機動戦士ガンダム DoubT ~少年のウソが戦争となる~ 作:NageT
「本日付をもって、ノクト=フーガ少佐の謹慎処分を解除する。」
地球連邦軍基地の一室。
久しぶりに袖を通した軍服に身を包み、ノクトは上官の言葉を黙って聞いていた。
「ただし、処分が解除されたからといって、先の命令違反が不問になったわけではない。」
「……はい。」
「命令を無視してベルーガへの追跡を続行。結果として部下の一人が現在もMIA。貴官が理解していないとは思わんが、改めて言っておく。」
ノクトの脳裏に、あの時の光景が蘇った。
地球へ向かうベルーガ。
あの艦にはカノンがいた。
何があったのか。
なぜ父の副官であるグレアーと共に姿を消したのか。
それすら分からないまま、妹は国際指名手配犯となったケン=大神達と行動していた。
ベルーガを止める。
艦内を確認する。
そしてカノンを連れ戻す。
そのために追跡を続けた。
だが、その結果として一人の部下が帰ってこなかった。
スコル。
戦闘の最中、ノクトの命令を受けたスコルはブルーガでガンダムダウトへ体当たりした。
そのまま二機はベルーガから引き離され、地球へ落下していった。
ダウトに大気圏突入能力があるかどうかなど、その時のノクトには分からなかった。
ましてやブルーガには、単独で大気圏へ突入する能力などない。
その後、機体もスコル本人も発見されなかった。
MIA。
戦闘中行方不明。
記録上はそれだけだった。
だがノクトにとっては、自分の命令の先で部下が消えたという事実が残った。
「二度目はないぞ、ノクト=フーガ。」
「……分かっています。」
ノクトは立ち上がると、上官へ敬礼した。
「失礼します。」
部屋を出る。
久しぶりに軍人として自由に歩く基地の廊下は、謹慎前と何も変わっていなかった。
行き交う兵士達。
壁面に並ぶ情報モニター。
規則正しく響く軍靴の音。
その中を歩きながら、ノクトは無意識にポケットの端末へ手を伸ばしかけた。
謹慎中、何度も開いたものだった。
86ちゃんTV。
そして――赤ずきんちゃんネル。
*
最初は、カノンの安否を確認するためだった。
顔は隠している。
赤ずきんと名乗っている。
それでも兄であるノクトが間違えるはずがなかった。
映像の中で、カノンはケンケンと並んでいた。
動画を一本見る。
次の動画が公開されれば、それも確認する。
そうしているうちに、いつしか新しい動画が公開されるたびに赤ずきんちゃんネルを開くようになっていた。
あの大人しかった妹が、自分からカメラの前へ立っている。
人の話を聞き、自分の意見を言い、時にはケンと意見をぶつける。
戦争を始めたくない。
そのために人々の声を集めたい。
ケンの勢いに振り回されることもあれば、逆に暴走しそうなケンを止めることもある。
昔のカノンからは想像も出来なかった。
ノクトの後ろへ隠れていた少女は、もうそこにはいない。
最初は心配の方が強かった。
何をやっているんだ。
そんな危険な場所から早く戻ってこい。
そう思っていた。
今でも、その気持ちがなくなったわけではない。
それでも動画を見続けているうちに、一つだけ分かってきたことがある。
カノンは誰かに無理やり付き合わされているわけではない。
自分でそこにいる。
自分で赤ずきんとしてカメラの前へ立っている。
だからこそ、ノクトには余計に分からなくなっていた。
なぜカノンは姿を消した。
なぜグレアーと一緒にいる。
そして、二人は一体何を知っている。
*
軍務へ復帰したノクトは、自室の端末から軍内部の記録を開いた。
最初に検索した名前は決まっていた。
スコル。
所属。
階級。
搭乗機。
そして現在の扱い。
画面に表示された文字は、謹慎に入る前と変わっていない。
MIA。
「……。」
ノクトはその文字をしばらく見つめていた。
やがて軍の記録を閉じ、86ちゃんTVを立ち上げる。
謹慎中、カノン達の動向を追っているうちに見つけた映像。
再生する。
少し進める。
そして止めた。
画面の一部を拡大する。
「……スコル。」
何度見ても間違いない。
生きている。
初めて見つけた時は、すぐには信じられなかった。
映像を巻き戻した。
もう一度見た。
声も確認した。
何度確認しても、そこにいたのはスコルだった。
生きていた。
自分の命令の先で、ダウトと共に大気圏へ落ちていった部下が。
その事実に、ノクトは心の底から安堵した。
だが同時に、別の疑問が生まれた。
「なぜ……戻らない。」
スコルは生きている。
