機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第60話「戦うよりも」

 

 街を塞いでいた大きな瓦礫を、ダウトがゆっくりと道路脇へ下ろした。

 

 巨大な両腕から荷重が抜けると同時に、周囲で待っていた住民達から歓声が上がる。

 

「おお、これなら通れるぞ!」

 

「重機も入れられる!」

 

『大丈夫ですか? 崩れてきたりしません?』

 

「平気だ! 後は俺達で細かいのを片付ける!」

 

『了解です!』

 

 外部スピーカー越しに答えながら、ケンも思わず笑った。

 

 最初はダウトを見るなり逃げ出した人もいた。それが今では、どの瓦礫を動かしてほしいのか地上から手振りで教えてくれる。人の手では到底動かせないものをダウトが運び、その後を住民達が片付けていく。いつの間にか、そんな役割分担まで出来上がっていた。

 

 次はどこを手伝おうかと周囲を見回したところで、通信が入った。

 

『坊主、そろそろ引き上げた方がいいですぜ。』

 

 グレアーだった。

 

「どうしたの?」

 

『連邦軍が動きやした。複数のMS反応が、そちらへ向かっていやす。』

 

 ケンの表情から笑みが消える。

 

「……こっちに?」

 

『ええ。真っ直ぐ向かって来てやす。距離はまだありやすが、目的はまず間違いなく坊主でしょうな。』

 

「そっか……。」

 

 いずれ来るかもしれないとは思っていた。

 

 ガンダムダウトを隠すこともなく街へ近付き、これだけ目立つ作業をしている。誰かが軍へ連絡したとしてもおかしくないし、たまたま監視網に引っ掛かった可能性だってある。

 

 分かってはいたが、ケンは少しだけ名残惜しそうに街を見渡した。

 

 まだ片付ける場所は残っている。

 

 もう少し手伝える。

 

 けれど、そのために住民達を戦闘へ巻き込んでしまえば、何のためにここへ来たのか分からない。

 

「ケン。」

 

 隣にいるノンが声を掛ける。

 

 ケンは一度だけ息を吐くと、素直に頷いた。

 

「うん。約束だもんね。危なくなったらすぐ離れる。」

 

 外部スピーカーを入れる。

 

『すいませーん!』

 

 作業を続けていた住民達が一斉にダウトを見上げた。

 

『俺達、そろそろ行きます! 連邦軍がこっちに向かってるみたいなんで、このままいたら皆さんまで巻き込んじゃうかもしれません!』

 

「もう行っちまうのか?」

 

『はい。』

 

 先ほどまで瓦礫の位置を教えてくれていた男が、空いた道路を振り返った。

 

「これだけやってもらえりゃ十分だ! 重機も入れるようになったし、後は俺達で何とかする!」

 

「ありがとな!」

 

「助かったよ!」

 

 次々と声を掛けられ、ケンは一瞬だけ返事に詰まった。

 

 ダウトに乗っている時に向けられるものといえば、恐怖や敵意の方が多かった。助けたつもりでも、その巨大な姿を見ただけで逃げられたことだってある。

 

 けれど今、モニターの向こうにいる人達は笑って手を振っている。

 

『……俺も、来てよかったです。』

 

 少し照れ臭そうに答えた、その直後だった。

 

 警告音が鳴る。

 

 レーダーの端に複数の反応が現れ、こちらへ向かって急速に接近してくる。

 

「来た!」

 

 映像を拡大する。

 

 遠方から接近してくる機影は、地球連邦軍の量産MS――ブルーガだった。

 

 しかも一機ではない。

 

 複数のブルーガが隊列を組み、街へ向かっている。

 

「ケン、離れるわよ。」

 

「分かってる!」

 

 ケンは住民達へ建物の方へ下がるよう呼び掛けると、ダウトを反転させた。街の中心へ入るのではなく、そのまま外縁部から人気のない方向へ走らせる。

 

 ブルーガの隊列も進路を変えた。

 

 やはり目的はダウトらしい。

 

 それならそれでいい。

 

 追って来るなら、出来るだけ街から引き離す。

 

 建物が後方へ遠ざかり、周囲が開けた土地へ変わった頃、外部通信が割り込んできた。

 

『前方のガンダムへ通告する! こちらは地球連邦軍所属部隊である!』

 

 接近してきたブルーガ達が左右へ広がり、ダウトを囲むように位置を変えていく。

 

