機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
編集を終えた動画は、まだ公開されていなかった。
@kiの研究施設。
ケンとノンは並んでモニターの前に座り、完成した映像を最初から確認していた。
後ろにはグレアーとジーナ、少し離れた場所にはスコルと@kiもいる。
何度も見直した。
必要以上に戦闘を格好良く見せていないか。
街や研究施設の場所を特定出来るものが映り込んでいないか。
住民達の顔や、道路標識、周囲の景色。
映像を止めては確認し、必要なところには処理を加えている。
特にグレアーは、街へ向かうまでの映像やダウトが去っていく方向が分かる部分を細かく確認していた。
「これなら現在地へ直接繋がるようなものは残ってなさそうでやすね。」
「本当に?」
「少なくとも映像だけ見て、坊主達がどこから来てどこへ帰ったかまでは分かりやせん。」
「よかったぁ……。」
「安心するのは投稿してからにしなせぇ。今から坊主は、それとは別の厄介な情報を世界中に公開しようとしてるんでやすから。」
「……はい。」
ハッキング。
その一言だけで、昨日までとは動画の意味が変わる。
それでも公開する。
その判断をしたことに変わりはなかった。
「それじゃあ。」
ノンが動画を最初へ戻した。
「最後にもう一回だけ確認するわよ。」
「うん。」
再生する。
画面が暗転した後、いつもの撮影場所が映った。
最初にカメラへ向かって手を上げたのは赤ずきんだった。
『皆さん、こんにちは。赤ずきんです。』
その隣から、オレンジのツナギ姿のケンケンが入ってくる。
『どうもー! ケンケンです!』
『今回は、以前から考えていたことを実際にやってみました。』
『はい! 今までダウトって戦ってばっかりだったじゃん? でもこんなにでっかくて力もあるんだから、戦う以外にも何か出来るんじゃないかって思いまして!』
『そこで、実際に地球の街へ行ってきました。』
『もちろん場所は秘密です!』
そこから映像が切り替わる。
街の外れへ現れるダウト。
巨大なMSを目にして逃げていく人々。
それ以上近付かず、その場で停止するダウト。
『高い所からすいません。』
『戦いに来たわけじゃないです。』
『俺……このガンダムで、戦う以外に何か出来ないかなって思って。』
『なにか、お困りごとはないですか?』
最初は誰も近付かなかった。
それでも一人が話し掛け、そこから少しずつ住民達が集まってくる。
嵐によって崩れた場所。
道路を塞いだ大きな瓦礫。
人の手だけではどうにもならないものを、ダウトが慎重に持ち上げる。
住民達の声を聞きながら右へ動かし、左へ戻し、時にはノンから「近い近い」と注意される。
やがて道が開く。
住民から聞こえた「ありがとう」に、コクピットのケンが一瞬何も言えなくなっているところまで残されていた。
そこで一度、映像が撮影室へ戻る。
『ここまでは、本当に俺達がやりたかったことが出来ました。』
ケンケンの声が少し落ち着く。
『でも、この後です。』
赤ずきんが続けた。
『私達が街にいることを知った地球連邦軍が接近してきました。ケンケンは現在も国際指名手配されています。当然、連邦軍には彼を拘束する理由があります。』
『なので、街を巻き込みたくなくて一度街から離れました。』
『そして、その先で連邦軍と接触しました。』
映像が再び切り替わる。
ダウトを包囲するブルーガ。
通信から流れる投降命令。
『国際指名手配中のケン=大神。直ちに機体を停止し、投降しろ。』
ケンの返答も残されている。
『投降は出来ません。でも、俺は戦いたくないです。』
それでもブルーガの銃口は下がらなかった。
発砲。
ダウトが回避する。
そこから始まった戦闘も、短く切り刻んではいない。
サブマシンガンを構えたダウトが、ブルーガの膝関節へ短い射撃を叩き込む。
脚を支えられなくなった機体が倒れる方向を確認しながら、ケンは次へ動く。
ヒートカトラスを抜き、別のブルーガの武器を持つ腕を切り落とす。
アンカーで姿勢を崩し、距離を詰める。
そして。
ダウトの手がブルーガへ触れた。
機体の動きが止まる。
『機体が動かない!?』
『何をした!』
『電撃か!?』
短い間。
『……違います。』
ケンの声が流れる。
『ショートさせたんじゃないです。』
『ハッキングです。』
映像はそこで一度止まった。
