機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第54話「コラボの反響」

 戦闘の終わった廃村に、@kiの絶叫だけがいつまでも響いていた。

 

『ワイの見せ場がぁぁぁぁぁ! GKCの華やかなデビュー戦がぁぁぁぁ!』

 

 五機のグラディウスはすでに全機が戦闘能力を失い、古びた建物の間で動きを止めている。その向こうでは、ようやく辿り着いたGKCが大量の装甲と武装を背負ったまま、何とも言えない姿で立ち尽くしていた。

 

 あれだけ巨大な砲を積み、見た目だけならこの場で一番物騒な機体なのに、一発も撃っていない。

 

「だから@kiが遅いんだって。」

 

『しゃあないやろ! GKC重いねん!』

 

『自分であれだけ装甲と武器積んだんだろ。』

 

 ブルーガのコックピットから、スコルの呆れた声が飛んでくる。

 

『どっちも削れんかったんや! 火力も装甲も大事やろ!』

 

「その結果、着いた時には終わってたじゃん。」

 

『ケンケンまで言うな!』

 

 ケンは思わず笑ったが、操縦桿を握った手にはまだ微かな震えが残っていた。

 

 ほんの少し前まで、この場所で本当に撃ち合っていたのだ。

 

 今までのように、相手へ当てないように撃ったわけではない。脚を狙い、武器を狙い、相手を殺さずに戦闘能力だけを奪うつもりで引き金を引いた。

 

 撃った瞬間の振動も、弾丸がグラディウスの脚へ命中した時の光景も、ヒートカトラスで敵機の手首を切り落とした時の感触も、まだはっきり覚えている。

 

 怖かった。

 

 それでも、今回はダウトに任せて勝ったわけではない。

 

 アシストモードが起動したわけでもない。

 

 自分で考えて、狙って、戦った。

 

 そのことを実感し始めたところで、スコルの声が耳に入った。

 

『ケン、まだ気ぃ抜くな。』

 

「え?」

 

『敵の機体止めただけだ。中の奴らがどうなってるか確認するぞ。』

 

 ケンは倒れたグラディウスを見渡した。コックピットには一発も当てていない。爆発した機体もない。それなら大丈夫だろうと、どこかで勝手に安心していた。

 

「でも、コックピットは狙ってないよ?」

 

『転倒した時に中で頭打ってるかもしれねぇだろ。それに、まだ武器持って出てくる可能性もある。』

 

 そこまで言われて、ケンもようやく気付く。

 

 相手はついさっきまでMSでこちらを攻撃していた連中だ。機体が動かなくなったからといって、全員が素直に降伏したとは限らない。

 

『お前は降りんな。』

 

「俺も確認するんじゃないの?」

 

『ダウトの中からやれ。お前がわざわざ生身で出ていく必要ねぇだろ。』

 

「……確かに。」

 

『外部スピーカー使え。まず全員機体から出させる。』

 

 ケンは頷き、通信を外部スピーカーへ切り替えた。

 

 一度息を吸う。

 

「えーっと……聞こえてますか!」

 

 返事はなかった。

 

 静かな廃村の中へ、ダウトから発せられたケンの声だけが広がっていく。

 

『弱ぇな。』

 

「しょうがないじゃん。こういうのやったことないんだから。」

 

『慣れてたらそっちの方が怖ぇよ。もうちょいハッキリ言え。』

 

「分かったよ。」

 

 ケンは少し姿勢を正し、もう一度声を張った。

 

「聞こえてますか! もう機体は動けないと思います! 武器を持たずに、コックピットから一人ずつ出てきてください!」

 

 数秒待つ。

 

 だが、どの機体からも反応はない。

 

 ケンは眉を寄せた。

 

「出てこないけど。」

 

『もう一回。出なきゃこっちで開けるって言え。』

 

「こじ開けるってこと?」

 

『そうだ。』

 

 ケンは少しだけ躊躇したものの、再び外部スピーカーへ向かう。

 

「返事してください! 出てこないなら……こっちでハッチを開けます!」

 