『国際指名手配中のケン=大神が搭乗しているものと判断している! 直ちに機体を停止し、投降しろ!』

 

「……やっぱりそうなるよね。」

 

「ダウトで堂々と街に出て来たんだから、ならない方がおかしいわよ。」

 

「まあ……そうなんだけど。」

 

 ケンは通信を開いた。

 

「俺、戦いに来たんじゃないです! さっきまで街の手伝いをしてただけで――」

 

『ならば機体を停止して投降しろ!』

 

「それは出来ません!」

 

『従わない場合は抵抗の意思ありと判断する!』

 

「いや、だから! 戦いたくはないけど捕まるわけにもいかないんですって!」

 

「ケン、それは相手からしたら一番困る答えよ。」

 

「俺だって困ってるよ!」

 

 ノンへ返した直後、正面のブルーガがライフルを持ち上げた。

 

 ケンの顔つきが変わる。

 

 銃口がこちらを捉えるより早くダウトを横へ跳ばすと、直後に銃声が響き、弾丸が地面を抉った。土煙がモニターの端を覆う中、ケンは逃げるだけではなく、相手の動きを追い続ける。

 

 怖くないわけではない。

 

 今でも撃たれれば身体は強張る。

 

 けれど、怖いから何も出来ないままでは、自分もノンも守れない。

 

 スコルから教えられたことを思い出す。

 

 ただ当てるのではない。

 

 どこなら相手の動きを止められるのか。どこならパイロットを巻き込まず、機体の爆発にも繋がりにくいのか。

 

 ケンはサブマシンガンを構えた。

 

「……止める。」

 

 正面のブルーガが次弾を撃つために足を踏ん張る。

 

 その瞬間、ケンは胴体から狙いを外した。

 

「膝なら……!」

 

 引き金を短く絞る。

 

 ばら撒くような連射ではない。数発ずつ区切られた弾丸がブルーガの膝周辺へ集中し、装甲を砕きながら関節部へ食い込んだ。

 

『脚部被弾!』

 

 片脚を支えられなくなったブルーガが大きく傾く。

 

「右へ倒れる!」

 

「そっちには何もないわ!」

 

 ノンの確認とほとんど同時にブルーガが地面へ倒れ込み、大きな土煙が上がった。

 

 爆発はない。

 

 ケンはすぐに生命反応へ目を走らせる。

 

「パイロットは?」

 

「大丈夫。反応に異常なし!」

 

「よし!」

 

 胸の奥に張り付いていたものが僅かに緩んだ。

 

 だが、そこで手を止めない。

 

 別方向から接近してくるブルーガへ視線を移すと、今度はサブマシンガンを下げ、腰のヒートカトラスへ手を伸ばした。

 

『一機で当たるな! 挟み込め!』

 

 二機のブルーガが左右へ分かれる。

 

 そのうち近い一機がライフルを構えた瞬間、ケンは逆に距離を詰めた。

 

「ケン!?」

 

「撃たれる前に近付く!」

 

 銃声。

 

 一発目を身体を沈めるようにかわし、続く射撃に合わせて進路をずらす。装甲のすぐ脇を弾丸が抜ける中、ダウトは一気にブルーガの懐へ飛び込んだ。

 

 ヒートカトラスを抜く。

 

 狙うのは胴体ではない。

 

 ライフルを保持している腕。

 

「そこなら!」

 

 熱を帯びた刃が横薙ぎに走った。

 

 肩から十分に離れた位置を通過し、ブルーガの前腕がライフルごと切り離される。宙を舞った腕部が地面へ落ち、土を巻き上げた。

 

『右腕をやられた!』

 

 ケンは追撃せず、すぐに相手機の状態を確認した。

 

 コクピットに異常はない。

 

 爆発もない。

 

「……大丈夫。」

 

 確認を終えると、すぐ次の機体を探す。

 

 その横顔を、ノンがちらりと見た。

 

 怖がらなくなったわけではない。

 

 ケンは一機を止めるたび、必ず相手の状態を確認している。

 

 ただ、無事だと分かれば前を向けるようになっていた。

 

『距離を取れ! 近接戦に付き合うな!』

 

 残ったブルーガ達が散開し、互いに距離を保ちながらダウトへ射線を作る。

 

「……近付くの大変になったな。」

 

「相手だって考えてるのよ。」

 

「だよね!」

 

 複数方向から銃口が向けられる。

 

