機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
ベルーガに乗艦してから数時間。
ケン=大神は居場所を失っていた。
食堂へ行けば気まずい。
通路を歩けば視線を感じる。
部屋にいても落ち着かない。
結局辿り着くのは格納庫だった。
巨大な格納庫の中央ではXF-Gフレーム――いや、今はジャンク装甲を纏ったガンダムが整備を受けている。
「おーい坊主」
整備長ヤスシ=ロックブック。
通称おやっさんが声をかける。
「はい」
「暇そうだな」
「暇です」
「正直だな!」
おやっさんは豪快に笑った。
周囲では整備員達が機体をチェックしている。
ケンは少し離れた場所からその様子を眺めていた。
「なぁおやっさん」
「なんだ」
「この機体って何なんだ?」
おやっさんは少しだけ考える。
「知らん」
「え?」
「知らんもんは知らん」
ケンが拍子抜けする。
「でもガンダムなんだろ?」
「あぁ」
「新型なんだろ?」
「あぁ」
「じゃあ分かるんじゃ」
「だから知らん」
おやっさんは頭を掻いた。
「開発主任だった奴は知ってたかもしれねぇがな」
「開発主任?」
「あぁ」
おやっさんは懐かしそうに機体を見る。
「俺の知り合いだった」
「どんな人?」
「一言で言えば天才ってやつだな」
即答だった。
「ただし」
「ただし?」
「何言ってるかさっぱり分かんねぇんだよ」
「は?」
「会話してると頭痛くなる」
整備員達が一斉に頷く。
「主任はそうでしたね…」
「わかる」
「言ってる事が意味不明だったもんな」
どうやら本当らしい。
「ガンダムの話始めると止まらねぇしな」
「数式だの理論だの」
「俺達整備屋に理解出来るかっての」
周囲から不満が飛ぶ。
「でも凄かったんだろ?」
「凄かった」
おやっさんは頷いた。
「本物の天才だった」
少しだけ寂しそうだった。
「完成見届けてから死にやがれば良かったんだがな」
ケンは何も言えなかった。
おやっさんは話題を変える。
「坊主」
「はい」
「戦闘記録見たぞ」
ケンの顔が強張る。
「アシストモードとか言ってたな」
「あぁ……」
「気を付けろ」
「え?」
「昔にも似たような考え方のガンダムがあった」
おやっさんの表情が真面目になる。
「ホープって機体だ」
「教科書で見た事ある……白い悪魔ってヤツだろ?」
「あぁ、知られてはいなぁがこっちにとっても悪魔だった……高性能過ぎるMSだったんだ」
そして。
「パイロットの事なんか考えちゃいねぇ」
おやっさんは機体を見る。
「勝つためなら人間を壊す」
「……」
「そんな思想を感じる」
ケンは黙る。
確かに。
戦闘中のあれは怖かった。
自分の意思じゃなかった。
ガンダムが勝手に動いていた。
「あんまらる頼り過ぎるなよ」
おやっさんが言う。
「アシストモードに」
「でも俺」
「それなら動かせ」
強い口調だった。
「自分自身でだ」
ケンは機体を見る。
巨大なガンダム。
自分が勝手に組み上げた機体。
「……分かった」
そう答えるしかなかった。
◇
その数時間後。
ケンは一人で格納庫の隅にいた。
携帯端末を見ている。
コメント欄。
炎上。
批判。
陰謀論。
戦争。
全部自分が原因。
「どうしたもんかなぁ……」
頭を抱える。
だが。
ふと。
ケンは立ち上がった。
「そうだ」
閃いた。
良い考えだと思った。
そして。
更衣室へ向かう。
数分後。
整備員達が異変に気付く。