 それでも、すぐには動かない。

 

「できれば無理矢理こじ開けたくないので、ちゃんと出てきてください!」

 

『最後でまた弱くなったな。』

 

「だって本当に壊したくないし!」

 

『まあいい。』

 

 その時だった。

 

 一番近くに倒れていたグラディウスのコックピットハッチが、ゆっくりと持ち上がった。

 

 一人の男が恐る恐る顔を出す。

 

『両手見えるところに出せ! 腰には触るな!』

 

 すぐさまスコルの声が飛んだ。

 

 それまでケンや@kiと軽口を交わしていた時とは違う。短く、強く、相手に考える余裕を与えない軍人の声音だった。

 

 男は一瞬顔をしかめたが、逆らわず両手を上げたまま機体から降りていく。

 

 それをきっかけに、他のグラディウスも次々とハッチを開いた。

 

 一人。

 

 二人。

 

 三人。

 

 全員が機体から離れるまで、ケンはダウトの中から外部カメラを通して注意深く見守った。

 

 額を切っている者がいる。足を引きずっている者もいるし、肩を押さえて苦そうな顔をしている男もいた。

 

 無傷ではない。

 

 それでも、全員自分の足で立っていた。

 

『五人。これで全員だな。』

 

「……みんな生きてる?」

 

 ケンが確認すると、スコルは少し間を置いて答えた。

 

『あぁ。少なくとも死んでる奴はいねぇ。』

 

「……よかった。」

 

 胸の奥に引っ掛かっていたものが、ようやく少しだけ軽くなった。

 

 敵だった。

 

 向こうから攻撃してきた。

 

 それでも、自分が撃った相手が生きていると分かったことが、素直に嬉しかった。

 

     ◇

 

 荒くれ者達は、もう抵抗しようとはしなかった。

 

 五機あったグラディウスは一機残らず動けない。その前にはダウトとブルーガが立ち、さらに後方にはGKCまでいる。

 

 見た目だけなら、GKCが一番恐ろしい。

 

 戦闘には間に合わなかったが、それを知らない荒くれ者達からすれば、大量の火砲を全身に載せた正体不明の重MSが控えているだけで十分な威圧になっていた。

 

『持ってる武器は全部置け。拳銃でもナイフでもだ。』

 

 スコルの指示に、一人が舌打ちしながら腰の拳銃を外した。

 

 他の者達もそれに続き、携行銃やナイフ、予備弾倉を地面へ並べていく。

 

 武装解除が済んだことを確認してから、ケンがダウトの外部スピーカーを使って話しかけた。

 

「俺達は、あなた達を殺しに来たわけじゃないです。」

 

 男の一人がダウトを睨み上げる。

 

「じゃあ何だよ。」

 

「ここから出ていってほしいだけです。近くの施設に入ったり、物を持っていったりするのもやめてください。」

 

「MS全部ぶっ壊しといて、歩いてどっか行けってのか?」

 

 ケンは一瞬言葉に詰まった。

 

 確かに、この辺りは人里から離れている。

 

 ここから徒歩で移動しろというのは現実的ではない。

 

 どうしたものかと考えていると、@kiがあっさり通信へ割り込んできた。

 

『村の奥に車あるやろ。』

 

 男が僅かに反応する。

 

『何台か残っとるし、燃料もあるはずや。それ使って出ていき。荷物まとめる時間くらいは待ったる。』

 

「……。」

 

『あと。』

 

「まだあんのかよ。」

 

『ウチの倉庫から持ってった工具と部品、全部返してな。』

 

『結局そこかよ。』

 

 スコルの呆れた声に、@kiは即座に反論した。

 

『大事や! 工具も部品もタダちゃうねんぞ!』

 

「そこはすごく現実的なんだね。」

 

『世の中金や!』

 

 ケンが思わず笑った、その時だった。

 

 何かが頭の中に引っ掛かった。

 

「……あ。」

 

『何や?』

 

「配信。」

 

 今度は@kiが黙る。

 

『……あ。』

 

『お前ら、まさか。』

 

 スコルの声に呆れが滲む。

 

