機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~   作:NageT

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第61話「隠さないということ」

 

 @kiの研究施設へ戻ったダウトが格納庫へ入ると、待っていた者達が一斉に動き出した。

 

 機体が所定の位置へ収まり、固定用のアームが脚部を保持する。街へ向かった時にはなかった細かな弾痕や傷が装甲に増えており、それを見上げたおやっさんの眉間には早くも深い皺が刻まれていた。

 

「……街の手伝いに行くだけじゃなかったのか?」

 

 低い声が格納庫に響く。

 

 開いたコクピットハッチから顔を出したケンは、その声を聞いた瞬間に視線を逸らした。

 

「いやぁ……その予定だったんだけど。」

 

「予定だった、じゃねぇ。なんで連邦軍と戦って傷増やして帰ってきてんだ。」

 

「色々ありまして……。」

 

「色々で済ますな!」

 

 おやっさんの怒声に肩を縮めながら、ケンはコクピットから降りていく。

 

 その後に続いてノンが姿を現すと、それまでダウトを見上げていたジーナがすぐに前へ出た。

 

「お嬢様。」

 

「ジーナ、ただいま。」

 

 ノンが床へ降りた途端、ジーナは返事より先にその全身へ目を走らせた。顔、腕、脚と順番に確認し、最後には服に目立った汚れや破れがないかまで見ている。

 

「お怪我はございませんか?」

 

「大丈夫よ。何ともないわ。」

 

「本当に?」

 

「本当に。」

 

「連邦軍との戦闘になったと聞きました。」

 

「……なったけど。」

 

「私は出発前に、危険があればすぐにお戻りくださいと申し上げたはずですが。」

 

「戻ってきたじゃない。」

 

「連邦軍との戦闘を経て、ですが。」

 

「……ごめんなさい。」

 

 さすがに言い返せなくなったノンが小さく謝る。

 

 ジーナはまだ何か言いたそうだったが、ノンに怪我がないことを確かめると、ようやく表情を僅かに緩めた。

 

「ご無事で何よりです。」

 

「心配かけたわね。」

 

「はい。大変。」

 

「そこは否定してよ……。」

 

 そのやり取りを横で聞いていたケンが、そっと二人から距離を取ろうとする。

 

「ケン様。」

 

「はい!」

 

 呼び止められ、背筋が伸びた。

 

「お嬢様をお守りいただいたことには感謝いたします。」

 

「あ、いや。ノンが一緒にいてくれたから俺も――」

 

「ですが。」

 

「はい……。」

 

「次回は、連邦軍と交戦する前にお戻りください。」

 

「俺も出来ればそうしたかったんだけどなぁ……。」

 

「ケン。」

 

 今度はノンに呼ばれた。

 

 振り返ると、先ほどまでジーナに叱られていたノンの表情が変わっている。

 

「何?」

 

「あとで話があるから。」

 

「……ハッキング?」

 

「分かってるじゃない。」

 

「はい……。」

 

 どうやらジーナから逃れても、今度は自分の番らしい。

 

 少し離れたところでは、@kiとスコルもダウトを見上げていた。

 

「街のお手伝いに行って、連邦軍に追われて、戦って、そんで最後は一緒に街のお手伝いして記念撮影までして帰ってきたんやろ?」

 

 @kiが指を折りながら今日の出来事を並べていく。

 

「なんでそんなことになんねん。」

 

「俺が聞きたいよ。」

 

「自分でやったんやろが。」

 

 横でスコルが呆れたように息を吐いた。

 

「しかも連邦兵と記念写真って、お前な……。」

 

「最後は一緒に手伝ったんだからいいじゃん。」

 

「その前に撃ち合ってんだろ。」

 

「だからこそ撮ったんだよ。」

 

「意味分かんねぇよ。」

 

 スコルは頭を掻きながら、ダウトに残った戦闘痕を見上げる。

 

 そんな彼らの後ろから、グレアーが歩いてきた。

 

「全員無事で何よりでやす。」

 

「グレアー!」

 

「連邦軍がそちらへ向かっていると分かった時は、どうなることかと思いやしたよ。」

 

「心配かけました……。」

 