「なんだ?あんなやついたか?」
「大神じゃねぇか?」
「違くね?」
オレンジ色のツナギ。
上げられた前髪。
黒いゴーグル。
どこからどう見ても別人だった。
「あいつ変身したぞ」
「変身したな」
「誰だあれ」
整備員達がざわつく。
ケンはカメラを設置する。
そして。
大きく深呼吸。
「どうもーーーーー!!」
格納庫中に声が響いた。
整備員全員が振り向く。
「うるせぇ!?」
「誰だ!?」
「大神って小僧だ!」
「嘘だろ!?」
おやっさんが笑いを堪えていた。
「配信人格ってやつだ」
「人格変わり過ぎだろ」
「別人じゃねぇか」
そんな声を無視して。
ケンケンはカメラへ向き直る。
「どうも〜!」
「ケンケンちゃんネルです!」
テンションが高い。
異常に高い。
「今日は大事なお知らせがあります!」
後ろにはガンダム。
ジャンク装甲を纏った機体。
「前回の動画で大変な騒ぎになってしまいました!」
深々と頭を下げる。
「ごめんなさい!」
そして。
ビシッと機体を指差した。
「まず結論から言います!」
一拍。
「これは本物のガンダムではありません!」
整備員達が顔を見合わせる。
「俺がジャンクパーツを集めて作った!」
ケンケンは胸を張る。
「ハリボテの!」
一呼吸。
「ガンダムダウトです!!」
静寂。
整備員達が固まる。
「ダウト?」
「ダウトだってよ」
「ひでぇ名前だな」
「嫌いじゃねぇ」
おやっさんが呟いた。
ケンケンは気付かない。
「そう!」
「ガンダムっぽいけど偽物!」
「つまりダウト!」
「ドッキリでしたー!」
満面の笑み。
「という事で皆さん安心してください!」
「連邦の秘密兵器とかそんな物騒な話じゃありません!」
「ただのジャンクの寄せ集めでしたー!」
カメラへ手を振る。
「それじゃ!」
「高評価とチャンネル登録よろしく!」
「ケンケンちゃんネルでした!」
撮影終了。
ゴーグルを外す。
「ふぅ……」
いつものケンに戻る。
周囲を見る。
整備員達が呆然としていた。
「なに?」
「お前」
「はい」
「明るかったんだな」
「え?」
「いや別人過ぎるだろ」
ケンは苦笑した。
「配信の時だけだから」
「怖ぇよ」
◇
数十分後。
動画投稿完了。
ケンは満足していた。
「これで少しは落ち着くだろ」
そう思っていた。
本気で。
だが。
現実は甘くない。
コメント欄。
『戦ってただろ』
『ソリダス倒してたぞ』
『今更無理ある』
『誰が信じるんだよ』
『ガンダムダウトで草』
『名前は好き』
『ダウト量産しろ』
『本物認めろ』
『連邦軍工作員乙』
ケンは頭を抱えた。
「誰も信じてねぇ……」
その時だった。
格納庫の扉が勢いよく開いた。
バンッ!!
「バカーーーーーー!!」
聞き覚えのある声。
ノンだった。
全力疾走でこちらへ向かってくる。
「うわっ!?」
「何やってんのよ!!」
ケンの胸ぐらを掴む。
「え?」
「え?じゃないわよ!」
「いやだからドッキリ」
「動画投稿したんでしょ!?」
「した」
「今ベルーガが何してるか分かってる!?」
ケンは固まる。
「え、と……隠れてる?」
「そうよ!!」
ノンが叫ぶ。
「隠れてるの!!」
「発信源から位置を追跡されたらどうするのよ!」
ケンの顔から血の気が引く。
「あ」
「気付いた?」
「あ」
「気付いたわね?」
「またやったぁぁぁぁ……」
頭を抱えるケン。
ノンも頭を抱える。
その瞬間だった。
ウゥゥゥゥゥゥゥッ!!