 そして。

 

『忘れてたでしょ。』

 

 ノンの冷静な声が通信に入ってきた。

 

「……。」

 

『二人とも。』

 

「いや、その……。」

 

『ウ、ウチは忘れてへんで!』

 

『嘘ね。』

 

「嘘だね。」

 

『ケンケンまで裏切るんか!?』

 

 Liveはまだ続いていた。

 

 戦闘が終わったところから、GKCが遅れて到着し、荒くれ者達をMSから降ろし、@kiが工具を返せと迫ったところまで、全部そのまま流れていた。

 

 コメント欄を確認すると、当然のように凄まじい速度で文字が流れている。

 

『配信忘れてるだろこれ』

 

『まだ切れてないぞー』

 

『GKC一発も撃ってない』

 

『全員生きてる?』

 

『ケンケン今回ちゃんと狙ってたな』

 

『スコルの指示がガチ軍人』

 

 ケンは少し照れながら外部カメラへ向き直った。

 

「えっと……ということで。」

 

 背後には、動けなくなった五機のグラディウス。

 

「無事、終わりました。」

 

 途端にコメントがさらに加速する。

 

『雑な締め始まったw』

 

『絶対忘れてた』

 

『全員無事ならよかった』

 

 施設側で状況を確認していたノンが補足した。

 

『相手側にも死者はいません。怪我をしている方はいますが、全員無事です。』

 

 その言葉を聞いてから、ケンは少しだけ表情を和らげた。

 

「今回、俺……今までとちょっと違う戦い方をしました。」

 

 さっきまで騒いでいた@kiも、今度は何も言わずに聞いている。

 

「今までは、人を殺すのが怖くて、なるべく当てないように撃ってたんです。でも今日は、スコルに脚とか武器とか、相手を殺さずに止められそうな場所を教えてもらって。」

 

『俺の名前いちいち出すな。』

 

「もうずっと声入ってるじゃん。」

 

『そういう問題じゃねぇ。』

 

 ケンは少し笑ったものの、すぐに視線を戻した。

 

「正直、今でも怖いです。撃つ時も、当たった時も、本当にこれで大丈夫なのかなって思いました。」

 

 自分の手を見る。

 

 もう震えはほとんど止まっていた。

 

「でも、ただ外してるだけじゃ相手を止められないって、今日分かりました。」

 

 少し考えてから。

 

「だから……殺したくないなら、殺さないためにちゃんと撃てるようになりたいです。」

 

 コメント欄の空気が少し変わった。

 

『前よりちゃんと戦えてた』

 

『難しそうだけど頑張れ』

 

『全員生きてるなら今回は成功だろ』

 

『スコル先生』

 

 ケンが吹き出す。

 

「先生だって。」

 

『読むな。』

 

「めっちゃ流れてる。」

 

『読むなっつってんだろ。』

 

『スコル先生ぇ!』

 

 @kiまで乗っかった。

 

『お前は黙ってろ!』

 

 そこからコメントの矛先は、当然のように別の方向へ向かった。

 

『GKC被弾0!』

 

『発砲0!』

 

『戦果0!』

 

『移動だけ!』

 

『最強の無傷記録』

 

『砲身いっぱい付いてるのに一発も撃ってなくて草』

 

『ちょお待てぇぇぇ!』

 

 @kiの声が響く。

 

『GKCはこれからや!』

 

「今回はもう終わったけど。」

 

『ケンケン!』

 

「でも無傷なのは本当だよ。」

 

『戦っとらんからな!』

 

「自分で言った。」

 

『違う! そういう意味ちゃう!』

 

 ノンまで笑い出し、コメント欄も完全にお祭り状態になっていた。

 

 ケンは笑いながら、今度こそカメラへ向き直る。

 

「じゃあ、今回のコラボはこの辺で!」

 

『待て! せめてGKCの名誉回復を――』

 

「以上、ケンケンと!」

 

『赤ずきんと。』

 

『@kiやぁぁぁ!』

 

「またねー!」

 

