機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第57話「戦争したくないだけじゃ」

 ケンとノンが歩み寄っていくと、談笑していた連邦兵の一人がこちらに気付いた。

 

「ん?」

 

 振り向いた兵士と目が合った瞬間、ケンの足がほんの僅かに鈍る。

 

 自分から行くと言った。

 

 話を聞きたいと言い出したのも自分だ。

 

 それでも、こうして地球連邦軍の制服を間近で見ると、頭で分かっていた危険が一気に現実味を帯びた。

 

 もし変装が見破られれば。

 

 もし偽装した学生証に違和感を持たれれば。

 

 相手はその場で自分を拘束する立場にいる。

 

「あ、あの……すみません。」

 

 ボイスチェンジャーを通した声が、緊張のせいで普段以上に小さくなる。

 

 足を止めたのは二人。

 

 一人は三十代くらいに見える落ち着いた雰囲気の兵士で、もう一人はそれより若い。二人とも街中での勤務らしく、周囲へ気を配りながらも、今のところこちらを不審者として見る様子はなかった。

 

「近くの大学で……今の地球連邦とコロニー国家連合の関係について、街の人にインタビューしていて……。」

 

「大学生?」

 

「は、はい。」

 

 ケンは用意してきた学生証を見せる。

 

 兵士は一度だけ視線を落としたが、特に疑う様子もなく、隣の同僚と顔を見合わせた。

 

「俺達にも聞くのか?」

 

「軍人さんの話も聞いてみたくて。」

 

 最後だけは、少しだけ声がしっかりした。

 

 年上の兵士は腕の端末へ目を落とす。

 

「長くなければいいぞ。まだ勤務中なんでな。」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 思っていたよりあっさりと了承され、ケンは思わず大きく頭を下げた。

 

 ノンがすぐ横でカメラを構える。

 

 少し離れたところでは、大学の引率役を装ったジーナがさりげなく周囲を見渡していた。私服姿にもだいぶ見慣れてきたとはいえ、その視線だけは普段のメイド長そのものだった。

 

 ノンが小さく頷く。

 

 撮影開始。

 

「えっと……今、コロニー国家連合との緊張がかなり高まってますけど。」

 

 ケンは一度だけ息を整える。

 

「もし、本当に戦争になったら……どう思いますか?」

 

 二人の兵士は少しだけ黙った。

 

 先に答えたのは若い方だった。

 

「どうって言われてもなぁ。」

 

 困ったように笑ってから、肩をすくめる。

 

「そりゃ、やりたくはないよ。」

 

「え?」

 

 ケンが思わず聞き返す。

 

「戦争。」

 

 兵士は今度は少し真面目な顔になった。

 

「好き好んで行きたい奴なんて、そうはいないだろ。」

 

 隣の年上の兵士も静かに頷いた。

 

「俺もしたくない。」

 

 その言葉に、ケンの中で少しだけ緊張が解けた。

 

 けれど。

 

 同時に、別の疑問がすぐ浮かんでくる。

 

「じゃあ……。」

 

「ん?」

 

「もし、戦えって命令が出たら?」

 

「戦う。」

 

 答えは早かった。

 

 迷う様子すらなかった。

 

 ケンの表情が止まる。

 

「……戦争、したくないんですよね?」

 

「したくないさ。」

 

「じゃあ、なんで……。」

 

 そこまで言って、ケンは自分でも踏み込みすぎたと思った。

 

 ノンが横から一瞬だけ様子を見る。

 

 だが、年上の兵士は気を悪くした様子を見せなかった。

 

「家族がいる。」

 

 静かにそう答える。

 

「故郷もある。仲間もいる。」

 

 隣に立つ兵士へ視線を送り、それからケンへ戻す。

 

「守るためだ。」

 

 若い兵士も頷いた。

 

「俺達が戦わなきゃ、その代わりに誰かが戦うことになるしな。」

 

「……。」

 

「だから命令が出れば行く。」

 

 ケンは黙った。

 

 胸の中に、妙な引っ掛かりが生まれる。

 

 どこかで。

 

 似た言葉を聞いたことがある。

 

 コロニー国家連合軍の兵士達。

 

 あの時も。

 

 戦争なんてしたくないと言っていた。

 

 でも、家族がいる。

 

 守りたい場所がある。

 

 仲間がいる。

 

 だから命令があれば戦う。

 

 立っている側は違う。

 

 着ている制服も違う。

 