 ケンはダウトを走らせながら右腕のワイヤーアンカーを射出した。

 

 狙われたブルーガが横へ跳ぶ。

 

 アンカーは空を切ったが、ケンはすぐに巻き戻さない。

 

 相手が避けた方向へダウトを走らせる。

 

『しまっ――』

 

 ブルーガがライフルを向け直すより早く、ダウトの左手が肩を掴んだ。

 

《SYSTEM ACCESS》

 

 モニターへ表示が走る。

 

 接触したブルーガの制御系へ侵入すると、ケンは必要な処理だけを実行した。

 

 直後、ブルーガの動きが止まる。

 

『な、何だ!? 機体が動かない!』

 

『どうした!?』

 

『操縦を受け付けない! 制御系が落ちた!』

 

 ケンは停止したブルーガが転倒しないことを確認してから手を離した。

 

『接触された直後だ!』

 

『電撃か!?』

 

『各機、ガンダムとの接触を避けろ! 何かで電装系を落としている!』

 

 飛び交う通信を聞きながら、ケンは停止したブルーガを見つめた。

 

 これまでなら、その勘違いをわざわざ訂正する必要はなかった。

 

 相手に何をしたのか分からないままの方が、自分達には都合がいい。それくらいはケンにも分かっている。

 

 けれど、今日は自分からダウトを人前へ出した。

 

 顔を隠し、居場所を隠し、見つからないように逃げ続けるだけではなく、このガンダムで何が出来るのかを見てもらおうと思ってここまで来た。

 

 街での作業も。

 

 今の戦闘も。

 

 ダウトのカメラと、周囲を飛ぶドローンが記録している。

 

 だったら、自分達に都合のいいところだけを見せるのは違うんじゃないか。

 

「……違います。」

 

『何?』

 

「ショートさせたんじゃないです。」

 

 ノンがケンを見る。

 

「ハッキングです。」

 

「ケン!?」

 

 隣から飛んできた声にも、ケンは通信を切らなかった。

 

『……ハッキング?』

 

「はい。ダウトには、接触したMSのシステムへハッキングする機能があります。今はコンピュータを一時的に止めただけです。しばらくすれば、また動けるようになります。」

 

「ちょっとケン! それ――」

 

「ごめん、ノン。」

 

 勝手なことをしている。

 

 それは分かっている。

 

 それでも、ケンは前を向いたまま言った。

 

「俺、もう隠したくないんだ。」

 

「……。」

 

「だからダウトでここまで来たんだろ。」

 

 ノンは何か言い掛けた。

 

 だが、周囲にはまだ戦えるブルーガが残っている。

 

 今ここで言い争っている場合ではないと判断したのか、口を閉じた。

 

『……ハッキング、だと?』

 

 通信の向こうで、一人の連邦兵が低い声で繰り返した。

 

 他の兵士とは、僅かに反応が違う。

 

 驚いたというより、その言葉に何か引っ掛かったような声だった。

 

 だが、ケンがそれを気にするより早く別の通信が飛ぶ。

 

『何をしている! 今は目の前の敵に集中しろ!』

 

『了解!』

 

 再びブルーガが動く。

 

 ハッキングの存在を知られた以上、もう簡単には接触させてくれない。

 

 距離を保ったまま射撃を重ねるブルーガに対し、ケンも一つの方法には拘らなかった。

 

 接近出来るならハッキングで止める。

 

 難しければ、膝や腕など安全に機能を奪える場所を狙う。

 

 アンカーを避けた機体の進路を読み、その先へ回り込む。射撃をかわし切れず肩装甲を弾丸が掠めれば、衝撃に歯を食いしばりながらも姿勢を戻す。

 

 再び放ったアンカーがブルーガの腕へ巻き付いた。

 

「今度は逃がさない!」

 

 ワイヤーを強く引くと、相手機が横へ大きくバランスを崩した。ライフルの銃口が空へ逸れた瞬間、ダウトが懐へ飛び込む。

 

《SYSTEM ACCESS》

 

「これなら壊さなくて済む!」

 

 胸部装甲へ触れた手から制御系へ侵入し、処理を実行する。

 

 ブルーガの動きが止まった。

 

『またか!』

 

『接触させるなと言っただろう!』

 

「好きで触らせてるわけじゃない!」

 

 思わず返してしまったケンに、ノンが呆れた顔を向ける。

 

「敵と口喧嘩しないの。」

 