撮影室へ戻る。
赤ずきんがケンケンを見る。
『ここについては、私達から説明します。』
ケンケンが頷いた。
『動画の中でも話していますが、ダウトには、接触したMSのコンピュータへハッキングする機能があります。』
ケンは一度言葉を切った。
『今回、俺は相手の機体を止めるためにこの機能を使いました。』
『ハッキングされた機体は永久に動かなくなるわけではありません。一定時間が経てばコンピュータが再起動して、また動けるようになります。』
赤ずきんが続ける。
『ですが、だから安全な機能だと言うつもりはありません。』
『はい。』
ケンケンも頷く。
『ダウトが相手のMSにこんなことまで出来る。それも事実です。怖いって思う人もいると思います。』
少しだけ間を置いた。
『この部分を動画から切ることも出来ました。』
『でも、俺が何をしたのかを隠したまま、都合のいいところだけ見せるのは違うと思いました。』
『なので、この映像も公開します。』
赤ずきんはケンケンを一度見てから、カメラへ向き直った。
『私達も、この情報を公開することに不安がないわけではありません。』
『それでも、ハッキングだけではなく、その前後に何があったのかまで含めて見てほしいと思っています。』
『それでは、続きをご覧ください。』
映像へ戻る。
ブルーガとの戦闘。
そしてケンと連邦兵とのやり取り。
『戦って、人を殺すのが仕事なんですか?』
『……馬鹿にするな!』
兵士の怒声が返ってくる。
『俺達は地球を守るために軍に入った! 地球で暮らしてる人間を守るためだ!』
『地球の人々を守るために軍に入ったんですよね?』
ケンの声。
『なのに今困ってる人達は知らんぷりして、俺と戦うんですか?』
その間にも、最初にハッキングされたブルーガのシステムが復旧していく。
『……動く。』
兵士の声が入る。
『機体が復旧した。』
『た、多分もう普通に動けると思います。』
再び動き出したブルーガ。
その手には武器がある。
ダウトも目の前にいる。
だが、銃口は上がらなかった。
『……街の状況を確認する。』
部隊を率いる男の声。
『国際指名手配犯を見逃すつもりはない。任務を放棄するつもりもない。だが、市民に被害が出ていると聞いて、それを確認もせず戦闘を続けるわけにはいかん。』
そこから映像の雰囲気が変わった。
街へ戻るダウト。
後ろから続くブルーガ。
最初は不安そうにそれを見ていた住民達も、事情が分かると少しずつ動き始める。
ブルーガが大きな瓦礫を持ち上げる。
その反対側をダウトが支える。
損傷して動けないブルーガからは、パイロットが自分で降りてきた。
『何をすればいい?』
住民へ声を掛ける。
『俺の機体は動かない。だが、俺まで動けないわけじゃない。』
ヘルメットを外す。
袖をまくる。
住民達と一緒になって、小さな瓦礫や資材を運び始める。
一人ではない。
別の兵士も降りる。
住民も加わる。
軍服と普段着が同じ土埃に汚れ、額から汗を流しながら同じ場所を片付けていく。
画面の端では、ダウトとブルーガが並んで作業していた。
『そっち、もう少し右お願いします!』
『貴様に指図される筋合いはない!』
『でもそっちの機体の方が近いじゃないですか!』
『分かっている!』
住民達の笑い声まで入っている。
やがて、作業は終わりへ近付いた。
そして最後。
『最後に、みんなで写真撮りませんか?』
『何の記念だ!』
『だからですよ!』
映像が止まる。
一枚の写真へ切り替わった。
中央に立つガンダムダウト。
その後ろにはブルーガ。
足元には街の住民達と地球連邦兵。
開いたコクピットハッチには、ケンケンと赤ずきん。
戦闘の傷が残ったMS。
土埃に汚れた服。
作業を終えた人達の疲れた表情。
それでも、一枚の中に全員が収まっている。
写真が表示されたまま、ケンケンの声が流れた。
『この写真に写っている連邦軍の人達は、俺の仲間になったわけじゃありません。』
『俺の指名手配がなくなったわけでもありません。』
『次に会った時には、また俺を捕まえようとするかもしれません。』
少し間を置く。
『でも、この日は途中で戦うのをやめられました。』
『それで、一緒に街の人達を助けました。』
『俺は、この写真をみんなに見てもらいたいと思いました。』
今度は赤ずきんの声。
『この動画をどう受け取るかは、見てくださった皆さんに任せます。』
