機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
動画を公開してから、一晩が経った。
@kiの研究施設に朝が来ても、赤ずきんちゃんネルの新しい動画にはまだ反応が増え続けていた。
再生数だけではない。
コメント。
短い感想。
長文で自分の考えを書き込む者。
映像の一部を切り抜いて紹介する者。
最後の集合写真だけを取り上げ、そこに何を感じたのかを語る者。
昨日まではケン達だけが持っていた一枚の写真が、今では86ちゃんTVのあちこちで目に入るようになっている。
「……まだ増えてる。」
食堂代わりに使っている一室で、ケンは朝食にもほとんど手を付けず、端末の画面を眺めていた。
オレンジのツナギ姿ではなく、いつもの普段着。ゴーグルも外し、寝癖の残った髪のまま椅子へ座っている。
「ケン。」
「ん?」
「食べながら見なさい。」
向かいに座るノンが呆れた顔をしていた。
「見てると止まんなくてさ。」
「だからって朝ご飯が消えるわけじゃないわよ。」
「分かってるって。」
そう答えながらも、視線は画面から離れない。
「……あ。」
「今度は何?」
「これ。」
ケンが端末をノンへ向けた。
《うちの街にも来てほしい。前の嵐で壊れた建物がまだ残ってる》
その下にも似たようなコメントが続いている。
《大型重機が足りなくて撤去出来てない場所があります》
《山の方で崩れた道がそのままです。ダウトなら動かせると思う》
《災害の後から人手が全然足りない地域もある》
《行方不明者の捜索とかにもMSって使えないのかな》
《こっちにも来てください》
《うちの地域もお願いします》
ケンの目が少しずつ輝いていく。
「ノン。」
「何よ。」
「これ……。」
「見れば分かるわ。」
「俺達に来てほしいって。」
「そうね。」
「こんなに。」
「そうね。」
返事をしながら、ノンの目が細くなっていく。
ケンは気付いていない。
「だったらさ――」
「全部行くつもりじゃねぇでしょうね、坊主。」
「え?」
横から声が飛んできた。
見ると、飲み物を片手にグレアーが立っていた。
「いや、全部とは言わないけど……。」
「けど?」
「近いところとか、本当に困ってるところだったら……。」
グレアーは深い溜息を吐いた。
「昨日の今日でもうこれでやすか。」
「だって助けてほしいって言ってるんだよ?」
「坊主。」
グレアーはケンの隣まで来ると、その端末を指差した。
「その書き込みをしたのが、本当に困ってる一般人だってどうやって確認するんで?」
「……え?」
「場所を指定して『来てくれ』と言われて、そのままダウトで向かってみなせぇ。待ってるのが困ってる住民じゃなく、連邦軍の一個大隊なんてことだってありやすよ。」
「……。」
ケンの表情が固まった。
「そこまでじゃなくても、坊主の居場所を知りたくて適当なことを書いてる奴がいるかもしれねぇ。面白半分で呼びつけようとしてる奴だっているでしょう。」
「でも……本当に困ってる人もいるよ。」
「もちろんいやす。」
グレアーは否定しなかった。
「だから難しいんでやす。」
ケンはもう一度コメントを見る。
さっきまでとは違って見えた。
どれが本当なのか。
どれが嘘なのか。
画面の向こうにいる相手の顔は見えない。
「それに。」
ノンが口を開いた。
「ケン。私達が全部助けられるわけじゃないわ。」
「……うん。」
「ダウトは一機しかないのよ。」
分かっている。
昨日一つの街を手伝っただけでも、かなりの時間がかかった。
地球は広い。
困っている人間全員のところへ、ダウト一機で行けるはずがない。
「俺が行けば助けられるのに……。」
「その気持ちは分かるけど。」
ノンは少しだけ声を柔らかくした。
「だからって、助けを求める書き込みを見つけるたびに飛び出してたら、いつか捕まるわよ。」
「その前にお嬢様まで危険に晒すことになります。」
「うわっ!」
いつの間にか後ろに立っていたジーナの声に、ケンが肩を跳ねさせた。
「ジ、ジーナ……。」
「昨日の件をもうお忘れですか?」
「忘れてないよ。」
「では、今すぐ別の街へ向かうというお話ではございませんね?」
「……まだ何も決めてません。」
「よろしい。」
ジーナはそれだけ確認すると、ノンの前に飲み物を置いた。