「向こうが言うから!」

 

「聞こえてるわよ。」

 

「あ。」

 

『……貴様ら、ふざけているのか!』

 

「ふざけてないです!」

 

 そんなやり取りの最中にも、ケンは周囲への注意を切らさなかった。

 

 サブマシンガンを撃つ時も、カトラスを振るう時も、狙う場所を自分で選ぶ。

 

 戦うことに慣れたわけではない。

 

 人を傷つける怖さが消えたわけでもない。

 

 だからこそ、ただ撃つのではなく考える。

 

 どうすれば殺さずに止められるのか。

 

 どうすれば相手も自分達も生き残れるのか。

 

 それを繰り返していくうちに、ダウトへ攻撃を続けられるブルーガは一機、また一機と減っていった。

 

     *

 

 やがて銃声が途絶えた。

 

 風に流されていく土煙の向こうには、動きを止めたブルーガ達がいる。

 

 膝を損傷して立てなくなった機体。

 

 片腕を失い、武器を扱えなくなった機体。

 

 そして外見にはほとんど損傷がないまま、ハッキングによって沈黙している機体。

 

 ケンは一機ずつ生命反応を確認し、全員が無事だと分かってようやく背もたれへ身体を預けた。

 

「……よかった。」

 

 操縦桿から手を離すと、掌にはじっとりと汗が滲んでいた。

 

「ちゃんと出来たわね。」

 

「……うん。」

 

 ほんの少しだけ笑ったケンへ、ノンが横目を向ける。

 

「でも。」

 

「え?」

 

「ハッキングの話は帰ってからだからね。」

 

「……やっぱり?」

 

「当たり前でしょ。」

 

 声は静かだった。

 

 その方が怖い。

 

「はい……。」

 

『貴様ら……!』

 

 通信から怒声が飛んできた。

 

 ケンは慌てて姿勢を戻す。

 

『我々の機体をこれだけ攻撃しておいて、何が戦うつもりはないだ!』

 

「だから最初から戦いたくないって言ってるじゃないですか!」

 

『なら投降しろ!』

 

「それは出来ません!」

 

『それを抵抗と言うんだ!』

 

「う……。」

 

 正論を返され、ケンが詰まる。

 

 ノンが隣で小さくため息をついた。

 

「そこは言い返せないわね。」

 

「でも捕まるわけにはいかないし……。」

 

 困ったように眉を寄せたケンの視線が、ふと遠くへ向いた。

 

 ここから街の様子までは見えない。

 

 けれど、少し前まで自分達がいた場所が、その先にある。

 

 まだ作業は終わっていない。

 

 住民達は今も、自分達だけで瓦礫を片付けているはずだ。

 

 なのに、自分達はここでずっと戦っている。

 

 ケンはしばらく街の方を見た後、再び通信を開いた。

 

「……あなた方は。」

 

『何だ。』

 

「戦って、人を殺すのが仕事なんですか?」

 

 一瞬、通信が静まり返った。

 

『……馬鹿にするな!』

 

 返ってきた声は、それまで以上に強かった。

 

『我々は人を殺すために軍人になったんじゃない! 地球を、そこで暮らす人々を守るために軍に入ったんだ!』

 

 ケンはその言葉を黙って聞いた。

 

 キャピタリアで会った兵士の言葉が、頭の中に蘇る。

 

 好き好んで戦いたい者なんて、そんなにいない。

 

 それでも立場があり、守るものがあり、命令が出れば戦わなければならない。

 

 目の前の兵士達にも、きっとそれぞれの理由がある。

 

 だからこそ。

 

「地球の人々を守るために軍に入ったんですよね?」

 

『そうだ。だから貴様のような――』

 

「なのに今困ってる人達は知らんぷりして、俺と戦うんですか?」

 

 言葉が途切れた。

 

「すぐ近くの街です。荒天で大きな瓦礫が残って、道も塞がって、みんな困ってました。俺達、さっきまでそこで片付けを手伝ってたんです。」

 

『……。』

 

「まだ全部終わってません。」

 

『我々には貴様を拘束する任務がある。』

 

「分かってます。」

 

 ケンはそれを否定しなかった。

 

 自分が国際指名手配されていることも、彼らが命令を受けてここへ来たことも事実だ。

 

「でも、あの街にいる人達だって、あなた達が守ろうとしてる地球の人達なんじゃないんですか?」

 

 すぐに返事はなかった。

 

