機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
ケンとノンが歩み寄っていくと、談笑していた連邦兵の一人がこちらに気付いた。
「ん?」
振り向いた兵士と目が合った瞬間、ケンの足がほんの僅かに鈍る。
自分から行くと言った。
話を聞きたいと言い出したのも自分だ。
それでも、こうして地球連邦軍の制服を間近で見ると、頭で分かっていた危険が一気に現実味を帯びた。
もし変装が見破られれば。
もし偽装した学生証に違和感を持たれれば。
相手はその場で自分を拘束する立場にいる。
「あ、あの……すみません。」
ボイスチェンジャーを通した声が、緊張のせいで普段以上に小さくなる。
足を止めたのは二人。
一人は三十代くらいに見える落ち着いた雰囲気の兵士で、もう一人はそれより若い。二人とも街中での勤務らしく、周囲へ気を配りながらも、今のところこちらを不審者として見る様子はなかった。
「近くの大学で……今の地球連邦とコロニー国家連合の関係について、街の人にインタビューしていて……。」
「大学生?」
「は、はい。」
ケンは用意してきた学生証を見せる。
兵士は一度だけ視線を落としたが、特に疑う様子もなく、隣の同僚と顔を見合わせた。
「俺達にも聞くのか?」
「軍人さんの話も聞いてみたくて。」
最後だけは、少しだけ声がしっかりした。
年上の兵士は腕の端末へ目を落とす。
「長くなければいいぞ。まだ勤務中なんでな。」
「あ、ありがとうございます!」
思っていたよりあっさりと了承され、ケンは思わず大きく頭を下げた。
ノンがすぐ横でカメラを構える。
少し離れたところでは、大学の引率役を装ったジーナがさりげなく周囲を見渡していた。私服姿にもだいぶ見慣れてきたとはいえ、その視線だけは普段のメイド長そのものだった。
ノンが小さく頷く。
撮影開始。
「えっと……今、コロニー国家連合との緊張がかなり高まってますけど。」
ケンは一度だけ息を整える。
「もし、本当に戦争になったら……どう思いますか?」
二人の兵士は少しだけ黙った。
先に答えたのは若い方だった。
「どうって言われてもなぁ。」
困ったように笑ってから、肩をすくめる。
「そりゃ、やりたくはないよ。」
「え?」
ケンが思わず聞き返す。
「戦争。」
兵士は今度は少し真面目な顔になった。
「好き好んで行きたい奴なんて、そうはいないだろ。」
隣の年上の兵士も静かに頷いた。
「俺もしたくない。」
その言葉に、ケンの中で少しだけ緊張が解けた。
けれど。
同時に、別の疑問がすぐ浮かんでくる。
「じゃあ……。」
「ん?」
「もし、戦えって命令が出たら?」
「戦う。」
答えは早かった。
迷う様子すらなかった。
ケンの表情が止まる。
「……戦争、したくないんですよね?」
「したくないさ。」
「じゃあ、なんで……。」
そこまで言って、ケンは自分でも踏み込みすぎたと思った。
ノンが横から一瞬だけ様子を見る。
だが、年上の兵士は気を悪くした様子を見せなかった。
「家族がいる。」
静かにそう答える。
「故郷もある。仲間もいる。」
隣に立つ兵士へ視線を送り、それからケンへ戻す。
「守るためだ。」
若い兵士も頷いた。
「俺達が戦わなきゃ、その代わりに誰かが戦うことになるしな。」
「……。」
「だから命令が出れば行く。」
ケンは黙った。
胸の中に、妙な引っ掛かりが生まれる。
どこかで。
似た言葉を聞いたことがある。
コロニー国家連合軍の兵士達。
あの時も。
戦争なんてしたくないと言っていた。
でも、家族がいる。
守りたい場所がある。
仲間がいる。
だから命令があれば戦う。
立っている側は違う。
着ている制服も違う。
守ろうとしている国も違う。
なのに。
言っていることは驚くほど似ている。
「あの……。」
「ん?」
気付けば、ケンは用意していた質問から外れていた。
「が、ガンダムの人の……ど、動画で……見ました。」
兵士の眉が僅かに上がる。
「ガンダム?」
「はい。」
喉が乾く。
「コ、コロニー連合の兵士さんも……同じこと言ってました。」
その瞬間。
二人の顔に、はっきりと驚きが浮かんだ。
「……あの動画見たのか?」
「は、はい。」
若い兵士が少し感心したように笑う。
「学生の間でも見られてるんだな。」
「まあ……結構。」
ケンは曖昧に笑った。
自分がその動画の投稿者本人だとは、当然言えない。