「本当にねぇ。」

 

 グレアーはいつもの調子で答えたものの、その視線はケンとノンの無事を確かめるように一度ずつ二人へ向けられた。

 

「しかし坊主。帰ってくるまでの間に、また随分と面倒なことをしてくれやしたね。」

 

「……ハッキング?」

 

「それも含めてでやす。」

 

 ケンの顔が引きつる。

 

 どうやらノン一人と話せば終わる問題ではないらしい。

 

「とりあえず坊主とお嬢は行ってろ。」

 

 おやっさんが工具を手にダウトへ近付いていく。

 

「こいつは俺が見る。街の手伝いだけならともかく、戦闘までしたんだ。外から見えねぇところに何か出てるかもしれん。」

 

「帰りは特に変な警告とか出てなかったよ。」

 

「だからって何もねぇとは限らん。さっさと行け。」

 

「はーい……。」

 

 ケン達はおやっさんを残し、格納庫を後にした。

 

     *

 

 研究施設の一室。

 

 中央のモニターには、ダウトと撮影用ドローンが記録していた映像が表示されていた。

 

 グレアーがデータを整理し、ノンがその横で映像を確認する。

 

 ケン、ジーナ、スコル、@kiも同じ画面を囲んでいた。

 

 最初に映ったのは街の外れだった。

 

 突然現れたダウトを見て逃げる住民達。外部スピーカー越しにケンが呼び掛け、恐る恐る近付いてきた人達から事情を聞く。

 

 そして嵐で崩れた場所へ向かい、道路を塞いでいた巨大な瓦礫を持ち上げるダウト。

 

「ここまでは平和だったんだけどなぁ。」

 

 ケンが呟く。

 

「そこからが問題なんでやすよ。」

 

 グレアーが映像を先へ進めた。

 

 街から離れた場所を走るダウト。

 

 その前方へ複数のブルーガが展開し、ライフルを構える。

 

 映像を見ていたスコルが、僅かに眉を寄せた。

 

「……なんか妙な感じすんな。」

 

「何が?」

 

「ブルーガが敵みてぇに映ってんのがよ。」

 

 ケンが画面とスコルを見比べる。

 

「俺はずっとあっち側に乗ってたからな。今も連邦軍人だし。」

 

「そっか。」

 

「まあ、お前からしたらブルーガに追い回される方が見慣れた光景なんだろうけどよ。」

 

「出来れば見慣れたくなかったよ。」

 

 映像の中で戦闘が始まる。

 

 正面からライフルを撃つブルーガに対し、ダウトは射線から大きく外れながらサブマシンガンを構えた。連射はしない。短く絞った射撃がブルーガの膝関節へ集中し、脚を支えられなくなった機体がその場へ崩れていく。

 

 別方向から迫る機体にはアンカーを射出し、姿勢を崩したところへ一気に接近する。ヒートカトラスが振り抜かれ、ライフルを持った腕だけが肩口から切断された。

 

 倒れる方向には何もない。

 

 コクピットにも攻撃は入っていない。

 

 それを確認したダウトは、既に次のブルーガへ向かっていた。

 

「……随分変わったな、お前。」

 

 スコルがぼそりと呟いた。

 

「え?」

 

「前だったら、撃つまでにもっとビビってただろ。」

 

「……まあね。」

 

 ケンは少し照れたように頬を掻いた。

 

「怖くないわけじゃないけどさ。撃たなきゃいけない時まで何もしない方が危ないって、分かってきたから。」

 

「なら教えた甲斐はあったな。」

 

「先生のおかげです。」

 

「誰が先生だ。」

 

 スコルが鼻を鳴らす。

 

 映像はさらに進む。

 

 ダウトが一機のブルーガへ肉薄し、その手を装甲へ押し当てる。

 

 直後、ブルーガの動きが止まった。

 

 通信には、困惑する連邦兵達の声まで残っている。

 

『機体が動かない!?』

 

『何をした! 電撃か!?』

 

『……違います。』

 

 ケンの声。

 

『ショートさせたんじゃないです。』

 

 その瞬間、部屋にいたケンが気まずそうに視線を逸らした。

 

『ハッキングです。』

 