 ブルーガのコクピットで、兵士達はそれぞれ遠くにある街の方向へ目を向けていた。

 

 目の前にいるのは国際指名手配犯。

 

 拘束しようとしたことが間違っていたわけではない。

 

 それでも、その相手から自分達が軍人になった理由を問い返されてしまった。

 

 怒りだけでもない。

 

 納得だけでもない。

 

 誰も簡単には言葉に出来ない表情が、兵士達の顔に浮かんでいた。

 

 その沈黙を破ったのは、一機のブルーガから聞こえてきた電子音だった。

 

『……隊長。』

 

『どうした?』

 

『システムが……再起動しています。』

 

 最初にハッキングされたブルーガのモニターが一つずつ点灯していく。

 

 制御系が復旧し、パイロットが試しに操縦桿を動かすと、それまで沈黙していたブルーガの指先が僅かに動いた。

 

『機体制御、戻ります。』

 

「あ。」

 

 ケンも気付く。

 

「多分、もうすぐ普通に動けると思います。」

 

『……分かっていたのか?』

 

「はい。ずっと止めるためのものじゃないんで。」

 

『なら最初から言え!』

 

「言いましたよ! しばらくしたら復旧するって!」

 

『戦闘中にそんな説明を信じられるか!』

 

「それは……まあ……そうかもしれないですけど。」

 

 ケンが困った顔をすると、ノンが額を押さえた。

 

 やがてブルーガが完全に復旧し、ゆっくりと立ち上がる。

 

 続いてもう一機。

 

 ハッキングによって止められていただけのブルーガ達が、自分の意思で再び動き始めた。

 

 そのうち一機が、地面へ置いていたライフルを拾い上げる。

 

 ケンの表情から笑いが消えた。

 

 戦える。

 

 もう一度、始めようと思えば始められる。

 

 ダウトもすぐに動けるよう、ケンは操縦桿へ手を戻した。

 

 ブルーガの銃口が持ち上がる。

 

 だが。

 

 その銃口はダウトへ向かなかった。

 

『……隊長。』

 

 若い兵士の声が通信へ流れる。

 

『どうしますか。』

 

 隊長はしばらく答えなかった。

 

 モニターに映るダウトを見つめ、それから街の方向へ視線を移す。

 

『……街の状況を確認する。』

 

『しかし、ガンダムは――』

 

『分かっている。』

 

 低い声が遮った。

 

『国際指名手配犯を見逃すつもりはない。任務を放棄するつもりもない。だが、市民に被害が出ていると聞いて、それを確認もせず戦闘を続けるわけにはいかん。』

 

「じゃあ……。」

 

『勘違いするな。貴様を見逃したわけじゃない。』

 

「……はい。」

 

『今は市民の安全確認が先だ。案内しろ。』

 

 ケンの表情が一気に明るくなる。

 

「はい!」

 

『嬉しそうに返事をするな!』

 

「す、すいません!」

 

     *

 

 街へ戻ってきたダウトを見て、住民達は安堵した。

 

 だが、その後ろからブルーガが姿を現した瞬間、今度は一斉に身構える。

 

「連邦軍……。」

 

「おい、どうなってる?」

 

「捕まったんじゃないのか?」

 

 無理もない。

 

 連邦軍が来るから離れると言って出ていったガンダムが、その連邦軍を引き連れて戻ってきたのだから。

 

 ケンは慌てて外部スピーカーを入れた。

 

『大丈夫です! 連邦軍の人達も手伝ってくれることになりました!』

 

『おい!』

 

 すぐさま通信から怒声が飛ぶ。

 

『勝手に話を進めるな! 我々は市民の安全確認に来ただけだ!』

 

『え? でも手伝ってくれるんですよね?』

 

『まず状況を確認すると言っている!』

 

 そのやり取りを聞いていた住民達が顔を見合わせる。

 

 やがて、先ほどの男が吹き出した。

 

「なんだ兄ちゃん。連邦軍まで連れてきたのか。」

 

『いや、連れてきたっていうか……追いかけられてたっていうか……。』

 

『余計なことを言うな!』

 

 男の笑い声が大きくなり、緊張していた周囲からも少しずつ笑いが漏れる。

 

 隊長機のブルーガは街の被害を確認すると、さっきまでの険しい態度を少しだけ変えた。

 

 実際に道路は瓦礫で塞がれ、建物の一部も崩れている。ダウトが片付けた場所だけでも相当な量だったことは、残された痕跡を見れば分かった。

 