年上の兵士はしばらく黙っていた。
通りを行き交う人々を眺めるように視線を遠くへ向け、少し考えてから口を開く。
「そうだな、お嬢ちゃん。」
さっきまでよりも、少しゆっくりした声だった。
「好き好んで戦いたい奴なんて、そんなにいないのかもしれない。」
ケンは黙って聞く。
「話し合いで済むなら、それがいい。俺もあの動画は見た。」
ケンの指先が、カメラを持つ手の中で僅かに動いた。
「でもな。」
兵士は続けた。
「アイツらとは立場が違う。主義主張も違う。守るべきものも違う。」
一度。
ふっと息を吐く。
「やりたくなくても、やらなきゃいけないのが大人だ。」
「……。」
「それに、一度動き出したら止まれないのが軍ってもんだ。」
兵士の目が少しだけ遠くなる。
「戦争したくない。」
「そう思ってる奴が多かったとしても、それだけで全部止められるほど、簡単な話じゃないのかもしれないな。」
言い終えた兵士は、ほんの少しだけ苦い顔をした。
割り切っているようにも。
諦めているようにも。
ケンには見えた。
「ヒュー。」
横から口笛が飛ぶ。
若い兵士が笑っている。
「言うねぇ。」
「茶化すな。」
年上の兵士も思わず苦笑した。
「若者の問いに答えるのも大人の役目だろ。」
「はいはい。」
「だから茶化すなって。」
二人のやり取りに、ケンも少しだけ笑った。
さっきまであれほど怖かった相手なのに。
今はただ。
目の前にいる一人の人間として話している。
「こんなんでインタビューになったかな?」
年上の兵士が尋ねる。
「あ、はい!」
ケンは慌てて頷いた。
「すごく参考になりました。」
「なら良かった。」
兵士は腕の端末を確認する。
「俺達もまだ勤務中なんでな。そろそろ失礼させてもらうよ。」
「ありがとうございました!」
ケンとノンが揃って頭を下げる。
二人の兵士は最後に見事な敬礼を見せると、そのまま人通りの中へ戻っていった。
しばらく。
ケンはその背中を見送っていた。
「……普通に話してくれたね。」
ノンが小声で言う。
「うん。」
「もっと警戒されると思ってた。」
「俺も。」
ケンはカメラを見下ろす。
「でも……。」
「何?」
「やっぱり同じなんだなって。」
ノンは一瞬だけケンを見る。
それ以上は何も言わなかった。
何を指しているのか。
聞かなくても分かっていた。
それから二人は、再びキャピタリアの街を歩いた。
会社員。
学生。
店員。
議会周辺の施設で働いているという職員。
退役軍人。
別の連邦兵にも声を掛けた。
一人一人の言葉遣いも、生活も、考え方も違う。
けれど。
話を聞いていくうちに。
いくつかの言葉が、何度も繰り返されていることに気付く。
「戦争なんて勘弁してほしいよ。」
仕事帰りだという男は、困ったように笑った。
「でも、向こうが月軌道に艦隊出してるんだろ? こっちだけ何もしないってわけにもいかないんじゃないか。」
「それは……仕方ないってことですか?」
「仕方ないって言いたくはないけどな。」
男は少し考える。
「何もしないで後から後悔するよりは、備えた方がいいだろ。」
別の女性は。
「夫が軍にいるんです。」
そう言って。
一瞬だけ表情を曇らせた。
「戦争なんて絶対嫌ですよ。子供もいますし。」
「じゃあ……旦那さんが行くことになったら?」
ケンが聞く。
「止めたいです。」
答えはすぐだった。
「でも。」
その後。
少しだけ言葉が詰まった。
「本人は、命令が出たら行くって言ってます。」
「……。」
「軍人だからって。」
「私には……それをやめろって言えるのかなって。」
最後は。
誰に聞かせるでもない独り言のようだった。
ケンはその言葉を聞きながら、さっきの兵士の顔を思い出した。
やりたくなくても。
やらなきゃいけない。
そんな考え方が。
思っていたよりもずっと多くの人の中にある。
別の若者は、もっと軽い調子だった。
「まあ、戦争は嫌ですけど。」
手に持っていた飲み物を揺らしながら答える。
「向こうがあれだけやってるなら、連邦も準備するしかないんじゃないですか?」
「怖くないですか?」
「怖いですよ。」
「でも?」
「でも、何もしない方がもっと怖いじゃないですか。」
その「でも」が。
ケンには妙に引っ掛かった。
戦争は嫌。
でも。
備えなければならない。
戦争は嫌。
でも。
戦わなければならない。
戦争は嫌。
でも。
それぞれの後ろに。