『ただ、私達はこれからも戦争を始めないために、自分達に出来ることを続けます。』
『それでは、今回はここまでです。赤ずきんでした。』
『ケンケンでした!』
動画が終わった。
部屋に静寂が戻る。
ケンがゆっくり息を吐いた。
「……何回見ても緊張する。」
「今さら?」
「投稿するって思うと違うんだって。」
「そう。」
ノンは画面を確認する。
「私はこれでいいと思う。」
「グレアーは?」
「現在地に繋がりそうなところは潰してありやす。内容については……昨日言った通りでやすよ。」
「うん。」
「出すなら覚悟して出しなせぇ。」
「分かった。」
ケンはマウスへ手を置いた。
投稿ボタン。
昔なら、再生数が伸びるかどうかを考えていたのかもしれない。
だが今は違う。
これを見た人が何を思うのか。
そちらの方がずっと怖かった。
「……いくよ。」
「ええ。」
クリックする。
動画の公開処理が始まる。
数秒後。
赤ずきんちゃんネルに、新しい動画が表示された。
*
反応は、すぐに現れ始めた。
《ガンダムで街の瓦礫撤去してんの!?》
《こういう使い方は考えたことなかった》
《いや途中から普通に連邦軍と戦ってるじゃねーか》
《膝だけ狙ってるのか》
《腕切ったぞ》
《パイロットは無事って言ってるけど怖いわ》
コメントが次々と増えていく。
そして、ハッキングの場面へ到達した視聴者が増え始めると、流れが変わった。
《待ってハッキング!?》
《MSってそんなこと出来るの?》
《触っただけで止められるとか普通に怖い》
《これ軍事的には相当ヤバい能力じゃないのか》
《安全ですって誤魔化さなかったのはいいと思う》
《いや使い方の問題じゃないだろ、敵の兵器止められるんだぞ》
《今回は壊さないために使ったんじゃないの?》
《だからって危険じゃないことにはならん》
《危険だから隠さず見せたんだろ》
意見は割れた。
ダウトの能力を恐れる者。
ケンがそれを公開したことを評価する者。
そもそもそんな能力を持つガンダムを自由にさせておいていいのかと疑問を呈する者。
戦闘そのものを批判する者。
そして映像が後半へ進むにつれ、今度は別のコメントが増えていく。
《さっき撃ち合ってた連中が一緒に瓦礫運んでるんだが》
《なんだこの光景》
《ブルーガとガンダムが共同作業してる》
《壊された機体のパイロットまで手伝ってるのか》
《軍人さん普通に汗だくじゃん》
《隊長っぽい人ずっと怒ってるのちょっと笑う》
《最後の写真すごいな》
《これ本当に数十分前まで戦ってたの?》
《戦争したくないって言うだけじゃなくて実際に途中でやめたのは大きいと思う》
《でも現場の兵士が一回戦闘止めたからって国同士が止まるわけじゃない》
《それでもこういうことが出来たって事実は残るだろ》
《俺はこの写真好きだ》
ケンは流れていくコメントを黙って見ていた。
否定的なものも多い。
怖い。
危険だ。
そんな兵器を持った指名手配犯を信用出来ない。
それでも。
「……見てくれてる。」
「ええ。」
ノンが隣で答える。
賛成だけではない。
だが、考えている。
自分達が見せたものについて、それぞれが自分の言葉で話している。
ケンは最後の集合写真が表示された画面を見つめた。
*
同じ頃。
地球連邦軍のある基地では、一人の男が机へ向かっていた。
端末には作成途中の報告書。
その男は何度目か分からない溜息を吐いた。
「……どう書けってんだ。」
国際指名手配中のケン=大神を発見。
投降勧告。
拒否。
交戦。
複数機損傷。
その後、市民被害確認のため戦闘中断。
対象と共に市街地復旧作業。
最終的に対象は逃走。
事実だけ並べれば並べるほど、意味の分からない報告書になっていく。
「隊長。」
「なんだ。」
「動画、上がってますよ。」
「……何?」
部下が自分の端末を向ける。
そこには見覚えのあるガンダムが映っていた。
「もうか。」
「俺達も映ってます。」
「……。」
「結構ガッツリ。」
「……。」
「隊長の声も。」
「……。」
「あと最後の写真も。」
「……あの野郎。」
隊長は額を押さえた。
部下が笑いを堪えている。
「隊長、結構いい顔してますよ。」
「黙れ。」
「俺なんて住民に肩組まれてます。」
「お前が断らなかったからだろうが。」
「断りづらかったんですよ。」
隊長は部下の端末を受け取り、動画を少しだけ見る。
やがて、例の場面が流れた。