「ありがとう、ジーナ。」
「いえ。」
ケンの前にも置く。
「ケン様も。」
「ありがとうございます……。」
完全に釘を刺された。
その様子を見ていたノンが小さく笑う。
「何笑ってんだよ。」
「別に。」
ケンは不満そうにパンを齧り、もう一度端末へ目を落とした。
困っている人がいる。
ダウトなら助けられるかもしれない。
それなのに、簡単には行けない。
「難しいなぁ……。」
「今さらでやすね。」
「グレアーって俺が悩んでる時、だいたいそれ言うよね。」
「坊主が毎回、簡単に考えてから悩み始めるからでやす。」
「ひどい。」
そんなやり取りをしながら、ケンはコメントを下へ送っていった。
助けを求める書き込みはまだ続いている。
その中に、少し違うものが混ざっていた。
《ガンダムじゃなくても瓦礫くらいなら運べるよな》
ケンの指が止まった。
「……ん?」
開いてみる。
《動画見てて思った。ガンダムみたいなことは無理だけど、近所でまだ片付いてないところがあるから今度手伝ってくる》
さらに別のコメント。
《うちの地域でも人手募集してた。今まで気にしてなかったけど参加してみようかな》
《戦争止めるとか俺には正直よく分からん。でも困ってる人を手伝うくらいなら出来る》
《ブルーガのパイロットが機体壊れても降りて手伝ってたの見て、ちょっと考えた》
《俺も軍人じゃないしガンダムも持ってないけど手は二本ある》
「……。」
ケンは黙ったまま画面を見ていた。
「ケン?」
ノンが呼ぶ。
「これ。」
端末を向ける。
ノンも読む。
「……へえ。」
「この人達、俺達に来てくれって言ってない。」
「そうね。」
「自分でやるって。」
ケンは次々とコメントを開いていった。
数そのものは、動画全体へ寄せられた反応からすれば決して多くない。
それでも一人ではなかった。
《今日、近所の片付け手伝ってきた。ダウトみたいに一発では動かせなかったけど》
簡単な写真まで添えられている。
何人かの人間が、大きな資材を一緒に運んでいた。
《動画見て来たって人が他にもいて笑った》
《ガンダム来なかったけど人数増えたから終わったぞ》
「……すげぇ。」
ケンが呟いた。
その声を聞き、グレアーも画面を覗き込む。
「もう動いた奴がいるんでやすか。」
「うん。」
ケンは少し興奮しながら画面を送る。
「俺達が昨日動画を出して、それ見て、今日もう手伝いに行ってる。」
「行動が早いわね。」
「俺……。」
ケンの指が止まった。
「俺が全部助けに行かなくてもいいんだ。」
ノンがケンを見る。
「え?」
「いや、当たり前なんだけどさ。」
自分でも上手く言葉に出来ず、ケンは頭を掻く。
「俺、助けてって言われたから、ダウトで行かなきゃって思ってた。」
「ええ。」
「でも俺が行けなくても、その近くにいる人が手伝えることもあるんだ。」
画面には、瓦礫を運ぶ人達の写真。
ガンダムはいない。
ブルーガもいない。
特別な力を持った人間もいない。
ただ、そこにいる人達が一緒に物を運んでいる。
「動画を見てさ。」
ケンが言う。
「誰かが自分でも何かやってみようって思ってくれたら、それでもいいんじゃない?」
ノンは少し考えてから頷いた。
「いいんじゃない?」
「だよな。」
「むしろ、そっちの方が出来ることは多いかもしれないわね。」
「だよね!」
ケンの声が一段大きくなる。
「地球中に俺が行くのは無理だけど、地球中にいる人が自分の近くで何かするなら――」
「坊主。」
「何?」
「そこで調子に乗って『みんな今すぐ人助けしようぜ!』とか言い出すのはやめなせぇよ。」
「なんで!?」
「怪我したらどうするんで?」
「……。」
「災害現場には危険な場所もありやす。専門家じゃなきゃ入っちゃいけねぇ場所もある。善意で飛び込んで救助される側になったら本末転倒でやす。」
「……はい。」
勢いよく膨らんだケンの肩が縮む。
ノンが吹き出した。
「何だよ。」
「いや。ケンらしいなって。」
「俺、ちゃんといいこと言ったよね?」
「最後まで聞けばね。」
「最後グレアーじゃん!」
ケンの抗議に、部屋の空気が少しだけ明るくなった。
*
昼を過ぎても、動画への反応は続いていた。
@kiは別の端末を使い、赤ずきんちゃんネル以外で今回の動画がどう扱われているのかを眺めていた。