 守ろうとしている国も違う。

 

 なのに。

 

 言っていることは驚くほど似ている。

 

「あの……。」

 

「ん?」

 

 気付けば、ケンは用意していた質問から外れていた。

 

「が、ガンダムの人の……ど、動画で……見ました。」

 

 兵士の眉が僅かに上がる。

 

「ガンダム?」

 

「はい。」

 

 喉が乾く。

 

「コ、コロニー連合の兵士さんも……同じこと言ってました。」

 

 その瞬間。

 

 二人の顔に、はっきりと驚きが浮かんだ。

 

「……あの動画見たのか?」

 

「は、はい。」

 

 若い兵士が少し感心したように笑う。

 

「学生の間でも見られてるんだな。」

 

「まあ……結構。」

 

 ケンは曖昧に笑った。

 

 自分がその動画の投稿者本人だとは、当然言えない。

 

 年上の兵士はしばらく黙っていた。

 

 通りを行き交う人々を眺めるように視線を遠くへ向け、少し考えてから口を開く。

 

「そうだな、お嬢ちゃん。」

 

 さっきまでよりも、少しゆっくりした声だった。

 

「好き好んで戦いたい奴なんて、そんなにいないのかもしれない。」

 

 ケンは黙って聞く。

 

「話し合いで済むなら、それがいい。俺もあの動画は見た。」

 

 ケンの指先が、カメラを持つ手の中で僅かに動いた。

 

「でもな。」

 

 兵士は続けた。

 

「アイツらとは立場が違う。主義主張も違う。守るべきものも違う。」

 

 一度。

 

 ふっと息を吐く。

 

「やりたくなくても、やらなきゃいけないのが大人だ。」

 

「……。」

 

「それに、一度動き出したら止まれないのが軍ってもんだ。」

 

 兵士の目が少しだけ遠くなる。

 

「戦争したくない。」

 

「そう思ってる奴が多かったとしても、それだけで全部止められるほど、簡単な話じゃないのかもしれないな。」

 

 言い終えた兵士は、ほんの少しだけ苦い顔をした。

 

 割り切っているようにも。

 

 諦めているようにも。

 

 ケンには見えた。

 

「ヒュー。」

 

 横から口笛が飛ぶ。

 

 若い兵士が笑っている。

 

「言うねぇ。」

 

「茶化すな。」

 

 年上の兵士も思わず苦笑した。

 

「若者の問いに答えるのも大人の役目だろ。」

 

「はいはい。」

 

「だから茶化すなって。」

 

 二人のやり取りに、ケンも少しだけ笑った。

 

 さっきまであれほど怖かった相手なのに。

 

 今はただ。

 

 目の前にいる一人の人間として話している。

 

「こんなんでインタビューになったかな?」

 

 年上の兵士が尋ねる。

 

「あ、はい!」

 

 ケンは慌てて頷いた。

 

「すごく参考になりました。」

 

「なら良かった。」

 

 兵士は腕の端末を確認する。

 

「俺達もまだ勤務中なんでな。そろそろ失礼させてもらうよ。」

 

「ありがとうございました!」

 

 ケンとノンが揃って頭を下げる。

 

 二人の兵士は最後に見事な敬礼を見せると、そのまま人通りの中へ戻っていった。

 

 しばらく。

 

 ケンはその背中を見送っていた。

 

「……普通に話してくれたね。」

 

 ノンが小声で言う。

 

「うん。」

 

「もっと警戒されると思ってた。」

 

「俺も。」

 

 ケンはカメラを見下ろす。

 

「でも……。」

 

「何?」

 

「やっぱり同じなんだなって。」

 

 ノンは一瞬だけケンを見る。

 

 それ以上は何も言わなかった。

 

 何を指しているのか。

 

 聞かなくても分かっていた。

 

 それから二人は、再びキャピタリアの街を歩いた。

 

 会社員。

 

 学生。

 

 店員。

 

 議会周辺の施設で働いているという職員。

 

 退役軍人。

 

 別の連邦兵にも声を掛けた。

 

 一人一人の言葉遣いも、生活も、考え方も違う。

 

 けれど。

 

 話を聞いていくうちに。

 

 いくつかの言葉が、何度も繰り返されていることに気付く。

 

「戦争なんて勘弁してほしいよ。」

 

 仕事帰りだという男は、困ったように笑った。

 