「軍人さん!」

 

 一人の住民が、安全な距離を保ったままブルーガへ手を振った。

 

「悪いけど、あっちの道路もまだ塞がってるんだ! 重機だけじゃ時間が掛かりそうでさ!」

 

 隊長機が指差された方向を見る。

 

 しばらくして、ブルーガが歩き出した。

 

『周囲を空けてくれ。作業中は絶対に近付くな。』

 

「おお、助かる!」

 

 そこからは早かった。

 

 動けるブルーガは大きな瓦礫や構造材の撤去へ回り、ダウトも別の場所で作業を再開する。

 

 そして、戦闘で損傷したブルーガの兵士達も何もしないわけではなかった。

 

 膝を破壊されて歩けなくなった機体は、街から少し離れた安全な場所へ置かれた。

 

 コクピットハッチが開き、中から連邦兵が降りてくる。

 

 ケンはその姿を見て、少し気まずそうに通信を開いた。

 

『あの……すいません。機体、壊しちゃって。』

 

 地上へ降りた兵士がダウトを見上げる。

 

「今さら謝るな。先に撃ったのはこっちだ。」

 

『でも……。』

 

「それより街だろ。」

 

 兵士はヘルメットを脱ぐと、そのまま住民達のところへ向かった。

 

「何をすればいい?」

 

「え?」

 

「俺の機体は動かない。だが、俺まで動けないわけじゃない。」

 

 兵士が自分の両腕を軽く広げてみせる。

 

 住民は一瞬呆気に取られた後、すぐに笑った。

 

「じゃあ悪いけど、こいつ運ぶの手伝ってくれ!」

 

「ああ。」

 

 腕を切断されたブルーガのパイロットも機体から降り、作業へ加わった。

 

 そこからは軍人も住民も関係なかった。

 

 人間の手で運べるものは、みんなで運ぶ。

 

 大きすぎるものはダウトやブルーガへ声を掛ける。

 

 住民が瓦礫をまとめ、連邦兵がそれを運び、別の場所では軍人と住民が一緒になって崩れた資材を撤去する。

 

 ダウトが巨大な瓦礫を持ち上げると、その下へ入り込んでいた細かな破片を住民達が取り除いた。

 

『危ないんで、まだ入らないでください!』

 

「分かってるよ!」

 

『いや、今入ろうとしてましたよね!?』

 

「入ってない!」

 

『足出てましたよ!』

 

「細けぇな兄ちゃん!」

 

『踏んだら洒落にならないんですよ!』

 

 少し離れた場所では、ブルーガが倒れた構造材を慎重に持ち上げていた。

 

『そっち、もう少し右お願いします!』

 

『貴様に指図される筋合いはない!』

 

『でもそっちの機体の方が近いじゃないですか!』

 

『分かっている! 今やろうとしていた!』

 

『じゃあお願いします!』

 

『だから指図するな!』

 

 ケンが笑う。

 

 通信の向こうから隊長の舌打ちが聞こえた。

 

 作業は続いた。

 

 時間が経つにつれて、軍服も住民達の服も同じように埃で汚れていった。

 

 汗を拭いながら瓦礫を運ぶ兵士へ住民が水を渡し、兵士が礼を言って受け取る。別の場所では、年配の住民から道路の構造を聞いた兵士が、ブルーガのパイロットへ無線で撤去する順番を伝えている。

 

 誰か一人が助ける側で、誰か一人が助けられる側というわけではなかった。

 

 その場にいる全員が、それぞれ出来ることをしていた。

 

 ケンはダウトの手で大きな瓦礫を道路脇へ運びながら、何度もその光景へ目を向けた。

 

「……変な感じだな。」

 

「何が?」

 

「だって、さっきまであの人達と戦ってたんだよ。」

 

 ノンもモニターの向こうを見る。

 

 ブルーガの足元で、住民と連邦兵が一緒になって細かな瓦礫を運んでいる。そのすぐ横では、別のブルーガが道路を塞いでいた大きな構造材を持ち上げていた。

 

「なのに今、一緒にこんなことしてる。」

 

「……そうね。」

 

 ノンはしばらくその光景を見つめていた。

 

 やがて、ぽつりと言う。

 

「止まったわね。」

 

「え?」

 

「戦うの。」

 

 ケンはノンを見る。

 