「いやぁ、えらいことになっとんなぁ。」
「何が?」
ケンが横から覗き込む。
「この写真や。」
画面には例の集合写真が表示されている。
「めっちゃ使われとる。」
「勝手に?」
「86ちゃんTVに出したんやから、そら切り抜く奴くらいおるやろ。」
写真だけを使って今回の出来事を紹介する動画。
ハッキングの場面を中心に扱うもの。
連邦兵とダウトが並んで作業している部分を取り上げるもの。
内容は様々だった。
「『ガンダムと連邦軍、謎の共同作業』。」
「なんかタイトル軽くない?」
「こっちは『国際指名手配犯、連邦軍と記念撮影』。」
「そこだけ書くと俺めちゃくちゃふざけてるみたいじゃん!」
「実際撮ろう言うたんケンケンやろ。」
「そうだけど!」
「ほら、こっちはハッキングだけ抜かれとるで。」
その一言でケンの表情が変わる。
画面には、ダウトがブルーガへ接触し、停止させる場面だけが切り抜かれていた。
「……やっぱりこうなるんだ。」
「なるやろなぁ。」
@kiはいつもの軽い調子だったが、からかってはいなかった。
「元動画見とらん奴なら、ここだけ見ることもある。」
「うん。」
自分達がどれだけ前後を丁寧に説明しても、そのまま届くとは限らない。
ノンやグレアーが心配していた意味を、ケンは改めて実感した。
「消してもらう?」
ノンが尋ねる。
「……いや。」
ケンは少し考えてから首を振った。
「元の動画は残ってるんだよね。」
「もちろん。」
「だったら、俺達は俺達の動画をちゃんと残しておこう。」
切り抜きを一つ一つ追い掛けても終わらない。
何を見せたかったのか。
なぜハッキングを使ったのか。
その後何が起こったのか。
少なくとも自分達の場所には、全部が残っている。
「ただ、こういう見られ方もするってのは覚えとく。」
「それでいいと思うわ。」
ノンが答えた。
*
その日の夕方。
ケンとノンは再びコメントを眺めていた。
朝に見つけた、人助けを始めた視聴者達。
その投稿にも返信が増えている。
《無理な場所には入るなよ》
《自治体とか現地の人に確認してからやろう》
《人手募集してるところまとめた方がいいんじゃない?》
《出来る範囲でやればいい》
ケン達が何か言う前に、視聴者同士で話が始まっていた。
「……なんか変な感じ。」
「何が?」
「俺、何も言ってないのに。」
「動画は出したでしょ。」
「そうだけど。」
ケンは画面を眺める。
「俺が『こうしてください』って言ったわけじゃないのに、みんな勝手に考えてる。」
「それでいいんじゃない?」
ノンの言葉に、ケンは少し驚いた顔をした。
「私達が全部決める必要なんてないわよ。」
「……そっか。」
「前だってそうだったでしょ。動画を見た人が何を考えるかは、その人のものよ。」
賛成する人。
反対する人。
ハッキングを恐れる人。
連邦兵の行動を評価する人。
批判する人。
そして、自分にも出来ることを探した人。
同じ映像を見ても、受け取るものは違う。
「俺さ。」
「うん。」
「動画で戦争止められないかなって、ずっと思ってるじゃん。」
「ええ。」
「でも、俺が動画一本出して、それでみんなが一斉に『戦争やめよう!』ってなるわけじゃないんだよな。」
「……そうね。」
ノンは否定しなかった。
「でも。」
ケンは、瓦礫を運ぶ人達の写真を開いた。
「こういうのが増えていくなら……。」
そこまで言って、口を閉じる。
まだ自分でも、その先を上手く言葉に出来なかった。
ノンも急かさなかった。
*
その空気を変えたのは、部屋へ入ってきたグレアーだった。
「坊主。お嬢。」
声を掛けられ、二人が振り返る。
先ほどまでとは違い、グレアーの表情には僅かな硬さがあった。
「どうしたの?」
「ちょいと気になる動きがありやす。」
ケンとノンが顔を見合わせる。
「連邦軍?」
「そっちもでやす。」
「そっちも?」
グレアーは端末をテーブルへ置いた。
「今回の動画が公開されてから、ダウトに関する情報の扱いが変わり始めてるようで。」
「……ハッキング?」
「おそらく。」
ケンの表情から笑みが消えた。
「一般の部隊が坊主を追ってるって話じゃありやせん。今のところ、ここが特定された形跡もない。」
「じゃあ何?」
「上の方でやす。」
グレアーは椅子へ座った。