『ハッキングです。』
隊長の表情が変わる。
「……本当にそこまで出しやがったのか。」
「現場でも普通に言ってましたからね。」
「普通に言うことじゃない。」
「でも、あいつらしいっちゃあいつらしいですけど。」
「知ったような口を利くな。」
「はいはい。」
隊長は端末を返した。
「それより報告書だ。動画が公開された以上、こっちもハッキングについて正式に上げる。」
「了解。」
「ったく……。」
再び端末へ向き直る。
「余計な仕事ばかり増やしやがって。」
そう愚痴りながらも、画面の隅には先ほど一瞬表示された集合写真が残っていた。
*
公開された動画は、そこで止まらなかった。
切り抜かれ。
共有され。
別の場所へ運ばれていく。
一般の視聴者。
地球連邦軍。
コロニー国家連合軍。
そして、その中のごく一部。
地球連邦軍の施設。
年齢を重ねた一人の軍人が、部下から回された映像を確認していた。
「例のガンダムの新しい映像です。」
「また配信か。」
「今回は録画映像です。連邦軍部隊との交戦記録が含まれています。」
男は興味が薄そうに映像を流していた。
ダウト。
ブルーガ。
戦闘。
膝を撃ち抜く射撃。
武器を持つ腕だけを切断するヒートカトラス。
その程度なら、特に表情は変わらない。
だが。
ダウトがブルーガへ接触する。
機体が停止する。
『……違います。』
男の目が細くなった。
『ショートさせたんじゃないです。』
『ハッキングです。』
「……止めろ。」
部下が再生を停止した。
「今の部分をもう一度。」
「はい。」
巻き戻す。
『ハッキングです。』
「……。」
『ダウトには、接触したMSのシステムへハッキングする機能があります。』
男は黙ったまま画面を見つめていた。
「どうされました?」
「この映像はどこから出た。」
「86ちゃんTVです。赤ずきんちゃんネルから一般公開されています。」
「一般公開……。」
男の表情が険しくなる。
「この部分だけではありません。本人が機能について説明しています。」
「最初から全部保存しろ。」
「既に保存済みです。」
「軍内部での閲覧記録は?」
「確認します。」
男は再び画面を見る。
ダウトの手。
停止するブルーガ。
そして、ハッキングという言葉。
「……なぜだ。」
「何がでしょうか。」
男は答えなかった。
ただ、聞こえないほど小さな声で呟いた。
「なぜ、今のガンダムに……。」
*
ほぼ同じ頃。
宇宙。
コロニー国家連合軍でも、その動画は確認されていた。
「例の赤ずきんちゃんネルです。」
「また地球からか?」
「はい。地球連邦軍との戦闘映像が公開されています。」
軍服姿の男が端末を受け取る。
「連邦軍と戦った映像を自分から公開とはな。随分と余裕があるらしい。」
最初はそう言っていた。
だが、映像が進む。
ダウトがブルーガへ接触した。
直後。
ブルーガが停止する。
『ハッキングです。』
男の指が止まった。
「……。」
『ダウトには、接触したMSのシステムへハッキングする機能があります。』
「……巻き戻せ。」
「は?」
「今のところだ。」
部下が慌てて映像を戻す。
もう一度。
ダウトがブルーガへ触れる。
停止。
『ハッキングです。』
男は画面から目を離さない。
「……まさか。」
「何か?」
返事はない。
「この映像、上へ回せ。」
「既に通常の情報報告には――」
「通常ではない。」
低い声だった。
「最優先で回せ。」
「……了解しました。」
部下が端末を操作する。
男はもう一度、停止したブルーガを見つめる。
その脳裏には、二十年近く前の記憶が蘇っていた。
前大戦。
最終局面。
そして、一機のガンダム。
「……ガルディアン。」
部下が顔を上げる。
「何か仰いましたか?」
「いや。」
男は首を横へ振った。
「何でもない。」
だが、その視線は画面から離れなかった。
*
@kiの研究施設では、そんな動きが始まっていることなど誰も知らない。
ケンが見ているのは、今も増え続ける視聴者達の言葉だった。
賛成。
反対。
不安。
批判。
期待。
様々な言葉が流れていく。
そして、その横には。
ダウトとブルーガ。
街の住民と地球連邦兵。
ケンケンと赤ずきん。
全員が一緒に写った一枚の写真が表示されていた。
ケンはまだ知らない。
自分達が公開した一本の動画が。
あの一言が。
思いもよらない場所にまで届き始めていることを。