 ノンが映像を止めた。

 

「ここ。」

 

「……はい。」

 

「なんで言ったの?」

 

 ケンはしばらく答えなかった。

 

「ケン。ハッキングを使ったことを怒ってるんじゃないのよ。」

 

「うん。」

 

「あの状況なら、ブルーガを破壊せずに止められる方法を使うのは分かる。でも向こうは、最初はショートか何かだと思ってた。」

 

 ノンは停止した映像を指す。

 

「黙っていれば、ダウトがハッキング出来るなんて分からなかった。」

 

「……分かってる。」

 

「だったら、どうして?」

 

 ケンは画面を見つめた。

 

 ダウトの手がブルーガへ触れている。

 

 あの時も、言おうか迷わなかったわけではない。

 

 それでも、自分から口にした。

 

「俺……隠したくなかったんだ。」

 

「何を?」

 

「俺がやったこと。」

 

 ケンは椅子へ深く座り直した。

 

「今回、俺はダウトで街へ行ったじゃん。戦う以外に、このガンダムで何か出来ないかなって思って。」

 

「ええ。」

 

「それで実際に街の人を手伝えた。でも、その途中で連邦軍と戦った。ハッキングも使った。」

 

 ケンは一度言葉を止める。

 

「なのにさ、そこだけ隠して『ダウトは人を殺さずに連邦軍を止めました』って見せるのは……なんか違うと思った。」

 

「……。」

 

「俺達に都合のいいところだけ見せて、都合の悪いところは隠して、それで『俺達を信じてください』って言うのは嫌なんだ。」

 

 ノンはすぐには答えなかった。

 

 代わりに口を開いたのはグレアーだった。

 

「坊主。」

 

「うん。」

 

「その考え自体を否定するつもりはありやせん。」

 

 グレアーは腕を組み、モニターへ視線を向ける。

 

「ですがね。現場にいた連邦兵に知られたことと、86ちゃんTVで世界中へ公開することは、まったく意味が違いやす。」

 

「……うん。」

 

「動画にすりゃ連邦だけじゃねぇ。コロニー国家連合も見る。軍人も見る。情報を扱ってる連中も見る。一度保存されちまえば、あとから消したところで遅い。」

 

 グレアーの口調から、普段の軽さが少し消える。

 

「坊主がどういう気持ちで使ったかとは別に、軍はまず『その兵器に何が出来るのか』を見やすからね。」

 

「でもハッキングって、そこまで――」

 

「そこまでなのよ。」

 

 ノンが言った。

 

「ダウトのハッキングは、ただの便利な機能じゃない。」

 

 ケンがノンを見る。

 

「前の戦争で使われたガンダムにも、同じような機能があったの。」

 

「……え?」

 

 ケンの表情が変わった。

 

「前のガンダムにも?」

 

「ええ。」

 

「でも俺、そんな話聞いたことないよ。」

 

 ガンダムそのものなら知っている。

 

 コロニーで育ったケンにとって、それは本来なら敵側の兵器だった。

 

 前大戦でコロニー国家連合軍を何度も苦しめた地球連邦の特殊MS。コロニー側では恐怖や憎しみと共に語られることも多かったが、それでも子供の頃のケンにとっては、どこか現実離れした伝説の機体でもあった。

 

 圧倒的な性能。

 

 戦場を変えたMS。

 

 敵の兵器だと分かっていても、その姿や逸話に心を躍らせたことがないと言えば嘘になる。

 

 だからこそ、廃工場であのフレームを見つけた時も、真っ先に頭に浮かんだのがガンダムだった。

 

「ガンダムがハッキング出来たなんて、そんな話……。」

 

「俺も知らねぇぞ。」

 

 スコルも表情を変えていた。

 

「ガンダムを知らねぇわけじゃねぇ。連邦じゃ前の戦争を終わらせた英雄みてぇに語られてるし、軍にいりゃ名前くらい嫌でも聞く。」

 

「地球じゃそうなんだ。」

 

「そりゃそうだろ。コロニー側じゃ逆なんだろうけどな。」

 

「まあね……。」

 

 同じ機体でも、立場が変われば語られ方も変わる。

 

