=アイズ

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