 最後まで抗議する@kiの声を残して、ようやくLiveは終了した。

 

     ◇

 

 荒くれ者達が村に残していた荷物をまとめ、車両へ積み始めてからも、ケンはダウトから降りなかった。

 

 武器は置かせた。

 

 抵抗する様子もない。

 

 それでも、相手が完全に立ち去るまでは何が起こるか分からない。スコルもブルーガに乗ったまま周囲を監視し、最後の一台が遠ざかって見えなくなるまで警戒を解かなかった。

 

「これで大丈夫かな。」

 

『少なくとも今すぐ戻ってくる気はねぇだろ。』

 

「そっか。」

 

『お前も覚えとけ。MS降りたからって戦闘が終わったとは限らねぇからな。』

 

「うん。」

 

 ケンは短く頷いた。

 

 そこで話を引っ張らず、スコルもそれ以上何も言わなかった。

 

 すでに今日の戦闘でケンへ教えるべきことは十分教えている。

 

 それより。

 

『なあなあ。』

 

 今度は@kiが別のものへ目を付けていた。

 

『このグラディウス、置いてくん勿体なくない?』

 

『お前、もう拾う気か。』

 

『だって五機もあるんやで? 使える部品いっぱい取れるやろ。』

 

「確かに。」

 

『ほら! ケンケンも分かっとる!』

 

「でも、どうやって持ってくの?」

 

『そこでGKCや!』

 

 その声が、急に自信満々になる。

 

     ◇

 

 しばらく後。

 

 ダウトとブルーガの前を、GKCがゆっくりと歩いていた。

 

 背部から伸ばした複数の牽引ケーブルの先には、動けなくなった五機のグラディウス。

 

 ズン。

 

 ズン。

 

 ズン。

 

 速度は相変わらず遅い。

 

 だが五機ものMSをまとめて引きずっているにもかかわらず、その歩みが止まることはなかった。

 

「……すごい。」

 

 ケンは素直に感心した。

 

『やろ!?』

 

「五機引っ張ってるのに普通に動いてる。」

 

『これがGKCのパワーや! ウチの設計を舐めんなよ!』

 

『牽引車としては相当優秀だな。』

 

 スコルが何気なく言う。

 

『兵器や!』

 

「でも今日一番役に立ってるの今じゃない?」

 

『ケンケンまでぇ!』

 

 GKCそのものは遅い。

 

 だが、その巨体に詰め込まれた出力は本物だった。

 

 戦闘では何も出来なかった最強MSが、五機の旧式MSを引きずって帰るという何とも締まらない光景を先頭に、三機は研究施設へ戻っていった。

 

     ◇

 

 施設へ戻って一息つく頃には、コラボLiveのアーカイブはすでにかなりの勢いで再生数を伸ばしていた。

 

 ケンとノン、@kiは居住区の一室に集まり、大きなモニターへ次々と流れてくる反応を映していた。

 

「早……。」

 

 ケンが思わず呟く。

 

 ほんの数分前に確認した数字が、更新するたびに増えていく。

 

 赤ずきんちゃんネルの視聴者だけではない。

 

 @kiの視聴者も流れ込み、さらに切り抜き動画や拡散された短い映像から、新しく見に来た人達まで混ざっている。

 

 当然。

 

 一番勢いのある話題は。

 

『GKCデビュー戦0発』

 

『ガンダムキラーキャノン、ガンダムに置いていかれる』

 

『戦場より帰り道で活躍する最強MS』

 

『巨大牽引車』

 

「……。」

 

 @kiの頬が引きつった。

 

 さらに。

 

『GKCじゃなくてGKC(ガンダム来る頃には終わってるキャノン)』

 

「誰やぁぁぁ!」

 

 @kiが椅子から跳ねるように立ち上がった。

 

「誰やこれ書いた奴!」

 

 ケンが吹き出した。

 

「上手い。」

 

「上手ない!」

 

 ノンまで笑いを堪え切れていない。

 

「でも、かなり覚えてもらえたんじゃない?」

 

「ウチが欲しかったんはこんな知名度ちゃう!」

 