 だが、スコルも首を横へ振った。

 

「ハッキングなんて機能は聞いたことねぇ。」

 

「当然でやす。」

 

 グレアーが答えた。

 

「一般兵へ公開されてるような情報じゃありやせんから。」

 

「じゃあ、なんでお前らは知ってんだよ。」

 

 スコルがグレアーを見る。

 

 グレアーは僅かに間を置いた。

 

「知れる立場にいた。それだけでやすよ。」

 

「……。」

 

 スコルは怪訝そうな顔をしたものの、それ以上は追及しなかった。

 

 ケンはノンへ向き直る。

 

「そのガンダムって……。」

 

 その時、部屋の扉が開いた。

 

「ガルディアンだ。」

 

 振り返ると、おやっさんが立っていた。

 

 ダウトの確認を終えたらしく、手にしていた布で油の付いた手を拭いながら部屋へ入ってくる。

 

「……ガルディアン。」

 

 ケンもその名前は知っていた。

 

 前大戦の末期に現れ、最後には戦争終結へ大きく関わったとされるガンダム。

 

 地球側では英雄。

 

 コロニー側では、最後まで自分達を苦しめた恐ろしい敵。

 

 同じ名前でも、その響きに抱く感情は育った場所によってまるで違う。

 

「ガルディアンに……ハッキング機能があったの?」

 

「あった。」

 

 おやっさんは短く答えた。

 

 スコルが眉を寄せる。

 

「初耳だぞ。」

 

「そりゃそうだ。表に出てねぇ機能だからな。」

 

「じゃあ前の戦争で使ったのか?」

 

 その問いに、おやっさんはすぐには答えなかった。

 

「……使った。」

 

「何に?」

 

「そこから先は聞くな。」

 

 スコルの表情が険しくなる。

 

「なんだよ、それ。」

 

「知らねぇ方がいいこともある。」

 

 いつもの頑固親父じみた言い方だったが、声は普段より低かった。

 

 ケンもそれ以上聞くことが出来なかった。

 

「確かにガルディアンは戦争を終わらせた機体だ。」

 

 おやっさんはモニターに映るダウトを見る。

 

「ある意味、その名の通りの働きをした。」

 

 守護者。

 

 だが、その言葉を口にしたおやっさんの表情には、英雄を語るような明るさはなかった。

 

 ジーナが静かに尋ねる。

 

「では、ダウトに同じ機能が存在することが知られれば……。」

 

「分かる奴には分かる。」

 

 おやっさんが答える。

 

「普通の奴が動画を見たところで、せいぜい『ガンダムはハッキングまで出来るのか』って驚く程度だろう。」

 

「だが。」

 

 グレアーがその言葉を引き継いだ。

 

「連邦にもコロニー国家連合にも、ガルディアンの本当の機能を知ってる人間はいやす。」

 

 ケンの表情が強張る。

 

「多くはありやせん。前の戦争を経験した軍上層部や、一部の関係者。あとは当時、最前線にいた兵士の中にも知っている者はいるでしょう。」

 

「その人達が動画を見たら……。」

 

「ダウトとガルディアンの繋がりを疑うでしょうね。」

 

 ノンが答えた。

 

「今でさえコロニー国家連合は、連邦がガンダムを隠していたんじゃないかって疑ってるのよ。」

 

 ケンの顔から少しずつ勢いが消えていく。

 

「そこに、前のガンダムと同じハッキング能力を持ったダウトが出てきたら……。」

 

「余計に疑われる……。」

 

「ええ。」

 

 部屋が静かになる。

 

 ケンはモニターへ目を戻した。

 

 自分が最初に投稿した動画。

 

 あの時は、こんなことになるなんて考えてもいなかった。

 

 ただ見つけたものを見せたかった。

 

 驚いてほしかった。

 

 翌日には種明かしをするつもりだった。

 

 その動画が今では、地球とコロニーの間に広がった疑念の一つになっている。

 

 そして今回も、自分は「隠したくない」という気持ちだけでハッキングを口にした。

 

「……そこまで考えてなかった。」

 

 ケンが呟く。

 

「だと思ったわ。」

 

「ごめん。」

 