なのに地球連邦軍へ帰還していない。
軍の記録では今もMIAのまま。
しかも現在行動を共にしているのは、国際指名手配中のケン=大神達だった。
何か戻れない事情があるのか。
それとも、自分の意思で戻っていないのか。
ノクトには分からない。
少なくとも、連邦側から見れば無視出来る状況ではなかった。
MIAとなった現役軍人が生存していながら帰還せず、国際指名手配犯と行動している。
スコル本人にどんな事情があるにせよ、事実だけを並べれば問題になる。
ノクトは画面を閉じた。
次に検索したのは、もう一人。
グレアー。
父オルフェウス=フーガの副官。
カノンと共に、何の理由も告げず姿を消した男。
表示された記録を見て、ノクトの眉が僅かに動いた。
軍籍。
有効。
認証ID。
有効。
「……?」
失踪した人間の扱いには見えない。
さらに記録を追っていく。
そこで一件の識別記録に行き当たった。
地球圏外縁の警戒宙域を通過した大型艦。
地球連邦軍所属。
特務艦ベルーガ。
責任者として応答した人物。
グレアー。
認証は正常に処理されている。
「特務……?」
ノクトは画面を睨んだ。
グレアーがベルーガにいること自体は、カノン達の動画を追っていれば分かる。
だが、なぜ連邦軍人として正規の認証が通っている。
なぜ特務艦として扱われている。
そして何より――。
父は、このことを知っているのか。
ノクトは少し考えた後、端末を操作した。
*
数度の呼び出し音。
やがて画面に、一人の男が映った。
『ノクトか。』
「父上。」
地球連邦軍准将。
オルフェウス=フーガ。
『謹慎は今日までだったな。』
「はい。本日付で解除されました。」
『そうか。』
僅かに表情が緩む。
『ならば、まずは同じことを繰り返さないことだ。』
「……耳が痛いです。」
『痛い程度で済んだことを幸運に思え。』
「はい。」
ノクトは苦笑した。
父の言う通りだった。
だが今日は、謹慎解除を報告するためだけに連絡したわけではない。
「父上。確認したいことがあります。」
『何だ。』
「グレアー中佐についてです。」
オルフェウスの表情が変わった。
『……グレアー?』
「現在の所在をご存じですか?」
『いや。』
即答だった。
ノクトは僅かに目を見開いた。
「本当に、ご存じないのですか?」
『ああ。なぜそんなことを聞く。』
「その前に……父上はグレアー中佐を探していなかったのですか?」
『探していた。』
今度はノクトが黙った。
『カノンとグレアーが、何の理由も告げずほぼ同じ時期に姿を消したんだ。何らかの事件に巻き込まれた可能性も考えた。』
「では、軍として捜索を?」
『いや。表立っては動いていない。』
オルフェウスは首を振った。
『私の立場で大事にすれば余計な憶測を呼ぶ。カノンのこともある。だから独自に調べていた。』
「何か分かったのですか?」
『……何も。』
オルフェウスの表情が僅かに険しくなった。
『手掛かりらしい手掛かりすら掴めなかった。』
「何も?」
『ああ。』
ノクトは目の前に表示したままの記録へ視線を落とした。
父が探していた。
それでも見つからなかった。
だがグレアーは今、連邦軍人として認証を通している。
「父上。」
『何だ。』
「グレアー中佐は現在、特務任務に就いているのですか?」
『……何?』
明らかに声が変わった。
「先日、地球圏外縁の警戒宙域を一隻の大型艦が通過しています。」
『艦名は。』
「ベルーガ。」
オルフェウスが黙る。
「地球連邦軍所属の特務艦として識別されています。責任者として応答したのは、グレアー中佐です。」
『待て。』
オルフェウスが身体を起こした。
『本人なのか?』
「少なくとも認証記録上は。」
『IDは。』
「有効です。軍籍も失効していません。」
『……それはそうだ。』
「え?」
『グレアーの軍籍とIDを残していたのは私だ。』
ノクトには予想外の答えだった。
「父上が?」
『ああ。長く私の副官を務めた男だ。何の理由もなく任務を放棄するような人間ではない。』
オルフェウスの声には迷いがなかった。
『連絡出来ない何らかの事情があるのではないかと考えた。だから軍籍もIDもそのままにしておいた。』
「では、ベルーガの特務についても父上が?」
『いや。』
オルフェウスは即座に否定した。
『それは知らん。』
「……。」
『私の副官が正式な特務に就くというのなら、私へ何の話も来ていないのはおかしい。ましてやグレアーは、私に一言も告げず姿を消したままだ。』
オルフェウスの目が鋭くなる。