「次は間に合えばいいね。」

 

「絶対間に合う! 次こそGKCの真の力を――」

 

「軽くした方が早いんじゃない?」

 

「それは嫌や!」

 

 即答だった。

 

 火力も欲しい。

 

 装甲も欲しい。

 

 だから重い。

 

 そして遅い。

 

 どうやらGKCの問題は、本人も理解した上で一切直す気がないらしい。

 

 ケンは笑いながらコメントを追っていった。

 

 GKCの話題に混ざり、自分の戦い方について書かれたものもかなり増えている。

 

『ケンケン前よりちゃんと戦えてた』

 

『当てないんじゃなくて壊す場所選んでたな』

 

『あれなら前より安心して見れる』

 

『殺さない戦いって口で言うほど簡単じゃないと思う』

 

『無理だけはするなよ』

 

 ケンは、その中の一つで手を止めた。

 

「……安心して見れる、か。」

 

 ノンが隣から覗き込む。

 

「嬉しい?」

 

「うん。」

 

 少し考える。

 

「上手いって言われるより、そっちの方が嬉しいかも。」

 

「どうして?」

 

「俺が強くなったかどうかより……ちゃんと殺さないで終わらせられたって、見てる人にも分かったってことでしょ。」

 

 ケンは照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「なんか、それが一番いいかなって。」

 

 その時、後ろから声が飛んでくる。

 

「何ニヤついてんだ。」

 

 振り返ると、スコルが飲み物を片手に部屋へ入ってきた。

 

「先生。」

 

「やめろ。」

 

「ほら、また言われてる。」

 

「見せんな。」

 

「『スコル完全に教官』だって。」

 

「だから見せんなって言ってんだろ!」

 

 スコルは嫌そうに眉を寄せながらも、そのまま部屋を出ていくわけではなく、空いている椅子へ腰を下ろした。

 

 何だかんだでコメント欄は気になるらしい。

 

 ただし、ケンへ改めて戦い方を説教することも、さっきの戦闘を振り返って講評することもなかった。

 

 それはもう、戦場で十分話した。

 

 今はただ、他の三人と一緒に画面を眺めている。

 

 しばらくすると、ノンがコメント欄を流していた指を止めた。

 

「ケン。」

 

「ん?」

 

「これ、結構増えてる。」

 

 ノンが示したのは、戦闘そのものとは別の話題だった。

 

『せっかく地球まで来たなら普通の街も見てほしい』

 

『軍人じゃなくて普通に暮らしてる人の話も聞いて』

 

『地球にいる人達が今の状況どう思ってるのか知りたい』

 

『ニュースや軍の声明じゃなくて街の声が聞きたい』

 

『戦争になりそうって言われても普通の人はどう感じてるんだろ』

 

 地域名は出ていない。

 

 今、ケン達が地球のどこにいるのかは配信では明かしていないし、@kiも自分の拠点の所在地を公開していない。

 

 荒くれ者達との戦闘についても、場所が特定されるような情報は映さないようにしていた。

 

 そこを曖昧にしたままでも。

 

 視聴者達が見たがっているものは、はっきりしていた。

 

「普通の街……。」

 

 ケンが呟く。

 

「元々、そのために地球へ来たんでしょ。」

 

 ノンの言葉に、ケンも頷いた。

 

 地球へ来たのは、ガンダムを見せるためではない。

 

 地球連邦軍の声明。

 

 月周辺に集まるコロニー国家連合軍。

 

 再開されるガンダム開発。

 

 そういう大きな話ばかりが世界を飛び交っている。

 

 けれど。

 

 そこで実際に暮らしている人達は、どう思っているのか。

 

 戦争が始まりそうだと本当に感じているのか。

 

 コロニー国家連合を怖がっているのか。

 

 あるいは。

 

 普段の生活の方が大事で、そんなことをあまり意識していないのか。

 

 そこはまだ、ケン達自身も知らない。

 

「そういえば。」

 

 ケンは少し笑った。

 

「地球に来てから、普通の街ってまだ一回も行ってないよね。」

 