「私に謝れば済む話でもないわよ。」

 

「うん……。」

 

 ノンの言い方は厳しかったが、責めるためだけのものではなかった。

 

 ジーナもそんな二人を静かに見守っている。

 

「ただ。」

 

 ノンが続けた。

 

「ケンが言いたいことも分かる。」

 

「え?」

 

「私達に都合のいいところだけを見せたくないんでしょ?」

 

「……うん。」

 

「だから難しいのよ。」

 

     *

 

 ノンが編集画面を開き直す。

 

 先ほどのハッキングについて話している部分が表示された。

 

「現場にいた連邦兵には、もう知られた。」

 

「うん。」

 

「でも、この映像はまだ公開してない。」

 

 ノンが該当部分を選択する。

 

「ここだけ切ることは出来る。」

 

「……。」

 

「連邦軍と戦闘になったことまで隠す必要はないと思う。私達が街を助けたことも、その後連邦兵と一緒に作業したことも出せる。」

 

「ハッキングのところだけ?」

 

「そう。」

 

 ケンは画面を見た。

 

 数秒。

 

 それを削除するだけで、ダウトの能力について世界へ知らせずに済む。

 

「坊主。」

 

 グレアーが声を掛ける。

 

「よく考えて決めた方がいい。」

 

「……うん。」

 

「隠すことと、嘘をつくことは同じじゃありやせん。」

 

 ケンはその言葉を聞きながら、しばらく黙っていた。

 

「……でも。」

 

 やがて顔を上げる。

 

「俺は、切りたくない。」

 

 ノンがケンを見る。

 

「危険があるって分かっても?」

 

「うん。」

 

「どうして?」

 

「さっきと同じ……なんだけど。」

 

 ケンはそこで一度言葉を切った。

 

「でも、ちょっと違う。」

 

「違う?」

 

「俺、さっきまで自分が隠したくないってことしか考えてなかった。」

 

 ケンは素直に認めた。

 

「ハッキングって言ったら何が起こるかとか、コロニー連合がどう受け取るかとか、全然考えてなかった。」

 

「……。」

 

「それは俺が悪かった。」

 

 ケンは映像を少し先へ進めた。

 

 停止していたブルーガ。

 

 時間が経ち、システムが再起動する。

 

 再び立ち上がったブルーガは武器を持つことも出来た。

 

 ダウトと戦うことも出来た。

 

 だが、映像の中の連邦兵達は武器を下ろしていく。

 

「だから、ちゃんと見せたい。」

 

「何を?」

 

「全部。」

 

 さらに映像を進める。

 

 街へ戻っていくダウトとブルーガ。

 

 住民達と話す連邦兵。

 

 稼働出来るブルーガが巨大な瓦礫を持ち上げ、その横でダウトも作業する。

 

 損傷して動けなくなったブルーガから降りた兵士達は、ヘルメットを外し、今度は自分の手で住民達と一緒に瓦礫を運んでいた。

 

 軍服も住民達の服も、土と埃で汚れている。

 

 誰も彼も汗をかいている。

 

「ハッキングしたところだけ見せるんじゃない。」

 

 ケンが言う。

 

「壊したくなかったから使ったことも、一時的に止めただけだったことも、また動けるようになったことも見せる。」

 

 再起動したブルーガが映る。

 

「この人達、もう一回戦おうと思えば戦えたんだ。」

 

「……ええ。」

 

「でも戦わなかった。」

 

 その先では、連邦兵が住民から水を受け取っている。

 

 別の兵士は住民と一緒に倒れた資材を運び、ブルーガとダウトは並んで道路を塞いでいた瓦礫を動かしている。

 

「俺、ダウトは危なくないですなんて言うつもりないよ。」

 

 ケンは画面を見たまま言った。

 

「こんなこと出来るんだから、危ない力なのは本当だと思う。」

 

 ノンは何も言わない。

 

「でも、何に使ったかも見てもらいたい。」

 

「……それで違う意味に受け取られても?」

 

「怖いけど。」

 

 ケンは少しだけ笑った。

 

「その時は、また俺達が話すしかないんじゃないかな。」

 

「簡単に言うわね。」

 