『誰がグレアーに命令を出した?』
「そこまでは確認出来ませんでした。」
『……そうか。』
画面越しに、オルフェウスが考え込む。
ノクトも口を挟まなかった。
しばらくして、父が顔を上げた。
『ノクト。』
「はい。」
『カノンが赤ずきんを名乗っていることは知っているな。』
「……はい。」
『私も見ている。赤ずきんちゃんネルを。』
「父上も?」
思わず聞き返したノクトに、オルフェウスが小さく笑った。
『娘が世界へ向けて動画を出しているんだ。父親が見ていて何がおかしい。』
「いえ……ご存じないのかと。」
『最初は安否を確認するためだった。』
その言葉に、ノクトも僅かに笑う。
「私と同じですね。」
『お前もか。』
「はい。」
『そうか。』
父子揃って同じことをしていたらしい。
『しかし、驚いたよ。』
「カノンに?」
『ああ。あの大人しかった娘が、あれだけ大勢の人間へ向かって自分の言葉で話している。』
オルフェウスの表情が少しだけ柔らかくなる。
『昔は自分から前へ出るような子ではなかった。お前の後ろへ隠れていたこともあっただろう。』
「ありましたね。」
『それが今では赤ずきんか。』
小さな笑みが浮かぶ。
『正直に言えば……少し嬉しくもある。』
「嬉しい?」
『もちろん心配はしている。危険なことはやめて戻ってこいと言いたい気持ちもある。』
それでも、とオルフェウスは続けた。
『あの子は自分で考えて、自分で決めて動いている。私の知らないところで、あれだけ自分の意思を表へ出せるようになっていた。父親としては、嬉しいものだ。』
ノクトは黙って父の言葉を聞いていた。
自分が赤ずきんちゃんネルを見続けるうちに感じ始めていたことと、よく似ていた。
「……私も、最初は連れ戻すことばかり考えていました。」
『今は違うのか?』
「分かりません。」
ノクトは少し考え、正直に答えた。
「戻ってきてほしいとは思います。ただ……カノンが自分の意思でやっていることまで否定していいのか、分からなくなりました。」
『そうか。』
「父上はどうするつもりなのですか?」
オルフェウスはすぐには答えなかった。
『それをずっと考えている。』
「……?」
『どうすれば、あの子達を支援出来るのかとな。』
「支援……ですか?」
『私は地球連邦軍の准将だ。』
父親の顔から、軍人の顔へ戻る。
『カノンと行動しているケン=大神は国際指名手配中。ベルーガの現在の立場も、私には分からん。そんな相手を娘がいるからという理由で私が軍の権限を使って支援すれば、私情による職権濫用になる。』
「……。」
『それだけではない。下手に私から接触すれば、カノン達と私との関係が余計な疑いを生む可能性もある。支援したつもりが、逆に追跡を強める結果になるかもしれん。』
だから簡単には動けない。
父親だから助けたい。
准将だからこそ、助け方を間違えるわけにはいかない。
オルフェウスもまた、画面越しに娘を見ながら悩み続けていたのだ。
ノクトはそこで、もう一つ伝えるべきことを思い出した。
「父上。」
『何だ。』
「スコルが生きていました。」
『……スコル?』
「大気圏突入時にMIAとなった、私の部下です。」
オルフェウスの表情が変わった。
『生存を確認したのか?』
「はい。映像で。」
『どこにいる。』
「……ベルーガ側です。」
『何?』
「ケン=大神達と行動しています。」
オルフェウスは黙った。
「軍の記録では、今もMIAのままです。」
『本人から連絡は?』
「ありません。」
『……そうか。』
「生きていたことは嬉しいです。本当に。」
ノクトは一度視線を落とした。
「ですが、なぜ連邦へ戻らないのかが分からない。」
カノン。
グレアー。
そしてスコル。
それぞれ違う立場の人間が、ベルーガへ集まっている。
『……妙だな。』
オルフェウスが呟いた。
「はい。」
ノクトは少し迷ってから、さらに踏み込んだ。
「父上。もう一つ確認させてください。」
『何だ。』
「ガンダムダウトについて、本当に何もご存じないのですか?」
オルフェウスがノクトを見る。
「カノンはベルーガにいる。グレアー中佐もいる。そして、ケン=大神はガンダムダウトに乗っている。」
『……。』
「何か心当たりはありませんか?」
しばらく沈黙が続いた。
やがてオルフェウスが、何かを思い出したように口を開いた。
『そういえば……以前、カノンから妙なことを聞かれたことがある。』
「妙なこと?」
『私が極秘にガンダムを開発しているのではないか、と。』
「カノンが?」