「でも、向こうが月軌道に艦隊出してるんだろ? こっちだけ何もしないってわけにもいかないんじゃないか。」

 

「それは……仕方ないってことですか?」

 

「仕方ないって言いたくはないけどな。」

 

 男は少し考える。

 

「何もしないで後から後悔するよりは、備えた方がいいだろ。」

 

 別の女性は。

 

「夫が軍にいるんです。」

 

 そう言って。

 

 一瞬だけ表情を曇らせた。

 

「戦争なんて絶対嫌ですよ。子供もいますし。」

 

「じゃあ……旦那さんが行くことになったら?」

 

 ケンが聞く。

 

「止めたいです。」

 

 答えはすぐだった。

 

「でも。」

 

 その後。

 

 少しだけ言葉が詰まった。

 

「本人は、命令が出たら行くって言ってます。」

 

「……。」

 

「軍人だからって。」

 

「私には……それをやめろって言えるのかなって。」

 

 最後は。

 

 誰に聞かせるでもない独り言のようだった。

 

 ケンはその言葉を聞きながら、さっきの兵士の顔を思い出した。

 

 やりたくなくても。

 

 やらなきゃいけない。

 

 そんな考え方が。

 

 思っていたよりもずっと多くの人の中にある。

 

 別の若者は、もっと軽い調子だった。

 

「まあ、戦争は嫌ですけど。」

 

 手に持っていた飲み物を揺らしながら答える。

 

「向こうがあれだけやってるなら、連邦も準備するしかないんじゃないですか?」

 

「怖くないですか?」

 

「怖いですよ。」

 

「でも?」

 

「でも、何もしない方がもっと怖いじゃないですか。」

 

 その「でも」が。

 

 ケンには妙に引っ掛かった。

 

 戦争は嫌。

 

 でも。

 

 備えなければならない。

 

 戦争は嫌。

 

 でも。

 

 戦わなければならない。

 

 戦争は嫌。

 

 でも。

 

 それぞれの後ろに。

 

 違う理由が続く。

 

 そんなインタビューの途中。

 

 少し危ない場面もあった。

 

「姉ちゃん。」

 

「は、はい?」

 

 声を掛けた中年の男が、ケンをじっと見る。

 

 思わず身体が強張った。

 

「気は弱そうだけど、よく見ると結構体格いいな。」

 

「えっ。」

 

 ケンの顔が固まる。

 

 横でノンも僅かに目を見開いた。

 

「肩とかしっかりしてるし。」

 

 男は悪気なく続ける。

 

「何かスポーツでもやってんの?」

 

「あ、えっと……。」

 

 頭の中が真っ白になる。

 

 男の言っていることは。

 

 間違っていない。

 

 女装していても。

 

 華奢とはいえ。

 

 骨格まで変わったわけではない。

 

「その……。」

 

 言葉が出てこない。

 

 ノンがすぐ横から口を挟んだ。

 

「この子、大学で力仕事が多いサークルに入ってるんです。」

 

「え?」

 

 ケンが思わずノンを見る。

 

「機材運んだりするから。」

 

 ノンは何事もないように笑う。

 

 男は納得したように頷いた。

 

「なるほどなぁ。」

 

 もう一度ケンを見る。

 

「見た目によらないもんだ。」

 

「は、はは……。」

 

 ケンは引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。

 

 インタビューが終わり。

 

 男が去ってから。

 

「……バレたかと思った。」

 

 ケンが小声で呟く。

 

「私も。」

 

「心臓止まるかと思ったよ。」

 

「次からもう少し肩すぼめて。」

 

「無理だよ!」

 

「声大きい。」

 

「あ。」

 

 慌てて口を閉じる。

 

 少し離れて見ていたジーナが静かに近付いてきた。

 

「ケン様。」

 

「はい。」

 

「今後は姿勢にもご注意ください。」

 

「メイド長まで……。」

 

「私は現在、大学講師です。」

 

「まだそれ続けるんだ……。」

 

 ノンが横で笑う。

 

 緊張していたケンも。

 

 ようやく少しだけ笑えた。

 

 そんな小さな出来事を挟みながら。

 

 撮影は続く。

 

 そして。

 

 中には。

 

 それまでとはまるで違う方向へ突き抜けた相手もいた。

 

「地球という大地を離れ!」

 

 声を掛けた男は。

 

 地球連邦議会の議員だった。

 

 最初は「せっかく議会のある街まで来たんだから」と軽い気持ちで話を聞いてみただけだった。

 