「ダウトの機能に関する照会や、過去の資料を確認しようとする動きが出始めてる。」
「連邦が?」
「連邦だけじゃありやせん。」
ノンが眉を寄せた。
「コロニー国家連合も?」
「ええ。」
「……。」
ケンは黙った。
昨日、おやっさんから聞いた話が頭に浮かぶ。
ガルディアン。
前大戦を終わらせたとされるガンダム。
そして、ダウトと同じハッキング能力。
「やっぱり……ガルディアンのこと知ってる人達?」
「可能性はありやす。」
グレアーの答えは慎重だった。
「まだ断定は出来やせん。坊主の動画がこれだけ広まったんだ。単純に新しい能力が判明したから調べてるだけの部署もあるでしょう。」
「でも、そうじゃない人もいるかもしれない。」
「そういうことでやす。」
ノンが腕を組む。
「公開した直後だものね……。」
「後悔してる?」
ケンが尋ねた。
「してないわ。」
ノンはすぐに答えた。
「怖いとは思ってる。でも、出すって決めた時にこうなる可能性も話したでしょ。」
「うん。」
「ケンは?」
「俺も……後悔はしてない。」
そう答えたものの、胸の奥が重くなる感覚はあった。
ハッキングを公開した。
それを見ているのは一般の視聴者だけではない。
軍も見ている。
しかも、自分の知らない何かを知っている人間達がいる。
「おやっさん呼んでくる?」
ケンが立ち上がろうとした時だった。
「呼ばなくていい。」
入口から声がした。
振り返る。
おやっさんが立っていた。
「聞こえてた。」
「おやっさん。」
おやっさんは部屋へ入り、グレアーの端末へ目を向ける。
「両方か。」
「ええ。」
「……やっぱり食いついたか。」
ケンがその言葉に反応する。
「やっぱり?」
「ハッキングを公開すりゃ、知ってる奴が反応する可能性はあると思ってた。」
「ガルディアンのこと?」
「かもしれねぇな。」
前と同じように、おやっさんはそれ以上を簡単には話そうとしなかった。
「おやっさん。」
「なんだ。」
「ガルディアンは、そのハッキングで何をしたの?」
おやっさんの表情が僅かに変わった。
ケンは見逃さなかった。
「前も聞くなって言ったよね。」
「ああ。」
「でもダウトにも同じ機能があるんだよ。」
「……。」
「それを俺が使って、世界中に見せた。」
ケンは真っ直ぐおやっさんを見る。
「だったら俺、知っといた方がいいんじゃないの?」
部屋が静かになった。
ノンもグレアーも口を挟まない。
しばらくして、おやっさんが息を吐いた。
「……今はまだ話せねぇ。」
「なんで?」
「俺一人が勝手に喋っていい話じゃねぇからだ。」
「でも――」
「坊主。」
いつもより低い声だった。
「ガルディアンが戦争を終わらせた。それは間違いじゃねぇ。」
「……うん。」
「だが、世間で語られてる話が全部じゃない。」
ケンは黙る。
「今はそれだけ覚えとけ。」
「……。」
納得したわけではない。
だが、おやっさんの顔を見ていると、いつものように食い下がることも出来なかった。
「いつか教えてくれる?」
おやっさんは少しだけ間を置いた。
「ああ。」
短く答えた。
「お前が知る必要がある時が来たらな。」
*
夜。
研究施設が静かになっても、ケンはなかなか眠れなかった。
ベッドの上で端末を開く。
赤ずきんちゃんネル。
動画への反応はまだ続いている。
その中から、朝に見つけた投稿をもう一度開いた。
何人もの人達が一緒に瓦礫を運んでいる写真。
その次に、自分達の集合写真を開く。
ダウト。
ブルーガ。
住民。
連邦兵。
ケンケン。
赤ずきん。
あの時、誰も同じ立場ではなかった。
考えていることも違う。
味方になったわけでもない。
それでも、一緒に何かをすることは出来た。
その写真を見た誰かが、自分も何かやってみようと思った。
一方で。
同じ動画の中にあった、たった一つの言葉。
ハッキング。
それを見た軍の人間達も動き始めている。
ケンには、その先で何が起きるのかまだ分からない。
自分が投げたものが、どこまで届くのかも。
ただ一つだけ分かる。
動画を公開した瞬間に、もう自分達だけのものではなくなった。
見た人が考え。
話し。
時には自分で動く。
静かな水面へ落ちた一石から生まれた波紋は、ケンの見える場所でも、見えない場所でも、少しずつ広がり続けていた。