『ああ。』
ノクトは目を見開いた。
『あまりにも突拍子もない話だったからな。私は知らんと一笑に付した。』
「……本当に知らなかったのですか?」
『知らん。』
オルフェウスは迷わず答えた。
『少なくとも、私が極秘にガンダム開発を命じた事実などない。ダウトについても、カノン達が姿を消すまで私は存在すら知らなかった。』
「では……。」
ノクトは言葉を失った。
実際にガンダムダウトは存在する。
カノンは姿を消す前から、父が極秘にガンダムを開発しているのではないかと疑っていた。
なのに、その父本人は何も知らない。
『……もしや。』
オルフェウスが小さく呟いた。
「父上?」
『あの時、カノンは何かを掴んでいたのかもしれんな。』
「何か……?」
『あの子は何の根拠もなく、私にあんな質問をするような子ではない。』
オルフェウスの表情から、先ほどまでの僅かな笑みが完全に消えた。
『誰かから何かを聞いたのか。あるいは自分で何かを見つけたのか。』
「……。」
『そして、その後にカノンとグレアーは姿を消した。』
ノクトは目の前に並ぶ情報を見つめた。
父親の知らないガンダム。
その存在を事前に疑っていたカノン。
カノンと同時期に姿を消したグレアー。
父親が独自に捜索しても何も掴めなかった二人。
そのグレアーが、今は父親の知らない特務艦で正規の軍認証を使っている。
そしてMIAだったスコルまで、同じベルーガ側にいる。
「……繋がりませんね。」
『ああ。』
「グレアー中佐のIDと軍籍は、父上が残していた。」
『だが特務については知らん。』
「カノンは父上がガンダムを開発していると思っていた。」
『だが私は開発していない。』
「スコルは生きているのに、軍へ戻っていない。」
『……。』
偶然。
そう呼ぶには、おかしなことが重なりすぎている。
『ノクト。』
「はい。」
『こちらでも調査は続ける。』
「私も調べます。」
『構わん。だが――軽率な行動は慎め。』
ノクトは一瞬黙った。
「……謹慎が解けたばかりだからですか?」
『それもある。』
「やはり。」
『だが、今はそれ以上にだ。』
オルフェウスの声が低くなる。
『私はカノンとグレアーが消えてから、秘密裏に調べ続けてきた。それでも何も掴めなかった。』
「はい。」
『そのグレアーが、私の知らない特務に就いている。カノンは私の知らないガンダムについて、姿を消す前から何かを疑っていた。』
オルフェウスは一度言葉を切った。
『何かが動いている。』
ノクトは黙って父を見る。
『それだけは間違いない。』
「……はい。」
『何が起きているのか分からない以上、不用意に誰かへこの話をするな。自分から動いて相手に手札を見せる必要もない。』
「分かりました。」
『大気圏突入の時のように、自分一人で判断して突っ走るなよ。』
今度ばかりは、ノクトも言い返せなかった。
「……肝に銘じます。」
『こちらで何か分かれば連絡する。お前も妙な情報を掴んだら、まず私へ知らせろ。』
「了解しました。」
通信が切れた。
父の姿が画面から消える。
ノクトは椅子に座ったまま、しばらく動かなかった。
父に聞けば、少しは分かると思っていた。
実際には逆だった。
分からないことが増えた。
ノクトは端末を操作し、赤ずきんちゃんネルを開く。
最新の動画。
最後まで進めると、あの集合写真が表示された。
中央にはガンダムダウト。
その後ろには地球連邦軍のブルーガ。
足元には街の住民と連邦兵達が並んでいる。
開かれたダウトのコックピットから姿を見せるケンケン。
そして、その近くで赤ずきんとして写るカノン。
父が極秘にガンダムを開発している。
カノンはそう疑っていた。
だが父は知らない。
ならば、カノンは何を知った。
何を見つけた。
なぜグレアーと共に姿を消した。
別の映像を開けば、そこにはスコルがいる。
死んだと思っていた部下。
生きていた。
それなのに帰ってこない。
軍の記録へ戻れば、グレアーの軍籍もIDも有効なまま。
その理由だけは分かった。
父がグレアーを信じて残していたからだ。
だが、そのIDを使ってグレアーは父すら知らない特務艦に乗っている。
分かったことが一つ増えるたび、新しい疑問が二つ、三つと生まれていく。
ノクトは再び集合写真へ戻った。
そこにいるカノンは、昔のように兄の後ろへ隠れてはいない。
自分の意思で赤ずきんとして立っている。
だからこそ、知りたかった。
「カノン……。」
静かな部屋で、ノクトは妹の名を呼んだ。
「お前は、一体何を知ったんだ……?」