「簡単じゃないよ。」

 

 ケンの笑みが少し困ったものになる。

 

「今めちゃくちゃ怖いし。」

 

「でしょうね。」

 

「でも、俺が最初にガンダムの動画を出した時みたいに、何も考えないで出すのとは違う。」

 

 ケンはノンを見る。

 

「今度はちゃんと考えて、それでも出したい。」

 

 しばらくノンは答えなかった。

 

「……グレアーは?」

 

 ノンが尋ねる。

 

「軍事的なことだけ考えりゃ、出さない方が安全でやす。」

 

「だよね……。」

 

「ですが。」

 

 グレアーはケンを見る。

 

「これは軍事作戦じゃありやせん。坊主達が何を伝えるために活動してるのか。それも考えなきゃならねぇ。」

 

「……。」

 

「ただし坊主。」

 

「うん。」

 

「出すなら覚悟はしときなせぇ。坊主の意図通りに見る奴ばかりじゃありやせんからね。」

 

「分かってる。」

 

「なら、あっしからはそれ以上言いやせん。」

 

 今度はジーナがノンへ視線を向ける。

 

「お嬢様は、どうなさりたいのですか?」

 

「私?」

 

「はい。」

 

 ノンは画面へ目を戻した。

 

 ハッキングの場面。

 

 戦闘。

 

 その後に続く、街での作業。

 

「……私は怖い。」

 

 ノンは素直に答えた。

 

「この映像がどう使われるのか分からない。コロニー国家連合に利用されるかもしれないし、連邦側だってどう動くか分からない。」

 

 それでも。

 

「でも、ハッキングだけ隠した動画を出して、その後で別のところから事実が出たら……それこそ私達が都合の悪いことを隠したって思われるかもしれない。」

 

「うん。」

 

「だから出すなら、ちゃんと全部繋げる。」

 

 ノンが編集画面へ手を伸ばした。

 

「ハッキングを使った理由。その後ブルーガが復旧したこと。復旧した連邦兵達が自分達で武器を下ろしたこと。そこまで全部。」

 

 ケンの表情が明るくなる。

 

「ノン!」

 

「ただし。」

 

「はい。」

 

「次からこういう重要なことを勝手に喋る前に相談して。」

 

「……はい。」

 

「絶対よ。」

 

「はい。」

 

「本当に?」

 

「本当に。」

 

「今の録音しといた方がええんちゃう?」

 

 @kiが横から口を挟んだ。

 

「@ki!」

 

「ワッチ親切で言うたっただけやん。」

 

「絶対面白がってるだろ!」

 

「そんなことあらへんて。」

 

「顔が笑ってる!」

 

 張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。

 

 スコルはそんなやり取りを横目に見ながら、映像へ視線を戻す。

 

「しかしまあ……。」

 

「何?」

 

「俺があそこにいたら、どうしたんだろうなって思ってよ。」

 

 ケンがスコルを見る。

 

「お前を捕まえるのも連邦軍の仕事だ。市民を守るのも仕事だ。どっちも放り出していいもんじゃねぇ。」

 

「……うん。」

 

「だから、あいつらが正しかったとか間違ってたとか、俺には簡単に言えねぇ。」

 

 映像の中では、連邦兵が住民と並んで瓦礫を運んでいる。

 

「ただまあ……。」

 

 スコルが僅かに口元を緩めた。

 

「帰った後、隊長がクソ面倒な報告書書かされてんのだけは分かる。」

 

「本人も言ってたよ。」

 

「だろうな。」

 

 ケンが笑う。

 

「『今日は逃げられたと報告しておく』って。」

 

「うわぁ……。」

 

 スコルが顔をしかめた。

 

「絶対上から突っ込まれるぞ、それ。」

 

「やっぱり?」

 

「当たり前だろ。国際指名手配中の奴と撃ち合った挙げ句、一緒に瓦礫片付けて記念写真撮って逃がしましたなんて、俺なら報告書書きたくねぇ。」

 

「俺も。」

 

「お前は書く側じゃねぇ!」

 

 部屋に笑い声が広がった。

 

     *

 

 それから、映像の編集作業が始まった。

 