違う理由が続く。
そんなインタビューの途中。
少し危ない場面もあった。
「姉ちゃん。」
「は、はい?」
声を掛けた中年の男が、ケンをじっと見る。
思わず身体が強張った。
「気は弱そうだけど、よく見ると結構体格いいな。」
「えっ。」
ケンの顔が固まる。
横でノンも僅かに目を見開いた。
「肩とかしっかりしてるし。」
男は悪気なく続ける。
「何かスポーツでもやってんの?」
「あ、えっと……。」
頭の中が真っ白になる。
男の言っていることは。
間違っていない。
女装していても。
華奢とはいえ。
骨格まで変わったわけではない。
「その……。」
言葉が出てこない。
ノンがすぐ横から口を挟んだ。
「この子、大学で力仕事が多いサークルに入ってるんです。」
「え?」
ケンが思わずノンを見る。
「機材運んだりするから。」
ノンは何事もないように笑う。
男は納得したように頷いた。
「なるほどなぁ。」
もう一度ケンを見る。
「見た目によらないもんだ。」
「は、はは……。」
ケンは引きつった笑顔を浮かべるしかなかった。
インタビューが終わり。
男が去ってから。
「……バレたかと思った。」
ケンが小声で呟く。
「私も。」
「心臓止まるかと思ったよ。」
「次からもう少し肩すぼめて。」
「無理だよ!」
「声大きい。」
「あ。」
慌てて口を閉じる。
少し離れて見ていたジーナが静かに近付いてきた。
「ケン様。」
「はい。」
「今後は姿勢にもご注意ください。」
「メイド長まで……。」
「私は現在、大学講師です。」
「まだそれ続けるんだ……。」
ノンが横で笑う。
緊張していたケンも。
ようやく少しだけ笑えた。
そんな小さな出来事を挟みながら。
撮影は続く。
そして。
中には。
それまでとはまるで違う方向へ突き抜けた相手もいた。
「地球という大地を離れ!」
声を掛けた男は。
地球連邦議会の議員だった。
最初は「せっかく議会のある街まで来たんだから」と軽い気持ちで話を聞いてみただけだった。
だが。
カメラが回り始めた途端。
男の雰囲気が変わった。
「母なる地球の恩恵を忘れた恩知らずの連合共に鉄槌を!」
「……。」
ケンが固まる。
ノンも。
その隣で固まる。
「今こそ地球連邦は断固たる態度を示すべきです!」
議員は完全に乗っていた。
「宇宙へ上がった者達が誰のおかげで繁栄出来たのか! 我々が築き上げてきた歴史を今一度――」
「あ、あの。」
ケンが途中で口を挟もうとする。
「現在の緊張状態について――」
「まさに今こそ連邦が結束すべき時なのです!」
「……。」
質問する隙すらない。
ノンが横から小さくケンを見る。
ケンも。
目だけで返す。
――どうする?
――分からない。
そんなやり取りをしている間にも。
議員の演説は止まらない。
「学生諸君も正しい歴史を学ばねばならん!」
「は、はい。」
「我々の世代だけの問題ではない!」
「そうですね……。」
途中から。
ケンは完全に相槌係になっていた。
数分後。
ようやく話し終えた議員は。
満足そうに笑った。
「では、頑張ってください!」
「……ありがとうございました。」
ケンとノンが頭を下げる。
男が十分に離れたところで。
ノンがゆっくりカメラを止めた。
少しの沈黙。
「……使う?」
「無理。」
ケンは即答した。
「絶対無理。」
「やっぱり?」
「途中からインタビューじゃなかったじゃん。」
「ほとんど演説だったわね。」
「俺、質問一個しかしてないんだけど。」
ジーナも二人のところへ歩いてくる。
「非常に……。」
そこで。
珍しく少しだけ言葉を探した。
「……熱意のある方でしたね。」
「ジーナ。」
「はい、お嬢様。」
「無理して綺麗に言わなくていいわよ。」
「……承知いたしました。」
「メイド長でも困るんだ。」
ケンが笑う。
「ケン様。」
「はい。」
「私は現在、大学講師です。」
「そこだけは絶対崩さないね。」
「役割は大切ですので。」
ノンまで笑った。
張り詰めていた空気が。
少しだけ和らぐ。
その後も。
三人は時間の許す限り街を回った。
声を掛けた全員が答えてくれたわけではない。
急いでいると断る人もいた。
政治の話はしたくないと顔を背ける人もいた。
カメラが嫌だと言う人もいた。
それでも。
今日一日だけで。
かなり多くの声が集まった。
そして。
それらを聞けば聞くほど。
ケンの中で。
ある感覚が強くなっていった。