 だが。

 

 カメラが回り始めた途端。

 

 男の雰囲気が変わった。

 

「母なる地球の恩恵を忘れた恩知らずの連合共に鉄槌を!」

 

「……。」

 

 ケンが固まる。

 

 ノンも。

 

 その隣で固まる。

 

「今こそ地球連邦は断固たる態度を示すべきです!」

 

 議員は完全に乗っていた。

 

「宇宙へ上がった者達が誰のおかげで繁栄出来たのか! 我々が築き上げてきた歴史を今一度――」

 

「あ、あの。」

 

 ケンが途中で口を挟もうとする。

 

「現在の緊張状態について――」

 

「まさに今こそ連邦が結束すべき時なのです!」

 

「……。」

 

 質問する隙すらない。

 

 ノンが横から小さくケンを見る。

 

 ケンも。

 

 目だけで返す。

 

 ――どうする?

 

 ――分からない。

 

 そんなやり取りをしている間にも。

 

 議員の演説は止まらない。

 

「学生諸君も正しい歴史を学ばねばならん!」

 

「は、はい。」

 

「我々の世代だけの問題ではない!」

 

「そうですね……。」

 

 途中から。

 

 ケンは完全に相槌係になっていた。

 

 数分後。

 

 ようやく話し終えた議員は。

 

 満足そうに笑った。

 

「では、頑張ってください!」

 

「……ありがとうございました。」

 

 ケンとノンが頭を下げる。

 

 男が十分に離れたところで。

 

 ノンがゆっくりカメラを止めた。

 

 少しの沈黙。

 

「……使う?」

 

「無理。」

 

 ケンは即答した。

 

「絶対無理。」

 

「やっぱり?」

 

「途中からインタビューじゃなかったじゃん。」

 

「ほとんど演説だったわね。」

 

「俺、質問一個しかしてないんだけど。」

 

 ジーナも二人のところへ歩いてくる。

 

「非常に……。」

 

 そこで。

 

 珍しく少しだけ言葉を探した。

 

「……熱意のある方でしたね。」

 

「ジーナ。」

 

「はい、お嬢様。」

 

「無理して綺麗に言わなくていいわよ。」

 

「……承知いたしました。」

 

「メイド長でも困るんだ。」

 

 ケンが笑う。

 

「ケン様。」

 

「はい。」

 

「私は現在、大学講師です。」

 

「そこだけは絶対崩さないね。」

 

「役割は大切ですので。」

 

 ノンまで笑った。

 

 張り詰めていた空気が。

 

 少しだけ和らぐ。

 

 その後も。

 

 三人は時間の許す限り街を回った。

 

 声を掛けた全員が答えてくれたわけではない。

 

 急いでいると断る人もいた。

 

 政治の話はしたくないと顔を背ける人もいた。

 

 カメラが嫌だと言う人もいた。

 

 それでも。

 

 今日一日だけで。

 

 かなり多くの声が集まった。

 

 そして。

 

 それらを聞けば聞くほど。

 

 ケンの中で。

 

 ある感覚が強くなっていった。

 

 夕暮れ。

 

 高い建物の間から差し込む光が赤みを帯び、キャピタリアの街並みをゆっくり染めていく。

 

 朝から行き交っていた人々も。

 

 今は仕事や学校を終え、家へ帰ろうとする流れへ変わり始めていた。

 

 ケンとノンは広場の端で一度足を止めた。

 

 ノンが端末を開き。

 

 今日撮影した映像を簡単に確認していく。

 

 兵士。

 

 会社員。

 

 学生。

 

 軍人の家族。

 

 元軍人。

 

 職員。

 

 議員。

 

 色んな人がいる。

 

 言っていることも。

 

 少しずつ違う。

 

 それでも。

 

「……同じような意見ばかりね。」

 

 ノンが呟いた。

 

 ケンも画面を見る。

 

「うん。」

 

「過激な人もいたけど。」

 

「ほとんどの人は……やっぱり戦争なんかしたくないって言ってる。」

 

 そこまで言って。

 

 ケンは黙った。

 

 今日聞いた言葉が。

 

 一つずつ頭へ戻ってくる。

 

 ――戦争なんて勘弁してほしい。

 

 ――子供がいるから絶対嫌。

 

 ――出来れば話し合いで。

 

 そして。

 

 その後には。

 

 必ずと言っていいほど。

 

 別の言葉が続いた。

 