 戦闘を必要以上に派手に見せることはしない。

 

 かといって、自分達に都合の悪い場面を消すこともしない。

 

 ケンがなぜダウトで街へ向かったのか。

 

 住民達が最初はガンダムを恐れていたこと。

 

 それでも助けを求めてくれたこと。

 

 ダウトが戦うためではなく、瓦礫を運ぶためにその力を使ったこと。

 

 そして連邦軍が現れ、戦闘になったこと。

 

 ケンがサブマシンガンもヒートカトラスも使ったこと。

 

 接触したブルーガへハッキングを行ったこと。

 

 止まった機体が時間と共に復旧したこと。

 

 その後、再び戦えるようになった連邦兵達が自ら武器を下ろしたこと。

 

 街へ戻り、今度はダウトとブルーガが並んで住民達を助けたこと。

 

 機体を動かせない兵士までコクピットを降り、住民と一緒に汗を流したこと。

 

 全部を一本の流れとして繋げていく。

 

 その途中で、おやっさんは再び格納庫へ戻っていった。

 

 ガルディアンについて、それ以上話すことはなかった。

 

 ケンも気になってはいた。

 

 前大戦を終わらせたガンダム。

 

 その機体にもダウトと同じような力があった。

 

 しかも、その事実はほとんど知られていない。

 

 何のために使われたのか。

 

 どうやって戦争を終わらせたのか。

 

 聞きたいことはいくらでもあった。

 

 だが今は、目の前の映像をどう伝えるかを考える方が先だった。

 

 編集が進み、やがて最後に使う映像を選ぶところまで来た。

 

「あ。」

 

 ケンの手が止まる。

 

「これ。」

 

 モニターいっぱいに一枚の写真が表示された。

 

 中央には、ガンダムダウト。

 

 戦闘の跡を残したその後ろに、地球連邦軍のブルーガが並んでいる。

 

 足元には街の住民達と連邦兵達。

 

 軍服も普段着も土と埃で汚れ、誰もが作業を終えたばかりの疲れた顔をしている。それでも住民の中には笑っている者がいて、肩を組まれた連邦兵が困ったような顔をしていた。

 

 そしてダウトの開いたコクピットハッチには、オレンジのツナギとゴーグル姿のケンケン。

 

 その隣には赤ずきん。

 

 撮影したのは、少し離れた場所に浮かべたケンのドローンだった。

 

「……変な写真よね。」

 

 ノンが呟く。

 

「うん。」

 

 ケンも笑う。

 

「ガンダムと連邦軍のMSがいて、指名手配されてる俺がいて、俺を捕まえに来た連邦兵がいて、その間に街の人達がいる。」

 

「しかも少し前まで撃ち合ってたのよね。」

 

「だからいいんじゃん。」

 

 ケンは写真を見つめる。

 

「俺、この写真は出したい。」

 

「……ええ。」

 

「この人達、俺の仲間になったわけじゃない。」

 

「そうね。」

 

「俺の指名手配がなくなったわけでもないし、次に会ったらまた捕まえようとするかもしれない。」

 

「その可能性は高いでしょうね。」

 

「でも、この時は一緒に街を助けた。」

 

 ケンの視線は写真から離れない。

 

「これを見てもらいたい。」

 

 ノンは少しだけ黙った。

 

「ハッキングのことも含めて?」

 

 ケンもすぐには答えなかった。

 

 ハッキングを公開する意味を、今は少しだけ理解している。

 

 それでも。

 

「うん。」

 

 頷いた。

 

「全部含めて。」

 

 ノンはケンを見つめ、それから再び写真へ視線を戻した。

 

「……分かった。」

 

 編集画面へ手を伸ばす。

 

「だったら、ちゃんと伝わる動画にしましょう。」

 

「うん。」

 

 ケンも隣へ椅子を寄せた。

 

 まだ動画は完成していない。

 

 当然、投稿もされていない。

 

 画面の中には、戦いの傷を残したガンダムとブルーガ。

 

 その足元には、同じ街で汗を流した住民と兵士達。

 

 そして、ケンケンと赤ずきん。

 

 世界はまだ、この一枚の写真を知らなかった。

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