「そうね。草原と海と基地と廃村。」

 

「並べるとすごいな……。」

 

「地球観光としてはだいぶ偏ってるわね。」

 

「ほんなら。」

 

 それまでGKCへのコメントに文句を言っていた@kiが、端末を自分の方へ引き寄せた。

 

「街行こか。」

 

「近くにあるの?」

 

「あるで。」

 

 @kiは配信画面とは別の地図を開いた。

 

 もちろん、今はLiveではない。

 

 施設から少し離れた場所に、小さな街が表示される。大都市ではないが、住宅区画や商店、公共施設も揃っていて、普通に人々が生活している場所だった。

 

「ここならそんな遠ない。」

 

 ケンが地図を覗き込む。

 

「人多い?」

 

「そこそこやな。デカい街ほど人混みちゃうし、話聞くには丁度ええんちゃう?」

 

 ノンも地図を確認しながら頷いた。

 

「撮影する場所には気をつけないとね。地域が特定出来るものはなるべく映さない方がいい。」

 

「もちろんや。」

 

 @kiもそこは軽く考えていなかった。

 

「移動中も撮らへん。街の名前が出る看板とか、特徴ある建物も気ぃ付ける。ウチんとこの場所まで割れたら面倒やしな。」

 

「俺達も困る。」

 

 ケンが苦笑する。

 

「俺なんて場所バレたら普通に捕まえに来られるし。」

 

「そうね。」

 

 ノンも同意した。

 

 その言葉で。

 

 四人の視線が、自然とケンへ集まった。

 

「……何?」

 

 ケンが首を傾げる。

 

 ノンが少し困った顔をする。

 

「そもそも、あなたそのまま街に出られるの?」

 

「あ。」

 

 ケンは自分の顔へ触れた。

 

 赤ずきんちゃんネル。

 

 何度も行ったLive。

 

 指名手配。

 

 自分で思っていた以上に、今のケンの顔は知られている。

 

「……無理かな。」

 

「無理でしょうね。」

 

「帽子とマスクじゃ駄目?」

 

「一人だけならともかく、撮影までしたら怪しまれると思う。」

 

 スコルも横から口を挟む。

 

「変な隠し方すると、逆に目立つぞ。」

 

「じゃあどうしよう。」

 

 ケンが頭を抱える。

 

 ノンも、自分のことを考えていた。

 

「私も顔は出せないし。」

 

「赤ずきんはフードとマスクでいつもの格好に近付ければ何とかなるんちゃう?」

 

 @kiが言う。

 

「でもケンケンはなぁ……。」

 

 そこで。

 

 声が止まった。

 

「……?」

 

 ケンが顔を上げる。

 

 @kiは返事をしない。

 

 ただ。

 

 じっとケンを見ている。

 

「何?」

 

 目。

 

 顔。

 

 髪。

 

 細身の身体。

 

 肩幅。

 

 また顔。

 

 @kiの視線が、ゆっくり上から下へ移動していく。

 

「……何なの?」

 

 ケンが少し身体を引いた。

 

 @kiの口元が。

 

 徐々に。

 

 にやぁ……と吊り上がっていく。

 

「おい。」

 

 スコルまで嫌な予感を覚えたような顔をする。

 

「何か思いついたのか?」

 

「んー?」

 

 @kiは答えない。

 

 ノンがそんな@kiを見た後。

 

 改めてケンを見る。

 

「……。」

 

「ノンまで何?」

 

 ノンも少し首を傾げる。

 

 その顔に。

 

 ほんの僅かに。

 

 同じような笑みが浮かんだ。

 

「……なるほど。」

 

「何が!?」

 

「いや。」

 

 @kiは楽しそうに立ち上がった。

 

「なんでもあらへんでぇ?」

 

「絶対なんかある!」

 

「明日のお楽しみや。」

 

「怖いんだけど!」

 

 ケンがそう叫んでも。

 

 @kiは答えない。

 

 ただ。

 

 ケンを見ながら。

 

 いつまでも楽しそうに。

 

 にやにやと笑っていた。

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