 ――でも、向こうが艦隊を出している。

 

 ――でも、備えなければならない。

 

 ――でも、命令が出たら行く。

 

 ――でも、守らなければならない。

 

 ケンは。

 

 少しだけ眉を寄せた。

 

「……みんな戦争したくないって言ってるのに。」

 

「うん。」

 

「なんで。」

 

 ノンが横を見る。

 

「みんな、その後に『でも』が付くんだろ。」

 

 ノンはすぐには答えなかった。

 

 答えられなかった。

 

 ケン自身も。

 

 まだ答えを求めていたわけではない。

 

 ただ。

 

 不思議だった。

 

 これまで。

 

 戦争したくない人が増えれば。

 

 その声を集めて。

 

 もっとたくさんの人へ届ければ。

 

 何かが変わるかもしれない。

 

 そう思っていた。

 

 でも。

 

 戦争したくないと思っていることと。

 

 戦わないことは。

 

 どうやら同じではないらしい。

 

 そんな当たり前かもしれないことを。

 

 今になって。

 

 初めて突きつけられたような気がした。

 

 最初に話を聞いた兵士の言葉が。

 

 また。

 

 頭に浮かぶ。

 

 ――やりたくなくても、やらなきゃいけないのが大人だ。

 

 ――一度動き出したら止まれないのが軍ってもんだ。

 

 ――戦争したくない。それだけで全部止められるほど、簡単な話じゃないのかもしれないな。

 

「……戦争したくないだけじゃ。」

 

 ノンが顔を上げる。

 

「え?」

 

 ケンは。

 

 夕暮れの街を見たまま。

 

 小さく言った。

 

「ダメなのかも……。」

 

 ノンは隣にいるケンを見る。

 

 昨日。

 

 地球は広いんだから。

 

 そう言った時。

 

 ケンは目を輝かせていた。

 

 色んな街へ行きたい。

 

 色んな人に会いたい。

 

 色んな声を聞いてみたい。

 

 そう言っていた。

 

 今も。

 

 その気持ちが消えたわけではないはずだ。

 

 ただ。

 

 初めて知らないものを見つけて喜んでいた昨日とは違う。

 

 今日のケンは。

 

 知ったからこそ。

 

 少しだけ迷っている。

 

 ノンには。

 

 そんなふうに見えた。

 

「……疲れてる?」

 

「え?」

 

「朝からずっと歩き回ってたでしょ。」

 

 ノンは端末を閉じる。

 

「時間も時間だし、今日はもう帰りましょ。」

 

 ケンは少しだけ考えてから。

 

「……そだね。」

 

 と頷いた。

 

 二人は。

 

 少し離れた場所で待っていたジーナのところへ向かう。

 

「お嬢様。」

 

「お待たせ、ジーナ。」

 

「撮影は終了ですか?」

 

「今日はね。」

 

 ジーナはノンの様子を確認した後。

 

 ケンへ視線を向けた。

 

「ケン様。」

 

「何?」

 

「お疲れのようですね。」

 

「……ちょっとだけ。」

 

「では、戻りましょう。」

 

 それだけ言って。

 

 ジーナは余計なことを聞かなかった。

 

 三人がキャピタリアを離れる頃には、街の灯りが一つずつ点き始めていた。

 

 行きに見た時は。

 

 ただ大きくて。

 

 人が多くて。

 

 連邦議会のある有名な街。

 

 それだけだった。

 

 今は。

 

 少し違って見える。

 

 この街にも。

 

 戦争を嫌がる人がいる。

 

 家族を心配する人がいる。

 

 怖いと思っている人がいる。

 

 それでも。

 

 もし戦争になれば。

 

 仕方ないと。

 

 戦うしかないと。

 

 そう答える人がいる。

 

 帰り道。

 

 ケンはほとんど口を開かなかった。

 

 カメラの中には。

 

 今日一日で集めたたくさんの声が残っている。

 

 そのほとんどが。

 

 戦争なんてしたくないと言っていた。

 

 なのに。

 

 誰も。

 

 だから絶対に戦わないとは言わなかった。

 

 窓の外へ流れていく夕暮れの景色を眺めながら。

 

 ケンは。

 

 兵士の言葉をもう一度だけ思い返す。

 

 一度動き出したら。

 

 止まれないのが軍。

 

 その言葉の意味を。

 

 今のケンは。

 

 まだ上手く飲み込めずにいた。

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