警報。
艦内に赤色灯が灯る。
ベルーガ全体が緊張に包まれる。
ケンとノンが顔を上げる。
そして。
艦内放送。
グレアーの声だった。
『お嬢』
一瞬の沈黙。
『どうやら補足されやしたぜ』
ケンの背筋が凍る。
ノンも表情を失う。
『どうします?』
ベルーガに戦闘の気配が満ちていった。
ベルーガブリッジ。
警報が鳴り続けている。
メイド長がモニターを操作する。
「追跡艦二」
「ケートス級戦艦二隻」
「距離接近中」
モニターには二隻の艦影。
コロニー連合軍所属。
ケートス級宇宙戦艦。
ベルーガより大型の艦だ。
その時。
オープン回線が開く。
『所属不明艦に告ぐ』
男の声。
『所属不明艦に告ぐ』
『武装解除し素直にガンダムを引き渡せ』
『繰り返す――』
降伏勧告だった。
ブリッジの空気が張り詰める。
「さて」
グレアーが腕を組む。
「どうしやすお嬢」
ノンはモニターを見る。
「撒けそうなの?」
「難しいですね」
グレアーは肩を竦めた。
「ここまで捕捉されちまうと」
「囲まれる前に逃げ切るのは厳しい」
ノンが眉をひそめる。
「難しいって事は」
一拍。
「出来るって事よね?」
意地の悪い笑み。
グレアーが頭を抱えた。
「そういう所は父上にそっくりでさぁな」
「出来るの?」
「かなり無茶ですぜ」
グレアーはモニターを操作する。
ベルーガの設計図が映る。
「ガンダムを出す」
ケンが顔を上げた。
「え?」
「敵の目を引き付ける」
「その隙にベルーガはハイパーブースターを使用しやす」
「でもって全力離脱」
ノンが目を見開く。
「ハイパーブースター!?」
「ベルーガ用の高速ブースターってやつでさぁ」
「ベルーガをかっぱらった時にはまだ調整中だったんでぶっつけ本番にはなりやすが」
「そしてどこまで飛ぶかは知りません」
「ですが今よりはマシでしょう」
あっさり言うグレアー。
ノンは呆れる。
「ガンダムってあいつしか乗れないのよ?」
グレアーの表情が少しだけ真面目になる。
「この数相手に生き残れる可能性があるのも」
モニターのガンダムを見る。
「ガンダムだけです」
ケンの喉が鳴る。
「坊主には悪いが」
「ここでガンダムが破壊されりゃ当初の目的は達成だ」
静かな声だった。
「そして」
ケンを見る。
「坊主のおかげでこうなってます」
「……」
「自分のケツくらいは拭いてもらわねぇと」
ケンは何も言えない。
正論だった。
ノンが立ち上がる。
「なら私も出る」
全員が振り向く。
「グリーガで援護するわ」
「駄目です」
即答だった。
グレアーは首を振る。
「連邦製MSなんざ出した日にゃ」
「連中は確信します」
「連邦が関わってるとな」
「戦争まっしぐらですぜ」
ノンは唇を噛む。
反論出来ない。
そして。
グレアーがケンを見る。
「という事で坊主」
「やれるか?」
ケンは固まる。
自分を指差した。
「俺が?」
「お前さんしかいねぇ」
「いや……」
震える声。
「俺、ただの学生なんだけど……」
「知ってやす」
「戦ったの一回だけだし」
「それも知ってやす」
「死ぬかもしれないし」
「その可能性は高いですな」
ケンの顔が引きつる。
「でもな坊主」
グレアーの声が少しだけ優しくなる。
「見捨てるつもりはねぇ」
ブリッジの全員を見る。
「ベルーガも全力で援護する」
「おやっさん達もガンダムを整備する」
「お嬢も祈る」
「全員で生き残る為に足掻く」
そして。
「だが最初の一歩はお前さんだ」
沈黙。
ケンは拳を握る。
怖い。
逃げたい。
帰りたい。
でも。
ここには自分しかいない。
ゆっくり顔を上げる。
「……どこまで出来るか分かりません」
震える声。
だが目は逸らさない。
「でも」
「やるだけやってきます」
グレアーが頷く。
「それでいい」
艦内警報が鳴り響く中。
ケンは初めて自分の意思で戦場へ向かう決意を固めた。