 ノンはそれ以上何も言わず、ただ外を見ていた。

 

 ケンも再びモニターへ目を向ける。

 

 銃声はもう聞こえない。

 

 代わりに聞こえてくるのは、瓦礫を運ぶ音と、人々が互いに呼び掛ける声だった。

 

     *

 

 作業が一段落した頃には、空の色も少し変わり始めていた。

 

 完全に元通りになったわけではない。

 

 それでも主要な道路を塞いでいた瓦礫はほとんど撤去され、住民達だけでも作業を続けられるところまで片付いている。

 

「よし! 今日はここまででいいだろ!」

 

 住民の一人が声を上げる。

 

 あちこちから「お疲れ!」という声が返った。

 

 地上では連邦兵達も汗を拭い、住民から渡された水を飲んでいる。

 

 動けるブルーガも作業を終え、少し離れた場所へ並んでいた。

 

 ケンはその様子を眺めているうちに、ふと思い付いた。

 

「……ねえ。」

 

「何?」

 

「写真撮らない?」

 

「写真?」

 

 ノンが振り向く。

 

「うん。」

 

 ケンは少し嬉しそうに外を見る。

 

「みんなで。」

 

「……みんな?」

 

「街の人も、連邦軍の人達も。」

 

 ノンが目を瞬かせた。

 

「本気?」

 

「だってさ。」

 

 ケンはモニターの向こうにいる人達を見る。

 

「俺達、さっきまで戦ってたんだよ。それが今は、みんなで一緒に街の片付けしてた。」

 

 少しだけ間を置く。

 

「これ、残したいんだ。」

 

 ノンはケンの顔を見つめた後、小さく笑った。

 

「……聞いてみたら?」

 

「うん!」

 

 ケンはすぐに外部スピーカーを入れた。

 

『あのー! 皆さん!』

 

 住民達と連邦兵がダウトを見る。

 

『最後に、みんなで写真撮りませんか?』

 

「写真?」

 

『はい! 記念写真!』

 

『何の記念だ!』

 

 隊長の声が即座に飛んできた。

 

『さっきまで我々と戦っていたことを忘れたのか!』

 

『だからですよ!』

 

『何がだからだ!』

 

 住民達から笑いが起こる。

 

「いいじゃないか軍人さん! せっかくだ、撮ろうぜ!」

 

「俺達までか?」

 

「一緒に片付けしたんだから一緒だろ!」

 

「おい、引っ張るな!」

 

 断る暇もなく、地上にいた兵士達が住民に連れていかれる。

 

 隊長は何か言いたそうだったが、結局大きなため息を吐いた。

 

『……一枚だけだぞ。』

 

『やった!』

 

『喜ぶな!』

 

 ケンはドローンカメラを操作し、街の上空へ移動させた。

 

 中央にはガンダムダウト。

 

 その後方に、作業を終えたブルーガ達。

 

 ダウトの足元には、街の住民と地球連邦軍の兵士達が並んでいく。

 

「ケン。」

 

「うん。」

 

 ケンはオレンジ色のツナギ姿を整え、ゴーグルがずれていないことを確認した。

 

 ノンも赤ずきんとして身なりを整える。

 

 コクピットハッチを開く。

 

 外の空気が一気に入り込み、作業の埃と街の匂いがコクピットへ流れ込んできた。

 

 二人は機体から降りず、開いたハッチからコクピットの上へ身体を出した。

 

 住民の一人がダウトを見上げる。

 

「おお! 兄ちゃん達も写るのか!」

 

「もちろんです!」

 

「赤ずきんもいるぞ!」

 

「ほんとだ!」

 

 ノンが小さく手を振る。

 

 ケンは飛んでいるドローンの位置を調整しながら、全員が画角に入っているか確認した。

 

「軍人さん、もうちょっと真ん中寄ってくださーい!」

 

「俺達まで本当に写るのか?」

 

「もちろん!」

 

「勤務中なんだぞ……。」

 

「いいから来いって!」

 

「だから引っ張るな!」

 

 住民に肩を組まれた連邦兵が、諦めたように前を向く。

 

 ケンは思わず笑った。

 

「じゃあ撮りますよー!」

 

「ケン、ちゃんと自分も入ってる?」

 

「大丈夫! ドローンだから!」

 

「そうじゃなくて、あなたが端に寄りすぎ。」

 

「あ、ほんとだ。」

 

 ケンが少しノンの方へ寄る。

 