夕暮れ。
高い建物の間から差し込む光が赤みを帯び、キャピタリアの街並みをゆっくり染めていく。
朝から行き交っていた人々も。
今は仕事や学校を終え、家へ帰ろうとする流れへ変わり始めていた。
ケンとノンは広場の端で一度足を止めた。
ノンが端末を開き。
今日撮影した映像を簡単に確認していく。
兵士。
会社員。
学生。
軍人の家族。
元軍人。
職員。
議員。
色んな人がいる。
言っていることも。
少しずつ違う。
それでも。
「……同じような意見ばかりね。」
ノンが呟いた。
ケンも画面を見る。
「うん。」
「過激な人もいたけど。」
「ほとんどの人は……やっぱり戦争なんかしたくないって言ってる。」
そこまで言って。
ケンは黙った。
今日聞いた言葉が。
一つずつ頭へ戻ってくる。
――戦争なんて勘弁してほしい。
――子供がいるから絶対嫌。
――出来れば話し合いで。
そして。
その後には。
必ずと言っていいほど。
別の言葉が続いた。
――でも、向こうが艦隊を出している。
――でも、備えなければならない。
――でも、命令が出たら行く。
――でも、守らなければならない。
ケンは。
少しだけ眉を寄せた。
「……みんな戦争したくないって言ってるのに。」
「うん。」
「なんで。」
ノンが横を見る。
「みんな、その後に『でも』が付くんだろ。」
ノンはすぐには答えなかった。
答えられなかった。
ケン自身も。
まだ答えを求めていたわけではない。
ただ。
不思議だった。
これまで。
戦争したくない人が増えれば。
その声を集めて。
もっとたくさんの人へ届ければ。
何かが変わるかもしれない。
そう思っていた。
でも。
戦争したくないと思っていることと。
戦わないことは。
どうやら同じではないらしい。
そんな当たり前かもしれないことを。
今になって。
初めて突きつけられたような気がした。
最初に話を聞いた兵士の言葉が。
また。
頭に浮かぶ。
――やりたくなくても、やらなきゃいけないのが大人だ。
――一度動き出したら止まれないのが軍ってもんだ。
――戦争したくない。それだけで全部止められるほど、簡単な話じゃないのかもしれないな。
「……戦争したくないだけじゃ。」
ノンが顔を上げる。
「え?」
ケンは。
夕暮れの街を見たまま。
小さく言った。
「ダメなのかも……。」
ノンは隣にいるケンを見る。
昨日。
地球は広いんだから。
そう言った時。
ケンは目を輝かせていた。
色んな街へ行きたい。
色んな人に会いたい。
色んな声を聞いてみたい。
そう言っていた。
今も。
その気持ちが消えたわけではないはずだ。
ただ。
初めて知らないものを見つけて喜んでいた昨日とは違う。
今日のケンは。
知ったからこそ。
少しだけ迷っている。
ノンには。
そんなふうに見えた。
「……疲れてる?」
「え?」
「朝からずっと歩き回ってたでしょ。」
ノンは端末を閉じる。
「時間も時間だし、今日はもう帰りましょ。」
ケンは少しだけ考えてから。
「……そだね。」
と頷いた。
二人は。
少し離れた場所で待っていたジーナのところへ向かう。
「お嬢様。」
「お待たせ、ジーナ。」
「撮影は終了ですか?」
「今日はね。」
ジーナはノンの様子を確認した後。
ケンへ視線を向けた。
「ケン様。」
「何?」
「お疲れのようですね。」
「……ちょっとだけ。」
「では、戻りましょう。」
それだけ言って。
ジーナは余計なことを聞かなかった。
三人がキャピタリアを離れる頃には、街の灯りが一つずつ点き始めていた。
行きに見た時は。
ただ大きくて。
人が多くて。
連邦議会のある有名な街。
それだけだった。
今は。
少し違って見える。
この街にも。
戦争を嫌がる人がいる。
家族を心配する人がいる。
怖いと思っている人がいる。
それでも。
もし戦争になれば。
仕方ないと。
戦うしかないと。
そう答える人がいる。
帰り道。
ケンはほとんど口を開かなかった。
カメラの中には。
今日一日で集めたたくさんの声が残っている。
そのほとんどが。
戦争なんてしたくないと言っていた。
なのに。
誰も。
だから絶対に戦わないとは言わなかった。
窓の外へ流れていく夕暮れの景色を眺めながら。
ケンは。
兵士の言葉をもう一度だけ思い返す。
一度動き出したら。
止まれないのが軍。
その言葉の意味を。
今のケンは。
まだ上手く飲み込めずにいた。