「これくらい?」

 

「もうちょっと。」

 

「近くない?」

 

「落ちるよりいいでしょ。」

 

「それはそうだけど!」

 

 下から笑い声が聞こえてくる。

 

 ケンも笑いながらドローンへ合図を送った。

 

「じゃあ今度こそ!」

 

 ダウト。

 

 ブルーガ。

 

 街の住民達。

 

 地球連邦軍の兵士達。

 

 そして、開いたコクピットハッチの上にいるケンケンと赤ずきん。

 

「3!」

 

「2!」

 

「1!」

 

 シャッターが切られた。

 

 ほんの少し前まで、互いに銃を向けていた者達が。

 

 一枚の写真の中に、一緒に収まった。

 

     *

 

 撮影が終わると、連邦兵達は帰還の準備を始めた。

 

 損傷したブルーガについても回収の手配を進めるらしい。

 

 住民達が兵士へ礼を言い、それぞれが短い言葉を交わしていく。

 

 ケンとノンも再びコクピットへ戻り、ハッチを閉じた。

 

 やがて隊長から通信が入る。

 

『……ケン=大神。』

 

「はい。」

 

『勘違いするなよ。貴様の指名手配が解除されたわけではない。』

 

「分かってます。」

 

『次に会った時まで、今日と同じとは限らん。』

 

「……はい。」

 

 ケンもそこは笑わなかった。

 

 彼らは地球連邦軍の兵士だ。

 

 今日一緒に街を手伝ったからといって、その立場まで変わったわけではない。

 

 隊長もそれを分かっているからこそ、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

『……今日は逃げられたと報告しておく。』

 

「え?」

 

『聞き返すな。』

 

「あ、はい!」

 

 隊長の深いため息が通信越しに聞こえた。

 

『ったく……帰ったら報告書だ。面倒なことばかり増やしやがって。』

 

 ぼやく声に、ケンは思わず笑いそうになった。

 

「……あの!」

 

『今度は何だ。』

 

「今日は、ありがとうございました!」

 

『……礼を言われる筋合いはない。』

 

「でも、一緒に手伝ってくれたから。」

 

『我々が助けたのは地球連邦の市民だ。貴様のためじゃない。』

 

「はい。」

 

『……。』

 

「それでも、ありがとうございました。」

 

 隊長は少しの間、何も言わなかった。

 

 やがて。

 

『……さっさと行け。気が変わらんうちにな。』

 

「はい!」

 

 通信が切れる。

 

 動けるブルーガが街を離れ、損傷した機体の回収準備も始まる。

 

 住民達は去っていく連邦兵へ手を振っていた。

 

 ケンもそれを見送った後、先ほど撮影した写真をモニターへ表示する。

 

 中央にはダウト。

 

 その後ろにはブルーガ。

 

 足元には汗と埃で汚れた街の住民達と連邦兵達が並び、開いたコクピットハッチからはケンケンと赤ずきんが写っている。

 

 完璧に整った記念写真ではない。

 

 疲れている人もいる。

 

 軍服は汚れ、機体には戦闘の傷まで残っている。

 

 それでも。

 

 全員が同じ一枚の中にいた。

 

「……変な写真。」

 

 ノンが呟く。

 

「そう?」

 

「だって、この人達と少し前まで戦ってたのよ?」

 

 ケンは写真を見たまま笑った。

 

「だからいいんじゃん。」

 

「……。」

 

「戦ってたのに、途中でやめられた。」

 

 ケンはそれ以上続けなかった。

 

 写真の中では、住民に肩を組まれた連邦兵が少し困ったような顔をしている。その隣では住民が笑い、別の兵士も仕方なさそうにカメラを見ていた。

 

 そして、その後ろには。

 

 ガンダムダウトとブルーガが、同じ方向を向いて立っている。

 

 ノンもしばらく写真を眺めた後、僅かに表情を緩めた。

 

「……そうかもね。」

 

「うん。」

 

 ケンはもう一度だけ写真を見てから、ダウトを街の外へ向けた。

 

 住民達が手を振っている。

 

 ケンもコクピットの中から手を振り返した。

 

 当然、外から見えるはずはない。

 

 それでも。

 

 ダウトはゆっくりと片腕を上げ、街の人々へ大きく手を振った。

 

 今度こそ。

 

 誰とも戦うことなく。

 

 ガンダムダウトは街を後にした。




記念写真

【挿絵表示】
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